紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 3-2

 全国高校生論文コンペティション開催日当日。

 

 天候にも恵まれたこの日は、特にトラブルに見舞われること無く機材の搬入を終えていた。第一高校の発表は午後の部、最後から二番目のため三時からとなっている。発表が後半だからといって、時間をずらして会場入りすることはない。メインではない達也は、機材の警備と点検を行う必要があった。コンペ参加者ではなくとも可能だが、点検に関してはそうはいかない。もう一人の参加者である五十里啓と、交代交代で見張り番をすることになっていた。

 

 午前の部は無事に終わった。今後の予定としては昼食と休憩を挟み、一時から再び発表は開催されることになっている。達也は現在、深雪とともに控室で昼食を取り終え、鈴音たち三人の上級生を出迎えていた。

 

「おはようございます。予定より早いようですが、何かありましたか?」

 

 早く着くことで都合が悪くなることはない。強いてあげれば深雪が達也とふたりきりの世界を作る時間が減ったことで気落ちしていることだろうが、達也がそんなことを知る由もない。

 

「関本の訊問が早く終わったのでね。その分と言うわけだ」

 

「そういうことですか。しかし、なぜ今日に?」

 

 摩利の答えに納得しながらも、取り調べを今日行う必要性があったのかと疑問に思ってしまう。呂剛虎が鑑別所に来た目的は利用した関本(コマ)の排除だろうが、その呂も既に捕まっている。今日という日がなんの日なのかを考えれば、翌日でも翌々日でも時間は取れるはずだった。発表を控えた鈴音を連れ回す理由としては弱い。

 

「平河と関本の件で背後にコンペを狙う組織があることは明白だ。奴らが当日に行動を起こす可能性もあることから、少しでも情報が欲しかったんだ」

 

 平河千秋。一年の女子生徒で、関本と同様に論文を盗み出そうとした。何故二人が、という疑問を達也は抱かなかった。興味がそこまでいかないといった方が正しいだろう。

 

「そういうことですか。それで、なにか情報は得られましたか?」

 

「どうやらマインドコントロールを受けていたようだ」

 

「本格的ですね、薬物ですか? それとも」

 

 秋水のような例外はいるが、マインドコントロールは高度な技術とある程度の時間を要する。催眠で思考力を奪い、言葉巧みに誘導し、刷り込みをすることで行動原理を変えていく。薬物と口にしたのは、最初の段階をクリアするのに最も簡単だからだ。昔から自白剤があるように、近い効力を得るものは多く存在している。また、四月に起こった事件から、第一高校では月一でメンタルチェックを行っている。仕掛けた術者は、そのタイミングもしっかりと理解していたということだろう。もっとも、手段はどうあれそこまでして手駒にした価値があったのかどうかは別問題ではあるが、その事実は達也を驚かせるだけの力を持っていた。

 

「いや、そこまではわからない。私達は専門家ではないからな」

 

「先生も何も仰らなかったから、魔眼かもしれない」

 

 達也の言いたいことをよりわかっていたのは、摩利ではなく真由美だった。

 

 魔眼に該当するものはいくつかある。本物と言われている精神干渉系魔法の邪眼や、裏葉にのみ伝わる血継限界である写輪眼などが該当する。

 

 ここで真由美たちが秋水の名前を出さないのは、犯人ではないと思われているからなのか、可能性はあるが口にするべきではないと思っているのかはわからない。ただ少なくとも達也は、秋水がやった確率は限りなくゼロに近いと考えていた。マインドコントロールをして動かすよりも、秋水自身が動いた方が何倍も成功率は高まるためだ。だが、写輪眼が使われている可能性は拭い切れなかった。公にされている使い手は秋水だけであるが、本当に秋水だけのはずがない。過去に眼を奪われた者、隔世遺伝によって発眼した他家の者がいてもおかしくはないと考えていた。

 

