機動戦士ガンダムSEED Destiny 聖なる解放者   作:もう何も辛くない

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長いです



PHASE49 哀れな王

「全艦、発進準備完了です」

 

 

アーサーが固い声でタリアに報告する。

アーサーも、放送を通してプラントの状況を見ていたのだ。

 

これから、ミネルバは月に向かう。月のダイダロス基地にある巨大殺戮兵器を破壊するために。

今も、ダイダロスではジュール隊を中心にして戦闘が行われている。

 

タリアは、クルーたちの緊張した面持ちを見回した後口を開いた。

 

 

「皆、連戦で疲れているとは思うけど…」

 

 

ここまで、ずっと戦い、戦いの連続だった。

クルーたちの疲労は察するものがある。自分だって、もし良いと言われればすぐさま休みをもらいたいと思っている。

 

だが、クルーたちはその疲労を外に出すことはなかった。

あるのは、不安と焦慮。

 

 

「正念場よ。ここで頑張らなければ、帰る家がなくなるわ」

 

 

プラント本国が撃たれたというのはクルーたちに大きな衝撃を与えた。

ミネルバクルーたちの中には、撃たれた区域に家族が住んでいたものもいるはずだ。

 

それでも、ここで頑張らなければならない。

そうでなければ、再びプラントは撃たれてしまう。そうなれば…、終わり。

 

クルーたちの引き締まった顔を見て、タリアは念を押すように続ける。

 

 

「いいわね?」

 

 

「はい!」

 

 

クルーたちが力強く返す。タリアはシートに深く背を預けて前方を見据えた。

 

 

「機関最大!ミネルバ、発進します!」

 

 

再び、宇宙へ行く。

 

思わぬ事態で地球に降り、何度も激戦を潜り抜けた。

何度も何度も死ぬ思いになるほどの経験を繰り返した。

正直、今となってはここ地球に降りたことに感謝すらしている。

 

だが、もうここにいる必要はない。いてはいけない。

自分たちはこの母なる大地で大きく成長した。

その成長した全ての成果を、あの月の戦闘でぶつける。

 

そして、勝つのだ。勝って、祖国を守り抜いて見せる。

 

タリアは、視界に広がった星空の中から、無意識の中で帰るべき場所を探していた。

 

 

 

 

 

 

「ザフト艦隊、動き出しました!イエロー一三六アルファ!」

 

 

「えぇいっ!くそっ!」

 

 

オペレーターがザフト艦隊の進軍を報告し、広がる緊迫した空気の中、ジブリールは悪態をつく。

 

 

「レクイエム再チャージ急げ!セカンドムーブメントの配置はどうなっているか!?」

 

 

司令官は、表情を変えずにオペレーターに問いかける。

すでに、ザフト軍の攻撃によって第五中継点グノーは落とされてしまっている。

 

第二射を撃つには、また違う経路を使ってレクイエムを撃つしかないのだ。

さらに、レクイエムはシアチャージに時間がかかる。その時間を稼ぐためにも…

 

 

「守り切れよ…。今度こそアプリリウスを葬るのだからな!」

 

 

ジブリールは次の一射でアプリリウスを仕留めるつもりだった。

レクイエムのチャージの時間を稼ぎ、その上で中継点を守り抜く。

 

今ある戦力は、数の上ではザフト軍よりも優位に立っている。

だが…、全ての中継点を守りつつレクイエムを撃つというのは、誰の目から見ても不可能だ。

 

ジブリールは、それをやろうとしている。

 

 

「ですが…、全ての中継点を守りつつレクイエムを撃つなど…」

 

 

「できぬというのか!いや、やれ!ここで終わらせるのだよ…、全てを!」

 

 

ジブリールが、両手を広げ、司令官に向かって怒鳴る。

 

こいつは何を言っているのだ?できない、だと?

ふざけるな!今ここで終わらせなければならないのだ!

