紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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諸事情でだいぶ遅くなり、申し訳ありません。



Episode 2-15

 裏葉秋水の狙いが、アンジー・シリウスが持つ戦略級魔法『ヘビィ・メタル・バースト』であることはほぼ疑いようがなかった。

 

 ヘビィ・メタル・バーストとは、広範囲にプラズマをばらまく魔法。空気中にある原子から電子をただ剥離させるのではない。固体から液体、液体から気体、気体からプラズマへと状態を変化させる。用いるのは比重の大きい重金属(鉄や鉛など)のため、生じるエネルギー量は大きい。膨大なエネルギーを更に増幅させることで、圧倒的な破壊力を有している。

 

 最強の戦略級魔法を持つからこそ、シリウス率いるスターズが世界最強の部隊だと呼ばれているといってもあながち間違いではない。

 

 戦略級魔法とは、文字通り核兵器のような戦略兵器に相当する威力を持つ魔法。国ではなく個人が有していることから、その気になればいつでも発動できる。一度主要都市などに放てば、大惨事を引き起こすことができる。核とは異なり、その後何十年も放射能に悩まされることはない。領土拡大などを目論めば、これほど適した魔法はないだろう。

 

 不用意に使わないのは、倫理的な問題が生じることも当然あるが、核と同様に抑止力として存在しているため。

 

 現在、公にされている十三人の戦略級魔法師は十三使徒と総称されている。北アメリカ大陸合衆国に三人。新ソビエト連邦に二人。大亜細亜連合、日本、インド・ペルシア連邦、タイ王国、トルコ、ドイツ、イギリス、ブラジルにそれぞれ一人ずつ存在している。互いに互いを牽制することで、軽はずみな行為を避け、世界の秩序を維持してきた。

 

 もし、秋水が戦略級魔法を得ればどうなるのか。

 

 維持されているパワーバランスが崩れてしまう。それこそ、薄いガラスが割れるかのように簡単に。

 

 シリウスは口にすることなく、自らの問に対してそう結論づけた。

 

 パワーバランスが崩れることで問題になるのは、必ず争いに発展すること。人は大義名分を得れば、平気で人を殺めることができる生物。平和が脅かされるとわかれば、国民を守るためや秩序を維持するため、などと言って武力を行使するだろう。そうなれば、無関係の人間も多く死ぬ。報復行為も増加して終わりが見えなくなる。悪循環が続けば最悪、戦火の拡大により四度目の大戦が起きてしまう可能性だってあった。

 

 秋水は一度アトラスを倒している。

 

 写輪眼を持つ彼ならば、非公認の戦略級魔法の術式を手に入れていてもおかしくはない。否、手に入れているに違いない。その上で、使用することができなかったのだろうと、シリウスは考えた。

 

 魔法を扱う上で何よりも必要なのは才能。才能がなければ、いくら魔法式を手に入れ、サイオンを十分に保持していたとしても扱うことはできない。戦略級魔法師を秘密裏にでも量産できないのは、このためだ。

 

 これは、忍術でいうところの性質変化に近い。

 

 火、水、土、雷、風の五大性質変化は、忍術を扱うものならば誰でも扱えるわけではない。基本的には一人一つの属性、多くても三つ程度が大半の上限となる。例外的に全ての属性を扱える者がいるが、片手で数えられるほどに数は少ない。裏葉である秋水も、「火」「水」「土」の三つの属性しか扱えない。写輪眼で雷と風の忍術を見切ったとしても、才能が無いため同じように発動することはできない。二つの属性を掛けあわせて新たな属性を作り出す血継限界なども、同様の理由でコピーすることは不可能。

 

 そして忍術での才能は、現代魔法での才能に依存する傾向がある。秋水が振動系統の魔法や硬化魔法を得意としているのは、彼が火と土の性質変化を持つからである。逆に放出系の魔法は、雷の性質を持たないために簡易な魔法しか扱えなかった。

 

 ヘビィ・メタル・バーストは放出の系統を含んでいるために、秋水には使えない可能性がある。だが、それでも危険を犯してまで手に入れようとしている。何らかの方法があるのかもしれないと疑念を抱くのに、秋水の行動と裏葉の名は十分すぎた。

 

 もしものときは――。

 

 シリウスは自らの中で、答えを出した。

 

 