「とにかくここまでするような相手だから、過激な手段をとってくると思うの。達也くんも注意しておいて」

 

 その程度の事実だけでは達也の警戒レベルは上がらなかった。

 

「わかりました。気をつけます」

 

 ただ、好意で教えてくれた相手に対して無礼な態度を取るほど馬鹿ではない。表面上では、素直に頷いた。

 

 

◇◇◇

 

 

 時刻は午後三時を迎える。予定通りに、第一高校のプレゼンテーションが始まった。

 

 壇上に立ち、いつもどおりの抑揚の効いた声を発する鈴音は、観衆の視線を一身に集めていた。淀みのない声からは極度の緊張は感じられない。後に控えているのは、第三高校。本コンペにおいて、カーディナルジョージが掲げるプレゼンは最も注目されている。前座と取られてもおかしくはないことが、ある程度緊張感を和らげているのかもしれなかった。

 

 鈴音は先人たちが試みてきたことの要点を上手くまとめ、失敗してしまった理由を述べる。どの方法を用いても、最終的には核融合ができる距離での電気的斥力が取り出そうとする距離に対して大きすぎることだった。ここまでは、ただの背景だ。一旦言葉を区切り、本題へと移る。

 

 斥力の問題は、魔法によって低減ができる。

 

 具体的な数値を出したこともあり、観客の興味を引きつける力が増大された。

 

 結果を述べ、軽く原理に触れる。考察を述べて締めくくれば、待っていたのは会場全体から送られる惜しみない称賛の嵐だった。

 

 第一高校の生徒達が退場していく最中でも、嵐は止むことを知らない。だが、突如として異物が紛れ込んだ。轟音と大きな振動は、嵐を一瞬でかき消した。

 

 

◇◇◇

 

 

 銃弾と魔法が飛び交う。怒声と罵声、悲鳴が入り乱れる。数分前までは平穏だったその場所は、紛うことなき戦場と化していた。一人倒れては、また一人倒れる。染める液体は、小道具からこぼれ出るものではない。正真正銘の血だった。

 

 襲撃者は全員が全員、その手にハイパワーライフルを持っている。魔法師が作り出す対物障壁を貫通するほどの威力を備えた、対魔法師用武器。対しているのはプロの魔法師であるが、数の差と特効兵器によって次々と散っていった。

 

 色は違っても同じ服装をした武装集団は、小隊長たちの合図とともに隊列を組んでゲートへと向かう。小隊ごとに統率のとれた訓練された集団だ。会場内には、まだ避難できていない人々が数多くいる。これ以上襲撃者が増えれば、さらなる混乱を呼び被害は激増するだろう。極限状態に追い込まれた人は、もはや自分の体を制御することも容易ではない。思いがけない行動を起こしてしまうものだ。

 

 だが、侵入者達がゲートを潜ることはなかった。

 

 炎が地面から天めがけて一直線に燃え盛り、ゲートを遮る防壁となった。

 

 侵入者たちは足を止めてしまう。ただの壁だったならば、想定の範囲内として強行突破しただろう。けれど、今彼らの目の前で起こった現象は理解することに少しの時間を必要とし、僅かな恐怖心を植え付けていた。

 

 たじろいだことが、彼らの命取りだった。

 

 真横から灼熱のうねりが押し寄せる。はじめに気がついた者はどこの言語かも分からない悲鳴を上げ、次のものは少しでも逃げようと走りだす。早々に諦め、膝を地に付けてその場から動かない者もいた。迫り来る絶対的な恐怖は人々に様々な行動を取らせるが、誰も逃すことはない。

 

 業火が過ぎ去った後に残るのは、炭とかした骸。いかに耐熱性の衣類を着込もうとも、鉄をも溶かす熱量の前には無力でしかなかった。

 

『私は――現在――受けています――ゲリラ兵が――』

 

