英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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注意!
今回は見る人によっては非常に気分の悪くなる内容が含まれております。
簡単に言えばグロ注意!











星の扉『覇王』

暗い、昏いどこかの部屋。辺り一面が得体の知れないナニカで埋め尽くされたその部屋の奥。そこで白衣を翻しながら何かを一心不乱に操作している男がいた。

男が操作している物の周りには資料と思わしき紙とコーヒーの空きカップが酷く散乱している。恐らく、男は研究者であるのだろう。先程からブツブツ呟いている言葉もどうやら化学の専門用語らしい。丸眼鏡をかけ、神経質そうに機械を忙しなく動かすその姿はマッドサイエンティストという呼称がふさわしいようだが。

その男が目線を上げたその先、液体で満たされた容器の中に、ゴボリと音を立てて気泡が沸き立つ。それを見た男の顔は、続けて機械に付いたディスプレイに移った瞬間、歓喜の色を露にした。

 

「できた……出来たぞ! ついに完成だ! 僕がやったんだ! 誰にもできなかったことを僕はやったんだ!!」

 

これ以上の悦びはないと言わんばかりに男は狂喜する。そしてひとしきり騒ぎ終えると、目の前の容器をいとおしげに撫でる。その容器の中では、いつの間にか幼い少女が膝を抱えたような姿で浮かんでいた。

 

「さぁ、僕が君の父だよ、古代の覇王。早く成長して、早く目覚めておくれ。君は戦う為に生まれた存在だよ。戦って戦って戦って……そうして僕に恩を返してくれ。僕に栄光を捧げておくれ……」

 

男の目は既に少女には向いていない。近い未来、少女が自分にもたらすであろう栄光だけが、男の濁った目に映っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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~レクルスの方石事件の二ヶ月前~

 

「……D∴G教団の生き残り?」

 

昼時のためか、ガヤガヤと騒がしいアルテリアの大通りを見下ろしながら、ケイジは手に持ったバケットサンドを噛み下し、目の前に相席しているセルナートに聞き直した。

今二人がいるのはアルテリアにあるオープンカフェである。珍しく休憩が被ったためか、ケイジは昼飯を奢ってやるというセルナートの言葉に釣られてそこに来ていたのだ。普段は騎士団専用の小さな食堂で済ましてしまうケイジだったが、奢りというのならば是非もない。そうして店で一番高価なサンドウィッチを頼んだ後、いきなり振られた話題が今の内容だったのだ。

D∴G教団。悪魔信仰のカルト集団であり、かつて騎士団と結社、そして遊撃士というまさかのコラボで殲滅されたはずの集団である。そこでケイジは一人の少女を引き取っており、とてもではないが忘れられない事件の一つとなっていた。

 

「まぁ、少し毛色は違うらしいがな」

 

「? どういう意味だ?」

 

「どうにも、今回のターゲットは教団の中でも異端視されていたようだ。何せその目的が覇王の復活だったらしい」

 

「……覇王?」

 

聞き慣れない言葉に、眉間にしわを寄せる。その姿にセルナートは苦笑すると、無理もないと言葉を続けた。

 

「シュトゥラの覇王。古代ゼムリアより更に前、世界が七つに別れていた時代に世界を統一した、と言われる王さ。そのシュトゥラがゼムリアと名前を変え、古代ゼムリアが始まったとさえ言われている」

 

「ふーん」

 

聞いておいてこの反応である。セルナートの額に青筋が浮かび上がるが、そこは年長者としてのプライドか、なんとか抑えて話を続ける。

 

「だが、目的は違っていてもやっていることは大差ない。未来ある子どもを犠牲にし、意味もない研究を続けているだけの狂信者に過ぎん。故に教皇直々に外法認定を下された」

 

「ハゲの直々かよ。大変だな」

 

「他人事ではないぞ? なんせこの任務、お前が担当するんだからな」

 

それを聞いた瞬間に嫌な顔をするケイジ。それを見たセルナートは少し溜飲が下がっていたりする。

 

「ケビンは?」

 

「別件だ」

 

「ワジは?」

 

「呼び戻すのに時間がかかる」

 

「他は?」

 

「私とお前以外は今アルテリアにいないな」

 

「拒否権は?」

 

「教皇命令に加え総長命令だ」

 

「……すいませーん! 最高級霜降りビーフのバケットカツサンドをもう一本追加で!」

 

「あ、ちょ、お前それ一本5000ミラ……!」

 

そんなこんなで、ケイジは覇王信仰者の始末を命じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「……ここだな」

 

