紅き眼の系譜   作:ヒレツ

2 / 45
入学編
Episode 1-1


 時は流れ二〇九五年。

 

 少年はかつての幼さが影を潜め、一人の男として大きく成長していた。それでも年齢が十五と言う事で子供としてのあどけなさは残っているものの、やや不相応の大人びた、それでいて独特の雰囲気を纏っている。そう思わせるのは彼の全てを見透かすかのような眼が原因だろう。

 

 そんな彼はブレザータイプの真新しい制服に身を包んでいた。その胸と両肩には八枚の花弁をモチーフにデザインされた、これから三年間通うことになる高校のエンブレムが刻まれていた。

 

 国立魔法大学付属第一高校。

 

 それが少年の通う高校の名前。立地場所は東京都の八王子市。毎年、国立魔法大学へと進学する卒業生を最も多く輩出しているエリート校として知られている。

 

 そのエリート校の門をくぐる事が出来ると言う事は、紛れもなくエリートの証。だと思われがちだが、実際にはエリートに分類されるのは第一校に在籍する生徒の内、わずか半数程度でしかない。そうかどうかを識別するのは、少年の制服に刻まれているエンブレムの有無。エンブレムを持つ生徒をその形状から「ブルーム」と呼び、エンブレムを持たない生徒を「ウィード」と呼ぶ。もっとも、雑草を意味するウィードは差別用語として一応校則で禁止されており、普段はブルームの事を「一科生」、ウィードの事を「二科生」と呼んでいる。

 

 この分類に照らし合わせれば、少年は一科生であり、エリートであると言える。

 

 ただ少年からすれば、一科生か二科生かの違いはほんの些細な物でしかない。区別をしないという、精神面においても優れた優等生。それだったならば少年は完璧だったのだろうが、生憎少年はそのような高尚な精神を持ち合わせてはいない。彼の持つ稀有で卓越した才能の前には、学校が線引きをして出来た優劣など意味を成してはいないからだ。少年も、その他の家柄など、取るに足りないと考えている。

 

 そもそも、優等生と劣等性を区別する境界線自体が酷く曖昧で狭義的なものでしかない。魔法というものが表舞台に出て来たから未だ百年足らずだと言うことを考慮すれば、完全であるはずが無いと言う事は想像がつくだろう。その不完全さの被害を受けている生徒は少なからずいる事も同様だと、少年は考えていた。

 

 しかし、少年のような考え方をする生徒はむしろ少数派だといって良い。優等生としての優越感、劣等生としての劣等感をそれぞれが抱いてしまっているために各々が境を作ってしまっている。差別意識は元来人が持ちえるものである以上は仕方のない事ではあるのだが、その埋めがたい深い溝をどのように埋めていくのかが今後の魔法社会の課題の一つでもあるのだろう。

 

 現に先ほど横を通り過ぎていった、おそらくは上級生と思われるエンブレム持ちの女生徒たちは、どこかで会ったのか「ウィードの癖に張りきっちゃって」や「所詮はスペアなのに」などと言う言葉を普段友達と話す雑談のように会話していた。そこに現れている無自覚な悪意には、当然気づく素振りさえ無かった。

 

 学校の敷地内をしばらく歩いていると、先ほどの女生徒たちの会話の内容が彼の事ではないかと思える人物を見つける。備え付けのベンチに背筋を伸ばした綺麗な姿勢で座りながら、スクリーン型の携帯端末に表示されている何らかの情報を見ている。そのために下を向いているせいで顔ははっきりとわからないが、エンブレムが無い事だけははっきりと見る事ができた。

 

 新入生だろうか。

 

 そんな疑問が自然と浮かんできた。

 

 彼の非常に落ち着いた雰囲気は、どうにも年上だと思えてしまう。劣等生と自身を揶揄する生徒が多い二科生としての色眼鏡を掛ければ、より異端に映る。彼がエンブレムも持ちならば休憩中の上級生だとしっくりくる答えがすぐに出てくるのだが、生憎これといった適当な答えは直ぐに浮かんでこなかった。

