英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『師弟~後編~』

いつからだろう。僕がクロスベルの独立を目指すようになったのは。

 

 

『…………』

 

『可哀想に、あの子まだ小さいのに……』

 

『両親が《事故》でいきなり居なくなっちゃうなんてね……』

 

 

いつからだろう。僕が力を求めるようになったのは。

 

 

『い、今……何て言ったんですか……?』

 

『だから……あれは事故だ。たまたま車と車の間に暴走車が突っ込んで来て、たまたま近くにあった燃料に引火して、たまたまご両親の車が大爆発した。そんでたまたまもう二つの車の帝国貴族と共和国議員は無事だった。原因は貴族サマの飲酒運転』

 

『…………』

 

『ま、要は不幸が重なった事故って訳だ。坊やには悪いが……よくある不幸だよ』

 

 

いつからだろう。僕が笑顔の仮面を着けるようになったのは。

 

 

『な……!?』

 

『フフフ……もう逃げられませんよ? 警察局長?』

 

 

いつからだろう。僕が人に心を許さなくなったのは。

 

 

『はじめまして。ーーです。これからよろしくね?』

 

『……シオン・アークライト』

 

『……何と言うか、笑顔なのに無愛想ね……』

 

『好きに言えばいいよ。僕の知ったことじゃないし』

 

『そう? まぁ、これからよろしくね、シーくん?』

 

『……シーくん?』

 

『シオンだから、シーくん。……嫌だった?』

 

『別にどうでもいい』

 

『本当に無愛想ね……』

 

 

いつからだろうーー

 

 

『ねぇ、シーくん』

 

『何?』

 

『私ね……留学するの』

 

『……………』

 

『私はクロスベルのために何かしたい。でも私に出来ることがまだいまいちわからない。……だから、私は色んな国に行って、自分に出来ることを見つけてくるつもり』

 

『ふぅーん……』

 

『反応薄いわね……』

 

『いいよ。ーーはーーのやりたいようにやればいい。僕も応援するしね』

 

『シーくんはやりたいこととかないの? 色々興味なさそうだけど』

 

『やりたいことならあるよ。ただ、とても遠くて厳しいけどね。……でも、そうだな、まずは……』

 

 

彼女の側では、自然に笑えるようになったのは。

 

 

『近くの大切な人を護れるようになりたい、かな?』

 

 

彼女を、彼女の笑顔を護りたいと思うようになったのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「炎月!」

「閃華ーー」

 

シオンの、剣に炎を纏わせた一撃を、ケイジの居合い抜きの一閃が迎撃し、その威力が相殺される。

だが、蒼燕を抜いたケイジの攻撃はそれだけでは終わらない。相殺された攻撃の反動のまま身を逆回転するように捻り、また遠心力をも利用して蒼燕を振り抜く。

 

旋風(つじかぜ)!!」

 

「ぐうっ……!」

 

その一撃をシオンはなんとか原初の火を手元に引き戻すことで防ぐが、威力の乗った一撃に5メートルほど押し返されてしまう。

先程までも劣勢であったが、それが更に悪化したような状況に、流石のシオンもたまらず舌打ちする。

 

「ホラ、防いでばっかじゃその内もたなくなるぞ?」

 

「攻める隙をくれないのは君のせいだよ……ねっ!」

 

休む間もなく切り込んでくるケイジの一閃を紙一重で避けるシオン。

これがシオンの見つけた唯一のケイジの対処法……『回避』である。回避してしまえばケイジは強制カウンターを発動出来ず、ただ普通に攻撃を続けるだけになってしまうのだ。

……これが攻略法と言えないのは、自分から攻撃不可であり、ケイジの体力切れという限りなく可能性の低い事象を待つしかないからであるのだが。

しかしながら、現状ではそれしかシオンに打つ手はない。大剣士であるシオンの攻撃は総じて威力の高さと引き換えに速度を犠牲にしている。そこらの剣士と比べるなら圧倒的にシオンの剣速の方が速いと言い切れるが、今回の相手はケイジなのだ。恐らく、容易に見切られてカウンターの餌食にされてしまうのがオチだろう。

ケイジには枷があり、今はそれを無理矢理外しているのだと知らないシオンにはそれくらいしか出来ないのだった。

 

「月龍……閃!」

 

「鳳仙華!」

 

しかし、やはりというか全てを避けきるのは不可能だったようで、ただ攻撃され続けるくらいならせめて攻撃の主導権は握ろうと動き出したシオン。だが斬り上げ、斬り落としと全く同じと言っても過言ではない動きで技を相殺しあってしまう。

 

「それ、元は俺の鳳仙華のパクリだろ。そんなのが俺に通じると思ったか?」

 

「人聞きの悪い。せめてオマージュって言って欲しいね」

 

「どっちも大して変わらないだろうが」

 

「いやいや、違いは大きいよ?」

 

そんな軽口を交わしながらも、空中では既に何十合と剣と刀が斬り結びあっている。恐らく、彼ら二人以外には金属音しか聞こえていないだろう。それほどまでに苛烈で、速い斬り合いなのだ。