この機会を逃せば…、また、準備に時間がかかってしまう。

 

 

「私の…、私の命令を聞け!」

 

 

まるで呆れているようにこちらを睨む司令官にジブリールは命じる。

しかし、司令官はジブリールから視線を外してため息をつくだけ。

 

 

「き…、貴様ぁっ!」

 

 

ジブリールは司令官につかみかかろうと駆けだす。

だが、そのジブリールの動きは傍から飛び出してきた腕に止められた。

 

ジブリールの前に腕が出現し、ジブリールは動きを止める。

目を見開き、ジブリールは腕が出てきた方に目を向ける。

 

 

「…なっ!?」

 

 

ジブリールは驚きの声を上げる。

そして、腕の主。男は口を三日月形に歪めながらジブリールをじっと見つめていた。

 

 

「久しぶりだな、ジブリール。ヘブンズベースでお前が逃げ出して以来か」

 

 

「貴様っ…!」

 

 

ジブリールは歯を食い縛り、目の前に立つ男を睨みつける。

その男は、以前までは自身の側近として働いていた。

 

兵としての力も優秀で、ジブリールもその男のことを気に入っていた。

だが、いつしかその態度が変わっていき、自分を見下すようなそんな目をするようになっていた。

 

だから、ヘブンズベースから逃げ出すとき、その男を置いていった。

 

 

「ウォーレン…!」

 

 

ウォーレン・ディキアが、ダイダロス基地の兵士二人を引き連れ、現れた。

ジブリールは、自らを見下すウォーレンを憎しみを込めて睨みつけるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大気圏を離脱したミネルバは、フルスピードで月軌道へと向かっていた。

 

 

「司令部との連絡はまだか!?」

 

 

アーサーがメイリンに問いかける。

メイリンはコンソールを操作して…、口を開いた。

 

 

「入りました!」

 

 

メイリンは計器を操作し、届いた電文を開こうとして動きを止めた。

 

 

「ですがこれは…、特命コードです!」

 

 

「何…っ?」

 

 

アーサーだけではない。タリアもメイリンに言葉を聞いて眉を顰めた。

特命というのは、どういうことだ?このまま予定通り、月艦隊と合流するのではないのだろうか?

 

司令部からの電文を、メイリンが読み上げる。

 

 

「すでにゴンドワナを中心とする月機動艦隊は、砲の第一中継地点にて交戦中。ミネルバは合流予定を変更し、ただちに敵砲本体排除に向かわれたし」

 

 

「ええっ!?」

 

 

その内容に、アーサーは驚愕の声を出す。

 

 

「本体ということは…、ダイダロス基地に!?」

 

 

タリアは厳しい表情で押し黙る。すぐにパイロット三人を艦橋に呼び出し、命令の内容を三人に伝える。

三人はその内容に目を見開く。

 

 

「砲の本体を…、俺たちだけでですか?」

 

 

「だけかどうかはわからないけど…、命令にはそう記されてあるわ」

 

 

シンの問いに答えるタリアは、援軍は期待していなかった。するべきではないと考えていなかった。

しかし、ミネルバ一隻で敵基地を攻撃するというのは相当に難しい作戦だ。

 

 

「確かに、ここからではダイダロスの方が近い…。そう言う判断ですかね…」

 

 

命令の内容を聞き思考したハイネが、苦笑気味の表情を浮かべながら言った。

 

 

「そうね。あれのパワーチャージのサイクルがわからない以上、問題は時間、ということになるわ」

 

 

月の裏側に位置するダイダロス基地も、今のミネルバの位置からは容易に近づける。

だが第一中継地点には月を回り込まなければならない。

距離から見ればダイダロスを攻め込むのがセオリーではある。

 

何よりも重要なのは時間なのだ。間に合わなければ、意味がない。

たった一隻で基地を襲えと言うのはどれだけきついか、想像もできない。

 

 

「それに、敵が月艦隊に注意を向けている状態であるのなら、奇襲にもなりますしね」

 

 

ハイネがそのことに気づき、口に出す。

 

今、連合側は第一中継地点を襲っている月艦隊に注意を向けているだろう。

まさか基地に、それも単独で襲ってくるなど考えもしないだろう。

 

それに、奇襲をするなら単独の方が接近しやすい。

 

 

「奇襲…」

 

 

