機動戦士ガンダムSEED Destiny 聖なる解放者   作:もう何も辛くない

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PHASE70 翼が包んだものは

ザフト最大の要塞、メサイアは崩れ落ち、その姿は瓦礫の塊となった。

それを見た者は喜び、または絶望し悲しんだ。

 

要塞メサイアが崩れ落ちた今、ザフト軍の勝利はなくなる。

戦闘意志を失ったザフト軍に、地球軍は容赦なく攻め込んでいく。

 

 

「はははぁっ!ざまあみろ、宙の化け物がぁっ!」

 

 

「今までよくもコケにしてくれたなぁっ!今度は俺たちが貴様らをコケにする番だぁっ!」

 

 

ウィンダムが放ったビームが、後退していくザクを貫く。

ザムザザーが放った砲撃が、グフを飲みこむ。

 

 

「ぐぁああああああああっ!!」

 

 

「あぁ…!くそっ…、よくもぉおおおおおおおおっ!!」

 

 

メサイアが崩れ、勢いを失いつつあったザフトの戦闘意志が、残酷な地球軍の追撃によって蘇りはじめる。

艦に戻ろうとしていたモビルスーツが、追ってくる地球軍機に向きを変えていく。

 

 

「っ…」

 

 

シエルは、再び始まろうとする戦闘を見て唇を噛む。

 

終わらないのか、どちらかが滅びるまで。

この戦いは、終わらないのだろうか。

 

 

「くそっ!どうしてまだ続けるんだよ、こんな無意味な戦いを!」

 

 

ムウが、アカツキのバックパックからドラグーンを射出する。

照準を定め、ムウは武装またはメインカメラをビームで貫く。

 

 

「やっぱり、基地を落とさなきゃ終わらせられないのか…!?」

 

 

レクイエムは破壊した。

地球やプラントへの最大の危機は取り除かれた。

 

だが、まだ彼らは諦めていないのだ。

 

ムウたちは知らないが、彼らは指揮官をすでに失っている。

それでも、指揮官の意志が、彼らに受け継がれていることをムウたちは知らない。

 

 

「アズラエル様が、俺たちに道を残してくれたのだ!」

 

 

「奴らは最大の防衛線を失った!この戦いさえ凌げば、俺たちの勝利なんだ!」

 

 

皮肉なことに、セラがメサイアを落としたことが彼らに希望を与えていたのだ。

まだやれると。まだ勝てると。

 

自分たちが、負けるはずはないのだと。

 

 

「シエル、後ろ!」

 

 

「っ!」

 

 

どうするべきか、考えていたシエルの背後から襲い掛かってくるウィンダム。

シンの一声で気付いたシエルの防御が何とか間に合う。

 

ウィンダムの攻撃を防ぐと、シエルはサーベルを抜き放ってウィンダムのメインカメラを斬りおとす。

 

 

「…っ!」

 

 

ウィンダムを落としたシエルが、不意に機体を動かした。

進むその先は、ダイダロス基地。

 

 

「シエル!?」

 

 

「たとえ、基地を落とさなくとも…!」

 

 

シエルが進んでいくその正確な先は、発進していくモビルスーツ群だった。

 

長い間戦った。かなり多くの犠牲も出ている。

それでもまだ、衰えこそ見えるも、勢い止まらない。

 

これ以上、犠牲は増やしたくない。

ならば自分が、自分たちがやらなければならない。

 

シエルはライフルをモビルスーツ群に向けて撃つ。

かわそうと動く機体、シエルの射撃によって戦闘不能になる機体の二つに分かれる。

 

射撃から逃れた機体は、アカツキのドラグーンから放たれるビームによって武装、メインカメラが撃ち落とされる。

 

 

「ムウさん!」

 

 

「止まるなシエル!来るぞ!」

 

 

二人に向かって、四方八方から襲い掛かる地球軍機。

 

シエルは、ライフルから持ち替えて斬りかかっていく。

ムウは、ライフルとドラグーンを操りウィンダムを撃ち落としていく。

 

 

「シエル…」

 

 

ヴァルキリーとアカツキの戦いを、シンはじっと見つめる。

 

何故、ここまで戦うことができるのだろうか。

何故、シエルは殺そうとしないのだろうか。

 

しようと思えばできるはずだ。むしろその方がシエルに、彼らにとって楽なはずだ。

不殺がどれだけ過酷なものか、シンにだってわかる。

 

それなのに、何故…。

 

 

「シン…」

 

 

「…わかってる。俺たちも行くぞ、ルナ!」

 

