すみません。
「俺の居場所………か」
目の前のシュナイゼルから投げ掛けられた問いにシュウジの表情から笑みが溢れた。
これからの事、地球を、宇宙を、滅びの定めを乗り越える為の戦いに、人類を始めとした多くの知的生命体がその戦線に参列する事だろう。戦いの規模はこれ迄と比べても余りにも強大、それでいて不透明で不確かな相手、唯一分かっているのはサクリファイが自分達の前に立ちはだかるという事。
奴、そして曾て地球に侵略してきた怪物達、宇宙魔王やミケーネ帝国の首魁であるハーデスも今頃は最後の戦いに備えて力を蓄えている事だろう。
曾てない規模の戦い。全宇宙の命運を掛けた戦いがもうすぐそこまで迫ってきている。だが、目の前の親友が危惧している事はそんな事じゃない。
シュナイゼルは恐らく気付いている。これから待ち受ける戦い、一万二千年の繰り返しの果てに待つ絶対的破滅の運命………それらを越えた先の世界で待つシュウジ=シラカワという男の末路に。
優しい男だとシュウジは思った。腹黒く、人を貶めるのが好きな奴だけど、それでも誰かを思い遣る優しさを見せるシュナイゼルに、こんな友人を持てて良かったとシュウジは心の底から嬉しく思った。
───だから、言うことにした。これ迄の自分と全てを終えた後に待つ自分の先の事を。マリーメイアにも、包み隠さず
最初は信じられないといった様子のマリーメイアの様子がドンドン暗いものになっていき、最後まで言い切る頃には俯き、その表情を見る事は出来なかった。
「と、まぁ色々語ったが結局はそんな所だ。まぁ、全ては終わった後に解ることだからまだ決まった訳ではないけどな」
終わり行く宇宙、その運命を変えるには時空修復が必要。桂木桂とオルソン、始まりの特異点である二人と全てのスフィアが揃って成り立つ超大規模な時空修復。それが先の戦いで見つけたおキツネ博士こと次元超時空科学物理の権威であるトライア=スコート女史の結論である。
それは
全ての時空をあるべき形へと戻す。そうなればこれ迄一緒に生活してきた人々とも必然的に別れる事になる。兜甲児、アムロ=レイ、流竜馬、碇シンジ、多くの人々が元いた世界へ戻る事になるだろう。
「俺、選んじまったからさ。此処へ戻ってきた時点で
シュウジは選んだ。自分の往く道を、大好きな女の子の夢を守りたいが為に、少しばかり長い遠回りをする事を………。
「まぁ、でもこの選択に後悔はないよ。シュウ博士………俺の保護者も一応俺を第一に考えてくれてるし、うん」
やはりというか、場の空気がすっかり重くなってしまっている。シュナイゼルは目を伏せているし、マリーメイアに至っては俯いている所為で表情が見えない。きっと怒っているのだろう、これから始まる問詰にシュウジが身構えようとして………。
「───叔父様、その気持ちは今も変わりありませんか?」
「え? あ、うん」
「分かりました。では、シュナイゼル様」
「あぁ、分かっているとも」
聞こえてきたのは一つの問い、その気持ちに嘘はないかと語るマリーメイアにシュウジは反射的に肯定した。すると、突然シュナイゼルは懐から携帯端末を取り出し、何処かへと連絡をしだした。
「私だ。あぁ、例の案件を………うん。それで構わないよ。それじゃあ、後は宜しく」
「お、おい」
簡単なやり取りをして通信を切り、満足そうな表情をするシュナイゼル。一体何をしたのか、問い詰めようとする前に………。
「蒼のカリスマ、シュウジ=シラカワ。君の指名手配を本日を以て解消とする」
「────へ?」
歴代最高額にして歴史上最悪のテロリスト、蒼のカリスマの消滅という事実にシュウジは目を点にして驚きを顕にした。
「意外かい? けれど、これ迄君が地球にもたらした実績を考えれば妥当な落とし処だと思うけど?」
「で、でも………何で今さら?」
そう、今更だ。今更そんな指名手配にシュウジ=シラカワが臆する事はない。喩え二つの地球全ての勢力が相手になろうと負ける事はないと自負している。如何なる敵が相手だろうと片手間で滅するだけの力が今のシュウジにはあった。
「これで、リモネシアの皆に会いに行けるだろ?」
「─────」
けれど、そんなシュウジの心の片隅にあった刺を───未練という刺を、シュナイゼルは簡単に引き抜いてしまった。
