紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 3-3

 (かなめ)の一つである横浜ベイヒルズタワーを死守するかどうかで、今後の士気や戦況は大きく関わってくる。決して折るわけにはいかない、重要な柱だ。当然、防衛のために魔法師の数は集中する。国防を任されている軍の人間や、義勇兵がその場へと集い戦っていた。

 

 特に、義勇兵は数が多い。魔法教会によって即興で作られた軍団の中には、学生時代にさほど良い成績を残していなかった者達もいる。けれど彼らは国の危機に自らを鼓舞し、立ち上がった勇気のある者達だ。叱咤激励しし合いながら、一定のラインを死守している。必至の抵抗、その介もあってか、少しずつではあるが押し始めていた。

 

 ゲリラによる銃撃が一斉に止んだ。

 

 一時間にも満たない時間だったが、彼らにとってみれば、訪れた静寂は本当に久しぶりに感じられた。

 

 弾切れかと考える者、撤退を判断したと考える者、何かが来ると考える者。楽観視や不安視をする者が様々混在する中、答えはすぐに出た。

 

 地面から、「雷」と書かれた木棺がゆっくりと姿を表した。

 

 場違いな物の登場に、誰もが呆気に取られていた。

 

 内部で爆発でもあったかのように、突如棺の蓋が吹き飛ぶ。煙が出始めたため、中身は何が入っているのか分からない。

 

「誰かいるぞ!」

 

 誰かが口にした通り、煙の奥にある人影が少しずつ大きくなっていった。

 

「たかだかビル一つを落とすのに、これほどの人数を割くとは……」

 

 歴戦の戦士が放つような、重厚感のある声。

 

 煙が拡散していき、次第に姿が顕になる。

 

 真っ黒な髪をした男性だった。衣装は和を感じさせながらも、動きやすさを重視しているようだ。まだ青年の風貌でありながら、全身からは百獣の王さながらの威圧感を放っている。顔は整っていながらも罅が入っており、強膜も黒い。精巧ながらも乾燥した土人形のようだった。

 

「所詮、雑魚は何匹集まっても雑魚と言うわけか」

 

 ゆっくりと周囲の状況を把握する。視線は最後に、ベイヒルズタワーに行き着いた。現代魔法師が作り上げた摩天楼は、外観重視の建造物とも見て取れる。男の目には、彼らの虚栄心が形を成した物として映っていた。

 

「まあいい。おかげで準備運動程度にはなるだろう」

 

 黒かった瞳が紅く染まる。瞳孔の周囲に浮かぶ勾玉は、紛れも無い写輪眼。常時発動状態で無いことは、裏葉の血を引いていることを示していた。

 

 写輪眼の男の姿が消えると同時に、棺付近にいた魔法師達が次々に吹き飛ばされた。 

 

 吹き飛ばされた体がビルの扉や車体などに当たり、ガラスが割れる音が奏でられる。

 

「ふん……悪くない」

 

 自身の身体に満足まではいかなくとも、納得はしているようだった。軍の魔法師を中心に魔法式が構築され始めている中で、男は回避をする素振りさえ無かった。

 

「なら次は――」

 

 魔法師達めがけて、軽く腕を水平に振っただけだった。

 

 たった、それだけだった。

 

 それだけのことで、魔法が一切発動しなくなった。重ねがけによる打ち消し合いではない。サイオン量に物を言わせた術式解体でもない。彼らに理解できたことは、何らかの対抗魔法を使ったということだけだった。

 

「こちらも問題なし、か」

 

 握りこぶしを作っては広げ、再び握りこぶしを作る。左右とも何度か繰り返していた。

 

「化け物め!」

 

 誰かが叫んだ。

 

 その言葉に、男は反応した。

 

「化け物? 違うな、俺は貴様達と同じ人間だ。俺が傑物であることは紛れも無いが、それ以上に貴様達が脆弱なのだ。法機(ホウキ)を使わなければ、術も使えぬ劣等種どもが。弱者は弱者らしく地べたを這いつくばっていれば良いものを……己の立ち位置も理解できぬ者は、いつ見ても醜い」

