紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 2-5

 「人は平等」などという言葉は、所詮は上面だけの、弱者が自らを守るために作り出した虚言や妄想の類でしかない。血筋や財力などといった、生まれる前から既に他人との線引きがされている要素は魔法社会になった今日(こんにち)において顕著に現れている。わかりやすい例としては、容姿の観点から見れば魔法師として優れていれば優れているほど整った造形をしており、種を次の世代に残すための個体として優秀かどうかがひと目でわかるようになっている。その個に趣向があることから完全に不平等とは言い切れないが、少なくとも平等ではないことは明らか。

 

 平等でないことは探せば探すほど見つかり、他者との比較材料を生み出していく。それは、人間が持つ闘争本能や競争本能に起因しているのだろう。当然優れていれば優越感に浸り、逆ならば劣等感に陥る。いくら表面を取り繕ったところで、こればかりは生物である以上仕方のないことだ。そうやって、人は自らの中に序列を作り出しては場所を得る。

 

 序列を作る以上は、頂点はどこかに存在する。それがどこの誰で、どのような人物なのかは人それぞれではあるが、圧倒的なポテンシャルを持った者が公にされれば、ある程度は統一されることは間違いない。

 

 そして、頂点に立つべき人間は必ず存在している。

 

 客観視しても整っていると思える容姿、他の家柄に追随を許さいない最強たる家の血筋、才能に甘んじず研磨し続ける努力。あらゆる要素を兼ね備えた人物が、裏葉家の次期当主である秋水だった。秋水自身も、他と比較してあらゆる面で抜きん出ていることはいつしか承知の事となっていた。それでも尚日陰の身で有り続けたのは、裏葉が忍びとしての家系であることもさることながら、本来の家の力を従前に発揮できていなかったからだ。

 

 現代魔法が主流になる以前、裏葉家は確かに頂点に君臨していた。大規模な魔法に、多彩な魔法。あらゆる魔法を駆使できる上に、その血を継ぐ者のみに受け継がれる特殊な瞳術も存在している。しかしながら、現代魔法の発展に比例するかのように裏葉家は天辺から引き摺り下ろされていった。

 

 魔法の打ち合いとは、極論を言ってしまえば早く相手に当てたほうが勝てる。裏葉が使う魔法と現代魔法とでは、明らかに後者の方が発動速度に優れている。如何に強力な魔法を持っていても、発動までの時間がかかってしまったのでは意味をなしはしない。特に裏葉が使う魔法の九割は両手が必要であり、先手で指一つでも欠損してしまえば、あとは良いように嬲られるだけ。対して現代魔法は、CADの存在によって片手があれば、もしくは両腕がなくとも発動することができる。その利点と欠点から見ても、最強の座から下ろされることは何も不自然なことはなかった。

 

 だが、事実を突きつけられたとしても、素直に受け止めることができないのもまた人間。かつての栄光を覚えているならば尚の事、裏葉は再び返り咲こうと躍起になった。

 

 当時の裏葉家当主であった幻冬の父親は、他の家とは絶対に交わらせない純血主義だった。長い歴史を持つことから他家と混じって枝分かれしていった家も多々あるが、裏葉特有の眼の開眼が、血が薄くなるにつれて減っていったからだ。そういったこともあり、本家の者として裏葉という一族間のみで交配を行い、その純潔と血の誇りを保ってきた。けれど、生まれてきた息子の才能、代を経ることなく転がり落ちていく地位、一族の絶対数の減少、現代魔法との開いていく差に直面したことでついに考えを改めた。現代魔法師が優秀な魔法師をかけ合わせることでサラブレッドを作ることを後追いするかのように、外部との接触を試みたのだ。ただ掛け合わせるだけではない。優秀な個体の血筋を追い、独自に分析し解析を行う。その際の遺伝子サンプルは非合法に入手したものも当然だがあった。食品の品種改良をするかのごとく、裏葉との親和性と血を最大限に引き出すために、どこまでも追求し改良を行った。

 

 結果から見れば、その考えと行動は正しかったと言える。幻冬の妻として娶った選びに選び抜いた相手、その相手との間に授かった二人の子供は実に才能に満ち溢れていた。これまで裏葉が使ってきた魔法も現代魔法も高水準。それこそ、裏葉に語り継がれる伝説の存在の再来を彷彿とさせるほどに。

 

 一人は女の子。

 

 現代魔法よりも古式魔法、つまりはこれまで裏葉が使っていた魔法の方に天秤が傾いていたが、これまで裏葉があまり得意としてこなかった時空間系統の魔法に非常に秀でていた。眼も早期に開眼し、「閃光」と呼ばれるのに時間はかからなかった。

