英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『銀の氷鈴』

「くぅっ……!!」

 

「……エクレールラルム!」

 

次々と飛来する投げナイフを大剣を盾にして弾くリーシャ。そこにティアの詠唱が完成し、地面に不浄を焼き尽くす光の刻印が展開される。

リーシャは刻印の展開が完了する前にナイフを剣を下から上に向かって振り上げ、同時にその勢いを利用し、バック宙の要領で刻印の範囲外に飛び退く。リーシャが範囲外に出るのとほぼ同時に刻印が熱を含んだ光を放出するが、リーシャには直撃しない。

……だが、やはり完全には避けきれなかったのか、リーシャの左腕の袖が小さく焼け焦げてしまっていた。

 

「流石に身軽ね」

 

「…………」

 

避けられたと言うのに、事も無げにうっすらと笑うティアとは対称的にリーシャの表情は非常に硬い。

なぜなら、先程まで完璧に近いレベルで行われていたフェイトの援護が完全に止んでしまっているからだ。新たにシオンが参戦したことを知らないリーシャからすればフェイトが全面参戦しなければならない事態が他の組に起きたか、それともフェイト自身に何かがあったかとしか考えられないのだ。

加えて、リーシャ自身が間違っても優勢とは言えない状況である。ティアの戦略(パラダイム)を打ち砕く手が無いわけではないが、数は少ない。迂闊に破ってしまえばその手を防がれて、次からはその手に対する対処も構えられてしまう。文字どおりティアに同じ手は通用しないのだ。

 

かと言ってやみくもに攻めていって突破できる程ティアは甘くない。第二師団の従騎士は総じて中、遠距離向きの能力を持っているが、それでも騎士団内でも最強クラス。接近戦をしたくないなら近付けさせなきゃいいじゃない、を地でいくような人ばかりなのだ。それなんてチート? と言いたくなるが、実際そうなのだから仕方ない。ケイジといいレーヴェといい、第二師団だけ化け物の巣窟になっているのではなかろうか。

 

 

「ほら、気を抜いてると段々打つ手が無くなっていくわよ?」

 

「っ!!」

 

先程までとはうって変わってナイフとフォトンやナイトメアなどの初級譜術での物量でリーシャを追い詰めていくティア。表情は余裕そのものなのだが、詠唱やナイフを投擲する手は緩む気配が全く無い。余裕は持つが慢心や油断をしないタイプなのであろう。

 

「リーシャ……貴女もわかっているでしょう? 手を探すだけじゃ私みたいな相手だとどんどん不利になるだけよ」

 

「…………」

 

言われなくてもそんな事は痛いくらいわかっている。だがリーシャはそれでもまだ動けない。

 

「全く……この数ヶ月ケイジとレーヴェに特訓して貰ったんでしょ? その成果がそんな消極的な待ちなのかしら?」

 

「そんなこと……ありません」

 

全身に小さな傷を負い、所々には浅くない怪我を負いながらもリーシャは立ち上がり、ティアに反論する。

だが、リーシャが足に力を込めた瞬間にナイフが群れとなってリーシャを襲い、地面にはまたエクレールラルムの譜陣が広がる。リーシャに逃げ場は……ない。

 

「っ……爆雷符!」

 

だがしかし、リーシャもこんなところでは終わらない。ナイフを爆雷符で無効化し、己も譜陣の外へ逃げようとするが……それは叶わなかった。

 

「エクレールラルム!」

 

「きゃああああ!!」

 

譜陣の外へ出る二歩手前でエクレールラルムが発動し、その光と熱がリーシャを包み込む。しかし、ティアはそれだけでは手を緩めなかった。

 

「炎の刻印よ、敵を薙ぎ払え……フラムルージュ!」

 

光の刻印が徐々に姿を変え、焔を生み出す炎の刻印へと組み換えられる。

その刻印はやはりリーシャを呑み込み、その姿を完全に隠してしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いいか? 俺とかお前、レーヴェみたいなとりあえず近付いて殴るのがメインな奴はとにかく近付かねぇとただの囮役か役たたずだ』

 

『そんな身も蓋もない事を……』

 

『事実だろうがこのカリコン。……んで、そんな俺らに一番必要なもんは何だと思う?』

 

『えっと……経験とか、近付く速さですかね?』

 

『廊下に立ってなさい』

 

『何故に!?』

 

『……リーシャ。お前のその理論だと俺はとっくの昔に死んでいるぞ?』

 

『あ』

 

『ふぅ、仕方ないから廊下は勘弁してやる。……正解は勘だ』

 

『勘?』

 

『そ。避けるにしろ動くにしろ、とりあえずなら頭で考えてもいいが最終的には勘だ。俺らみたいに自分が突っ込んでいくタイプにはちんたら頭で考えてる暇なんざ無いからな』

 

『…………』

 

『ま、簡単に言えば、考えるな! 感じろ! ってことだな』

 

『だから身も蓋もない事を言うなというに……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……この程度だったのかしら? リーシャ」

 

燃え盛る目の前の地面を見つめながら、落胆の籠った声でティアが呟く。だが、その目は油断なくリーシャがいるであろう場所を見据えている。

そして、その声に応えるように炎の中でゆらりと影が揺らいだ。

 

「……『我が深淵に宿りし蒼俄の刻印よ』」

 

「!」

 

炎の中にいるリーシャの声が不思議と響く。その声が紡ぐのは……この世でたった12人のみが唱えることを許される聖句。

 

「『我が誓いを聞きてその身を剣と為し、其が剣を以て我に祝福を与えよ』」

 

「来るわね……!」

 

先程までとは一変して完全な警戒体制をとるティア。だが、これは過剰な警戒でも何でもない。それだけ『守護騎士』という者達はデタラメなのだ。

 

「(まさかこの数ヶ月の短い期間で聖痕を自分の意思で発動させられるまでになっていたなんて……総長やケイジでも一年近く、ケビンに至っては三年はかかってやっとだったのよ……!?)」

 

そう。ティアの驚愕の中にはリーシャの聖痕を掌握するまでの速さがあった。

記録にある限り、聖痕を掌握するまでの期間の最短記録がセルナートの10ヶ月と言えば、1ヶ月少しで自力発動までこぎ着けたリーシャの凄まじさがわかるだろうか。

ついでに言うなら、自力発動が出来た時点で掌握の7割は完了していると言われている。

……しかしながら、リーシャも完全に聖痕を掌握出来ているわけでは決して無い。あくまでその聖痕の力を何割か引き出せる程度である。……程度と言うにはあまりに大きすぎる力かも知れないが。

 

「『我は氷天の守護者。汝をこの手に掴みし者なり』……!!」

 

炎の中からピキピキという、何かに罅が入るような音がティアの耳に入る。

そして、その音は徐々に大きくなっていき……遂には、燃え盛る炎が氷の中に封じ込められた(・・・・・・・・・・・)

 

「なっ……!?」

 

「…………はぁっ!!」

 

驚くティアをよそに、リーシャの気合いの籠った声が聞こえた後、轟音と共に炎の氷が跡形もなく砕け散る。そしてその砕け散った氷の欠片が舞い散るなか、背中に雪の結晶のような刻印を展開したリーシャが堂々と仁王立ちしていた。

 

「お待たせしました、ティアさん。……さ、ここからが本番です」

 

先程までと変わらないリーシャの表情に、ティアは少しだけ背中に冷たいものを感じるのだった。


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