 

 男は素早く印を組んでいく。神に祈りを捧げるかのように、巳で印を組み終えた。

 

「貴様達に(あつらえ)向きの術をくれてやろう」

 

 ――土遁・黄泉沼

 

 コンクリートで舗装されていた道路一体が、一瞬で沼地に変わった。ただ広い範囲という条件の下発動したのか、見境なく徐々に沈み始めている。周囲のビルや日本側の魔法師は勿論のこと、侵略者たちまでもが巻き添えになっている。皆必至でもがいているが、沈下速度は変わらない。それどころか、必死な者ほど早く沈んでいった。

 

「なぜ俺達まで!!」

 

「お前はオレたちの味方だろう!!」

 

 振り向いた男の眼は、ゴミでも見ているかのように酷く冷たかった。

 

「言っただろう。立場を弁えぬ者に誂向きの術だと。まさか、自分達は例外だとでも思ったのか? 貴様達も同じ劣等種、共に沈め」

 

 チャクラを帯びた粘着質の泥。一度囚えられてしまえば、力ずくで脱出することは困難を極める。酷く暴れたのか、既に数人は完全に泥に埋まってしまっていた。彼らに待っているのは、最も苦しい窒息死。地獄の門番が黄泉の門を開くまで、彼らは苦しみ続けることとなるだろう。

 

 最早何も価値が無いと判断したのか、男は一人泥の上を歩いて行く。その所作は悠然と、そして堂々としていた。

 

 泥沼を抜けコンクリートの足を付けた時、男の歩みは止まった。肘を軽く曲げ、右の掌を上に向けた。

 

 風が集まり始める。掌を中心に渦巻く風は、徐々に速度と密度を上げていった。一定の大きさになると風を取り込むことを止め、回転速度だけが加速度的に上昇していく。回転する風で出来た刃は、やがてモスキート音のような甲高い音を周囲に発した。

 

 手裏剣を投げるかのように手軽に、ベイヒルズタワーめがけて投擲した。地面に対して斜めに回転しながら、目標めがけて少し弧を描きながら向かっている。

 

 「風」のチャクラ性質は火と同じ攻撃特化型。あらゆる物を斬り裂くチャクラを超高速で回転させ、「切断」という事象のみに特化して作り上げた術の名は「風車(かざぐるま)」。例え対象が最硬を謳う現代技術の結晶であったとしても、結果は等しく訪れるだろう。

 

 

 

 

 抗うすべもなく、魔法教会のシンボルは切断された。

 

 

 

 

 二つに別けられたビルは、上部が自重によって切断面をなぞりながら滑り落ちる。地響きは遠方まで伝わり、落ちた時に巨大な揺れを引き起こした。震源から生じた暴風は、車や植えられていた木などを容赦なく外側へと吐き出していく。建物の窓ガラスは割られ、あらゆる物が宙を舞った。どこが火元なのかは分からないが、引火して炎が地面を走りだした。

 

 破壊に、敵味方など区別する知性はない。圧倒的な暴力を前に、あらゆる人々が屈せざるを得なかった。

 

 余波は男のいる場所にも訪れ、砂塵の嵐に飲み込まれる。中には風圧で飛ばされた様々なものがあり、当たれば大怪我に繋がってしまう。人などは早々に地面から足を離すことになるだろう。奔流に流され、どこに行くのかも見当はつかない。だが、男はそうならなかった。邪魔だと言わんばかりに、新たに風を生み出しては暴風を相殺する。

 

「つまらん。まるで手応えがない。この体たらくぶり……やはり――」

 

 少しは気が晴れると思い上空を見ていると、何やら面白いものを見つけてしまった。感知したのではなく偶然の産物ではあるが、男にとっては利運であった。

 

「動く物体への光学迷彩か、器用な奴がいたものだ」

 

 いくら精巧に周囲の景色とどうかしようとも、写輪眼を前にしては無力だった。迷彩の下にはヘリがある。決して霞むことがない、永久の光を手にしたその眼は獲物を見逃すことはなかった。