 

 只者ではない。視ずとも、そして今わかる事と言えばそれぐらいだ。

 

 話しかける事はしなかった。

 

 わざわざ相手のしている事を遮るだけの理由も無く、考える事も面倒でしかない。座っている人物が“彼”であるならば、一科生と二科生の隔たりがあったとしてもいずれどこかで会う機会はあるとも少年は考えていた。

 

 距離は十分にある。未だ何かに没頭している男子生徒の前を少年が素通りしようとした時、一瞬だが視線を向けられたような気がした。劣等生が優等生を見る際に宿る嫉妬や羨望では無く、そう言った感情を一切排他した上で純粋に対象の情報を得ようとする観察の意を持った視線だ。

 

 それに対して少年は、優等生が劣等生に抱く感情の内の一つである無関心を装って通り過ぎていく。

 

 それが、会話も視線も合わせなかった少年達の初めての邂逅だった。

 

 

◇◇◇

 

 

(何をしているんだ?)

 

 そんな疑問を抱かせるには十分な絵が少年の眼には映っていた。

 

 二人の女生徒が案内板を凝視している。

 

 事前に入学者全員に配布されている入学式のデータ内には、しっかりと会場の情報が載っている。それを読んでいなかったとしても、今では一人一台が基本となっている携帯端末に標準搭載されているLPS(Local Positioning System)と呼ばれるナビアプリを使えば難無く目的地へと着く事ができるはず。それを忘れたのだろうかと不思議に思っていると、入学案内に仮想型の端末は持ち込みが禁止と記載されていた事を思い出した。

 

 真面目な生徒なのだろう。

 

 少年の彼女達に対する評価が少しばかり上昇する。この手の禁止事項は無視される事が常であるのだが、誰かがやっているから良いと思えてしまうのは人の悪い所だ。

 

 そんな事を思っていると、二人の内の一人が振り向き視線が合ってしまう。少年は気づかれないようにしていたつもりだったが、どうやら失敗したらしい。一般人と比べ、武を嗜む者はそう言った事を感じ取る感覚が鋭敏化されることから、その手の者の可能性が高いと踏んだ。

 

 このまま無視する事はさすがにバツが悪い。一々波風を立てる必要性は全くないのだから。

 

「どうかしたんですか?」

 

 余所行きの言葉。当たり障りのない言葉としてはベストだっただろう。その言葉にもう一人の少女も振り返る。

 

 どちらも十分に美少女だが、タイプは異なっていた。一人は赤系統の明るい髪色をした快活そうな少女、もう一人は黒髪で今ではすっかり珍しくなった眼鏡をかけたおしとやかそうな少女。

 

 二人とも二科生だった。

 

 おしとやかそうな少女の方は答えようとするも、何と言って良いのか考えているようだ。一科生と二科生、どちらの差別意識が強いのかと問われれば差別を受ける方である二科生の方だろう。虐めと同じで、する方はさほど気にしていない人物が大半だ。

 

 どうしたものかと考えていると、もう一人の少女の方が口を開く。見計らったのかと疑いたくなるほど良いタイミングだ。

 

「あたしたち、会場の場所がわからなくて」

 

 答えは予想していた通りのものだった。とはいっても、今のご時世に案内板を見ていれば誰でもそう思うだろう。

 

「携帯端末は持ってこなかったんですか?」

 

「そのつもりだったんだけど、忘れちゃってね」

 

 思いのほか間抜けな答えに拍子抜けしてしまう。

 

「貴女もですか?」

 

「あ、いえ。私は入学案内に仮想型は持ち込みが禁止だと、その、書いてあったので」

 

 敬語か否かでない、それとは別にどこか壁を感じさせる声調。少年が話す敬語は、敬うや丁寧と言うよりは愛想の無さが強い。それらが相まって冷たさを感じさせるために、少女の反応は仕方がないのかもしれない。仮にもう少し愛想よくしていれば、返ってくる反応は別の物になっていたはずだ。

 

「そうですか。……俺もこれから会場に向かうところですし、よろしければ一緒に行きませんか?」

 

