紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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秋水の万華鏡ですが、簡単に作ってみました。
大体こんなかんじだと思っていいただければ良いと思います。

【挿絵表示】



Episode 2-16

 開戦の狼煙が上がった。

 

 秋水の初手はアトラスの振動系魔法によって阻まれた。いかに強力な炎であっても、分子の運動を止められてしまっては手も足も出ない。

 

 対するアトラスの初手は、今この時、秋水たちへと向かってきていた。形状は大型の鳥類。大翼を一度羽ばたかせるだけで、かなりの速度が出ている。

 

 秋水は迫り来る脅威に目もくれず、アトラスとは別の方向に走りだした。分身体を作り出し、二手に別れた。シリウスに絶対の信頼を寄せているわけではない。実力は未知数で、性格もほとんどわかっていない。背を向けるのは危険であったが、彼はシリウス本人ではなく、責任感を信じた。

 

 地から天へ、本来とは真逆の進行ルートを辿って雷槍が迸る。的確に標的を貫いた雷は、新たな獲物を求めるかのように拡散した。夜にもかかわらず、昼間かと思ってしまうほどの圧倒的な光量。特有の音を鳴らしながら空中に張り巡らされた雷の網は、新たに面に対する攻撃となった。

 

 膨大な電力にさらされた鳥類型の爆弾は、すべて粉々になって地に落ちていく。局所的に、粘土の豪雨が降った。

 

(やはり、この程度では話にならないか)

 

 秋水は二方向から、アトラスめがけて手裏剣を何枚も投げた。速度もコントロールも一級品。手のひらに収まる程度の小さな刃が、綺麗な直線や曲線を描きながら標的に向かって行った。

 

 黒塗りの凶器は、闇夜に紛れて目視が難しい。

 

 アトラスは、苦虫を噛み潰したような顔をしながら手裏剣をかわした。自身の体を直接動かしているわけではないために、回避はギリギリだった。

 

 直前に見せられた雷撃の影響だろう。爆弾をぶつけて相殺させる選択肢は確実であるにも関わらず、自然と除外されていた。そしてそれが、次の危険を招く原因となってしまった。

 

 目に入ったのはたまたまだった。

 

 反射防止のために黒く塗られたワイヤーが、ほんの僅かに月明かりによって存在を暴かれる。先頭につられている動き方だった。

 

 いやらしい手だと思いながら、アトラスは乱雑に手を伸ばしてまとめてつかむ。摩擦で手に熱が生じるよりも先に、即座にチャクラを流し込んだ。支配権の強奪。チャクラを流し込まれたことで支配権は完全にアトラスに映り、彼の意思によって風船が破裂するかのように爆発させられた。

 

 手裏剣の軌道が変わる。頭を失ったことで、ワイヤーは踊りだした。

 

 アトラスはワイヤーを切ることに気を取られ、マーキングが施された手裏剣の存在に気が付かなかった。

 

 アトラスの上部にあった手裏剣へと、秋水が音もなく飛んだ。空気が振れることもない。完成された時空間跳躍。

 

 幸いだったのは月明かりがあったこと。不自然に影ができたことで、アトラスはなんとか反応することができた。振り下ろされる黒い刃に、なんとか自身の左腕を合わせた。

 

 クナイが、刃先から三分の一ほど食い込んだ。

 

 血は出なかった。

 

「どんな義手をこしらえたかと思えば……」

 

 色は白。感触はとても筋肉があるとは思えないほど柔らかい。

 

「通りで復帰が早いわけだ」

 

 移動や攻撃など多彩なバリエーションに飛んでいる古式魔法。無機物(粘土)にチャクラを流し込む禁術は、医療においても可能性を見出していた。使い方さえ間違えなければ、社会に多大な貢献ができただろう。

 

「てめぇ……てめぇのせいで俺はッ!」

 

 左腕のことではない。最後に見た秋水の写輪眼。生命の一瞬の輝き、爆発こそが芸術だと信じているアトラスを惑わせるほどに、彼の脳裏に焼き付いていた。

 