 

 少しは出来る奴がいると言わんばかりに、一転した表情は嬉々としていた。

 

 距離があることから、先ほどの余波もさほど行き届いていない。手傷を負っている可能性が減ったことは、望ましいことだった。

 

 地面を強く蹴った男は、ヘリを目指した。

 

 

◇◇◇

 

 

 起こった現象は、幻ではないのか。そう思ってしまうのも無理はなかった。国内に侵略こそされ、被害が拡大していきながらも少しずつではあるが日本側が有利になっていた矢先だった。それまでの努力など無駄だと蔑みあざ笑うかのように、日本魔法教会の関東支部である横浜ベイヒルズタワーは崩壊した。誰がやったのかなどは問題ではない。日本側からすれば、敵であることは疑いようがない。かなりの手だれだということも同様だ。もたらされた甚大な被害は、小競り合いではなく戦争なのだと人々の心に植えつけた。また、恐怖を押し殺して立ち上がっていた者達の心を見事に砕いたことだろう。

 

 ただし、まだ折れていない者達もいた。 

 

 深雪を始めとした第一高校のメンバーは、達也が国防軍として動くことになったために達也とは別行動をするはめになっていた。何度か交戦したが、遅れを取る者達はこの中にはおらず、高校生ながらに大きな戦果をあげていた。

 

「あの馬鹿でかいビルを斬る魔法が存在するのかよ!?」

 

「実際に起きたんだからあるんでしょ。現実を見なさい」

 

「そんなことは、一々言われなくてもわかってんだよ!」

 

 ベイヒルズタワーから距離がある場所にいる彼らは、堕ちていく様は見ても怪我をすることなどは無かった。レオとエリカのやりとりは、少しでも平静を装うためのもの。まだ折れてはいない、心に罅が入っている程度だ。好戦的であっても、彼らは馬鹿ではない。直接手合わせをすることはなくとも、実力差はある程度理解することができる。そんな彼らだからこそ、一部始終を見て察してしまった。今の状態でその敵と相対せば、間違いなく勝てないと。

 

 言葉を発する余裕があるだけ、彼らはまだマシな方だった。直接的な力を持たない美月には、そんなゆとりさえなかった。

 

「大丈夫、落ち着いて。もうすぐ七草先輩がヘリで迎えに来てくれるわ」

 

 凛とした深雪の声が、不安定な心を落ち着かせる。この場でも冷静さを保っていられる精神力は、さすがの一言に尽きる。本当に何も訓練を受けていないのであれば、異常といえるほどだ。

 

 深雪の言葉は励ますための嘘ではない。少し前に真由美から直々に連絡を受けていた。それを示すかのように、ローターの駆動音が聞こえてきた。音はしても、姿は見えない。

 

 音源は、市民が脱出するためのものとは別のヘリ。人数の余裕は当然ある。国内最強の一角である七草家が手配したことで、下手に軍が救助に来るよりも僅かにだが安心感を与えていた。

 

 深雪に再び真由美から連絡が入る。場所が場所だけに、ヘリを着陸させる場所が無いためにロープを降ろすとの事だった。

 

 空からロープが降りてくる。

 

 深雪が手に取ろうとした時だった。

 

 何かが空から勢い良く落ちてきた。

 

 意識がそちらに向き、誰もが身構える。

 

「少しは面白そうなのがいると思って来てみれば……なんだ、餓鬼ばかりか」

 

 露わになった姿を見た深雪たちは、一瞬安堵しかけてしまった。黒い髪に紅い眼。衣服は違っても、容姿は非常に秋水と似ていたためだ。しかし、そこからは誰もが動けなかった。蛇に睨まれた蛙のように、身体が言うことを聞こうとしない。指一つでも動かしただけで殺されてしまう。そう思えてしまうほどの男から生み出されたプレッシャーが、時が経つごとに彼らの精神力を削りとっていた。

 

「皆は先に」

 

 少しでも距離を取りたいと思えてしまう場において、一人だけ前に出ることのできた少女がいた。抑揚のない声は、必至で震えを抑えているようにも思えてしまう。

 

