翠の地球と蒼の地球、相対する二つの狭間にある宇宙空間、暗礁宙域とされるデブリの多い空間にて、目映い光が暗闇の宇宙空間を一瞬だけ照らし出す。
その宙域を往くのはMS数十機によって編成されたネオ・ジオン軍、部隊の指揮官に指名されたハマーン=カーンはその表情を怒りに歪め、自分にこの場を命じた男に悪態を付いていた。
『フル=フロンタルめ、私を捨て駒に扱うか』
得意な口先で他者を丸め込み、一方的に自身をこの戦場に押し込めた赤い彗星の変わり身……いや、最早赤い彗星本人となりつつある男は、今やネオ・ジオンの総帥として自分達のトップに君臨している。
宇宙世紀の代名詞とも呼べる組織のトップ、総帥ともなれば自分を顎で使うことも可能だろう。しかしてその実態は、翠の地球から圧倒的な力で蒼の地球に侵略してきた星間連合サイデリアルの末端、謂わば使い走り。自分よりも強い存在を相手に尻尾を振り、依存し、頼りにしなければ保てない現在のネオ・ジオンの体制に、ハマーンは不満を膨らませ続けていた。
しかし、だからと言って今の自分に何が出来る。あの時、地球連邦───Z-BLUEに敗れた自分に最早寄るべき場所もない。例え腐りつつあっても自分の居場所はネオ・ジオンにしかないのだ。
『……ふっ、私も奴の事は言えんと言うわけか』
『ハマーン様!』
自嘲するハマーン、そんな彼女に部下であるギュネイ=ガスからの通信が入り、瞬時に思考を切り替える。どこの組織に所属していようとも今の自分はネオ・ジオンという組織の歯車の一つに過ぎない。歯車は歯車の役目を全うするまで、そう自身に言い聞かせ眼光を鋭くさせて頭上を見上げるハマーンの視界に、一機の蒼いMSの姿が映る。
報告にあった機体の発見にハマーンは瞬時に各MSに指示を飛ばす。彼女の指示に従い散開を図ろうとするMS部隊、しかしそれよりも早く蒼の機体が動き出した。
蒼い機体の相対線上にいたギラ・ドーガのパイロットは、自身が狙われている事に気付き装備したライフルを抜こうとするが、その最中に手にしたライフルを腕ごと両断され、ギラ・ドーガはその機能を停止、爆発の衝撃で頭を打ったパイロットは苦悶の声を上げて意識を失った。
開幕直後に同僚の一人が戦闘不能。その事実に困惑しながらも追撃を避けようと他のギラ・ドーガが蒼いMSに向けてライフルを乱射する…………が、相対する蒼いMSはその尋常ならざる加速力と機動力を以て此方の攻撃を回避していく。
速すぎる。牽制とはいえ此方の攻撃を避け続ける蒼のMSの性能と、それを操る乗り手の操縦技術の高さに、遠巻きに見ていたギュネイ=ガスは戦慄する。
あの蒼いMSはワザと此方の攻撃を寸での所で回避し、弾幕を撫でる様に回避しているのだ。通常回避とは相手の攻撃に合わせて行動に移すもの、しかしあの機体はあろう事か、此方の攻撃を見てから回避しているのだ。秒間何百発と飛び交う弾幕の中を…………パイロットがニュータイプの素質は持っていない事は知っているが、やっている事はそれ以上の出鱈目である。
蒼い機体のパイロット、蒼のカリスマ…………その存在は破界事変から世界に知らしめている。これが魔人の実力なのか、自分の知るトップエースと呼ばれる者達と同等、或いはそれ以上の技量を有している怪物を前に…………。
『…………嘗めるなよ、俺だって先の大戦を生き残ってきたんだ!』
ギュネイ=ガスは折れそうな心を自ら奮い起たせて立ち直って見せた。あぁ認めよう。この男はアムロやカミーユと同じ自分よりも腕の立つパイロットだ。けど、それが負けていい理由に…………折れていい理由にはならない。喩え今この戦場に立っているのがいけ好かない
『いけよファンネル!』
ヤクト・ドーガの肩部サブスラスターから解き放たれる六つの小型な遠隔操作のビーム砲台、それぞれが意思を持つようにバラけながら蒼い機体に向けて飛び交っていく。
しかし、魔人の駆る機体はそんな全方位からの攻撃すらも回避していく。まるで後ろに目が付いている様に、本当にオールドタイプなのかと疑ってしまいがちだが、相手は魔人と評された怪物、これぐらいはやってのけるだろうとギュネイは寧ろ納得した。