 途切れ途切れではあるが、声が会場内から聞こえてくる。注意して聞けば、避難を促すような言葉が綴られていた。シェルターか、港か。大半はこの二つの避難場所へと向かう。その内の一つへと向かう通路であるゲートを覆っていた炎は、襲撃者が周囲にいないくなったことで次第に小さくなっていった。

 

 風前の灯火となった時、いくつもの足音が会場から聞こえてきた。近づいてくる音は、ゲートを潜ったあたりで止まった。

 

「秋水!?」

 

 走ってきた集団は、次々にその場にいた人物の名を呼んだ。しばらく会っていないこともあり、何故ここにいるのか、という意味合いが多く含まれている。

 

「……なんだ、お前たちか」

 

 秋水も秋水で、似たような反応を示した。達也、深雪、レオ、エリカ、美月、幹比古、ほのか、雫。そのグループはよく学校で見ていたが、コンペ会場に不釣り合いなメンバーも二人ほどいるように思えた。

 

 誰もが驚いている中で、素早く次の行動にでたのは二人。一人は幹比古。美月の前に出て、秋水との壁になるように位置に立った。彼からすれば、秋水は四葉とつながりのある人間。警戒心がある人間ならば、当然とも言える行動だった。もう一人は達也で、いつもどおりの無表情ながら皆から一歩前に出た。

 

「何をしに来た?」

 

 言葉通りのことを聞きたかったわけではない。四葉と同盟を結んだ以上、自分の素性を知られたのかもしれないと達也は考えていた。四葉の命を受けて行動している可能性がある上に、周囲には達也自身も四葉と繋がりがあることを知られたくはない。そのために、少し湾曲した形となってしまった。

 

「お前には関係のないことだ。俺は――」

 

 言いかけた時、秋水の眼が素早く左を向いた。達也も同じだったようで、双方左側へと高速で移動した。

 

 二方向から現れた襲撃者に、秋水と達也は先制攻撃を仕掛けた。秋水はクナイを片手に、達也は手刀に、殺陣さながら動きをしている。一撃一撃が必殺であり、確実に相手を仕留めている。リーダーはいても所詮は末端兵の長。生かしておくことでさらに得られる情報などたかが知れていた。

 

 十数秒の活劇。あっという間に鎮圧した二人は、会話をするために近づく。ほぼ同じ数を殺した二人だが、様子は対照的。秋水が返り血一つ浴びていないのに対し、達也の服には血がべっとりと付いている。得物や戦闘方法が違ったこともあるが、気にするかしないかの違いが大きかった。

 

 深雪は達也の傍まで駆け寄ると、魔法を用いて付着した血液を落とす。汚れた達也の制服は、ほんの一瞬で、クリーニングに出したかのように綺麗になった。

 

「俺は、俺の意思で動いている」

 

 四葉は関係ない。

 

 汚れが落ちていくさまを見届けながら、秋水は達也の真意を理解して問に答えた。

 

 他の者達も、近づいてきた。

 

「それよりも、何故連れてきた」

 

 秋水の視線が、美月やほのかに向けられた。死体を見て無理をしているのは、顔色からはっきりとわかる。いくら希少な眼を持っている、学校での成績が良かったとしても、実戦経験が無い彼女たちは今この場では足手まといでしかない。

 

「別行動して突撃されるよりはマシだろう」

 

 達也の言葉を聞き、秋水はエリカとレオを見た。血気盛んな二人は、目の輝きを抑えきれていない。非日常を待ち望んでいたようで、この二人ならば無茶な特攻をしてもおかしくはないと思えてしまった。

 

「そ、そうです! 私達が無理を言っただけで、達也さんは悪くないんです!」

 

 達也を弁護するかのように、ほのかが声を上げた。

 

 ほのかが達也に恋慕していることを、秋水は知らない。なぜ彼女がこんなことを言ったのかわかりかねたが、どうでもいいこととして考えることを止めた。今は他にすべきことが幾つもある。

 

「秋水、何か情報は持っていないか?」

 

