『……よかったのか? こんな普段来づらい場所で』
『……ああ。アイツらには、もう現実のゴタゴタとは無縁でいて欲しいからな』
ハーケン門から少し離れた、魔獣で溢れている森を抜けた先にある十字架がいくつも建てられている丘。その頂上にある二つの十字架の前に立っていた少年に、棒術具を持った男性が声を掛ける。
少年の方は、少し間を空けた後に返事をして振り返り、そのまま歩き始めた。
『ゴタゴタって……ここじゃただ単に墓参りしにくいだけだろうに』
『良いんだよ。……来づらいくらいが、丁度良い』
『?』
少年の言っている意味がいまいち判らなかったのか、男性は不思議そうな顔で少年を見る。少年は足を止めて、振り向かずに男性に話始める。
『いつでも行ける場所だと、俺はきっと……そこから離れられなくなる。それじゃ駄目なんだよ……。いつまでもあの人達に頼ったままだと、俺は……』
『…………』
拳を握りしめる少年に、男性は何も言えない。
……少年がこれから荊の道を歩もうとしているのはわかっていた。だが、止めない。止められない。決意の意味は違うものの、その道は男性も歩んだ道だから。人に言われて止められる道ではないとその身を以て知っている事だから。
……自分が、最愛の妻の命と引き換えにしなければ止められなかった道だから。
それに、少年にはもう選択肢は無いのだ。彼の証を顕している今、少年はもう……堕ちるしかない。
少年は知るだろう、この世の裏を。
少年は知るだろう、人という生き物の醜さを。
少年は知るだろう、この世界の本当の哀しさを。
その時ーー少年は、まだ『人』でいられるだろうかーー
『それに』
ふと呟いた少年の声に、男性は我にかえる。
振り向いた少年はーー目元は赤いものの、確かに微笑んでいた。
『ここなら……万が一にも焼けたりはしないだろ?』
男性は思う。この少年が全てを乗り越える事を。
男性は願う。この笑顔が失われることが無いようにーー
その丘の頂上にある、二つの十字架の内の片方の墓が掘り起こされていたことがわかったのは、少年が旅立った翌日の事だった。
ーーーーーーーー
「……やっぱり、この面子になったか」
転移陣の前。そこに集まっていたメンバーは……クローゼ、フェイト、リーシャ、そしてリクとヨシュア、ユリアだった。
「もう一度言うが……ここから先は冗談抜きでヤバい。少しでも命に未練があるんなら……」
「何回も言うんじゃねぇ」
ケイジが再び忠告しようとしたのをリクが遮る。その表情には少しばかり怒りが込められていた。
「この世に未練だぁ? 無いわけ無いだろうが」
「だったら……」
「でもな!」
再三ケイジの言葉を遮るリク。そしてリクはゆっくりとクローゼ達の方を指差す。
「そんな理由だけで仲間を見捨てる程腐ってねぇんだよ、俺達は!」
「………」
「ケイジ、今回は君が悪いよ」
「……ヨシュア」
今度はヨシュアが穏やかな表情でケイジに近づいてくる。
「君は自分の事になると途端に誰かを頼ろうとしなくなるからね。それがクローゼやリクの怒りをかっている事に気付きなよ」
「……彼の言う通りだ」
「ユリ姉……」
ユリアがクローゼの側から、目を閉じたままケイジに話しかける。
「確かに、私達はお前よりは武力に欠ける。姉としては何とも情けない話だがな……。
ただ、お前は今まで見てきたハズだ。絆の力が生み出してきた奇跡を」
「………」
「……私は」
そして次はリーシャ。おずおずと、だがしっかりとした目でケイジを見ながら言葉を紡ぐ。
「ケイジさんに闇の中から救ってもらいました。もし私が『銀』のままだったら今もきっと……」
「……」
「だから、そのご恩に今報いたいんです。ただのリーシャ・マオとして」
「リーシャ……」
「私達からは言わなくてもわかるよね?」
「……ああ」
穏やかに微笑むクローゼとリーシャは、何も言わない。言うべき事は、言いたい事はもう全て言ってあるから。
ケイジは、ゆっくりとメンバーを見渡す。その全員の目が静かに語っているのを感じながら。
ーー『生きて戻る』。その意思を感じながら。
「……そうだな。悪い。お前らはそういう奴らだったな」
「今気付いたのかよ?」
「再確認しただけだっての」
挑発するような言葉をしたり顔で言ってくるリクにニヤリとした笑みで返す。形はどうあれ、これがケイジとリクの絆なのだろう。
「……こっからは、本当の意味でキツい戦いになる。あの場所にいる人達の中に弱い人なんか一人も見当たらねぇからな。だから……皆、俺に命を預けてくれ。
