『G』の日記   作:アゴン

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G「出番まだかなー」


その189

 

 

────変わり果てた街並み、人気は無くなり、荒廃し、炎と砂塵が舞い上がる街に既に嘗ての面影はなかった。

 

人の営みに溢れていた光景は悲鳴と怒号に掻き消され、明日への希望は未来への不安へと変わっていく。戦時以来初となる都心部で起きた大災害、病院では多くの怪我人で溢れ、親から離れた子供達が声を張り上げて泣き叫んでいる。

 

この後に待ち受ける事を考えると矢澤にこは胸が締め付けられる思いだった。もう歌は歌えないのではないのかと、スクールアイドルは続けられないのかもしれないと。最後の高校生活で、漸く出会えた仲間と一緒に夢を追えるかと思っていたのに……。

 

しかし、その不安は自身の前に立っている彼の後ろ姿を見て四散する。全身を覆うように放たれる輝きと、彼女の不安を焼却する様に溢れ出す熱気。今までとは明らかに異なる彼────シュウジは全ての元凶であるサクリファイを睨み付けていた。

 

「これが………貴方の全て、貴方の全霊ですか。────成る程、成る程成る程成る程成る程成る程成る程成る程成る程成る程ッ!!」

 

「素晴らしいですわ! 単身で、己一人の力で、其処までの領域に至れるとは、スフィアもなく、次元力も無く、己の肉体のみで至れた貴方こそがまさに至高の────」

 

「なぁ」

 

「…………?」

 

「こうバカ正直に本当の事を言うのも気が引けたんだが、もうこれ以外の言葉が思い付かないから言わせてもらうけどさ─────お前、キモいよ」

 

それは心の底からの侮蔑の言葉だった。呆れと達観、サクリファイに向けられたシュウジの瞳はその輝きとは裏腹に底冷えする冷たさを持っていた。

 

そしてその一言が戦いの再開の合図となった。握り締められた腕とは反対の拳に力を込めて、サクリファイはシュウジの顔に拳を振り抜いた。これ程の至近距離、回避は勿論防ぐことも敵わないその一撃は間違いなくシュウジを捉えていた。

 

そう、捉えていた筈なのに────

 

「────え?」

 

────なぜ自分は遥か空の上で無様に宙を舞っているのだろうか? 浮遊する身体、呆然となるサクリファイの身に次に起きた変化は全身が砕かれそうな程の衝撃だった。

 

「!?!?!?」

 

何が起きたのか分からなかった。何故自分はこれ程まで深いダメージを負っているのか、混乱の真っ只中に落とされながらサクリファイはまさかと思い視線を下にいるシュウジに向ける。

 

────一見すれば彼の動きには何も変化もなかった。動いた様子も自分の攻撃に反応した様子もなく、その瞳はただ静かに此方を見据えている。

 

唯一変化があったのは彼のいつの間にか握られた拳から微かな煙が立ち上っていた事。

 

(まさか、私を打ち上げた? ただの拳で? ただの一撃で!?)

 

サクリファイの顔が初めて驚愕に歪んだ。楽しみ、怒り、哀しみ、喜びを取り込んだ事で愛という感情を知り、その愛の真髄が総てを受け入れる事だと知った彼女はこの世全てのあらゆるものを受け入れる事で己の力としてきた。あらゆる苦痛、あらゆる感情、あらゆる技能を受け入れたサクリファイはシュウジの拳を受け入れて己の力へと変えた。

 

既に彼の技は彼と拳を交えた事で習得し、そして凌駕していた。どれだけシュウジが腕を上げようと決して埋まらない差が二人にはあった。………あった筈なのだ。

 

覆すのは不可能とされてきたその差を彼は一息で飛び越えた。虫の息の筈だった。深手を負い、死にかけで、心も折れかけていた人間がほんの些細な切欠で立上がり、信じられない底力を見せ付けてきた。

 

(これが………恋の力? いいえ、いいえ! そんな筈はない。そんな事は有り得ない! 私の愛が、慈愛が、慈悲が! たかが小娘一人の恋心に負ける事は有り得ないのです!!)

 

恋という知り得ない感情をサクリファイは全力で否定する。己の愛こそ至上だと、己の愛こそが総てを救うのだと、それを信じて疑わないサクリファイは気付かない。

 

今自分の受けた一撃が彼女が愛すると宣うシュウジのモノだというのに、悦びを抱けなかった事実に………。

 

「ヘリオース!!」

 

サクリファイが叫ぶ。己の主の命を受けた黒に染まった巨人は、その眼光を瞬かせて彼女の側へと転移し、片手を上げてエネルギーを集約させていく。

 

瞬間、街は暗闇に包まれた。時刻はまだ日が昇っている時間帯の筈、不思議に思ったにこが空を見上げると……。

 

「なによ……あれ」

 

そこには影に隠れた太陽────日蝕と呼ばれる現象が起きていた。太陽と月、恒星と衛星が重なり合った末に起きる星の自然現象。人の介在する余地など在りはしないその事象を空に浮かぶ化け物が意図的に引き起こしている。