 時間を浪費している場合ではなかった。

 

「侵略者は大亜連合の人間で、ゲリラを含めた人数はざっと千人。偽装揚陸艦一隻をはじめとして直立戦車が七十機、装甲車が三十両、偵察機など至れり尽くせりといったところだ」

 

 本題に戻した達也に、秋水は持っている情報を開示した。誰もが投入された戦力に驚いている中で、達也だけは冷静だった。

 

「さすがだな。現在の状況はわかるか?」

 

「さあな。ゲリラ兵しか相手にしていないせいでそこまではわかっていない」

 

 刻一刻と戦況は変化する。一度全体図を把握して置かなければ、行き当たりばったりとなってしまうだろう。

 

「どこか通信が傍受できる場所があれば良いが」

 

 警察などの通信を傍受すれば、今現在の状況を一目で把握することができる。当然ながら犯罪行為ではあるが、事が事だけに誰も秋水の言葉を糾弾する者はいなかった。

 

「なら、VIP会議室を使ったら?」

 

 これまで話を聞いているだけだった雫が、目視可能な位置にある真新しい建物を指しながら提案をした。

 

「使えるのか?」

 

「うん。キーもコードも知っているよ」

 

 場所がわかっても、認証キーやアクセスコードがわからなければ意味が無い。秋水の疑問は、雫が間髪入れずに答えたことで杞憂に終わった。

 

「なら教えろ。お前たちはさっさと避難した方がいい」

 

 雫だけを連れて行くことなど訳は無いが、情報を得た後彼女を一人残すことになってしまう。情報を得たとしても、敵の一人一人までを完全に把握することは出来ない。必要な情報をここで貰い、一人で行動したほうが何かと都合が良かった。

 

「さすがにその言い方は無いんじゃねーの?」

 

 言葉が足りないことで、真意が伝わらないことはよくある。突っぱねたような言い方もあり、単に重荷にしかならないと言われたように感じ取ったのか、レオが異議を唱えた。

 

「そうね。そんな言い方されたら、誰だって納得できるわけない」

 

 レオの言葉にエリカがのっかかり、秋水の言葉に抗う雰囲気となっている。

 

 この時点で、秋水は一人で向かうことを諦めた。そもそも言葉で納得させることができるならば、先に達也がそうしていただろう。付き合いが多い分、秋水よりも達也の方が彼らの性格等を把握しているはずだからだ。

 

「……仕方ない」

 

 秋水の体から、白い炎がゆらゆらと灯り始める。

 

 武力で強行させる道を選んだのだと考えたレオとエリカは、すぐさま身構え戦闘態勢に移行した。

 

「あの建物ならば、近くにマーキングをしてある。飛ぶから掴まれ」

 

 二人の考えとは裏腹に、秋水は攻撃に出ることは無かった。白い炎に包まれた巨大な手が、達也たちの前に差し出される。

 

 飛雷神は、術者が直接触れているか、術者のチャクラを通して間接的に触れている必要がある。大勢に触れられる趣味などないため、秋水は須佐能乎を用いる方法をとった。

 

 達也が真っ先に触れた。火傷などの問題が無いことを告げると、次に深雪が触れ、徐々に皆手を伸ばしていく。慎重な性格の幹比古は最後まで躊躇っていたが、美月が触れたこともあって断念したようだった。

 

 

 

 移動距離はさほど長いものではないとはいえ、一瞬での跳躍。がらりと視界が変わったことに誰もが驚きを隠せなかった。それは達也も例外ではない。人生初の時空間跳躍に、表面上には出なくとも高い関心を示していた。

 

「行くぞ」

 

 一人慣れている秋水は、達也たちに移動を促した。

 

 跳躍点から、雫が言っていたVIP会議室までは一分もかからない距離。移動中もどこからか銃声が絶えず聞こえていたことから、広範囲に渡って襲撃されていることが伺えた。

 

 ビルに入り、部屋に入る。

 

