ペルソナ4~迷いの先に光あれ~   作:四季の夢

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幸福とは何かと大学の哲学で課題に出されたので、不幸の対極であり、不幸を体験した者が体験出来るモノと答えた。


無の勇者の戯れ~ボイドクエスト編~
霧の惨劇


同日

 

屋上でのあの後、美鶴達は洸夜を部屋へと運んだり、ホテルの従業員への説明を済ませた。

ボロボロの屋上を見た従業員は呆気に取られていたが、全て桐条が弁償することで話をまとめる事が出来た。

少なくとも、洸夜への償いを考えればこんな事しか思い付かなかったのだ。

そして、一体何が起こったのか分からない従業員の表情は中々面白かったが、怪我人が出なかった事が一番良かったと感じる美鶴達。

……その事件から翌日。

 

================

 

7月10日 (土) 晴

 

現在、ホテル(入り口前)

 

 

ホテルの入り口に止まっているリムジンの前で、堂島と美鶴は別れの挨拶兼雑談をしている。

元々、美鶴は今回のお見合いには乗り気ではなかった。

相手が洸夜と最初から知っていれば結果は変わっていたかも知れないが、最初から今日の午前中に帰る事を計画していた為、こんなにも早めに帰る事と成ったのだ。

 

「この度は本当にありがとうございました」

 

「いえ、こちらこそ……折角のお見合いなのにごちゃごちゃに成ってしまって……」

 

「……先程も言いましたが、それは気にしないで下さい。お見合いの話は、また今度で……」

 

「そう言って貰えると、此方も安心できます。(……相手は"桐条"。下手な事をして姉さんにやられたくないしな……)」

 

自分がついていながら桐条クラスとのお見合いがパアに成りました何て事があったら、洸夜達の母である自分の姉に何をされるか分かったもんじゃない。

堂島は二日酔いで痛む頭痛に耐えながらも、美鶴とお見合いの今後について話し出す。

また、その向こう側では、総司と菜々子がアイギス達と会話を楽しんでいた。

「アイギスお姉ちゃん……またね!」

 

「菜々子ちゃんもお元気で……」

 

菜々子に合わせてしゃがみながら会話をするアイギス。

お互いに笑顔で有りながらも、菜々子の表情は寂しさを隠せないでいた。

たった一日でも、アイギスと過ごした時間は菜々子にとって確かに楽しいもので合った。

 

「……アイギスお姉ちゃん。また……菜々子と会ってくれる?」

 

思わず悲しそうになる表情だった菜々子は、アイギスに見えない様に顔を下に向けた。

だが、そんな菜々子の表情から感じとったのか、アイギスは優しい笑顔で菜々子に小指を差し出した。

 

「大丈夫……いつかまた会えます。その約束として指切りしましょう」

 

「!……うん! 約束だよ!」

 

そう言って互い指切りをして満面な笑顔で約束をする二人。

そして、指切りが終わった後に何故かアイギスの顔をジッと眺める菜々子。

そんな菜々子の行動に少し恥ずかしくなるアイギス。

こんな風に顔をジッと見られる事など今は全く無いのだから当たり前だ。

 

「あ、あの……何か、私の顔についているでしょうか?」

 

恥ずかしさの為か、少し自分の顔に熱が生まれるのを感じたアイギス。

そんなアイギスの内心を知ってか知らずか、菜々子はアイギスの顔を更に凝視しながら口を開いた。

 

「アイギスお姉ちゃんって……悪者と戦っているの?」

 

首を傾げながら言う菜々子に対し、アイギスも思わず首を傾げてしまった。

悪者かどうかは分からないが、自分はシャドウと戦っているのも事実。

だが何故、菜々子がそんな事を思ったのかアイギスには検討が付かなかった。

 

「?……悪者かどうかは分かりませんが、どうしてそう思うのですか?」

 

アイギスの言葉に、菜々子は彼女の目をしっかりと見つめた。

 

「だって、アイギスお姉ちゃん……"ロボット"さんだよね?」

 