 

シンとルナマリアは、機体をヴァルキリーとアカツキが戦っている方へと向ける。

 

これで、本当に最後の戦いになってほしい。

今度こそ、もう続いてほしくないと願いながら、二人は機体を進ませていく。

 

 

「シン、ルナ?」

 

 

「援護するぞ、シエル!」

 

 

シエルは、こちらに向かってくるデスティニーとインパルスを見て目を見開く。

 

 

「もう、レクイエムは破壊した…。二人はミネルバに…」

 

 

「戻れるわけないだろ!ここまで来て!」

 

 

ミネルバに戻れとシエルは言おうとしたのだろう。

だが、シンは戻る気はさらさらなかった。

 

こんな所まで来てしまったのだ。

最後まで、ここで戦い抜きたい。

 

 

「私もよ。シエルを置いてなんていけるわけないでしょ?」

 

 

「でも…、私は、二人を裏切って…」

 

 

ルナマリアも、シンと同じ気持ちだった。ここで戦おうとしていた。

 

だが、シエルはこうして戦うと言ってくれる二人を一度裏切っている。

いや、一度どころではない。しようと思えばキラだけでなくセラにも銃を向けることができたはずだ。

それをしてこなかった自分は、何度二人を裏切ってきたのだろう。

 

 

「関係ないわよ!私はシエルを仲間だと思ってる!それじゃダメ!?」

 

 

「ルナ…」

 

 

「それとも、シエルは俺たちと戦いたくないのか?それじゃあ、さすがに俺たちも戻るけど…」

 

 

「そんなことないよ!…すごく、心強い」

 

 

シエルの本心を引きずり出したシンとルナマリアは、目を合わせて微笑み合う。

 

 

「なら、一緒に行くわよ!」

 

 

「…うん!」

 

 

ルナマリアの言葉にシエルが頷いて、いざ戦いに…、としたその時だった。

 

 

「…お前ら、俺を忘れてねえか?」

 

 

三人の耳に届く、どこか悪戯っ気を含んだ男の声。

 

 

「俺を置いていくな!お前らだけで和解しやがって…」

 

 

「ハイネ!?無事だったのか!」

 

 

シンとルナマリアを先に行かせて残ったカンヘルが、ハイネがここにやってきたのだ。

シンは安堵に笑みを浮かべながらハイネに声をかける。

 

 

「当たり前だ!俺を誰だと思ってるんだよ!」

 

 

こうして強気で言っているハイネだが、操る機体は無傷とはいかなかった。

 

まず、右腕を失っている。剣で斬り裂かれたのではなく、何か巨大なものでもぎ取られたような傷だ。

 

カンヘルの右腕は、レイダーのミョルニルによって吹き飛ばされたのだ。

 

右腕だけではない。

装甲が所々傷つき、さらに溶けて内部が見えてしまっている部分も見られる。

 

 

「…大丈夫、なの?」

 

 

「ルナマリア、お前まで何言ってんだ!俺を誰だと思ってんだよ!」

 

 

心配そうに問いかけるルナマリアに力強く答えたハイネは、さらに続ける。

 

 

「それに、いざとなったらお前ら三人が助けてくれるだろ?」

 

 

「あ…」

 

 

ハイネのその言葉に、声を漏らしたのはシエルだった。

 

ハイネはこう言ったのだ。『お前ら三人』と。

シンとルナマリアだけではない。シエルも、その中に入っているのだ。

 

ハイネも、シエルを仲間だと思ってくれていると感じるシエル。

 

 

「…ありがとう」

 

 

「何お礼言ってるんだよ。俺はお礼を言われるようなことをした覚えないぞ」

 

 

微笑みながら答えるハイネ。

何処か和やかな雰囲気に包まれようとしたその時、ヴァルキリーのスピーカーから切羽詰まった声が響き渡る。

 

 

『おい、シエル!?仲直りは良いけど、早くこっちに来てくれないかっ!』

 

 

「あっ!すみません!すぐに行きます!」

 

 

頭の中から抜け落ちていた。こうして話している間にも、ムウが戦っているのだ。

ムウだけではない。アークエンジェルもエターナルもクサナギも。

キラもトールも。そしてセラも。

 

 

「話は終わりだな。じゃあ、行くとしますか!」

 

 

最初に飛び出したのはハイネ。

それに続いてシン、ルナマリアと飛び出していく。

 

 

「…本当に、ありがとう」

 

 

そして、小声でもう一度お礼をつぶやいたシエルが最後に続いた。

 

