同日
現在、完二の家(染物屋)
直斗との疲れる会話の後、洸夜は完二の家である染物屋の扉を開け、中へと入って行く。
主な目的は、事件に関係する物の探索と完二の姿の確認なのが目的だ。
しかし、染物屋に入った洸夜の目に飛び込んで来たのは、弟とその友人達の相変わらずの姿。
「……何しているんだ、総司?」
洸夜の台詞に四人がこちらを向く。
そして、洸夜を見た四人はいかにもマズイ所を見られたと言った様な顔になる。
「兄さん、どうしてここに……!」
「叔父さんが言っていた染物屋に興味がわいてな、来てしまったんだ」
口調から察するに、洸夜が此処に来るとは全く予想していなかったので有ろう。総司の言葉に、洸夜は違和感が無い様に返答する。
総司達は恐らく、直斗程の推理力・鋭さが無いとは思われるが、下手な事を言えばバレる可能性もある。
その為、出来るだけ違和感が無い様に会話する必要がある。
「こ、こんにちは、お兄さん」
「こんにちは、お兄さん」
総司が口を開いた為少し緊張が解れたのか、自分に挨拶する千枝と雪子。
「やぁ、千枝ちゃんに雪子ちゃんもこんにちは……ところで、お前等こそ何でここに……?(まあ、恐らくは巽完二について探りに来たんだろうな)」
内心では、総司達が此処に来た理由を察する洸夜。
そして、洸夜の言葉に花村と千枝が冷や汗をかいていたが、総司と雪子は冷静を保っている。
その様子に洸夜は少し安心する。
どの様な場面でも、必ず冷静を保てるメンバーが最低でも一人は必要になる。
その為、陽介と千枝はともかく総司と雪子に冷静さが有る事がわかり、安心したのだ。
「それはかくかく然々で……」
「成るほど、雪子ちゃん繋がりか……」
「え? それでわかるのッ!?」
洸夜と総司の会話に呆気に取られる千枝。
第三者からは分からないかも知れないが、家族等と言った長い付き合いの者との会話は、これで意外に分かる。
そして、総司との会話を終えた洸夜は今度は自分が此処に来た理由を付け足す事にした。
「あと言い忘れていたが、今日は簡単に下見して、そして良いのがあったら買うつもりで来たんだ」
そう言って総司達に背を向けながら店内の商品を見る洸夜。
その様子に総司達はソッと外に出ていくが、洸夜はまだ気付いてない。
「(中々、良い品が揃っているな。流石は老舗の染物屋……ん?)」
洸夜が店内の品を見ていると、何故か店内に似つかわしくないウサギのぬいぐるみが有り、洸夜は何気なくそれを手に持って見る。
「これは……!(糸の縫い目も凄いし布や綿の量も適切だな)」
洸夜は、そのぬいぐるみの技術と完成度の高さに驚きを隠せないでいた。
「……それ、よく出来てるでしょ?」
洸夜が真剣にぬいぐるみを見ていると、お店の叔母さんが嬉しそうな表情をしていた。
「これは貴方が……?」
洸夜の質問にお店の叔母さんは静かに首を横に振る。しかし、その嬉しそうな表情から叔母さんの身内の人物が作った事が分かる。
「いいえ、それは「何ぃ見てんだぁ!ゴラァ!!!」……あらあら」
「……?」
伯母さんの話を遮り、店の外から怒鳴り声が響く。
余りの事に状況がついていけない洸夜。
だが、店の伯母さんは慣れた感じの様子だ。
すると、そんな時に扉が開く。
「……」
中に入ってきたのは、デカイ体格に特徴的な髪型の男子学生『巽完二』が店に入って来た。
その体格や纏っている雰囲気から、族を中三で潰したのが真実だと分かる。
「ただいま……」
「こら完二! 中まで聞こえてたわよ!お客様もいるのに……」
「えっ!? あ、その、すんません」
自分の母親に怒られ、店にいた洸夜に気付き謝罪する完二。
その態度から察するに、根は良い奴なのが分かる。
「……(そんな格好や雰囲気では周りから誤解されてしまう。だが、彼がこう成ったのには何か理由が有る筈だ)」
完二の性格と、態度や雰囲気が合わないと思った洸夜は何故、完二がこう成ってしまった理由について考えていた。
すると、そんな事を思っていると、完二が洸夜の手に持っているぬいぐるみに気付く。
「あッ! それは……」
「これが何か?」
洸夜が聞き返すが完二は顔を下に向け、黙り込んでしまった。
その姿は先程とは違い、まるでとても小さく、そして弱く見えてしまう。
そして、一体何故完二が黙ってしまったのか分からず、その場で佇んでしまう洸夜。
すると……
「うふふ、お兄さん。実はそのぬいぐるみはね、この子が作ったのよ」
「なっ!テメェババァ!」
余程知られたくなかったのか、顔を真っ赤にしてキレる完二。
どうやら黙った理由は、ぬいぐるみを作ったのが自分だと知られたく無かったからの様だ。
「これを君が……」
洸夜は完二にぬいぐるみを見せながら聞く。
こんな高度なぬいぐるみを作れるなんて、もはや才能のレベルだ。
それなのに隠す理由が分からない。
「うっ……そ、そうだよ! 悪りぃかよ!」
そして、洸夜の問いに何故かキレる完二。
別に悪いとは一言も言ってはいない。
そう思った洸夜は首を横に振り、完二に語り掛ける。
「悪い所か、凄いじゃないか! 俺は都会から越し来たんだが、こんな凄いぬいぐるみはあっちじゃ売ってないぞ!」