「ほう……威勢が良いな」

 

 男は深雪を観察するかのように視線を動かす。足まで行くと再び目線を顔に戻した。

 

「どこかで見た面だな。女、貴様の名前は何と言う」

 

 一聴すればナンパのように聞こえなくもないが、とてもではないがそのようには思えなかった。逆らうことを許しはしない威圧感が、一言一句に込められている。何より、眼を見てしまえば絶対服従は免れない。

 

 深雪は力量差がわからないほど愚かではない。それでも前に出たのは、友達を逃がすためでもあるが、唯一可能性のある対抗手段を持っていたためだ。

 

 駆け引きは不要。

 

 写輪眼はCADから展開される魔法式を読み取る力がある。そこからどのような魔法かを理解するには知識が必要になるが、攻撃が来ることを事前に知っていれば、回避するのか、防御するのか、先に攻撃をするのか、いずれにしても対処はしやすくなる。

 

 ならば、CADを使わない魔法ならばどうだろうか。

 

 深雪は名前を答える代わりに、指先さえも動かさずにそれを発動させた。

 

「これは……」

 

 男と深雪以外、何が起こっているのかは誰も理解していない。術者である深雪でさえも、詳しくはわからない。どのような過程を踏んで結末にたどり着くのかは、深雪の魔法をその身で体験している男にしかわからないだろう。

 

 系統外・精神干渉魔法「コキュートス」

 

 深雪にのみ与えられた魔法。外傷を一切残さず、内部だけに作用する。その効果は、精神を凍らせること。一度凍れば最後、凍らされた心は蘇ることはない。死ぬこともなく、永遠にその場に留まり続ける。

 

 

 

 はずだった。

 

 

 

 男の身体が、何かが爆ぜる音とともに突然消えた。

 

 その事象が自身の魔法の効果でないことは、深雪が一番理解していた。どこに消えたのか。取り逃がしたことの焦りから、周囲を彼女らしく無く見渡した。

 

 エリカやレオ達は、まだ誰もがヘリに搭乗できていない。場の支配権はまだ男にある。勝手な行動など、許されるはずもなかった。

 

「写輪眼並みの精神干渉力にその容姿――なるほど、貴様はあいつの子孫か」

 

 突然目の前に現れた男の身体は、所々で小さな放電現象が起きている。深雪の首元まで手が伸ばされ、顎を無理やり上げた。

 

 眼と目が合ってしまう。

 

「後十年ほどか。殺すのには口惜しいが、生かしておくほどの理由でもないな」

 

 写輪眼も魔法の一種。眼を直接見てしまった場合でも、干渉力で上回る事ができれば、幻術に嵌められることはない。と言うのは、あくまで理論上でのこと。全てを見透かすかのような異質な瞳に見つめられ続けば、精神が揺らぎはじめる。一度揺らいだ精神を波打たない水面のように戻すことは至難の業だろう。

 

「瞳力が落ちているとはいえ、この眼を前にしてこれほど抗う奴は貴様が初めてだ。が、()()()の前で無力なことに変わりはない」

 

 男の瞳に浮かぶ三つの勾玉が、回転しながら瞳孔に集まっていく。完全に収束すると、再度展開し、新たな模様が作られた。

 

 写輪眼には更に上がある。

 

 かつて八雲と達也の会話の中にあった言葉が、深雪の記憶から掘り起こされた。これがそうなのだと思うのも束の間、一気に意識が遠のいていく。

 

 

 

 ――お兄さま。

 

 

 敬愛する者を思ってしまう。

 

 完全に意識が途切れる直前、音もなく二者の間に影が入り込んだ。その影が深雪の拘束していた腕を切り落とし、男の身体を怪力で蹴り飛ばす。

 

 コンクリートの壁にぶつかった男の身体は止まることを知らず、更に奥へと進んでいった。

 

 倒れたはずの身体は、まだ地面に背はついていない。朦朧としているため時間の感覚は定かではないが、それでも誰かに支えられている感覚が深雪にはあった。

 