戦いに向かう四人の想いは、すべて同じ。

 

これで、最後になってくれ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…一つ、聞いていいか?」

 

 

オールレンジから降りしきる死の雨から逃れながら、セラはつぶやいた。

そのつぶやきの先にいるのは彼女、クレア・ラーナルード。

 

クレアが駆るアナトが、セラの問いかけが聞こえなかったのだろうか。

問いに対して何も反応を見せずに、こちらもまた放っていたビームの雨を掻い潜りながらサーベルで斬りかかってくる。

 

 

「お前が俺のクローンだということはわかった」

 

 

だがセラは問いを続ける。

 

聞こえていないはずがないのだ。

こうして、互いが互いの存在を感じ合っている。

そんな二人が、たとえどんな小さな声だとしても聞き逃すはずがないのだ。

 

リベルタスの刃とアナトの刃がぶつかり合う。

 

 

「だが何故、お前は俺を殺すことに固執している」

 

 

「…」

 

 

二機は同時に離れる。

そして、同時にライフルを取りだすと互いの位置を変えながら撃ち合う。

 

 

「自分という存在すらも自覚せずに俺を殺そうとしてきた奴は、いた」

 

 

レイのことだ。

自分を他人だと偽って、セラのことを憎んで殺そうとしてきた。

 

結果、セラの言葉を通して自分を自覚し、最後にはデュランダルの願いを聞き届けて生きることを決意した。

しかし、クレアは違う。

 

 

「お前は、お前自身を自覚している。セラ・ヤマトのクローンとしてではなく、クレア・ラーナルードとして、俺とは全く違う生を送っているはずだ」

 

 

クレアは自身を自覚していた。

自分にこう言い放ってきたのだから。

 

自分は、クレア・ラーナルードだと。

 

そんな彼女が、何故自分を殺すことに固執しているのだろうか。

 

 

「…確かに、私はセラ・ヤマトではない。クレア・ラーナルードという一人の人間として生きている」

 

 

アナトが、ライフルを撃つのを止めたかと思うと、両腰の収束砲を展開し始めた。

それを感じ取ったセラは、すぐに機体をその場から離す。

 

 

「生きているんだって…、そう思っていました」

 

 

収束砲から放たれた砲撃は、リベルタスの僅か横を通り過ぎていく。

 

それに見向きもせずにセラは、かわした自分を追って斬りかかってくるアナトを迎え撃つ。

 

 

「思って、いた?」

 

 

「はい。思っていた、です」

 

 

ぶつかり合った二機は、そのまますれ違うと反転。

再び互いに向かっていく。それと同時に二機のドラグーンが動き出す。

 

互いの動きを阻害せんとドラグーンが火を噴いていく。

 

二機は、まるでどこにビームが来るかがわかっているかのようにいとも容易くビームをかわしきるとこれまた同時に互いに斬りかかっていく。

 

 

「気づいたんです。あなたが生きている限り、私は私として生きていけないということに」

 

 

クレアの言葉が続くごとに、アナトの刃から伝わってくる力が強くなってくる。

 

 

「っ、ちぃっ!」

 

 

「あなたが生きている限り、私はあなたのクローンという称号を背負い続けなければならないのだと!」

 

 

セラは、押し切られる前に機体を離脱させる。

だがアナトの追撃も早い。すぐさまリベルタスに追いつくと、今度は対艦刀を振り下ろしてくる。

 

 

「くそっ…!」

 

 

セラは、アナトの斬撃を回避しながら思考する。

 

おかしい。先程の押し合い、リベルタスならばアナトを押し切ることができたはずだ。

リベルタスの本領は、接近戦で発揮される。小回りの利く凄まじいスピード。

何にも押し負けないのではないかとも思える力。

 

機体の状態が、おかしい。

 

目立った損傷はないが、それでもこの戦闘が始まってからずっとリベルタスはセラの意の元で戦い続けてきた。

リベルタスは、その高性能ゆえにかなり繊細だ。

 

前大戦では、一度の戦闘から返ってくると調子がおかしくなって次の戦闘で出撃できなかったということもあったほど。

むしろ、開戦してからここまで、順調に戦い続けてきたことが奇跡だったのかもしれない。

 

 

「どうしましたか?動きが…、鈍いようですが!」

 

 

「っ!?」

 

 

確かにリベルタスの調子はおかしくなっている。

それでも常人では見切ることができないほどのわずかな狂い。

 

予想はしていたが、ここまでの短時間で見切るほどクレアの技量は恐ろしいということなのか。

 

アナトが、対艦刀を一文字に振るってくる。

セラは、その斬撃をかわして背後に回ろうとする。

 

だが…

 

 

(っ、動き出しが遅い…!)