 スクリーンを出し、必要な物を入力して情報を表示した。

 

 東京湾沿い一体は、危険を知らせる赤色に染まっている。見ている間にも赤い範囲は徐々に広がりを見せていた。秋水たちがいるビル付近も、グズグズしていれば飲まれてしまいそうだ。

 

(陸路はまず無理だな……)

 

 交通機関が停止した現在、陸路を使っての避難は不可能だった。残るは海か空となるが、どちらも容易いものではない。海では船、空ではヘリや飛行機と移動手段が限られてしまう。何より、敵がそれを意図していないとは考えられない。目的は定かではないが、物事を優位に運ぶならば人質の確保は必須。数が少なければ平和のための犠牲にされる可能性もあることから、それなりの人数を盾にしなければならない。海と空、人が集まるのはどちらかと問われれば、ここが海に面した場所だということを考慮すれば答えはすぐに出た。

 

 達也たちも同様の考えに至ったようで、シェルターへの避難ルートを検討していた。

 

「じゃあ、地下通路だね」

 

「いや、地下はやめた方がいい。上を行こう」

 

 エリカが地下通路の経路を選択するも、達也は地上を選択した。

 

「……あ、そうか」

 

 説明せずとも、エリカは達也が何故上を選択したのかを理解した。

 

 地下通路はいくつもあり、思いの外複雑な構造をしている。避難中に他の避難グループと鉢合わせて混乱が生じるどころか、襲撃者と遭遇戦になるかもしれない。閉鎖的な空間では魔法も相克を起こしやすく、銃火器による制圧を受ける危険があった。

 

 避難経路が決まっても、すぐに移動とはならなかった。

 

「ただ、デモ機のデータを処分したいから、少し時間が欲しい」

 

 達也の中には皆をビルに一旦残し、自分一人が再度会場まで行ってデータを消去する選択肢もあった。だが、深雪を初めてとして他のメンバーがその案に乗ることは無いと思い、口にすることはなかった。

 

「秋水はどうする?」

 

「行動を共にする気はない。俺は海沿いの敵を片付けに行く」

 

「わかった。なら、もう一度俺たちを会場付近に飛ばして欲しい」

 

 秋水と達也が共にいても、過剰戦力でしか無い。別れたところで悪い意味での戦力分散にならないことは二人ともわかっていた。

 

 飛雷神についてよく知らない中でもできる前提で話を進める達也に、秋水は隠すこと無く溜め息をついた。

「イエス」と答える代わりに、再び須佐能乎を顕現させる。達也たちを飛ばした後、彼は言葉通りに動いた。

 

 

 

 運が良いのか悪いのか、秋水は外へ出て早々に六人のゲリラ兵に遭遇してしまう。会場付近にいた人数よりは少ない。海沿いから入り込み、内部へと侵攻してきたところなのだろう。動きに迷いが見られないのは、この日のために潜伏していたからだろうか。

 

 ゲリラは秋水を見つけると、銃口を向けて威嚇してくる。魔法師と判断したのではなく、あくまで市民と捉えているようだ。

 

 実戦経験が無い人ならば、それだけの行為で足が震える。小さな弾丸が肉体を容易に貫くことは、直接見たことが無くとも理解している。生存本能が働き、命乞いをする者もいるだろう。だが、秋水は違った。銃火器などこれまで幾度と無く目にしてきた。より大勢に囲まれたこともあった。脅された程度で怯むような、日常は送っていない。目にも止まらない速さで接近し、隙だらけだった相手の顎に向けて下から右手で掌底を放った。

 

 魚鱗の陣形を組んでいた先頭のゲリラ兵の体が浮き上がる。かなりの威力で動かされた首は、鈍い音とともに不自然に伸びた。

 

 手にしているライフルではなく、腰に付けられていた一発の手榴弾を左手でかすめ取り、呆然としている敵兵めがけて死体を蹴りつけた。

 