ギュネイが魔人を追い、他の部隊のギラ・ドーガも彼に追随していく。弾幕を張りつつ相手を追い詰める物量を有してのゴリ押し。確かに機体の性能とそれを操る魔人の操縦技術は凄まじい。が、所詮は単機、数という力で対抗すれば戦術次第で対抗し、無力化する事も出来るのだ。
そして実際、彼の思惑は当たった。絶え間なく弾幕を張り続ける事で魔人の行動の範囲を狭め、その機動性を活かしきれない状況に持っていく事に成功しつつある。途中で此方の思惑に気付いたハマーンもギュネイのやり方に賛同し、更にファンネルまで惜しみ無く出して魔人と蒼のMSを追い詰めていった。
だが、その最中で受けた此方のダメージも決して軽くはない。あれほどいたギラ・ドーガの数は僅か三機と減り、ファンネルも既に四基落とされており、ハマーンの愛機であるキュベレイのファンネルも半数近く撃ち落とされている。
奴の機体の持っている兵装は接近戦の長刀とライフル一丁のみ、撃てばほぼ必中のライフル、振れば必ず当たる長刀、此方の攻撃を掻い潜り彼方の攻撃は直撃する。挙動の激しいファンネルの動きに真っ向から追尾し、両断する。ギュネイから見てその光景は理不尽や不条理の類いにすら見えた。
たった一機を相手に出してしまった有り得ない損害、しかしその甲斐あって今ギュネイの手には千載一遇の好機、魔人とその機体に一太刀浴びせられる状況が訪れた。
繰り広げられる戦場、その舞台となっている宙域は障害物の多い暗礁地帯。度重なる攻撃に晒され、身動きを制限されてきた蒼のカリスマとその機体が遂に追い詰められたのだ。
蒼い機体の背後に迫る巨大デブリ、進行方向の一つが防がれ、他の場所へ行こうとする魔人を阻む残り僅かなギラ・ドーガとファンネル。
遂に身動きが取れなくなったところまで追い詰めた。ギュネイ=ガスは言いし難い達成感に浸り、額から溢れでる汗に気付かない。他の部隊の連中もギュネイと同じ思いなのか、大物捕りを果たした事に喜びの声を上げていた。
だが、戦いはまだ終わっていない。相手は過去の大戦を単独で生き抜いてみせた怪物、隙あらば此方の檻など喰い破る事だろう。まだ魔人は本来の愛機である魔神の姿を見せていない、早いところ決着を付けようと、ギュネイがヤクト・ドーガの手に握り締めたライフルを彼奴の機体に向け────
『下がれ! ギュネイ=ガス!』
『っ!!』
ハマーンの声に反応し、咄嗟に機体を下げる。同時に細切れに切り裂かれるヤクト・ドーガのライフルと腕。
何が起きたと唖然とするギュネイの視界に映るのは、デブリごと切り刻まれたギラ・ドーガ達とファンネルの凄惨な光景だった。見ればいつの間にか長刀を抜いていた蒼い機体が、その双眸を輝かせて此方を見つめている。
『まさか、斬ったのか!? 俺達を、デブリごと、一瞬で!?』
油断しているつもりはなかった。慢心している素振りもなかった。元より相手は此方の上を行く怪物だと悟り、始めから一切手は抜いていなかった。
なのに、気が付いたらこの状況になってしまっていた。最早速いとか遅いとかの次元ではない、何か別の力が作用しているとしか思えない状況にギュネイがパニックに陥った時、目の前の蒼の機体から通信が入ってくる。
『まさかここまで追い詰められるとは、流石音に聞くネオ・ジオンの精鋭、危うく落とされる所でした』
『な、何をっ!』
『君がこの部隊のエースですね。丁度良かった。君には聞きたいことがあります。少しの間私と共に来て頂きましょう』
通信から聞かされる魔人からの言葉を耳にした瞬間、全身に衝撃が襲い掛かりギュネイの意識は其処で途切れる事になる。ヤクト・ドーガの胴体にめり込んだA.トールギスの蹴り、それを受けたヤクト・ドーガは意識を失ったパイロットと共にその機能を停止させる。
『ギュネイ=ガス!』
『おっと、ついてこないで下さいね。ハマーン=カーン、貴女も気絶している部下達を放って戦闘行動を続けたくはないでしょう?』
連れていかれるギュネイをハマーンが後を追うが、蒼のカリスマから聞かされるその言葉に僅かに動揺し、周辺の生体反応を確認する。見ればどのパイロットも怪我こそはしていても死亡してはいない。その事実に不思議に思ったと同時に後方からの報告を耳にした時、ハマーンは蒼のカリスマの狙いを理解した。
