ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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連続投稿です


開幕 黒き愚者の幽閉塔

同日

 

現在、ベルベットルーム

 

シリアスな青。

一言で表すならば、そんな雰囲気と色。

その色と雰囲気に覆われている見慣れた車内で、目を開いた総司は座っていた。

いつもの事だ。

自分から行こうが、相手から招かれ様が何故かいつも気付けば座っている。

 

「ヒッヒッヒッ……!ようこそベルベットルームへ……しかし、どうなされた? あなた様は今、町をお離れになっている筈では?」

 

いつもと同じ台詞で迎える向かい側に座っているイゴール。

台詞も同じであれば、座っている格好も同じ両手を組み、その上に顔を置いている。

だが、違うものが一つだけあった。

「マーガレットとエリザベスがいない……?」

 

いつもならば左右の椅子に腰を掛けている筈の二人がいない。

総司が不思議そうに左右を見ていると、イゴールが言った。

 

「二人は席を外しております。……ところで、何か御用があるのではございませんか? あなた様が何の意味もなく此処を訪れるとは思いませんので」

 

「……イゴール。あんたに聞きたい事がある」

 

なんでしょう? イゴールは総司の言葉にそう言うと、静かに総司の眼を見る。

そして総司も又、そんなイゴールの眼を見た。

 

「イゴール……あんたは兄さんがこうなる事を知っていたんじゃないのか?」

 

「……何故、そう思いに?」

 

総司からの突然の問いに、イゴールは言って当然の事を口にする。

そして、目蓋をピクリと動かし自分を見てくるイゴールに、総司はたった一言だけで返答する。

 

「勘」

 

「!……ヒッヒッヒッ!」

 

総司の言葉にイゴールは笑う。

狂った様にではないが、楽しそうに笑っている。

余程、総司の答えが気にいったのかいつもより長く笑っていた様に総司は感じた。

そして、暫く笑った後だった。

肯定も否定もしなければ、イゴールは唐突に語り出す。

 

「今のあの方を、一言で表すならば弱体化しております」

 

「弱体化? ペルソナ能力の……?」

 

総司の言葉にイゴールは特にリアクションせずに、話を続ける。

特にリアクションするよりは言った方が早いと判断した、総司はそう思う事にした。

 

「ワイルドの源は他者との繋がり。自ら築いた絆を否定し背け続けた結果、コミュの力が弱まったのでしょう。ペルソナも又、洸夜様と、洸夜様が築いた絆によって力を強めておりました。しかし、繋がりが弱まった今、ペルソナの力が弱まるのは当然と言えましょう」

 

「けど、コミュは自分と他者がお互いを理解し築く、強い繋がり……真なる絆だ。否定し背けたからって、そう簡単に壊れるものなのか?」

 

車の走行音をBGMにしながらも、総司はそう言った。

総司自身もコミュを陽介達や堂島達を始め、それ以外の人とも築いているから分かるのだ。

コミュと言うのがどれ程、強い絆なのかを。

もしも、イゴールの言う通りならば喧嘩の一つしただけで壊れてしまう。

 

「確かに仰る通り……しかし、あくまでもコミュの"中身"を築くのが、そのワイルドを持つ者と他者なのです。"コミュ"そのものを作りあげるのがワイルドを持つ者。あの方が特別と言う事もありますが、洸夜様が絆を否定するならば必ずコミュにも影響が出るものなのです。例え、相手の方が洸夜様を想っていたとしても……コミュに影響が現れ、そしてその影響はペルソナにも」

 

「それが……弱体化の原因」

 

イゴールは頷く。

 

「その事もあり、今は洸夜様のシャドウに力の支配権が移り始めておられる。ワイルドを持つ者のシャドウ……どれ程の力なのか……」

 

「それが不思議だった。兄さんは俺達と同時期にあの世界に入っている筈だ。なのに何故、今更になってシャドウが出てきたんだ?」

 

「あの世界の影響もありますが、結局の所……コミュが抑えていた様なものですな」

 

「……? どう言う意味だ?」

 

ニヤニヤとした笑みを一切崩さずに言うイゴール。

ある意味ではこの男が一番の謎だ。

もしかしたら、稲羽の事件解決よりも謎なのかも知れない。

 

「心の奥に潜んでいた抑圧された存在。あの世界の影響で具現化したそれを、コミュはまるで鎖の様に抑え込んでいたのです。しかし、コミュの力が弱まった今……」

 

「シャドウが出てきた……」

 