◇◇◇

 

 

 USNAとの情報の交換を終えた秋水は、会場へと足を運んでいた。到着したのはミラージ・バットの予選の途中。

 

 競技中だというのに観客はどこか浮き足立っていて、観戦には集中していなかった。

 

 周囲の声を聞いていれば、第一高校の選手が飛行魔法を使ったようだった。使用者が深雪だということは、誰が披露したのか聞かなくとも理解できた。発表されて間もない段階で低スペックの競技用CADで再現できるのは、開発者である達也くらいのものだろう。そしてその彼が真っ先に使わせるのは、最愛の妹だということも。内情を知っているためか、秋水は特に驚くようなことはなかった。

 

 試合だけを見ていれば平和な光景そのものだった。次世代を担う魔法師の雛鳥たちが、成長している姿をスポーツ形式の競技を通して見せている。またその裏方で、未来の魔法工学技師たちが選手たちを支えていた。

 

 だが、ここにはあるべきものがない。

 

 いるべき人がいない。

 

 それを考えることで、秋水の中で黒いものがふつふつと湧き始める。感情の変化に呼応して勝手に変化した写輪眼が、一層の禍々しさを放った。

 

 壊してしまいたい。

 

 たまった鬱憤を今すぐ晴らすには、一番の方法。象が蟻を踏みつぶすかのように、いとも容易くできるだろう。

 

 小さく淡い白色の炎が、秋水の体の周りから迸る。注意して見なければ気づかないほどで、周囲の人間は誰も気がつく様子はなかった。

 

 

 

 叫び声が上がった。

 

 

 

 悲鳴ではなく、歓声。飛行魔法ほどではないが、華麗な魔法を披露した選手への称賛だ。

 

 秋水の周りに生じていた炎はすっかり消え失せていた。当の本人は眉間に少しばかりの皺を寄せ、目をつむっている。呼吸をしていくうちに皺が緩み、やがてはなくなった。

 

 ゆっくりと目を開けた。映る景色は何も変わっていない。

 

 彼らも被害者だから。そんな生易しい理由で秋水は手を止めたわけではなかった。

 

 今の段階では壊すことはできても、創り出すことはできない。秋水が目指すのは破壊の先にある。それをするだけの力を持たない今、不要な破壊はするべきではない。ただの破壊者になるつもりは、さらさらなかった。

 

 試合が終わり、選手たちが退場し始める。

 

 秋水も同様に、会場から出るため来た道を戻り始めた。

 

 競技場を出るとつま先の向きを変え、来た道とは別の方向へ進みだす。向かう先には宿泊しているホテルがあった。

 

 ホテルのロビーでは意外な人物がいた。目を伏せ、腕を組み座っている。一切動かない分厚い肉体は、カラーリングされた銅像か何かと思えてしまう。

 

 なぜここに、とは思わなかった。

 

 秋水が来るやいなや、ゆっくりと立ち上がり対峙したためだ。銅像が、道を阻む塗壁へと変わった。下の方を払ってもどきそうにない。

 

「少し付き合え」

 

 断りを許さない語気。

 

 秋水はわかりましたとだけ応え、すでに歩き始めている塗壁こと十文字克人の後に続いた。

 

 

 

 

「昨夜、七草(さえぐさ)がお前に会いに行ったはずだ。何をした?」

 

 何を話したと聞かないことから、ある程度の事情を把握していると秋水は察した。考えれば真由美の独断行動よりも、同じ十師族で同学年の克人に何らかの相談をしている方が納得できた。

 

「別に何も。ただ話をしただけですよ」

 

「……先日、師族会議が開かれた。内容はお前が『爆裂』をコピーしたこと、一対一で一条将輝に勝利をしたことだ」

 

 克人は遠回しな言い方を始める。

 

 秋水はそれを、黙って聞いていた。

 

「十師族は今、お前の処遇を決断しているところだ。いくつか意見が出ているが、どれもお前にとって良い結果とはなりえないだろう」

 

 術式のコピー。秋水をどうするかについて話をする際に、一番の問題点となる部分だ。

 

 十師族は、それぞれ一から十までの名を持った研究施設から一家ずつ選ばれている。彼らの魔法は研究所のテーマを色濃く反映しており、それがアイデンティティでもある。故に、互いの研究テーマを被らせないことは暗黙の了解でもあった。

