リーシャ、クローゼ、リク。この三人はこの戦いの中で一つの限界を超え、大きな成長を見せた。
リーシャは三代に受け継がれることとなった氷の聖痕を部分的にとは言え開放し、リクは『
とにかく、第二師団のメンバーとの戦いは、三人の能力なりメンタルなりを大きく向上させる結果となったのだ。
……だが、それでも。今戦っている者の中で誰が一番強いのかと言えばーーフェイトだ。
師と、相棒であった狼との戦い。全ての始まりである姉との戦い。そして長くフェイトの心の闇として巣食っていた母との戦い。それらを経験し、そして乗り越えたフェイトは、他の三人が成長した後でも、心身の両面で頭一つ抜きん出た実力を誇っていた。それこそ、並みの相手であれば瞬殺出来てしまうほどに。
つまり、何が言いたいのかと言うと……
「…………」
「……ふぅ、少し拍子抜けかな」
そのフェイトを以てしても、
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若干不満そうにしながら空を飛んでいるフェイトを見据えるシオンを、フェイトは息を荒げながら睨み付ける。
身体中に切り傷をつくり、満身創痍のフェイトに対し、未だ無傷のシオン。それは圧倒的な実力差を示しているかのようで、フェイトの心の中の悔しさと焦燥感を煽っている。
……だが、フェイトがシオンを睨み付けている真の理由はそれではない。その理由の全てはフェイトを見据えるシオンの瞳にあった。
シオンの瞳に刻まれた
本来、希少技能というのは魔力変換資質などを除けば大体のものがその人物固有の先天性技能、つまりオンリーワンの能力である。
例えば、リクの天よりの幻創。例えば、ティアの第七音素適正。これらはケイジの写輪眼のようなコピー能力を用いてもコピー不可能であり、また努力や鍛練で身に付くこともないのだ。
それなのに、シオンはそれをあっさり覆した。コピー不可能なはずの能力を使い、あまつさえ本来の使い手にその能力を使わせない。
名付けるなら、『
「気に入らない、って顔だね」
「……そりゃあ、ね。自分の大切なモノを奪われても笑って許せるほど私は優しくないから」
「まぁそれが当たり前だし反論できないんだけど……なんだかなぁ」
シオンはどことなく気まずそうに頭を掻く。流石に視線は油断なくフェイトを捉えているが、その眼にもどこか申し訳なさが滲み出ていた。
「……うん、能力は今は返せないけど、御詫びに僕の能力の一つを明かすよ」
「!?」
思ってもいない提案にフェイトは目を見開く。
それもその筈、シオンは今、『能力が知られていない』という情報戦によるアドバンテージを自分から捨てると言ったのだ。情報一つで戦況がガラリと変わるレベルの戦いであるために、フェイトの驚きも大きかった。
同時に、シオンに見くびられているという気持ちが湧き、怒りも覚えたが。ちなみにシオンは半ば模擬戦感覚であり、『自分だけ相手の情報知ってるんじゃアンフェアだよね』という思考での発言のため、見くびっているとかそういう事は一切無い。良くも悪くもシオンは紳士なのであった。
「僕が始めに持っていた木刀があったよね?」
「木刀……? あ!」
確かに、戦い始めた時シオンは短剣のような木刀を持っていた。
だが、戦闘開始から一撃目を与えられた時にはもうシオンは今持っている赤い歪な形の大剣しか持っていなかったはずだ。
「あの短剣の名前は……『ミストルティン』」
「!!」
その名前はフェイトにとって聞き覚えのある名前だった。なにせ親友の使う石化槍の魔法と同じ名前だったのだから。
そして、同時にフェイトには疑問に思う点もある。
「……短剣? 槍じゃないの? それにどうして貴方が
前者は単に親友の詠唱との違いから。そして後者こそが本命の疑問だ。
