黒い瞳の同胞 〜イシュヴァール殲滅戦〜   作:リリア・フランツ

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第十一話 循環

「…あんた誰よ」

冷たい目をした男はふっと笑みを浮かべた。

「ああ、すいません。先に名乗るべきでしたね」

変な感じ。笑みさえ冷たく見える…。

「ゾルフ・J・キンブリーです」

「…国家錬金術師?」

「ええ。あなた方を殲滅するために派遣された国家錬金術師です」

そしてキンブリーとか名乗った男は。

「…本当にイシュヴァール人は面白い」

赤い光を発生させ。

「あなたのような傑作を生み出すのだから」

私の周りを吹っ飛ばした。

 

「…がは!」

どれくらい吹き飛んだのか。

私はアメストリス軍陣地の端まで飛ばされた。

…殺気に気付いて避けてもこれなの!?

「…いたた」

かすり傷ですんだのは本当にラッキーだった。

「…私、何をしてんだろ…」

皮肉なものだ。キンブリーとかいう国家錬金術師のおかげで正気を取り戻すなんて。

「…脱出しよう」

とりあえずここにいるのは得策じゃない。

近くに落ちていたカタナを拾って駆け出した。

 

警報が盛んに鳴り響く。

私がいた兵士の食堂から激しい炎が吹き上がっていた。

…よく考えたらキンブリーっていう奴。味方も吹き飛ばしてなかった?

「いたぞ!」

サーチライトが私を照らす。

ヤバい!私は闇に飛び込んだ。

 

私を探索する兵士も増える一方。

…どうしよう。

今更ながら自分のしでかした事を悔やむ。

「…ロックベル先生…」

初めて尊敬しえたアメストリス人。

…先生。私、絶対生きるからね。

生きて生きて生き抜いて。

先生殺した奴私が斬り裂いてやる!

「北側を探せ!あっちはまだ手薄だ!」

私の近くで聞き覚えのある声。

兵士の気配が遠のく。そして。

「…よお」

私が隠れていた物陰をマース・ヒューズが覗きこんでいた。

 

「…なんのつもりよ」

私に肩を貸すマース・ヒューズに聞いた。

「…お前には命の借りがあったからな」

少し笑って。少し陰らせ。

「それと…ローグ・ロウの件は…すまなかった」

私の顔を真っ直ぐ見つめた。

妙なものだ。本当は敵の裏切りに怒りをあらわにすべきなのに。

何故か怒りが沸いてこない。

…ロックベル先生のせいだからね。

「…気にしないで。どうせあなたより上の人間の判断でしょう」

「…ああ」

「…誰?」

目を細めるマース・ヒューズ。

「誤解してもらっちゃ困る。俺はお前とはまだ敵同士だ。何でも馴れ合えると思うなよ」

「…けっこう辛辣ね」

「俺の仲間を殺したことには代わりない」

ちくりと心に刺さる。

「…ごめんなさい。私もどうかしてた」

チラッと私を睨んで、また視線をはずす。

…この会話はこれで打ち止めとなった。

 

「…この倉庫の先に川がある。そこからなら逃げられるだろ」

奥を指差しながら私を誘導する。

「見回りがくるぞ。早くしろヒューズ」

もう1人誰かいる。あれは…?

「ロイ、時間を稼げ」

ロイ?

「気にするな。早く行け」

私の背中を押して手を振る。

「……この恩、必ず」

私は全てを言えないまま、闇に紛れた。

 

痛む身体に鞭打って走る。

マース・ヒューズの言うとおり、先には川があった。

迷う暇はない。

一気に身体を空中に投げ出す。

冷たい水に全身を濡らしながら必死に泳ぐ。

 

こうして私はアメストリス軍の追撃を振り切った。

 

私は運良くイシュヴァール人の家族に助けられ。

体力と気力を回復させて。

また、戦場へ向かう。

 

「お姉ちゃん、行っちゃうの?」

この数日間にすっかり仲良くなった女の子に泣かれる。

「ごめんね。また…戦うわ」

「私たちと来なさいよ」

「そうだよ。俺たちはお前さんのおかげで脱出できたんだ。恩返しをさせてくれ」

口々に私に逃げることをすすめてくれる。

…やば。泣きそう。

「ありがとう。けど…まだ生き残りはいるはずだから」

後ろ髪を引かれながらも私は歩き出した。

「気を付けてね。赤い眼の同胞よ」

気配で女の子が手を振ってくれてるのがわかった。

けど振り返らない。

…戦えなくなりそうだったから。

 

不思議なものだ。

私が命を助けた人達。その人達によって私も助けられている。

いつだったろうか。

シンのフー爺様が練丹術について語ってくれたことがあった。

「この世の全てのものが循環している。空も大地も海も…そして人間も。全が一、一が全。

それが練丹術の基本なんじゃそうじゃよ」

…今、その言葉の意味がわかった気がする。

 

戦場に近づきながら、最近知り合ったアメストリス人のことを考える。

アメストリス人でありながらも最後までイシュヴァール人を助け続けたロックベル先生。

私に命の恩があるから、と自らの危険を省みずに私を逃がしてくれたマース・ヒューズ。それに協力してくれたロイとかいうアメストリス人。

…全てのアメストリス人が悪いわけじゃない。

中には信用するに足る人達もいる。

…だったら。解り合えないのだろうか。

 

そんな理想が頭を埋め尽くす。

 

その時。

足元にあった小石に足を取られる。

少しよろめいて頭が傾く。

元々頭があった空間を一発の弾丸が通り過ぎた。


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