【旧バージョン】QOLのさらし場所   作:QOL

25 / 35
【旧バージョン】何時の間にか無限航路 第七十一章+漂流編1+漂流編2+漂流編3

Side三人称

 

その恒星が誕生したのは、人類がマゼラン銀河圏に到達するよりずっと昔。

大マゼランと小マゼラン、そしてその二つを繋ぐマゼラニックストリームの奔流。

その奔流がもっとも活発だった時に誕生したのが赤色超巨星ヴァナージであった。

重力変調の渦の中、その強大な質量により周囲を安定せしめた超巨星。

 

そして今、星の成り行きを見守り続けてきた巨星は寿命を迎えようとしていた。

中心核であるネオンやマグネシウムが縮退し、電子捕獲反応が増大。

それによる不安定核である中性子過剰核が増え、縮退圧が徐々に弱まりを見せていた。

電子の縮退圧が弱まれば自身の質量から来る重力収縮が打ち勝ち崩壊が起こる。

通常であるならここから数百年の時を経て、超新星爆発へと至る筈であった。

 

しかしヴァナージが星としての最後を迎える時、それは人の業により引き起こされた。

本来なら起こる筈の鉄の光分解が、人為的なエクスレーザーにより一気に加速した。

不安定核であった中心核がレーザーの力によってさらに不安定な状態になったのだ。

光分解が行われる直前の鉄の中心核が一気にヘリウムと中性子に分解されてしまう。

 

―――その瞬間、超巨星が縮んだ。

 

中心核が一気に失われたヴァナージの中心核に、回りの物質が一斉になだれ込む。

超重力による超圧縮により中心部に新たなコアが発生する。

発生した衝撃波が反射され外部へと広がり恒星の中をめちゃくちゃに掻きまわした。

そして、安定を失った超巨星は自らの重力と内部の衝撃波に耐えられずに、崩壊。

暗い宇宙でまるで華が咲くかのように、一つの恒星が爆縮的崩壊を見せたのである。

そして莫大な可視光線、γ線、プラズマを衝撃波と共に吐き出した。

それらは近隣の重力変調によって出来た回廊の自然の重力レンズにて収束。

収束したγ線は回廊にある航路に沿って通常の何倍ものガンマ線バーストとなった。

そしてそれらは航路に布陣しているヤッハバッハ艦艇に容赦なく襲い掛かった。

この時代のフネにはI3エクシード航法が採用され、光速の200倍ほどの速度が出る。

だがいかに速度があろうとも、現在戦闘の為に通常航法へと移行している艦隊だ。

そして突撃戦を常としていた密集した陣形も彼らはそのまま第一波の直撃を受ける。

もはや光というのもおこがましい、それ自体がエネルギーの様な衝撃波。

その奔流の中ではAPFSもデフレクターも重金属製の装甲も、全くの無力。

人類の英知を軽く超える暴力は、人類の技術では防ぐこと叶わない。

そしてヤッハバッハの残留艦隊は最初のバーストで指揮官艦が吹き飛んでいた。

指揮系統が完全になくなり統制が取れなくなった艦隊ほど脆いモノはない。

このガンマ線バースト現象に飲み込まれた艦船の内のおよそ8割が、上級将校からの指揮が来なかった事による混乱で粒子に帰っていたのだ。

鉄の規律は統制のとれた軍事行動、対人類相手には無類の強さを誇った。

だがぎちぎちに固まった柔軟性がやや薄いその軍は自然の猛威に負けたのだ。

人類に最強、自然現象には無力、それが露呈した瞬間とも言えた。

そしてこのバースト現象はヤッハバッハをあらかた飲みこんだ後。

今度はヤッハバッハと対峙していたアイルラーゼン機甲艦隊に襲い掛かる。

ヤッハバッハよりかはいくらかヴァナージから離れていたアイルラーゼン艦隊。

またこうなる事を事前に計画していた彼ら。

その彼らはいきなりダークマタとなったヤッハバッハと比べれば有利であった。

とはいえその為の準備の為に、この大舞台の為に、彼らはその代償を払う事になる。

 

 

「っ!各艦反転を急げ!γ線バーストが来るぞ!」

 

 

アイルラーゼン艦隊司令のバーゼルの焦った怒声がブリッジに響き渡る。

エクスレーザーを発射した時点で後方の艦隊はすでに反転を終え加速に入り。

順序良くこの宙域から離脱していたが、それでもまだ前衛の艦隊の幾つかはこの宙域に取り残されていた。

 

「大佐!左翼の艦隊がっ!」

 

部下の一人がそう叫ぶ。

左翼側は敵の機動艦隊との激戦を繰り広げた。

その為傷付いた艦船がいまだ取り残された状態にあった。

いかな大マゼランの艦船でも中破した状態では加速に入るまでに時間が掛る。

だがγ線バースト現象はすぐそこまで迫り、退避を行った仲間の願い空しく原初の光の中に没していった。

 

「っ!全艦隊全速力でヴァナージ宙域を離脱せよ!」

 

ヴァナージ宙域付近の航路は重力変調の壁に遮られている。

そしてそれはやや入り組んだ様相を呈しており、迂闊に逃げる事叶わない。

だが皮肉にもそれら重力変調の壁が、半径5光年の生命体を即死させうるクラスのγ線バーストを恐ろしく減衰させるため、周辺星系への被害はほとんど発生しない。

つまりこのヴァナージ宙域さえ逃げ伸びれば生きられるのだ。

生死をかけたデッドレースにバーゼルは沸々と感じる熱い死の恐怖に怯え。

それを顔に出すことなく己の職務を全うする。

 

「デメテールは如何した!」

「本艦隊よりも後方500の位置で自身の艦隊を収容し此方へ向かって来ています」

 

そして、この人為的スターバースト現象を起した艦隊。

白鯨艦隊も逃げるアイルラーゼン艦隊より少し後方で加速を開始していた。

彼らは鉄の規律など存在しない緩い0Gだが、生き残る本能についてはプロだ。

下手な軍人よりも生命の危機に敏感な彼らは砲を発射した段階で既に回れ右をして退避に入っていたのである。

だが迫りくる第一波γ線バーストを伴う光の衝撃波のすぐ近くなため予断は出来ない。

 

≪―――・・・ヴィーッ!!ヴィーッ!!ヴィーッ!!≫

 

白鯨の無事を確認したその時、ブリッジの中で艦の異常を知らせる警報が鳴り響く。

何事だとバーゼルはオペレーターに確認を求めた。

 

「す、推進機に異常加熱!コンピューターが勝手に停止信号を!」

 

彼らの船を管理している統合コンピューターが船の異常を感知。

それに対しコンピューターは船の保全を第一として推進機を緊急停止させた。

推進機がコレ以上加熱すると最悪爆散する可能性があったからである。

しかし有機的な思考を持たないコンピューターはこの船の状況を理解していなかった。

 

「すぐに止めろ!ここで加速できないと火球になるぞ!」

「やっています!停止信号――ッ!拒絶されました!」

 

現在バーゼルの船は迫りくるγ線バーストから退避している最中だった。

ここで加速を得られなければ船は迫りくるエネルギー流に飲み込まれてしまう。

高速演算を追求した結果、AIの様な有機的判断では無く全て計算のみのPC。

それは目先の状態しか理解できない管理コンピューターを搭載しているという事。

そしてこの事態はそのコンピューターが起した事態であった。

 

「っ!手動に切り替えろ!コンピューターは凍結!ダメなら物理遮断を!」

「コンピューターを停止したら各所に不具合が!」

「衝撃波に飲み込まれてプラズマに焼かれるよりかはマシだ!急げ!」

 

艦内が慌しくなる、ここで止まれば死は免れないからだ。

だが最悪な事にコンピューターはブリッジ側からの要請を全て拒絶した。

後に判明した事だが、この時戦闘で受けた損傷で過電圧がPCに掛かり、若干動作に不具合が発生していたらしい。

 

だがそんなことは知る由も無いバーゼル達は最終手段である手動に切り替える。

コンピューター制御が進んだ中、手動で作業を行うのはかなり骨がいる。

そんな中でもバーゼル達は日ごろの訓練の成果を見せた―――だが遅すぎた。

 

「だ、第一波と接触まで300秒・・・加速、間に合いません」

 

ここまで来て、そういう空気が艦内に流れ始める。

そう、手動動作に切り替えようがPCがちゃんと動作しようが、推進機が一度止まったことは事実。

それによるラグは到底埋め切れるモノでは無く、ましては手動では対応できない。

光速の数パーセントに相当する衝撃波の第一波に飲み込まれればタダでは済まない。

よしんばなんとか乗り切っても船体はボロボロ。

その後の第二波、第三波を防ぐことも、そこから逃げる事も不可能だ。

まさに詰んだ状態、第一波到来のカウントダウンは死へのカウントダウンだった。

そしてその報告を受けたバーゼルは、そうかとだけ呟いて静かに腰を下ろした。

もはや逃げることも出来ない、自然の猛威は人間では防げない。

彼は各員にそれぞれ覚悟を決めるように命令すると一人天を仰いだ。

最後の最後で自分たちは破滅する。それがどれだけ恐ろしい事か。

これはその自然の猛威を人為的におこして利用しようとした。

そんな傲慢な自分たちへの罰なのだろうか?

そんな考えが浮かんだ彼は、すこしだけ苦笑した。

ふと外部を映すモニターで後方の視界を映したものに目を向ける。

そこに映し出されたのは、衝撃波とは名ばかりの光の壁。

今まさに膨大な暴力を内包したそれが、主観的にはゆっくりと。

客観的には凄まじい勢いで動けなくなったバーゼルの船へと迫りつつある。

覚悟していたとはいえ、自分たちはこの原子の火に焼かれるのか。

その時は一瞬であるという事が判っていても、心の奥底からの恐怖はぬぐえなかった。

 

そしてブリッジでは何処からともなく啜り泣きの声が漏れ始める。

ブリッジに詰めている乗員には女性のオペレーターもいる。

彼女たちも軍人ではあるが、こういった状況下だ。誰も咎めることはしなかった。

バーゼルはこの事態に巻き込んでしまった部下たちに申し訳ないと思った。

 

「―――・・・ん?」

 

迫りくる衝撃波を前に身体がすくんだ時、彼は自分の服のポケットに違和感を感じた。

なんだろうかと無造作に手を突っ込んでみると、そこには小さなロケットがあった。

 

「なんでこれが・・・ああそうか、いれっぱなしにしていたんだった」

 

彼はそう呟くと、ロケットの出っ張りを触る。

するとロケットが割れて、中から写真が顔をのぞかせた。

そこに映っているのは軍学校を卒業した際の写真。

両親と自分と、年が少し離れた弟の姿が写っていた。

 

「・・・ダンタール」

 

バーゼルは写真に映る弟へと指を這わせると、弟の名を呟いた。

将来、自分と同じく軍へと入るべく勉強していた自慢の弟。

あの弟の事だから、立派に軍学校に入学を果たしている事だろう。

任務の為に彼の入学に顔を出せなかった事が悔やまれる。

本当に、こんな、最後だから――

 

「・・・ふぐ、うっううぅぅ・・・」

 

バーゼルはロケットを握り締めると、声を押し殺して泣いた。

自分は軍人だ。軍人なのだ。感情をコントロールする事は必須な事だ。

だが、今だけは、最後の今だけは許して欲しい。

 

彼が泣いているところをバーゼルの副官も見ていた。

本来なら軍の士気や規律を守る為にやんわりとでもいさめなくてはならないだろう。

だが、副官も最後を悟り、彼の思いを汲んだのか何も言わなかった。

 

 

 

 

そして、後少しでフネが衝撃波に飲み込まれる―――――その時だった。

 

 

 

 

 

『―――こちらデメテール、貴艦を収容します。衝撃に備えてください』

 

 

 

 

 

突然ブリッジ内に広域通信が響き渡る。

みれば何時の間にかデメテールがバーゼルの船の背後に陣取っていた。

速度は若干デメテールの方が早いらしく、徐々に距離を詰めている。

 

「っ!やめろっ!こっちは損傷して動けないんだ!」

 

バーゼルは通信機にそう叫んだが、デメテールは答えることはなかった。

やがてバーゼルの船と白鯨の船との距離はほぼゼロ、いやゼロとなった。

まるで大型の生物が小型の魚をのみ込むかのように・・・。

バーゼルの船はデメテールへ引き込まれたのだ。

信じられない速さが出ている中での艦船の収納は相当な技術がいる。

デメテールの操縦士はそんな事を簡単にやってのける人間がいるという事だろう。

だが、そんな中でバーゼル達一同が感じたことは、助かったという安堵感であった。

そして自動でドックに固定されつつある自分の艦を眺めたバーゼル。

彼はもうどうにでもなれといった感じで、部下に待機を言い渡したのだった。

 

