紅き眼の系譜   作:ヒレツ

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Episode 1-10

「ご苦労だったな。()()

 

 整った顔立ちに、血のように紅い虹彩と瞳孔の周りにある三つの勾玉。仮面の下の素顔は、裏葉秋水のものと全くの同一のものだった。否、顔だけではない。名前も、血液型も、癖も、一卵性の双子以上に、あらゆる要素が一律。当然ながら、遺伝子情報が全く同じのクローンでも無い。とすれば、それが示すのは正真正銘裏葉秋水であるということ。

 

「四葉の子息に勘付かれてはいないだろうな」

 

「問題はありませんよ。いくら辿ったところで、俺へと辿り着くことはできない」

 

 証拠を消すためにその日に即興で隠滅を図るだけではなく、加えて長期に渡ってじっくりと改変を行っていた。

 

 一つ目は、常に影分身によって自分自身を二人にしておくこと。解きさえしなければ、情報共有はされないために、どちらか一方が何をしているのかは決して気づきはしない。会話から生じる違和感をぬぐい去ることができ、本体か分身体のどちらかを共に行動させておくことでその人物自身が証人とすることができる。さらに付け加えれば、模擬戦で水分身を見せたことで、分身は本体とチャクラやサイオン量から見分けがつけられるという誤認をしていれば御の字。

 

 二つ目は、ブランシュの拠点に攻め込む際に着用し、あえて破片をコートに残した刻印型術式。模擬戦の際、第一高校へ攻め込んできたテロリストを相手にした際、どちらも主として忍術を使っており、現代魔法をあまり用いない印象操作を与えた上で、現代魔法発展初期に開発されたロートル技術を用いることで印象に差異を生じさせる。

 

 三つ目は、一つ目と二つ目に変化(へんげ)を用いて質を変化させたこと。表で手合わせし、近くで裏葉秋水のチャクラやサイオンを見させた上で、暗躍させるもう一人には変化(へんげ)で全く異なる物へと変質させる。

 

 何重にも改竄を行い、それらを幾重にも絡ませる。その糸をいくら手繰り寄せたところで、行き着く先は全て本物と思えてしまうような偽物。決して、本物へとたどり着くことはできない

 

「そうか。ならば良い」

 

(やはり個人的ではなく、他者からの依頼も兼ねているな)

 

 表情の変化や声の高低からそう判断した。

 

(まあ、どうでもいいことだ)

 

 何を考え、何を思っているのかなどどうでもいいこと。自らの不利益にさえならなければ、依頼は誰であろうと請け負う。それこそ、嫌っている相手であっても。そして依頼の内容は実戦ならば特に歓迎だ。それを経て得られる経験値は、単に修行で得られる経験値よりも多い。

 

「それと、これを」

 

 秋水が取り出したのは、今となっては珍しくなった直筆の紙の束。一切電子機器を使わないアナログのために手間暇はかかってしまうが、ハッキングなどによって情報が取られない最大の利点も存在している。

 

「これは?」

 

「報告書です。これを捕縛する以前に、あらかじめオリジナルに渡されていました」

 

 これ、とは勿論司一のこと。もはや、物と同列の扱いをされている。

 

 依頼主はそれを受け取ると、パラパラと簡単にめくっていく。なかなかのレシピ本程度の厚さだが、軽く目を通しただけだったために、最後の一枚をめくり終えるのに一分もかからなかった。

 

「確かに受け取ったと伝えておけ」

 

「わかりました。報酬金はいつもの通りにお願いします」

 

「ああ、わかっている」

 

「では、俺はこれで」

 

 用が済めば、このような場所にいつまでもいる必要はない。今後司一がどうなろうが、知ったことではない。

 

 彼が求めるのは、ただただ圧倒的な力。それも何が立ち塞がったとしても、真正面から叩き潰せるだけの武力がどうしても必要だ。その糧となった負け犬の末路など、興味が起こるはずもない。

 

 返事を待つこともなく、秋水はその場から姿を消した。

 

 依頼主も、秋水を止めることはしなかった。

 

 

「それにしても、これがブランシュ日本支部のリーダーか。こんな奴が」

 