ーー生きて帰るために」
『応!!』
「よかったんですか? 一緒に行かなくて」
ケイジ達が行った後、人数の関係でその場に残ったヨシュアとユリア。
「ああ……私も、そろそろ弟の世話焼きから解放されたいからね」
「元々手がかからなかったんじゃないですか?」
「はは、違いない」
ヨシュアのからかうような言葉を笑い飛ばすユリア。
「……何、心配は要らない。今のケイジの周りにはたくさんの仲間がいる。もう変に無茶はしないさ
それに……私達が姉弟というのは、変わらないからね」
ユリアは優しげに、けれどどこか寂しげにそう言った。
ーーーーーーーー
「ここは……」
見渡す限りの十字架。申し訳程度の魔獣避けの柵。そしてそんな場所に不釣り合いな程しっかりとした入り口の門。
背後には広大な森が広がり、陽の光は絶えず当たっているもののどこか寒々しい印象を受けるのはそこが死者達の眠る場所だからか。
そんな場所に……
「こんな場所がリベールにあったなんて……」
クローゼが驚きを隠せないといった様子で門を見る。恐らく、王太女の勉強でリベールの事を隅から隅まで調べていただけにその驚きも大きいのだろう。
「軍の訓練でもハーケン門をちょっと出た所までしか行かないからな……。サバイバル訓練で全部調べられてたクローネ峠下や霧降り峡谷じゃねぇだろうし……」
「私もこんな場所初めて見ました……。少なくとも共和国方面では無いですね」
「あんま場所を詮索すんな。一応は特S機密だぞ……」
あーだこーだとそこがどこなのかを詮索するリクとリーシャにケイジが釘を刺す。
……この場所は本当に、限られた者しか知らない秘境なのだ。先に挙げた軍のメンバーと、後は二人だけしか知らない。ケイジと同じ彼の部隊の生き残りと、死んだ者の妹しか。
「ーーそうね。あまり大勢にはこの場所は知られたくないわ」
『!』
門の前に、魔方陣が三つ。そしてそこからまず二つの人影が見える。
「正直、あまり知られて気持ちのいいものではないもの。あまり関わりの無い他人には特にね」
「む~……何か僕は場違いな気がするんだけど……」
そこから出てきたのはティアとシャル……騎士団組の二人だった。
「やっぱりお前か……ティア」
「ええ。何でシャルまで出てきたのかは知らないけど……」
「「まぁいいか」」
「何か酷くない!? ねぇ、酷いよ!?」
結局は成り行きに任せたケイジとティアであった。……シャルは微妙に涙目である。
「さて……魔方陣は三つ。ってことは……お前だろ? リタ」
「ーーよくわかったわね」
最後の魔方陣から人影が出て、その姿が露になる。
そこから出てきたのは、白衣ごと腰に布を巻き付けた、額にゴーグルを装着した背の小さめな女性だった。
「相変わらず小さいなぁ、お前……」
「これでもアンタと同い年よ……」
溜め息を吐きながらどこか不機嫌そうにケイジを見るリタと呼ばれた女性。
「レミフェリアの医学はどうだったんだ?」
「駄目ね。あれならリーヴ達が残した医術書を読んでた方が大分マシよ。……まぁ、基礎固めと本にあった術式の医学的裏付けは取れたわ」
「うむうむ。ただのお手伝いだったあのチビが立派になったもんだ」
「チビ言うな! ……ったく、私が技術が無かったんじゃなくてアンタが異常だっただけなんだからね? それに私も最後の方は執刀医に駆り出されてたわよ」
「人がいなかったもんな……」
他のメンバーを放って置いて、昔話に花を咲かせる二人。しかし、ティアの視線に気付いたリタはコホン、と咳払いして話を切る。
「さて……私達が出てきた意味、当然わかっているわよね?」
ティアが指を弾くと、ケイジの周りにだけ小さな霊的結界が出現する。
「今回、ケイジには戦闘に参加せずに大人しくしてもらうわ」
「クローゼ達の力で僕達を倒すんだよ?」
「……さぁ、アンタ達には恨みも面識も無いけど、ちょっと痛い目見てもらうわ」
ティアが、シャルが、リタがそれぞれ、戦闘体制に入る。
「シャル……」
「クローゼ、僕達はそのためにここにいるんだよ? だから……遠慮は要らない。僕達だって本気でいくから」
「ティアさん……」
「……リーシャ、今シャルが言った通りよ」
そして、クローゼ達も各々の武器を構える。
「フン、準備は出来たようね。なら……」
「星杯騎士団、守護騎士第二位が従騎士、メシュティアリカ・アークス」
「同じく、シャルロット・セルレアン」
「守護騎士第二位付き従騎士筆頭、リタ・モルディオ……従騎士の底力、とくとその身に刻みなさい!」