***

 

 

Sideユーリ

俺達がバーゼルさんを収容する少し前―――。

 

「逃げろ逃げろ!爆発ボルト点火!」

 

今まさに原初の炎をまき散らすべく縮退を開始したヴァナージを前にしてデメテールは撤退準備を進めていた。

俺の号令と同時にタイタレスとデメテールを繋ぐ部位が爆発する。

一々切り離すよりも爆発させちまった方が早いからな。

 

≪―――ドガガガガガガンッ!!!!!!!≫

 

「タイタレスの切り離し完了。急速反転後離脱します!」

 

こうしてリミッターを外し、文字通りの全力全開で発射を敢行した決戦兵器として造られた巨大な大砲は、その役目を終えてデメテールから切り離された。オクトパスアームは砲撃の衝撃で全部吹き飛び、歪みきった砲身は所々穴があいてボロボロだ。

 

だがぼろ屑のような姿になってしまったのに、その姿は何処か寿命を迎えて静かに眠ろうとするクジラのように雄々しく感じられた。

そして誰が始めたのかは知らないが、ある者はその巨大砲艦に敬礼をし、ある者は帽子を取って礼の形を取って切り離された決戦兵器に別れを送っていた。

 

ほんの数秒だけの時間であったが、俺を筆頭とするデメテールの乗組員は、命を失って暗い宇宙に漂う決戦兵器に手を振ったのだ。

それは限界を越えても力の限りを尽くしてくれたタイタレスに対する船乗りとしての俺達なりの感謝だった。

 

「タイタレス、衝撃波に飲み込まれます」

「・・・ありがとう、タイタレス」

 

そしてデメテールがその場から離脱してすぐに、この絶望的な戦局をどんでん返ししてくれた巨大決戦兵器はヴァナージの放つ衝撃波に飲み込まれる。

ボロボロの船体はその暴力の塊といっていい奔流に耐えきれる訳が無い。

まるで木の葉が波にのまれるかのように衝撃波に翻弄されていく。

やがて装甲が剥がれおちると、それらは瞬時にプラズマ化して光に変わっていった。

 

「うへぇ、綺麗だけどああはなりたくねぇッス」

 

タイタレスがプラズマに変わる瞬間、俺は思わずそんな声を出しちまった。

確かに綺麗なんだが、ここで見取れている訳にはいかないんだぜ。

タイタレスを飲みこんだ衝撃波に此方まで巻き込まれてはたまらない。

幾ら強力無比なデメテールでも視界一面の衝撃波の壁の前では無力だからだ。

大体デメテールの大きさは36kmでも、相手は数千数万kmに広がっている衝撃波の壁だ。こうなると勝負にすらならない。逃げるが勝ちなのである。

 

「本艦後方3000にスーパーノヴァを確認。プラズマガスの表面温度は約1億K。もし本艦が巻き込まれれば、融解に掛かる時間は―――」

「あー、ミドリ。それは言わなくていいよ」

 

隔壁越しでも熱さを感じそうなエネルギーを前にしてもミドリは冷静に報告を続ける。

それを聞いたトスカ姐さんは手を振って彼女の報告を遮っていた。

皆どんな事になるのか何て言われなくても判っているのである。

 

まぁ、ちなみにどうなるかと言うと、デフレクターが使用できる十数分は一応持つ。

その後ジェネレーターは確実に死ぬので瞬時に熱波に船体がさらされる。

そして船体中心部分までオーブンになるのに掛かる時間はおよそ30分。

完全に融解してしまうまでは40分というところだろうか?

要するに40分くらいでデメテールといえども星間ガスの材料にされるわけなのだ。

これでも持つ方なんだぜ?マゼラン系のフネなら数十秒も持つかどうか・・・。

 

「とにかく、周辺の残骸のデブリから抜けたら一気に加速に入るっッスよ!」

「アイアイサー」

 

周辺に漂う元友軍艦達となるべく接触しない様にしながら駆け抜ける。

デブリとなっちまったそれらは普通なら回収する所なんだがな。

流石に今回は自重する。回収何ぞしてたら衝撃波に飲み込まれるからな。

 

 

「針路上にアイルラーゼン艦隊旗艦確認」

「へぁっ!?バーゼルさん何してんスか!?」

「待っていてくれたんですかねぇ?」

「いや、それはないよユピ。常識的に考えて」

 

逃げろ逃げろと急いでいると、前方に反応アリ。

見ればそれはバーゼルさんのフネの反応であった。ありゃ?如何したんだろ?

 

「もうとっくに退避してるもんだと思ってたッス」

「推進機が止まっています。何かあったんでしょうか?」

 

その報告にブリッジの面々はそれぞれ吃驚という顔をした。

この時点ですぐに加速に入らないと背後の衝撃波に飲み込まれてしまうからだ。

もし飲み込まれれば、灰になるとかそんなちゃちなモンじゃ断じてねぇ。

もっと恐ろしい。部品一つ残さず溶かされてしまう事は明白だった。

そしてデメテールもこれから加速状態に入る直前であった。

ある意味で僥倖である。これで加速に入っていたら軌道修正が出来なかったのだ。

そんな訳で俺らはバーゼル艦を見捨てることは出来ず、少し加速を遅らせ軌道を変更し、白鯨艦隊を収容するドッグへとバーゼルの船を招き入れたのである。

 

「さぁ彼も回収したし、このまま全速力で逃げるッスよぉ!」

「「「「アイアイサー!」」」」

 

そしてデメテールは加速に入る為に機関出力を上げ―――

 

「・・・・ん?機関室、どうしたんじゃ?」

 

―――ようとしたんだが・・・おかしなことに出力が上がらない。

 

 

『機関長!先程のタイタレスとの切り離しでエネルギーが漏れてます!出力が上がりません!』

「なんじゃとっ!?」

 

ちょっ!?おまっ!?

 

「っ!加速に必要な分は!?」

『それがエネルギー漏れが原因なのかエンジンコアがいきなり不安定になってきて、ドンドン出力が低下してます!機関長!』

「判った。わしが行くまでになんとか出力を維持するんじゃ―――艦長!」

 

 

トクガワさんが機関室への通信を繋げたまま、こちらへと向き直る。

いま現在、迫りくる衝撃波とデメテールの速度は等速である。

しかし出力がコレ以上下がればデメテールの速度は低下してしまう。

そうなれば灼熱地獄も真っ青な猛火の中に後ろ向きでダイブする羽目になるだろう。

流石にそうなるのは御免だ、俺も若干焦りを見せていた。

 

「トクガワさん急いで機関室の応援にいってください!サナダさんも! 」

「わかった! 」「いきますぞ! 」

「こちらブリッジ! ケセイヤ!ミユ!緊急事態だよッ! 」

 

俺がそう叫ぶとサナダとトクガワは頷き、急ぎ機関室へと向かった。

その間にトスカ姐さんがケセイヤやミユにも連絡を入れる。

ケセイヤは整備班であり、戦闘で疲労して今はタンクベッドにはいっている。

だが彼らにもう一頑張りして貰わねば、皆の生命が危うくなる。

ミユさんは本来研究者だが、鉱物資源の扱いに長けているから破損個所等の修復に役立つだろう

 

だが、動くにしてもなんにせよ、少しばかり遅すぎた。

 

「第一装甲板、表面温度が毎秒300℃で上昇中。予想融解限界まで後37分」

 

既に、俺らのすぐ背後には光の壁が迫っていたからだ。

それもデメテールであっても溶かしちまうほどの熱量を持ったのがな。

高温のプラズマを伴った星雲ガスを多量に含んだそれは、接触する全てのものを融解。

自らの一部としてさらに巨大化し、周囲に拡大を続けていた。

 

「第二装甲板、イエローアラート。排熱機構強制稼働開始します」

「機関出力の復旧はまだッスか!」

『まっとくれ艦長!後少しかかる!』

「第一装甲板、融解を始めました。第二装甲板レッドアラート。第三装甲板イエローアラート。強制冷却装置オーバーフロー寸前です。外装式大型HL装甲板が爆発する危険性があるのでパージします」

 

ああああ、折角造った外装がパーツがっ! まだ数回しか実戦で使用して無いのに!

もったいねぇ!もったいねぇよー!と、日本人らしい勿体無いの精神を発動していた俺だったが、現状は悪化するばかりでそれどころでは無かった。

艦長席のコンソールは艦内のさまざまなステータスが表示されるんだが・・・。

もうね、艦内温度が既に上昇してて、外板に近い部分は隔壁を閉鎖してるんだぜ。

強制冷却機構はフル回転なのに、ドンドン温度が上昇して警告音が止まらねぇ!

 

「衝撃波が追い付きました。のみ込まれるまであと30秒」

 

つーか衝撃波さん速いよΣ(゜A゜)

 

「デフレクター展開!補助エンジン全力噴射!」

「だめです!間に合わないです!」

 

そしてデメテールはほぼ等速の衝撃波の壁にゆっくりとのみ込まれていく。

光速の数パーセントに達している速さの中、まるで壁の中にめり込むように。

 

≪ヴィー!ヴィー!ヴィー!ヴィー!―――≫

 

「うわぁ!一気に後部からアラートがががががが!!」

 

コンソールのステータスは後部から全部真っ赤になっていく。

心なしかフネの内部で熱い隔壁にかこまれている筈のこのブリッジの中も熱くなった。

そして外を映す外部モニターが次々と消失していく。

外の温度は爆発地点から離れたとはいえ数億K。

デフレクターやAPFSが無ければ瞬時に溶解しているほどの熱波にいる。

装甲は兎も角、外部モニター用のカメラの類はその熱さに耐えきれなかった。

原初の炎がゆっくりとデメテールの巨体を焦がして行く。

それはまるで、獲物を調理する為にあぶっているようだ。

 

「じょーずにやけましたー!」

「ユーリ!やけになるなー!」

「も、もうだめかっ!」

「諦めんなよストール!もっと熱くなれよぉぉぉぉ!!!」

「「「熱くなったらダメだろう!?」」」

「・・・デフレクターが・・・ジェネレーターが爆発しそう」

「か、舵が動かねぇ!?」

 

そしてブリッジ内部は混沌と化した。

もう手も足も出ない、これはアレか?自然現象を変なことして起したからか?

罰が下ったとでも言いたいのか!?俺達が全部悪いのか!!??

 

 

・・・・・・・。

 

 

基本的に全部俺達のせいじゃーん!!!

 

 

≪バガーン!!≫

 

「装甲板が爆発した」

「クソっ、ここまで頑張ったのに!畜生め・・・」

「リーフ・・・クソ」

「・・・やっぱり私がいると、みんな不幸に・・・」

「ミューズ、そんなことないわ」

「でもミドリ・・・」

「頑張ったもの。私たち頑張ったもの。不幸の一言で終わらせないで・・・」

「・・・ごめん」

 

ブリッジ要員達にも諦めにも似た空気が漂い始める。

そして今度は内部隔壁の幾つかが破られた警報が鳴り響く。

幸いまだ居住区までは距離があるので少しは大丈夫だが、時間の問題だ。

 

「・・・クソッ」

 

死にたく無い、まだこんな所で死にたくはない。

だが隔壁が破られ強制冷却機がオーバーフローを起したのか艦内の温度がサウナを越えて溶鉱炉の近くにいるかの様に上がってきた。

それが否応にも俺達に死ねと言っているようで・・・。

じわじわとなぶられているかの様で・・・。

 

「熱くなってきたッス」

「そうだね。まぁダイエット出来ていいかもしれない」

「最終隔壁が破られるまで後数十分、そうなれば一気に火の海になるねぇ」

「そうッスねぇ。ユピも最後までごめんな」

「いいえ、私はいざとなれば感覚を止められますから・・・でも皆さんは」

「はは、俺達はこう言うのはある意味覚悟してるんだ。ねぇトスカさん」

「そうだねぇ。ま、ヤッハバッハの連中はある程度仕返し出来たし、私はいいかな」

「はぁ~、俺は最後に妹の顔でも見て来たかったッスけど・・・そんな時間は無さそうッス」

 

遠くで爆発する音が聞こえた。また隔壁が破られたのだ。

その途端艦内温度がまた上がり、ブリッジのコンソールが電圧のフィードバックを受けて爆発する。

爆薬とかが仕込んである訳ではないのだが、破片は容赦なく俺達を傷つけた。

内部居住区よりかは外にあるブリッジは温度が上がるのが早い。

そして俺達はオーブンの中で焼かれる肉のように、じわじわと焼き殺される。

皮肉にも、隔壁がある分、熱の伝わりが内部にじっくりだからな。

 

「うぐ、息するのも、つらい」

「そ、うだねぇ・・・」

 

ブリッジ要員は皆、自分の席に座って座して死を待っている。

すでに一部の装甲板は融解を開始してプラズマとなりつつある。

もう人間が手を出せる環境では無い。むしろこうしてまだ生きている方が奇跡だった。

 

「ユーリ、最後だしさぁ・・・言って、おくよ」

「な、何スか?トスカ、さん」

「私は、あんたの事、気にいってた。大好きだ」

「は、はは、俺も、皆のこと、大好きッス」

「私も艦長や皆さんの事、大好きです」

「俺も、だぞー!」

「そうですね」

「だな」

「・・・こういう、最後、悪くはない、わ」

 

 

ああクソ、こんな事態になったのは俺のせいだって言うのになぁ。

みんな文句一つ言いやしない・・・なんて良い連中だ。

俺も返事を返そうとしたが、ブリッジ内の空気は熱くて息が出来ない。

肺が焼かれる、頭が朦朧とする。

 

 

―――死にたくない。しにたく、ない!