「ッ!?」

菜々子の言葉に、アイギスは一瞬言葉を失ってしまう。

菜々子からすれば、アニメ等の影響でロボット=悪者と戦うと言うイメージが生まれてしまっているのだろう。

だが、アイギスからすれば、自分がロボットだと言うのがばれている。

しかも自分は只のロボットですは無く、シャドウと戦う為に造られた言わば兵器だ。

一歩間違えれば、自分は誰彼構わず傷付ける存在だ。

 

アイギスは少し胸が悲しく成るのを感じながらも、菜々子の言葉に頷いた。

 

「はい……菜々子ちゃんの言葉通り、私はロボットです。……怖いですよね」

 

「どうして? 菜々子、アイギスお姉ちゃんがロボットさんって言うのぶつかった時に分かってたよ? それにアイギスお姉ちゃんはやさしいし、怖くないよ! 逆にカッコいい!」

 

怯えた様な表情を一切しておらず、寧ろ楽しそうに話す菜々子からの思わぬ返答に目を丸くしてしまうアイギス。

人とは違う自分に対し、菜々子が本当は怯えているのでは無いかと思い、そう言ったアイギス。

しかし、菜々子は兵器である自分の事を怖くない、それどころか優しい、カッコいいとまで言ってくれた。

しかも、菜々子はぶつかった時に自分がロボットと分かったにも関わらず、ずっと自分に対してあんなにもなついて来てくれていた。

そう思うと、アイギスは自分の胸が温かく成るのを感じ、目にも涙が出そうにすら成ってしまいそうになり、手で目の辺りをチェックする。

 

「アイギスお姉ちゃん……泣いてるの? 菜々子、わるいこと言ったの?」

 

アイギスが泣きそうに成っているのは自分のせいだと思い、菜々子は心配そうにアイギスを見るが、アイギスは静かに首を横に振る。

 

「……いいえ。これは悲しいからでは無くて、嬉しいから泣きそうに成っているんです……菜々子ちゃん、ありがとうございます」

 

「???」

 

何故、自分がお礼を言われたのか分からない菜々子は再び首を傾げてしまい、そんな菜々子の様子にアイギスは嬉しそうに微笑んでしまった。

 

そして、少し離れた所では総司と明彦が立ち話をしていた。

 

「そうか……洸夜はまだ眠っているんだな?」

 

「はい。一回目を覚ましたんですけど……なんか、見送り出来るほど元気じゃないとか言って……」

 

互いにホテルの入口の柱に背中を付けながら語る総司と明彦。

堂島と美鶴は色々と話す事があり、菜々子とアイギスは互いに仲良く話をしたがっていた。

という訳で、総司と明彦が互いに余ったのだ。

 

そして、明彦は総司の言葉に静かに瞳を閉じた。

 

「……。(……目が覚めたのか。それだけでも分かれば良い……) まあ、体調が治って無いのに無理させられないからな。洸夜が目を覚ましたら宜しく言っといてもらえないか?」

 

「はい、分かりました。兄さんには、こっちから宜しく言っときます」

 

「……すまないな」

 

総司からの言葉に、そう言って空を眺める明彦。

 

大きな雲や小さな雲。

色々な雲が浮かぶ晴ればれとした綺麗な青空。

だが、明彦の心はそんな空を眺めても晴れなかった。

自分達が招いた罪。

そして、昨日の洸夜のシャドウ化。

自分の知らない所で、また何かが起きている。

そう思ってならず、明彦は自分の胸から感じるざわざわとした感じに不快な気分に成ってしまう。

 

「……。(それだけじゃないがな……)」

 

そう心の中で呟くと、明彦はチラッと総司の方に視線を向けた。

明彦が気になった事。

それは総司がお見合いの場で一瞬だけだが、小さく発した"ペルソナ"という言葉。

 

