「穢れなき汝の清浄を彼の者に与えん……スプラッシュ!」
「
リタが素早く発動させた譜術を、リクが防ぐ。
リタの宣言の後、リクはリタ、クローゼはシャル、リーシャはティアとそれぞれ一騎討ちの状態に入っていた。
正確にはフェイトが三人の援護とフォローを
「……チッ、さっきからその光る玉が鬱陶しいわね! 」
「あいにく、お前らと違って余裕が無いんでな! 使えるモンは何でも使うし、仲間にだって頼ってやるさ!」
その中でも、このリクとリタの対決はかなりの硬直状態であった。
本来、譜術を使う者達にとってリクのような防御技を持つ者は天敵である。だが、リタはその余りある技量と術の圧力によってリクに反撃の隙を一切与えていない。流石は筆頭、といったところか。
そして、この二人が考えることはそう変わらない。
「(あの銀髪の技だと術か全部防がれるみたいね……。いっそ大技であの花弁ごとやっちゃいたいけど、あの光る玉が邪魔なのよね……なら!)」
「(あのリタが俺の知ってるあのゲームの『リタ』なら、接近戦じゃねーと俺に勝ち目は無い。それに今はハラオウンのランサーのおかげで硬直してるが、このままだといずれアイアスごと持っていかれる……なら!)」
「「(一刻も早く、自分の得意な距離に持ち込んで一気に決める!)」」
そう、双方共に勝利条件が一致していたのだ。
リクは
「……ああもう! 金髪! アンタ後で絶対一発ぶん殴るから!」
「私!?」
「あー! こんなんなるならシオンに瞬動術教わっときゃ良かった!」
そんな感じで、互いに突破口を開けずに硬直していたのだった。
ーーーーーーーー
「ほら、また隙が出来たわよ」
「………ッ!」
そして、場所は変わってリーシャとティアの戦いは、ティアの優勢で進んでいた。
リーシャはティアの緻密に計算された譜術とナイフのコンビネーションの前に翻弄されている。今のところ傷は負っていないがそれはひとえにフェイトのおかげであった。
……まぁ、それも当然と言えば当然なのかもしれない。
リーシャの戦闘スタイルは基本的に
しかし、今回は既に姿を現しているところからのスタートだ。今までの戦い方と一線を画する必要があるこの戦いはどうしても後手に回ってしまう。
「聖なる槍よ、敵を貫け……」
「っ……はぁっ!!」
ティアが詠唱に入るのとほぼ同時にリーシャは距離を詰めようと地面を蹴るが、次の瞬間にはナイフが眼前に迫ってくる。
咄嗟に持っている大剣を前方に振り上げ、ナイフを弾いて事なきを得たが……
「ホーリーランスッ!!」
「くっ……!」
その時にはもう接近のチャンスなど無くなっていた。それどころか、譜術を避け、その逃げ道に放たれるナイフを避けるのに精一杯になっているのだ。
「甘いわね……。接近戦で私はリーシャに僅差で負ける。なら私は貴女に接近されなければいい。私はそれを実践しているだけ。……ただそれだけよ?」
「全員が全員ティアさん並みにそんな事出来るなら私みたいな戦い方の人は絶滅してますよ……」
「なら、貴女はそれが出来るんでしょう?」
「耳に痛いですね……」
何より、この戦い……リーシャにとってティアは相性が悪すぎた。
ティアの戦い方は一から十まで計算され尽くした理詰めの兵法だ。しかもティアは
しかし、そんなティアにも確かに弱点は存在する。
「(ティアさんの詰め方は確かだ。けど……ティアさんは格下には正面から破られることを、格上には逆に無理矢理抜け道から抜けられる事を無意識に軽視する癖がある……!)」
それは、ここに来る前ティアに負けっぱなしだったリーシャにケイジがこっそり教えてくれたティアの癖。
……後者の方は明らかにケイジが力ずくで正面突破ばかりしていた弊害だと思われるが……まぁ今はいい。とにかく、ティアには癖がある。
そして、その癖に対して“格下”のリーシャがする事はただ一つ。
「(正面から……力ずくでティアさんの
リーシャは知らず知らずの内に、自身の左胸に手を当てていた。
ーーーーーーーー
「やぁっ! はっ!」
「おっとっと……危ないなぁ」
そして、クローゼとシャルの戦いでは、クローゼが有利に戦いを進めていた。
フェイトのランサーのおかげで次々と飛んできていた譜力の弾を気にせずに即座にシャルに近付いたクローゼはそのままシャルにシュトゥルム……連続突きを繰り出すものの、シャルも伊達に従騎士を名乗ってはいない。手に持った二挺の装飾銃でクローゼの刺突をいなし、さらにはその勢いで飛び退いて即座に連続して銃撃を浴びせる。