 

 

もう、みんな、うごかない。死にたくねぇ、死にたくねぇよ!

まだ追われねぇんだよ!まだ小マゼランしか巡ってねぇ!

大マゼランも、この無限に広がる宇宙の何パーセントも旅してねぇんだ!!

死ねねぇよ・・・まだ死ねねぇ、死んでも死にきれねぇ!

他力本願でも何でもいい!誰か、誰か助けてくれッ!!

 

≪――――ヴヴヴヴヴヴ≫

 

「あひん、ケホ、な、んだ?」

 

もう半分意識が無くなりかけたその時、急なバイブレーションで意識が少し戻った。

どうやら俺の腰の部分にあるポーチが震えているようだ。

俺はまだ腕が動くので、ゆっくりではあるが腰のポーチに腕を突っ込む。

 

そして取り出したのは、エピタフだった。

このフネが動きだした後、普通に床に転がっていたそれ。

拾っておいてずーっとポーチに入れて忘れていた。

そしてエピタフはこのデメテールが動きだしたあの時のように、光を放っている。

なんだ?また遺跡船を活性化させるのか?だが活性化して溶かされるだけだぞ?

俺はうつろにエピタフを見つめるが、エピタフはそんなの関係ねぇって感じでバイヴと輝きが酷くなる。

手に力が入らない。俺はそのままエピタフを落した。

俺の手から滑り落ちたエピタフはそのまま熱された鉄板のようになった床を滑る。

そして、エピタフが止まると、そこを中心にして光を伴う直線の模様が浮き上がるのを俺は見た。

インフラトン粒子と同じ輝きが、エピタフを中心にして、広がっていく。

 

 

―――もう、どうにでもなれよ。兎に角この熱い場所から、逃げてぇぜ。

 

 

俺がそう考えつつも意識を落した。

 

周辺の景色が一瞬、スパゲッティーにでもなったかの様に引き伸ばされるのを見て。

 

 

***

 

<ここから漂流編>

 

***

 

Side三人称

 

 赤色超巨星ヴァナージがその最後を迎えたのとほぼ同時刻。ヴァナージ宙域から恒星を四つほど挟んだ暗黒領域に、巨大な物体が蒼白い光と共に周囲にインフラトン粒子をまき散らし、空間に突如出現する。全長数十kmはあるその物体は其処彼処からプラズマを放出し、その表面はまるで高熱に晒された硝子の様にどろどろだ。

 

 まるで溶鉱炉に飛びこんだ直後のように白熱化しているその物体は、暗黒領域においてまるで星のように光って見える。だが暗黒領域という太陽の光がない宙域の冷たさにより冷やされ、その光は瞬く間に収束し、やがては金属の鈍い銀色を残すのみとなっていた。

 

 一見すればただの金属を多く含む小惑星の一つと思われるかもしれない。だが明らかに意図を持って作られた等間隔上に並ぶ元は主砲であった建造物、溶けているとはいえ今だ微かに動いている主機関の漏らす粒子が、これが自然物では無いという事を示していた。

 

 この巨大な物体こそ、赤色超巨星ヴァナージの存在する宙域において、10万以上の艦隊を相手に互角以上の戦果をあげた白鯨艦隊のデメテールであった。あの原初の炎に包まれたどんな物でも溶かしてしまうであろう溶鉱炉な宙域から、理屈は判らずじまいだがどうにかして脱出し、この宙域に出現したのである。

 

だがその姿はあの美しい流れる様な海洋生物を思わせる白い船体から遠く離れ、霧の海をさまよい続ける幽霊船の如く見るも無残な姿であった。どろどろに溶けた船体の装甲板が文字通り幽霊の衣のように揺れており、遠目からだと由緒正しき布を被ったあの手の幽霊のように見えるのだから、どれだけ無残か想像に難くない。

 

―――暗黒領域に静かに漂う巨船は、いまだ動くこと叶わず。

 

***

 

Sideキャロ

 

 わたしが気がついた時、あたりは一面真っ暗闇と化していた。一寸先は闇という言葉よりももっと暗く、まるで世界をインクで塗りつぶせばこうなるかと言わんばかりの暗闇。むしろインクの瓶の中に落っこちたらこうなるんじゃないかしら?とにかくそれくらい真っ暗だった。

 

 

少しすれば目が慣れはじめて見えるかと期待したが、明かりとなるものが一つも無ければ目が慣れても周りは見えない。たぶんフネの電源が落ちているのだろう。このあたりにエネルギーが供給されていないのだ。これでは暗いしドアも開かないし下手すると酸欠になるから最悪ね。

 

でもわたしはとくに取り乱すこともなく、あの人から貰った携帯端末を取り出してライトを付けた。こう言う時は何ていったかしら?『あわてるな。まだ慌てる様な時間じゃない』だったかしら?まぁとにかくライトを使って回りに照らし出されたのは私が意識を失う前と同じ光景だった。

 

まぁコレで全く違うものが見えていたら流石に何が起きたのと取り乱すわね。だってわたしが居たのは、水産生産設備がある区画の中心に造られたある種の特別なシェルターだったのだし。

普段は大居住区にいるんだけど流石に今回は巨大な太陽の近くが主戦場の戦争と言う事で戦闘と直接かかわりのない人は、皆それぞれ居住区にあるシェルターに避難しているんだけど、わたしはわたしのもつ病気の所為でここにいるというわけ。

 

 わたしはフネの一員とはいえ、基本的には生活関連の職であるし、戦闘中はやれることも無い上、この先祖がえりを起す病気の所為で居住区よりも外側の区画では行動が制限されてしまうのだ。まったくもって忌々しい。これじゃあの人、ユーリの傍にいられないじゃない。

 

 そう言えばユーリは如何なったんだろう?わたしはそれが気にかかり暗い部屋を壁伝いに進んで入口近くに設置されている端末を動かそうとした。フネで情報を得るなら、其処彼処に設置されている端末を調べろってね。

 

だが触っても叩いても殴っても蹴っても、あまつさえひっかいてもウンともスンともいわない。あ、そう言えば電源が落ちてるんだ。これじゃ動く訳も無いわね。ひっかいた所為で痛くなった爪を撫でながら落ち込んだ。

 

 ライトが代わりにしようしている携帯端末の方も、どうも本体との接続が切れちゃってるみたいで、スタンドアローンモードで動いている。統合AIのユピも沈黙しているってことなのね。如何したもんかと思ったが、これで黙るキャロさまではないわ!

 

こんなこともあろうかと、わたしもある程度フネの構造くらい理解している。エアロック式の扉の前に立ったわたしはその四隅をくまなく探してみた。すると足元の方に赤い枠で囲まれた小さな戸を発見。ビンゴ。

その戸を開いてみると中には何かのパイプと繋がったレバーが見えた。わたしはそのレバーを躊躇いなく降ろす。すると扉からプシューというエアが抜ける音が響き、わたしはそれを聞いて扉の片方に手をかけて引くと多少てこずったがエアロックが外れてわたしは外に出る事が出来た。

 

 これは緊急用にエアロックが手動でも外せる仕組みである。フネに乗った頃はこんな装置があることなんて知らなかったし、まさか本当に使う羽目になるとは思わなかったわね。それだけあの戦闘で受けたダメージが大きかったってことなのかもしれないわ。

 

「うわっ・・・通路も真っ暗じゃない」

 

 出て見てびっくり、通路も全部照明が落ちている。だけどこの部屋と違い補助照明が足元を照らしているのでまだマシね。とにかく誰かと合流しなければ話にならないわ。わたしは持っている薬の量を確認。たしか最後に使ったのが3時間前だから、後20時間くらいは持つわね。それじゃ人を探しに行きますか。

 

 

―――てくてくてく。

 

 

 とりあえず行き先は決まっている。大居住区だ。わたしは特殊だからこの水産生産設備の中に特別に設けられたシェルターに避難してたけど、ほかの人達は大居住区自体がシェルターとなっているから、みんなそこにいる筈・・・もっともあの居住区ごと戦闘で撃ち抜かれてなければの話だけど・・・うう、暗い話は無し!こわいもん。

 

 少し進むと、ライトに照らし出された扉が見えた。これは隔壁ね。戦闘中だったから隔壁が降ろされたままなんだ。とはいえ、これもエアロック式だからさっきと似た様な感じで・・・ビンゴ。問題無く開くことが出来るわ。この程度でわたしの行く手を阻もうなんて甘いわね!

 

 そんな感じで通路を進むけど、やっぱ戦闘とは関係ないエリアだから誰ひとり途中で会うことも無く、途中何故か浸水してしまったエリアを通り――潜水用の人工エラ付きマスクが其処彼処に置いてあるので進むのは問題無し――なんとか来た時にも乗った船内列車の駅に辿りつけた。

 

「えーと、次の列車は・・・」

 

 時刻表を眺めようと思い・・・電源が来ていないので時刻表の電光掲示板も機能しておらず、大体ユピが機能していないから列車も止まっていることに気がついて、ああもう何で電源落ちてんのよー!と叫ぶ。

 

 私以外だーれもいない無人駅だから声だけがむなしく響くのが無性に寂しいわ。早く人の居る所にいかないと如何にかなっちゃいそう。だけど問題は―――

 

「はぁ。ここから居住区まで・・・何kmよ?」

 

 船内列車が止まっている以上、行く手段は歩きしか手段がない訳だけど、そうなるとかなり歩くのよね。面倒臭いわ~、歩くのや~よ。だけど居住区まで行かないと如何なってるのか判らないだろうし・・・むー。

 

 ベンチに腰かけ、歩くべきかどうすべきかを悩む。ここまで来るのにも大分時間が経過しているというのに、一向に電源が回復しないのだから、デメテールの受けた被害はかなり大きいわね。恐らく必要のないエリアには最低限の電源しか回していない筈。うー、せめてわたしがここにいる事だけでも伝えられればいいのに・・・。

 

≪―――フォォォ≫

 

「・・・あら?なにかしら」

 

 そのとき、ふとわたしの耳に風が鳴る音が聞えて来た。何処からと思い耳を澄ますと、どうやら船内列車のレールから聞こえるらしい。変ね、電源が止まっているのに何で風が吹いているのかしら?そう言えばファルネリから受けた授業でなんかこんなの聞いた事があったような・・・。

 

「・・・あっ、何かがトンネルの向うから来るのね!」

 

 そう、トンネルを何かが通ると反対側では空気が押されて風が吹くのよ。と言う事はこのレールの上を列車が通るという事なのね。危ない危ない。下手にレールの上に出ていたら今頃轢かれているところだったわ。

 

 すこしして風と音が大きくなってきたから、大分列車が近づいた事を肌で理解したわたしは早く来ないかとホームで待ち続ける。そして、来た。レールの上を恐らくは緊急用の車両だと思う黄色い塗料で真っ黄色な列車がホームに入ってきた!ホームに立っていたわたしに気がついてくれたのか列車が徐々にスピードを落としてホームに停車する。

 

プシューという空気が抜けるあの音が音がない無人のホームに響き、列車のドアが開いた。中から作業服姿の壮年の男性が一人降りてくる。暗い所で目が慣れてしまい、列車からの逆光で見え辛いが、多分船内列車の保守点検とかする整備班所属の作業員さんだ。漸く人と会えたことにわたしは大分安堵して思わずため息を吐いていた。

 

「おおキャロの嬢ちゃんもぶじだったか」

「この声はケセイヤさん!?無事だったのね!」

「おれぁピンピンしてらあ。今は各所点検の途中よ。それよりも」

「お嬢様!」「お嬢様!よくぞご無事で!」

「ファルネリ?!それにトゥキタも!」

 

 降りてきた作業員さんが突然わたしの名を呼んだことに驚いたけど、その後すぐに彼がケセイヤだという事に気がついた。そして彼の後ろからファルネリとトゥキタが駆けよってくる。わたしは駆けよってきたファルネリを抱きとめられ倒れそうになった。まったくファルネリはわたしの事となると普段よりも情けなくなるわねえ。