総司のその言葉に、イゴールは静かに頷いた。

そして総司は思い出す。

月光館で言っていた洸夜?の言葉を。

 

最後の絆。

これで、あの世界で。

 

洸夜?はあの時、自分がテレビの世界で出れる様になった事を口にしてたのだ。

しかし、そうなると一つだけ気になる点が総司にはあった。

 

「なら尚更、なんでこのタイミングなんだ? ペルソナ能力そのものに影響が出てたくらいなら、もっと前にそのシャドウが出てもおかしくない」

 

「ヒッヒッヒッ……残されていた絆がとても強かったのでしょう。今の今まで抑え込む程……」

 

「だけど、それ程に強い絆は……」

 

先程の話までの事を思い出すと、既に洸夜に残っていた他者との繋がりは殆ど無いと思われる。

今思い出せば、久保との戦いでのベンケイの異常も納得が出来る。

あれは弱体化の影響だったのだ。

しかし、そうなると上級ペルソナであるベンケイすらも制御が儘ならない時点で洸夜の繋がりに、イゴールが言う様な強い繋がりがあるとは思えない。

総司がそこまで考えた時だった。

 

「っ!? まさか……!」

 

総司はある考えに行き着いた。

しかし、それは今まで総司が思っていた認識を完全に覆す様な事。

あり得ない、だがこれしか答えが浮かばない。

総司は自分で行き着いた答えによって、自らを混乱させてしまう。

そんな総司を、イゴールは静かに眺めている。

 

「……行き着いた様ですな。あなた様の兄の"真実"が」

 

「でも、俺は今まで陽介達ともそんな事は……兄さんには何故、そんな特別な事が……?」

 

「その事……つまり原因に着きましては、あなた様の方がお詳しいのでは御座いませんか?」

 

真剣な表情と眼差しで見てくるイゴールと、その言葉に総司は驚いた。

そんな表情も出来たのかと、そして心当たりが確かにあると言う事でだ。

耳が痛い気がした。

何か一つでも何か自分がしていたら、洸夜の道を少しでも変えられたのではないかと思ってならない。

洸夜が自分に何も教えてくれなかった事もあるが、それは自分を想っての事だと総司も分かっている。

総司はもう一度、イゴールの眼を見る。

 

「最後にもう一つだけ聞きたい事がある」

 

「なんでしょう?」

 

「今の兄さんのシャドウはペルソナ……つまりはワイルドの暴走なのか聞きたい」

 

これが今、ベルベットルームで聞く最後の質問。

その質問の答えから別の疑問が浮上しても聞く気は無い。

総司のそんな思いを察したのか、イゴールはすぐに返答する。

 

「……あの方のシャドウが、一部のペルソナの力を使えるのは間違いない事で御座いましょう」

 

イゴールのその言葉に総司は、やはりと思ったがイゴールの話は終わっていない。

 

「しかし、ワイルドもそうなのと言われればどうなのでしょうな?」

 

「?……出来れば詳しく頼みたい」

 

「ヒッヒッヒッ……ワイルドはペルソナ能力の"突然変異"とも言われております。そしてアルカナは"愚者"。洸夜様も何かしらの"切っ掛け"があったと思われます。しかし……もし、その切っ掛けよりも存在していたアルカナがいたとしたら、どう思いますかな?」

 

いつのまにか問う側から問われる側になっていた。

しかし、総司は今は沈黙を返答にする。

最後まで聞き、その情報から自分の答えを出す。

それが総司のイゴールに対する答えだ。

そして、そんな総司にイゴールは何度目か分からないが再び笑っていた。

 

「ヒッヒッヒッ……! 愚者になる前に存在していたアルカナ……ワイルドの前に消えた存在。しかし、もしもそのアルカナが洸夜様にまだあるとしたら? 愚者になる以前の本来の"色"。抑圧された存在の正体はもしかしたら……」

 

「……けど、兄さんがワイルドに目覚めたと言う事は、兄さんの本来のアルカナは愚者なんじゃあ?」

 

「愚者であって愚者ではない……」

 

「……?」

 

イゴールの言葉は呟く様に小さなものだった。

だが、その言葉はしっかりと総司の耳へと届いていた。

愚者であって愚者ではない。

 

「……。(愚者に別の意味があるのか?)」

 

総司はそう考えたが結局、今は答えは出なかった。

 