 秋水が姿を消してしばらくして、依頼主は視線を下に向ける。

 

 幽々たる部屋で怪しく光る紅い眼は侮慢(ぶまん)瞋恚(しんい)に満ちおり、足元に転がる司一を見ている。今にも溜まった感情が爆発しそうなほどだ。

 

空音(そらね)の君王。贋物にはふさわしい最後ではあるな」

 

 外壁だけを固めた、芯のない虚城などあっさり崩壊を迎える。天高く舞う鳥に地を這う鼠が憧れ、真似たところで、所詮は無駄なこと。瓦礫となったそれに、かつての威光は存在しない。今のように地に落ちたその様は、実によく似合っていた。

 

 依頼主は片膝を地につけてかがみ、乱暴に司一の頭を掴んでは顔を自身の顔の方へと向けた。だらしなく口が開き、目はここではなく何処か遠くを見ているように虚ろになっている。幻術世界へと精神を持って行かれていることは、秋水が持つ写輪眼のことを知っている者ならば、簡単に分かることだ。

 

 依頼主の眼が司一の両眼を捉えると、無音の部屋に微かなうめき声が流れた。

主導権が依頼主へと移った証でもある。

 

「お前に聞きたいことがある。誰が第一高校へと襲撃を企てた」

 

 朦朧とした意識の中では嘘を語ることは難しい。耳を伝って脳に届き、意味を理解すれば、自らが知る真実を語る。これが自白剤であれば確実ではなく、あくまで促す程度に留まるが、これはその比ではなく正真正銘自白をさせる効果をもつ。

 

「ジ、ジード……ヘイ、グ」

 

「ジード・ヘイグ? 貴様等ブランシュの大将か?」

 

「……そう、だ」

 

 はっきりとしない言葉だが、聞かれたことには答えている。ジード・ヘイグという名に心当たりはなかったが、それならそれで聞いていけばいいだけの話だ。ペースこそ遅いものの、時間はいくらでもある。

 

「目的はなんだ?」

 

「魔法能、力、による……社会、差別……の根、絶」

 

 表向きの目的など必要とはしていない。そんな情報は、少し調べれば出てくることだ。本当に知りたいのは、ブランシュが腹の内に隠している真の目的。

 

「違う。ジード・ヘイグは貴様に何と言って襲撃を仕向けさせた」

 

「知、らない。ただ、やれ、と、言われた、だけだ」

 

(鉄砲玉というわけか、哀れなものだな)

 

 日本支部の長でありながら、無様にも生贄に捧げられる。第一高校へと襲撃が例え成功したとしても、三日天下にもなりはしなかっただろう。邪眼を用いて大勢を率いていたとしても、哀れすぎる最後。そんな虚しい存在を目の当たりにして、怒りの感情が静かに引いていくことを感じていた。

 

「では、司波について何を知っている?」

 

「アンティ、ナイ、ト、を……使わず、キャストジャ、ミングを、用いる生徒、が――」

 

 聞けば、上辺だけのことしか知らないようだ。少なくとも、司一は司波が四葉に関係していることは全く知らない。これでは支払った金額と釣り合わないと、落胆せざるを得なかった。

 

 再び意識を失わせると、立ち上がってため息混じりの一息をつく。

 

(日本支部を使い潰した理由はなんだ。四葉を敵とせんがための犠牲か、単に馬鹿なだけか。それとも他の、コイツよりも使える頭が見つかったか――)

 

 少ない情報から、考えることのできる可能性を一つ一つ立てていく。答えが出ることはないが、多かれ少なかれ候補を出しておくことにこしたことはない。希少物質であるアンティナイトを用意させた以上、完全に見切りを付けていたわけではないはずだが、やはり答えは出ないまま。

 

 思考の袋小路に迷い込み、苛立ちが募る。悪い癖だと自覚はしていても、気が付くのはいつも後になってから。そんな自分に、嫌気が加わった。

 

 そんな折を見計らってか、殺風景な部屋に一つだけある電子機器のランプが青く点灯する。コールを告げる光であり、共に電子音が周囲を支配した。

 

 視線をそちらに配り、十回ほど音が鳴り続けたところでボタンを押した。ランプの色が、青から緑へと変わり、映写機のように壁へと光が投射される。

 