アルテリアから鉄道を乗り継ぐこと約半日。帝国領ノルド高原のすぐ側にその狂信者の隠れ家は存在していた。

鉄道の入国審査などは毎度の如く気配遮断でパスしたケイジである。恐らく鉄血宰相辺りには気付かれていそうなものだが、良くも悪くもあれは自分の害にならない限りは手を出してこない、もしくは面白がって放置するため、今はそれはいい。

さて、問題は潜入である。バカ正直に正面から入っては最悪裏手から逃げられる可能性すらある。惜しむべくはティア達を残してくるにあたってウルを生け贄にしたことであろうか。

だが、無いものは仕方ないのだ。諦め半分で気配遮断を使ってから結局正面から突入するのだった。

中に入ると、そこは薄暗く、だけれども何故か埃っぽくは一切ない空間が広がっていた。写輪眼で暗さを誤魔化しながら進んでいくと、どうやら地下へと続く階段があるらしい。一階には何もなく、一見廃棄された倉庫のようであったのだが、そんな印象は地下へと足を踏み入れた瞬間、その考えは吹き飛んだ。

 

「……胸くそ悪ぃことしやがって」

 

そこにあったのは、ホルマリン漬けにされた大量の『かつて人であったモノ』だった。それは人を構成する各パーツといった比較的大きなものから、どこかの神経だけを抜き取ったもの。更にはあえて断面が見えるようにしたものと多岐にわたる不気味な光景だった。

もっと言えば、それらは総じて一般的な成人よりも小さいものだった。これが意味することはもはや言うまでも無いだろう。

それらの一つ一つに心の中で祈りを捧げ、その光景を忘れないように焼き付けるが如くゆっくりと進んでいく。すると、今度は完全な人の形を保った人が浮かぶ容器の群れに差し掛かる。だが、これもまた不気味な光景であった。何せ、それら全ての顔が同じだったのである。

恐らく、クローン技術。人をモノのように生み出す許されざる所業。それによって産み出されたのが彼女達なのだろう。いたたまれなくなったケイジが先へと足を踏み出そうとした瞬間、クローン達の目が一瞬にして全て同時に開かれ、ケイジは背後から空を断つような鋭い一撃を食らって壁に叩きつけられた。

 

「ごはっ……!」

 

空中で何とか体勢を変えたために背中を打っただけですんだが、それでも肺の中の空気が衝撃で押し出される。その一撃が放たれた方向へと目を向けると、そこには感情の一切を断ち切ったような鉄面皮の女性……先ほどのクローンの一人が、拳を突き出した体勢で立っていた。

 

「今のはアンタか……」

 

「…………」

 

血の混じった唾を吐き捨てながら、ケイジは女性に声を掛ける。が、女性に反応はない。碧銀の髪を後ろに流し、肉付きのよいスタイルの誰もが振り返るような美人だが、いかんせん無表情が過ぎるせいか台無しになっていた。

そして女性は返事の代わりとばかりに再びケイジに肉薄する。だが、ケイジもみすみす攻撃を食らうような腕はしていない。刀の刀身を利用して女性の拳を受け流すと、その隙を見せた女性に一閃を放つ。それは予想通りに女性の肩口から腰を一辺に切り裂く……なんて都合のいいことはなく、一閃を加えようとした直前に危険を感じたケイジは横へと飛び退いた。すると、その一呼吸後にケイジのいた場所へ女性を巻き込んで拳が突き刺さる。それを加えたのは、やはり女性と全く同じ顔をした女性だった。

自分と同じ存在に対して凄まじい一撃を放った女性は、もはや動かないモノと化した女性を一瞥すると、やはり感情の無い目をケイジに向けた。

 

「……チッ。悪趣味な。見てて気分悪くなる」

 

「彼女達は失敗作で、兵士さ。使い捨てにされるのは致し方ないだろう?」

 

コツ、という硬い音を打ち鳴らして、いつの間にか多数の女性達が隊列を組んでいた間を抜けて、白衣の男がケイジの前に現れる。

 

「黒幕の覇王信者ってのはお前か?」

 

「ふむ、些か事実に相違があるようだ。確かに僕は覇王の復活を目論み、そして実行していた身だが、しかして覇王信者という訳ではない。むしろ、覇王が僕を信仰する、というのが正解と言えよう」

 

まるで歌劇の主演にでもなったように大仰に手を広げ、演説して見せる男だったが、ケイジはそれが気に入らないのかわずかに眉をしかめる。

 

「要領を得ないな。簡潔に話せ」

 

「せっかちだな。まぁ、いい。望み通り簡潔に言おう。僕は覇王の父親なのだよ。彼女が戦い、その結末に得た栄光は僕のものとなる。すなわち、僕は世界で最も神に近い人間となり、ゆくゆくは神として崇め奉られる身となるのだよ!」

 

「覇王ってのは……そこの人達のことか?」

 