どこか懐疑的な面持ちでつぶやくシン。

確かにタリアやハイネの言う通り作戦の通りに動いた方が良いというのはわかる。

それでも不安だという気持ちは存在している。

 

シンは、ちらりとルナマリアを見た。

シンと同じように不安なのだろう。目じりを下げ、俯き押し黙っている。

 

タリアはそんな少年少女を見る。

二人の気持ちはよくわかる。だが…

 

 

「厳しい作戦になるのは確かよ。…でも、やるしかないわ」

 

 

タリアはシンとルナマリアを見据えながら厳しい口調で言う。

 

 

「…はい」

 

 

まずはシンがタリアに頷きながら返す。

ルナマリアもまた、シンから間を置いて、何も言わずに頷いた。

 

同胞たちを守らなければならない。

できないかもしれない、とは言っていられないのだ。

 

 

「目標まで、後四十分というところよ」

 

 

もうすぐ、目的の場所に着く。

そして、血みどろの戦闘が始まるだろう。

 

タリアは覚悟を固めながら少年たちを見つめた。

 

 

タリアから司令部から届いた命令について聞いた三人は、パイロットスーツに着替えアラートに集合していた。

アラートのモニターでは第一中継点での交戦が映し出されていた。

 

月艦隊も、連合の物量に攻めあぐねているようで、第一中継点への攻撃を手こずっている。

 

プラントの無辜の市民たちが再び命を奪われるなどという事実をこれ以上起こすわけにはいかない。

だから、絶対に負けるわけにはいかない。それなのだが…

 

 

「間に合うのかな…」

 

 

ルナマリアが不安気な面持ちでぽつりとつぶやく。

傍らにいるルナマリアを、シンは見つめる。

 

レクイエムの二射目のことを言っているのは間違いない。

そして、その二射目を止めるには自分たちの働きによって決まると言っても過言ではない。

 

プラントの運命が自分たちの手にかかっているのだ。

今になって、その責任の重さがひしひしと実感してくる。

 

 

「第二射までに第一中継地点を落とすことが出来ればかろうじてプラントを撃たれることは回避できるが…、奴らのチャージが早ければ、艦隊ごと薙ぎ払われてしまう」

 

 

ハイネの言葉に、シンとルナマリアはわずかにたじろいでしまう。

 

 

「お前たちを怖がらせたくはないが…、トリガーを握っているのはそういう奴だということは忘れるなよ」

 

 

「あぁ、わかってる」

 

 

ハイネの問いかけに淡々と答えるシン。

 

ハイネの言う通り、ジブリールはチャージが完了すればすぐにでも発射するだろう。

それを平気でするような奴だということは、シンにもルナマリアもわかっている。

だからこそ、急がなければならないのだ。

だからこそ…、不安になって仕方ないのだ。

 

 

「ルナ…」

 

 

ルナマリアは唇を震わせ、拳を握り、俯いている。

そして、ルナマリアがゆっくりと口を開いた。

 

 

「私が…、あの時、ジブリールを撃てていれば…」

 

 

シンとハイネはルナマリアに目を向ける。

 

オーブでの戦闘で、ルナマリアはジブリールが乗ったシャトルを撃ち損じてしまった・

それを、ルナマリアはまだ自分を責めていたのだ。

 

シンは手をルナマリアの肩に置いて声をかける。

 

 

「ルナのせいじゃない。俺たちだってあの時、何もできなかった。そんな風に言うなよ」

 

 

「…うん」

 

 

何とか気を晴らせようとしたシンだが、ルナマリアの表情は晴れない。

そんなルナマリアに、ハイネが声をかける。

 

 

「ルナマリア、気持ちはわかるが切り替えろ。同じことを繰り返したくないのなら」

 

 

「ハイネ!」

 

 

シンは思わずハイネを咎める。慰めたいのなら、他にも言いようがあったはずだ。

そんなきつい言い方をしなくてもいいだろう。

 

シンはそう思っていたのだが、ハイネの言葉はルナマリアに効果覿面だったようだ。

沈んだ様子で俯いていたルナマリアは顔を上げ、目に力を込めてハイネを睨んで言った。

 

 