「……お兄、さま……?」

 

 確かめるかのような、願望が入り混じった言葉。ぼやけた深雪の瞳に、紅い光が入り込む。満月のようで、綺麗な色だと思った。

 

 時間が巻き戻ったかのように、一瞬で深雪の意識が覚醒した。何度か瞬きをして、理解しようと頭が回り始めた。

 

「悪いが、俺はお前の兄じゃない」

 

「……どうして?」

 

 意識は戻っても、まだ理解が追いついてこなかった。兄以外の腕にもたれかかっていることなど、今は枠の外に放り投げられてしまっている。

 

 なぜ遠方にいたはずの裏葉秋水がここにいるのか。なぜ助けたのか。なぜ兄と間違えたのか。

 

 そればかりが、深雪の思考を占めていた。

 

「お前が持っているお守りには、俺が飛べるようにマーキングが施してあった。契約期間はとっくに過ぎているが……まだ持っていたおかげで助かったな」

 

 九校戦が行われる会場に入った際に、達也から渡されたお守り。珍しいとは思っても、兄からの贈り物をぞんざいに扱うことなどできない深雪は、九校戦が終わった後もずっとそれを持っていた。

 

 立てるな、という言葉に深雪は首を小さく縦に動かした。

 

 深雪が立ったことを確認した秋水は、端末を素早く操作してある人物に電話をかけた。数コールの後に相手が出た。

 

「七草会長ですか?」

 

『ええ。えっと……裏葉くん、よね?』

 

 曖昧な言い方は、まだ瞳術の効力が効いている証拠だった。

 

「そうです。これから地上にいる連中をそちらに移動させます。その後すぐにここから離れてください」

 

『貴方はどうするの?』

 

「俺はここに残ってあいつを処理します。先に言っておきますが、援護は入りません。足手まといになるだけです」

 

 秋水は会話をしながらも、蹴飛ばした方向から眼を離さなかった。

 

 厳しいような言い方だが、事実だった。即席のチームプレイなど期待できるはずもなく、生じる不和は隙しか生み出さない。人質に取られてしまえば、行動の制限までかけられてしまうだろう。ずっと一人で戦ってきた秋水が最大限のポテンシャルを発揮するためには、それが最善の手と言えた。

 

『……わかりました。でも、一体どうやって彼らを』

 

「すぐに済みます。そのままハッチを開けておいてください」

 

 返事を待たずに通話を終わらせた秋水は、二本の巨大な腕を顕現させて無理やり深雪やエリカたちを掴んだ。安全装置もなく、乱暴にヘリまで伸びた腕が彼らを搭乗させる。ヘリが揺れるが、パイロットの腕が良いのかすぐに機体は安定した。

 

 

 

 

 

 動き出した事を耳で判断したところで、タイミングでも図っていたかのように男が姿を見せた。切り落としたはずの腕は再生しており、傷ひとつ無い状態だ。

 

「一対多でも、俺は構わないのだがな」

 

 対峙する二人は、親子や兄弟のようによく似ていた。

 

「その眼……そうか、貴様は俺の子孫か。中々良い眼をしている」

 

 二つの写輪眼が互いに互いを認識している。双方基本巴、同調でもしているかのごとく怪しい紅光を放っている。

 

「あんたは何者だ?」

 

 その問に、男は怪訝そうに眉を潜めた。無知とはなんと愚かなことか、とでも今から言い出しそうだ。

 

「裏葉の者でありながら、俺を知らんだと」

 

「いや、名前は知っている。裏葉霆春。俺の祖父であるあんたが、なぜその容姿でここにいるのか聞いている」

 

 裏葉霆春。低迷期に入っていた裏葉の中でも秀でた存在であり、「雷霆」と恐れ称された魔法師。そんな彼がこの世を去ったのは秋水が生まれる前のこと。

 

「あいつの倅か。あの落ちこぼれから、貴様のような者が生まれようとはな。やはり俺の眼に狂いはなかった。千手の血を引くあの女は、母体としてはさぞ優秀だったようだな」

 