 

 どうやらこの二人はあのヴァナージからの衝撃波から逃れる際に大居住区で気絶した後、(わたしも大体そこらから記憶がないから、そこで気絶したんだと思う)すぐにわたしの元に来ようとしてくれたらしい。普通の船内列車が停止しちゃってるから彼らと同じく気がついたケセイヤさんが動かす自律起動可能な列車に無理矢理に便乗してここまで来たっと。ホント心配性ねー。けどありがと。

 

「ねぇケセイヤさん。今フネは如何なってるの?端末とか止まっちゃってて判らないのよ」

「う~ん、俺も格納庫で気絶してて起きたらこうなってたからなぁ。だが少なくても主機関はスクラムして、補機からの予備エネルギーが稼働してなんとか動いてるってとこだな。アレ動いて無かったら今頃ここらへんを空中遊泳してるぜ」

「えっと、スクラム?なんで空中遊泳?」

 

 専門用語言われてもわからないわよ。そうわたしが言うと、スクラムとは緊急停止で空中遊泳というのはエンジンが止まると重力井戸へエネルギーが供給されなくて動かなくなるから、ゼログラビティ状態になるからなんだって教えてくれた。

現に今も重力井戸は最低限しか稼働していないらしく普段1Gなのに今は0,7Gほどなんだとか。なんで測定してないのに重力判るのよと言ったら、マッドの勘とか答えやがりましたよこの人。

 

「一応気がついたヤツや無事なヤツは大居住区に集合して貰ってる。嬢ちゃんもこの二人と一緒に大居住区に行くんだな。あそこは非常用のリアクターがあるから少なくてもここよりは明るいぜ」

「そうさせてもらうわ。ここに来る途中水没した場所通る羽目になって塩水浴びちゃったのよ」

「げぇ、また修理する場所が増えちまった・・・あとで人員まわさねえとな。」

「それじゃ、大居住区に戻ろうかしら。あ、でもこの列車は―――」

「おう気にすんな。俺はこの先の水没したとこの状況見てくるからしばらくこのエリアにいるしな」

「だけど、列車はどうするの?」

「俺の形態端末使えば呼び寄せられるから問題無し」

 

 ケセイヤさんはそう言うと手に持った携帯端末を操作した。すると列車の別のドアが開いて中から小さなロボットたちが道具とかを持って降りてくる。見た目わたしのもつ携帯端末と同じなのに、やっぱり改造してあったのね。

 

「この先調べるから先に行ってろチビエステども」

『『『ウァーウ!』』』

 

 ケセイヤが指示を出すと、ビシッと敬礼しつつそれぞれ散らばっていくロボット、というか小さなエステバリスの姿なのは彼の趣味なのかしら?男の人って何時までもこどもなのねぇ。ああ、それよりも聞かなきゃいけない事があったんだった。

 

「ねぇケセイヤさん、ユーリは今どこにいるかわかる?」

「あん?そりゃお前。ブリッジにいるだろうよ」

「そう、ありが「だけどブリッジへの通路が溶けちまって安否不明だけどな」とう!何ですって?」

「だから今チェルシーとかが中心になって救助隊を・・・って嬢ちゃんどうした?」

 

 どうしたもこうしたも、連絡が取れないってことは心配じゃない!わたしもブリッジに向かわないと!

 

「行くわよ!トゥキタ!ファルネリ!」

「はいお嬢様」「わかりました」

「・・・いっちゃったよ。ブリッジは結構シールド硬いからそれ程心配はいらねぇ筈だけどなぁ・・・まぁ良いか仕事仕事」

 

 

***

 

「チェルシー!」

「キャロ、無事だったのね。よかった」

「わたしも連れて行きなさい!」

「え、え?」

「お嬢様はブリッジへ向かわれるならご自分もと申しております」

「え、ええそれは構わないわ。むしろ人手が足りなかったし」

 

 大居住区にてなにやら周囲に指示を出していたチェルシーにやや強引に頼み込んで、ブリッジ行きを許可して貰ったわたしは、彼女らと共にユーリが居るブリッジに向かうこととあいなった。流石はチェルシー、ユーリの妹だけはありいきなりの訪問をかましたわたし相手でも普通に応対してくれた。実際人手不足ってのもあるけどね。

 

 しかし大居住区内が随分と騒がしい気がするわね。まぁそれもその筈でわたしが目を覚ますまで結構時間が経っていたらしく、わたしが目覚めるよりも数時間前には皆活動を開始していたらしい。各部署のリーダーが連絡を取り合ってそれぞれ自分たちの出来ることを始めたのだそうだ。

 

 整備班はデメテールの点検で科学班はその手伝い。白鯨艦隊所属部隊は動かせる艦船や機体を引っ張り出して周辺の警戒・・・まだヤッハバッハが近くにいるかもしれないからその為ね。そして機関室用員はトクガワさんの主導の元、主機と補機のメンテナンス。医療班のサド先生は怪我人を見て回り、チェルシーは生活班を率いて艦内の安定に努めているという訳。

 

 とはいえ、怪我人などが出た上にフネの一部の機構が停止している為にオートメイション機構の幾つかが使用不可となってしまっており、手動で動かすにも人手が足りないのが現状だったらしい。てな訳で五体満足な人間は貴重でわたしが手伝うから連れてけと言っても渡りに船っぽかったらしいわ。

 

 とにかく付いて行くと決めたわたしはチェルシーと共にブリッジへと向かうエアカーに乗りこんだ。編成されたブリッジへ向かう人数は結構おおく、作業用のエステを一機持ちこんでいる。これが後々必要となってくるとは、のこのこ付いて行ったわたしには想像もつかない事だった。

 

「・・・」

「・・・」

 

 さて、ブリッジに向かう為にエアカーに乗りこんだのだが、どうも車内が静かと言うか暗い。同乗しているのがチェルシーとかだし、彼女あんまり自分から会話して来ないのよねぇ。しかもわたし、自分が居たシェルターからここまで来るまで休んでないから少し眠いわぁ~。うむむ、こっくり、こっくり・・・・。

 

「・・・ねぇキャロ、キャロ」

「んあ、なあに?グランドクロスでも起きた?」

「随分と早大な寝ぼけだけど、ちがうよ。着いたの」

「え?どこに?」

「・・・大隔壁の前よ」

 

 やがてわたしたちを乗せたエアカーは巨大エレベーターの前に来た。ブリッジに向かうルートは幾つかあるけど、その中でも最大なのがこのエレベーター。VFタイプの戦闘機が乗っても平気なくらい大きいのでエレカーごとブリッジの近くまで向かう事が出来る。

 

 だが、今そのエレベーターは巨大な隔壁により封じられた状態にあった。あの時は戦闘の途中だったし、その後フネの電源が落ちたから隔壁はそのまま閉じた状態となっていたのだろう。でもこのままじゃ通れないわね。どうするのかしら?

 

「整備班の皆さん、お願いします」

『了解』

 

おっと、どうやらわたしが心配しないでも問題ないみたいね。チェルシーがエアカーについている無線で、わたしたちについてきた整備班の人達に指示を出して隔壁を開けさせた。巨大な隔壁はゴゴゴという振動と共にややゆっくりとした速度で開かれていく。

 

 隔壁が解放されて中を覗いてみたけど、どうもかなりの高熱で焼かれたらしい。エレベーターシャフトの壁に後付けされていた照明の類が全て影となって壁に焼き付いている。何故か壁は傷一つついて無いけどね。

こういう現象は途轍もないほどの熱量に物質が晒されるとこうなるとトゥキタが言っていたから、多分戦闘の後の脱出の時、衝撃波とプラズマに飲み込まれた時にここまでプラズマが入りこんだんだと思う。

 

 ここから大居住区まで似た様な隔壁がまだまだ数十あるから、大居住区には全く影響は出てないけど、この様相を見てわたしは何だか少し不安を覚えた。大丈夫かな、ユーリ・・・。

 

「大丈夫だよ」

「・・・え」

「ユーリは、きっと無事。私にはわかる」

「・・・・」

 

 ・・・ごめんチェルシー。そう言われると本当にユーリがヤバい気がして来たわ。

 

………………

 

……………………

 

……………………………

 

 幾つかの隔壁を越えてようやくブリッジの戸の前に辿りついたわたしたちは、すぐにブリッジへ入った。それまで隔壁が正常に稼働していたお陰でそれ程損傷らしい損傷は見られないので少し胸をなでおろしていた。だがチェルシーに続いて見たブリッジの中は外とは違った様相を呈していた。

 

 全てのモニターがひび割れて破損し、操作卓(コンソール)というコンソールは全て破壊され、いまだ火が立ち上っている様な状態だった。慌てて整備班の人達が持ってきた消化器で火を消し止める様を私は茫然と見ていた。何度かブリッジに遊びに来たことがあったがここまで破壊されていると何とも言えない気分だ。

 

「そうだ!ユーリは?」

 

 パチパチという音と共に火花が踊り、煙が立ち込めているブリッジを見回すけど、ユーリの姿が見えない・・・瓦礫の下敷き、って瓦礫は落ちて来てないから大丈夫だとは思うけど・・・。

 

「・・・ユーリが、いない」

「トスカさんは居たのにおっかしいわねぇ、艦長なら普通艦長席にいるもんでしょうに・・・」

「ユーリ・・・」

「そう言えばここってちょっと高い位置だから、もしかして下に落ちた!?」

「・・・ユーリユーリユーリユーリユーリユーリ―――」

「・・・・・・また発作?ちょっとチェルシー?」

「ユーリユーリユーリ・・・え?あ、御免なさい!」

 

 チェルシーの肩を揺らすと正気に戻ったらしく目に光が宿る。いい加減この娘のこの反応にも慣れたわね。でも今まで正気は保てていたんだから、いきなり変な瘴気だして目からハイライト消さないでほしいわ。こっちの心臓に悪いんだもん。

 

「艦長が居たぞー!」

「「!!」」

 

 その時、艦長席がある上の階にいたわたしたちは、まさかさっき言っていたことが現実になったという事に動揺を隠せなかった。そう、艦長を発見したという声が下の階から聞こえたからだ。どうやら本当にユーリはここから落ちたらしい。高さだけなら8m近くあるこの場所から・・・。

 

 急いで下に降りると医療班が大慌てでカプセルタイプの緊急治療ポッドにユーリを押しこんで去っていくところにあった。ポッドの覗き窓から見えるユーリの顔は蒼白でまるで死んでしまったかのよう。そして医療班が去った後には水溜りの様になっている血だまりが・・・。

 

「・・・ヒッ!」

 

 それを見て思わず叫びそうになった。わたしもフネに乗る事になり、こういった怪我をした“ニンゲン”に出くわす覚悟くらいあった。だけど写真や絵で見るのと本物の血は全然違うということに気付かされた。血液は鉄臭いと聞いた事があったけどそんなものじゃない。もっと生物的な、悪く言えば生臭かった。

 

 だけど、それが余計に血が本物であるという事を主張している様で・・・水溜りの様に血が溜まってて・・・ああ、死んじゃうじゃないかって・・・ユーリ、死んじゃうよぅ・・・。

 

「・・・・えぅ」

「お嬢様!御加減が悪いのですか!」

「うぅ、ファルネリ・・・怖いよぉ」

「だだ、大丈夫ですよ。お嬢様ぁ。(ああ!何時もの笑顔のお嬢様も良いですが、泣き顔と言うのもまた・・・うは!抱きつかれるなんて子供の時以来だわ!)」

 

 気が付けばわたしは子供の様に目に涙をためて、ファルネリに抱すくめられていた。ぐるぐると本物の血を見たという事がショックで、沢山血が流れたユーリが心配で、わたしの心はグラグラで、でもファルネリが暖かいから少し落ち着いた。

 

「ユーリ、死んじゃったら、どうしよう・・・」

「・・・大丈夫ですよ。あの艦長がこんな所でくたばる筈ありませんから」

「そうですぞお嬢様。今はあの方を信じて医務室の方へと向かいましょう。それとそういったことは思っても口に出してはなりません。口にしたことが現実になってしまいますぞ」

「わかったトゥキタ。気を付ける・・・あわわ」

「きゃっ(ああ、お嬢様かわいいよ、お嬢様。腰が抜けて涙目ああ)」

「御免ファルネリ、腰抜けちゃった」

 

 今になっていきなり腰が抜けてしまう。考えてみれば今までずっと考えない様にしてたけど、わたしは一人で電気が消えたあの無人の水産区画をさまよい。息つく暇もなくユーリに会いたくてここまで来たんだけど、ずっと怖かったんだって今気付いちゃった。だから立てなくなってしまう。

 ところで上目使いでファルネリに助けを求めたら何故か彼女は鼻を押さえていたんだけど・・・如何したのかしらね?