「サイデリアルとの戦い以降、君はリモネシアには決して立ち寄らなかった。自分を通じて彼等を巻き込むのを恐れた。だから君は誰にも頼らなかった。一人で、孤独に、戦う道を選んだ」
「………別に、一人で戦っているつもりはなかったよ。実際、戦っていたのはZ-BLUEの皆だったし」
「でも、以前まではその皆の中に君は入っていなかっただろ?」
諭すようにそう口にするシュナイゼルに、シュウジは今度こそ何も言えなくなった。一人で戦っているつもりはないと口にしても、実際にそうであった事はこれ迄あまりなかったから。
一人に出来ることは限られている。それはグランゾンという力を以てしても例外ではなく、これ迄の多元世界での戦いでそう思い知らされた時は幾度となくあった。その最たる例がアドヴェントによる強襲だ。
自分と関わりがあった所為で本来であれば無関係な人が傷付いた。その事実が今もシュウジの背中に重荷となっている。それをシュナイゼルはどうしても許せなかった。
「これが、私に……私達にできる最大限の報酬だ。そして遅くなったが───シュウジ、私達の地球を守ってくれてありがとう」
「────あ」
ありがとう。何て事はないただの感謝の一言、けれどそんなたった一言でシュウジの体はこれ迄にない解放感が溢れてきた。それは楔からの解放で、無自覚な重荷からの釈放で………本当の意味で自由を手にいれた瞬間だった。
「………どうやら、喜んでくれたようだね」
「頑張った甲斐がありましたわ」
「まさか、これ、マリーメイアちゃんが?」
まさかと思いマリーメイアへ視線を向ければ、年相応の無邪気な笑みを浮かべた少女が悪戯が成功した子供のようにピースサインをしていた。
「此処まで来るのに結構大変だったんですのよ。戦時中なのに有志の方々の協力を募る為に世界各国を回ったりするのは。途中で捕まったりしましたし」
「せ、世界を回って見識を広める為って………」
「勿論、それもありますわ。ですが、恩人に恩を返すのも私の旅の目的の一つだったんですのよ」
「ま、前に一度会ったときはそんなこと一言も……ブロッケンだって!」
「はい。驚いて戴こうと思って隠してました!」
そう言ってウィンクするマリーメイアに何故だかトレーズの面影を見た気がした。自分の為に世界を回り、署名を集めて蒼のカリスマの無罪を訴えるマリーメイア、年幾ばくもない少女がそんな活動していたなんてついぞシュウジは気付けなかった。否、気付く暇がなかった。
「勿論、これは私だけの成果ではありません。ナナリー様やリリーナ様、マリナ様、パトリック様、他にも多くの著名人達があなた様の無実を訴えてくれたんです」
────いつの間にか、自分はまた多くの人達に助けられたのだと思い知る。破界事変から続く蒼のカリスマの恐怖、誤解とすれ違いから始まった敵対関係。根強く植え付けられた先入観をこれ迄多くの人達との出会いがそれを払拭してくれた。
嬉しい………よりも、戸惑いの方が大きい。いきなり蒼のカリスマは世界の敵ではないと言われても一体どれだけの人が納得してくれるだろう。確かに次元獣やインベーダーに襲われている街や国に武力的介入はしたことあるし、それを助けられたと受け止める人もいるだろう。けれど、これ迄何度も地球の人々と敵対してきたのもまた事実で………。
「シュウジ、もういいんじゃないかな?」
「シュナイゼル……?」
「君は、君が思っている以上に君に救われている人間がいる。確かに過去は覆らないし、無かった事にはできないさ。けれど、それと同じくらい誰かが君の事を感謝している。その事を認めてもいいんじゃないかな?」
シュナイゼルのその笑みにシュウジは漸くそうであっても良いと、思えた気がした。
「シュナイゼル」
「うん?」
「俺さ、お前が苦手だったよ。腹黒でなに考えているのか分からなくてさ、その癖裏で色々暗躍してて、時々とんでもないこと企てて、人を振り回して………正直、面倒くさい奴だって思った時もあった」
「い、言ってくれるね」
「でも、さ。だからこそ言えるよ。お前がいてくれて、お前と友達で────良かった」
「ありがとうシュナイゼル。俺、お前が親友で良かった」
「それは、此方の台詞だよ」
「マリーメイアちゃんも、ありがとう」
「それは、此方の台詞ですわ」
笑い合う三人、これが最後のやり取りであると分かっていても今はそれを忘れて笑いあった。
そんな彼等をトレーズ=クシュリナーダが静かに見守っていることを誰も知ることはなかった。
