衛星軌道上。オービタルリング周辺に展開されたアロウズ艦隊、低軌道ステーションをジャックされた報せを受けた彼等は現場から離れた宙域で待機、まるで何かを待ちわびるように動こうとしなかった。
「全く、連邦軍のお馬鹿さん達にも困ったものです。大人しく我々アロウズの言いなりになっていればいいものを……」
艦隊を束ねる為に今回の任務を任されたのはアーバ=リント中佐。先のアーサー=グッドマンが戦死された事を受け、進んで今回の任務の参加を受け持った。
全ては世界の恒久平和の為、表向きはそう言っているが……。
(ンフフフ、准将が亡くなったお陰で晴れて私も昇格となりました。これで私の出世の道も安泰、それもこれも皆あの魔神のお陰。全く、魔神様々ですよ)
己の欲求と快楽を満たす為、敢えて今回の作戦に参加するリント中佐。その瞳にどす黒い欲望の光を宿らせ、モニターに映る低軌道ステーションを眺めて……。
(准将も愚かな事をしたものです。当時の任務はメメントモリを奴に当てる事、戦おうとせずにいち早く戦域を離脱する事がもっとも利口だというのに……)
亡き准将の最期を無様と内心で罵るリント中佐、彼等の間には部下と上司という間柄であっても仲間という認識は持たなかった。
全ては恒久平和実現の為という建前を使っての蹂躙、それを行う事こそが彼にとって重要な事。
「中佐、別働隊から報告がありました。オートマトンをキルモードでの投入が完了との事です」
「了解しました。……メメントモリの修復は?」
「出力は最大40%と大幅に低下しておりますが、発射可能です」
「よろしい。ならばチャージを完了させ次第発射させます。彼等は既に反政府勢力、躊躇は無用ですよ。ンフフフ……」
嫌らしい笑みを浮かべて舌なめずりをするリント中佐。その視線の先にはテロリストの他に大勢の民間人を乗せた低軌道ステーションがあった。
◇
───低軌道ステーションに機械の駆動音が響き渡る。まるで何かを探し回る様に通路を這うモノ達の名は“オートマトン”
災害救助や人間が適応出来ない環境で人類の代わりに活躍すると期待されていた彼等は今、その人間を殺す為に低軌道ステーションの内部を移動していた。
オートマトンは“キルモード”に設定され、それはカタロンを始めとした反政府勢力、地下や廃コロニーの中へMSの代わりに潜入し、容赦なく人を撃ち殺す悪魔のシステムとなっていた。
テロリストを民間人諸とも殺すために動く現在のオートマトンは差し詰め死神。黒の体を滑らせ、幾重にも分かれて近付く死の列。
一人も逃がしはしない。そう定められた命令の下で二体のオートマトンが次の角を曲がった時。
────っ!?
電流が走る。何が起きたかと状況を分析する前にオートマトンは機能を停止し、その活動を完全に無力化してしまう。
そしてオートマトンが動き出すのを見計らって頭上から一人の蒼い影が舞い落ちる。目にも留まらない早業でオートマトンの装甲の一つを剥がし、その中から見える接続部らしき箇所にメモリースティックらしきモノを打ち込み、もう片方のオートマトンにも同じ様にメモリースティックを打ち込む。
やがて機能を回復させて動き出すオートマトンだが、その反応はこれまでとまるで違って見えた。すぐ近くに標的と定められた人間がいるのに、攻撃はおろか寧ろ懐いた犬の様にその人物の周りを回っているではないか。
「さて、この二機のキルモードは解除されました。安全ですので出て来ても構いませんよ」
蒼い影──否、蒼のカリスマのその一言に今まで物影に隠れていた元軍人だったテロリスト達が顔を出す。その中には今回の首謀者であるパング=ハーキュリーの姿もあり、蒼のカリスマのデタラメな行動力に彼を含めた全員が言葉を失って呆然としていた。
「貴様、一体……何をした?」
「ん? 見て分かりませんか? ハッキングによる行動の上書きをしたんですよ。そんな事よりも、これでやり方は分かったでしょう? 皆さんも随時行動に移って下さい。このオートマトンはあなた方の指示に従って行動するように仕込みました。以後はこの二機を使いながら上手く立ち回り、他のオートマトンも可能な限り無力化して下さい」