「お前のことなんてどうでもいい。だが、やるべきことはやってもらわなければ困る」

 

 怒りを表面に出すアトラスとは対照的に、秋水は機械的だった。アトラスの腕に刺さったクナイ、その後部にある輪状の部分に取り付けられているワイヤーを軽く引っ張った。すぐに手を離す。これまでと違うのは、二本取り付けられている点。

 

「何わけのわからねえ事を言ってッ――」

 

 後半は言葉にならなかった。

 

 ワイヤーを伝って流れる電流が、彼の体を麻痺させたためだ。

 

 電流が流れるには、電源、電気的素子、導電体が必要になる。これらを組み合わせ、回路を作ることで初めて通り道ができる。電源はシリウス。二本のワイヤーが導線となり、アトラスが抵抗。雷のように空気を絶縁破壊する必要はない。小さな電圧で、それなりのダメージを出すことができる。

 

 体内を焦がすほどの威力ではない。それでも、体内に直接流れた電流は、人間が生活をする上で必要な電気信号のやりとりを壊乱させるには十分なほど。行動の根幹である脳が機能を停止し、まともに喋ることもできないだろう。

 

 ただし、本当に人間だったならばの話だ。

 

 アトラスは左腕だけでなく、全身が白く変色している。(ただ)れる様は、硫酸を頭から浴びせられたかのように醜い。

 

 粘土分身。

 

 精巧に作れば作るほど、本体と見分けをつけることが難しくなる。分身系統の魔法の中では、おそらく術者の力量に最も左右されるものだろう。せっかくの力作は、無残にも原型をとどめていなかった。

 

 足場であった飛行生物の背から腕が突出し、秋水の両足首をつかんだ。

 

「捕まえたァ」

 

 壁越しに話しているかのようなぐもった声。

 

 秋水は眼を音源へと向けた。徐々に足が粘土の中に引き込まれていくが、表情に変化は全くなかった。

 

 ひざ下程度まで埋まると十分だと判断したのか、アトラスが代わりに這いずり出てくる。

 

「……少しは動揺しろよ。俺の意思一つで、てめぇはなすすべも無く爆発するんだぞ!」

 

 周囲は秋水にとって脅威となるものばかりだ。

 

「たしかお前は、爆発に芸術を見出しているんだったな」

 

「だったらなんだってんだ」

 

「お前の眼鏡にかなうといいが」

 

 秋水の口角が上がる。

 

 何かが引火し、焦げ付いた臭いが淡い煙とともに風に流された。

 

 次に何が起こるか理解したアトラスの目は、驚きと怒りによって見開き、充血していた。

 

 逃げるまもなく、秋水の体が大爆発を起こした。

 

 

 

 

 分身大爆破。

 

 影分身と起爆札を合わせた術。自分が傷つかない自爆特攻のような技であり、威力は起爆札の分だけ増加する。

 

 秋水が自身の分身に取り付けていた起爆札の枚数は五枚。両の手足と心臓部に一枚ずつ。実体に同じことをすれば、粉々にできるほどの殺傷力を秘めていた。

 

 飛行生物が崩れ、アトラスが落下していく。咄嗟に手を離して自ら地面に向けて跳んだが、衣服は焦げ、体の所々には火傷を負っていた。

 

(ふざけるなッ!)

 

 あんなものは芸術ではない。ただ真似ただけの模造品。中身のない、薄っぺらな駄作。決して、認めていいものではない。

 

 言葉で言ってもわからない。芸術とはそういうものだ。見て触れて、五感を通じて感じることで理解できる。どうしてもわからないというならば、身体に染み込ませるしかない。

 

(見せてやる。俺の最大にして究極の芸術をなッ!!)