 

 

 

***

 

 

Sideユーリ

 

 

 彼岸花が咲いていた。とても、とても紅い彼岸花が草原一杯に咲いていた。夕暮れの中にいるかの様な霧のある天気の中、俺は只一人ポツンとその紅い花畑の真ん中に立っていた。風も無く、音も無くただそこにあるだけだというのに、これはこの世の風景でないような感覚。

 

 それを助長するかの如く、蛍の様な光が彼岸花に宿ったり立ち上ったりしている。だがこいつは蛍じゃねぇ。薄れていても昔の記憶の中でみた蛍はその光に明滅があった。だがこの光は夕暮れ時なのに視認で来て尚且つ明るさは一定。蛍では無い何か別のものなのだろう。

 

 昔の記憶?はて?俺はそう言えばどうしてこんな所にいるんだろうか?

 

「あらま、珍しいものが迷い込んだもんだ」

 

 おろ?俺以外にも誰かいたのか?そう思い振り向くと木の幹に寄りかかっている赤毛の女性がそこにいた。何処かで見たことがあるような、そんな気がしてならない。

 

 

「でもまだ魂の尾はついてるし・・・ん?どうかしたかい?」

「・・・これは夢でしょうか?」

「さて、現と幻と夢、それもこれも曖昧なもんさ。あんたが夢だと思うなら、これは夢なんだろう。その逆もまたしかり」

「そんなもんスかね」

「そんなもんだよ」

 

 かっかっかと明るく笑う彼女。

そうか、そんなもんか。まぁ胡蝶の夢とも申しますしねぇ~。

 

「まぁ本当なら尾を切るなり追い返すなりするんだが、生憎今は休憩中でねぇ」

「毎日が休憩ッスね?わかります」

「上司様には内緒だよ。ところで飲むかい?」

「今の状態で飲めますかね?」

「さて、それもアンタ次第じゃないのかい?」

「・・・いただきます」

 

 とっくりから注がれた酒。おお、良い香りだ。今まで嗅いだ事がないぜ。

 

「では・・・」

 

 古酒なのかコハク色に近いそれに唇を近づけ―――

 

「うおっと!なんか身体が引っ張られる様な」

 

 飲もうとしたら身体がグイッと引っ張られ杯を落としかけるが上手いこと目の前の彼女がキャッチして事なきを得た。しかしなんだらほい?

 

「現世で峠を越したんだろうさ。もうすぐ目が覚めるよ」

「ふ~ん、そう何スか・・・じゃあその前に飲んじゃわないと」

「多分そんな時間はないさ。ほれ、もう既にかなり引っ張られてる」

「え!そんな!お酒~!!」

「ちなみになんだが、これまでのことは全部アンタの夢だからね」

「ここでねたばれッスかーい!いや~~~!!まって一口だけでも~~~~!!!」

 

……………………

 

………………

 

…………

 

「―――かえいづかっ!?おぼぼぼ」

 

 な、なんだかとっても勿体無い夢を見ていた様な気がしたぜ。そして目を覚ましたはいいが・・・ここはどこだ?なんか試験管みたいな中に閉じ込められてるんですけど?水没してても息が出来るのはこの際スルーするぜ。

 

「・・・ばば!べべでーぶぼびょうびんば(ああ!デメテールの病院か)」

 

 少し考えて何と無くそう思った。うん、それにこの部屋何度か見たことあるし。俺がこんなリジェネレーションポッドの中にいるという事は俺の身に何かあったんだろうな。

 

 まぁそんな事よりも目も覚めたんだし、早いところこの試験管から出たいな。おーい、あけてくださいよー。・・・なんか精神崩壊起した機動兵器のパイロットみたいだな。

 スイッチはないか?開閉スイッチ・・・だめだ、つんつるてんの内壁しかない。内側からは開けられない仕組みなのか。まぁ患者が勝手に開け閉め出来たら治療に差し支えるもんな

 

≪―――シュイン≫

 

 お、だれか部屋に入ってきたな。

往診か?・・・って白衣だったから間違えたけどあの紫の髪はミユさんじゃん。

あれー?こういうときは医者のサド先生がくるんじゃないの?

俺がそう疑問に思って黙っていると、ミユさんは俺が居るポッドを覗きこんできた。

 

「・・・うむ、大分良くなったようだな」

 

 ええ、お陰さまで。流石は病院並みの設備を突っ込んだ医務室だぜ。

そうだ、まだ起きていないふりをして驚かせてやろう。

くふふ、そうだもっと近づくんだ。

 

「これなら改造手術にも耐えられるだろう」

「バボッ!?」

「大丈夫、ケセイヤ特性のマイクロマシンをこの治療溶液に注入するだけで君は無敵のボディとなれる。全身の細胞をマイクロマシンに置き換えるだけさ。これで人類の新たなる進化を―――!!」

「ばべてーっ!!!ぼべんばざーい!!」

 

 なにやら怪しい液体が入ったビンを手に持ったミユさんを前に、俺は慌てて水中で土下座をかます。流石にまだ人間で居たいです。機械の身体は浪漫だけどもう少し後がいい。俺が水中土下座という妙技をかますとミユさんは少し呆れた感じで。

 

「・・・まったく私を驚かせようとしたようだが、生憎少年が目覚めていることはよこのパネルに表示されている。無駄足だったな」

「ぼうばっばんずばー(そうだったんスかー)」

「喋れるレベルまで回復したのか・・・なら出ても大丈夫だな」

 

 そういうと試験管の横の装置を操作するミユさん、ギュォォォというトイレの流しに似た感じで薬液が吸いだされ俺は肺にまで飲みこんでいた薬液をオエーと吐き出しながら身体が乾燥するのを待った。

 

 如何言う仕組みかは知らないがすぐに身体は乾き、観音開きのように試験管が開いて外に出られる様になる。ゆっくりと足を外に出して自力で立とうとするが―――

 

「おろ?おろろろ・・・」

「無茶するな。ずっとリジェネレーションポッドの中に居たのだからまだ重力に慣れていないだろう?」

 

 水中に長く居た所為か重力に勝てない俺はふらついてしまい、それをミユさんに支えて貰ってなんとか椅子に腰かける。筋力の低下ではなく(筋力の低下を防ぐ機能がポッドには搭載されている)単純にいきなり重力のある場所に放り出されてそれに身体が慣れてないだけだ。

 

 まだ少し水分が残っている自分の髪を手渡されたタオルで拭きながら、そう言えば何で俺こんなポッドに入ってんだと考える。

 

「ねぇミユさん」

「そうだな。ブリッジメンバーの殆どは全員治療が必要だった。ブリッジ自体が外壁に近く、また隔壁が降りていたとはいえ流れ込んだプラズマ流で中はオーブン状態。全員が軽度から中度のやけどと熱中症を発症していたよ。それに加えて少年は艦長席のある指揮台から落下していたこともあり、全身打撲、脳挫傷、頭部裂傷、鎖骨骨折、左肩脱臼、それに加えて長時間の熱に晒されたことによる臓器機能不全。少年、意外と君の容態は危篤に近い状態だったぞ」

「俺まだなんも聞いてねぇッス。つか、如何言う状態だったのか一息って肺活量スゲェッス」

 

 だが聞きたかったことはこれだろうと返された。いやまぁ、そうなんですがね。

 

「でもなんでミユさんがここに?」

「私も手慰みではあるがある程度の医療を学んでいたこともある」

「・・・マッドって何でもできるんスね」

「まぁ実際はペーパーどころかモグリだろう。免許はもっていないからな。私がここに居るのだってサドや他の医師が他の重症患者の方に手いっぱいだから、手が空いている私に御鉢がまわったというだけの事だ。どうせバタバタしていて研究どころではないからな」

 

 色々と少年を見せてもらったよ。体内までな―――と面白そうにミユさんはおっしゃった。いやん、私身体の奥まで見られちゃったわ~。こうなればミユさんに婿として貰って貰わねぇとな。

 

「望むところだ」

「え?何か言ったッスか?」

「・・・いや、何でない。何でもないんだ。私も疲れているのか・・・」

「んと、何が何だかわからんスけど、状況説明頼めるッスか?」

 

 とりあえず俺が生きているという事はデメテールは無事だって事なんだろう。しかし、あのスターバーストの嵐の中どうやって生き残ったのか判らないが、結構時間が経っているんじゃないだろうか?

 

「ふむ、まぁおよそ3日ほどたっている」

 

 3日も眠っていたのか。とりあえずその後の説明を簡単に三行で説明しようと思う。

 

・フネ大破したけど修理可能。

・現在位置がわからなーい。

・残念ながら死傷者多数。

 

 以上の三本です。来襲もまたみてださいねー。ジャン、ケン、ぽん。

 

「うふふふふ」

「ど、どうしたんだ少年?」

 

 急に笑いだした俺にミユさんがドン引きしている。だがこれが笑わずに居られるかってんだ。え?はしょり過ぎてて判らん?説明しろってのか?ああ、はいはい判りました。

 

 フネの状態は表層第一装甲板が完全に融解、第二第三も熱による歪みが発生しており機能的に問題が出ている。当然船体構造物、主砲だとかセンサーの類も熱でデロデロになっていたので機能できない状態となっていた。

 

 但し砲撃で破壊されたのでは無く単純に溶けただけなため、融解した部分を一度切除しそれを艦内工廠で再び装甲板に造り変えるだけで元の姿に戻すことが可能である。多少蒸発してしまった為、今まで船体前部にあった翼型の部位は切除される形となり、それによって主砲の位置を変更する事になった。

 

 いままでがシュモクザメみたいな形状だったのが完全にクジラのような形に変更出来た為、名実姿形ともに白鯨というふうに見ることが可能となったのは素晴らしい。今までは何か名前と違うって感じだった・・・閑話休題。

 

 ただ主機が現在沈黙しており、再起動に時間がかかりそうだという事だろう。補機だけではI3エクシード航法どころか亜光速航法すらおぼつかない。補機が稼働しているのにほぼ漂流状態なのはそれが理由だ。

 

 またこの間の騒ぎで破壊された部分から、またもやデメテールに点在して存在する未解析部分が発見されたらしく、どうもエンジン周りの何かしらの装置だという事、それとごく最近稼働したという事だけが判っているらしい。あの衝撃波から逃げおおせた原因はソレではないかと俺は睨んでいるが解析が急がれる。

 

 

 あと、現在位置が判らないのは当然だ。全てのセンサーは破壊されており、搭載されている艦艇のセンサーでは探知領域が足りない。通商管理局とのデータリンクでもなければ大宇宙を公開するフネのデータなんて高が知れている。

 

 星座や星図を元に位置を特定したくても、それが出来るのは惑星の上だけだ。特定の位置からの測定という行為が必要であり、その測定されたデータがあるからこそ“位置”というものは測定できるのである。

 

 だが現在のデメテールにはデータはあっても位置が違い過ぎて相違が多すぎる為、正確な位置情報として機能し得ない。大まかな位置は遠くからでも見えている別の銀河やらを測定すればわりだせるのだが測定機器が壊れており早急な復旧が急がれるという事だ。

 

―――そして俺の頭をもっとも悩ませたのが、最後の死傷者多数であろう。

 

 デメテールにはユピという超高性能な統括AIが居るお陰であり得ない程に自動化する事に成功した。だが自動化していると言っても無人化しているという訳ではない。あくまで人間が扱う上でその必要人数を削減で来ただけなのだ。

 

 だからデメテールの運航にはそれなりの人間が必要だし、またその人たちを養う為の人間もいるので総じた数はかなりの人数となる。惑星ナヴァラ崩壊後、大量に人間を応募したので少なくない人間がデメテールには乗り込んでいた。

 

 だが今度の戦争において白鯨でもかなりの乗組員が死傷していた。戦闘機隊で撃墜された人間もそうだし、ヴァナージのスターバースト現象から逃げる時にも何百という人間が大けがを負ったり、衝撃で破壊されたフネの壁に潰されたりなどで戦死したという報告が出ていたのだ。

 

「―――1000に届かなかったのが奇跡ッスね」

「ああ、出来るだけ安全対策は施してあったのだがな」

 

 すでに腹に一万近い人員を抱えていたにしては大分少ない。

 

「悔しいッスね。なんとも言えないッス」

 

 十分対策は施してあっても、それを0にすることは叶わない。

 それが、俺にはとっても歯がゆかった。

 

「となれば意識が戻った俺がすることは一つッスね」

「そうだな。少年、判ってるとおもうが―――」

「クルー達の葬式、やんないといけないッスね。辛いッスけど頑張るッス」

「・・・無理はするなよ」

「・・・・・・あい」

 

 

 

***

 

 

Side三人称

 