蒼のカリスマはその言葉だけ残すと、単身でステーションの奥へと姿を消す。残されたハーキュリー達も事前に伝わったオートマトンを無力化する作業に移るべく、行動を開始した。
◇
さて、色々準備時間に手間取ったけど、これで漸くステーションに侵入してきたオートマトンの対応に集中出来る。
あの後、ハーキュリーさんとスミルノフさんに協力を求めた自分は二人にある提案を出した。内容はそんな複雑なものではなく至って単純。
人質の人と共に脱出する事。最初は自分の言葉に難色を示していたが、アロウズの前に人質の意味はないと懇切丁寧に教えてあげると、ハーキュリーさんは肩を落として落ち込むが、すぐに状況と現状を受け入れ、自分の案を飲んでくれた。
スミルノフさんも自分に幾つか聞きたい事があったようだが、事態が事態なのでそこは自重し、人質を逃がす為の作業に取り掛かってくれた。荒熊という割には大人しく協力してくれるなと思ったのは内緒だ。
さて、そんな事よりも今回の人質の脱出作戦の主な概要を説明したいと思う。普通なら人質を軌道エレベーターに乗せて即座に地上に降ろすべきだと思われるが、残念だがそれは出来ない。
理由としては先程無力化したオートマトンが脱出できない原因の一つとして挙げられる。アロウズの連中はオートマトンをキルモードにしてステーションに投入してきた為、下手に動くことは出来ない。
しかも数が30を超える為、一つ一つ相手にしていてはステーションは戦場になり、市民が巻き込まれる危険性が高くなる。
そんな事態を避ける為に自分が提案したものはただ一つ、“倒すのは面倒だからいっそ仲間に引き入れる作戦”である。
内容は作戦名そのまま、特殊な電磁波で一時的に機能を停止したオートマトンに予め用意していたウイルスを流し込み、命令内容を消すという単純な作業だ。
で、その特殊な電磁波とやらを作るのに必要だったのが、市民なら誰もが持っている携帯電話だ。病院でよく言われたりするでしょ? 携帯の使用はお控え下さいって。
病院には病気や怪我を治す器具や機械が多く置かれている施設だ。そこでは僅かな電波もそれらの道具を使った際に悪影響になり得る事があるから、病院関係者の人たちは事前に携帯の使用を制限する旨を伝えたりする。
要するに、携帯の電波を利用してオートマトンに指示を送っているアロウズとの通信を阻害して、次にオートマトンそのものの活動を停止させ、その間にウイルスを注入。労せず強力な兵器を入手したと言うわけ。
勿論携帯電話にそんな物騒な機能は搭載されていない。その辺りは自分の手が加わっているが、オートマトン一つを止める際には通信阻害用と活動停止用、合わせて二つの携帯が必要とされている。
が、その辺りは人質の皆さんから協力を戴いたので何とかクリアー、予め外との連絡を絶つためにテロリストの皆さんが携帯電話を没収していたのだ。
……携帯電話かぁ、この世界に来てから一度も使ってないな俺。そんな金ないから当然だけど。
閑話休題。
そしてオートマトンを止める際に使われるウイルスは、以前使用した列車のプログラムを応用して何とか短時間で作り上げることができた。
運が良いのか悪いのか、以前列車に乗り合わせていた会社員の人も低軌道ステーションに来ていたのだ。こんな所で巡り会えるとは思えず、思わず苦笑いしたのは内緒だ。
そうやって自作で作り上げた阻害用の携帯、停止用の携帯、そしてウイルス注入用のメモリースティックは限られた時間の中どうにか投入されたオートマトンの半分に迫る量を作ることが出来た。
流石に五分やそこらでは投入されたオートマトンの分全てに対して作るのは無理だったが、これで残りのオートマトンの対応にも負担は激減される事だろう。
対オートマトンの隊と市民の安全確保の隊に分かれた片方の問題はこれで解決された事になる。
さて、後は市民達に対しての方なのだが、此方は下手な案は出さず、敢えて正攻法で対応する事にした。
幾ら安全が考慮されているとはいえここは宇宙に造られたステーションだ。当然緊急用の宇宙服は用意されている筈。
スミルノフさんを隊長に残りのテロリストの人達には、そんな市民達に宇宙服を渡す単純な作業になっている。