 高校とは名ばかりに、郊外型の大学キャンパスの様な広大な敷地を誇る第一高校。人の波があればそちらが入学式の会場だとわかるが、それを見つけられずに遅刻をしてしまうようなことがあっては後味が悪くなってしまう。そう思っための申し出だった。美少女達と並んで歩きたい、などの浮ついた思惑やそれ以外の意図は特にない。

 

「本当!? それじゃあお言葉に甘えちゃおうかな。ね、美月も良いよね?」

 

 少年の方から提案してきたことで多少のしこりが取れたのか、美月と呼ばれた少女は思いのほか短い時間でもう一人の少女の意見に賛成した。断られても別段良かったのだが、こうも素直に行くと少々驚いてしまう。

 

「あたしは千葉エリカ。よろしく」

 

「私は柴田美月と言います。よろしくお願いします」

 

 簡単な自己紹介。柴田の姓に心当たりは無いが、千葉の姓は違った。

 

 千。それは数字付き(ナンバーズ)の証。日本では優れた魔法的素質を持つ魔法師の家系は数字を含む苗字を持っている。数字付き(ナンバーズ)の中でもいくつか分類訳がされており、一から十までの数字を持つ最も優秀な十師族、その候補の師補十八家、十師族の次に優秀な魔法師を世に出している百家などがある。千葉の家は当然百家に分類され、「剣の魔法師」の二つ名を持つ。

 

 名乗らせておいて名乗らない。そんな失礼な事を少年がするはずもなかった。何より、名前に絶対の誇りを持っているのだから。

 

裏葉(うちは)秋水(しゅうすい)です。こちらこそ、よろしくお願いします」

 

 少年、もとい秋水も自らの名前を名乗った。

 

 裏葉。数字こそついてはいないが、この家名は魔法師ならば知っている人間は多い。現代魔法と分類される魔法は術式補助演算器(Casting Assistant Device)、通称CADを用いて発動する。当然この魔法を教えている以上、第一高校の実技試験はこのCADを使用した「魔法の発動速度」「魔法式の規模」「対象物の情報を書きかえる強度」の三点が評価対象となる。つまりそれ以外で優れていても、これに当てはまらなければ正当な評価はもらえないと言う事でもある。

 

 そんな中で、裏葉は古式魔法を扱う魔法師として分類されている。古式魔法は発動形態が様々存在し、裏葉は手で基本十二通り存在する印を結ぶ――使用する魔法によって使う印も数も様々だが、ある一定の法則がある――ことで魔法を発動する仕組みだ。

 

 勿論、秋水もCADを使っての試験を受けた。得手不得手はあっても、古式が使えるから現代が、現代が使えるから古式が使えないと言うようなことは無い。強いて言うならば、秋水はCADを使っての魔法がどちらかと言えば苦手な方だ。機械が苦手と言う訳ではないが、どうにも肌に合わなかった。

 

(それにしても、千葉か……。当時は見なかったが、もしかしたらあの事を知っているのかもしれないな)

 

 隠しておきたいことと言うほどではないが、公にする必要のない事でもある。

 

「裏葉……。ねえ、もしかして裏葉くんって家に来たことある?」

 

 その家が示すのは単純に千葉の家ではなく、開いている道場の方だ。

 

 誤魔化すことも可能だが、秋水はエリカの顔からある程度まで気づいていると判断した。この状態で否定をしても何の意味も無いと判断を下す。

 

「ありますよ。本当に短い間でしたが、千葉家の道場にはお世話になりました」

 

 会釈と同じ程度頭を下げる。エリカに直接教えてもらった訳ではないが、これはある種の礼儀。

 

 エリカは秋水の答えに納得したと言わんばかりの表情を浮かべていた。

 

「あの、エリカちゃん。道場って?」

 

 この場の中で何も知らない美月は、エリカに何のことかを聞く。千葉家が剣術を扱っている事を知らなければ、何の道場かも検討もつかないだろう。エリカの身体はスレンダーであり、体つきから何をやっているのかを判断するのは不可能に近い。