「ヒッヒッヒッ……! ワイルドと言う色に身を隠しておられるやもしれませんな。ですが、洸夜様が愚者のアルカナを持っているのは事実。ヒッヒッヒッ……"黒"故に起こった事なのかもしれませんな」

 

イゴールの話は終わった。

総司はそう判断すると、静かに瞳を閉じた。

 

「……ありがとうイゴール。後は、自分自身で見つけるよ……兄さんの全てを」

 

「ヒッヒッヒッ……! 再び訪れる時をお待ちしております」

 

イゴールのその言葉を最後に、総司の意識はベルベットルームから消えた。

そして、ベルベットルームには一人残されたイゴールの笑い声が静かに響いていた。

 

▼▼▼

 

現在、テレビの世界【いつもの広場】

 

総司が再び眼を開くと、いつもの広場にいた。

ベルベットルームの時間の流れは基本的に現実とは違う為、そんな時間は掛かってない。

総司は美鶴達とクマを探す為、先程まで共にいた場所に眼を向けるとそこには大きさから察するに、女性型のペルソナが佇んでいた。

上半身は女性で赤いドレスの様な服装が目立つペルソナ。

しかし、それよりも目立つものがある。

それはペルソナの背後にある、まるで瞳の様な模様の何かだ。

その眼の模様なものの数は六つで、羽の様にも見えなくもない。

そして、最後はそのペルソナの下半身。

そのペルソナの下半身は簡単に言えば球体であり、その中では美鶴達の仲間である風花が立っている。

 

「もしかして、このペルソナは風花さんの……?」

 

ペルソナを眺めながら皆の下へ向かう総司。

そんな総司に美鶴が気付いた。

 

「戻って来たんだな。いきなり驚いたかも知れないが、これは風花のペルソナで"ユノ"だ。私達の中で唯一の探知特化のペルソナだ」

 

「フウカチャンは凄いクマよセンセイ! クマどころかリセチャンすら超えてるクマ!」

 

「そこまで……!」

 

クマとりせの探知能力は総司も分かっているつもりだ。

しかし、やはり自分が思った通りだった。

風花の力はりせすらも超えている。

見た目はひかえめな感じの風花だが、能力は本物。

総司は彼女も又、兄と共に戦ったペルソナ使いであると再認識した瞬間だった。

 

「風花さん。何か分かりましたか?」

 

総司が風花に声をかける。

 

「……不思議な世界ですね。この世界以外にも周りから別のなにかを感じます」

 

目を閉じ集中する風花。

別の何かとは雪子達が生み出した世界の事だろう。

洸夜のシャドウの影響が強いとは言え、この世界に馴れていない風花には霧や他の世界が邪魔でいつもの様には探知が出来ないでいた。

しかし、それであっても風花と"ユノ"の力は強力だ。

少しずつだが、探知で範囲を広げている。

そして、その時が来た。

 

「!……見つけました。ここから少しですが、離れた場所に洸夜さんと強い力を感じます」

 

ユノの中から一点を指差す風花。

それに伴い、総司と美鶴達が頷き合う。

時が来たのだ。

そんな事を思っていた時だ、総司が気付く。

 

「あ、クマから眼鏡を受け取ったんですね」

 

よくよく見ると、美鶴達全員が眼鏡を着けている。

自分がベルベットルームに行っている間に貰ったのだろうと総司が思っている中、美鶴は自分が着けている赤の強いインテリ風な眼鏡に触れる。

 

「ああ、度はなく霧だけを消してくれている。これで少しは戦いが楽になりそうだ」

 

シャドウとの戦闘で、最初から五感の内の一つが封じられているのは正直辛い。

風花がサポートするとは言え、風花は一人だ。

同時にメンバー全員一人一人に別々の指示を出す事は出来ない。

 

「日頃着けていないものだから少し違和感があるが、その内慣れるだろう」

 

分厚い作りのスポーツ眼鏡に触れながら明彦がそう言う中、順平はコロマルを見ながらこう言った。

 

「それでも、コロマルにも合って助かったな」

 

「犬には嗅覚がありますが、見えるのに越した事はないですからね」

 

「ワン!」

 

それぞれクマに渡された眼鏡を着けている順平と乾の言葉を聞き、総司がコロマルの方を向いてみると、そこには巨大なレンズの入った眼鏡と言うよりゴーグルの様な物を着けたコロマルがいた。

 

「苦労したクマ。犬用には作ってなかったもんだから、どうすれば分からなかったクマよ」

 

