魔法科高校の劣等生〜我が世界に来たれ魔術士〜   作:ラナ・テスタメント

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はい、テスタメントです。
気付いたらエピローグが一万文字を超えていた――いや、びっくりするくらいな筆のノリようにテスタメント自身がびっくりです(笑)
そんな訳で入学編エピローグ前編どぞー。


入学編第十六話――エピローグ#Ⅰ――「彼女はただ叫んで」(前編)

 

「つまりお前達はこう言いたい訳だ――」

 

 ブランシュによる第一高校襲撃、並びにブランシュ日本支部決戦(命名スクルド)の翌日、第一高校特別講師である所のオーフェン・フィンランディは、数人の生徒を生徒指導室に呼び出し、机をこつこつと苛立たし気に指で叩いていた。

 呼び出された生徒は、十文字克人、桐原武明、千葉エリカ、西城レオンハルト、そして司波達也と妹の深雪、以上六名である。彼等はブランシュ日本支部に無断で殴り込みを掛けた事について、出頭を命じられたのであった。

 ちなみに机の上には新聞が一部置かれている。一面には「ブランシュ、天世界の門と抗争の末に壊滅か!?」と、でかでかと文字が載っていた。そしてブランシュ日本支部であった廃工場跡の写真が添えられている。

 事件の後始末は十文字家を持ってしても不可能だった――当然だ。学内の騒動だけならともかく、ブランシュ日本支部が吹っ飛んだ爆発はどうやっても隠蔽不可能である。結局、天世界の門がブランシュと抗争し、あの爆発が引き起きたと言う事実のみをリークする事にしたのだった。……世間の評判は、地に落ちる所か減り込む勢いな天世界の門だが、まぁそれはいい、今更だ。問題は勝手にブランシュに攻め入った生徒達である。彼等を止めたのはオーフェン自身ではあるが、正体を隠している立場上、一教師として行動しなければならない。本来、十師族である十文字克人に文句を言える教師なぞ、いはしないのだが、オーフェンは唯一の例外であった。

 そんな訳で絶賛説教タイムである。オーフェンはいかにも俺は頭痛がしてると、こめかみを指で叩く。

 

「愛校心溢れるお前らは正義に則って悪辣卑劣な襲撃を仕掛けたブランシュに報復に行きました。でも天世界の門の構成員に全員やられましたと」

「はい」

「そうかそうか、素晴らしいなオイ。それが何を意味するか勿論分かってるよな? 今回、天世界の門の介入が無かったらお前らはここに居ない。全員あの世行きだった訳だが――それは自覚してるな?」

(茶番だな……無理も無いが)

 

 激怒している。ようにオーフェンが見せ掛けているのを、克人と達也、深雪は分かっていた。三人は天世界の門の構成員が彼自身である事を知っていたから。だからと言って反省の態度を示さない訳にもいかず、消沈したようには見せていたが。ちらりと横目を向けると、エリカとレオは少し顔を引き攣らせている。桐原も顔を青ざめさせていた。それだけ、オーフェンの迫力が半端では無い。……意外に、怒っている振りが上手いせいか、それとも本当に怒っているのか。

 

「しかもそれだけじゃない。お前達がやったのは立派な犯罪だ。傷害容疑、魔法の無免許使用、ブタ箱入りになるのが普通だ。……そこのデカブツのおかげでどうにかなったようだが」

 

 キロリとオーフェンが睨むと、克人が身を竦ませる。ただでさえ悪い目つきが、それこそヤバい色を湛えていた。そして一同をゆっくり見渡して、何度目かの溜息を吐く。

 

「司法からはお咎めなし。学校からもペナルティー無しと言う事だったが、俺が却下した。そんな訳で罰を受けて貰う」

「あの……オーフェン先生?」

「なんだミユキ」

「先生は非常勤で、本来は講師でも無い筈では……?」

「何故か知らんが、生徒指導員的な役割も俺なんだよ一年前から……なんの事は無い、クソ生意気なガキ共を叩きのめしただけだがな。ともあれ、この件に於いて俺は全権を任されてる。十師族だろうが百家だろうが、容赦しない」