「……。(ペルソナ……只の聞き間違いと思いたかったが、昨夜の洸夜のシャドウ化と美鶴から聞いたペルソナの暴走。この色々と起きている状況下で見過ごす事は出来ないな……この弟もペルソナ使いか? いや、それよりも……こいつは一体、何を何処まで知っている?)」

 

明彦からそんな事を思われているとは知らない総司は、菜々子とアイギスの方を見ている為か、明彦の視線には気付かなかった。

そんな風にそれぞれが会話をして数分が経ち、アイギスと明彦が美鶴に呼ばれてリムジンへと入り始めた時、美鶴が一人で総司の下へと近付いた。

その手に、黒いラインの入った白い腕輪らしき物と封筒を握りながら……。

 

「君に頼みたい事がある。これを洸夜に渡して貰いたい……」

 

「……これは?」

 

総司は、美鶴から腕輪と封筒をとりあいず受け取った。

しかし、封筒からは何も感じないが、腕輪からは何処か不思議な感覚がするのを総司は感じた。

そんな風に不思議そうに腕輪と封筒を見ていた総司の問いに、美鶴は静かに背を向けた。

 

「そんな大した物で無いが、私から洸夜へ贈り物だ。(これが、今の私に出来るせめてもの償いだ……) 」

 

美鶴がそう言うと同時に、桐条の使用人らしき者達が出てきてリムジンの扉を開け、美鶴が入るのを確認すると扉を閉めて総司達に一礼し運転席へと移動した。

そんな出来事に良く分かっていない菜々子はともかくとして、呆気に取られる堂島と総司。

自分達が普通に接していたのはああ見えても、桐条グループの現当主。

その事が今に成って実感した二人を知ってか知らずか、窓から美鶴達は総司達に軽く頭を下げた。

 

「それでは、私達これで……」

 

「アイギスお姉ちゃん! バイバーイ!!」

 

菜々子の笑顔に、アイギスで返しながら手を振り替えし、リムジンはゆっくりと進みだしていった。

そして、まるで嵐が過ぎ去ったかの様な感覚の堂島と総司はリムジンが見えなく成ったのを確認すると同時にゆっくりと溜め息を吐いた。

 

「……やれやれ、お見合いの付きそいって言う慣れない事はしない方が良いな」

 

昨夜のバーの様に限られた人数ならばいつも通りの感じに話せる堂島だったが、さっきの様な状況では下手に気を配ってしまい気疲れしてしまった。

そして、やっと肩の荷を下ろした言わんばかりに伸びをすると煙草を取り出して火を着けた。

そんな堂島に共感する事も有れば、良い息抜きな感じに思っていた総司は、堂島の言葉に苦笑で返した。

 

「まあ、少なくとも菜々子には良い息抜きに成ったんじゃない?」

 

「ん? まあ……そうだな」

 

この間のゴールデンウィークもそうだったが、菜々子に家族で出掛けると言う事をずっとしてやれなく後悔していた堂島。

今回のは洸夜が倒れたり色々合ったが、菜々子には其なりに良い思い出を作る切っ掛けをくれた洸夜と姉に感謝した。

 

そんな風に思っていた堂島は、煙草の煙を二人に掛からない様に吐くと何気無く総司の方を向いた。

 

「……それにしても総司。お前は何とも思わなかったのか?」

 

「え……? 何が?」

 

「何がって……場合によっては桐条美鶴がお前の義姉に成るかも知れなかったんだぞ? 少しは思う所が有ったんじゃないのか?」

 

「……」

 

堂島の言葉に少し黙る総司。

 

堂島の言う通り、少なからず不安等は有った。

元は両親が自分達に一切何も言わずに勝手に進めていたお見合い。

自分の目の前にいた女性が兄と結婚して自分の義姉に成るかも知れない。

洸夜じゃなくても、色々と不安はある。

 

「……其なりに不安は有ったけど、最終的には兄さん達が決める事だから、俺が不安がっても仕方ないと思ったんだ。それに、良くは分からないけど……なんか、兄さんと美鶴さんが何故かお似合いに見えたんだ」

 

