黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第六話 焔

グンジャを取り戻した。

その噂はイシュヴァールに広がり、次第に人員が集結し始めた。

正直、数週間前の劣勢が嘘のようだ。

それだけ、あの勝利の意味は大きかった。

 

私はいま夜のグンジャを歩いている。

イシュヴァラ教の武僧が中心となって夜の警備を行っているんだけど。

なぜか私もそのメンバーに入ってしまっている。そうだ、あのおっさんが余計なことを言ったのだ!

でも…これでいい、とも思う。私は自分でいうのも変だけど。

じっと待つのは苦手だ。

敵が…アメストリス軍が近くにいるのなら。

私も少しでもそばにいたい。

1人でも多くのアメストリス人の血を流したい。

…私は最近、普通にこう考えるようになっていた。

人を斬る、という行為が日常になっている。

イシュヴァールの為、という免罪符を掲げてアメストリス人を殺している。

理由があろうと無かろうと。

殺人は殺人。

罪は罪。

…そんな当たり前のことも忘れていた。

 

今夜は満月。

夜襲がある可能性も十分あるのだ。

何百年と経った古い城壁の穴から辺りを警戒する。

「………」

深い沈黙が周りを支配してる。気配を探っても…せいぜいネズミがうろうろしている程度だ。

不意に眠気が襲い、我慢しきれず欠伸をする。

やばい…ホントに眠い。

仕方ない…少し夜風に当たってこよう。

「少し出てくる。辺りを見回ってくるわ」

「気を付けてな」

ペアを組んでいた武僧に一言告げてから下へ降りる。

城壁を出てグンジャから少し離れた井戸へ向かった。

 

歩くこと数分。

目的の井戸に着く頃。

少し離れた壁越しに人の気配を感じた。

これは…アメストリス人!

2人いる。斥候かもしれない。私はアメストリス人に気付かれないよう壁に忍び寄った。

壁越しに数メートルの距離。よし、気付かれない!

カタナを握りしめ、一気に壁を…。

「…まさか…みが…」

飛び越えようとしたけど…止まる。

よく注意してみれば…1人は女の人。

「私は…マ…ング…」

「仕方…い…」

声は小さいけど、雰囲気でわかる。

どうも痴話喧嘩っぽい。

(…バカバカしい)

小さく溜め息を吐く。戦意を無くした私はさっさと離れようと思った。

しかし。ふと気付く。

(…こんな場所に一般人がいるわけ無い)

ならば軍の関係者。ほうかっておけば後々厄介だ。

「……わかりました」

その時、会話が途切れた。女の人らしき気配が足早に離れた。

やった。これはチャンス。

しばらく待って女の人が戻ってくる様子が無い事を確かめる。

そして再びカタナを握りしめ。

壁を飛び越えた。

 

軽い着地音。

そこにいたアメストリス人が驚いて振り向く。

「…驚いた。この私に気配を悟らせないとは」

黒髪に黒い瞳。そしてこの軍服。間違いない、アメストリス人だ!

「君のような麗しい女性に待ち伏せされるのも良いものだ」

場違いな台詞を吐くアメストリス人。大胆なのか余裕があるのか…。

何となく悪乗りしてみたくなった私は返答することにした。

「私もあなたみたいな魅力的な男性を探してたのよ」

叩き斬るのに最適な男性をね。

「それはありがたい」

少し笑みを浮かべるアメストリス人。う、結構良い面だわ…。

「しかし。立ち聞きされるのはあまり良い気分ではないな」

「あらそう。あなた達アメストリス人が良い気分になる必要無い」

「…君はイシュヴァールの」

一気に踏み込む!

「ふっ!」

横にカタナを薙ぐ!

殺った。と思った。

しかし。

「…!…速いな」

避けられた。

嘘。渾身の一撃だったのに。

でも、そんな事でショックを受けてる場合じゃない。

ならば連撃で仕留める!

後ろへ飛び退いたアメストリス人を追う。

アメストリス人は何か模様のついた手袋を着ける。

「…無駄な事を!」

気にもせずカタナを振り下ろす。

その時。

目の前に火花が散った。

 

何故か解らなかった。

けど。

死ぬ。

確実に死ぬ。

そんな恐怖が全身を駆け巡り。

私は火花から急いで離れた。

 

轟く爆音。

つい数秒前まで私がいた場所は。

とてつもない炎に包まれていた。

 

何?

何が起きたの?

場所も忘れて混乱する私。

あり得ない。

こんなの普通じゃない。

魔法でも使わない限り何もない空間に炎なんて…。

………。

魔法?

………。

………。

………。

確か…シンで…。

変な円を描いて…妙な術を使う…。

「ほう。避けたか」

アメストリス人が呟く。

「私の焔を避けたのは君がはじめてだ」

…。

そうだ!練丹術だ!

「あなたは…練丹術師?」

「練丹術?…ああ、シンの錬金術だな」

錬金…術。

「君は国家錬金術師を知っているかね」

国家錬金術師?

「…知らない」

何故か苦笑い。

「軍の狗だ」

笑っていたアメストリス人がふっと無表情になる。

「その狗がイシュヴァールに派遣されたのだ」

バチン、と指を鳴らす。

私の近くの壁が爆発した。

「…!!」

まともに爆風を受けた私は後ろへ吹っ飛んだ。

何よ、これ?

こんなの直撃したら…!

「今は見逃そう。しかし」

さっと歩き始めるアメストリス人。

「今度逢ったときは容赦無く…焼く」

振り返った瞳。

それは人殺しの瞳。

「早くイシュヴァールから離れろ」

そして去っていった。

 

私はしばらく茫然としていた。

寒いくらいの気温なのに。

…汗でびっしょりだった。

 

次の日。

グンジャはわずか半日で陥落した。

たった1人の男によって。

無情な焔を操るあの男。

国家錬金術師によって。


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