「わかってるわ」

 

 

意地になった感じで言い返すルナマリアを見て、ハイネはにやりと笑った。

シンはその様子を見て安心し、微笑みながらルナマリアに言う。

 

 

「そうさ!プラントも月艦隊も、絶対にもう撃たせないからな!」

 

 

「うん!」

 

 

ルナマリアもシンを見て強く頷く。

そんな二人を見てハイネは微笑む。これで、もう大丈夫だろう。

 

 

「んじゃ、作戦を話すぞ。耳かっぽじってよぉく聞けよ?」

 

 

ニヤリと笑いながら、ハイネは二人を交互に見て説明を始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウォーレン…!貴様、今までどこに行っていたぁ!?」

 

 

目を血走らせてウォーレンを見据えながらジブリールは叫びかける。

 

ウォーレンはヘブンズベースの戦いから行方をくらませていた。

確かにジブリールはウォーレンを見捨てて逃げていった。

だが、ザフトに捕獲された兵士のデータの中に、ウォーレンの名がなかったのだ。

 

ウォーレンがジブリールの目を見つめて…、視線を逸らしたと思うとまるで嘲るようにふっ、と笑った。

ウォーレンの仕草の一つ一つがジブリールの癇に障る。

まるで、自分を馬鹿にしているような感じがするのだ。ロゴスの当主である自分をだ。

 

 

「本当に…、哀れだな、ジブリール」

 

 

「なにっ…!」

 

 

不意にかけられた言葉に、ジブリールの頭は沸騰する。

 

 

「何て口の利き方だぁ!この私にぃっ!」

 

 

唾を吐きながら怒鳴り散らすジブリール。

だが、そこで何とか冷静さを取り戻そうと呼吸をつき…、ウォーレンに告げる。

 

 

「まぁ、いい。ちょうどいい時に来た。貴様も出撃してザフトを止めろ」

 

 

告げられたウォーレンは、動かない。じっとジブリールを見たまま動かない。

 

ウォーレンに再びジブリールは告げる。

 

 

「何をしている!早く行け!」

 

 

腕を払うように動かしながら指示を出すジブリール。だが、なおもウォーレンは動かない。

さらに、ウォーレンはジブリールを見つめたまま、唇の端を歪めた。

 

 

「っ!」

 

 

今度こそ、我慢の限界だった。

馬鹿にしている。馬鹿にしているのだ。この私を。

青き正常なる世界を取り戻すことのできる唯一の人物である、この私を…!

 

 

「ウォーレェエエエエエエエンっ!」

 

 

まったく身動きする様子の見られないウォーレンにつかみかかろうとジブリールは歩み寄る。

だがその時、オペレーターの報告が司令ブースに響き、ジブリールに衝撃を奔らせた。

 

 

「十時方向に艦影あり!」

 

 

「なにっ!?」

 

 

目を見開いて驚愕するジブリール。

そんなジブリールを差し置き、ウォーレンはジブリールの眼前を横切り、先程までジブリールが立っていた場所に立ち止まる。

 

 

「距離は?艦種は何だ?」

 

 

「距離は五十!これは…、ミネルバです!」

 

 

きびきびとオペレーターに問い返すウォーレンを見て、ジブリールの中の怒りがさらに増していく。

 

ウォーレン、貴様は今、どこに立っているのかわかっているのか?

そこは私の場所だ。全てを支配する、私の立つ場所だ。

貴様の立っていい場所ではない!

 

 

「何を勝手にやっている!」

 

 

再びウォーレンにつかみかかろうと動き出すジブリール。

だが、その動きはウォーレンが懐から取り出したものによって止められた。

 

 

「なっ!?き、貴様…!」

 

 

「…」

 

 

無感情でジブリールを見据えるウォーレン。

ジブリールはウォーレンの手に握られているものを見て、目を見開き、体を震わせる。

 

 

「な、何のつもりだ…、ウォーレン…」

 

 

「…何のつもりも何も、あんたが目にしている通りだよ」

 

 

ウォーレンが握っている物は、拳銃。その拳銃を、あろうことかジブリールに向けているのだ。

 

ジブリールは、震える足で後ずさりしながら、引き攣った笑みを浮かべてウォーレンに話しかける。

 

 

「し、正気か…?ウォーレン…。私を…、う、撃つ…」

 

 

「そうだ」

 

 

ジブリールが問いを言い切る前に、ウォーレンは答えを出してしまう。

自分は、この銃でお前を、ジブリールを撃つと。

 

ひっ、と口から声を漏らすジブリール。

何故だ。一体何が起きているというのだ?