単純と口では軽く言えるが、市民の数は万に迫り、数十人しかいないテロリスト達では対応に時間が掛かるのはどうしようもない事だ。
テロリストの言うことに市民は満足に動くことは出来ない。そこで政府からの使者としてステーションに訪れたスミルノフさんを中心に市民を説得、協力的になってもらう事で宇宙服に全員が着替え終える時間を短縮させる事にした。
政府からの使者ともなれば市民からの信頼は厚い。ハーキュリーさんでは首謀者として論外だし、自分に至っては……不気味がられるのがオチだ。
ともあれこれで準備は終えた。後は皆がそれぞれ上手くやってくれるのを祈るだけ……。
「と、早速連絡がきたか」
渡された通信装置から連絡の合図が鳴る。状況はどうなったかなと内心少し不安に思いながら通信装置を入れると───。
『こちらスミルノフ。市民達への宇宙服の着用を終わらせた』
『ハーキュリーだ。此方もオートマトンの機能を停止させた』
両方からそれぞれの役割を終了したという報告を耳にした俺は思わず頬が弛んだ。流石昔からの戦友同士は息が合う。
ハーキュリーさん達が向かった先でもドンパチの音は聞こえなくなったし、どうやら本当にオートマトンを片付け終えたようだ。
ならば次の指示を伝える為に一度スミルノフさんに合流しよう。そうハーキュリーさんに伝えるとすんなりと言うことに従って了解の返事を戴いた。
俺ってもしかして指揮官の才能もあったりして……はい、すみません。調子に乗りました。
さて、次の指示を伝えるべく俺も急いでスミルノフさんの所に合流しよう。もし、自分の推測が正しければマジで時間がなさそうだからな……。
◇
「リント中佐、メメントモリのチャージが間もなく完了します」
「よろしい。カウントダウンを開始なさい」
「了解。カウントダウン開始」
モニターに映し出されるメメントモリ発射のカウントダウンの数字に、リントの顔が愉悦に歪む。戦いとは殲滅と蹂躙にこそ楽しみがあるとされる彼には、これから起こる悲劇が溜まらなく嬉しく思えるのだ。
人が泣き喚きながら死んでいく様、それを間近で見物することが出来ないのが唯一の不満だが、今はそんな事が気にならない程に気分が高揚していた。
これから起きる未曾有の悲劇を自分の手で引き起こせる。万に迫る人間達を合法的に処分できる悦楽にリントは涎が出るのを必死に我慢していた。
(蒼のカリスマも甘いですねぇ。メメントモリの破壊を確認しないだなんて……お陰で私の人生最高の瞬間が巡ってきたじゃあありませんかぁ)
先のリモネシア強襲の際、魔神の凄まじい反撃によって大打撃を受けたアロウズ。衛星兵器も破壊され、今後は反政府勢力や鬱陶しいZEXISに後手に回るのかと思われた矢先に起きた低軌道ステーションの占領事件。
これでテロリストを葬れば再び世界の主導権はアロウズが握る事になる。そしてそのスパイスとしてとある悲劇を引き出せば、世論もアロウズに味方する事だろう。
真実など何も知らない市民に伝える必要はない。必要なのはアロウズという地球唯一の勢力が絶対的組織として君臨すればいいのだ。
カウントダウンがゼロになる。その瞬間リントは己の欲望が最大限に膨らみ、それを爆発させるようにメメントモリを発射させた。
オレンジ色の極光が低軌道ステーションのタワーを抉る。タワーの外壁がパージされ、地上へ落下する映像を目にした時、リントはこみ上げる悦を抑える事が出来ず……。
「ンフ、ンフフフ……アーハッハッハッハ!」
笑った。これでもかと盛大に笑い出した。自分の手で引き起こした光景が、タワーの中で惨めに死んでいく人間が、それを想像するだけで彼は笑いを止める事が出来なかった。
何て凄い光景なのだろう。そう思いながらモニターを眺め、再び笑い始めた時……。
『随分楽しそうに笑っているじゃないか? えぇ? リント少佐? いや、今は昇格して中佐だったかな?』
笑いが……止まった。聞いたことの無い声、けれどその声の主が誰なのか何となく察しが付いたリントは恐る恐る隣の方へ視線を向ける。
いる筈がない。こんな所に奴がいる筈がない。そう思い込みながら彼が振り向いた先にいたのは───。