「……成る程な。まあ、確かに……俺達が騒いでたってしゃうがねえよな」

 

そう言って堂島が吐いた煙草の煙が空に登って行くのを総司は静かに見詰めていた。

 

===============

 

現在、リムジン(車内)

 

総司達が色々と会話をしていた頃、美鶴達は静かに口を閉じていた。

いや、正確に言えば、機嫌が悪くなっている美鶴の雰囲気に困惑してどうすれば良いか迷っているアイギスと、触らぬ神に祟り無しと言わんばかりの雰囲気で腕を組みながら目を閉じている明彦の二人が口を閉じていた。

美鶴が機嫌を悪くしている理由は極めて単純に原因はこの車に有った。

美鶴が部下に頼んだ車は単純に自分達三人が"余裕"を持って乗れる車と言った……そう"余裕"のある車と……。

しかし、部下が何を思って決めたのか分からないが、その結果がリムジンだ。

正直な所、美鶴はリムジンが嫌いだ。

今走っている場所は色々と人通りも多く、交通も充実している。

だが、リムジン等と言った目立つ車は別。

道行く人全員が此方に視線を向けているのだ。

外から中が見えない様に成っている為、外から美鶴達の姿が見える事は無いが、そんな事は関係無かった。

はっきり言って落ち着きもしなければ、集中も出来ない。

前にシャドウワーカーの仕事の件でゆかり達に協力を頼んだ事が有り、その時も何故か嫌味なぐらい長いリムジンで向かいに言ったのだが、その車を見たゆかり達の反応は……。

ゆかりは口を開けて絶句。

順平は「何の嫌味っすかこれ!?」と嘆き。

風花はこんな目立つ車に今から自分達が乗るのかと思うと恥ずかしく成ったのか、真っ赤にした顔を隠し。

乾は何故か苦笑しかせず。

コロマルからは吠えられ。

チドリからは「美鶴の趣味は理解出来ない……」と誤解されたり等、散々な思いをした事があった。

 

「……はあ。(洸夜の御家族に嫌味だと思われなかっただろうか……?)」

 

先程の別れ際に見た総司達の絶句した表情を思い出しながら溜め息を吐く美鶴。

そんな時。

 

「美鶴」

 

「どうした?」

 

さっきまで目を閉じていた明彦だったが、いつの間にかその手には"子供に好かれる強者の成り方"等と書かれた変な本を読みながら美鶴へ話掛けた。

 

「……お前、稲羽の事件に介入するのか?」

 

「今起きている稲羽の事件に、シャドウが関わっているかどうかは分かりません。ですが、洸夜自身が何かに巻き込まれているのは確かな気がします……」

 

二人の言葉に、美鶴は少し考え込んだ。

 

まだ材料が少なすぎるのが最もな理由なのだが、下手に介入して逆に事件の解決を遅らせる可能性等も踏まえ、慎重に物事を判断しなければ成らない。

洸夜の言葉やシャドウ化を考えると、現在洸夜が暮らしている稲羽の町に何か有ると思ってしまうが、今起きている事件にシャドウが関係しているという裏付けには成らない。

 

「……まだ判断出来ない。メンバーを召集して話し合うにしても、あまりにも材料が少なすぎる」

 

明彦に対してそう返答した美鶴。

その返答に対して明彦は本を閉じ、再度腕を組んで考え込む。

 

「やはりそうなるか……洸夜の弟が恐らくペルソナ使いである可能性が高いんだが、其だけじゃ材料としては弱いか」

 

「やはりもう少しだけ稲羽の事件について詳しく知る必要が有りそうですね」

 

「ちょっと待て。明彦……今、お前は何て言った?」

 

明彦とアイギスが各々の考えを口に出すが、美鶴は先程言った明彦の言葉に聞き捨て成らない事があり、明彦へと顔を向けた。

 

「……どういう意味だ?」

 

「さっき言っていた事だ! 洸夜の弟である瀬多 総司……彼がペルソナ使いであるかも知れないと言っていたろ!」

 