「ははは……まさか。彼女達は失敗作。覇王のなりそこない。いわば用済みの絞りカスだ。せっかく覇王の遺伝子を埋め込んで適応させて上げたというのに、精神が壊れてしまった操り人形だ。こんなモノ以下の存在にも役割を与えたのさ。覇王の尖兵、死して尚戦う兵器というね」

 

熱に浮かされたようにペラペラと言葉を吐き続ける男に対し、ケイジは顔を俯かせたまま微動だにしない。それを知ってか、男はますます舌を躍動させる。

その場に知り合いがいれば気付いただろう。その場にかつて敵対した者がいても気付いただろう。だが、その場にいるのは浮かれた男と感情の壊れた子ども達ばかり。その様子を注視する者はいない。

故に気付かなかった。ケイジが、真の意味で怒っていたことに。

 

「……で? 遺言はそれで終いか?」

 

「は? 何を言って……!?」

 

男が気丈に笑っていられたのはそこまでだった。黒い業火が男と子ども達の周りを囲んで押し潰し始める。命令を受けていない子ども達は為す術もなく、容易に業火に呑み込まれていった。

そして業火は男を残した全てを呑み込み、獅子の顎の如く男の前で制止する。

 

「……あ……あぁ……!!」

 

男からすれば悪夢そのものだろう。自分の研究成果が一瞬で無に帰したのだから。そして絶望しただろう。今まさに死神が鎌を自分の首に突き付けているのだから。

 

「……研究は楽しかったか? 罪の無い子ども達を亡き者にしたことは? 未来の希望を纏めて摘んで、過去の栄光にすがるのは至福だったか?」

 

男は答えない。答えられない。今更ながらにケイジの全力の殺気を受けていたことに気付いたのだ。もはや彼に自由など、ない。

 

「ああ、答えなんざ聞いちゃいねぇぞ。お前が今更何を言ったところで子ども達は帰って来ねぇ。精神が壊れただけならまだマシだった。だけど容姿まで弄くられちゃそうもいかねぇ。まして、何百も同じ容姿の人間がいたんじゃ親は見向きもしねぇんだよ。経験則だ。よく知ってる」

 

ケイジの脳裏に、水色の髪の少女を始めとした子ども達が浮かび上がる。

人間は勝手な生き物だ。それは彼の20年という人生の中でよくわかっている。それ故に、許したくはなかった。……自分の欲望のために未来そのものと言える子ども達を壊した目の前の男を。

確かに、結果的に子ども達を殺したのはケイジだ。それは本人も自覚している。だが、もはや彼女達に幸せなんて道は残されていなかった。

ーー叶うのならば、彼らに来世のあらんことを。

そう願って、ケイジは炎を彼女達に仕向けたのだ。それが善か悪か、そんなことは決まっていた。

 

「子ども達を……命をその手に掛けたんだ。地獄で未来永劫苦しみ続ける覚悟があってやったんだろうなァ!?」

 

男の返事を待つまでもなく、獅子が男を呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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「…………」

 

目の前には、少女の浮かぶ容器があった。

この少女こそが、今はこの世にいない男が作った古代の覇王。子どもに細胞を適応させるのではなく、一から覇王として作り出された存在だ。

そして、そんな少女の命はケイジが手元のボタンを押せば簡単に絶たれてしまう。絶たれてしまうのだが……この十数分、ケイジにはそれが出来ていなかった。

頭に浮かんでは消えていく金色の女性。そして今しがたその手に掛けた碧銀の女性達がケイジの手を止めていたのだ。

そしてーー

 

 

 

 

 

 

 

報告書

 

第二位氷華白刃により、帝国領付近に居を構えて外法を繰り返していた者の殲滅に成功。

尚、本事例は純粋な行為を外法と認定されたものであり、アーティファクトは使用されていない。よって、結果のみを簡潔に記すこととする。

 

外法認定内容:子ども達を素体とした覇王の復活実験(未成功)

 

結果:被験者は快復不可能と医師でもある第二位が認めたため、女神送り。また、首謀者は殲滅。第一位紅耀石により裏付け済みである。生存者無し、死者は100余名。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ほら、あいさつしろ』

 

『は、はい。えと……あいんはるとです。よろしくおねがいちまっ!?』

 

『あーあー、盛大に噛んだな』

 

『うぅー、とおさまぁ……』

 

『父様言うなっての。せめて兄様にしろ。……で? ティアさんどうよ? あいさつできんかったが』

 

『可愛いから許す!!』

 

『お前本当にブレねぇなぁ……おいシャルー! 全員叩き起こせー! アインの合流祝いすんぞー!』




微妙にやっつけ感がありますが、それは今回の仕様です。
なので、今はそんなエピソードがありました、という感覚に留めておいて下さい。

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