『データ上でしか見たことがなかったが、実際見ると面白い髪型をしているな。アンタ』
アロウズの全戦力を単騎で半分近くにまで壊滅させた化け物、“魔神”グランゾンがそこに立っていた。
────喉が乾く、息が乱れる。先程の笑っていた顔の筋肉が嘘のように凍り付く。見下ろされる魔神を前にリントは自身の震える体を抑えるので精一杯だった。
「な、何故貴様がここにいる! リモネシアでの件以降ずっと姿を眩ましていた貴様が何故今になって!」
『……魔人が人の常識の範疇に収まると思うのか?』
「………っ!?」
言葉が出ない。数多くの戦場に立たされて敵対してきた多くの人間から恨み辛みの言葉を聞かされて来たが、これほど圧力のある存在を前にしたのは初めてだ。
汗が止まらない。目の前の魔神を相手にどう生き残るか考え、リントが掠れる様な声で絞り出したセリフは……グッドマンと同じ醜い命乞いだった。
「た、頼む。いや頼みます! 私を見逃して下さい! アナタの望みは何だって叶えます! そ、そうだ今後アロウズの活動内容も全部アナタにお話しします! い、いいや、私がアナタの仲間になります! これでも私は指揮官として名を馳せた者、アナタの足でまといには───」
『──もう、いい』
「………へ?」
『俺からお前に言える言葉はもう、ない。哀れすぎて……言葉が、見つからない』
艦隊を包み込むように空間が歪む。そこから覗かせる無数の光を前にリントはその目を恐怖に歪ませ。
『……ワームスマッシャー』
次の瞬間、リントを始めとしたアロウズ艦隊はまとめて光の槍に貫かれ、メメントモリごと爆散。
今度こそ、地球を脅かす衛星兵器は形も残らず全て消滅。グランゾンは興味もなさそうにその場を離脱、低軌道ステーションへと引き返していった。
◇
戦略兵器と思われる厄介な代物を今度こそ破壊した自分は、改めて低軌道ステーションの民間人を今後どうするのかと考える。
既にタワーは先の兵器の為に半壊し、パージされた多くのピラーが地上に降り注がれている。早くピラーの破壊を実行したい所だが、ここを疎かに出来ないのもまた事実だ。
人質の皆を軌道エレベーターに乗せず、宇宙服を着させたまま待機させるまでは正解だったが、このままでは人質の人達がこの宙域で漂流する事になる。
それに、今はハーキュリーさん達がそれぞれ機体に乗って周囲を警戒しているが、次にまたアロウズの艦隊が押し寄せてきたら此方は非常に拙い事になる。
向こうは事実を知る市民が邪魔だと思っているから容赦なく攻撃してくるけど、此方はそうもいかない。自分がグランゾンで蹴散らそうにもグランゾンでは力が大きすぎて、最悪攻撃の余波で被害を受けてしまう。
……やはり、ここはスミルノフさんに頼んでフロンティア船団に頼る他ないのか。個人的にフロンティア船団には近付きたくないのだが、そうも言ってられない。
よしやるか! いっそ開き直って虎の巣の中に突っ込む勢いで決断した俺がスミルノフさんに通信を入れようとした時、一体の機影を確認した。
もう増援が来たのか!? 焦る俺の前に現れたのは白い機体のガンダム、νガンダムとアムロ大尉だった。秘匿回線で通信を入れてくるアムロさんに応える為に回線を開くと、モニターの向こうにパイロットスーツに身を包んだアムロさんが映し出された。
『蒼のカリスマ……いや、シュウジ=シラカワで間違いないな』
『……敢えて私の正体については聞きません。今は時間がないから手短にお願いします。何用ですか?』
『ここは俺が何とかする。お前は早く下に向かいピラーを破壊してくれ……頼む』
アムロ大尉直々のお願いに思わず面食らうが、先も言った様に今は時間がない。この場はアムロさんに任せる事にして、俺はピラーの降り注ぐ地上へとグランゾンを走らせた。
『……やはり、俺は奴が邪悪だとは思えん。カミーユ、お前の憂いはもしかしたら早い内に決着が付くかもしれないぞ』
地上へ真っ直ぐ降下していく魔神を見て、アムロはどこか嬉しそうに笑っていた。
アフリカタワー編は次回で終わりになると思います。
そして、感想欄で主人公を人外扱いする皆さん!
……実はその通りになりつつある為あまり強く言い返せません((;´д⊂)