 

 アトラスは空中で器用に姿勢制御を行う。左腕に刺さったままのクナイを引き抜き投げ捨てた。腕の感覚を確かめた後に、神にでも祈るように手を組んだ。歪む表情からは、チャクラだけでなく、怒りなどの感情を混ぜ合わせているようでもあった。

 

 

 

 

 オリジナルの秋水は分身が爆発する少し前にはシリウスと合流していた。本来ならばしなくとも問題はないが、近くにいることで術式を明瞭に視るためだ。

 

「今のは?」

 

「分身ごと起爆札で爆発させただけだ。あいつの魔法じゃない」

 

 シリウスに余計な考えを起こさせないために、秋水は実物を見せながら真実を伝えた。

 

「自分の分身を……嫌な魔法ですね」

 

 いくら分身とはいえ、実体を持っていることは確か。起爆札による爆殺は、人によっては思うところがあるのかもしれない。シリウスの考えとは逆に、秋水はチャクラを多く消費することに目を瞑れば、相手の不意を突くことができる良い魔法だと考えていた。

 

「放っておけ。それより油断するな、チャクラが活発になった。来るぞ」

 

 落下していくアトラスのチャクラを見た秋水は、前方に注意を向けた。アトラスが木に隠れて単なる目視ができなくなってから、数秒ほど間が空いた。

 

 徐々に大きくなっていく羽音。木の雑踏をかき分けながら虫の皇が飛来する。

 

 一度秋水の火遁を量で破った攻撃手段。だが、今回は条件が異なる。前回と同様の結果なることはまずなかった。

 

 シリウスが一歩前に踏み出し、トリガーを引いた。

 

 たったそれだけ。それだけの動作で数多の害虫が駆除されていく。秋水とシリウスを中心に囲ったドーム状の雷は、侵入を許さない小さな防壁を築いていた。

 

 物量攻撃が止まない中で、更に圧倒的な量が注がれる。

 

「なっ……!」

 

 シリウスの仮面を被っていることを忘れたかのような素の言葉が、彼女の口からこぼれ落ちた。

 

 大量の土砂が舞い上げられ、滝のような急峻な角度で落下してきた。流砂は津波のごとく波打ながら、木々を押し倒しつつあらゆるものを呑み込んでいく。

 

 一瞬だけ、アトラス自身が発動させた粘土爆弾さえも飲み込む津波の中で、動く物体を秋水はとらえた。形状は蛇のように細長い。土の中で暮らす生物を模倣した粘土だと、殴り描くように乱暴に答えを出した。

 

 シリウスが展開している魔法では、膨大な土砂を防ぐことはできない。このままでは土砂に埋もれて窒息死することは必至だった。

 

 今にも秋水たちに襲いかかろうという時。秋水は慌てること無く、土遁の忍術である「地動核」を発動させる。一度揺れた地面は四角に切り取られ、エレベーターさながらに上昇を始めた。

 

 術者である秋水とは異なり、事前報告を受けていなかったシリウスは急激な移動と上部からかかる圧に片膝をついてしまう。

 

「まだ来るぞ」

 

 写輪眼を持たぬシリウスに、まだ終わっていないことを伝える。彼の目には、隆起させた地面の中を移動する物体が、はっきりと映っていた。

 

 秋水とシリウスの引き離すためだろう。ちょうど、二人の中間地点に亀裂が生じた。

 

 最初に出てきたのは、巨大な口。円形の口内に等間隔で配置された牙は、一度喰らいつたら話さないと言わんばかりの鋭さ。徐々にあらわになる姿は、悲鳴の一つでも上げたくなるような気味の悪さだ。現在もUMAであるモンゴリアンデスワームに近い形状をしていた。

 

 秋水とシリウスが動いたのは、全くの同時。粘土で作られた生物が、一・五メートルほど地表から出てきた時だった。

 

 シリウスが下味をつけ、秋水が調理する。地面に垂直に振り下ろされた刃が、やや粘性のある身体を真っ二つにした。

 

 別れた片方にアトラスの身体が見える。

 

 秋水は、この時変な違和感を覚えた。

 