 手入れの行き届いた黒髪に引き込むような黒い瞳、白い肌に赤い唇。映っていたのは、艶麗な女性だった。

 

『こんばんは』

 

 画面越しながらかけられる微笑みは、初心な少年ならば一気に心を奪われてしまいそうだ。無意識ではなく、自身の容姿を理解し、最大限に引き出す方法を知っている者の行動。依頼主は、それを否定的には捉えなかった。

 

「珍しいな、お前の方から連絡を寄こすなど」

 

『そうだったかしら?』

 

「まあいい。要件はなんだ? 世間話をしに掛けて来たわけでもないだろう」

 

 双方の表情は全く変化していない。

 

『ご迷惑をおかけしたそうですので、一言お詫びとお礼を、と』

 

「耳が早いな。だが、あいつならば先ほど土産を届けて帰っていった」

 

 画面越しの女性の目線が、僅かに依頼主の後ろに倒れている土産と称される人物へと移るが、直ぐに元に戻った。

 

『そちらは相変わらずのようね』

 

「お互い様だろう」

 

 片方は洋服に身を包んで綺麗な姿勢で、もう片方は和服の袖口に手を入れ、腕を組む姿はあまり綺麗だとは言えない。一見するだけでは、接点など見つかるはずもないが、両者の言葉に、それ以上の補足はいらなかった。それほど、両者は長い付き合いをしていることになる。

 

『話を戻しますけど、彼はやはり素晴らしいわね。期待通りの成果を出してくれました』

 

 世辞で言っているのではない。思った感想を素直に吐き出している。

 

「眼鏡に適ったようで何よりだ」

 

『いっそのこと、思い切って縁談でも組んでみようかしら。彼はどのような娘が好み?』

 

 まるで好みの女性のタイプを告げれば、用意ができるとでも言わんばかりの物言いだが、実際にできてしまうのだろうと、女性の家を知っている依頼主は考えていた。

 

「それは止めておけ」

 

 だが、口から出てきたのは否定の言葉。

 

『あら、どうしてかしら?』

 

「利用する分には問題ないが、飼い慣らすのは不可能だぞ。下手に飼おうとして鎖にでも繋げようと考えているならば、その喉元に噛み付かれて千切られるのが事の末路だ」

 

 勢力拡大のために道具として使われる政略結婚など、裏葉である秋水は特に毛嫌いしそうなものだ。仮にそんなことでも持ち出せば、良くて一蹴、悪くて機嫌を損なわせて容赦なく潰される。よく知る一人として、容易に想像ができた。

 

 目を伏せ、一度呼吸を挟む。

 

「狂犬だよ、あいつは。それも一際獰猛なくせに、普段は番犬の皮を被っているのだから余計に(たち)が悪い」

 

 一見すれば、彼は血統書付きの良犬だろう。物覚えもよく、従順、首輪もすんなりと受け入れる。けれどそれは、表向きでしかない。裏では常に牙を研ぎながら、気に入らない相手は主だろうと関係なく襲いかかる獰猛な犬。そんな危険な奴が、素直に手中に収まるはずもない。

 

『その狂犬を手懐けていた人の発言とは思えないわね』

 

「……昔の話だ。もう、俺ではあいつには勝つことは出来ない。それに、実力では敵わないことはそちらも同じのはずだがな」

 

『そうね。何も考えずに攻めてこられれば、打つ手はないでしょう。けれど、御する鎖は何も武力だけとは限らない』

 

 武力とは違って太くはなく、非常にか細い。鎖というよりも糸と言ったほうが適切なものだが、それはひどく粘着質で一度付けば中々取り外すことは難しい。一般的にそれは権力と呼ばれ、今の時代、最も力を持つものの一つである。

 

 依頼主も、そういった別の鎖は持ち合わせている。ただ権力のようなものではなく、単に利用価値があるというだけの弱々しい鎖だ。

 

「さすがは十師族、とでも言っておけばいいのか?」

 

 日本魔法界の頂点たる十師族ともなれば、無くなった際の損害は計り知れない。童話のように、倒して大団円を迎えるには今の社会形態は複雑になりすぎている。

 