自分の後ろに散りばめられた道具や眼鏡の部品を眺めながら、そう呟くクマ。

人と同じタイプにしてもコロマルは気に入らず、顔を振って眼鏡を落とす為、なんとかコロマルが気に入る様に作った結果がゴーグル型だった。

 

「でも本当に不思議……霧だけを見えなくするなんて」

 

「本当です。このレンズの素材を知りたいぐらいであります」

 

「って言うか、アイギスの眼鏡だけ本当に凄いわね……」

 

ゆかりの言葉に全員が頷いた。

チドリもゆかりも普通の眼鏡だが、アイギスだけは違った。

アイギスの着けている眼鏡は、まるで近未来の眼鏡の様な物なのだ。

レンズも透明でなければ色付きレンズ、何故かアンテナまである。

どうやらアイギスの為に、クマが頑張った様だ。

総司の隣でクマが、まるで仕事をやり遂げた職人の様な表情している。

 

「……装備にも問題なし。美鶴さん、そろそろ向かいましょう」

 

「そうだな。……風花、案内を頼む」

 

総司の言葉に美鶴は頷き、風花に視線を送る。

 

「はい。皆さん……こっちです」

 

ペルソナを一旦消し歩き出す風花を総司とクマ、そして美鶴達がゆっくりと後を追う。

 

▼▼▼

 

違和感。

風花の案内によって兄・洸夜の下へ向かう、現在の自分達の状況に総司はそれを感じていた。

先程の広場と変わらない道。

洸夜の場所にはまだ着かない。

にも関わらず、シャドウとはまだ一回も戦闘になっていないのだ。

洸夜のシャドウによって影響を受けているであろうシャドウ達。

天敵であり、問答無用で襲う対象が集団で移動しているのにシャドウには全く出会ってなかった。

雪子達の世界へ向かう途中でも数回は戦闘しているが、今回は気味が悪い程に出会わない。

しかし、今はりせを超える力を持つ風花が同行している。

なにかあれば彼女が異常を知らせ、クマも少しは勘づいたりするだろう。

いつもと違う世界の雰囲気に、総司は胸の中で静かに神経を削っている。

「……何もないんだな」

 

「特にこれと言った物……だけどね」

 

順平とゆかりは物珍しそうに辺りを眺めながら歩いていた。

タルタロスとは違う異質な世界。

なにか思う事があるのだろう。

そんな風に暫く歩いていると、コロマルが唸り声をあげる。

 

「……グルル」

 

「どうしたのコロマル?」

 

チドリがコロマルに気付き顔を向けると、アイギスがコロマルに近付き通訳する。

 

「……視線の様なものを感じる。そうコロマルさんは言っております」

 

「視線……ですか? でも、僕は何も……総司さんは何か気付きましたか?」

 

「いや、特にこれと言った事は……でも、油断しないに越した事はない筈です」

 

歩きながら振り向き、乾にそう伝える総司。

自分達よりはこの世界に慣れている総司の言葉には説得力があり、乾やチドリ達も少しは安心できた様だ。

最低限の警戒心を纏いながらも、乾達は肩の力を抜いた。

その時だった。

突如、総司達の世界が黒に染まった。

その事でパニックにはならなかったが、困惑の表情を隠せない順平達に総司は素早く説明する。

 

「入りました。ここからは兄さんが生み出した世界です」

 

「瀬多先輩……の?」

 

「洸夜はこの先にいるのか?」

 

順平の呟きを聞き、明彦は風花の方を向いてそう言った。

 

「恐らく……いえ、います。ここから少し行った所に何か大きな力を感じますから」

 

風花の言葉に全員が再び周りを見回した。

文字通り黒い地面、周りに佇むオブジェなのかどうかも分からない、赤やら青やら色々な四角い物体。

今までのダンジョンの中で、一番の異常さを嫌でも感じてしまう。

総司もクマでさえ息を呑み、そんな様子に順平も帽子を被り直しながら空を見た時だった。

順平はこの世界の異常を思い知らされた。

 

「なっ!?……あれって……!」

 

順平の平常ではない口調の言葉に、全員が順平に視線を向け、彼が空を見ていたのが分かると全員が同じ様に空に顔を向ける。

そして、そこには合った物に美鶴と総司は我が目を疑った。

 

「!……どこまでも、驚かされるな」

 

「虹色の……"満月"?」

 

黒く染まった世界の空に君臨していたのは虹色の満月だった。

しかし、その色はメルヘンチックの様な物ではない。

どちらかと言えば、薬品か何かに汚染された様な虹色だ。

ゆかりと風花は、見ているだけで思わず吐き気を催した。

 