 

 

「警報!スクランブルだ!ただちにミネルバを迎撃しろ!」

 

 

動けないジブリールをよそに、ウォーレンはオペレーターたちに指示を出す。

 

 

「それと二人に伝えろ!すぐに出撃しろと!」

 

 

二人、とは誰だ?いやそれよりも、何故基地の者たちはウォーレンの指示に従っている?

何が何だかわからず、混乱するジブリール。

 

そんなジブリールに、嘲笑を浮かべながら目を向けてくるウォーレン。

 

 

「これが現実だよ、ジブリール。お前に従う兵士は、もうどこにもいない!」

 

 

「んなっ!?」

 

 

自分に従う者は、もういない?何だ…、何なのだ!

何がどうなっている!?

 

さらに混乱を深めるジブリールに、ウォーレンはさらに続ける。

 

 

「元々あんたのやり口に不満を持っている奴なんかそこらじゅうにいたんだよ。まぁ、それに気づいてあんたが変わればこんなことにはならなかったんだろうがな…」

 

 

自分の…、何が不満だったのだ。

それがわからないジブリール。

 

何故なら、今まで何も変わらなかったのだ。

今までずっと自分についてきてくれたのだ。

それなのに今は…、目の前で自分に銃を向けてくる奴についていっている。

 

 

「何故だ…、何故…!」

 

 

わからない。まったくわからない。どうしてこうなった。

何で…、何故…。さっきまで…、自分は…、勝利を…。

 

 

「…ムルタ・アズラエル」

 

 

「っ」

 

 

不意につぶやかれた名前に、ジブリールは顔を上げる。

 

ムルタ・アズラエル。前ブルーモスモス当主の名前だ。

彼の後継者として自分、ロード・ジブリールが選ばれたのだ。

 

アズラエルが死に、組織はかなり崩れの途を辿っていた。

それを、ジブリールは立て直し、さらに以前よりもさらに力を蓄えた組織としたのだ。

 

 

「だが、それがお前のおかげだとでも思っていたのか?」

 

 

「!」

 

 

ウォーレンは一体何を言っているのだろうか。

その言葉一つ一つがジブリールの心に突き刺さる。

その言葉一つ一つが、自分を驚愕させる。

 

 

「…っ、私を動揺させようとしても無駄だ!」

 

 

ジブリールもまた、懐から銃を取り出しウォーレンに向ける。

 

ウォーレンが何を言っても、そんなことはただの戯言に決まっている。

自分はロード・ジブリールだ。ロゴスの当主のロード・ジブリールだ。

 

 

「…哀れだな、ジブリール」

 

 

「!?」

 

 

ウォーレンが、見下すようにジブリールを見る。

瞬間、ジブリールは気づいた、気づいてしまった。

周りが…、囲まれている。

 

 

「な、何の…つもりだ…」

 

 

再びウォーレンに問いかけるジブリール。

今、ここで起きている現実をジブリールは信じきれないでいた。

 

当主である、自分が部下である兵士たちに囲まれているのだ。

それも、兵士たちは銃を自分に向けている。

 

 

「さっきも言ったはずだ。お前に従う兵士は、もうどこにもいない、と」

 

 

ウォーレンが無機質な声でジブリールに告げる。

その後、ウォーレンは戦況が示されているパネルを見てからオペレーターに告げる。

 

 

「全ての中継点を守る必要はない。一、二、三の中継点に戦力を集中させろ」

 

 

「はいっ!」

 

 

ウォーレンの指示にオペレーターが返事を返し、何やら通信をつなげて言葉を伝えている。

その様子を見たジブリールは唖然とする。

 