◇
「じゃあ、俺、行くよ」
「あぁ、シオニー───いや、彼女に宜しく伝えてくれ」
「叔父様、どうか。お元気で」
暗かった夜は明け、朝陽が水平線の向こうから顔を出してくる。波打ち際にやって来たシュウジ達は此処を最後の別れの場とした。
ワームホールからグランゾンを呼び出し、出発の準備をする。もうこれで彼等との再会はないのだと極力考えないようにしながら、シュウジはグランゾンの足下に歩いていく。
これで、本当におしまい。もう二度と会えないという確かな予感を抱きながらもそれでも前に進むシュウジを。
「シュウジ」
「ん?」
「いつか、また会い。そしてチェスをしよう」
「シュナイゼル様?」
それでもシュナイゼルは一つの約束を取り付けた。無理矢理に、半ば強制的に。お前は孤独なんかじゃないと、言い聞かせる為に。
そんなシュナイゼルに感化され、マリーメイアもまた口にする。
「わ、私は! 最初からシュウジ様を、蒼のカリスマを人類の敵だなんて思ってません! だって、貴方は何時だって自分に正直でした! 自分の為に行動して、自分の為に戦って、それはいつも誰かの気持ちに応えてくれていました!」
インベーダーや次元獣に襲われた時もアロウズに人々が影で脅かされていた時も、何時だって彼は助けてくれた。
自分もそうだ。操られ、言われるがままだった自分を彼は見返りもなく助けてくれた。サイデリアルに捕まった時もそうだ。親友の娘だからという側面もあっただろう。でも、立ち上がり立ち向かう貴方の背中は、私にとってのヒーローだった。
「シュウジ様! お父様に会わせてくれてありがとうございます! 私、マリーメイアはシュウジ=シラカワ様を───お慕いしています!」
勢いのまま口にしたその告白にシュナイゼルは目を見開き、茂みに隠れ控えていたレディ=アンは撤回させようと慌てて出てくるが、それを同じく控えていたカノンがレディ=アンの腰に纏わりついて妨害していく。
思わず言ってしまった告白、恐る恐る目を開けたマリーメイアが目にしたのは。
「あぁ、またな!」
再会の約束。満面の笑みを浮かべてそう口にするシュウジにマリーメイアは見惚れていた。
嬉しそうだった。もう会えないと思っていた所に約束という言葉で彼との繋がりをもう一度出来た事にマリーメイアもシュナイゼルも満足した。
彼は一人じゃない。そう思えるだけの説得力があの笑顔にはあった。グランゾンに乗り込み空高く舞い上がっていくその光景を二人は決して忘れはしないだろう。
瞬く間に去っていくグランゾン。残されたのは登り往く朝日と水平線、そしてそれを眺めるシュナイゼルとマリーメイアだけ。
(シュウジ、これから訪れる君の苦難の道のりは私程度ではとても推し量れないものだ。でも、どうか今だけは忘れないでほしい。今の君にはリモネシアという帰れる場所があるという事を)
これ迄戦ってきた戦士に対して余りにも安い報酬。彼が望むのなら全てを召し上がる覚悟を持っていた。命も誇りも、そしてこの星すらも、シュナイゼルは捧げるつもりでいた。他ならぬシュウジの為にシュナイゼルは何時だって彼の味方であるつもりでいた。
でも、それはきっとシュウジ自身が望まない。彼は何よりも平和を尊ぶ人だから、本来ならば何処にいてもおかしくはない平凡な人間だった筈だから。
(いや違うな。平凡で、ありきたりな君だからこそ、私達は友達になれたんだ)
最初はただの好奇心だった。中華連邦で出会い、挙動が面白かったから接してみただけの、ただの興味本意のつもりだった。
それがゼロとのチェスを切っ掛けに好奇心は刺激され、彼がグランゾンのパイロットで蒼のカリスマだと知った時は如何にして彼を倒そうかとそればかり考えていた。
出会い、敵対し、打ちのめされ、満たされて、自分に無かったもの全てを与えてくれた彼は、その実誰よりも在り方が凡庸だと知った時は柄にもなく大声で笑ってしまった。
本当はチェスだけじゃなくもっと色んな遊びをしたかった。ボーリングやテレビゲーム、ボードゲーム、自分には知らないモノで一緒に笑い楽しみたかった。
「でも、それは次へのお楽しみにしておこう」
そう。自分達はこれで終わりじゃない。何せかの魔人から再会の約束を交わされたのだ。違えるには余りにも興味が深すぎる。
「さぁ行こう。我々が望む未来のために」