 

 断定口調で告げられ、深雪はこくこくと頷く。かなり怖いのだろう。後で慰めようと達也は自然と決め、目線を上げる。するとオーフェンと目が合った。彼は自分にだけ分かるように苦笑した。

 

「放課後の一週間、校舎全部のトイレ掃除+毎日反省文を十枚提出。いいな?」

 

 うっ……と、これは達也も表情を少し引き攣らせる。言うまでも無い事だが、第一高校の校舎はかなり広大だ。普段はオートメーションで清掃が成されている。それを人の手で、となると手間と言うより面倒と言う感情が出てしまう。加えて、やたら古臭い罰だと言う事にげんなりとしたのだ。二十一世紀初頭でも絶滅危惧な罰であろう。なんとか達也は声に出さない事に成功したが、隣の同級生達はそうは行かなかった。いかにも不服そうに、ぽつりと呟く。

 

「今時、トイレ掃除って」

「古いよなぁ」

(……バカ)

 

 エリカとレオ、二人の呟きに達也は内心で告げる。そんなわざわざ自分達から地雷源に飛び込むような真似をしなくてもいいだろうにと。案の定聞き咎めたのか、オーフェンがにっこりと笑った。

 

「そうかそうか。千葉、西城、お前達は斬新な罰がいいんだな? なら、遠慮無しだ。キィィィィスっ!」

「お呼びになりましたか、黒魔術士殿っ!」

 

 めこっと唐突に壁から現れるは第一高校及び七草が世界に誇る迷惑厄介型執事、キース・ロイヤル。……どうやら前面に塗料を塗って指導室の壁に潜んでいたらしい。彼の身体にぴったり合うような型が壁にあった。久しぶりな意味不明さに、達也は遠い目になる。同時に隣で狼狽するクラスメイト二人にエールを心の中で送った――元気でいろよ、と。

 

「キース。マユミとコウイチには俺が言っておくから、今から一週間、千葉と西城の家に行け」

「「はぁ!?」」

「つまり――好きにして、よろしいと?」

「え、ちょ……!?」

「ま、待った……!」

 

 キースの瞳がキラリと光る。エリカとレオは二人揃って顔を青くするが、最早遅い。達也は見えぬように二人の為に十字を切ってやった。よく見れば桐原も手を合わせており、克人も祈りを捧げるような仕草をしている。深雪だけは「あ、それは良いですね」とか言っていたが、ひたすら聞こえないフリを通す。そして二人に裁断を下すように、オーフェンが鷹揚に頷いた。

 

「一切の制限無しだ。お前の好きにしろ」

「では、早速このよーなものをっ!」

「「ぶっ!?」」

 

 オーフェンの宣言を聞いて、キースが取り出したのは、これまた新聞だった。ただし校内新聞である。そこにででんと乗せられた写真は車に折り重なるように眠るレオとエリカだった。見出しはこうだ――「熱愛発覚!? 一年最速カップル、車内で不純異性交遊か!?」……よく見ると、その車内はブランシュ日本支部に突っ込んだロードローラーであった。つまりこの執事もさりげにあそこに居たと言う事だが……気にしない方が幸せになれると達也は確信した。

 

「では私はこれを校内に配って参ります!」

「待って、待って――――!」

「おい、冗談じゃねぇぞ!」

「その後は、お二人の家に仕えさせて頂きます。ふふふ、かつてマギー家を幽霊屋敷に変えた手並み、存分に発揮致しましょうとも!」

「「ぎゃあああああああああっ!?」」

 

 なんと恐ろしいのか……幽霊うんぬんも、この執事だとやらかしそうで怖い。達也はようやくオーフェンがガチで怒っている事を理解した。エリカとレオはキースを一旦置いて――どうしようも無いと分かったからだ――オーフェンをキッと睨む。

 

「先生! 今の命令を撤回して下さい!」

「何でだ。斬新な罰のがいいんだろ?」

「斬新過ぎるだろ!? 頼むから――」

「それよりお前ら、罰を受ける身でありながら逆らったな? キース、二週間に延長だ」

「「どえええええええっ!?」」

 