先程もそうだったが、自分の指示でもないにもかかわらず部下が動いている。

自分の指示ではなく、ウォーレンの指示で。

 

 

「今ここでプラントを撃つのは諦める。だが、レクイエムと一、二、三の中継点だけは守り切れ」

 

 

再びウォーレンの指示が飛ぶ。そして、その指示にきびきびと答えるオペレーター。

それを見たジブリールはここに来て初めて気づく。

 

自分が指示した時とウォーレンが指示した時の違いに。

明らかに、答えるときのスピードが違いすぎる。

 

 

「お前はもう、用無しだ」

 

 

「くっ…!」

 

 

ウォーレンが、改めて銃をジブリールに向けなおす。

額に冷たい汗が流れる。まわりは囲まれ孤軍の状態。

頼ってきた部下ももうウォーレンの手の中。

 

こうして銃を持ってはいるものの、射撃などろくにできやしない。

絶対、絶命。

 

 

「…お前を殺す前に、言っておいてやろう」

 

 

「!」

 

 

ウォーレンの言葉に、ジブリールは耳を傾ける。

傾けながら、ジブリールは隙あればウォーレンを撃ってやろうと構える。

 

 

「ムルタ・アズラエル。彼の死後、本来ならば彼の後を継ぐ者は決まっていた」

 

 

何を言うかと思えば、アズラエルについてを語りだすウォーレン。

何のつもりだ。ここでそんなことを言って、何になる。

 

 

「そしてロゴスの当主。それも、本来彼が亡くなりさえしなければ彼が就任していた。お前だけでなくな」

 

 

「っ!?…だが、奴は死んだ!」

 

 

「そして、彼が死んでからも、本来お前の他に跡を継ぐべき者がいた」

 

 

衝撃を受けるジブリール。

アズラエルが死に、自分が手腕を振い、満場一致でロゴスの当主を受け、そしてブルーコスモス党首の座を継いだと思っていた。

 

だが、それは間違いだったとでもいうのか?

 

 

「アズラエルには、息子がいた」

 

 

「なにっ!?」

 

 

この短時間で何度驚愕しただろう。

アズラエルに子供がいたなど、聞いたこともなかった。

 

それより、何故ウォーレンがそんなことを知っているのか。

 

 

「血がつながった子供ではない。だが、彼はその子に愛情を注ぎ、育てた。本来、彼の後を継ぐ者はその子だった」

 

 

「何をっ!」

 

 

ジブリールはもう我慢できなかった。引き金に指をかけ、引こうとした。

だが、それと同時にまわりの兵士たちもまた、引き金に指をかける。

 

動けない。ジブリールは、動けないでいた。

このままウォーレンを撃ってもその後に自分が撃ち殺されるだけだ。

それでは本末転倒。自分は、生き残らなければならないのだ。

 

青き正常なる世界を取り戻すことが出来るのは、自分しかいないのだという盲信。

ジブリールはその盲信に取りつかれていた。

 

 

「だが、子供は断った。まだ、子供には力がなかった。力がなければ何もできない」

 

 

「…」

 

 

ウォーレンの言う通りだ。力がなければ、何もできない。

力がある者こそ正義。だからこそ!

 

 

「この私が、当主となったのだ!」

 

 

「違う。お前はただ、借りていただけだ。その子供から、今、座しているその椅子を」

 

 

何も、言い返すことが出来ない。いや、やろうと思えば言い返せるはずだ。

だが、何故かできない。ウォーレンから発せられる気迫に圧され、口を開くことが出来ない。

 

今のジブリールは、まるで生まれたての小鹿の様に震えていた。

そんなジブリールを見下すように見るウォーレンは続ける。

 

 

「今ここで、その椅子を返してもらう」

 

 

「っ、うわぁあああああああああああああああああ!!!」

 

 

ニヤリと笑みを浮かべて告げるウォーレン。

 

ふざけるな!ここまで来ておいて、邪魔をされてたまるか!