いつか果たされる約束の為にシュナイゼルもまた歩き出す。彼らが望むのは何時だって最上を超えた極上の未来なのだから。
◇
朝日がリモネシアの浜辺を照らしていく。その様子を眺めながらシオは一人、波打ち際を歩いていく。
あの戦いから少しだけ時間が流れた。地球皇国ことサイデリアルに囚われた自分達は無事に故郷であるリモネシアに戻る事が出来た。
相変わらず復興作業は滞っており、ライフラインも最低限なモノしか稼働してない祖国だが、それでも今のリモネシアには嘗てない穏やかな時間が流れていた。
こんなに気持ちが満たされているのはいつ以来だろうか。相変わらず資源も少なく観光しか自慢する所のない寂れた国で空腹や不便さに苛まされていても、それでも、この心の内で満たされる気持ちが失われる事は無かった。
それもきっと、彼に起因しているからだろう。思えば自分はこれ迄ずっと空回りをしていた気がする。自国の為に頑張ろうとしても、結局は騙されて裏切られ、自分一人ではとても今日まで生き残る事は出来なかった。
国を裏切り、世界を敵に回してもそれでも自分を助けようとした者がいた。彼が、自分を助けてくれた。彼が、自分とリモネシアの皆との橋渡しをしてくれた。彼がいたから今も自分達は此処にいる。一緒に生きていられる。
ラトロワがいる。ガモンさんがいる。お年寄りや子供達、皆がいる。……でも。
そんな中で唯一人、シュウジだけはここにはいない。彼が蒼のカリスマだから? 世界を脅かす稀代のテロリストだから? それもある。けど、これ以上に彼が此処に来ないのは偏に自分達を守る為だから。
きっと、彼は二度と此処には来ない。自分達との繋がりはあの戦いを最後に断たれてしまった。会いに来れないのは、心が辛くなるから。
彼が優しいのはあの初めて会ったときから分かってた。日記を見た後は彼が何て事はないグランゾンという力を持つだけの唯の一般市民だという事も分かって、それでも戦うと決めた彼の強さも理解できた。
だから、彼はきっとこの国には戻ってこない。それが彼の決めた事だと言うのなら、黙ってそれを受け入れよう。
────でも。
「逢いたいよぉ。シュウジぃ……」
もっと話がしたい。もっと一緒にいたい。笑って泣いて喧嘩して、何処にでもいるありふれた時間を皆と一緒に過ごしたい。
嗚呼、やっぱり私は浅ましい人間だ。一時は彼の帰還を喜んでいながら、いざ彼がこの世界にいると思えばこんな甘ったれた思考が浮き彫りになっていく。
こんな自分がどうしようもなく嫌いで、それと同じくらい胸に抱くこの気持ちも………嘘じゃなかった。
逢いたい。どんなに願っても敵わないと知りながら、世界の終わりが間近に迫っていると分かっていながら、それでも逢いたいと願うシオニーだが。
ふと、波打つさざ波の音に混じって砂浜を踏み締める音が聞こえてきた。
誰かが来た。恐らくは島にいる誰かが自分を呼びに来たのだろう。もうすぐ朝の集会の時間だ。目尻に浮かぶ涙を脱ぐって何時ものシオに戻ろうと振り向いた先に待っていたのは。
「────え?」
彼が───いた。申し訳なさそうに頬を指先で掻いて、其処に立ち尽くしていた。
頭が混乱する。何を話せばいいのか分からない。
「その、散々迷惑を掛けといて……図々しいとは思ってるんですけど、その……情けない話で、行くところがなくって……」
其処にいるのは世界最悪のテロリストでもなければ地球最強の戦士でもない。唯の何処にでもいるありふれた一般人、シオニー=レジスがよく知るシュウジ=シラカワだった。
聞きたいことは沢山あった。問い詰めたいことも、これからの事も、一杯あった。
けれど、今はその全てがどうでもいい。だって、シオニー=レジスにとって今この瞬間こそが彼女が待ちわびた瞬間だったから。
「あーくそ、こんな時なのに俺、何て言ったら良いのか分からなくて」
不安なのは彼も同じ。それがおかしくて、つい笑みが溢れてしまった。
「バカね。そんなの決まっている事じゃない」
今の私は、泣いているのだろうか。それとも、怒っているのだろうか。いや、きっと違う。
「お帰りなさい。シュウジ」
今の私は、きっと誰よりも笑っている。だって……。
「────ただいま」
目の前にいる彼の笑顔は何よりも素敵に見えたのだから。
最終回じゃないです。もうちっとだけ続きます。
それでは次回もまた見てボッチノシ