「なにあの月……嫌な色……!」

 

「私、少し気分が……」

 

倒れそうになる風花に、側にいたチドリが支える。

 

「大丈夫、風花?」

 

「ありがとうチドリちゃん……でも、大丈夫。行きましょう」

 

「……はい」

 

再び一人で立つ風花の姿に、総司と美鶴達も頷くしか出来なかった。

洸夜を見付け助ける。

自分にはこれしか出来ない。

そんな思いを胸にしまい、風花は静かに案内の為に前に出た。

その時だった。

 

『何処に行くって……?』

 

聞き覚えのある声が総司と美鶴達に聞こえた。

全員がゆっくりと背後に視線を向け、振り返るとそこにいたのは……。

 

「兄さんのシャドウ……!」

 

服装は変わっていたが、歪んだ笑みを浮かべた洸夜?改め、洸夜の影だった。

全身を基本的に黒で統一された服装だが、服の柄は色んな色の鎖が施されたもの。

まるで拘束衣を思わせる姿に総司と美鶴達は、危うく呑まれそうになるも何とか耐えた。

クマの言葉を思い出し、下手に刺激させまいと己を止まらせたのだ。

だが、風花とクマは別の意味で呑まれようとしている。

 

「嘘……! こんな近くまで接近されてのに気付けなかったなんて……」

 

「匂いが感じ取れなかったクマ! こんな強い力を持ってるシャドウなのに、気付けない方がおかしいクマよ!?」

 

自分達の探知を糸も簡単に抜けられた事に驚きを隠せない二人。

りせを上回る風花、総司達が来るまではシャドウから隠れた生活をしシャドウに敏感なクマの二人は、糸も簡単に己の探知を突破された事に驚きを通り越し、ショックを覚える。

だが、それと同時に今回の様な出来事に美鶴達を始め、当事者である風花にも何故か初めての体験に思えない感じを覚える。

デジャブの様な感覚。

嘗て、自分達はこんな光景を見た事があった様な気がする。

そう考えた美鶴達、そしてそれが何か気付いた。

 

「まさか!?」

 

風花は何かを思い出した様に声をあげると、その声に答えるかの様に美鶴も苦虫を噛みながら洸夜の影を睨み付ける。

答えは簡単だった。

少なくとも二年前、洸夜と共にいた者には分かる事、それは。

 

「ワイトのジャミング能力……"アンチ・マハアナライズ"か……!」

 

"アンチ・マハアナライズ"……通称、ジャミング能力。

それは現在、桐条が把握しているペルソナの中でも洸夜のペルソナ『ワイト』だけが持つ希少なスキルである。

風花やりせが持つ、能力を把握する為のアナライズとは真逆の能力処か、彼女達にとって最悪にし最強の天敵であると同時に完全なアナライズ潰しの力。

情報はおろか、姿すらも隠せる程に強力なスキル。

戦闘能力を捨てた対価に得たワイトの力。

それが今、洸夜の影がその力を得ている。

総司は静かに刀に手を添えながら、洸夜の影から視線を外さずに捉える。

 

「やっぱり、ペルソナの力も支配下にしてる様だな」

 

「ゴクッ……! クマ、ちょっと武者震いが……」

 

人の姿でありながら、大型シャドウを前にしている様な迫力を前にクマは思わず震えてしまう。

だが、大型シャドウ化していないと言う事は洸夜はまだ否定していない証拠。

どう行動するか、ここが分岐点となるとこの場にいる全員が思っていた。

そんな時だった、洸夜の影が不意に一冊の本を総司の前に放り投げてきた。

辞書よりも厚いその本は、総司達にとっても見覚えのあるものだった。

 

「!……兄さんの"ペルソナ白書"!?」

 

総司が拾ったのは洸夜の所持品であるペルソナ白書だった。

本来なら洸夜が持っている物。

その白書を総司は無意識の内にページを捲ると、総司の視界に入ったのは全て"白色"となったページのみであった。

 

「既にペルソナが……」

 

「クッ! シャドウ!洸夜は何処だ!アイツに何をした!!」

 

洸夜の身の危険を感じ、明彦は拳を握り締め洸夜の影に向けた。

しかし、そんな明彦に洸夜の影は特に気にもせずに静かに笑い声を出す。

 

『クク……! ここまで来た……新たな絆を築く為か? 寂しいもんな……孤独は……』

 

「なにか様子がおかしい?」

 