 

 だが、秋水はその垣根を壊しかねない存在になり得る。鳶が油揚げをさらうように、これまで積み上げて作り上げたものを奪いかねない。とてもではないが、許容はできないだろう。

 

 そしてそれは、十師族という確立された地位の地盤を揺るがす事態へと進んでいく。彼らからすれば、写輪眼を持つ秋水の存在は非常に邪魔なものであった。

 

「それを回避するには裏葉、お前が十師族になる他ない。七草はお前の身を案じ、七草家に迎え入れようとしたはずだ」

 

「会長は七草家の一員というだけであって、代表補佐である貴方のような発言力は持っていないはずです」

 

 秋水はようやく口を開いた。

 

 真由美は長女であって、家を継ぐ長男ではない。秋水の言うように、まだ七草を動かすほどの発言力は持っていなかった。

 

「それでも、どんな形であれ一時的に七草の管理下に入れば、四葉でさえも介入することは難しくなる。お前を守ることはできるわけだ」

 

 克人の言うことは正しかった。だからこそ、秋水はすぐに次の発言に移れなかった。

 

 空いた隙間に、間髪入れず克人は言葉を滑りこませる。

 

「七草は俺に、昨夜の内に行動を起こし、どのような結果にも関わらず話すと口約した。だが結果はおろか、その約束さえも、初めからしていなかったかのように忘れていた」

 

 生徒会長には、七草家のコネだけでなったわけではない。一年、二年と学業において好成績を修めたからこそ、候補に上がり選挙に勝つことができた。頭の良い真由美が、昨夜の会話を完全に忘れることなどまずありえないことだった。

 

 幻術ではない。幻術ならばサイオンが乱れ、解除すれば失われていた記憶は戻る。幻術はその字の通り、あくまで幻にすぎない。だが、真由美のサイオンを検査すれば結果は正常。別の方法を用いて記憶を消したと、克人はそう判断していた。

 

「俺と会長の間で何かあったとしても、貴方には関係がないはずです」

 

 これもまた、一つの正論でもある。裏葉と七草の話に十文字は不要。家柄を無視しても、男女間の問題に、第三者が口を挟むのは筋違いというものだ。

 

「確かに関係はない。しかし、七草の善意に向かい合わず踏みにじったのであれば、人として許せるものではない」

 

 男としてではなく人として。男だ、女だと、紳士を気取って放たれた言い方ではなかった。克人が紳士であることの現れであるが、秋水からすれば痛いところを突かれた形となってしまった。

 

 数十秒間、静寂が空間を支配した。ただ静かなだけではなく、どこかピリピリとしている。

 

 秋水が話し始めることを、克人は黙って待っていた。まるで真実を話してくれることを、待っているかのように。

 

「……善意の一方的な押し付けなど、迷惑以外の何物でもないでしょう」

 

 本音を話すつもりなど、さらさらなかった。

 

 ただでさえ厳つい克人の顔が、より鋭くなった。高校生とは思えないほどの威圧感を備えている。顔力だけで、大抵の人は臆してしまいそうだ。

 

 飲まれてしまいそうな圧に負けることなく、秋水は饒舌に語る。

 

「俺が後先考えずに、ただ爆裂をコピーしたとでも、ただ一対一の状況に持ち込んだとでも思っているんですか。馬鹿にしないでもらいたい。俺は、他人に尻拭いをさせるほどガキじゃない。そもそも、心配されること自体が心外だ」

 

 心配されることは侮辱されていることと同じ。そう思わせる言い方だった。

 

「それに七草が欲しているのは写輪眼だ。俺じゃない」

 

「裏葉、自分が何を言っているのか理解しているのか?」

 

 感情に流されることのなく、客観的に状況を把握しようとする。見た目もさることながら、克人は中身も大層大人びていた。

 

「貴方こそ、今の状況をちゃんと理解した方がいい」

 

 部屋には秋水と克人だけ。

 

 秋水は裏葉で、克人は十文字。秋水は争いを望み、十師族に対して並々ならぬ私怨がある。

 

「貴方に対してなら、非情になれそうだ」

 

 秋水の写輪眼が発動すると同時に、場の空気も変化した。秋水のチャクラが、克人サイオンがぶつかり合っている。もし純粋なエネルギーだったならば、部屋は無事では済まないだろう。