 綺麗なくの字型に曲がった死体は、銃口と秋水を結ぶ直線上に入り込んで盾となる。それでも人体を貫通闇雲に撃たなかったのは弾を節約したいためや、亡き者への仲間意識からではない。高速での出来事に、単純に頭が追いついていなかったのだ。

 

 秋水はそのまま攻め立てなかった。一度後方へと飛んで距離を取った。盗んだ手榴弾からピンを抜き、集団めがけて放る。陸兵が持っているものの大半は、着弾したした際に爆発するタイプ。他にも信管の種類はあるが、秋水には区別をつけるだけの知識も経験も無い。もっとも、その違いが今何かに関わることはない。どの種類であっても別に構わなかった。

 

 ようやく思考が追いついたゲリラ兵が、再び照準を合わせる。秋水への狙いは三。残り二人の内一人は、宙を舞っている手榴弾へ。もう一人は死体を抱えているために、まだ他と同じ動作に至っていない。

 

 引き金を引くよりも先に、死体が突如炸裂して周囲を巻き込む。腹部を蹴った際に付けた起爆札が爆発したのだ。遅れてやってきた手榴弾や彼らが装備していた火薬類が加わり、一層大きな破壊を生み出した。

 

 熱風が吹き付け、秋水は腕で顔を隠す。想像以上の規模になったことで、周囲にいた敵が集まり始めた。歩兵だけではなく、装甲車や直立戦車までいる。見晴らしの良い場所で派手な魔法を用いて注意を惹く予定だったが、手間が省けたと思えば何も問題はなかった。むしろ時間が稼げた分、メリットが大きい。

 

 周囲を今一度見渡す。市民は避難しているようで、残っているのは秋水と敵のみ。今は囲まれた状態だった。本来ならば、対多数用で全範囲をカバーできる土遁や水遁が戦術としては望ましい。特に近くに海という大量の水場があるために、普段使うことが難しい「大瀑布」のような超高等な魔法も使うことができる。だが、この場所では土遁も水遁も使えない。地下通路で避難している市民たちが巻き添えを食らう必要があるためだ。いくら写輪眼を持ってしても、地盤の強度を見ぬくことは出来ない。もし地下に被害が及べば、逃げ場が無いために大量の死者が出てしまう。特に避難しているのは魔法が使えない一般人のため、余計にそう言えた。

 

(須佐能乎を使うまでもない)

 

 いくら強力な魔法を使えても、防御力は人の域を出ていない。ナイフで切られれば肉は断たれ、銃で撃たれれば貫通する。当たりどころが悪ければ死んでしまう。須佐能乎を使えばハイパワーライフルさえも無効にできる絶対防御を常時展開できるが、つまるところ当たらなければ問題はない。膨大なチャクラを消費するため、そう安々と使うこと訳にはいかない。現状の敵の数ならば、不要と判断した。

 

(厄介なのはあの戦車か)

 

 巨大な金属塊。総重量が八トンの直立戦車は、市街戦において歩兵を殲滅する目的で作られた。相応の量を積んでいる火器は、下手をすれば地面を陥没させる火力を持っている。戦車と名乗っている以上は装甲も厚く、クナイ程度では傷をつけるのが精一杯。火遁での突破は可能だろうが、内部まで熱が行き渡るまでに時間がかかってしまう。

 

 眼を左右に動かして動きを把握してから、直立戦車めがけて走りだした。

 

 まだ、銃声はならない。消えたような速度で動く秋水を、誰も捉えることができていない証拠。

 

 秋水が腰に手を当てると、一本の刀が虚空から突如現れた。武器の口寄せ。予め仕込んでおくことで、印を結ぶことや術式に触れることで好きなときに取り出すことができる時空間魔法の一種。今回取り出した刀は忍者刀ではない。鍔があり、わずかに刀身は沿っている。刃渡りは八十センチに近い。打刀や太刀に相当する長さの日本刀。本来、忍がこの長さの得物を振るうことは無いが、全く無いというわけではない。何より、かつて千葉家で剣術を学んだ秋水はそれを不自由なく使うことができる。