『お好きにどうぞ』

 

「既に頂点から落ちた家の者の嫌味など、嫌味にもならんか」

 

 依頼主の家が頂点を極めていたのは、遥か遠くの昔。現代魔法が成り立ち、十師族が結成されてからは、その名は他と肩を並べる一名門として掠れていってしまった。祖が知ったならば、さぞ遺憾に思うだろう。

 

『なら、もう少しそれらしく言うことね。貴方なら、それは可能なはずですよ』

 

「それも昔の話だ。時が経てば、変わりもする」

 

 大人になればなるほど、子供の頃には見えなかった天井が見えてしまう。見えてしまったが最後、人はそこで歩みと成長を止める。特に、格上の者に現実を叩きつけられた者は悲惨だ。本来のモノに加え、自信さえも無残にへし折られてしまう。

 

 時間がもたらす変化は、外見もそうだ。かつては若く美しくあっても、時が経てば皺だらけの醜い顔へと変わってしまう。決して抗うことのできないそれは、思っている以上に変化を生み出している。

 

「それはお前には要らぬ言葉だったな」

 

 けれど、画面越しに映る女性は、実年齢よりもだいぶ若い容姿をしている。内面はさておき、外見においては老いという言葉からは無縁だと感じさせるほどだ。

 

『嫌味の次は世辞かしら?』

 

「世辞は苦手だ……相変わらずな」

 

 歳月を経ても、変わらないものもある。世辞が得意でないのは、依頼主にとってその一つだった。

 

 女性はそばに置いてあったティーカップに手を伸ばし、上品な仕草で喉を潤す。つかの間の余韻は、話を区切り別の話題へ持っていくには十分なものだった。

 

『雑談もここまでにして、そろそろ本題に移りましょうか。裏葉家現当主、裏葉幻冬さん』

 

「そうだな。四葉家現当主、四葉真夜」

 

 片やかつての頂点であり、片や現在の頂点の長。新旧のトップの会談が人知れずひっそりと行われていた。

 

 

  ◇  ◇  ◇

 

 

 日本から遠く離れたとある国。内紛に続く内紛で、周辺国家のほとんどが無政府情勢に落ちてしまったこの場では、未だに血を血で洗い流すような争いが各地で続いていた。

 

 紛争理由としては、主に食料などだ。トップのいない不安定な国に関わる物好きな国などいるはずもなく、ただでさえ乾燥地帯のこの場所では作物も中々育たず、その日の食べ物を得るだけでも一苦労だった。そのため、毎日のように奪い合いが行われている。

 

「はぁ~、やっぱりダメだな」

 

 そんな様子を、高倍率の双眼鏡を片手に上空から見ている男が一人いた。金色の長い髪は風を受けて暴れており、エメラルドと同じ色をした瞳にはどこか物寂しさが映っている。

 

「普段とは違う場所に来れば、インスピレーションが刺激されて新たな創造性が生まれると思ったんだが……見当違いだったか」

 

 自らを納得させるように腕を組み、二、三度頷いてみせる。

 

「やっぱ美しくない物を見ても何も閃かねぇ。クソッ、絶賛スランプ中だ」

 

 男は、自らを芸術家と名乗っている。真の芸術とは千古不易、どれだけの月日が経とうとも変わらずに評価され続けるものだ。「モナ・リザ」や「最後の晩餐」などで有名なレオナルド・ダ・ヴィンチ然り、「レクイエム」や「フィガロの結婚」などで有名なヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト然り。男もゆくゆくは、絵画でも音楽でもない新たなジャンルにおいて尊敬する先駆者たちと同様に名を後世に残すことを夢見ていた。そのために日々研鑽を続けており、しばらくは満足の行く作品を作り上げることに成功していたのだが、ここ最近は全くと言っていいほど駄作しか作ることができなかった。環境を変えてみればまた変わるのではないかと思ってみたが、結果は良い方向へと傾きはしない。閃くどころか、むしろ蓋をしてしまった感じが否めなかった。

 

「憂さ晴らしに全部ぶっ壊しちまうか。そうすれば、何か閃くかもしれねぇしな」

 