美鶴の言葉に明彦とアイギスは互いに顔を合わせ、あれ?美鶴に言って無かったか?と言わんばかりの表情をしながら、お見合いで総司がペルソナと言う単語を発した事を説明した。

そんな二人の話を聞き、美鶴が怒らない訳が無かった。

美鶴は更に機嫌を悪くした感じに目を細くし、二人を睨み付けた。

 

「何故、そんな大事な事を黙っていた……!」

 

「……いや、まあ、色々有ったものだからつい」

 

「美鶴さんは彼がペルソナ使いだと判断するのですか?」

 

頭をかきながらすまなそうにする明彦とは裏腹に、美鶴の総司に対する意見を聞くアイギス。

色々と雰囲気等が独特なのは美鶴も感じていたが、総司のそれ以外の事は今一感じ取る事が出来なかった美鶴。

あんな認識は『彼』と初めて会った時以来だ。

 

「ここまでシャドウやペルソナが関わっているんだ、無視は出来まい……アイギス! 戻り次第稲羽の事件について話し合わなければ成らない様だ。他のメンバーにも伝えておいてくれ」

 

「分かりました」

 

「俺も当分は国内にいるつもりだから、無論参加させて貰うぞ」

 

「頼む」

 

互いに頷き合う三人を乗せ、リムジンは静かに目的地へと走り続ける。

 

================

 

7月11日(日)曇り

 

現在、稲羽市

 

「すまんな、せっかくゆっくりしていたのに、日曜日の朝一で帰る事に成っちまって……」

 

「仕方ないさ、それだけ叔父さんが頼りにされているって事でも有るし」

 

そう言って洸夜は、車のミラーで後ろの座席で寝ている総司と菜々子の様子を見た。

何故、洸夜達がこんな今朝早くから稲羽市に戻っているのかと言うと。

昨日の昼頃、堂島の携帯に連絡が入り、どうしても堂島でなければ駄目な仕事が出来た為急遽、稲羽に戻る事に成ったのだ。

また、直ぐに仕事に行く堂島を気遣って運転する洸夜の腕には美鶴から貰った腕輪が付けられており、洸夜はその腕輪をチラッと見ると、昨日総司から渡された美鶴からの手紙の内容を思い出していた。

 

『洸夜へ。この腕輪は桐条が新たに作り上げたペルソナ能力を抑える物で、それはその試作品だ。試作品と言う事もあり、完全にペルソナを抑える事は出来ないが、効果は保証出来るものでペルソナ能力を制限し、ペルソナの暴走は抑える事が出来る。だが、その代わりに本来の力で戦う事が出来ないと言うデメリットがある為、注意してほしい。今、私に出来る事はこれぐらいだ。これぐらいでお前への罪滅ぼしに成るとは思わないが、今のお前にはコレが必要だと思い渡す事にしたーーー』

 

そこから先は読まなかった洸夜だが、美鶴から貰った腕輪の効果はあり、体が軽く感じるのを実感する事が出来ている。

そして、もう一つ。

昨夜の事についても考えていた。

 

「……。(アイギスと話していて、頭痛や目眩がしたと思えば……其からの記憶が無い。一体、何が有ったんだ)」

 

昨夜アイギスと話していたと思えば、気付いたらホテルのベッドの上にいた。

そこのところだけの記憶がすっぽりと消えている。

何が有ったか分からない。

まるで、自分では無い別の何かが自分の体を使っていた様だった。

 

そこまで洸夜が考えた時。

稲羽の町に近付いたのだろう、霧が濃くなりだしたのに気付くと洸夜は車のライトを点灯する。

 

「……霧が濃すぎる」

 

稲羽の町は相変わらず異常に濃い霧に包まれており、運転する洸夜にとっては邪魔で仕方なかった。

ライトを点灯しても其ほど意味が無い。

そんな時、堂島が洸夜に視線を向けた。

 

「洸夜……」

 

「ん、どうしたの?」

 