 

 ただその質問は二人の関係がさほど親しくない事を示しており、秋水からすれば意外な事に思えた。

 

「家は副業なんだけど、古流剣術を少し教えているの。で、五年くらい前だったかな……とにかく、天才だーって話題になった生徒がいたのよ」

 

「それが裏葉さん?」

 

「そう。家では入門してから最低半年は技を教えずに素振りと足運びだけをやらせて、それがしっかり出来た人から技を教えていくんだけど、裏葉くんはたった一度見せた動きをその場で全部完璧に再現してみせたんだって」

 

 美月から感嘆の声が漏れる。

 

 そう言った言葉のみを聞けばそう思うのも当然だが、秋水は周りからすればチートを使ったようなものであるために、素直にその称賛を受け取る事はできなかった。

 

 師範も師範代も、武を極めんとする者達は常に探究者でもある。そのために、下の者に一々構っている時間は無い。よって千葉家では入門時に一度だけ型を見せ、後は己で精進させる方針を取っている。これはやる気のある者と無い者、才能のある者と無い者をふるいにかけて選別する方法でもある。そして半年と言うのはふるいの精度が最も上がる時期であり、その辺りから徐々に脱落者が出てくるようになる。そうして最後まで残った者達が技を覚え、昇華していく。お遊びでも義務教育でも無い以上は、やる気の無い者、才能の無い者に教えてやる時間も必要も無いのだ。

 

「でも、裏葉くんは入門して半年近くで辞めちゃったの。美月はなんでだと思う?」

 

 美月に尋ねながらも目は秋水に向けられた。秋水自身にも同様の問いを投げかけることで真偽を見抜こうとしている。

 

「少し、問題ごとを起してしまったんですよ」

 

 考えている美月を余所に、答えたのは秋水の方だった。このまま放置しておけば美月がずっと考えているような気がしたのだ。

 

 エリカの方は先に秋水が答えた事にほんの少し不満気だった。

 

「問題ごと、ですか?」

 

「ええ。物覚えが早いことを良い事にどうやら調子に乗ってしまっていたようで、他の門下生の方の気に触れてしまったんです。あの時は本当に申し訳ありませんでした」

 

 改めて謝罪の意を伝える。

 

 正確には調子に乗っていた、と言うよりはそのように見えたと言うのが正しい。どこか達観したような秋水の性格は大人びていて、よく子供気が無いと言われていた。少し付け加えるならば、裏葉の者はその秀でた才によってよく妬まれることがあるために、何も秋水だけに限ったことという訳ではない。

 

 いざこざの相手は秋水よりも先に入門していた、歳の比較的近い五人の門下生。自分達よりも先に基礎を体得し、それでいて可愛げのまるでないスカしたような態度が気に入らなかったのだろう。稽古を付けてやると言う名目での制裁が行われたのだ。ただし、その時既にあるモノが開花していた秋水からすれば基礎もろくにできていない輩が何人いた所で相手になるはずも無く、かすり傷一つ付けられることなく突っかかってきた五人を完膚なきまでに撃退したのだが。

 

 今となって振り返れば、あの頃は見た目以上に内面がかなり荒んでいた時期であったために、過剰防衛染みていたと冷静に分析しては密かに反省する。

 

 当然その五人は破門と言う形で追放。秋水もその時既に様々な動きを観察し終えた後であったためにちょうど良いと判断し、止めていくことになった。元々剣術を極めるつもりは無かったのだ。そのため全くといって良い程気にしていないせいで、美月が向ける「かわいそう」とでも言いたげな視線が何故向けられるのかを理解するのには少し時間がかかってしまった。

 

「良いって良いって。それより、裏葉くんはもう剣術はやってないの?」

 

「いえ。あの後も独学ですが、少々」

 

「じゃあ今度暇な時に一度手合せしてくれない? 噂の天才がどんなものか試したいの」

 

 ストレートな表現だが、特に気に障ることは無かった。単に容姿が可愛らしいからと言う事も無意識のうちに含まれているのかもしれないが、瞳に宿る感情が混じりけのない本心だったからだ。