 秋水よりも先に次の攻撃に移っていたシリウスが、手にしているナイフを横薙ぎにした。

 

 ただのナイフではない。エリカが使っていた警棒と同じ、武装一体型のCAD。インストールされている起動式はアメリカ軍の機密術式。放出系の系統魔法である「分子ディバイダー」。その刃に触れれば、抗うことができずに分断されてしまう。

 

 元とはいえ、スターズの一員だったアトラスは分子ディバイダーを知っていたのだろう。初めから防ごうとはせず、回避に徹した。膝を曲げて頭の位置を変える。頭が二つに割れて脳みそが顔を出すことはなかったが、それよりも上にあった金色の髪が綺麗に裂けた。

 

 アトラスの膝が完全に曲げられたところで、秋水が蹴りを入れた。沈みきった状態故の一瞬の硬直。動けぬ状態のアトラスは、腕で防ぐも空中へと飛ばされた。ゆっくりと落ちていった。

 

 シリウスがアトラスに照準を合わせる。

 

 秋水の顔はどこか浮かないものだった。

 

(なんだ、この違和感は……何が引っかかっている)

 

 求めているものが手に入るかもしれないという時に、秋水は別のことに意識が向いていた。

 

 ふと、先ほど切られた物体へと眼が行った。

 

(チャクラの流れは止まっている。何もおかしいところは――)

 

 シリウスが最初に放った一撃を思い出す。電撃の音、威力、そしてそれをまともに受けた鳥類型の粘土爆弾。

 

 何が起こるのか理解した時、意図的に脳が指示を出すよりも早く、足が自然と動いていた。

 

 アトラスが落ちた方向とは反対側にクナイを投げる。秋水の眼が突如再び躍動するチャクラを捉える。引き金を引く寸前のシリウスの腕を乱雑につかんだ。

 

 アトラスが照準からずれたことで、魔法が不発に終わってしまう。

 

「何を――」

 

 言葉は、爆発によって遮られた。

 

 秋水たちがいた場所が瓦解し、大小様々な大きさとなって地に落ちる。ぶつかるたびに、大きな揺れをもたらした。

 

 

 

 

 急な跳躍だったために、着地が疎かになる。上手く制動できずに、手を地に付く形となった。膝も地についてしまう。

 

(どういうことだ、一度止まったチャクラが再び流れだすなど……)

 

 動揺まではいかないが、未知の現象に頭が追いつかなかった。

 

 アースを行い、電流を地面へと逃がす。閃いた解答を秋水は自ら切り捨てた。アトラス本人ならばまだわかる。心臓が止まらない限り、チャクラの流動は止まらないからだ。だが、粘土爆弾は違う。あくまで与えられた量が流れているだけであり、新たに生成されることはない。一旦停止するということは、生物で言うところの死を意味する。仮死状態を作り出すという考えも一蹴した。あれは自ら施す術であり、他者の攻撃を利用することは非情に難易度が高い。医療によほど精通している者でもなければ不可能と言っても過言ではない。死からの再生。それができるならばまるで、輪廻を司る六道のような術と言える。

 

(理論には無かったということは、奴が編み出した応用だろう。弱点への対策といったところか。……もう少し情報をとっておくべきだったな)

 

 膝を地面から離し、足の裏で大地を踏みしめた。

 

 改めて周囲を視る。

 

 今のところ異物は見当たらなかった。

 

「何故、爆発が……?」

 

「考えられる理由はいくつかある。一つ目は、単に電撃の威力が足りなかった場合。二つ目は、今の魔法だけ少し特別製だった場合。三つ目は、何らかの方法で粘土内に流れる電流をアースすれば再び機能が戻る場合。もし一つ目ならば対策は簡単だ。貴女が可能な限り、今まで通りの対処法で問題ない。だが、二つ目と三つ目は少々面倒になる。特に三つ目が正解ならば、状況はこちらが不利と言っていい」

 