 

 

機体の反応がわずかに遅れる。セラはやむなく、機体を後退させて回避だけに変更する。

 

しかし、これではアナトの執拗な追撃にあってしまう。

 

 

「くっ…!」

 

 

「…なるほど。あなたの動きが鈍いのではなく、機体の方に問題ですか…。まぁ、どちらにしても私には願ってもない事ですが!」

 

 

予想通り、アナトは対艦刀を振るってリベルタスを追い込んでいく。

セラも、サーベルとビームシールドを駆使して何とか凌いではいるが、斬撃の重みで少しずつ体勢が崩れていく。

 

このままではまずい。

再びセラは背後に回り込むことを試みるが…。

 

 

(…、ダメか!)

 

 

機体の動き出しが、鈍い。

それだけではない。

 

中途半端な動きにより、防御また中途半端な状態になってしまった。

振り切られた対艦刀が、展開されたビームシールドを押し切る。

 

 

「しまっ…!」

 

 

体勢が、崩れてしまう。

 

アナトのドラグーンが、そこを狙ってリベルタスに照準を整えてくる。

 

 

「終わりです!」

 

 

「させるか!」

 

 

クレアはこれで止めだと考えていた。

 

だが次の瞬間、ビームを斉射させようとしたドラグーンが爆散する。

 

 

「っ!?」

 

 

「驚いている暇はないぞ!」

 

 

セラが操っていたドラグーンの一基が、クレアがビームを斉射させようとしたドラグーンをビームで貫いたのだ。

 

あの状態でここまで手を打ってきていたことに驚愕していたクレアに、リベルタスが襲い掛かる。

 

 

「くっ!」

 

 

今度は、クレアが押される番だった。

セラは、両手にサーベルを握ってアナトに斬りかかる。

 

上下左右からの斬撃を、クレアは防いでいく。

 

ここでもやはり、リベルタスの不調は響いていた。

セラの意のままにアナトを追い込んでいくことができない。

 

 

「…そこ!」

 

 

「っ、ちぃっ!」

 

 

それだけではなく、相手に反撃の間を与えてしまった。

クレアは、リベルタスの斬撃に隙を見つけると、その間に手に持っていた対艦刀を振り上げてリベルタスの左腕を斬りおとした。

 

後退していくリベルタスを、追い込む。

そのために、まずは対艦刀からサーベルに持ち替えよう

 

それが、クレアが予想していたこの後の展開だった。

 

 

「こっ、の!」

 

 

左腕を斬りおとされたリベルタス。

だが、セラはそれで怯むことはなかった。

 

ここまで戦っていてわかったことがある。

機体を襲う不調。だが、部位によってはまだ意のままに動かせるところもあることにセラは気づいた。

 

その部位の一つが、右足。

 

左腕を斬りおとされたことを自覚した直後、セラは右膝を振り上げていた。

 

 

「なっ!?」

 

 

左下から伝わってきた衝撃に目を見開くクレア。

 

一体、何が…!?

 

自覚する前に、さらに大きな衝撃が機体を襲う。

リベルタスが、突進しぶつかってきたのだ。

 

下からの衝撃で崩れかけていた体勢が、再びやってきた衝撃で完全に崩れる。

 

セラは、すぐにサーベルを振るう。

狙いはメインカメラ。

 

だが、リベルタスの両腕は不調が襲われている部位であった。

セラの思うスピードで、斬撃を繰り出すことができない。

 

アナトが、斬撃から抜け出してしまう。

それでも、アナトの体勢は整い切れていない。

 

それを見たセラは、ドラグーンのビームを斉射する。

斉射されたビームは、アナトの右足を貫いた。

 

 

「くっ…!機体の不調に襲われて、ここまで戦えますか!」

 

 

「あぁ戦えるさ!待ってくれる人がいるからな!」

 

 

二人は互いに今度はライフルを向け合う。

だがそれは、互いの機体を狙ったものではない。

 

それを感じ取った二人は、機体ではなくドラグーンを動かす。

 

引き金を引けば、そのビームは互いのドラグーンを貫く。

逃れたドラグーンは、互いの機体目掛けてビームを斉射する。

 

そこで、再び機体が動き出した。

 

ドラグーンのビームから逃れると、アナトがリベルタスに斬りかかっていく。

リベルタスは、アナトと間合いを計りながら時間を稼ぐ。

 