 それを聞くなり、キースは例の校内新聞を手に飛び出した。学校中にバラ撒くつもりだろう。しかも、置き土産に声を大にして行く――「さぁ、お二方の家に挨拶に参りませんとっ! 具体的に言うなら荷車を引き回しながら巨鳥カゲスズミノコギリコバトを従えて台風と共に馳せ参じましょう!」と。

 

「いやぁぁぁぁっ! このままだと、私の家が――っ!」

「俺ん家もだよ! くそっ追うぞ!」

「うん、腕づくでも止めないと!」

 

 二人は頷き合うと、キースを追ってドタバタと出て行った。それを最後まで見送って達也は思う。きっと、多分無駄なんだろうなと。とりあえず。

 

「……あの執事、台風呼べるんですか? 春なのに」

「前は無理だったが、今はどーだろうな」

「そうですか。……オーフェン先生、土下座でもなんでもするので、今の罰だけは金輪際勘弁して下さい」

「分かりゃあいいんだよ、分かりゃあな」

 

 平伏する達也と何故か克人、桐原に、オーフェンはさにあらんと苦笑したのだった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 それから一週間、下校時間間際まで全校舎のトイレ清掃と反省文の提出と言うなかなかの苦行はあったものの、概ね平和な学校生活を達也は過ごした――エリカとレオが、「さんだーすとろんがー、さんだーすとろんがー姫が……」だの「白い首なし暴走かぼちゃ戦車、なんなんだアレ……」だのとのたまうのは別として(余談だが、達也は二人に黙祷を送った)、ようやくまともな学生らしい環境となったのではと言える。

 そしてゴールデンウィークを間近に控え、達也はブランシュの一件を思い浮かべていた。

 結局、オーフェンからは話しを聞けず仕舞いだった。自分からいつか話してくれと言ったので問い詰める事も出来ない。一年前の出来事とやらも、全く謎だ。

 そしてスウェーデンボリー。賢者会議の一員と思われ、自分と妹の出生にも関わり、四葉家当主、四葉真夜との繋がりをも匂わせた、あの男。歴史上、スウェーデンボリー等と言う魔法師は存在した形跡は無い。達也は師匠である八雲にも聞いたのだが、彼は首を横に振るだけだった。

 

「おそらく、そのスウェーデンボリーについて知るのは、天世界の門だけだろうね。彼等が賢者会議と対立しているのも、そこに理由があると僕は見ている」

 

 クプファニッケル――オーフェンだが、どこをどうやったのか知らないが、彼と交渉を持てるようになったらしく、そこから情報を引き出してみようと、八雲は達也に言った。だが、正直オーフェンがまともに教えてくれるかと言うと、あまり頼りにも出来そうに無い。

 クラスメイトのスクルド・フィンランディ、表向きオーフェンの妹も、事件の前後で態度が変わると言う事も無く、キースの暴虐で心に深い傷を負ったと思われるエリカをよしよしと慰めていた。

 だが気のせいか、彼女はたまに透明な笑みを自分に見せる時があった。スウェーデンボリーと同じ、超越者の笑みを。ぞっとした次の瞬間には脳天気な彼女に戻っているので、深くは聞けないのだが。

 考える事は山とある。天世界の門、賢者会議、自分達のルーツ、そしてオーフェン達の過去。しかし、それはそれとして達也は事件を経て、やりたい事を一つ見つけていた。それは――。

 

「オーフェン先生」

「ん?」

 

 一週間ラストのトイレ掃除を終え、反省文を提出した達也は、それを眺めるオーフェンへと声を掛けた。

 春とは言え、まだ日は長い。この後打ち上げを行う予定もある。エリカとレオも、ようやくキースから解放されると(二週間に延長はオーフェンに散々土下座して許して貰えた)、万歳三唱して喜んでいた。最近行き着けの喫茶店「アイネブリーゼ」に、早々と二人は美月を伴って行っている。達也を待ちたいと言った深雪と光井ほのか、北山雫も先に行かせた。