 ユーリが怪我から復帰したことはミユの手ですぐにデメテールに伝わった。ユーリ以外のブリッジクルーは一日で復帰しており、自分たちの部署を統括して作業をしていたらしい。それらの指揮は全て副長であるトスカが行っていた。

 

 トスカは最古参メンバーの中で唯一指揮が取れる上、副長として普段からブリッジに詰めている実質上白鯨のナンバー2なのだ。ユーリが怪我の治療で不在の間は彼女が指揮を引き継ぐのも普通のことなのだろう。

 

 ユーリが復帰しブリッジの皆の前に戻ってくるとトスカは開口一番に心配かけんじゃないよと頭を乱暴に撫でまわしてきた。チェルシーはギュッて抱きついてきたし、キャロも涙目でユーリを迎えていた。ユーリが大けがを負って搬送されていくところを二人は見ていた為、とても心配していたと涙ながらに言われては、流石のユーリも何も返せない。

 

 航海長のリーフと砲雷班長のストールも、ユーリの腹に軽いパンチという手荒い歓迎をしてくれた(あとで病み上がりの彼にそんなことしたという事でトスカに絞められた)トクガワやサナダやケセイヤ達も似た様な感じで復帰を喜んでくれた。もっともこれで更に仕事を分割出来る様になるという理由が裏にはあるのだが何も言うまい。

 

 ミドリとミューズは相変わらずで、いつも通りで冷静にご無事で何よりでしたと語るミドリと小さな声であったが無事でよかったですというミューズの姿があった。多少は心配はしていたと言ってくれたので、それが暖かく感じて不覚にも涙を流しそうになったのはユーリの秘密だ。恥ずかしかったのである

 

 

―――さて仲間との再開はここまでにしておくことにしよう。

 

 

現在ユーリは普段の姿とは異なる格好をしていた。普段は初めてフネをつくった惑星バッジョでトスカがくれたお古のダークグレイの空間服が彼のデフォルトなのだが、今は艦長帽と黒いコート―――沖田艦長風の服装だと考えてくれれば良い―――を身にまとっていた。

 

 式典用にあつらえた礼服とも呼べるそれは豪華さはなくとも十分な威厳を着用者にもたらす・・・もっともユーリは元々線が細い少年体形だった為、鍛えてはいても如何しても線が細くなってしまい、艦長服を着ているではなく着られているという風に周りに映ってしまう。

 

―――だがなぜ彼がわざわざ似合わない艦長服を着ているのか?

 

それはユーリがこれから今回の戦闘で無くなったクルーたちの合同葬式に参加しなければならないからである。これは艦長としてクルーを雇い入れた側の義務と呼べるものでありこの式典への不参加などのような拒否権は彼には勿論ない。

 

彼が治療の為に寝ている間、デメテールの修理もほぼ一段落つき、後は外装だけを直せばいいというところまで修理は進んだものの、外装に取り掛かるとなると凄まじく時間が掛ってしまう為に一段落はすんで次の作業に移る間である今の内に葬式を行うという訳である。

 

 その為の準備はユーリが眠りこけている間から既に作業の片手間に進められていた。デメテールの大居住区、ドーム状の居住区内部にある街から少し離れた平原となっているところに手が空いているクルー達があつまり、作業用エステを持ちこんで仲間を弔う為の準備を行っていった。

 

 葬式会場には檀上が設けられ、その壇上を囲むように6機のVFがバトロイド形態で立ち並び、儀仗兵のようにバルカンポッドを構えている。その壇上を挟んで反対側には犠牲となったクルー達の棺が並べられており、静粛な雰囲気があたりを満たしていた。

 

 壇上にはユーリの他に副長であるトスカ、ブリッジクルー、他には白鯨貴下艦隊のヴルゴ、トランプ大隊のププロネンとガザン、退避の途中救出した大マゼラン・アイルラーゼン軍近衛艦隊所属のバーゼル大佐などの錚々たるメンバーが上っている。

 

 しかしなぜ白鯨艦隊戦死者の葬式にバーゼルも立ち会っているのかというと、本国に帰れない以上、軍規定により戦死者は宇宙葬にされるのだがその前に弔いの意味を兼ねて、白鯨艦隊戦死者の葬式と合同で行う事にしたのである。反対の声も無くはなかったが、白鯨に保護されているような身分である為にバーゼルは白鯨からの声に応じて葬式への参加を決定したというわけだ。

 

ちなみにこの時代、宗教は存在するが基本的に宇宙での葬式は宇宙葬となっている。死体を何日もフネの中で保管しておく訳にもいかない為、カプセル型の棺桶に遺体を安置して船外に射出するのである。

 

デブリ問題とか起きそうであるが、死後はダークマターとなり宇宙を構成する材料になれると考えが宇宙航海士には広く浸透しており、最後まで夢に生きて夢となるのが宇宙を旅する者の運命だとも言えた。基本的に引退まで生きた人間は宇宙葬では無く大抵が大地に埋葬や火葬を選ぶのだが・・・閑話休題。

 

 ユーリは集まった参列者を壇上から眺めていた。彼とてこの世界に来てからこういった経験がなかった訳ではない。宇宙に駆逐艦で飛び出した当初は何度か戦闘で死者を出したこともあり、その度に葬式を行って来たのだ。

 

ただ今回のように、これ程まで大規模なのは経験がない。参列者はそれぞれが所属が判る様な空間服を着込んでおり――整備班ならツナギの上にジャケット等――戦死者の遺族は遺族で喪服姿であることが遠目からでもハッキリと彼の目には写っていた。遺族らのことを思うと気が重たいが、それでもやらねばならぬことなので気を引き締めた。

 

『これより戦没者の葬儀をとり行います』

 

 ミドリのアナウンスにより普段とはちがう厳粛な空気の中葬式が始まった。壇上の後ろに戦死したクルーたちの名簿が顔写真付きで空間投影され上から下へとスクロールされていく。流石に数百人いる以上一人づつ名を読んでしまっては日が暮れてしまうからだ。

 

そして空間投影がされると同時にVFが空砲を三回鳴らす。ドーム状の空間である大居住区にその音が反射して木霊のように響き、それが鳴りやむと同時にユーリが檀上のマイクが置いてある場所へと移動した。戦死者たちへ最後の言葉を贈る為、彼はマイクの前に立った。

 

 死んだ乗組員は全員が全員知り合いという訳ではない。それこそ顔すら知らない人間だっている。名前だって名簿を見なければ判らない人間もいる。だがユーリは忘れない。例え名も顔も知らなくてもこれだけの人間があの戦いに協力し散っていったということを。誰かに知られるでも誉れとされる訳でも無い戦争で散っていたクルーを忘れてはいけない。それが艦長の仕事であり義務だ。そう彼は思った。

 

『俺は白鯨艦隊を率いるユーリだ』

 

 空間投影の画面にLIVEの文字が映りユーリの姿が投影される。

 

『今度の・・・周囲には知られることはなかったあの戦争で、隣人が、友人が、仲間が、家族が奪われてしまった。そのことで少なからず痛みを覚えたことだろう』

 

 ユーリの背後の映像が切り替わり、並べられた棺を映しだす。

 

『ここに眠っている彼らは、ある者は整備員だった。ある者はエンジニアだった。ある者は生活班員だった。ある者はパイロットだった。ある者は保安部員だった。彼らは俺たちを支え助けてくれた仲間であり気の良い連中だった。全員ではないが俺の知っている顔が何人もいる』

 

 ユーリは艦長であるが平時は仕事以外に鍛錬と散歩等をたしなんでおり、こと保安部の人間には知り合いも多かった。

 

『ダラダラ語るのは俺の主義に反するし、連中も望まないだろうから短く纏めさせてもらうが赦して欲しい。白鯨の仲間だった友たちよ。諸君らがダークマターとなり、またこのデメテールの土へと還らんことを祈る』

 

 空間投影が切り替わり、今度はカプセル型の棺を映しだした。ユーリは壇上にせり上がってきたボタンを手に取った。

 

『しばしの別れだ。また何時か会おう・・・ポチっとなっ!!』

 

 ユーリがスイッチを押すと画面の向こう側でカプセル達が次々とこれの為に復旧したエアロックから宇宙へと射出されていく様子が映し出された。ユーリは脇に抱えていた帽子を手に取ると、それを画面の向こうへと向けてふった。参列していたクルーも同じように帽を振った。

 

 気付いた人もいると思うが、この葬儀は二種類の棺が存在している。一つは宇宙葬用のカプセル、もう一つはなんと土葬用の普通の棺だ。デメテールの中にある大居住区はそれ自体が一つのコロニーとして稼働出来る循環型自然環境を備えたドームである。

 

その為、普通なら出来ない筈の土葬という極めて惑星上で行われるものと近い葬儀を行うことが可能だったのである。ただ人により宇宙葬が良いという人間も居れば土葬もいいという人間も居た為、デメテール乗艦前にそれらの希望をちゃんと聞いていたという経緯があるあたり、福祉厚生もしっかりしていたようだ。

 

そんな訳でこんどは墓穴へと降ろされていく棺を空間投影しながら、再度VF達が空砲を鳴らすという形で戦死者の葬儀は完了したのであった。

 

***

 

Sideユーリ

 

 

―――最近、ユピの様子がなにかおかしい。

 

 クルーの葬式が終わって数日後くらいだろうか?フネの修理の仕事を行う為に俺も陣頭指揮を執る為にユピを連れて回っていたのだが、何故か急に顔を真っ赤にしていたり、モジモジしたり、顔を手で隠してブンブンと頭を振ったりと奇妙な行動が目立つようになった。

 

 特に最近は夜時間になるとその傾向が顕著になりはじめ、仕事中にも顔を真っ赤にして突然部屋から出ていったこともある。そのときはびっくりして何も聞けなかったのだが、少しして戻ってきた時には何時ものユピだった。

 

 

だが彼女の奇行は止まることはなく、この間も急にボーっとしていたりしていた為注意したのだが、声をかけても聞こえている様子がなかった。おかしいと思い肩に手を置いて揺さぶったところ少しして俺に気が付き・・・その途端また顔を真っ赤にしてぶっ倒れてしまい病院まで背負っていく事態が発生したのだ。

 

 病院に着くとまだ医療ボランティアしていたミユさんに、病院はそういうことをするところでは無いと言われたがそういうことってなんでぃすか!?とにかくユピが倒れたって説明したのだが、逆にミユさんに呆れられてしまった。

 

ユピは人間とは違うのだからメンテナンスベッドに連れていくならともかく病院に連れて来てどうすると言われて、そう言えばそうだったことに気がついた俺はユピを背負ったまま病院を後にすることになる。

 

そう言えば、帰り道で何故かすれ違った顔見知りの女性陣、トスカ姐さんやチェルシーやキャロとかに凄い目で睨まれたりしたけど、何だったんだろうな?

 

 

しかし言われてみればユピは電子知性妖精、人に見えても人では無い存在だったことを失念していた。いやぁ、いつも一緒に居たしあまりにも人間っぽいから忘れてたんだよね。仕草もドンドン学習して今では最初のぎこちなさはなりを顰めどう見ても人間の女の子にしか見えない。さすがケセイヤさん、再現力スゲェや。

 

それにしても、やっぱり最近のユピはおかしい。もしかしてフネの損傷が彼女に何らかの影響を与えたのではないだろうか。もしそうなら大変だ。彼女はこのフネそのもので、フネの中の管理から監視、その他人の手が多くいりそうなものを肩代わりしてくれているのである。

 

彼女がもしもそれが負担となっていておかしくなりつつあるのだとしたら!?・・・ああ、俺の所為なのか・・・仕事を良く押し付けて・・・彼女にもやらなきゃならない仕事もあったことだろうし・・・うう俺ってダメなヤツだなぁ。

 

 だけど、やっぱり仲間のことだし心配だ。ならなんとかするか―――

 

 

***

 

 

「え?!休暇・・・ですかっ!?」

 

 昼時間がもうすぐ終わり、夜時間へと移る変わり目、言うならば夕方時間と言うべき時間帯に俺はユピを艦長室に呼び出していた。昨今の彼女の異常行動を考慮し、疲労の蓄積というのもデータにあった為、彼女に休暇を出すことにしたのだ。

 

そして俺が全然減らない書類を処理しながらまだまだあることに恐怖の悲鳴を上げている時に彼女は来た。そして休暇を与えるという言葉を告げたところ、それはもう目を見開いて驚いていた。そう言ったところも人らしい反応だな。

 

「うん、ユピはここんとこ働き詰めだったから、少しは休んだ方がいいと思ったんスよ。ゆっくり休んで英気を養っておいた方が良いかなぁって」

「で、でも。他の皆さんは休んでいませんし、それに私は―――」

「AIであっても高度なAIには疲労も寿命もあるんス。フネの責任者である俺は疲れた仲間に鞭打ってまで働かせ用だ何て思ってないッス」

 