 

 一人は男の子。

 

 現代、古式、双方バランスよく才能に恵まれ、裏葉が元来得意としてきた火の系統魔法を最も得意としていた。飲み込みも早く、先を走っている二つ上の姉の存在も成長を促進させる大きな要因となっていたが、姉が開眼した年齢になってもそれは起こらなかった。ただし、さほど問題視はされてはいなかった。

 

 再起を果たすのも時間の問題。それは二人の父親でもある幻冬も同様の考えだった。あとはふさわしい舞台の準備。その矛先は、今後の魔法社会を担うことになる優秀な魔法師たちが集う九校戦へと向けられた。

 

 手始めに姉が、続いて弟が表舞台へと上がっていく手筈。

 

 順調に準備は進められているかのように思えたが、ある時に一つの綻びが生じた。姉と弟の母親、幻冬の妻である存在が亡くなったのだ。それも、弟である秋水の眼前で。その不幸に唯一の幸いがあったのだとすれば、それを期に秋水が開眼したことだろう。

 

 ただほどなくして、秋水は変わった。今まで以上に力に固執し、口数も減った。それでも尚、周囲の人間は加速度的に急成長していく秋水を喜ばしく思った。彼がふた桁の年齢になった頃には剣術や武術などあらゆる部門から強さを吸収し、彼の相手をできるのはもはや姉くらいのものだった。

 

 そんな姉も、裏葉の眼を狙った者との小競り合いの中で命を落としてしまう。秋水が、まだ十一歳の時だった。心の拠り所を失った彼の心は深淵のように真っ黒に染まったが、人当たりは反比例して落ち着いていった。ただそれが、内に秘めたものを隠すために殻に閉じこもったのだということは、誰も知らない。

 

 

 

 会場で開かれた親睦会を終えた秋水は、あてがわれた部屋から外の景色を眺めていた。何か一点を見つめるのではなく、全体を望んでいる。言い方を変えれば、なんとなく見ているだけ。

 

 雲一つない黒天には欠けた月が煌々と輝いており、薄く地上を照らしている。その地上は周囲に人工の建造物が少ないためか、どこか物寂しさを与えてしまうが、それは現代人だからこその感性。まだ自然が多かった頃ならば、逆に落ち着きを与えていたのだろう。

 

 親睦会は退屈なものではあったが、直にこれから戦う相手を観察できたことは一番の収穫だった。そして理解もした。事何も制約もない実戦になれば、敵はいないと。だが、これから行われるのはスポーツに近いルールによって固めに固められた競技。そうなってくると、やはり勝敗の行く末はわかりづらくなる。

 

 それでも、秋水の中にある答えは揺るがなかった。

 

「これを期に、日陰の身も終わる」

 

 本来ならば、二年前に既になされているはずだったこと。二年の間余分にあぐらをかき続けてきたのだから、転落は当初の予定よりも急な勾配を下ることになる。その様を想像しても、己の中にある嗜虐心が刺激されることはなかった。枯れているわけではないが、秋水にとっては落ちていく者の末路など一目もくれないことだからだ。もっとも、足を掴むようならば振り払うのは必然。その際にはどのような顔をしているのかも見ることができるのだろう。

 

「だから、見ていてくれ」

 

 視線を天に向け、黒が紅に変わる。窓ガラスには二つの紅月が映り込み、自然と拳には力がこもっていた。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 九校戦は例年通り熱気に包まれて開催された。

 

 初日行われる男女のスピード・シューティングから始まり、女子の部で真由美が優勝をしたことで幸先の良いスタートが切れたように思えた。その翌日に行われたクラウド・ボールでも真由美が優勝したこともあり、周囲からは今年も優勝は第一高校ではないかという話がちらほら出始めた。

 

 しかしながら、開催から三日目に行われた女子バトル・ボードで摩利がレース中に第七高校の選手とのアクシデントに見舞われ棄権、後日参加予定だったミラージ・バットもその際の怪我で棄権を余儀なくされてしまった。

 

 事故を仕組んだ者が誰かは大体の予想はつく。競技場は外部からの干渉によって不正を防ぐために対抗魔法に秀でた魔法師を配置し、監視装置を大量に設置している。その魔法師の中には秋水の見知ったサイオンやチャクラの流れも持つ者がおり、クモの巣のように張り巡らされた包囲網を掻い潜ることができる人物はかなりの腕前を持つことになる。数人は気がつき、相手に気取られないためにあえて放置したことも考えられるが、真意は問い詰めない限りはわかることはない。幸いだったのは、摩利の怪我が骨折程度で済んだことだろう。選手たちに蔓延し始めていた不穏な空気は検診結果によって改善され、同日に行われた本戦のアイス・ピラーズ・ブレイクで男女ともに優勝したことで確かに持ち直していた。