 

「俺で良ければ喜んで」

 

 そんな相手の誘いを断るのは失礼にも程があるだろう。そもそも、断る理由はまるでない。

 

 ひと段落ついたところで、秋水は時間を確認する。生徒達もちょうど集まり始めた頃だろうと予測した。

 

「では、そろそろ会場に移動しましょうか。時間もちょうどいいみたいですし」

 

 その言葉に二人が賛同し、三人は案内役である秋水が少し前に位置取る形となって歩き出す形となった。

 

 

◇◇◇

 

 

 会場に入ると、その光景には一種の笑いが込み上げてくるものがあった。前半分が一科生、後半分が二科生に綺麗に振り分けられているのだ。案内中の会話でエリカと美月が今日初対面だとわかったが、友達同士で一科生と二科生に別れるようなことがあっても何らおかしくは無い。けれどざっと周囲を見渡しても、前半分に二科生が、後半分に一科生がいるような事はなかった。まだ空席があるため今後そのような新入生達が来ることも考えられるが、おそらくは無いだろうと秋水は踏んでいた。それまでに一科生と二科生の間にある溝は埋めがたいものらしいと改めて実感させられた。

 

(馬鹿馬鹿しい……)

 

 現状を馬鹿にしながらも、エリカと美月とはそう言ったこともあってその場で別れることとなった。

 

 適当な、できるだけまだ人がいない位置に座り、次第にその空席も埋まっていく中で入学式が始まった。新入生代表を務める司波深雪と名乗る少女は非常に可憐な姿をしていた。その容姿故かどうかはわからないものの、一科生にしては「魔法以外で」「皆等しく」などの際どいフレーズが使われていたが、誰も気にしている様子は無かった。それどころか、男子生徒はおろか女子生徒までもがその容姿をほめている小声もちらほら耳に入るほど。冷静に分析しているつもりの秋水も、その美貌に僅かながらに見惚れていた事を彼は知らない。彼を良く知る者ならば、普段以上に観察に時間がかかっていると誰もが言うだろうが、幸か不幸か、その者は周囲にはいなかった。

 

 そんな入学式も終われば、次はクラス分け。個人情報を入力してIDカードを受け取る仕組みなのだが、その工程のせいで列が生まれてしまう。事前に配布しても良いように思えてしまうが、入学式前に紛失、盗難なども無くは無いため、更には校内での混乱を避けるためにもと言う事のようだ。

 

 それを無事終えた秋水は一人廊下を歩いていた。情報技術が発達した今では、伝統を重んじる学校以外は担任教師が存在しない。ホームルームはあるにはあるが、それも強制ではなく任意。行った方が交友関係を広げるためには便利だが、友人などは時が経てば自然と出来るものであり、わざわざ張り切って作りに行く必要性を感じなかった。

 

「裏葉秋水くん」

 

 後ろからかかる呼び声に秋水の足が止まる。入学式でマイクを通してだが、つい先ほど聞いたばかりの声だ。

 

 振り返ると、そこにはやはり思い描いた通りの生徒がいた。もう一人、その生徒の後ろに控えていた生徒までは、さすがに見るまで誰だか解らなかったが。

 

七草(さえぐさ)生徒会長に服部副会長、でしたよね。一体、俺に何の用でしょうか?」

 

 入学式の在校生代表の祝辞を述べた生徒会長、七草真由美。髪はふわふわしており、それを巻いた髪型をしている。女性としても小さめの身長だが、人並の起伏によって女の子と言うよりは女性に見える。

 

 入学式の司会進行を務めた生徒会副会長、服部刑部。真由美とは異なり、これといった特徴は見られないが、まず初めに真面目そうだと感じさせる。目には自身の力への絶対的な自信から来る自尊心が漂っていた。

 

(七草真由美。「エルフィン・スナイパー」や「妖精姫」と呼ばれる才女であり、十師族の中でも四葉と並んで最有力とされる「万能」の七草の者か・・・・・・)