自身が
「ミストルティンは……北欧神話で悪神と呼ばれるロキがある神様を殺すために使った宿り木の武器。別に槍、と決められた訳じゃない。まあ槍だったって言うのが一般的だけどね。それと後の質問については……ネロ」
『なんだ? 奏者よ』
どこからともなく少女の声がしたかと思うと、シオンの頭の上に雀サイズの燕がちょこんと現れる。
「小さい……ツバメ?」
『む。小さい言うな! 余は皇帝ぞ! 余は凛々しい男や綺麗な、または可愛い女は大好きだが余を小さいとかちんまいとか言う者は大嫌いだ!』
「え、えぇっと……その、ごめん。機嫌直して、ね?」
『子供のように接するなぁ! 』
小さい体躯を頑張って持ち上げ、翼を精一杯広げてウガー、と威嚇するが、全く迫力がない。むしろ何と言うか背伸びしている子供を見ているようで微笑ましい。
フェイトは「エリオとキャロ元気かなぁ……私とケイジで保護責任者登録したけど大丈夫だよね?」とか考えながら暖かい目でネロを見る。
……転生者には何かが憑いているものなのだろうか。ケイジ然りリク然りシオン然り。
『むぅー!! 余は怒ったぞ! 奏者!早くこの牛娘をやってしまえ!』
「牛娘!?」
翼をバタバタさせて怒っていたネロが光の粒子になって消えていく。どうやらフェイトのツッコミはスルーされたようだ。
「あはは……。さて、ハラオウンさん。さっきの質問の答えだよ。僕のミストルティンは石化よりも宿り木という特性が強い。そしてその効果は……『相手の能力の一つを石化させ、その能力を解析して僕の知識とする』」
シオンはそう言うが、未だにフェイトにはピンとこない。それだけでは能力をコピーできる理由にはならないからだ。
シオンはそんなフェイトの内心を読んだかのように微笑む。
「勿論、それだけじゃない。僕が君の能力を使えてる流行は……ネロだよ」
「ネロが……?」
「そう。
『奏者!? 誉めたいのか貶したいのかどっちなのだ!?』
まぁ、ミストルティンで解析した能力にしか使えない欠陥スキルだからねー、と付け加えるシオンに、あれ? これ余はいじめられているのか? と半泣きになっているのが声だけでもまるわかりなネロ。空気がイマイチ締まらないのはシオンが天然なのか、ネロがいじられキャラだからなのか……。
『と、とにかく奏者よ! 早くその牛娘をやるぞ! 牛娘を愛でるのはその後だ!』
「(!? なんか寒気が……)」
フェイト、貞操の危機である。主に百合的な意味で。
まぁそれはともかく、今の問答の間にフェイトの息は整い、体力も若干ではあるが回復している。
ネタバレはしたものの、
「じゃあ、ハラオウンさん。ネロの要望もあったことだし、再開しようか」
シオンの言葉に、バルディッシュを構え直し、シオンを見据える。が……
「今までも全力だったけど……ここからは、本気の全力で行かせてもらうよ」
「…………え?」
シオンがそう言った直後、フェイトの視界から……いや、フェイトの五感から、『シオン』という存在を司る全てが掻き消えた。
咄嗟に辺りを見回すフェイトだが、一度消えたシオンは見つからない。
そして……
キィン
「「!!?」」
澄んだ金属音と共に、シオンと黒がフェイトの目の前に現れる。
「君は……」
「ーーふぅ。オイオイシオン。フェイト相手とはいえ『圏境』まで使うか? それに峰とは言え首狙いの一撃……下手すりゃ死んでるぞ?」
そこにいたのは、結界に封じられていたはずの人物。髪とは真逆の白い聖衣を翻した、『至った』者達の内の一人。
「……まさか、ここで来るとはね……ケイジ!」
「弟子の始末をつけるのは、師匠の役目だろ?」
「だったら、弟子は師匠を超えるのが役目だよ」
「言ってろバカ弟子」
ケイジ・ルーンヴァルト、参戦。