 十文字克人、桐原武明も反省文の提出を終わらせ、帰宅している。桐原は誰かの見舞いをしているらしく、オーフェンに弄られていたが。

 ともあれ、今日は達也が最後だ。斜陽が差す生徒指導室に二人は差し向かいでいる。やがて反省文を読み終え、彼は苦笑しながら目線を達也に戻した。

 

「よし、いいだろ。これで晴れてお前もお勤め終了だ。で、何か用か」

「……いえ」

「そうか。なら、もういいぞ。ところで、今から話すのは独り言だ。お前は何も聞いていない」

「…………」

 

 その台詞を聞いて、達也は口をつぐんだ。オーフェンが何を言おうとしているのか、悟ったからだ。彼は気にしていないように話し出す。

 

「この宇宙の外にはまた別の世界がある。そう言われて、信じる事が出来るか?」

「……異世界の存在は、理論上、肯定されています」

「そうだな。それは俺も知ってる。だが、俺が言いたいのは世界の中に世界がある、と言う状態さ」

「量子論……ですか?」

「いや、そんなに難しいもんじゃないさ。……そうだな、これは一つの神話だ」

 

 そう言って、オーフェンは立ち上がると用意してあったのだろう。缶コーヒーを手に取り、一つを達也へと投げ渡した。そして自分もブルトップを開け、ちびりと飲む。

 

「かつて、世界はただそれだった。世界は世界であるだけで、それ以上でもそれ以下でもなく、世界に存在する物のために何を用意する必要も無かった。その頃、世界に住んでいたのは、不死の巨人達だけだった。巨人――ユミール。彼等は大地がなくとも、海がなくとも、風がなくとも、星が太陽がなくとも、永劫を生きる力を持っていた。彼等こそは世界そのものであり、虚無だったから。だが、それに変化が起きる。虚無が満たされてしまったんだ。くまなく満たしたもの、それが神々だった」

「……?」

 

 唐突にオーフェンが語り出したその内容は、ありふれた内容のように達也には思えた。創世神話だ。よくあるお伽話。だが……何故だろう、その話しを気付けば真剣に聞いている。手に持つ缶コーヒーがぬるくなる事すら、忘れる程に。

 

「神々は巨人を殺し尽くし、その遺骸を持って大地を作った。だが、たった一つ、最大の巨人を殺す事は出来なかった。その巨人は蛇であり、あまりに巨き過ぎたから。仕方なく神は、とぐろを巻く蛇の内側に世界を作った。「蛇の中庭(ミズカルズ)」、その世界はそう呼ばれた」

 

 そこで一旦オーフェンは言葉を切る。何かを思い出すように、悔いるように、懐かしむように。達也はその姿を、まるで老人のようだと思った。疲れ果て、死ぬ間際に思いを巡らせる、そんな老人だと。

 ゆっくりと息を吐いて、オーフェンは達也へと視線を戻す。

 

「それが、この世界だとしたら――どう思う?」

「……神話でしょう?」

「そうだな。だが、神話が真実じゃないと、誰に言える? 俺も、そう思っていた口さ。確かに神話は神話だった。だが、真実はそう言ったものにこそ隠されてると、俺は思い知ったよ」

「貴方は……」

 

 貴方は、一体何者なんですか? 幾度、そう思ったか分からない問いを、達也はぶつけそうになる。

 オーフェン・フィンランディ。七草真由美のボディーガードにして、第一高校特別講師――よくよく考えなくても、学校内を支配しつつあるように思える――そして天世界の門の構成員、賢者会議の中心人物に旧友と呼ばれる。考えれば考える程に訳の分からない人物だ。ことここに至って、達也はオーフェンを不気味に思った。入学式に初めて会った時の違和感がぶり返す。そして、彼はにやりと笑うと、問うてもいないのに答えた。達也の聞きたかった問いに。

 