両腕が不調で上手く動かせない以上、接近戦では不利に陥ってしまう。

それでも、遠距離で戦えるほどリベルタスは武装が整っていない。

 

遠距離戦で活用できるドラグーンは、すでに三機失っている。

残りは、五基。

 

一方のアナトのドラグーンの残りは六基。

数の上ではアナトの方が有利だ。

 

 

(…いや、数だけじゃない)

 

 

セラは気づいていた。

アナトのドラグーンに搭載されている砲門の数も、リベルタスの物に勝っていると。

 

となると、やはりカギを握ってくるのは接近戦。

 

 

「くっ!」

 

 

アナトが接近してくる。

やむを得ない。セラは迎え撃つ態勢を取ってサーベルで斬りかかる。

 

ぶつかり合った刃は拮抗し、その場で動きを止める。

 

 

「やはりあなたは目障りです。こうして戦っている間にも、何度も実感させられますよ」

 

 

「お前はお前!俺は俺!それじゃあダメなのか!?」

 

 

再び届くクレアの言葉。

返されたセラの言葉に対し、クレアは言い放つ。

 

 

「先程も言いました。あなたがこの世にいる限り、私はずっとあなたのクローンのままなのです」

 

 

「お前がそう思っている限り、俺が死のうとその現実は変わらないぞ!」

 

 

「っ」

 

 

ぴくりと、クレアの体が震える。

 

 

「お前の心にその現実が浮かんでいるのなら、俺が死のうと何も変わらない!」

 

 

「黙れっ!」

 

 

二機は同時に離れる。

離れた直後、クレアはドラグーンを自分のまわりに配置させる。

 

 

「目障りなんですよ…」

 

 

クレアは、サーベルからライフルに持ち替える。

両手にライフル、さらに両腰の収束砲も展開。

 

 

「目障りなんですよ、あなたは!」

 

 

残った全三十門の砲門を同時に開く。

リベルタス目掛けて、一気に放った。

 

その光景を見たセラは目を見開いた。

 

 

(これは、フリーダムとジャスティスのハイマット!?)

 

 

ここに来て初めて見た新機能だ。

セラは放たれた大量の砲撃を回避しながらアナトを見つめる。

 

どこまで厄介な機体を仕上げてきたのだろう、ザフトは。

さらにその厄介な機体に搭乗するパイロットもまた厄介極まりない。

 

 

「変わります!」

 

 

クレアが、叫びながら襲い掛かってくる。

 

 

「絶対に変わります!」

 

 

まわりに配置させていたドラグーンを斉射させながらリベルタスに接近していく。

 

セラは、こちらにビームを放ってくるドラグーンに照準を合わせ、ライフルとドラグーンのビームを放つ。

放たれたビームは、アナトのドラグーンを貫く。

 

 

「っ!…このっ!」

 

 

ドラグーンがさらに減ったクレアは、残ったドラグーンとライフルでリベルタスのまわりのドラグーンにビームを撃ち返す。

 

セラはドラグーンを動かしてビームを回避させようとするが、残った五基のうち二基が貫かれてしまう。

 

 

「くっ…!」

 

 

爆散するドラグーンに目を向けかけるが、さらに接近してくるアナトに目を向け直す。

 

サーベルで斬りかかってくるアナト。

アナトが振るうサーベルを、セラはアナトの下に潜り込むことで回避した。

 

 

「えっ!?」

 

 

驚愕するクレア。

機体は、リベルタスを通り過ぎていく。

 

セラは、通り過ぎていったアナトに向かってライフルと残ったドラグーンを使って一斉にビームを浴びせかける。

 

 

「この…、あ…た、は…!」

 

 

言葉にならない声を上げながら、クレアはリベルタスからの一斉砲火を回避していく。

 

だが、その回避の間にリベルタスがこちらに接近してきていた。

 

 

「っ!?」

 

 

リベルタスがサーベルを振るう。

クレアは機体を翻すが、斬撃から逃れきることができず、右腕が斬りおとされてしまう。

 

さらに追撃を仕掛けようとするリベルタス。

 

 

「舐めるな!この程度で、やられると思わないでください!」

 

 

クレアは、残った二基のドラグーンをリベルタスに向ける。

斉射されたビームを回避するためにリベルタスがその場から逃れる。

 

 

「逃さない!」

 

 

クレアは逃れようとするリベルタスに追いすがる。

追ってくるこちらから距離を取ろうとしたのだろう。リベルタスのスラスターが光るのが見える。

 

だがその直後、リベルタスのスラスターから光が消えた。

 