 

ジブリールの理性がプチりとキレる。引き金に指をかけ直し、引く。

だが、その直前に、パァン!と耳障りな発砲音が響き渡った。

 

ジブリールはそれでもなお、引き金を引こうと力を込める。

しかし…、力が、入らない。さらに、胸辺りが妙に熱い。

 

 

「…は?」

 

 

目を下ろして熱く感じる部分を見て、ジブリールは目を丸くした。

自分の胸に、穴が空いている。その穴からは赤い血がごぽり、ごぽりと噴き出てくる。

 

 

「なっ…こっ…。ごぼっ!」

 

 

さらに、自身の口からも大量の血が吐き出される。

力が抜け、膝から崩れ落ちるジブリール。

 

ジブリールは、胸から流れる血を抑えるために手を添える。

だが、出血は全く止まらず指と指の隙間からさらに流れ落ちていく。

 

 

「ぐっ…、あっ…!」

 

 

ジブリールは目を上げる。眼前には、こちらに歩み寄ってきているウォーレンの姿が。

憎々しげにウォーレンを睨みつけるジブリール。

 

それを見たウォーレンは、感心したかのようにほぉぅ、と声を漏らす。

 

 

「へぇ。まだそんな目が出来るとは…。正直、少しだけ見直したよ」

 

 

「ぐっ…、あぁああああああああああああああああああっ!!!」

 

 

もう、ウォーレンの言葉など聞こえてはいなかった。

ジブリールの心の中にあるのは、何としても生き残ることだった。

死にたくないという意志だった。

 

プラントがどうとか、蒼き正常なる世界が等どうでもよかった。

ただ、自分が生き残る。死にたくない。それだけだった。

 

 

「しかもまだ向かって来ようとする、か…。けど」

 

 

だが、無駄だった。

立ち上がろうとしたジブリールの眉間に銃口が押し当てられ…、弾丸に貫かれた。

 

 

「おしまいだ、ジブリール」

 

 

間違いなく、即死だ。それでも、ウォーレンはさらに続ける。

 

 

「これからは…、このウォーレン・アズラエルが、蒼き正常なる世界を取り戻す」

 

 

傍目で倒れているジブリールを見て、ウォーレンは司令室全体が見える場所まで移動する。

 

 

「戦況は…有利か」

 

 

「はい。戦力を集中させているおかげか、中継点に集まっているザフト軍は押し返しつつあります。ですが…」

 

 

「ミネルバはそうはいかない、か…」

 

 

ウォーレンの一、二、三の中継点を守るという作戦が嵌ったのか、中継点を中心とする戦闘は優勢に傾きつつあった。

だが、基地本体を襲ってきたミネルバは止められていない。

 

 

「…仕方ない。出したくはなかったが、デストロイを出せ。だが、モビルスーツとの戦闘はさせるな。艦を止めることだけを考えさせろ」

 

 

「はっ」

 

 

デストロイは対モビルスーツ戦闘には向いていないとウォーレンは考えていた。

確かに並のパイロットならば楽に撃ち落とせてるだろうが、エース級となれば話は違う。

容易に懐に入り込まれ、切り裂かれてしまうだろう。

 

だが、対艦戦闘となればデストロイの本領は発揮される。

圧倒的な火力で薙ぎ払い、そして巨体な艦体ではデストロイの懐には入り込むことは出来ない。

 

 

「さて…、どう出る?デュランダル…」

 

 

ウォーレンは、今頃、思いもよらない戦況に驚きを見せているだろうデュランダルの顔を想像する。

ジブリールが相手ならば簡単にデュランダルの思惑通りに行っただろうが、自分が相手ならばそうはいかない。

 

モニターに映し出された、ナスカ級が爆散していく映像を見ながら、ウォーレンは笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイダロス基地でジブリールが射殺される少し前、ミネルバのパイロットアラートでは、すでに作戦会議は終わり

各々が戦闘に備えて精神を整えていた。

 

 

『コンディションレッド発令、パイロットは搭乗機にて待機してください』

 

 

その時、アラート内に警報が鳴り響く。もうすぐ戦闘宙域に入るのだろう。

メイリンのアナウンスが切れた後、ハイネがルナマリアを見て口を開いた。

 

 