『奴め、最初から狙いは時間稼ぎか』
後方で控える部下達から聞かされる、サイデリアルの指揮艦の宙域突破の報告、それは同時に蒼のカリスマの狙い……その答えを導き出していた。
何て事はない。奴は自分達の艦がこの戦闘宙域を脱出する迄の合間、単機で此方の足止めをしていたのだ。言葉だけにすれば簡単に聞こえる単純且つシンプルな内容、しかしその事を悟らせない様に振る舞うというのは口にするほど簡単ではない。下手に自身を追い込めば罠だと勘づかれる恐れもあるし、逆をすればそれは更なる増援を呼ばれる呼び水になりかねない。
上手く此方を引き付け、此方に追い詰めさせたと錯覚させる。戦いというのは力が拮抗するほどに長続きし、同時に相手の思考を麻痺させる。此方の人員を減らさなかったのもその一つ、助ければ助かる兵士達を作る事により、魔人はハマーンからの追撃を逃れる為の枷作りに成功したのだ。
オマケに今、奴の手にはネオ・ジオンの強化人間であるギュネイ=ガスが人質になっている。時獄戦役で戦力が減ってしまっているネオ=ジオンとしては、これ以上人員が減ることは避けたい所。
此方の事情に精通し、且つ利用する手際。そのやり方はまるで…………。
『───私に貸しを作ったと言うわけか。気に入らんな』
恐らく、あの男は本物の蒼のカリスマなのだろう。先の更に先を読む眼を持ち、此方に思惑を伝えさせる狡猾さ、そのどれもがハマーンにとって癪に障る出来事だが、同時に蒼のカリスマの復活が事実であることを認めざるを得なくした。
『奴が本物の蒼のカリスマならば、ギュネイの奴は大丈夫だろう。…………全く、情けないな』
最後の台詞は誰に対してなのか、損傷した部下達の機体を回収しつつ、ハマーンは後方部隊に合流するのだった。
◇
?月?日
一時はどうなることかと思ったけど、案外どうにかなるものだね。一先ず越えられた蒼の地球まで続く第一関門の突破に、俺は内心諸手を上げて歓喜する。
いやね、正直今回は焦ったよ。翠の地球から飛び出してここ二日ほど平穏だったからすっかり油断してた。突然鳴り響く警戒音、なんだなんだとブリッジに顔を出せば前方の暗礁宙域から多数の熱源反応、光学カメラで拡大するとネオ・ジオンのMSが隊を成して此方に接近してくるではありませんか。
しかも先頭に逐わすのは真っ白いキュベレイ。ネオ・ジオンの女帝ハマーン=カーン様がいらっしゃるではありませんか。本当に二十代かよと疑いたくなる程の貫禄ある御方の登場に内心焦りで一杯でした。…………個人的には現地球圏で一番怖いお人だと思ってますハイ。
そんな御方を筆頭に此方に向かってくるMS部隊、このまま接近を許せば戦闘になることは自明の理、とは言え進路を変えようにも既に部隊を展開されている以上、補足されて追撃になる事は必須。蒼の地球で繰り広げられる戦いを予測するのならここは可能な限り損傷を避けて突破したい。
ならばどうするか…………つーか、この場面を乗り越える為の手段はほぼ一つしかない。戦闘を回避するのが無理なら先に此方から仕掛けて時間を稼ぐしかないじゃない!(マミる並)
“ハマーン様はおっかない人だけど、実は結構お優しい御方の筈作戦” きっと気に入った部下には薔薇とかあげちゃうお人だと信じ、自分は行動を開始、先手必勝の勢いで仕掛けた。
つついたら来るわ来るわ弾幕の雨霰、オマケに其処へファンネルによる全方位の攻撃が加わるのだからさぁ大変、取り敢えず
現在ヤクト・ドーガは格納庫に保管され整備の最中である。流石サイデリアルの指揮艦ともあって設備は充実、グランゾンの修復こそは難しいけどMSを修理する程度には環境が整っている。蒼の地球の圏内に入る頃には万全な状態に戻っているだろう。
その為には出来ることをやるしかない。大変かも知れないが、やり遂げるためにも頑張っていきたいと思う。
今回はフル=フロンタルの尖兵役としてハマーン様が登場、尚今回がある意味一番の修羅場でした(笑)
Q主人公のハマーン様に対する印章は?
Aネオ・ジオンを仕切る裏番的な御方、尚名前に様を着けるのは後にも先にも彼女に対してのみである。