 

 大会四日目からは新人戦が行われる。スピード・シューティング、クラウド・ボール、バトル・ボードと日程は消化され、ようやく秋水の出番が訪れた。

 

 大会五日目、新人戦二日目。女子の競技が終わり、男子の競技に移る。競技場にある巨大な電子掲示板には、次に行われる競技の予定が表示されていた。

 

 

 新人戦:男子アイス・ピラーズ・ブレイク一回戦 第二試合

 裏葉秋水(第一高校) 対 家波大和(第三高校)

 

 

 裏葉と家波。両者の戦いが何を意味するのかを知る者はそうそういない。全く両者を知らない人からすれば普通の試合、どちらかを知る者ならば応援すべき試合、どちらも知っているならば同様で、詳細に知っている者からすれば一回戦にしてはこの組み合わせは好カードであり、学校の名をかけただけの戦いというわけではないことがわかる。

 

「中々に面白い試合になりそうだな」

 

 応援席の一角でそう呟く生徒の目は電子掲示板に向けられており、誰かに言ったというよりは、独り言が溢れてしまったという方が的を射ていた。

 

「どういうことだ、達也?」

 

 エンジニアとしての今日一日の役割を終えて観戦している達也に対し、一列前に座っているレオが訊ねる。言葉通りに聞いただけではないことをレオはどことなく理解していた。だからこそ、達也の周囲に座るいつものメンバーの中で一番初めに訊ねたのだ。

 

 ずっと観戦していたエリカや美月だけでなく、先ほど試合を終えたばかりの雫や深雪も達也の発言に耳を傾ける。

 

家波(いえなみ)は単に名門ではなく、元を辿れば裏葉に繋がると言われている。裏葉が古式魔法に重点を置いてきたことに対し、家波は早くから現代魔法に目を付けこちらにシフトした家でもあるんだ。つまりこれは――」

 

「本家と分家の戦い」

 

 達也の代わりに応えたエリカの表情は、いつになく真剣なものだった。誰もいないステージを見る目は、何かを重ねるようでもあった。

 

 達也は頷くと、再び口を開いた。皆の視線がエリカから達也へと再度移る。

 

「それに両家の関係は、お世辞にも良いとは言えないらしい。そんな家柄で同い年、何もないと考える方がおかしいだろう」

 

「なるほどな。でよ、難しいことは置いておいて、どっちが勝つと思うんだ?」

 

「さあな。秋水については多少なりとも知っていても、相手選手については家柄しかわからない以上、判断することはできないな」

 

 あくまで中立的な立場は崩れない。双方の情報を得た上で初めて天秤は機能するのであり、一方だけを皿に乗せただけでは意味がない。現段階では言葉通りにどちらが優劣かを決めることはできなかった。

 

「でも、負ける姿はイメージできない」

 

 ポツリと、達也の二つ隣(両隣は当然のことながら深雪とほのか)に座る雫が呟いた。

 

 

 皆が意見に賛同する中で、やはりではあるが同じクラスである深雪、ほのかの方が別のクラスである達也たちよりもその意思がはっきりと伝わってくる。

 

 まだ半年にも満たない期間ではあるが、如何に優れているのかは実技の授業で嫌というほど彼女たちは見てきた。特に周囲から技術を奪う術が群を抜いていることは、ともに授業を受けたことがある者ならば誰もが思っていることだろう。

 

「そうだな。少なくとも……どうやらそろそろ始まるみたいだな」

 

 達也が話している最中に選手の入場がアナウンスされ、中断を余儀なくされる。

 

 達也たちだけでなく、観客の視線が一斉に同じ箇所に注がれた。

 

 徐々にステージ上に姿を現す二人の姿は対照的だった。

 

 第三高校の選手である大和の格好は制服。胸に掲げるエンブレムは学校の名を背負って戦う者の意志が具現化されたようでもあり、遠目で見てもこの試合にどれだけ入れ込んでいるのかがわかるほどの気概を感じさせる。

 

 対して、第一高校の選手である秋水の胸には一科生に与えられるエンブレムは存在していない。制服の代わり着ているのは胸元がざっくりと空いた着物風の衣装。紺色の生地の背にはエンブレムの代わりに団扇のような裏葉家の家紋が大きく施され、扇部の編み糸の辺りまでが赤色、そこから柄までは白色をしている。対照的な衣装のせいか、秋水は第一高校の生徒としてではなく、裏葉の次期当主として競技に臨んでいるようにも見えた。表情も普段と変わらず、見ようによってはこの試合など初めから眼中にないようにも捉えることができる。