 シリウスは秋水が言った言葉の意味をすぐさま理解し、目を下に向けた。

 

 一撃目でシリウスが放った雷撃によって、アトラスの魔法は粉砕された。崩れた粘土は雨のように降り注ぎ、葉の上や地面へと落ちた。その地面はアトラスによって木々を呑み込むほどの土砂として広げられ、広範囲にランダムで配置された形となっている。一粒一粒の大きさは微細で、爆発したところで威力はたかが知れている。だが、それが二つ三つと増えていき、万や億という数になれば話は変わってくる。

 

「その仮説が正しければ、地中にある爆弾に電撃を浴びせたとしても無効化できるのは一時的でしょう」

 

「だろうな。膨大なエネルギーを持つ攻撃で消滅させてしまうか、術者本人(アトラス)を殺すほうが手っ取り早い」

 

 シリウスの手札の中で、条件を満たすカードは限られてくる。

 

 

 

『何が手っ取り早いって?』

 

 

 

 今までの会話が聞こえていたかのように、地面そのものから声が聞こえてきた。

 

『俺が弱点に、なんの対策も取ってねーとでも思ってたのか。馬鹿にしやがって。そもそも、他の事を気にしながら、俺の相手をしようって魂胆が間違ってんだよ……』

 

 音源に反し、秋水は上空に向いていた。単なる目視では小さな点にしか見えないが、写輪眼によって確かにアトラスだとわかる。

 

『気に入らねーんだよ! その面が、その眼がァ!! お前だけは絶対に殺す! 俺の芸術の素晴らしさ……身をもって理解させてやる!!』

 

 大地が震え出す。

 

 秋水が地面を見れば地面一面がアトラスのチャクラに覆われており、ある一点に向かって動き始めていた。連動し、地面が盛り上がり始める。雛が卵を自ら割るかのように、地面から粘土が顔を出した。はるか上空まで登っていく粘土は、やがてある形を成し始めた。

 

 異様な光景に、秋水もシリウスもただ見ることしかできなかった。

 

「なんだ、これは……」

 

 思わず見上げてしまう。

 

 山を超える巨体。四肢から見れば人のような形をしているが、顔には目や鼻、口といったものが存在しない。それにもかかわらず、どこか神々しさを感じさせるのは、アトラスのチャクラとは別のエネルギーが混じっているためだろうか。

 

『今更逃げてもおせーぞ。これが爆発すれば、半径十キロは確実に吹っ飛ぶ!』

 

 はじめに地面に落ちた粘土の量だけではない。地中に存在している原料を用いて新たに生成した粘土も含まれていた。その際に自然エネルギーが混ざり合うことで、アトラスが使う魔法とは少し性質が変わっていた。

 

 もはや天火明でどうこうできる質量ではなかった。飛雷神での回避も、数十キロ単位での被害ならばしようがもない。連続使用は負担も大きくかなりのリスクがある。最悪、時空間の狭間に迷い込んでしまうこともありえた。

 

『これこそ究極の芸術だ!』

 

 アトラスが巨人の、人の体で言うところの心臓部分に自ら入り込んだ。身体が粘土に包まれ始め、半分以上が覆われる。

 

 巨人の体が膨張を始めた。

 

 秋水は咄嗟に振り返った。不安の色を隠せないシリウスの顔が見えるが、彼が遥か先にあるものを見ていた。諦めたかのように目を瞑り、肩の力を抜く。

 

『さあ、全員その目に焼き付けろ! 感嘆の声を上げろ! そして絶望しろ! 芸術は――』

 

 単なる自爆ではない。消えぬ傷跡とともに、名を地に刻み込む。魂が昇華する一瞬の芸術を、アトラス・キーストーンという芸術(じんぶつ)そのものを、永劫残すことができる。刹那の永遠の共存。一見不可能に思える二つを、彼は身を持って体現するのだ。

 

 光が漏れ始める。死へと誘う絶望の光だ。

 

『爆発だ――!!』

 