「俺は異邦人さ。はぐれ者だよ。はぐれ魔術士だ」

「はぐれ?」

「そう。どっかのクソ野郎に言わせれば、全てを見限る薄情者って事なんだろうな。……故郷を捨て、家族を捨て、名前を捨て。そうやって、はぐれ続けて来た」

「……貴方の経歴を、師匠に頼んで調べて貰いました。二年以上前の経歴が、真っ白だと」

「ああ」

「貴方は」

「分かるだろ」

 

 それ以上、オーフェンは答えない。だが、それで全てだった。達也は直感的に悟った。”彼はこの世界の人間ではない”と。

 つまり、それが答え。達也が疑問に思っていた全ての答えだ。彼が行使する魔法、謎の体系の魔法技術、知識、経験。それら全てが、別の世界で培われたもの。”異世界のもの”だ。

 達也は自分が我知らずに興奮していた事に気付き、ゆっくりと息を吸い、吐く。そうして、もう語り終えたとコーヒーの残りを飲むオーフェンを見据えた。

 

「何故、ここに来たのか――聞いても教えては貰えませんか」

「分かり切った事は聞くべきじゃないな」

「そうですか。なら、俺からも一つ、聞いて欲しい事があります」

「何だ?」

「俺には成し遂げたい事があります。重力制御型熱核融合炉――恒星炉の実現。これが、俺のやりたい事です」

 

 唐突な達也の台詞に、オーフェンは意外性を突かれたのか、目を見開いた。

 重力制御型熱核融合炉の実現は、汎用的飛行魔法の実現、慣性無限化による擬似永久機関の実現と並んで、加重系魔法の技術的三大難問の一つと呼ばれる。オーフェンが元居た世界、先程の会話で出した蛇の中庭に置いては蒸気機関による発電が精一杯で、この世界の発電技術に唸ったものだ。まさか、彼はそれよりもう一段階先の技術実現を目指していようとは。

 オーフェンも恒星炉が実現するまでの問題はいくつか指摘出来る。……その解決法もだ。だが、今はそれを言わない。じっと見ていると、達也は続きを告げた。

 

「正直理論上だけなら、もう実現出来る見込みは立ててます」

「……マジか」

「ええ。ですが、実用ベースには至っていない。今考えられるものでは、魔法師が二十四時間魔法を掛け続けなければなりません。それも高レベルの魔法師が、です。俺が目指すのは、それじゃない。俺が目指すのは魔法師が不可欠でも、パーツとはならないものです」

 

 それを聞いてオーフェンが思い出したのは、ある魔術士の話しだった。比喩では無く、死ぬような思いで魔術の制御法を会得した魔術士が、なんやかんやあって得た職が氷を作る、というものだった話し。

 自分の人生はなんなんだろうと真剣に悩んだとか。まぁ、これはしょうもない例えだ。達也が言いたいのは、魔法師を生活に不可欠な存在へとしたいと言う事だろう。今の魔法師の立場を変えたい――その為の方法だ。だが、それが部品であってはならないと言う事だ。

 しかし先の魔術士でもあるまいが、それはそれで問題が出そうではある。魔法師と非魔法師の立場がそれだ。下手をすれば逆転する。それは後々の火種となるだろう。魔法師と非魔法師の戦争の火種だ。

 だから、達也の考えを聞いてオーフェンが思ったのは、たった一つの感想だった――若いな、と。

 それが理想であるのは誰でも分かる。だが理想が実現した後に待つのは、大量の失望だ。そして絶望だ。散々それを思い知っているオーフェンは、それでも達也に何も言えない。言えるものか。若者の理想を壊すような真似が、誰に。

 

「その問題の解決方法の一つに、”魔法式の保存”があります」

「……つまり、俺に教えろと?」

「はい」

「ダメだ」

 

 即答でオーフェンは却下する。達也はこう言ったのだ、沈黙魔術を教えてくれと。先程、オーフェンが恒星炉の問題の解決法に思い付いたのも、沈黙魔術であった。あれならば、例え非魔法師であっても魔術文字を刻む事により発動出来る。問題点を大幅にクリア出来るだろう。だが、それとこれとは話しが別であった。