 心底驚いたような表情の後、怪しい笑みを浮かべた。

 

「さて、問はなぜ俺がこの容姿でここにいるのか、だったな。孫の問に答えてやるのはやぶさかではないが、どうにも解せんことがある。まずはそれから解くとしよう。……なぜ、裏葉の家紋を背負った貴様が()()()側にいる?」

 

 霆春が当主を務めていた頃の裏葉は、今以上に現代魔法師との折り合いが悪かった。最も優秀なのは裏葉。それ以外は有象無象の雑魚でしかない。そんな意思が反映され、何度も衝突が起こっていたほど。霆春からすれば、敵側に付いているとしか見えないだろう。

 

「俺とあんたとでは、見えているものが違う。亡霊にとやかく言われる筋合いはない」

 

「ほう、大きく出たな。ならば……見せてみろ」

 

 霆春が組んでいた腕を解くと、チャクラが高まり始めた。

 

 両者とも素早く印を結び始める。高速で動く手は常人には見きれないが、全て同じタイミングで同じ印を結んでいた。

 

 巳、未、申、亥、午、そして寅の印で終わり、大きく息を吸い込む。膨らんだ胸に溜まったそれに、チャクラを混ぜて吐き出す。

 

 ――火遁・豪火球

 

 二つの巨大な球炎が、大気を焦がしながらぶつかり合った。

 

 熱波が顔を乱暴に殴りつける。

 

 裏葉の者が一人前と認められるための基本的な魔法ではあるが、術者のレベルで威力や規模に大きな差が生じる。二人が放った豪火は、威力、規模共に同程度。爆ぜた炎が両者の視界を完全に遮る。

 

 先に動いたのは霆春だった。炎の壁を突き抜け、秋水へと肉薄する。彼の周囲にはスパークが迸り、全身を炎を物ともしない雷状のチャクラが包んでいた。雷遁のチャクラを全身に纏うことで身体能力を著しく向上させるこの技は、生前彼が戦闘時において愛用していた魔法。

 

 速度は雷と錯覚してしまうほどに素早い。振るわれる拳の威力も速度に比例するかのように強力。まともに当たれば、人間の体などただの肉塊になってしまうだろう。しかし、いかに常識から逸脱した電光石火の動きでも人間であることに変わりはない。関節の可動範囲が広がるわけでも、腕が伸びるわけでも、膝が逆に曲がるわけでもない。つまりは、鋭い洞察力を持つ写輪眼ならば見切れないことはない。

 

 秋水は身体を屈めて霆春の懐に入り込み、力を利用して背負投を行った。

 

 硬いものを打ち付ける音と共に地面が陥没する。

 

 秋水はクナイを取り出し、地に背をつけている霆春めがけて躊躇なくそれを振り下ろした。逃げられないように、左手で袖をしっかりと掴んでいる。

 

 霆春の足が、クナイの侵攻を妨げた。足裏で秋水の肩を的確に捉えては押しのけたのだ。

 

 クナイがほぼ真上に上がったのに対し、秋水の身体は勢い良く飛ばされる。無理に停止させようとせず、地に足が着いた後も硬い地面を転がった。何回転し、何度砕けたコンクリートに身体を打ち付けただろうか。数えることも面倒になったところで、ようやく姿勢を整えた。痛みに呻くまもなく、足にチャクラを一気に溜めては目視せずに力強く蹴る。

 

 二つの閃光がぶつかりあった。

 

 生じた余波は、彼ら以外がその場にいることを認めずに周囲の残骸を吹き飛ばした。

 

 霆春が主に使用する属性は「雷」。優劣を考えれば、「土」に強く「風」に弱い。火、水、土の三属性しか使えない秋水にとっては、下手に魔法を使うよりも肉弾戦を行う方が良い。肉体活性は何も雷遁特有のものではないのだ。純粋なチャクラでもそれは可能。パフォーマンス効率は劣っていても、チャクラ量では千手の血も引いている秋水の方が圧倒的に上だった。

 