 

 克人も部屋を遮音していた魔法を解除し、手に携帯端末型のCADを持った。

 

 どちらも動かない。互いに出方を伺っていた。

 

 この場合、有利になるのは発動が高速な現代魔法。その長所を持つがゆえに、現代は古式に優っているとされている。だが、それはあくまで一般的な古式魔法師と現代魔法師との戦いにおける判断。CADが起動式を読み込むよりも早く魔法を発動する術を、秋水は持っていた。

 

 秋水の指先が、わずかに動いたその時だった。

 

「十文字会頭」

 

 扉越し、ノックの音とともに声が割って入ってきた。幸か不幸か、再び空気が変わった。

 

「会頭、少しよろしいでしょうか?」

 

 双方の視線が、扉に向けられる。秋水だけはすぐに克人へと視線を戻した。

 

「どうやら、俺はお邪魔のようですね」

 

 すでに写輪眼ではなくなっていた。秋水は右手を胸の前まで上げ、人差し指と中指だけを伸ばす。

 

「待て、まだ話は―—」

 

「では」

 

 元より本気で戦闘をする気が無かった秋水は、来客が来たことを口実に部屋から素足さと退出した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 景色が変わる。秋水は飛んだ先は、全く別の場所だった。

 

 仮想型の大型スクリーンには、何分割もされた映像が流れている。小分けされた各々の景色は一定の速度で移動しており、自然に囲まれていた。実際には見えないが、映像を送っている自律移動型カメラを結んでいけば、円を描くようになっていた。限りがある数で、最大限に視野を確保する布陣。中心にあるのは九校戦の会場。競技場とホテルを含んだ大きな円ということになる。

 

「すまない、遅れた」

 

 到着直後の言葉は謝罪だった。秋水自身が想定した時間から、五分ほどの遅れ。自己責任に等しいため、言い訳をすることもできなかった。

 

 声をかけた相手は、背後からの突然の声に体がビクッと反応した。

 

「いえ、問題ありません」

 

 遅刻に対する言及は特になかった。仮面の魔法師はすぐに視線を画面へと移し、観察している。人影のない映像では、自然を鑑賞しているように見えなくもなかった。

 

 秋水はシリウスの隣へと並んだ。

 

 狐の面は無く、素顔のまま。バレてしまっているのだから、今更正体を隠す必要もなかった。

 

「現在、アトラスの姿はまだ確認されていません」

 

 アトラスが秋水へと復讐を行うならば、九校戦が行われている明日までのいずれか。場所が絞られていることで探す手間が省けている点。幻術を解き、義手をつければ、万全でなくとも動くことはできる点。アトラスの性格。取り入れることができる要因を詰めていけば、秋水とUSNAの見解は一致していた。

 

「周囲に他の人影は?」

 

 アトラスが変化(へんげ)を使えてもおかしくはなかった。

 

「山菜狩りなどで数人いましたが、生体認証でアトラスとは別人だと判断されています」

 

 変化を見破るには、秋水の写輪眼を始めとして様々な方法がある。大半が魔法に分類されるが、中には生体認証などの純粋な科学技術もある。指紋認証や網膜認証、特に静脈認証はほぼ百パーセントの確率で本人か否かを判別できる。姿形は変化できても、体内にある静脈まで模倣することはほぼ不可能なためだ。

 

「わかった」

 

 一旦、会話が終わる。

 

 ここからはアトラスが現れるまで待つだけ。警察の張り込みのような辛抱強さが求められる。

 

 仲間通しの沈黙ならばさほど苦にはならない。だが、あまり親しくない者との沈黙は、そのままきまずさに繋がる。

 

 口を開いたのはシリウスだった。

 

「便利なものですね」

 

 秋水が目だけ動かし、シリウスに向けた。

 

 カメラやディスプレイといった、科学技術のことではなかった。最新の製品ではあるが、技術レベルは日本もUSNAもさほど変わりはない。何よりこの場にある備品は全てUSNAが持参してきたもの。目新しさなど、あるはずもなかった。

 

「空間転移、我々にはない技術です」

 

 マーキングを施した地点を一瞬で転移する飛雷神。古式の中でも空間移動を行える魔法は非情に少なく、その中でも一個人で簡易に発動できるこの魔法は、かなり稀有なものといえる。