 

「少しお話があるのですが、この後少々お時間をいただけないかしら?」

 

 向こう側から持ちかけてきた事は秋水にとってはもうけ物だった。

 

「ええ。構いませんよ」

 

 その言葉の後に三者は別の場所へと移動を始めた。

 

 

 

 移動時間はさしてかからなかったものの、生徒会長と副会長の後ろを歩くと言う事は非常に目立つことであり、秋水は同級生、上級生問わず興味の視線に晒されていた。鬱陶しいと思ったことは言うまでも無い。

 

 着いた場所は生徒会室。本来そこに座っているはずの他の生徒会のメンバーの姿は無い。窓から差し込む夕日と空いた席が変な相乗効果を生み、物寂しさを助長していた。

 

 座る様に促されると秋水は腰を下ろす。真由美と服部と面と向かう形となった。

 

「何かお飲みになりますか?」

 

 自配機があるようで、生徒会室から飲食物を頼むことが出来る様だ。

 

「いえ、結構です。お気持ちだけ頂いておきます」

 

 断るのもどうかと思ったが、喉が渇いている訳でも無く、頼んだ物が来るまでの時間が無駄に感じたために拒否を示す。

 

 真由美はその答えに気にする素振りは無い。ほんの少し姿勢を正した事から、本題に入ることが理解できた。

 

「では改めまして、当校の生徒会長を務めさせていただいている七草真由美です」

 

「同じく、生徒会副会長の服部刑部です」

 

 入学式を寝ずに聞いていた者ならば、二人の名前は生徒会メンバーの紹介をするときに覚えているはず。秋水も当然覚えていたのだが、これは一種の御約束の様なものだ。

 

「裏葉秋水です」

 

 同じように秋水も名を名乗る。

 

「単刀直入に言います。貴方をここにお呼びしたのは他でもありません。貴方に生徒会に入っていただきたいのです」

 

「一つ、それについて答える前に質問をしてもよろしいでしょうか?」

 

 わざとらしく手を小さく上げ、質問をする形を作る。

 

「ええ、どうぞ」

 

「生徒会の役員は、代々生徒会長が選任すると窺っています。ですが、新入生の場合は毎年総代を務めた生徒が選ばれるはずです。その例に則れば、今年は司波深雪さんのはずですが」

 

 第一校では生徒会長を決めるのは、全校生徒の中で予め選ばれていた生徒の中から選挙で選ばれる。そうして選ばれた生徒会長には他の生徒会役員の任免権が与えられ、他のメンバーを選出することができる。そして新入生総代は後継者を育成すると言う名目で生徒会に入り、未来の生徒会長となるべく研鑚してく。

 

 秋水の言う通り、このルールに基づいて行けば選ばれるのは入学テストの総合成績がトップの司波深雪のはず。既に話をして断られたと言う事も考えられるが、それですんなりと次へ行くとは到底思えなかった。

 

 その答えは直ぐに真由美の口から綴られる。

 

「確かに秋水くんの言う通りですが、深雪さんにはご予定があったので後日改めてお話しする事になっています」

 

 淡々と話す真由美の横で、服部の眉がほんの少しばかり動いた。どうやら彼と彼女の間に、もしくは周囲の人間との間で何かがあったようだ。

 

「では、何故俺に?」

 

「今年から生徒会に新たな役職を設ける事になったので、新たな役員を募集する事になりました。そこで、折角ですから総代を務めた一年生とは別の一年生をその役職に就けようと考えています。縦と横のつながりをより円滑にすることが目的ですね」

 

 主席のみが生徒会に入った場合、上級生が四人に対して一年生が一人となり、少しばかり窮屈な思いになってしまう。そこでもう一人の一年生に役職を与え、余裕を持たせつつも上級生との関係を結びやすくしていこうと言う事だ。未成熟な十五歳の精神にはこの様な事でもだいぶ重りが下りるだろう。

 

 秋水の入学時の成績は次席。だからこそ、そんな彼に白羽の矢が立ったのだろう。

 