 眼を開けた秋水の視界は、白一色に塗りつぶされた。

 

 

◇◇◇

 

 

 爆発してから一体どれほどの時がたったのか、シリウスは判断することができなかった。生きているのか死んでいるのか、それさえもわかっていない。

 

 恥ずかしいことに閉じてしまった目を、恐ろしいものでも見るかのようにゆっくりと開けた。

 

「――ッ!」

 

 言葉にならなかった。

 

 周囲一体には何も存在していない。むき出しになった地肌が、ただただ延々と続いている。虫も鳥も、ありとあらゆる生物が存在することを許さない劣悪な環境だった。

 

 目の前にいる人物がいなければ、世界でたった一人しかいないと錯覚してしまうほどだ。

 

 背中にあるのは、赤と白によって彩られた裏葉の家紋。大きく上下する肩は、彼が生きている証だった。

 

 少しずつ状況が読み込めてきたシリウスは、自身の足元には自然が存在していることにようやく気がついた。どこまで自然があるのかを探れば、秋水の少し前から後ろにかけて徐々に範囲が広くなっているように感じた。まるで境界線のように、白い炎がわずかに煌めいている。

 

 蝋燭よりも弱々しい炎が消えると同時に、秋水の体がよろめく。膝に手をつかなければならないほど疲労が溜まっているようだった。

 

「一体、貴方は何を……」

 

 答えは返ってこない。返さないのではなく、返せないのだろう。肉体的に何らかの異状をきたしていることは、誰の目から見てもはっきりとわかった。

 

 近づこうとした時、足が全く動かせなかった。突然地面に縫い付けられたかのように、少しも離すことができない。

 

 背後から、複数の足音が聞こえる。

 

 何とか動かせる上体と首を動かし、音のする方を見た。シリウスとはまた違った、鬼のような顔。否、般若の面をかぶった男たちが三人ゆっくりと近づいてくる。

 

 さらに背後に、一人だけ動かない男がいた。その男からは影が伸び、秋水とシリウスの影とつながっている。シリウスは知る由もないが、影を使う魔法は古式魔法師の名門、奈良家に伝わる秘術だった。

 

 彼らは一定の距離まで近づくと、ピタリと足を止めた。

 

「アンジー・シリウス。我々は貴女に危害を加えるつもりはない。我々は、彼に用がある。できればこのまま動かないでくれると助かる」

 

 感情がないと思ってしまうほど声に抑揚がない。常日頃から感情を殺す訓練でも積まなければ、出すことができないほどの冷たさだ。

 

「貴方方も彼に助けられた身でしょう。恩義を仇で返すつもりか」

 

 よそ行きの、威厳を含ませた口調。

 

 シリウスは警告とも取れる発言を無視してCADに手をのばそうとしたが、少し動かしたところで足同様に動かせなくなってしまった。

 

「我々が懇願したわけではない。我々はただ任務をこなすだけだ」

 

 酷く屈辱的だった。アトラスには自爆され、秋水に命を救われる結果となった。秋水が狙われている今も、指先一つ動かすことができない。これでは何をしに日本に来たのかわからなかった。

 

 モヤモヤした感情が渦巻く中、白い閃光がシリウスの顔の横をかすめた。

 

 一瞬の腹部への強い衝撃とともに、身体の自由が戻る。手を何度が開閉して改めてそれを確認した。

 

 次いで何が起こったのかを調べた。白く大きな指先から伸びる鋭利な爪が、影を伸ばしていた術者の体を貫いていた。痛みを感じる間もないほどの即死だろう。絶命したことで、魔法の効果が切れたのだろうとシリウスは判断した。

 

「俺の、眼が狙いか……」

 

 秋水は膝から手を離し、体の向きを変えた。体を再び、白い炎が包み込む。けれど、炎は水をかければ消えてしまいそうなほどか弱い。先ほどまで腕のような形状を維持していた部分も、今では消えている。わずかに残っていた残滓も、月光に負けて見えなくなるほどだ。