 

「……いずれできるようになる。飛行魔法がそうだったようにな」

 

 現代魔法の発展速度は、古式魔法よりもはるかに早い。わずか百年程度で、飛行魔法の理論が確立され、すでに公表されている。飛行魔法と同様に、加重系魔法の技術的三大難問とされている「超加重型重力制御によるブラックホール生成」も、そう遠くない内に誰かが解き明かすだろう。そうなれば、SF作品でよく取り上げられるワームホールの生成も見えてくる。研究規模や資金が膨大になり、時空間転移を魔法師が手にするまでの時間が加速度的に短くなるだろう。

 

「確かダラスにある加速器研究所で、ある程度の理論ができていると以前見たが?」

 

 線形加速器(リニアコライダー)を用いた、余剰次元理論に基づくマイクロブラックホールの生成・蒸発実験。それが、ダラス郊外にある国立研究所で実験されている内容。理論の公開は当然なかったが、理論が確立したという記事だけはどこかで見た気がしていた。

 

「ええ。ですが、リスクが想定しきれないことから机上の空論とされています」

 

 マイクロと名前にある通り、生成されるのはシュバルツシルト半径が量子サイズの超小型のもの。生成できたとしても軽い質量で、あらゆるものがいきなり吸い込まれたりすることはない。問題なのは、それを作ることで想像できない何かが起こってしまうかもしれないということ。

 

 魔法が生まれて情報体次元(イデア)の存在が知られたように、マイクロブラックホールを生成することで何か別の次元に繋がるのではないか。それが世界に災厄を招かないか。未知を危惧するUSNA首脳部は、対照的に熱く探求する科学者たちにストップをかけていた。

 

「リスク、か。ただの言い訳だろう。奴らは魔法師ではないからな」

 

「そうですね。彼らは、魔法師が過度の力を持つことをあまり快く思っていませんから」

 

 魔法師と非魔法師の問題。これに関しては、海を渡っても共通の課題だった。

 

 未だ魔法師を兵器と同列視する思想は消え去っていない。軍に所属する平均的な魔法師でさえ、通常の歩兵の一個中隊分に匹敵すると言われている。魔法を扱えない人間からすれば、同じ人間とは思いたくないのだろう。同じ立場においてしまえば、どうしても劣等感を抱かずにはいられないためだ。

 

「だろうな。異能を扱うものが兵器扱いされることは昔からだ。染み付いた考え方は、そう簡単に変わりはしない」

 

 現代魔法師が兵器として開発され、扱われていた時代よりもはるか昔。乱世の時代から、秋水の先祖は主君の武器となり戦ってきた。

 

「ウチハ家は伝統ある家だそうですね」

 

「そうだな。昔は最強を誇っていたが、今では十師族の影に埋もれる始末だ。先祖が現状を見たら、さぞ嘆くだろう」

 

 自嘲気味に秋水は答えた。

 

 シリウスはふと純粋な疑問を投げかけた。

 

「ご当主は何と?」

 

 突発的故に、少し言葉足らずになってしまう。

 

「さあな。あの名折れが何を考えているかなど、わかりたくもない」

 

 聞きたいことを理解した秋水は、やや不機嫌になりながらも答える。

 

「失礼しました。どうやら聞いてはいけないことのようですね」

 

「気にするな。疑問に思うことは当然だ」

 

 幼稚だということは自覚していた。けれど自然と湧いてくる怒りは、秋水本人にはどうしようもなかった。

 

「そういう貴女はどうなんだ。俺とそう変わらない歳で最強の称号を手にしたその目には、何が映っている?」

 

 シリウスはほんの少し目を見開いた。

 

「……どういう意味でしょうか」

 

 声に重みが生じる。雰囲気も変わった。

 

「この眼の力は知っているんだろう。正体を偽装していることぐらいはすぐに分かる。もっとも、使用している魔法や素顔まではわからないし、知ろうとも思わない」

 

 秋水にとって必要なのは、シリウスの個人情報ではない。近い歳で頂点に立つ者の視界には何が映り、どのように感じているかだ。

 

 シリウスの正体は秘匿されている。もし暴かれてしまえば、その者を抹殺しなければならない。これはスターズの決まりだ。だが、秋水のように本名も顔もわからないのであれば、そこまでする必要はない。シリウスは短い時間でそのように判断した。