「気にする事ないわよチドリ。どうせさっきと同じ言葉遊びに決まってるわ! それよりも質問に答えなさいよ!」

 

「兄さんは何処にいる……!」

 

ゆかりと総司の言葉に続く様に美鶴達も又、静かな構えを解かずに洸夜の影へ少しだけ距離を詰めた。

数的にも何かされたとしても対処できる。

だが、洸夜の影は総司の言葉に首を傾げた。

 

『見えないのか? あるだろ……目の前にな!』

 

「ッ!? これは……!」

 

総司は己の目の前で起こった事に驚きを隠せなかった。

空に君臨する虹色の月が光の柱の様に、この世界を照らした瞬間、それは出現した。

一言で言えば黒い塔。

最上階が円上の広場になっている、天にも届くと錯覚しそうになる程に高い塔だ。

だが、総司も美鶴達も最上階等は目にも入らない。

そんなモノを見るよりも意識を持っていかれるモノが目の前にある。

出現したのは黒い塔だが、形が異常であった。

赤い家、黄色のビル、青い小屋等々、色とりどりの建物や物が黒い塔にぶっ刺さっているのだ。

いや、恐らくはぶっ刺さっていると言う表現も正しくはない。

正しく言うならば、黒い塔から色とりどりの物が"生えて"いる。

建物の存在感や異常さ、この全てが圧巻なのは総司もクマも、美鶴達でさえ否定出来ない。

しかし、美鶴達はその黒い塔の姿にあるモノを思い出してしまう。

そう、あの影時間に現れる桐条最大の罪の一つを。

 

「タルタロス……?」

 

呟いたのはアイギスだ。

色とデザイン自体はタルタロスには似て非なる物なのは間違いない。

だが、雰囲気等が似ていた。

異質を纏った巨大な存在感を醸し出す、あの建物に。

アイギスの言葉に思わず全員が反射的に身体を微かに動かしてしまう中、洸夜の影は総司を見ながら静かに語り出す。

 

『来るのか? 黒き愚者の下に?』

 

『見るのか? 黒き愚者の世界を?』

 

『背負えるのか? 黒き愚者の過去が?』

 

一々、間を空けながら話す洸夜の影。

まるで何かの役に成りきっているかの様に両手を挙げたり等、何かリアクションをしながら話していく。

そんな様子だが、総司達は静かに状況を見極めて行く。

確実な事しか出来ない。

その思いを胸に、総司達は洸夜の影を見ていた時だった。

洸夜の影の雰囲気が変わり、場の空気が変わる。

 

『……辿り着けるのか? あの黒き愚者の所へ?』

 

そう言った瞬間、洸夜の影は突然叫んだ。

 

『この数多のシャドウがいる! "黒き愚者の幽閉塔"を突破してな!!』

 

「!……シャドウです!?」

 

洸夜の影が言い終わるのと同時に風花が叫んだ瞬間、総司の周りから大量のシャドウ達が出現し出した。

アブルリー・ダイス・ギガス・アニマル・武者。

少なくとも、一目見ただけで五種類ものシャドウが確認出来る。

所々に通常の大型シャドウも確認出来る。

総司達は瞬く間にシャドウに囲まれてしまった。

その中に既に洸夜の影はも居らず、クマは武器である爪を出しながら総司に言った。

 

「やっぱりそう言う事だったクマか。ここまでシャドウに会わなかったのは只、シャドウがこの世界に集まっていたからと言う事……」

 

「それは随分と手の込んだサプライズだな」

 

「ああ! 腕が鳴る程にな!」

 

総司の冗談に明彦も腕を鳴らしながら答え、美鶴達もそれに頷く。

 

「風花、君は後方に下がってサポートだ。ゆかりとチドリは風花の護衛……残りのメンバーも臨機応変に対処。総司君、クマ……君達もいけるか?」

 

「いつでもどうぞ」

 

「センセイと同じく」

 

美鶴からの問いに頷き、ペルソナカードを取り出す総司とクマ。

シャドウも既に臨戦態勢。

 

「皆さん!」

 

アイギスは素早く、何処からともなく出した白い拳銃"召喚器"を所持していなかった順平達に投げる。

そして、順平達がそれを素早く掴んだ瞬間、全員が叫ぶ。

 

ペルソナ!!

 

……仮面の名を呼び、総司達の周りに多数のペルソナが現れシャドウ達に飛び込んで行く。

洸夜救出の幕が上がった。

 

 

End


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