 

 観客席のいたるところからざわついた声が生じ始めた。アイス・ピラーズ・ブレイクは純粋に遠隔魔法のみを競う種目であるために、体を動かすことはない。動きやすさや動きにくさを気にしなくてもいいことから(CADを動かしにくくする衣装はもちろん問題外)、いつからかファッションショーのようにもなっており、九校戦の楽しみの一つでもある。ただしそれは女子にのみ当てはまることで、男子の出場選手の衣装は学校の制服がほとんど。秋水のように衣替えを行う選手は珍しかった。だからこそ一際目立っていたのだが、衣装が実に様になっていることも助長させている。まるで長年着てきたかのように、収まるべき場所に収まったかのような感覚を与えていた。

 

 皆が衣装に注目している中で、達也は別の観点から秋水を見ていた。袖口から見える、普段秋水がCADをつけているはずの手首にその姿はない。拳銃型を新調し、ホルスターによって内側に持っている可能性が高いが、衣服の形状を考えると抜きにくくなることは間違いなかった。午前中に行われた雫は振袖を着ていたが、襷を使って動きやすいようにしていたことからも、可能な限り勝つための確率を上げることは必然。それをしていないということは、何もしなくても勝てる自信があるということなのだろうか。達也はもし秋水がそのように考えているのであれば、それは過信だと考えていた。度を越えてしまえば、いつか痛い目を見る日が訪れるだろう。

 

 ふと、達也はエリカと秋水が交わした会話を思い出した。できるだけ派手に、との口約束をしてはいたが、まさか本当にやるのではないかという疑問が浮かんでくるが、フィールドの両サイドに立つポールに赤いライトが点灯された時点で思考を中断した。答えは直にわかる以上、考えても仕方がないと判断したためだ。

 

 

◇ ◇ ◇

 

 

 ステージ上に上がった際にざわついた会場の雰囲気を秋水は良いと捉えていた。自身に注目が集まれば集まるほど、裏葉の名を改めて知らしめることができる。

 

 競技開始前に魔法は使えないことから、黒い目で周囲をそれとなく見渡す。写輪眼でなくとも、観察眼は人並み以上あることは自負していた。自然と観客席から独立したVIP席へと視線が移り、そこで止まる。さすがに距離や角度の問題から誰がいるのかは見ることはできないが、十師族の誰かがいることはわかる。

 

 音と共にポールに赤灯が点ったことで秋水は視線を戻す。相対する選手である家波は睨みつけるかのように秋水を見ていた。

 

 秋水の家波家に対する評価は凡。元は裏葉とは言え、早期に分岐した彼らはもはや裏葉とは関係はないと考えていた。現代魔法の名門ではあるが、それも十師族に及ばない程度のもの。せいぜい百家に届くか否かのレベルでしかない。自ら血を手放した連中に哀れみこそ覚えるも、畏怖など当然抱くはずもない。故に、競技前に宣戦布告をされたことには驚きを隠せなかった。

 

 

 競技開始から遡ること少し前、まだ秋水が学生服の状態で控え室に足を運ぼうという時だった。もうすぐ控え室につくというところで、一人の少年の姿が目に映る。比較的最近覚えた存在のために、家波大和という名前もすぐに浮かんできた。控え室は試合前のいざこざを防ぐためにも離れた位置にあるために、彼は意図してここにいることは一目見てわかった。

 

「何か用か?」

 

 二、三メートルほどの距離を開けた状態で足を止める。

 

 これから戦う相手に仮面を取り繕う必要もない。普段学校では見せないような態度で聞いた。

 

「試合前に言っておきたいことがあってな」

 

 名乗ることはしない。互いの名前と顔を知っている以上無駄は省略したいようだった。

 

「俺はお前に勝ち、家波の選択が正しかったことを証明してみせる」

 

 裏葉との対立要因としては、現代魔法社会になった今日において頂点からは下ろされても古式の名門として名を残していることだ。名前の知名度で言えば、家波より裏葉は高い。落ちると予想して早めに見切りをつけ、自ら手放した家柄を再び得ることなどできるはずもなく、家波は未だに現代魔法の名門の中の一家という印象でしかない。うもれている中から頭一つ抜け出し、知名度を高めるには、まずは選択が正しかったことを示す必要があった。

 

「……そうか」

 

 宣誓をされた身としては反応に困ってしまう。驚いて当たり障りのない返事しかできなかったが、それが悪い方向へと転んでしまった。

 