「いやな……俺が言う事ではないとは思うが……そのな、無理はするなよ。何かあったらちゃんと俺や菜々子、そして総司にーーー」

 

「叔父さん」

 

堂島が言わんとしている事が分かったらしく、洸夜は堂島の話に割り込む。

 

「気持ちは嬉しいけど、こればっかりは俺達の問題なんだ」

 

そう言って、洸夜は赤信号の交差点でブレーキを踏み車を止めた。

まだ、早朝だからか霧が立ち込める交差点には人の気配は無いが、鳥の鳴き声一つも無い程に静かだった。

 

「洸夜……お前と総司は俺に大切なことを思い出させてくれた。だから、今度はお前の力に成ってやりたいと思ってる……まあ、こんな、短い間で父親ずらはされたくはねえかも知れねえが……」

 

洸夜の様子に苦笑する堂島。

しかし、洸夜は堂島の言葉に首を振った。

 

「それは違う……俺は両親と話す機会がすくなかった。総司が生まれてからは尚更……でもさ、叔父さんは少なくとも、どれだけ仕事が忙しくても菜々子とは話をするだろ? 俺はそれすらも無かったから……俺も叔父さんみたいな親が欲しかった」

 

「洸夜……」

 

まさか洸夜にここまで信頼されていたとは思わなかった堂島。

そして、その言葉は確かに嬉しいものだったのだが、どう返せば良いか分からないと言った感じだった。

 

「姉さん達には何の相談もしなかったのか?」

 

精神科に行く程の出来事だ、少なからずは両親に相談したのだと思った堂島。

だが……。

 

「え? 何で……?」

 

平然とした表情でそう言って退ける洸夜に、堂島は少し驚いてしまった。

 

「何でって……そりゃあ家族何だから、親に何かを相談しても可笑しくは無いだろう?」

 

堂島のごく当たり前の言葉に、洸夜はどういう意味か理解した感じで頷き、アクセルを踏んだ。

 

「別に母さん達に相談しても意味は無いから、言う必要無いさ」

 

「そうかも知れないが、精神科に進めてくれたのは姉さん達だろ?」

 

「進めただけだよ……」

 

そう言う洸夜だが、別に両親を嫌っている訳では無い。

ここまで育てて貰い、色々と自由にしてもくれているから逆に感謝している。

だが、其だけとも言える。

洸夜は総司が生まれる前から自分の事は自分でやっていた。

親が共働きで自分しか頼る者がいなかったというのが一番の理由でもあり、いつの間にか洸夜は親に頼ると言う事をしなく成った。

 

そんな洸夜の様子に堂島は溜め息を吐いた。

 

「……はあ。(昔から洸夜は子供らしくなかったが……そう言う事か。姉さん……これは姉さん達の負債だ。俺も人の事を言えねえが、今の洸夜にしてしまったのは姉さん達だな……)」

 

堂島が内心でそう思った時だ。

気分を変える為か、洸夜がラジオを着け、ニュースが流れた。

 

『次のニュースです。▲▲県の◆◆学校の職員が、女子児童の着替えを盗撮したとして昨日書類送検された事がーーー」

 

流れたニュースに思わず顔をしかめる洸夜と堂島。

 

「最低だね……」

 

「ああ、全くだ……。これじゃ、娘一人安心して学校に預ける事もできねえな」

 

そう言ってチラッと後ろで総司と一緒に眠っている菜々子に視線を向けた二人。

もし、菜々子が同じ目に合ったならば、総司を含め、この三人は犯人を地の果てまでも追いかけるだろう。

 

「やれやれ……今の若え連中は情けねえな。大体、今の連中ときたらーーー」

 

堂島がそこまで言った時だった。

 

『次のニュースです。昨夜、▲▲県警の巡査部長が女子高生に、わいせつな行為をしたとして昨夜緊急逮捕しました』

 

「「……」」

 

ラジオのニュースに黙り混む二人。

車の走る音しか聞こえない車内の沈黙が更に気まずくさせる。

そして、再び赤信号でブレーキを踏むと、洸夜は静かに口を開いた。

 