 

 最初に秋水の存在に気がついたのは誰だったのか。彼は全高三メートル以上ある戦車を超える高さにいた。彼の高速移動は、現代魔法の加速による事象改変とは異なる。チャクラを用いた単純な身体強化であるため、自由度が高い。一旦停止して跳躍するための魔法を使わずとも、強化した膂力でそのまま跳ぶことができる。

 

 地面に対して垂直な閃光が奔った。

 

 直立戦車は、強固な防御力と高い攻撃力を有している。しかし、直立という構造を取ったために、詳しくない者でもコックピットの位置がわかってしまう。秋水からすれば火力面が厄介だっただけで、防御面は弱点丸出しの鉄屑とさほど変わらなかった。

 

 重厚さ故に真っ二つというわけはいかないが、機能が停止したことを示すように下部のキャタピラの動きが止まり、腕が下がった。

 

 ようやく銃声が鳴る。連続で鳴っているが、音源は一つ。

 

 いくら速くとも決して曲がることはない。銃口から一直線に進む弾丸の軌道を見切ることなど、写輪眼を持っている秋水には容易かった。身体に当たらぬように、刀身の側面に当てて軌道を逸らしていく。

 

 全て弾かれていく様を見て、トリガーから指が離れた。

 

 その隙を見逃すはずがない。走りだしながら、持っていた刀を投げつける。先ほどまで秋水がいた位置に、数カ所から弾丸が飛んできた。弾いている間に、少しずつ敵兵も動き出している。

 

 投げた刀が、初めに撃った兵士の脳天に突き刺さる。

 

 倒れる前に刀の柄を握り、体を蹴り飛ばしながら刀を引き抜く。眼を素早く動かして誰がどのタイミングで動くのかを一瞬で把握すると、早い者から狙いにいった。

 

 斬りつけ、薙ぎ払う。手で銃の照準をずらし、同士討ちをさせる。手裏剣やクナイに持ち替え、投擲して射抜く。様々な方法で攻撃を防ぎながらも、相手の数を着実に減らしていく。何人かはナイフに武器を変えたものの、結果は同じだった。

 

 装甲車から、砲弾が放たれる。まだ仲間が残っているが、犠牲は仕方が無いと判断したのだろう。

 

 前進した秋水は進路にいた一人をすり抜けざま切り捨て、刀を立てて頭上で砲弾に合わせた。

 

 二つに裂ける。進行方向がわずかに変わる。それぞれに意識でもあるかのように、生きている兵士めがけて飛んでいった。爆発はしなくとも、高速で動く鉄の固まりが衝突することに変わりない。兵士の体では勢いを殺しきれず、吹き飛ばされていった。

 

 敵わないと悟ったのか、装甲車が突如後退を始めた。

 

 未だ諦めていない敵よりも有能だと思いながらも、秋水は逃すつもりなど無かった。前進よりも速度で劣る後進。追いつくのに、時間などほとんど必要なかった。ホイールごと片側のタイヤを切り裂き、バランスを崩す。アンバラスになったことで車体は回転を始め、ビルへと衝突して停止した。

 

 装甲車には、外を直接見るために体を出せるハッチが存在している。秋水は固定箇所裂き、蹴り上げた。内部が見えてしまえば後は簡単だった。砲弾を切る前に盗った手榴弾のピンを抜き、落とすだけ。車体から飛び退き、地面に足を付けたと同時に大きな音がなり、ハッチから煙が上がった。

 

 戦闘の意思が残っている者はいなかった。勝てるはずがないと、脳に刻み込まれた。武器を手放し、降伏を示すために両手を挙げた。

 

 戦意を失った相手でも容赦はなかった。赤い残滓を残しながら、秋水は残っている敵を殲滅した。

 


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