 

「手を、出すなよ。俺個人の問題だ」

 

 シリウスが日本の魔法師に攻撃することは、国際問題に発展する危険性があった。ただでさえ非魔法師と比べ、魔法師への風当たりは厳しい。ましてやアンジー・シリウスともなれば、下手をすれば些細な事でも取り上げられてしまうだろう。

 

「無茶です。今の貴方がまともに戦えるとは思えません」

 

 シリウスの言葉を借り、代表格の男が言葉をつなげる。

 

「無駄な抵抗はしないほうが良い。君は貴重なサンプルだ。できれば、生きたまま連れて帰りたい」

 

 まるで誤って殺してしまうとでも言いたげな言い方は、秋水の失笑を買った。

 

「余計な心配は、しなくていい。今の状態でも、こいつら程度に遅れを取ることはない」

 

 まだ息が切れながらも、秋水は写輪眼をひっそりと万華鏡へと変えた。

 

「交渉決れ――」

 

 容赦はしなかった。

 

 秋水が発動した天火明が、容赦なく頭を吹き飛ばす。ヘビィ・メタル・バーストの術式を手に入れる機会を逃したことに対する憂さ晴らしも、少なからず含まれていた。

 

 男の体は、バランスを失った人形のように背を地面に付ける形で倒れた。異臭が風に乗って流れだす。

 

 残っていた二人は左右に散り、攻撃のモーションを起こそうとしていた。焦点を合わせる天火明に対して、拡散するという戦法は意図したものかどうかは定かではないが、結果としては効果的なものだった。

 

「それに、アトラスが死んだ今、俺達が協力する意味はもうない」

 

「それとこれとは話が別です」

 

 ただ、効果的だからといって効くかどうかは別の問題。

 

 一瞬だけ二人の動きをとらえる。秋水からすれば、それだけの行為で片がついたことと同じ意味だった。

 

 秋水の周囲に骨が浮かび上がり、再度腕が生える。飛んでいる虫でも捕まえるかのように、巨大な手は男たちを掴んだ。軽く握りこぶしを作る。連動して動いた巨大な右手が、人肉のミンチを作り上げた。指の隙間から、赤い液体がこぼれ出す。大きな水たまりができ始めている。人体にはこれほどの量が入っていたのかと思うほどの多さだった。

 

 シリウスはその惨状に思わず目をそむけてしまった。B級スプラッタ映画と同じで、ただただグロテスクな状態。女性がそのような行動に出てしまうのは、至極当然のことだろう。

 

 けれど、秋水はそのようには汲み取らなかった。

 

「……やはり、貴女は甘すぎる。俺に対してはおろか、こいつに対しても非情になりきれていない。人としては良くても、戦士としては良いことではないな。実力故に今まで無かったのかもしれないが、いつかその甘さを悔いる時がくるだろう」

 

 知ったような口をとでも言ってやりたい衝動に駆られたが、シリウスは声に出すことができなかった。

 

「俺のようにな」

 

 自分自身に言い聞かせているようでもあったがそれ以上に、本当位ごく僅かな時間だけ、実に悲しそうな眼をしたためだった。

 

 秋水は炎に包まれた左手を動かし、顔に近づけた。男の頭だけが顔を出しており、圧によって意識が朦朧としているようだった。それは、好都合なことだった。

 

 目と眼を合わせる。

 

 万華鏡を使うまでもない。写輪眼の瞳力を持ってすれば、口を割らせることなど容易いことだった。

 

「答えろ、誰の指示だ」

 

 口がわずかに動き、か細い声が出ているのだろう。少し離れた位置にいるシリウスには、全くと言っていいほど聞き聞き取れないほどの声量。

 

 聞き終えたのだろうか。再び骨が砕けて肉が潰れる不快な音が、暗夜に響いた。

 

 震える腕が何を意味しているのか、シリウスにはまだ理解できなかった。

 

 


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