 自らに言い聞かせると、肩から下げていたショルダーポーチの口を開く。中には白い物体が少量入っていた。

 

「げ……ほとんど入ってねぇ」

 

 不機嫌そうに眉が釣り上がる。もとよりこの量で良いと判断したのも用意したのも男自身ではあるが、そんなことは関係ない。あって欲しい時に無いのだから、その感情は当然とも言えた。

 

「これじゃあアレ一発分もねぇな。・・・・・・仕方ねぇ、足りない分は急ごしらえの物で代用するとするか」

 

 少し考えた後に、男は視線を下げる。

 

 その直後、男を乗せている、白い大きな鳥のような物体が急降下を始めた。

 

 ポーチに手を突っ込み、無造作に白い物体をちぎっては取り出し、それを潰すように両手を組んだ。指の間から見えていた白い物体は少しずつ無くなって行き、やがて全てが掌の中に包み込まれた。

 

 垂直に落下していく中で、ある程度の高度まで下がった後に地面に並行になるように機首を変えた。突如謎の物体の襲来に、地上で争いをしている連中の視線が集まった。

 

「喜べバカ共」

 

 その声は、地上に居る者達の耳にも十分に届く声。

 

 手を離し、握りこぶしのまま腕を左右に伸ばす。指を広げて掌を地面へと向けると、掌には口のようなものが付いていた。

 

 それが開き、掌にある口の中から白く大量の小蜘蛛のようなシルエットをした物体が落下を始めた。よく見れば細部まで精巧に作られており、一つ一つが芸術品のようだ。小蜘蛛は落下の途中で六本の足を真っ直ぐ伸ばし、標的に向かって行く。

 

「俺の芸術の糧となりな!」

 

 範囲内に入ったことを確認した後に再び手を組んで巳の印を結び、次いで(ひつじ)の印を結ぶ。

 

「喝ッ!」

 

 短い叫びの後、地上では幾多の爆発が生じた。

 

 一つ一つの爆発は手榴弾よりも大きい程度。小蜘蛛と手榴弾の大きさを比較すれば、爆発力は圧倒的なことが分かる。

 

「あぁ~最高だ。我ながら、何度聞いても心が洗われるようだぜ――あ?」

 

 爆煙が舞う中で、被害を免れた数人が発砲してくる。視界不良によって照準は定まっておらず、男に当たることはない。煙の中での発泡によってマズルフラッシュが生じ、自らの居場所を晒すことになっている。

 

(銃を持っているだけのド素人ってところか。魔法も使いやがらねぇとはな。それよりも――)

 

 足場兼移動用として用いていた白い鳥の造形物から飛び降り、自らの身を煙の中に投じる。空中で把握した場所と照らし合わせ、加えて再び見えるマズルフラッシュを目印として瞬身の術で近づく。

 

 視界で捉え、声を出されないように初めに喉を潰した。

 

「人が観賞に浸ってるっていうのに邪魔してんじゃねぇよ。つーかなんだよ、きったねぇ面しやがって」

 

 男の目に映るのは、お世辞にも整っているとは言えない顔をした成人ほどの男性。極度の緊張によって生じた脂汗が、醜さに拍車を掛けている。

 

「俺はお前みたいな奴が嫌いなんだよ。でも安心しろ。お前みたいな醜い奴でも、最後くらい俺の芸術で華々しく散らせてやっからよ」

 

 手足をばたつかせて必死に藻掻くも、腕一本で身体を持ち上げられている状態ではどうすることもできず、男自身も全く意に介した様子はない。それどころか、怪しく笑みを浮かべている。

 

 がむしゃらに動いていたが、ついに力尽きたのか四肢をだらしなくぶら下げ、首も重力によって俯くようにもたれてしまう。涙や唾液が、滴り落ちる。

 

 下準備が終わったことで手を離し、地面へと落とす。動く様子はなかった。

 

 力なく崩れたそれに目を配らせることもなく、膝を曲げて一気に真上に跳躍した。煙を抜け、跳躍の頂点に達して再び落下をする直前で先程まで乗っていた鳥が再び足場となる。

 