 達也が信用出来ない――と言う訳では無い。あれは魔術だ。しかも賢者会議に居るであろう、始祖魔法士を介した魔術である。

 オーフェン達、天世界の門は、いつか彼女も打倒するつもりでいる。そうすれば、沈黙魔術は使えなくなるのだから。無論、オーフェンは始祖魔術士を設定する事も出来るが、やるつもりは皆無である。だから。

 

「……あれは天世界の門の極秘技術だ。簡単に教えられるものじゃない」

 

 オーフェンとしては、こう答えざるを得なかった。まぁ嘘は言っていない。達也も期待していなかったのだろう。あっさりと頷き、しかしそのまま告げて来た。

 

「では、こうしませんか。俺はある同好会を作りたいと思っています。その顧問になって下さい」

「……断るつもりだが、一応聞いておく。なんの同好会だ?」

「魔法研究会、と言うのはどうでしょう」

 

 この第一高校、と言うか魔法科高校に於いて、魔法の研究は当たり前のものだ。毎年論文コンペに各校は参加している所からも分かる通り、盛んに行われている。同好会を設立する意味がどこにあるのか――と思った所で達也の狙いを理解した。

 

「お前、俺から教わるのが前提だろそれ」

「はい。二科の生徒に限らずですが、自分の魔法を使いこなせていない生徒は意外に多い――」

 

 特に一年生はそうだ。一科生の生徒はスペック頼りの強引な魔法を使うものが多く、二科生はスペックが足りないか、そもそも使い方を知らない。オーフェンが去年より指導した二科生の生徒の成績が急に伸びたのはこれも一つの原因だった。彼は魔法式を構成として読み取れる。そこから問題点を把握し、指導に当てたのは精霊の目で同じ事が出来る――より簡潔にだ――達也にも理解出来た。

 なので、この研究会はそれを授業よりはっきりと行うものと考えればいい。オーフェンと言えども授業はカリキュラムがあるのだから、突き詰めた指導は出来ていない。それはこの一週間足らずの実習授業で達也が感じた事だった。

 

「勿体ないとは思いませんか? 貴方の立場なら、その辺は特に」

「否定はしないが、今の俺の立場を考えろよ。生徒会、風紀委員顧問に、生徒指導員。非常勤の講師如きが、なんの冗談かってくらいに役職持ちだ。他の講師から恨みをこれ以上は買いたくない」

「いっそ、第一高校を支配したらどうですか。やりやすくなる」

「俺の先生がそんな立場だったし、一時期俺もそうしていた事もあるさ。二度と御免だがな。やってられるか」

「でしたら、尚更です。たかが同好会の顧問ですよ?」

「……言いたくは無いがな。俺がその手の顧問をやるって段階で、二、三年生が詰めかけて来るのが目に見えてんだよ。まずカツトとマリが即入りそうだし」

 

 オーフェンがいかな手段を用いてか、去年の二科生の成績を伸ばしたのは周知の事実だ。これだけでも殺到確実なのに、日頃魔法訓練を受けたいと言って憚らない克人は確実に入りたがるだろう。そうしたら、まず学校内最大部員数に成るのは確定だった。想像して、オーフェンはげんなりとする。達也はふむとそんなオーフェンに考え、無表情を笑みに少し変えた。

 

「なら、こうしましょう。入会は一年生限定、でどうでしょうか?」

「一年生限定? まぁ、それだと大分削れるだろうが」

「はい。それに部活では無く同好会と言う扱いでいけます。これなら、オーフェン先生の立場はそう変動しないのでは?」

 

 ……確かに、そうオーフェンは思い、はっとする。ついつい達也に乗せられていたと自覚したからだ。顧問になるのが前提で話しが進んでいた気がする。

 こいつ、詐欺師の才能もありやがるなと冷や汗をかきつつ、もう一度断ろうとして。

 

「俺は、貴方から魔法を教わりたい」

 

 達也の、そんな一言に沈黙した。彼は真摯にこちらを見ている。その目には覚えがあった。かつての弟子、マジクと同じ目だ。達也の目に彼と同じものをオーフェンは見て取った。