 大抵のAIにも言える事だが人のシナプス構造に似た記憶階層を形成すると、疑似神経組織も枝を伸ばして拡大していく。だが空間は有限であるように伸ばせる枝には限界があり、最終的にニューロンを形成した回路はそれ以上成長出来なくなってしまう。それを防ぐために必要で無くなった部位を自力で削除するのだ。

 

これにより傷ついた回路がAIの疲労となる。これを多くやり過ぎると最終的に修復できない程の損傷となり、致命的な思考凍結を引き起こしてしまう。そうなると回路としては機能しなくなり人間で言うところの認知症と同じ状態を引き起こすのだ。

 

そうなる前に大抵のAIは機能を停止する。誤作動を防ぐために自分で自分を破壊するアポトーシスが起こるからである。これが何のメンテナンスもせずに稼働させ続けた場合のAIの末路だ。ユピは高性能AIでありこう言った神経回路の形成にも非常に余裕があるが、疲労した状態を続ければ確実に寿命は減ってしまうのである。

 

 だから彼女には休暇を取らせようと思ったのだが―――

 

「わ、わたしいらない子でしょうか?」

「誰がそんなこと言ったッスかっ?」

「だってこの忙しい時に私を休ませるなんておかしいです!理解できませんっ!」

 

 狼狽した感じでユピは俺に詰め寄ってきた。

 俺は彼女を押しとどめ静かに口を開く。

 

「・・・・15回だ」

「え?」

「これまで急にボーっとしたり、パニックみたいな状態を起した回数ッス!どう考えても今のユピは何かしらの問題が起きてるッス!だけどメンテナンスベッドからは疲労以外の異常は見られなかったッス!俺は艦長として、この艦隊を預かる者として、そしてユピと仲間である者として、お前がそんな状態で仕事して欲しいだなんて思わないッス!」

「ひぅ・・・」

 

 一気に、まくしたてる様に言葉を放つ俺。ユピの目は涙目になり、今にも泣きそうだ。それが、何だか罪悪感として俺の胸を穿つ。だけど・・・。

 

「心配何スよ・・・ユピは大事なクルー、倒れて欲しいだなんて絶対に思わないッス。必要だからこそ、休んで元気になって欲しいんス」

「ひっく、んく・・・ごめんなさい、艦長」

「ん?・・んん、まぁ俺も少し声がデカかったのは悪かったッス。とにかく休暇はもう決定事項だから拒否は受け付けないッス。少し自分を見つめ直す機会だと考えてゆっくり休んでみるッス」

「・・・判りました」

「ん、話は以上ッス。退室して良いッス」

 

 とぼとぼと涙を流しながらも俺の言葉に従い部屋から出ていくユピ。なんだかとっても悪いことをしてしまったのだろうか、だがあのままだったらもっとおかしくなるかもしれなかったしな。高度なAIを相手にするのもたいへんだ。

 

一応後でケセイヤさんの都合が良い時に彼女の本体の方も調べて貰っておくことにしよう。端末に問題がなくても本体の方に異常があるなら精査しないと本当にヤバいからな。ただでさえ漂流中なのにフネの機能が全部停止とか洒落にならない。

 

 さてユピに休暇を出したんだから彼女の分も俺がやらなくてはならないな・・・彼女を休ませたのは俺なんだし、俺が責任を持って処理するのだ。既に山の様にあるんだし少しくらい増えたってなんくるないさー。さ~て一覧はどこいったか?

 

 えーと、これか・・・・・・はひゃ(゜∀。)?

 

―――普段の倍に仕事が増えたことで少しフリーズした俺だった。

 

 

***

 

 

 ユピに休暇を与えたその日の夜。俺は半ばボロボロになって自宅へと帰ってきた。やはりユピという存在はこのフネの根幹を支えてくれる存在だと言う事を今日一日で嫌って言うほど味合わされ、疲労で睡魔が襲ってくる頭と体を引きずっていた。

 

「ただいま~ッス」

 

 返事はない。まぁそりゃ一人で住んでいる家だしな。一応俺の家とかは他の連中とも区別されている。妹のチェルシーと住めばと思うかもしれないが、何と言うか俺はそこまでする勇気がなかった。

 

 だって、一つ屋根の下で、可愛いおにゃの子と同棲とか・・・神が許してもおとうさんはゆるしまへんで~!って感じだぜ・・・このままだと一生童貞を貫きそうだが、だって相手がいないんだもん。

 

「ああ、もう夜時間だから外真っ暗ッス。家の中も真っ暗」

 

 時間が時間だからもう外の飲食街も閉店、やっているのは怪しいバーやらアレな店ばかりだ。誤解されるといけないので言っておくが、デメテールにも江戸の吉原のような場所がある。宇宙船という密室空間においてそういった欲望の処理は上手くしないと船員の反乱を招くのだ。

 

 これが小型船だったら航続距離が短いのでそんなのは必要なかったんだが、流石に都市を一つ内包しているようなデメテールにそれは無理だった。俺も頭抱えながらそれらの書類を処理したモノである。

 

男性用、女性用まではいい、だがそれに加えて両刀用、特殊用とそれぞれ備え専門家をクルーとして迎え入れ、治安を悪化させない為に一カ所に纏めたのだ。そこだけ異様なオーラを放ち、未成年者は立ち入り禁止となっている。

 

だがクルー達にとっては憩いのオアシスとなっている。勿論犯罪が起きないとは限らないので、常に人の手によって監視されているけどな・・・流石に女性人格のユピに見張らせるのは気が引けたし・・・。

 

「あ~、風呂入って寝るッスかね~」

 

 う~~着替え着替えっと・・・。服を取りにベッドの横にある衣装ダンスへと足を向けた。その時ふとベッドを見た俺は何故か掛け布団が変に盛り上っていることに気がついた。はて?デメテールは気温調節がキチンとしているから、毛布一枚くらいしか使ってなかったんだが・・・。

 

 頭掻きつつ、不用意に俺はその盛り上がりへと手を伸ばした。

 

「えいっ!」

「ぬおっ!?」

 

―――その途端、誰かに腕を引っ張られ、俺はベッドに倒されてしまった。

 

 だ、だれだ?!日ごろの俺に何か恨みでもある人か?!はっ、もしかしてこの間の戦闘で死んでしまった誰かの親族さんとかが恨んで・・・イヤァーァァァ!!まだ殺されたくはないですぅっ!?!?

 

 慌てた俺はじたばたと手を振り回そうとするものの、組み轢かれてしまい上手く身体を動かせない。それが余計に恐怖を加速する。

 

「ひぃっ!?何何スか!なんなんすか!?」

「ひあうっ、あばれ、ないで、ください・・・」

「――え?その声は・・・もしかしてっング?!?!」

 

 柔らかい感触。何かで唇を塞がれた。

一瞬驚き思わず口を大きく開けて息を吸おうとしてしまう。

 

「ちゅぅ・・・むぅ」

 

 だがその途端、にゅるんとした何かが口腔内に侵入し、俺の口の中を這いまわる。その何処かおぞましくもこそばゆい不思議な感触。蹂躙されるようなそれに舌で押し返そうと対向するが、逆に絡まるだけで口から追い出せない。

 

 色々あって混乱はしているが、逆に頭が冷えて来た。だがこのままでは不味い、なんというか決定的に妬まれる的な意味と背徳的な意味でとてもヤバい気がしてならない。それにもし俺が思った通りなら、何としてでも確認せねば・・・。

 

「んむぐ―――ぁう・・・くっ!」

 

≪――カチ≫

 

 ベッドサイドに取り付けておいてよかった電気スタンド!暗い部屋に明かりが灯り、その光に照らされて相手の姿が目に写った!其処に居たのは―――

 

「あむ・・・んじゅ・・・ぷあ――もっと・・・ください」

「ユピ!なにしてっ「ん」――っ!!??」

 

―――再び口を塞がれた。視界いっぱいに彼女の茶色の長髪が写る。

 

 そう、今俺の口を犯しているのは休暇を与えた筈のユピだった。いつものレディーススーツの様な空間服の上着はベッドのすぐ下に脱ぎ棄てられ、服は肌蹴てよれよれ、スカートのホックも外れており、ブラウスに至っては胸元が完全に・・・ゴキュ

 

 い、いかん、冷静だと言ったがありゃ嘘だ。正直辛抱たまらんです。目の毒なんてもんじゃありません。目に弾丸くらいにヤバいです。脳天を直撃してきます。人間の女性とはちがったなんか甘い香りが鼻孔をくすぐり理性をそぎ落とそうとしてギガドリルブレイク・・・落ちつけ、今錯乱したら相手の思う壺。

 

 ・・・ああ~でも、やぁらかいなぁ~。

 

「ぷあ・・・なんでこんなことを?」

 

 なけなしの理性を総動員して俺は彼女にそう尋ねた。

 

「最初は好奇心からだったんです」

 

 ぽつりと、消え入りそうな声で彼女は俺を汲み引いたまま口を開いた。

 

「・・・御葬式の後くらいでしょうか。“こういう行為に走る人達”が突然増加したんです。最初はよくわからなくて、只見ているだけだったんです。でもそれが人が愛し合う行為という事に気がつくのに時間は掛かりませんでした」

 

 うわぁ~お。クルー達のプライベートに干渉する気はないんだが、ユピが知っているってことは自室じゃないところでそういうことが繰り広げられたって言う事じゃないか・・・風紀乱れまくりじゃん。

 

 だが判らなくもない。葬式やフネの修理のことでそこまで頭が回らなかったが、戦闘後の興奮はまだ色濃くクルー達に浸透していた。命をかけた戦いの中にいたという興奮。それが冷めやらぬ内に無意識に子孫を残そうとするのは人としての本能だ。

 

「好奇心からデータベースからそれがどういう事なのかを調べたんです。そしてデータと記録からどういうものなのかを理解したんです。でもそれらを見ている内に、私もなんだか身体が熱くなったような気分になる様になって・・・」

「もしかしてボーっとするようになったのって出歯亀が原因ッスか!?」

「記憶を削除しようとしても消えなかったんです。こんなことは初めてで、誰に話していいかも判らない・・・自分が壊れちゃったんじゃないか不安で、怖くて・・・どうすれば治るのかいっぱいいっぱい考えて―――」

 

 こげ茶色のうるんだ瞳が、俺をジッと見つめてくる。スタンドの明りだけが彼女を照らし、暗闇から浮かびあがらせた。扇情的なその姿がハッキリと見えたことに、俺は顔が熱くなったのを感じて彼女から顔をそむけていた。多分耳まで真っ赤だ。

 

 彼女は人ではないが魅力的な女性だと認識している。俺だって男だ。こんな状況で愚息が起たない訳がない。本能に任せるままに獣性を丸出しにして押し倒したいという欲望が渦巻くのが感じられる。

 

しかし理性がそれを止めて、童貞である臆病な心がさらに強固な防波堤を築きあげる。というかここで断らないと色々な意味で危険な事態を巻き起こしそうだと俺の生存本能が叫び声をあげていた。ジャスティスも妬ましいからダメだと叫んでいる。

 

「・・・艦、長――いいえ、ユーリ、さん。どうか私を貰ってくれませんか?」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

 

 だが、それ以上に、顔を赤くしてそんなことを言う彼女が可愛く見えて仕方がない。理性と本能とのぶつかり合いは理性が圧倒的に不利だった。さらに彼女は追い打ちをかけるかの如く、俺の耳元に顔を近づけてこうつぶやく。

 

「その、合意の上ですから・・・今夜ここで何があったとしても、私の意思ですから・・・私は何時も私を見守ってくれるあなたが好きなんです。あなたは、気にしなくてもいいんです。気負わなくても良いんです。私も知識だけですが、頑張りますから――ん」

≪ちゅう~≫

 

 そう言ってまた覆いかぶさろうとしてくる彼女。

 ウ、ウソダドンドコドーン!ウチのユピがやっぱりおかしいよぉぉぉぉっ!!

 大体頑張るって何ディスか~~!!??

 

「んん!?―――ま、まってくれっンムグ?!」

「あ、暴れないで、ふぁん」

「むぐーーー!!(ちょっ!なんかやわっこいのにあたったよー!?)」

 

―――これ以上は本当に不味い。度重なるキスが気持ち良くなってきた。

 

 俺の中で理性が本能に筋肉バスターをかけられてリングに沈められかけている。セコンドのジャスティスがギブ?ギブ?と理性に問いかけ・・・おいジャスティス!テメェは理性側じゃなかったのかよ!?おおっと、本能が止めを刺そうと走り出したー!!この展開を止められるのはだれもいないのかー!!!