 

それを彼女が…………矢澤にこが理解することは有り得ない。ただの少女でしかない彼女は今起こっている現象を前に不安に押し潰されず、息を呑んで気丈に振る舞う事しか出来なかった。

 

「────大丈夫だよにこちゃん」

 

「シュウジ?」

 

聞こえてきたのは幼馴染みの大丈夫という言葉、彼には分かっているのだろうか? 何故日蝕が起きているのか、あの女が何をしようとしているのか、そしてこれから一体何が起きるのか。

 

矢澤にこは何一つ分からない。ただ一つ彼女が確信を持って言えることは。

 

「ここから先、俺の後ろには何も通させはしない、君を─────守る」

 

彼は、目の前にいる幼馴染みは今、一つの決意を己に刻んだ。絶対に傷付けさせないと、あらゆる脅威も一切の不条理も如何なる理不尽も、自分より後ろには通さず、守ると。

 

らしくない宣言。しかし振り返って見せる彼の瞳には一欠片の虚勢や強がりの色はなかった。────あぁ、やはり自分の知る彼とは違うのだと思う反面、やっぱりコイツは白河修司なのだと、矢澤にこは矛盾の結論に至った。

 

────炎が降り注がれる。日蝕の隙間から溢れ出る太陽面爆発(フレア)がたった一人の人間に向けて放たれる。天からの一撃、個人は愚か国一つを破壊するには過剰過ぎる熱と破壊を秘めたエネルギーが濁流となって襲い掛かる。

 

触れただけで蒸発は確実。逃げ場もないその一撃を前にシュウジは片手を掲げ、受け止める。

 

幼馴染み諸とも消えるつもりかとサクリファイは眉を寄せる。つまらない、呆気ない幕切れだと嘆息しながら彼女は世界の終わりを見ようとして………。

 

「────は?」

 

その表情は固まった。

 

炎は間違いなくシュウジを捉えていた。いや、そもそも外れる様な規模ではなかった。全てを焼き払うつもりで、この国ごと焼失させるつもりで放った。

 

その筈なのに………掻き消えた。まるで最初から無かった様に、極炎の濁流はまるで蝋燭の火を消すがごとく、呆気なく消滅した。何が起こったのかと目を剥かせるサクリファイが見えるのは無傷の矢澤にこと片手を翳したシュウジの姿だけ。

 

「掻き消した………!?」

 

ヘリオースの一撃を、嘗ての至高の神の核から生み出された神器の一撃を、太陽の神を冠する存在の炎を、人間が掻き消した!? それも片手で!?

 

信じられない………処ではない。許されない所業、あってはならない事だ。自分の繰り出す一撃()は須く受け入れられるべきなのだ。

 

「ダメ、ダメダメダメダメダメダメ!! そんなのはダメ!!」

 

その顔は憤怒の形相の様であり悲哀の顔の様であった。自分の愛が嘗てない形で拒絶されたサクリファイはそれはダメだとシュウジに向って突進していく。

 

シュウジもまた正面から応えた。降りてくるサクリファイに彼もまた脚に力を込めて跳躍する。交差する二人、着地し、地面に降り立った二人はそのまま相手へと駆け、拳を、蹴りを、技を繰り出した。

 

サクリファイは総てを受け入れる事で己の力としてきた。あらゆる暴力を、悪逆を、悪徳を、能力を、力を、権能を。愛と称して取り込んできた。

 

既にその力は嘗ての御遣いとしての力を大きく凌駕し、サクリファイは次の段階に移行しつつあった。肥大化したソレは留まる事を知らずに今尚膨らみ続けている。怪物や化け物、そういった類いからにすら逸脱しようとしている彼女を────シュウジは圧倒していた。

 

速さが追い付かない。鋭さが間に合わない。力に抗えない、技を吸収出来ない。以前は視えて模倣し、我が物としてきたシュウジの全てがまるで通用しなかった。

 

打ち合った拳が跳ね返される。放たれた蹴りはいなされる。突きは逸らされ、膝打ちは防がれ、サクリファイの放つ打撃は悉く否定された。

 

対して、彼の打ち出す拳は吸い込まれる様に打ち込まれてくる。拳は容赦なくサクリファイの全身に打ち込まれ、防ごうとする彼女の防御すら破って突き刺してくる。

 

動きが見えず、動作が読めず、打ちのめされ、叩きのめされる。

 

「あ、あああぁぁぁぁっ!!」

 

狡い。狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い狡い!!!