 

「特に見かたは今までと変わりませんが、立場に誇りを抱くと同時に、常にどうしようもない不安にさらされています。私に負けは許されませんから」

 

 シリウス=最強。これは絶対不変の定義。それを崩してはいけないというプレッシャーが、シリウスを名乗る少女には重くのしかかっていた。同世代の女子のようにオシャレをしたり遊んだりしたい気持ちが無いわけではない。だが、それ以上に誇らしく思っていた。だからこそ、今の立場を苦に思ったことはなかった。

 

「良いように使われていることに不満はないのか?」

 

「ないといえば嘘になります。ですが、私の行いが国のためや世界平和のため、人類の未来のためになると思えば、苦ではありません」

 

「……そういうものか」

 

 考え方は近いものがある。違う点を上げれば、シリウスは現行の体制を維持することを前提にしていることに対し、秋水は現行の体制を否定していることだろう。軍の目的を考えれば、シリウスの考え方は何も間違っていなかった。国益が真っ先に挙げられるあたり、愛国心の強い国民性がよく伝わってきた。

 

 ほか二つは理解できるが、秋水は国のためという考えにあまり理解できなかった。彼が愛情を向けるのは、本当に一部のモノだけ。

 

「ええ。貴方が求めている答えを示せたかどうかはわかりませんが、少なくとも私はそう感じています。貴方は違うのですか?」

 

 何かを探るような目。シリウスの中でも答えを探しているようだった。

 

「いや、大体は一緒だ。参考になった。感謝する」

 

 やり方は全く異なるが、それをここで言う必要はなかった。共通性を持たせることが、短期間で親密度を上げる最良の手。共通の敵ができたことでそれまで敵対していた者達が手を組むなどが、顕著な例だろう。せっかくのチャンスを、余計なことをして無駄にするはずがなかった。

 

 

◇◇◇

 

 

 青から橙を挟んで黒くなった空。昼間とは異なり、覆っていた雲の姿はない。月と星明かりは微弱ながらも大地を照らしていた。

 

 天然の明かりに照らされている一画、周囲に人工物はない。あって木々が多少ある程度の比較的開けた自然の中で、二人の男女の姿があった。

 

 ロマンチックな逢瀬ではない。二人の雰囲気はとても甘いものではなかった。かと言って険悪でもない。二人の意識は夜空に浮かぶ黒点に集中していた。

 

「熱源を確認しました。どうやら中央で間違いなさそうですね」

 

 シリウスは望遠鏡と感熱複写機能を備えた道具を目から話した。

 

「ああ、俺も確認した。残りはあいつの魔法だろう。相当のチャクラを練り込んでいる。一発でもまともにくらえば跡形も残らないだろうな」

 

 秋水は熱源を捉えることはできなくとも、それが持つチャクラの流れを視認することができる。アトラスを戦闘にしてV字飛行している|作品<ばくだん>たちは、一個一個に相当な量のチャクラを有している。質でも量でもなく、その両方を用意してきたようだ。

 

 一人だけだったならば、かなりやばかっただろう。

 

「気象条件は申し分ありません。タイミングはお任せします」

 

 だが、今回はサポートとしてこれ以上ない存在がいる。敵との相性も抜群。後は、上手く誘導することができるかどうか。

 

「わかった」

 

 素早く手を動かし、最後に寅の印を結んだ。

 

 

 

 

「見つけたァ……!」

 

 秋水たちがアトラスを見つけたのと時を同じくして、アトラスも二人を見つけていた。

 

 アトラスからすれば待ちに待った時だった。

 

 己の芸術を披露する。認めさせる。そして殺す。

 

 執念染みた思いが、彼を突き動かしていた。

 

 下方から炎が一直線に迫る。水滴ほどの小さな明かりに過ぎなかったそれが、近くに来ることには大海のように大きくなっている。潜在的な畏怖を抱かせる業火前にして、アトラスは慣れた手つきでCADを操作した。

 

 分子の振動の変化を許さない境界線によって、炎が行く手を阻まれ、潰える。

 

 飛行生物の上で、アトラスは巳の印を結ぶ。地上を見下ろす目は、とりつかれたように血走っていた。

 

「殺してやるッ……てめぇは、俺の芸術で絶対殺す!!」

 


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