「……失礼ですが、本当に俺を生徒会に入れたい理由はそれだけですか?」

 

 それだけではないだろうことを秋水は理解していた。

 

 なぜなら、彼は裏葉の者だからだ。

 

 今の魔法社会の体系が築かれる少し前、現代魔法派と古式魔法派の間では激しい議論が交わされていた。その時の古式魔法派として表立っていたのが裏葉の者であり、現代魔法派として表立っていたのが七草である。両者の間では小競り合いが続いていたことは、当時を知る者ならば周知の事実。

 

 秋水の言葉に、真由美の顔には僅かばかりの動揺の色が浮かんだ。その後直ぐに有耶無耶(うやむや)にすることは無理だと悟ったのか、小さく息を吐いた後に素直に口を開く。

 

「裏葉との関係を少しでも改善したい、と言うのは七草の総意です。これが学校生活とは関係ない事も、外堀から埋めていくような事も重々承知していますが、こちらとしては他に手の打ちようがないのも事実なのです。これでは理由になりませんか?」

 

 権力体制が現代魔法派に傾いて以降、裏葉の名を持つ人間が魔法科高校に入学することは、これまで誰一人としていなかった。一種の抗議だったのだ。そんな中でただ一人表舞台に出てきた裏葉の者が秋水であり、彼を獲得したのが第一高校である。敵対こそしていたが、裏葉の能力は彼らにとって非常に魅力的に映っている。

 

 だからこそ、真由美はこう言った。

 

 七草の総意、と。決して十師族の総意ではない。

 

「七草会長がおっしゃったことは、俺個人としては大変うれしいのですが、実際問題として関係の改善は難しいでしょう。例え俺が強くそう望んだとしても、今の裏葉はおそらく変わらない。変わろうとしない、と言うのが適切な表現かもしれませんね。それと・・・・・・これはただの推測ですが、七草も裏葉との関係改善を本気で望んではいないのでしょう。本当に望んでいるのは――」

 

 瞼を降ろし、再び開いたときには秋水の瞳の色が黒から深紅へと変化する。

 

「この眼ではありませんか?」

 

「それが……」

 

 声が漏れたのは服部の方だった。噂程度でしか聞いていない、裏葉に伝わる最強の魔眼を目の当たりにして、意図せず出てしまったのだろう。

 

 真由美は黙ったままだ。

 

 沈黙は肯定。秋水は真由美の行動をそう理解した。

 

「はい。これが裏葉の中でも、限られた者だけが開眼する事の出来る写輪眼です」

 

 写輪眼。現代の魔法知識に照らし合わせるならばBS(Born Specialized)魔法に分類されるのだろうか。それは、秋水が述べたように裏葉に伝わる眼の事。開眼する事で圧倒的な動体視力を得るだけでなく、魔法に必要な想子(サイオン)や明確な定義がなされていない霊子(プシオン)を正確に視認することができ、展開中の魔法式を認識するだけでなく、模倣までも可能にすることが出来るようになる。さらにはその眼を見た者を夢幻に誘う事も出来る事から、写輪眼使いと相対した時には迷わず逃げろとまで言われているほどに恐れられている。

 

「私は、別に――」

 

「七草会長。重ね重ね失礼だと言う事は承知で申し上げますが、七草が眼を欲しているならば素直にそう言って頂いて構いません。むしろ、友和的に事を運ぼうとした七草には感謝しています。残念ながらそうでない輩が、これまで数多くいましたので」

 

 圧倒的な力を持つ眼を手に入れれば、これまでのパワーバランスは大きく変わる。これまで苦汁を舐めつづけてきた者が一気に光を浴びる事さえ可能になるほどに、写輪眼の価値は高い。当然、眼を狙う者は多い。スポットライトに当たりたいと思う人間がそれほど数多くいるのが現状なのだ。

 

 しばらく影を歩んできた裏葉の中で、生きている者で写輪眼を開眼しているという情報が表に流れているのは秋水のみ。そのために、彼はこれまで数多くの襲撃を受けてきた。事故に見せかけてきた者。夜襲を仕掛けてきた者。中には正々堂々と一騎打ちを申し込んできた馬鹿もいた。方法は様々だったが、結果は一様に等しかった。