 

何故自分ばかりなのか、何故自分の攻撃は当たらず向こうばかりが当たるのか、理不尽だ。不条理だ。そんな子供じみた不満を抱きながらサクリファイは拳を突きだそうとする。

 

殺意を込めたサクリファイの拳、他者から見れば予測も回避も不可能な一撃。しかしそれをシュウジはわざと紙一重で回避する。見えているのか? いや、シュウジは見ていない(・・・・・)

 

既に彼は生身での打ち合いにて思考するという事を止めている。無意識に、無自覚に、シュウジはサクリファイとの戦いそのものに精神を研ぎ澄ませている。

 

加速する。肉体が、精神が、サクリファイと打ち合う度に加速していく。思考するよりも速く身体が動き、視えないモノまでもが視えるようになっていく。自分の筋繊維の1本1本から大気の流れ、相手の動作、その全てを把握し、どこへ打ち込めばいいのか本能的に理解する。

 

エネルギーの奔流、その繋ぎ目まで視えてしまう今のシュウジには喩え極大のエネルギーをぶつけても打ち消してしまうだろう。

 

繰り出されるサクリファイの拳、鼻先すれすれで回避したシュウジは返しの回し蹴りをサクリファイに放つ。放たれた蹴りはサクリファイの鳩尾を撃ち抜き、衝撃と共に吹き飛んでいく。

 

「どうして? どうしてなのです? どうして貴方は私の愛を受け入れてくれないのです? 私は貴方の全てを受け入れます。貴方の葛藤も、貴方の苦悩も、貴方の総てを、なのに………」

 

瓦礫の中から這い出て来るサクリファイ、その瞳には疑問に満ちていた。何故自分の愛が受け入れられないのかと、この身はあらゆる総てを受け入れる器となっている。受難も苦難も、悪行も善行も一切区別も差別もせず平等に受け入れる(喰い尽くす)形となっている。

 

なのに何故、目の前の男からは何一つ入ってこないのか。あの輝きがそうさせているのか、そもそも何故彼はいきなりここまでの強さを手に入れたのか。

 

あの女か。あの小娘がそうさせているのか。悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい悔しい!! 彼の総てを受け入れる(取り込む)のは私の筈なのに、彼の総てを引き出し、喰らい尽くすのは私しか有り得ないのに!!

 

理不尽な程の怒りが彼女の内から涌き出てくる。サクリファイの情欲ともいえるソレは彼女を通してヘリオースに流れ込む。嫉妬と怒り、そして焦がれる程の愛を語った彼女は………。

 

「悪いが俺は童貞でな。アンタみたいな女に俺の純潔を捧げるつもりはない」

 

的を射ている様で掠りもしないシュウジの返しの言葉(カミングアウト)はサクリファイの何かをブチ切れさせるには充分な威力を秘めていた。

 

「ヘリオぉぉぉぉぉぉス!!」

 

サクリファイが叫びヘリオースが動き出す。両手を空に掲げ、ありったけのエネルギーを集めて顕現させるのは────太陽だった。

 

空に浮かぶ太陽と同質のエネルギーの顕現。都市を覆って余りあるエネルギーの塊、素人の目から見てもただ事ではない現象がそこに現れていた。熱量で上昇気流が起きそうなのにその様子が微塵もない事も周辺の住民達を余計に不安に煽っていく。

 

矢澤にこはただ祈った。胸元で手を組み、修道女でもない癖に、彼女はただ幼馴染みの安否を祈り続けた。

 

 

この世界が彼を強くさせたの言うのなら、あの小娘が彼の全てを引き出したと言うのなら、世界ごと総てを焼却すればいい。そうなって初めて彼は本当の絶望を私達に晒してくれる。

 

そう信じて疑わないサクリファイはヘリオースに造り出した太陽の投擲を命じる。圧倒的熱量、空は燃え、触れた雲は蒸発し、ただ在るだけで全てを蹂躙するエネルギーの塊がシュウジに目掛けて放たれる。

 

グランゾンは使えない。重力制御で押し留めるのは難しい。そんなどうしようもない状況を前にして………。

 

(…………笑ってる。ですって?)

 

彼は、その顔に笑顔を浮かべていた。

 

─────不思議と恐怖は無かった。目の前の脅威に対する不安もなく、状況に対する焦燥もなく、彼の胸の内にあるのは祖母の大きな愛を知り、幼馴染みの応援を受けて立ち上がれた事への感謝という暖かい気持ちで一杯だった。

 

思えば、自分は守られてきたばかりだった。祖母に育てられ、祖母の愛で生かされ、祖母の喪失で悲しみにくれていた自分を幼馴染みの少女が自分に立ち上がる力を与えてくれた。

 

どうすれば、彼女達の恩に見合うお返しが出来るのだろう。サクリファイと打ち合う最中、彼の頭の隅にはそんな彼女達に対する恩返しの仕方だけだった。

 

未だに答えは分からない。だからせめてこの塊を消し飛ばす事から始めよう。

 

握り締めた拳に力が宿る。シュウジの纏う輝きが、込められた拳に集まり一点に収束されていく。

 

「人越拳─────終極奥義」

 

膨れ上がった太陽、爆発まであと数秒という所で────。

 

 

 

 

 

 

“絶拳”

 

 

 

 

 

 

 

世界は白に包まれた。

 

 

 

 

 




最後のイメージは某一撃男とボロス様の一騎討ちみたいな感じ。

それでは次回もまた見てボッチノシ

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