 

「俺は、第一高校に。ひいては魔法科高校そのものに、教育機関としては期待していませんでした。……いえ、今でも正直、そう思っています。魔法大学系列のみ閲覧出来る非公開文献の閲覧資格と、魔法科高校卒業資格だけを望んでいた」

 

 それは今月初めに入学した新入生としては、あまりに夢が無いものだった。かつての二年、三年の二科生が、諦観と失望の先に行き着く思考である。だが、彼は最初からそう思っていたと言う。学校から学ぶものは、何一つ存在していなかったと。だが――。

 

「ですが、貴方が居た」

 

 そこにオーフェンが居た。八雲が言う所の、自分を真に超える存在が、そこに。

 スペックだけなら、自分が勝っているだろう。その自覚はある。二度目に戦う機会があれば、勝てる見込みを達也は持っていた。だが、それと同じくらい勝てる気がしない。

 ブランシュ日本支部での戦い。あの時、彼は自分を殺すつもりでは無かった筈だから。次、そうなるとは限らない。そして、あの戦いで彼が見せた魔法の可能性。彼曰く、魔術だったか。達也の見立てでは十分過ぎる程にあれは魔法に転用が利く。そこから広がる可能性は、魔法と言うものの限界を、大雑把にも見極めたと思っていた達也には軽いショックだった。そしてまた、世界が広がる感覚を自分は得ていた。知りたいと、そう思ったのだ。

 

「魔法は、まだまだ未発達。ですが、それはこれから如何様にも成長すると言う事でもある。俺は貴方と戦って、まだまだだと思い知りました」

「…………」

 

 オーフェンは何も言わない。ただ、自分をじっと見ている。達也は気付けば熱弁を奮っていた。自分の気持ちを、ぶつけていた。そんな事をしたのはいつ以来だろうかと考えて、深雪にすらした事が無かったと苦笑した。

 だから、これは多分、生まれて初めての本音。

 

「どうか、俺に魔法を教えて下さい」

 

 そう締めくくり、達也は頭を下げる。それを見て、オーフェンは息を吐いた。

 彼はこう言った、俺にと。俺達にでは無くだ。同好会設立も全部建前だろう。つまり達也は本当に教わりたいだけなのだと、オーフェンは理解する。

 何も教わる事が無いと、諦めていた少年がだ。それはオーフェンに複雑な思いを抱かせた。後悔が混じる思いだ。だが……そんな少年の言葉を否定するものを、オーフェンは持っていなかった。かつての少年として、今は大人の自分は持ち合わせていなかったのだ。だから。

 

「……いいだろう」

 

 そう応えた。達也が顔を上げる。無表情の中に紛れも無い歓喜が混ざっているのを見て、オーフェンは苦笑した。

 

「俺が教えられる範囲でなら、構わない。だが、一つだけ条件を出そうか」

「条件?」

 

 一体何を――そう達也が思いを巡らせる前に、オーフェンは挑むような不敵な笑いへと苦笑を変えた。そして告げる。かつて諦めた事を、彼へと。

 

「”俺を超えろ”。いつかでいい、必ずだ。そうで無かったら、教える意味が無いだろ。いいな?」

 

 後継者となれと、言外にオーフェンは達也へと告げた。それに彼は唖然とし――しかし、オーフェンと同種の笑みを浮かべる。

 

「はい。いつか、必ず」

 

 そして、はっきりと頷いて見せたのだった。

 

 

(第十六話後編に続く)

 




はい、入学編エピローグ前編でした。達也とオーフェンずっと語るの巻(笑)
正直、これで入学編終わってもいいんじゃねと言うくらい綺麗に終わりましたが、まだだ、まだ終わらんよとばかりに後編やります。
ちなみに千葉家と西城家は魔境と化しました……エリカとレオの立場や如何に(笑)
そういや久しぶりにキースが出ましたが、今回はまだまだ控えめです。メインじゃないしね(笑)
さて、次回でようやく入学編終わり、つまり一部完結となります。長かったなー。
ではでは、次回もお楽しみにー。

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