 

「なっ!?」

 

 

「これで!」

 

 

千載一遇のチャンス。

クレアはリベルタスを、仇敵を一刀両断にせんとサーベルを捨てて対艦刀を取り出して振り下ろす。

 

もし、クレアが冷静だったならば手に持っているサーベルでリベルタスを崩してから止めにかかっていただろう。

だが今のクレアは違った。

 

このチャンスを逃したくない。

その一心の想いで、クレアは容易くリベルタスを斬り裂くことができる対艦刀を取り出してしまったのだ。

 

その僅かな間が、セラに反撃の時間を与えてしまう。

 

 

「っ!」

 

 

セラは、アナトが対艦刀を取り出しているその僅かな間に、偶然アナトの近くを浮遊していたドラグーンに気がついた。

そこからは、無我夢中だった。

 

セラはその浮遊していたドラグーンで、アナトの背後からビームを斉射する。

斉射されたビームは、対艦刀を取り出そうとしていたアナトの左腕を貫く。

 

 

「!?」

 

 

両腕を失ったアナト。これでは、対艦刀を取り出すことができない。

セラは、サーベルを振るう。

 

だがアナトは後退してセラの斬撃を回避する。

さらにアナトは、二基のドラグーンをリベルタスに向けて放つ。

 

あまりにも単調な射撃。

セラは容易く放たれたビームをかわす。

 

そしてセラはアナトへと接近していく。

アナトは、リベルタスとの距離を保つように後退しながらドラグーンでリベルタスを狙う。

 

セラは、ビームをかわしながら開かれているアナトのスラスター目掛けてサーベルを投じた。

 

 

「なっ!?」

 

 

投じられたサーベルに貫かれたスラスター。

動きが止まるアナト。その間に接近したリベルタス。

 

セラは、スラスターを貫いたサーベルを引き抜いて横一閃に振るった。

 

振り抜かれたサーベルは、アナトのメインカメラを斬りおとしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月面ダイダロス基地。

そこから発進していくモビルスーツも、ついにその勢いが目に見えて落ちてきていた。

 

シエルたちが戦闘不能にさせたモビルスーツは、何機となっただろう。

だが、シエルたちはそれらに乗るパイロットの命を刈ることはしなかった。

 

誰もが思っていたのだ。こんな戦いで、もう犠牲者は出してはいけないと。

 

 

「…まだ、やる気なのかねぇ」

 

 

ふと、ムウがつぶやいた。

 

こうして戦っている間、地球軍のモビルスーツの動きが鈍っているように感じた。

 

…地球軍も、もう戦い続けることを嫌だと感じているのだろうか。

 

 

(…そうだと、嬉しいんだけどね)

 

 

心の中でつぶやくシエル。

本当に、そう思ってくれているのだったらこちらもとても嬉しい。

 

早く、こんな戦いを終わらせたい。

その思いだけが、今のシエルたちを支えていた。

 

後、何機を相手にしなければならない?

後、どれだけの時間を戦い続けなければいけない?

 

もう、シエルたちの限界は近かった。

 

 

「後、もう少し…」

 

 

地球軍だって、もう戦力は残り少ないはずだ。

たとえ、機体を全滅させることになろうとも戦い抜く。

 

そう決意を改め、再び機体を動かそうとしたその時だった。

 

 

『もういいよシエル。後は僕たちに任せて』

 

 

シエルの耳に、声が届く。

 

心強い、仲間の声。

 

 

「キラ…?」

 

 

『ごめんね、遅くなって。向こうでも地球軍が襲ってきたから』

 

 

『後は、俺たちに任せて休んでいろ。シエル』

 

 

「アスラン…!?」

 

 

フリーダムとジャスティス。

キラとトール、ではなかった。

 

ジャスティスに乗っているのは、アスランだったのだ。

その事に驚愕したシエルは目を見開く。

 

 

「おいおい坊主…、お前さん、生きてたのかい?」

 

 

『はい、少佐。ご心配をおかけ…』

 

 

『あ、アスラン。ムウさんには謝らなくていいよ。ムウさんも同じような感じだったから』

 

 

こうして話している間、シエルはフリーダムとジャスティスの背後から近づいてくる艦影に気づく。

 

エターナルとクサナギ。その後ろから追従してくるオーブ軍艦隊。

 

 

「…これで、終わりなのかな?」

 

 

今の地球軍の戦力で、これだけの艦隊と戦うのは不可能なはずだ。

 

これで、本当の終わりが…。

 

 