 

 その結果がどうなのかは、今現在秋水が写輪眼を両の眼に宿し、生きている事が答えにそのまま繋がる。

 

「その者達は、その後どうなったんだ?」

 

「今後二度と同じことを繰り返さないように、それ相応の対応をさせていただきました。ご希望ならば詳細をお話ししますが?」

 

 冗談めいた質問。今の雰囲気にはそぐわない事は承知の上だが、少しでも自身のせいで重くなってしまった空気を変えようとした結果だった。

 

「いや、遠慮しておくよ」

 

 あまり結果は変わらなかったようだ。

 

「失礼しました。だいぶ逸れてしまいましたね、話しを戻しましょう。生徒会役員の件ですが、ぜひともお受けしようと思っています」

 

 眼の色が元の黒色に変わり、写輪眼が解除されたことが他者から見てもわかる。

 

「理由を聞いてもいいかしら?」

 

 数分前とは質問者と回答者が逆になっている。

 

「先ほどは難しいだろうと言いましたが、俺としてはできる事ならば関係改善をしたいと考えています。やはり衝突は避けるべきでしょう。それに、裏葉や七草の立場を抜きにして会長とは仲良くしたいですね」

 

 想定していなかったのか、その言葉に真由美の頬がほんの少しばかり赤らむ。白い肌には、その変化がはっきりと出ていた。

 

 秋水は真由美の表情に対して、こういった年相応の顔もするのだと新たに情報を脳に記していた。やはり十師族の七草の者と言っても、一人の少女には変わりないのだと言う事も実感できる。もっとも、それが全て演技であれば話は別だ。嘘かどうか見分けがつかないその表情を出来る事に対して、素直に賞賛を贈らなければならない。

 

「もちろん、服部先輩ともです」

 

 誤解を招きかねない言い方をしたために、その誤解を解くために対象を女性だけでなく男性にも向ける。曲解でもしない限り、これで単に仲良くなりたい事が伝わったはずだと判断した。

 

 学校生活を送っていく上で、生徒会の会長と副会長との関係が悪ければいずれその弊害が出てくる時が訪れる。事前にその危険を取り除いておくことは至極当たり前とも言えた。

 

 真由美がもう一度話の主導権を握るために、更には自身の思考を一旦切り替えるために小さく咳払いをする。

 

「ええと、それでは、秋水くんには総務の役職に就いてもらいたいと思いますが、よろしいですね?」

 

「はい。任された以上は責任を持ってやらせていただきます」

 

「他の生徒会のメンバーは明日にでも紹介しようと思っています。総務の仕事内容の方は、今年から出来た役職ですので私やはんぞーくんが教える事になっています」

 

 はんぞーと呼ばれるのが真由美の隣に座る服部であることは他の役員がいないことからも推測できるが、何をもってしてその呼び名なのかはわからなかった。あだ名である以上は、由来を考えても無駄なのかもしれない。

 

 当の本人である服部は何か言いたそうにしながらも、口を堅く一の字に結んだままで何も言わない。既に何度も申し出て無駄だったのか、それとも別の理由なのかは当の本人達の問題だ。

 

「わかりました。仕事はいつから?」

 

「そうですねぇ……明日の放課後から着ていただけると嬉しいです。ですがその前に、予定が無ければで良いので昼食時に生徒会室(ここ)に来ていただけけますか? そこで他のメンバーを紹介しようと思っていますので」

 

 生徒会のメンバーは、毎日生徒会室で昼食を取っているのかと言う疑問が浮かんでくる。だが、その事は今聞くまでも無く、今後生徒会の役員と過ごしていけばわかる事。敢えて聞く必要は無い。

 

「わかりました。明日の昼食時にこちらに伺います」

 

「ええ、お待ちしていますよ」

 

 笑顔でそう言われた後に、秋水は「失礼します」と一礼をして生徒会室を後にした。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。