 

 

 

 あわや理性が崩壊し、服を脱がされかけたその時―――

 

 

 

「ところがぎっちょん!コレ以上は問屋が卸さないよ」

 

 

 

 ドアを蹴り破ってトスカ姐さんが部屋に突入してきた!

その時の彼女は俺にとってのまさに救いの神様が降臨なされたのと同じ。何故どうして彼女がここに来たのかは知らないが、今この状況を打破しユピをなんとかしてくれると思うとなんという僥倖!

 ・・・尚、その後ろにはごッつい銃構えたウチの義妹と、それを必死に押しとどめるキャロが立っていたけどな。

 

「ワタクシ、アナタ、ブチコワス」

「ちょっと!この娘押さえるの大変だから早くなんとかしてよ!あとユーリ!後でお仕置きよ!」

「何でッスか~!?!?」

 

 動けないのにどうしろと言うんスかぁ~!という俺の主張は当然の如く女性陣には無視される。こういう場合は男が悪いという方程式は人類が宇宙に飛び出しても変わらないらしい。

 

「邪魔しないでください」

「いいや。邪魔するね。そのままじゃ強姦だ」

「ワタクシ、アナタ」

「ちょっ!そのサイズの銃つかったらユーリも危ないから!巻き込むから!」

「とにかくユーリを解放しな。話はそれからだ」

「・・・いや」

≪――ギュ≫

「く、首持たないでッス――ウホっ!背中に柔らかな感触!?」

「ヤッパリ、ブチ抜ク」

「そうねぇ、なんかあの鼻の下伸びた顔見てるとねぇ・・・」

「いや、じゃないよ。それとユーリ、嫌なら嫌ってハッキリと言わなきゃダメだ」

「ダメって言おうとしたんスけど口塞がれちゃって――」

「ナニデ?」

「そりゃ、いきなりのキスで―――あっ」

「「「・・・死ね。この鈍感男」」」

「いやぁぁぁっっ!?何か命の危険の予感ーっ!!??」

 

 口を滑らしたら命の危機ズラー。

 うう、女難の相でも出てたかしら?

 

「させません」

 

 ユピがそう言って俺をかばうかのように立ち上がり、臨戦態勢な女性陣の前に立った。う~ん、なんとも頼もしいのだが、正直さっきまでのこと考えると複雑。

 

 そしてまさに一触即発の空気があたりを支配しはじめた―――その瞬間。

 

「うっ、うぅぅ・・・?!」

「やれやれ、ようやくかい・・・」

 

 急にユピが時が止まったかのようにその場で停止してしまった。いったいぜんたい何が何だかわからないよー。でもトスカ姐さんはどうしてそうなったのか理由を知ってるんだろうか?だけど、とりあえず―――

 

「た、助かったッス~」

「まったくアンタは・・・無駄にやってた戦闘訓練も意味がなかったね!」

「いやいやトスカさん、彼女ものすごい力だったんスよ?さすがは電子知性妖精。あの戦闘ロボのヘルガと素体は同じなだけはあるッス」

「その力で犯されかけちゃ意味ないねぇ」

 

 呆れた視線と軽蔑の視線半々いただきました。

 

「でも何で彼女はいきなり・・・」

「ケセイヤの話によると本体の方に問題があったらしい。あの時の戦闘でエネルギー伝導管からエネルギーが逆流。超負荷でAI回路の一部に欠陥が出来たんだと」

「一部に欠陥?」

「なんでも人間でいうところの理性をつかさどる部分らしいわ。彼女が暴走したのも多分その所為ね。ま、それだけ慕われてるってことじゃない?」

「キャロの言う通りさね。んで色々とストレスもあったことが暴走の引き金になったと・・・ユーリ、あんた彼女に何かしたのかい?」

 

 原因というか、何て言いますか・・・。

 

「えっと、最近調子悪そうだったから、休暇をあげたッス」

「んじゃ原因はソイツだろうさ。ま、とにかく無事でよかったよこのロリコン」

「ユピは誕生してからまだ1年経って無いものねー」

「ユーリの・・・馬鹿」

「へいへい、私が全部悪かったでございますッス」

 

 俺は深々と頭を下げていた。ま、色々と助かったからな。

 とりあえずユピが動かなくなったのは、ケセイヤさんが本体の方を修理したかららしい。記憶群は傷つけずに問題のあった回路を正しい形に変えただけなので記憶やその他人格などには全く影響はでないと聞いて安心したぜ。

 

 ちなみに何で彼女らが俺の部屋に来たのかと言うと、最初にケセイヤの報告を受けたのはトスカ姐さんだったらしい。トスカ姐さんはユピが暴走する可能性があると聞き、どういう形で暴走するのかは判らなかったけど、とりあえず電子知性妖精の身体を抑えておこうと思い探していたのだそうな。

 

んで偶々トスカ姐さんと一緒にいたキャロと、その時彼女らが居た食堂での仕事が一段落して暇になったチェルシーも合流。ユピを探して回ったんだって。

 

「でもよくユピの居場所判ったッスね」

「キャロがね、もし私がユピなら、いくならユーリのとこって言ったから」

「あ、あはは。だってあり得そうだったしねー(チッ、本当は当てずっぽうでサボる序でにユーリと遊ぼうと思っただけだったのに・・・)」

「でもまぁ、何と無くキャロについて来て正解だったね。まさか本当にこんな事態になってたとは・・・」

 

 ちなみにユピが暴走する可能性の報告が俺に上がってきて無かったのは、俺がユピの分まで背負いこんで仕事に没頭して艦長室に閉じこもって連絡が取れなかったかららしい。要するに今回のこれって結構自業自得ってことなのか?

 

「ま、暴走は止まったし、とりあえずアンタへの御仕置きを考えないとねぇ」

「ギクッ」

「そうねー」

「心配かけさせたもの。当然のことよ」

 

 そして俺は御仕置きされることとなった。物理的なのは流石に考慮して貰ったのだが、お説教2時間は疲れた俺の身体にはたいそう効いたらしく、三人のお説教兼小言兼愚痴その他etc.に至るまで聞かされ、精神的にボロボロだった。

 

 お説教が終わると同時に、俺の意識は暗転し、気がつけば自分のベッドに横たわっていた。とりあえず知っている天井だと俺が呟いたのは言うまでも無い。時計を見るとすでに次の日の朝となっていたが寝た気がしなかった。

 

昨晩のことも疲れた末の夢と思いたかったが、ユピの上着をベッド横で発見した為夢ではない事を改めて思い知らされリアルorzしたのは余談である。かくしてユピテルの暴走事件は一応の終息を見せたのだった。

 

尚、この件に関してはユピの方も自制が効かなくなった間のことを断片的に覚えていたらしく、しばらくユピとの間に微妙な雰囲気が生まれるようになったのは別の話。

 

***

 

 

 

 

 

Side三人称

 

 

――――デメテールにおける戦死者追悼のための葬式から一カ月後。

 

 先の戦闘で少しダメージを受けていた生命維持装置やオキシジェンジェネレーターおよび循環型環境システムの完全な修理が行われた。一応稼働するのだがかなりの負荷をかけてしまうため故障しやすい状態だったので全員必死である。

 

そして無事にそれらを修理で来た為、生き残った乗組員たちは安堵した。ほぼ真空に近い宇宙空間において生命維持装置が破壊されることはゆっくりとした死刑を意味しているからだ。

 

小マゼランに伝わっている話で、とある救難信号を発信していた漂流宇宙船を見つけた0Gが救助の為にそのフネに乗りこんだところ、若いカップルがキスをした様な形で窒息死している姿が発見された。

 

船内のレコードの記録から、酸素生成機が何らかの理由で停止した為に二人は窒息してしまったという。最初彼らを見た人々は愛する人の為に肺の空気を相手に送ろうとしたのだろうと考えた。

 

―――だがレコーダーには彼らの最後もキチンと映し出されていた。

 

薄まりゆく空気の中、女性がゆっくりと動き出すと男性の口を自分の口で塞いだ。その途端男性が目を見開き、苦しそうに顔をしかめながら女性を離そうともがいたのだ。彼らは相手の肺に残っている僅かな空気を求めてお互いに奪いあったのである。

 

このように宇宙において酸素というものは炭素型生命が生きる上で必要不可欠なものであり、だからこそ宇宙の航海者は生命維持装置が少しでも損傷しただけで神経質になるのだ。酸欠とはそれだけ恐ろしいことであるのだ。

 

だが修理が終わった為少なくても酸欠で死ぬといった恐ろしい事態は避けられることだろう。酸素さえあれば後は水と食料さえあれば生き延びられる。幸いなことにデメテールは巨大なフネな為、循環型環境システムをキチンと装備していた。 

 

循環型環境システムは簡単に言えば深宇宙コロニー等で見られる閉鎖環境における完全な循環型社会システムのことだ。つまりは箱庭を宇宙船内で再現する事で自給自足を実現できると言うものである。

 

これにより例え航路を外れた今の状態であっても、飢え死にという可能性が非常に低くなりつつあった。元より生活物資コンテナには冷凍された数年間は食べていける食料品があるし、ネージリンス軍などから失敬・・・もとい拝借した圧縮レーションパックもある。

 

 そうでなくてもデメテールには農園や水産施設も完備されているのだ。これが故障でも起こさない限りは飢え死にの心配もまずないと言えた。

 

―――だがそれらとは別に新たな問題が白鯨艦隊に浮上することになった。

 

「あ~う~」

「か、艦長、が、頑張って、ください・・・」

「あ~う~」

「うう、ダメ。艦長の顔、直視できないわ。恥ずかしい」

「あ~う~」

「で、でもお仕事させないと、トスカさんたちが怖いし・・・」

「あ~う~」

 

 ユピテルが今だにあの時の騒動のことを引き摺り赤面しつつも、過剰な仕事量でオーバーヒートしてしまい、たれユーリと化した彼を起そうとしている原因。言わずもがな人手不足である。

 

 自動化の弊害とでも言えばいいのだろうか。自動化した事で確かに個々人の負担は大幅に低減され、少人数でもフネを運用できるほどとなった。だが戦闘等で人員が失われた場合、その死んだ人員分が他の乗組員に降りかかると言う事態が発生したのである。

 

 漂流開始から1カ月がたち、基本的に生命維持装置を中心としたまずは生き残る装備から修復を急いだ所為で、人員不足の負担が大挙して乗組員全員に襲い掛かった。これの影響は一時的にフネの運航を麻痺寸前に追い込むと言う事態まで発生させたのだからどれだけ大変な事態なのか想像に難くない。

 

特にユーリは艦長という職業柄、普段からかなりの書類を整理していたことに加え、さらに修復の進行状態や色んな報告を受け、それにより増加した書類により生ける屍と化したのである。一応経理のパリュエン率いる事務方も頑張りを見せたものの、彼らもまたユーリと同じ症状を発症していた。

 

「もうだめ、もう死ぬッス・・・」

「こ、ここにミユさんから貰った栄養剤がありますよ!――最後の最後に遺書書いてから使えって使用説明に書いてありますけど・・・」

 

 ユーリはユピが手に持つ緑と灰色が混ざった様な液体を見てウゲェという顔をした。どう見ても身体に悪そうだし、遺書付きってことは使ったら死ぬんかいと心の中で突っ込みを入れている。

 

 だが本当に彼も乗組員も疲労度的にはピークに達していた。例外は機械や発明さえできれば何時でもハイな気分のケセイヤや、怪しげな薬を使う科学班のマッド集団。そして彼の目の前にいるユピテルくらいである。

 

 ユピテルはAIなので、精神と呼べばいいか、そういう系の疲労は感じても肉体の方の疲労はほぼ無いのだ。感じることは出来るがカットする事が出来るのである。だがそれが余計に彼女を苦しめる要因となった。特に目の前で今にも死にそう(彼女視点)な思い人が居るとなればなおさらである。

 

「うぐぐ」

「うう、どうしよう。ま、マッサージでもしてあげた方がいいのかな?」

 

 ユピテルが心配そうにユーリを見つめている中、正常な思考力が鈍りつつあるユーリは口には出さず心の中でとある決断を下していた。彼は執務机の上にある通信装置にずるずると手を伸ばし、あるところに連絡を入れた。

 

「もしもし、艦長のユーリッス。うん・・・うん、そう。もう限界ッスからなんとかして欲しいッス・・・資金?材料?この人手不足をなんとかできるなら材料はどう使おうと構わんス。研究資金を今後3年使い放題――え?せめて10年?無理。4年ッス―――うん、うん・・・判った。5年でどうっスか?―――ありがとう。そしてさようなら・・・」

 

 ユーリ、艦内通信を送った直後に過労により意識を失う。

 慌ててユピテルが彼をお姫様だっこして艦内をものすごい速度で駆け抜け、病院に担ぎ込むまで―――あと20秒。

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。