 もっとも、馬鹿正直に体術のみを駆使するつもりなどなかったが。

 

 地面から伸びた手が、霆春の足を掴んで僅かに引きずり込んだ。蹴られ、転がっていた際に創りだした影分身体が、土遁の術を用いてひっそりと霆春の足元まで動いていたのだ。

 

 属性の相性が悪いためか、想定していたよりも沈みが浅い。それでも、秋水本体の拳を抑えていた手の力が抜けた。目的は果たしたといえる。

 

 秋水は身体を屈め、渾身の力で顎を蹴り上げた。 

 

 初めから沈んでなどいなかったかのように、霆春の身体が一気に上空に投げ出される。

 

 現代魔法を使わない今の霆春が空中でできるのは、せいぜい姿勢制御ぐらい。超高速での移動を可能にする雷遁チャクラも、今では防御にしか役立たない。

 

 本体である秋水が跳躍したことを見計らい、大きく囲うようにして石柱が伸び出た。一本に足を着け、方向を変えて再度跳ねる。

 

 膝を顔面に叩き込む。

 

 首がねじ切れることを望まぬかのように、霆春の身体が追従した。

 

 秋水は先にある柱へと飛雷神を用いて先回りし、跳躍の威力を加えてまた違った方向へと打撃を打ち込んだ。顔に腹に背中、回避する暇すら与えない連続攻撃は、どんなに頑丈な体を持っていてもダメージが蓄積していく。一打一打が音速を超えることで、ソニックブームが生じていた。飛行魔法を会得している一流の魔法師でも、空中でこれほどの高速移動と攻撃は容易くはないだろう。

 

 終わらせに行くと言わんばかりに、秋水は霆春を地面へと今日一の強さで叩きつけた。

 

 天から地に、直線的な雷が落ちた。

 

 巨大な破砕音とともに、帯電していたチャクラが地面へと触れたことで漏電する。宙を泳ぎ、地を這う電光は、獲物を追う獰猛な獣だ。

 

 衝撃によって砕けた破片で形成された煙は、中の情報を包み隠していた。

 

 重力に逆らわず、秋水は地面に降りた。かなりの速度で霆春は落ちたようで、周囲の状況は隕石が落ちてきたのではないかと思えてしまうほどに悲惨だった。この下に地下通路があったならば、これほど思い切って攻撃はできなかっただろう。

 

 まだ動いている気配がある。秋水は、煙の中で動く影に焦点を合わせた。少しずつ近づいてきている。

 

「なるほど、良い体の捌き方だ。術の使うタイミングも上手い」

 

 声に痛みを感じているような変化はない。いつもどおり、平常時のそれ。

 

 秋水は驚くよりも、やはりという思いが強かった。死んだはずの人間がいるからではない。斬ったはずの腕が、何事もなかったかのように元通りになっていたからだ。

 

「俺が貴様くらいの年の頃と比較しても、圧倒的に貴様の方が上だろう」

 

 煙の中から出てきた霆春の身体には、様々な箇所に塵芥が集まっている。そのさまはとても生きた人間とは思えず、精巧に作られた動く人形のようだ。

 

(ダメージを受けてから一定時間後に再生するのか……)

 

 起こっていることから眼を背けることはせず、秋水は分析を始めた。どこまでの損傷ならば回復するのか。回復の回数に限りはあるのか。回復の範囲はどこまで及ぶのか。魔法であるならば、一見万能に思えても現代古式問わずに必ず弱点が存在している。そこを見つけることが勝機へと繋がる突破口になると考えていた。

 

「だがその程度ならば、貴様は俺に遠く及ばない」

 

 再び、霆春の身体から雷が生じる。見た目に変わりはないが、写輪眼というフィルターを通せば、先ほどとは比較できないほどの密度をしていることがわかった。まだまだ密度は高まっている。完成体はまだのようだ。

 

 霆春の写輪眼が基本巴から別の形へと変化した。それが何を意味するのか、分からない秋水ではない。

 

「頂に君臨する力を教えてやろう」

 

 霆春の身体が、雷へと変貌した。 

 

 


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