「……叔父さん」

 

「……ま、まあ、人それぞれだしな。皆が皆がそう言う奴な訳では無いな」

 

思わず苦笑いする堂島。

その様子に洸夜は軽く微笑むと青に成った信号 に気付き、ゆっくりとアクセルを踏んだ瞬間。

突如、霧の中から赤信号である歩道の方から人が飛び出してきた。

 

「うおっ!」

 

突然の事に驚く洸夜だが、スピードがまだそれほど出ていなかった事もあり、直ぐに急ブレーキを踏んだ。

 

「な、なんだ!?」

 

「ふぇ! どうしたの!?」

 

「うわわ!?」

 

後部座席で寝ていた総司と菜々子も急ブレーキの衝撃で跳ね起きる。

ブレーキを踏んだ洸夜自身も、霧のせいで飛び出して来た人物のシルエットしか分からず、男性なのか女性なのかさえ分から無かった。

しかし、シルエットから相手が高校生ぐりいなのだけは分かる。

すると、助手席に座っていた堂島がシートベルトを外した。

 

「ったく、どこのどいつだが知らねえが……この稲羽署の堂島の前で堂々と信号無視しやがって……!」

 

「……そう言う問題? 」

 

堂島の言葉に苦笑いする洸夜。

しかし、相手が信号無視して飛び出して来たのは事実。

万が一の事が起こらなかったから良かったものの、事故が起きたらどうするつもりだったのだろうか。

そう思いながらも、シートベルトを外した堂島が車のドアを開けた。

すると……。

 

「ッ!」

 

「あっ! 逃げやがった!?」

堂島が扉を開けた瞬間、飛び出した人物は一目さんに逃げた。

それに気付き、堂島も後を追うとするが深い霧がそれを阻む。

そして結局、洸夜も堂島も何が起こっているのか分からない総司と菜々子もその人物を見失ってしまった。

 

「……逃げられたね」

 

「……マジで轢かなくて良かった」

 

「俺の前で堂々と信号無視、そして逃げやがるとは……」

 

「お家についたの?」

 

それぞれが今感じた事を口にして、心の整理をする。

するとそんな時……。

 

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「「「「ッ!?」」」」

 

突如、ここから近いところから叫び声が洸夜達の耳に届く。

 

「い、今のなに?」

 

「大丈夫……菜々子はまだ寝てた方が良い」

 

怯える菜々子を総司が落ち着かせ、菜々子は静かに頷き、総司にしがみつく様に目を閉じる。

 

「近いな……」

 

「有給とか言ってらんねえな……洸夜! 近いところまで行ってくれ!」

 

「はいよ!」

 

堂島の言葉に、洸夜は急遽方向を変えて叫び声が聞こえる方へ車を走らせた。

 

=================

 

その場所には直ぐに着いた。

霧で良く分からないが、小さなビルなのかアパートなのか良く分からないが、その建物の前でジョギングでもしていたのか、ジャージを来た中年の男性が腰を抜かしていた。

 

「洸夜、総司……お前らは菜々子を頼む。絶対に車から出るな」

 

刑事の顔の堂島に言われ、洸夜達は頷き、堂島は車から降りてその男性の下へ向かった。

そして、洸夜と総司は約束通り車からは出ず、車内の中からその様子を見ていた。

 

「どうしました?」

 

「あ……あ……あれ……!」

 

男性は堂島に気付き、とても怯えた表情で建物の上を指差す。

建物の上の方は少しだけ霧が薄く、全く見えないほどでは無かった。

 

「上……?」

 

男性の言葉に堂島は上を向き、洸夜と総司も車内の中から体勢を低くして建物の上を見ると、そこには……。

 

「「「なっ!?」」」

 

洸夜達が見た先には、建物の屋上にある貯水タンクらしきモノのハシゴに足を引っ掛けて吊るされている男性……諸岡……通称“モロキン”の遺体だった。

 

End

 


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