『…オーブ軍艦隊、聞こえるか。そちらの指揮官はどちらか』

 

 

その声は、この場にいるオーブだけではない。ザフト軍艦隊、地球軍にも届けられていた。

 

 

『こちらは、ラクス・クラインです。…あなたは、地球軍の最高司令官ですか?』

 

 

『現、だがな…。こちらは、降伏しようと思う』

 

 

地球軍の司令官から発せられた言葉は、どれだけの人にどれだけの衝撃を与えただろう。

 

 

『…受け入れます。こちらも、これ以上の戦闘は望みません』

 

 

『そう言ってくれると、助かります』

 

 

その言葉を最後に、通信は途切れた。

 

直後、地球軍アルザッヘル基地から様々な色の信号弾が打ち上げられる。

同時に、出撃していた地球軍機が、損傷した僚機を助けながら基地へと戻っていく。

 

 

「…信号弾が打ち上げられてから、戻ってくのが早いね」

 

 

「やっぱり、あいつらだってこれ以上戦うのは嫌だって思ってたんだろ…」

 

 

人は誰だって、本心から戦いたいなどとは思わないはずなのだ。

それを改めて感じたシン。

 

 

「…戻ろうか」

 

 

「うん」

 

 

シンとルナマリアは、機体をミネルバへと。

ミネルバから脱出した飛行艇へと向ける。

 

 

「…おい、また俺を忘れているな。シン、ルナマリア!俺を忘れるな!」

 

 

…ハイネも、続いて。

 

 

「…さて、俺も戻りますか」

 

 

戦いが終わった以上、ここにいても何も始まらない。

ムウは機体をアークエンジェルへと、愛する人の元へと向ける。

 

アカツキのモニターに、微笑む女性の顔が映し出された。

ムウもまた、微笑み返す。

 

本当の再会が、そこにはあった。

 

 

「…俺たちも戻るぞ。キラ、シエル」

 

 

「うん」

 

 

「あ、待って!」

 

 

エターナルへと戻ろうとするアスランとキラを、シエルは呼び止める。

 

 

「あの、セラは…?」

 

 

ここに、セラは来ていなかった。

どうしたのだろうか、気になったシエルは二人に問いかける。

 

 

「…セラ?」

 

 

「おい、気づかなかったぞ」

 

 

「…ちょっと!どうするの!?」

 

 

さすがにセラが落とされるということはないだろうが、さすがに姿を現していないことは心配だ。

 

三機は散らばり、それぞれセラに呼びかけながら探しに出るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…負けた」

 

 

負けた。

 

 

「…負けた」

 

 

負けてしまった。

 

 

「…負けられなかったのに」

 

 

負けたのだ。

 

 

「…どうして」

 

 

ずっと努力してきた。

能力だって、変わらないはずだ。

性能だって、元々ならば向こうの方が上なものの、リベルタスは不調によって本来の動きはできなかったはずだ。

 

 

「…どうしてっ」

 

 

目から涙がこぼれる。

全身全霊をかけて挑んだ戦い。

 

だが、敗れてしまった。

 

 

「私は…」

 

 

これでは、証明することができない。

 

 

「クレア・ラーナルードなのに…」

 

 

自分が自分であることを、証明できない。

 

 

「…お前はお前だろ。俺に勝とうが負けようが、それは変わらない」

 

 

「っ…」

 

 

いつの間に近づいてきていたのだろう、リベルタス。

セラがクレアに声をかける。

 

 

「お前はお前でしかない。俺は俺でしかない。お前はクレア・ラーナルード。俺はセラ・ヤマト。違うのか?」

 

 

「…でも」

 

 

セラの様に割り切ることができない。

どうしても、自分はクローンなのだという意識がこびりついてしまう。

 

 

「んー…、ならあれだ。俺を兄だとでも思えばいいじゃないか」

 

 

「え…?」

 

 

「多分、お前は俺よりも遅く生まれてきただろ?一応血縁関係だってあるはず。なら、俺は兄。お前は妹。お前は俺のクローンなんかじゃない。これでどう?」

 

 

無茶苦茶だ。

そんなこと…、そんなこと…。

 

いつもの自分なら、そんなのあるはずがないときっぱり否定しているはずなのに…。

 

 

「…いいかもしれませんね」

 

 

「え?」

 

 

クレアが応えると、セラの戸惑ったような声が漏れる。

 

 

「何故、あなたが驚くんですか?あなたが提案してきたのですよ?」

 

 

「いや…、応じて来るとは思わなくて…。次の説得の言葉を考えてた…」

 