だが、それはまるで当然とでも言わんばかりにそこにあるフェイトのフォトンランサーが相殺という形で全ての銃撃を防ぐ。そしてその隙にクローゼは再びシャルとの距離を詰める……そんなやり取りがもう十回ほど繰り返されていた。
「全くもう……いー加減離れて欲しいんだけどなぁ」
「離れたら貴女の思う壺でしょ?」
「そだよ~」
相変わらず気の抜けたようなシャルの声に毒気を抜かれそうになるが、そんな考えは剣を突くことで振り払うクローゼ。
この場に及んでまだ普段通りということは、まだシャルに余裕がある事を物語っているからだ。余裕が無くなっていたならば、シャルはかつてリーヴを相手にした時のように真剣になるはずなのだから。
それに……シャルの目は、その口調とは正反対にクローゼの隙を虎視眈々と探っているのだから。
「ん~……流石にチャージする時間はくれないか」
「それだけは絶対にあげない!」
背中にうっすらと冷や汗をかきながら即座に返事をするクローゼ。
こんな状況であの悪魔の破壊光線など撃たれようものなら、気力やその他諸々が根こそぎ持っていかれかねない。特にリクのが。
「絶対に撃たせないからね……!!」
「ク、クローゼ? 何か怖いよ……?」
シャルに勝つため、そして何より魔王の一撃を撃たせないため、クローゼはシャルに接近戦を挑み続けるのだった。
……フェイトの援護が若干強くなった気がするのは、気のせいでは無いだろう。
ーーーーーーーーーー
「(二時の方向、リーシャに37個。六時の方向、リクに22個。八時の方向、クローゼに49個……。それでもやっぱりジリ貧だね……)」
三人が戦っている上空。そこでは目に六芒星を顕しているフェイトが三人のフォローのためにフォトンランサーを操っていた。
本当ならば恐らく四人の中で今のところ最も実力の高いフェイトが戦うのがベストではあるのだが、また援護という部分でもフェイトが最も優れていたためにこの割り振りになったのだ。
だが、その選択は半ば成功し、半ば失敗している。従騎士組の実力が想像をはるかに上回っていたのだ。そのせいでフェイトは三人のフォローに奔走することになってしまい、大技を放つ余裕が全く無くなってしまっていた。
六芒星の天眼という空間掌握能力の最高峰の力を持ってしても、五分以上の戦況には持っていけない。従騎士組の実力の高さはそこまでに至っていたのだ
「(まだ、戦況は動いていない……なら、無理にでも行動して動かすしか)……ッ!!」
瞬間、フェイトは直感で背後を振り返り様にバルディッシュを振るう。するとその振り返った先に確かな手応えと鈍い金属音が。
「……ふぅ。防がれたか……。上空には網が張られてないと思ったんだけどなぁ」
そこには、空を蹴るようにして空を移動している黒髪の男がいた。年はケイジやフェイトと同じくらいだろうか。その手には奇妙な形の赤い大剣と何故か木で出来た短剣を持っている。
「……貴方は?」
「うん? ……ああ、そういえば僕達初対面だっけ。
動き回りながらで失礼するよ。僕の名前はシオン。シオン・アークライト。そこにいるケイジの部下だよ。……直に元部下になるけどね」
そう言い終えるや、シオンは即座にフェイトの頭上まで翔び、回転しながらその勢いでフェイトに大剣を降り下ろす。
もちろんバルディッシュで防いだフェイトだったが、相当に重かったのか、フェイトは地面のすぐ側まで落とされていた。
「(重い……でもそれだけじゃない。何で今、
そう。今、フェイトは確かに
今まで手に取るようにわかっていた三人の戦況がまるでわからなくなっている。更には、フォトンランサーまでが半分ほど制御も出来なくなっている。考えうる限り最悪の状況になってしまった。
「……うん。やっぱり君があの中でケイジを除けば一番強いみたいだね」
そして、いつの間にか地面に降りてきていたシオンがそんな事を呟く。
空にいた時は黒髪の男という事しかわからなかったその姿は、男にしては長い髪を後ろで一つに纏めた、中性的な顔の、けれど肩幅や体つきからはっきりと男だとわかる姿だった。
……シオンが何かしらしたのは間違いない。けれど、その何かしらが全くわからない。確かなことは
「本当はケイジ相手に腕試ししたいところだったけど……君も、相手にして不足は無い。お手合わせ願うよ。フェイト・テスタロッサ・ハラオウンさん」
「……………」
フェイトは無言でバルディッシュを構え、シオンも同様に大剣を構える。
そして、どちらからともなく、二人は動き、その剣は交差した。
……戦況は、未だ五分。けれど、確かにリク達に不利な方向に進んでいた。