そして、二人の足が地に付く直前、二人は同時に距離をとるように弾き合う。そして……

 

花散る(ロサ)……」

 

「天二式……」

 

シオンは剣気を纏った剣を、ケイジは斬撃を纏った刀を、互いが互いの技を構えて相手に向かって一歩を踏み出す。

 

天幕(イクトゥス)!!」

 

「白帝剣!!」

 

そして次の瞬間には、距離など関係ないとばかりに二人は鍔迫り合っていた。

 

「……シオン。お前は多分正しいよ。俺だってクロスベルの今に思うところが無い訳じゃない」

 

「……ケイジ、それは同情かい? なら悪いけど聞く気は無いよ」

 

僅かに眉を潜めて不機嫌になるシオン。そんな会話をしながらも得物に込める力を緩めないのは流石というべきか。

 

「同情じゃねぇ。宗主国……アルテリアの総意だ。あの自治州は色々と歪みすぎている。それこそ犯罪の温床になるくらいにはな」

 

「そこまでわかってるなら、早く手を打って欲しいね……!」

 

「だがなシオン。これだけは自信を持って言ってやるよ……お前のやり方は間違いだ」

 

正しいと肯定した直後の否定。これにはシオンも訳がわからないのか、目でケイジに続けるように促す。

 

「お前は武力で、ただ『独立』という事実だけを勝ち取ろうとした」

 

「それのどこが悪いのさ……!!」

 

そう、『独立』こそがクロスベルの悲願。支配と抑圧から脱出し、クロスベルだけの法と自由、そして権利と誇りを取り戻す。そこに悪い点など一切有りはしない……有りはしない、はずだった。

 

「……お前、その後のことは考えたのか?」

 

「え……?」

 

「今のクロスベルの収支の八割は『貿易と交易』だ。それも帝国と共和国への輸出入が大半のな。そこに何の対策もないまま独立なんてしてみろ。クロスベルは失業者と浮浪者で溢れかえり、生き地獄と化すぞ」

 

「クロスベルにはIBCがある」

 

「もしIBCが資産を凍結させたらどうするつもりだ?」

 

「…………」

 

苦し紛れの反論も、ケイジの前では瞬時に切って捨てられる。

そう、クロスベルには今独立出来るだけの地盤が無いのだ。クロスベルの市長はともかく、議長は明らかな帝国派。議会は毎回帝国派と共和国派が分かれて争い合う場になっている始末。輸出入の大元は宗主国に握られ、軍も持てないために戦力など皆無に近い。

そんな中も外もボロボロな国が独立したところでどうなるか? 答えは簡単、一瞬で地図からその名が消えるだけだ。

 

「……っ!! だったら……だったら僕らはどうすればいいんだよ!? これから先もずっと宗主国に搾取されろって言うのか!? 権利も誇りも奪われたまま、ただただ自分だけを守ってろって言うのか!? ふざけるな!! 僕らは宗主国の奴隷じゃないんだ!!」

 

悔し涙を流しながら、烈火の如く怒るシオンを、ケイジは変わらず冷静な目で見返す。その余裕がシオンにはどこか悔しくて、何も出来ない自分が情けなくて……より一層、シオンの目から涙が溢れる。

そんなシオンに、ケイジは穏やかに語りかける。

 

「仲間を作れ」

 

「仲間……?」

 

「ああ。ここにいる奴らは悪く言えば他国の人間。宗主国のアルテリア所属だって俺が言い張っても結局は部外者だ。下手すると全く介入できない可能性だって低くない。だから……お前はクロスベルで、お前の故郷で仲間を作れ。今お前に必要なのはそれだ」

 

「……………」

 

全く予想していなかった言葉だったのか、シオンの目が点になっている。ケイジはその隙にシオンの剣を弾いて距離を取ると、白龍と蒼燕を鞘に納める。

 

「……ま、柄にも無い説教はここまでだ。つーかこれ以上は俺が恥ずかしくて死ねる」

 

「……フフっ、そうだね。確かに……ケイジの柄じゃないや」

 

「ほっとけ」

 

そしてシオンも原初の火を腰だめの状態に戻す。その表情はどこか憑き物が落ちたかのようにさっぱりしている。どうやら師匠(ケイジ)の解りにくいアドバイスに何か思うところがあったようだ。

 

「……さて、説教も終わったことだ。とりあえず罰として……一回死んどけ」

 

そうケイジが言った直後、シオンの肩から腰にかけて焼け付くような痛みが襲う。

……見えない程の速さの抜刀術。技でも何でもなく、ただ一瞬枷を完全に外しただけの、全力の縮地を使っただけの力業。それなのに、必殺の一撃にまで昇華された名もなき一閃。

 

「(……ああ、全く……本当に……敵わないなぁ……)」

 

今までの戦いが手加減されて成り立っていたことを痛感しながら、シオンは意識を闇に沈めた。


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