 鳥が人の何倍もある翼を地面へと向けて羽ばたかせ、上昇しながらも煙を一気に晴らす。一緒に砂埃も待ったことで、地上にいる人間たちは皆目に砂が入らないように腕や手などで隠している。言うまでもなく隙だらけだ。

 

「おーおー、良い位置にいやがる。さぁて、即興品のお披露目だ。よく目に焼き付けやがれ」

 

 それぞれが目を開けて視界を確保するタイミングを見計らい、再び未の印を結んで叫ぶ。

 

 先ほどの比にならない大爆発が起こったのは直後のことだった。鼓膜を破かんばかりの爆音が音を全てかき消し、爆煙が一帯を包む。戦闘機による空襲だと思われても、おかしくない規模の爆発によって、周囲は凄惨に破壊された。

 

 爆破した本人は、鳥の上で胡座(あぐら)をかき、腕を組みながら何かを考えている様子だった。

 

 考えがまとまったのか、閉じていた目を静かに開いた。

 

「爆発力だけなら良かったが、どうにも美しくねぇ。出来損ないだったか。やっぱりスランプだな」

 

 自作の人間爆弾への評価は、並以下に落ち着いた。爆発の規模だけを追求するならば、核兵器を用いれば十分。男の芸術感からすれば、核兵器は美しくない。散る間際に見せる儚さと美しさが重要であり、威力はそれに付随してくればいいだけの話。そういった評価点を考えれば、他者に評価させても自己評価とそう変わらないだろう。

 

 自らの不甲斐なさに呆れるように、鳥の背の上で寝転んでは空を仰ぎ見る。いっそのこと寝てしまおうと目を閉じようとしたとき、携帯端末が音を奏でた。見ると登録している番号ではないようで、番号の上には「Unknown」と表示されていた。男は、面倒くさそうな表情をしながら通話ボタンを押す。

 

『初めまして。アトラス・キーストーンだね?』

 

 声は中年男性のもの。アジア系の人間だ。

 

「そうだけど、あんた誰だよ?」

 

 あまり電波状況が良くないせいで音声が乱れていることに加えて、英語の発音がアジア訛りで聞き取りづらかった。それがアトラスと呼ばれる男の不快感を底上げする。

 

『私はダグラス=(ウォン)無頭竜(ノー・ヘッド・ドラゴン)と呼ばれる組織の東日本支部の支部長を任されている。電話した理由は、君に依頼をしようと思ってね』

 

 無頭竜とは国際犯罪シンジケートであり、一般のそれと違うのは魔法を悪用する組織だということ。そんな相手からの電話を受ける時点で、アトラスも一般人ではないことがはっきりしている。

 

「ダグラス・・・・・・いい名前だ。気に入ったぜ。依頼の内容を話してみな」

 

 アトラスは正直不躾な電話で気に入らなかったのだが、電話の相手の名前が彼の琴線を揺さぶり、一気に思考が反転することになった。

 

『その前にひとつ確認だ。約三ヶ月後、日本で行われる()()()というものは知っているかな?』

 

「確か日本の高校生(ガキ)どもが集まってやる行事だろ」

 

 毎年十万人近くが来るその行事は、日本とは縁もないアトラスの耳にも入っていた。

 

『ならその説明は不要だな。我々はその大会を利用して一儲けしようと思っていてね。“ピースメーカー”としての君ではなく、“アーティスト”としての君に協力を頼みたいんだ』

 

「なるほどな。目の付け所も気に入ったぜ。オーケー、受けてやるよ」

 

 このように依頼を持ちかけてくることは珍しいことではない。ただ、そのどれもがピースメーカーとしての力を必要としており、アトラスは半ばうんざりしているところだったのだが、アーティストとしての力を必要としていると言うならば別。自分の芸術を理解していると思い込んだアトラスは、改めてあっさり了承した。

 

『詳しいことは直接会って話そう。日時と場所はそうだな――』

 

 通話を録音状態にし、告げられる日時と場所をしっかりと記録する。

 

 通話が終わり、相手側から電話を切ると、アトラスは早速日本へ向けての移動手段を考えていた。空と海があるが、時間や速度を考えれば断然空だと判断し、早速チケットを取らなければと期待に胸を膨らませながら爆心地からアジトへと向かった。

 

 


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