洸夜の嘘偽りの無い気持ちの台詞に、完二は目を丸くしと驚い顔をしている。
「な、気持ち悪いとか思わないのかよ……」
完二の、気持ち悪いと言う発言の意味が分からない洸夜。
これ程の裁縫技術なのだから、褒められたりするのは有ると思うが、気持ち悪い等とは考えもしない筈。
洸夜はそう思い、完二に聞き返す。
「何故だ?」
「何でって! 俺は男なんだぞ!なのにこんな女みてぇな事して……!」
そう言って悔しそうに拳を握り締める完二。
そして洸夜は、完二の言葉を聞いて言葉の意味を理解する。
元々、裁縫には女性がするモノだと言うイメージが少なからず、皆が思っている事で有ろう。
その為、恐らく完二はその事で嫌な事が有ったのだと分かる。
しかし、此処まで高度に人形を作る完二は、本当に裁縫が好きだと言う事が分かり、そう思うと洸夜は完二の前に来てこう言い放つ。
「そんなのは関係ないだろう?。これは君の才能であり大事な個性だ。少なくとも他の人が否定しても俺は君を応援するぞ」
「……」
洸夜の言葉を聞いて完二は驚きの余り絶句している。そんな完二を余所に、洸夜は先程から持っていたぬいぐるみを見て、無性にこのぬいぐるみが欲しく成ってしまい、完二に聞いて見る事にした。
「なあ、このぬいぐるみを俺に売ってくれないか?」
「な!本気かよ……」
「あらあら」
洸夜の言葉に完二は更に驚き、完二の母親は嬉しそうに笑ってる。
「妹にプレゼントしたいんだけど、駄目かな?」
「え? つーか、金はいらねぇよ」
そう言って恥ずかしそうに目を背ける完二だが、これ程の作品をタダで貰う訳にはいかない。
「そう言う訳にもいかないだろ。叔母さんこれ幾ら?」
「だから、別に金はいらねぇって!」
洸夜が完二の母親に値段を聞くが、完二はそれを必死で阻止する。
そんな息子の様子が嬉しいのか完二の母親は笑いながら答えてくれた。
「なら、こちらのお兄さんに値段を決めて貰えばいいんじゃないの」
その案に洸夜は頷いた。
確かにそれならば、少なくとも洸夜は納得出来る。
それに、自分が決めた値段を知れば完二も少しは自信が持てるかも知れない。
「ハァー、勝手にしろよ………」
そして、完二も根負けしたらしく少し疲れ気味だ。
そんな様子を洸夜は、軽く微笑みながら、財布から万札を取り出して完二に渡すが・・・。
「こんなに受け取れるかよッ!!」
案の定、完二は手を振り回しお金を受け取ろうとしない。
その様子を見て、洸夜はため息を吐きながら無理矢理完二にお金を持たせる。
「良いから受け取れ!。と言う訳でぬいぐるみ、ありがとうよ」
そして、お金を完二に無理矢理渡した洸夜は、とっとと店から出て、バイクを走らせて家に帰った。
このまま居ても、完二が何か言って来るのが目に見えていたからだ。
「何だったんだ、今の客は?。金を無理矢理渡して、とっとと帰りやがった……」
完二は先程の客である洸夜の事が気に成っていた。
最初は、店の前で自分の方を見ていた連中のせいでイライラしていた。
そんな時に家に帰ってみれば、一人のお客が店で自分の作ったぬいぐるみを持ちながら佇んでいた。
そのお客は、髪は灰色の長髪で目も鋭い。
しかも、雰囲気にも刺が有る様に感じ、戦えばとても強い。
それが完二が洸夜を見た時に感じた印象であり、その印象のせいで完二は洸夜を警戒していた。
しかし、実際に話して見れば印象とは違い、自分の趣味をあんなに褒め、そして認めてくれた人物は初めてだった。
昔から、他の奴は男のくせに女みたいで気持ち悪いとか言ってたが、さっきのお客に関しては・・・。
完二が先程、洸夜に無理矢理手渡されたお金を握り締めたまま、そんな事を思ってると自分の母親が隣で笑っていた。
「な、なんだよ……」
「うふふ、いやお前がそんなに嬉しそうな顔をするのは久しぶりだったから。さっきのお客様に感謝しないとね」
「なッ! う、うるせぇな! ほっとけよ!」
母親に対して完二は、それだけ言ってお金を母親に投げ付け、部屋へと帰って行った。
だが、後ろから母親の笑い声が聞こえている為、自分の行動が照れ隠しで有る事がバレている様だ。
ガチャ……!
扉を少し乱暴に空け、部屋に戻った完二は机に置いている作りかけのぬいぐるみを手に取り、ぶつくさ言いながら作り始めた。
「……ったく! 何で今日に限って色んな事が起こんだよ……!。白鐘って奴と良い、さっきの四人と客と良い、意味が分かんねえぜ……!」
ハッキリ言って自分の姿を見た奴は十中八九逃げるか、喧嘩を売って来るかのどちらかだ。
きっと先程の四人も同じ様な連中だろ。
しかし、白鐘とか言う帽子を被った少年は自分の話しが聞きたいと行って来た。そして、昔から親や親しい友人以外では認めてはくれなかったこの趣味。
だが、先程の客は初めて会ったのにも関わらず、年上と言う理由も有るだろうが自分の姿にも恐れず、趣味も褒めてくれた。
「……才能か。オレにしたら、そんな大層なもんじゃねえんだがな……」
そう呟いた完二の表情は、自分でも滅多に見れない程の笑顔だった。
END