 

「何ですか、それは…。ふふ…」

 

 

笑いが漏れる。

それに気づいたとき、クレアは驚いた。

 

いつ以来だろう、笑ったのは。もしかしたら、初めてかもしれない。

心の底から漏れた笑いは。

 

 

『せ…!セラ!…聞こえる、セラ!?』

 

 

「シエル…?シエル!聞こえるぞ!」

 

 

すると、リベルタスのスピーカーから響き渡る声。

セラは、すぐにそれがシエルのものだと悟り、答えを返す。

 

 

『セラ!?どこにいるの、セラ!?』

 

 

「いや、どこって…」

 

 

どこにいると問われたセラは、まわりを見渡す。

 

見えるのは、暗い闇と点々と光る星の輝きだけ。

 

 

「う、宇宙…」

 

 

『ふざけないでよ!もう…、レーダーに反応が映ったから、そっちに行くね?もう動いちゃダメだよ?』

 

 

「り、了解…」

 

 

子ども扱いされている気がするのは気のせいだろうか。

 

 

「いえ、気のせいではありません」

 

 

「心を読むなよ…」

 

 

「すみませんでした」

 

 

クレアに言い切られたセラは、弱弱しく言い返す。

返ってくるのは、さばさばとした謝罪の言葉。

 

 

「…本当に申し訳ないと思ってるのか?」

 

 

「思ってません」

 

 

「ですよねぇ~…」

 

 

もし、傍からこのやり取りを見ている者がいれば誰もが思うだろう。

 

この二人はずいぶんと仲の良い姉弟だ、と。

兄妹ではない、姉弟だ。

 

 

「…と、シエルが来たな」

 

 

「え…?」

 

 

ヴァルキリーが向かってくるのが見えてきた。

するとリベルタスはアナトを抱えて向かってくるヴァルキリーの方へと進んでいく。

 

 

「あの…」

 

 

「ん、どうした?」

 

 

「私は…」

 

 

「あぁ、連れてくぞ?俺の妹として皆に紹介してやる」

 

 

多くの人たちの前で、妹として紹介される自分を思い浮かべる。

 

…恥ずかしすぎる。

 

 

「やめてください…」

 

 

「え、でも紹介はしなきゃいけないぞ?」

 

 

「せめて少しずつにしてください…」

 

 

「?…よくわからないけど、わかった」

 

 

こうして話している間に、リベルタスとヴァルキリーの距離はほぼゼロとなっていた。

セラは、画面に映るシエルの顔を見て微笑む。

 

 

「…ただいま、シエル」

 

 

「おかえり、セラ…」

 

 

「…」

 

 

微笑み合う二人を見て、クレアは確信した。

 

二人は、つまりはそういう関係なのだろうと。

つまり、自分は彼女の妹…。

 

ならば、一番最初に自分のことを知ってもらうのは彼女でなくてはならない。

 

 

「シエルさん」

 

 

「え、あれ?クレアさん!?」

 

 

シエルの目が見開かれる。

かつて共に戦ってきた人が、こうしてリベルタスに抱えられている。

 

考え付くはずがないだろう。

 

 

「え…、え?どうして!?」

 

 

「あぁ…、シエル。これは後でゆっくりと説明するから」

 

 

「妹です」

 

 

「「え?」」

 

 

驚くシエル。諭すセラ。

そして、急に言い放ったクレア。

 

シエルだけでなく、セラも目を丸くした。

 

 

「クレア・ラーナルードです。兄が、お世話になっています」

 

 

ぺこりと、頭を下げるクレア。

 

 

「…セラ、どういうこと?」

 

 

「えと…、戻ってから説明するからさ、今は…」

 

 

「今すぐ説明しなさぁああああああああああああああい!!!!」

 

 

「はいぃっ!」

 

 

シエルの目が、本気だ。

セラはすぐに説明を始める。

 

その必死さを見て、クレアはくすくすと笑い始める。

 

このやり取りが、毎日見られるのだろうか。

そう思うと、先程まで不安に思っていたこの先がとても楽しみに感じてくる。

 

 

 

 

 

悲しい業を背負った少女は、こうして救われていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユニウスセブンが落とされてから始まったことから名づけられた、ユニウス戦役。

その犠牲者は、かのヤキン・ドゥーエ戦役をも超える多さとなってしまった。

 

それでも、また人は歩き始める。止まることなど、できやしないのだから。

 

それは、戦い終えた少年たちにとっても同じこと。

 

それぞれの道を、歩き始める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




次回で最終回です。

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