「余裕というわけか、眼に頼っているだけの癖に」

 

 同い年であるために、大和は父親から事あるごとに秋水の話を聞かされていた。もうあいつの息子はあれができる。あいつの息子はこれをした。なのに、なぜお前はできない。

 

 大和自身決して才能がないわけではない。むしろ近年の家波から見れば恵まれたほうだということは間違いない。それでも、褒められたことはほとんどなかった。事あるごとに比較されていくうちに、大和の中で秋水は目の上の(こぶ)となり、いつしか敵意が芽生えていた。そんな彼は、秋水が裏葉特有の眼を持っているために優秀なのだと考えるようになった。一族の力に頼っているようでは真に優秀とは言えない。それは仮初の評価でしかないのだと大和は自身に言い聞かせていた。

 

 大和からすれば、秋水の反応は余裕をかましているようにしかに見えず、自身の中にある劣等感や嫌悪感を増長させることとなった。

 

「そう思いたければ思えばいい。所詮、眼を持たないお前が言っても、僻んでいるようにしか感じられないからな」

 

 のれんを腕で押したように、秋水は特に気にする素振りはない。子供が欲しいおもちゃを買ってもらえずに駄々を捏ねているようにしか映らなかった。

 

「口達者だな。その口、試合後には利けなくしてやる」

 

 言葉以上に、表情から感情がこぼれており、如何に劣等感に浸っているかがわかる。どのような経緯があってこのようになったのかを秋水は知らないが、この時点で底が知れたようなものだった。

 

「それはお前も同じだ。いくら言葉を並べたとしても勝たなければ意味がない。こんなことを言いに来る暇があるならば、勝つための方法でも考えていれば良いだろう。もっとも、お前ごときがいくら策を講じたところでたかがしれているがな」

 

 止めていた足を再び動かはじめ、横を通り過ぎていく。その際に目線を向けることは一切しなかった。

 

 火に油を注ぐような余計な言葉だとはわかっていたが、挑発の意を込めてそれを口にした。まだ時間はあったが、無駄な時間でしかないことは明らか。こんな奴のために時間を浪費するのはナンセンスだと秋水は考えていた。

 

 今にも掴みかかってきそうな勢いだったが、さすがにそこまで馬鹿ではなかったようで、ぐっと堪えて射抜くかのような視線で睨みつけていた。

 

 

 少し前のことを思い出しているうちに、ライトが黄色へと変わる。

 

(一方的な敵視は否定しないが、噛み付く相手は考えたほうが良かったな)

 

 もとより初戦では裏葉秋水という存在を印象付けるために盛大に行く予定だったのだが、噛み付かれた以上は獅子搏兎(ししはくと)の意思を持って対処をしなければならない。

 

 目を閉じ、色が青へと変わるのを待つ。

 

 意識を集中させ、雑音を遮断する。

 

 しばしの間が空き、黄から青へと変わると同時に黒から紅へと変化した。

 

 先に魔法を発動させたのは家波の方。教科書通りのような移動系魔法で氷柱を砕き始める。一本、二本、三本と次々に壊れていく中で、秋水は未だに魔法を発動させてはいない。

 

 四本目、前一列が壊れたところで秋水の動きが少しの間停滞する。手は(うま)の印を結んでおり、直後大きく息を吸い込んだ。

 

 ――火遁・豪火滅却

 

 猛炎の津波があっという間にフィールドを飲み込み、その場に存在するモノ全てを一つとして残さず焦がす。急冷凍で作り上げられた氷がその業火に耐えられるはずもない。氷柱内に存在する気泡が膨張してひび割れを起こす過程は余りにも短い時間のために見ることはできず、傍から見れば一瞬で昇華したように見えた。

 

 女子新人戦アイス・ピラーズ・ブレイク第五試合目で深雪が披露した氷炎地獄(インフェルノ)によって敵陣地は摂氏二○○度付近まで加熱されたが、此度はその比ではない。文字通り桁違いの温度。罪人を裁くかのような紅蓮の地獄は会場を黙らせ、あらゆる物を容赦なく喰らい尽くし、時間さえも奪っていった。

 

 勝敗を別けた要因は、体調面での差でも、精神面での差でもない。個としての絶対的な力の差という最も原始的で単純な、実に明快な答え。

 

 圧倒的な戦力差は一方的な暴力でしかなかった。唖然としている大和に、秋水は無言で視線を送る。

 

(仮にお前が眼を持っていたとしても、俺には絶対に勝てなかっただろうな。俺とお前では、背負っているものも歩んできた道も違う)

 

 空虚と化した会場に試合終了を告げるブザーが孤独に鳴り響いた。

 


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