「じゃ、いいなルナマリア?タイミングを誤るなよ。…ま、お前なら大丈夫だと思うがな」

 

 

「はい」

 

 

ルナマリアは頷きながら、ハイネに返事を返す。

だが、シンはどこか浮かない表情で口を開く。

 

 

「あ、いや…、でも…」

 

 

何とか口を挟もうとするシン。だが、ハイネがシンに視線を送って止める。

シンは思わず言葉につまってしまう。その間にハイネは再びルナマリアに言葉をかける。

 

 

「俺たちも可能な限り援護はするが…、あまり当てにはするな。すれば余計な隙が出来るからな」

 

 

ハイネの言葉に、ゆっくりと、そして深く頷くルナマリア。

それを見たハイネは微笑んでからエレベーターに向かおうとする。

 

不満そうな顔だったシンは、気を取り直したのか、表情を戻してハイネに続こうとする。

 

 

「あ、シン…」

 

 

「え?」

 

 

だが、シンはルナマリアに呼び止められる。シンは振り返ってルナマリアを見る。

 

エレベーターに乗り込んだハイネが、ついてこない二人を見て言った。

 

 

「時間はあまりないからな」

 

 

そう言い残して、ハイネを載せたエレベーターの扉が閉じ、上に上がっていく。

 

ハイネを見送ったシンとルナマリア。

まず、口を開いたのはシンだった。

 

 

「どうしたんだよ?」

 

 

きょとんとした顔で、シンはルナマリアに尋ねる。

あまり時間がない所で呼び止めたのだ。何か大事な用があるのだろう。

 

一方のルナマリアは、何を言おうか言葉を探していた。

シンを呼び止めたのはいいが、何を言おうかは考えていなかった。

 

何故か、シンと話がしたいと思ったのだ。この戦いの前に。

 

 

「…気を付けて」

 

 

結局、出てきたのはこんな言葉だった。

もっといい言葉があっただろうに、と言ってから自分に呆れてしまう。

 

 

「ルナ…」

 

 

シンが呼んだ、と思い、ルナマリアは返事を変えそうと思って口を開こうとした。

だが、次の瞬間、出かかった「なに?」という言葉が喉奥へと飲み込まれた。

 

繋がる二つの手。当然、シンとルナマリアのものだ。

シンは、ルナマリアの手を自分の手で包んだのだ。

 

ルナマリアは、呆然とシンの手で包まれている自分の手を眺める。

 

 

「ルナこそ、気をつけろよ…」

 

 

「…うん」

 

 

シンの優しい言葉が、ルナマリアの体全体に染みわたる。

そして手から伝わる温もり。

 

全てが、ルナマリアを縛っていた恐怖と緊張をほどいていく。

 

と、そこでシンから伝わる力が強くなった。

 

 

「けど、やっぱダメだ!ルナだけで砲のコントロールを落とすなんて…!」

 

 

「シン…」

 

 

シンが言ったのは、ハイネが立てた今回の作戦についてのことだ。

 

ハイネが立てた作戦は、二重の陽動だ。

今、ダイダロス基地は中継地点の月艦隊に注意を向けている。その隙に、ミネルバは敵基地に接近しているという状況。

 

その上で、ミネルバとシン、ハイネが基地に攻撃を仕掛ける。

さらにその間に、ルナマリアがインパルスで基地内部へ侵入。コントロールシステムを叩くという作戦なのだ。

 

 

「危険すぎる…。やっぱり、それは俺かハイネが…!」

 

 

「シン!」

 

 

これ以上言葉を続けるシンをルナマリアは呼び止める。

 

 

「同じことよ。ううん、むしろ陽動で基地を討つ役目のシンやハイネの方が危険よ」

 

 

恐らく敵は中継地点に戦力を集中させているだろうが、正面から基地を叩くのは相当辛い状況になるはずだ。

間違いなく、シンの方が負担は大きくなるはずだ。

 

火力がデスティニーとカンヘルに比べて少ないインパルスにこの役割を振ったのは、正しい。

 

 

「信じてよ、シン」

 

 

「ルナ…」

 

 

シンの表情は未だ晴れない。何とかシンを安心させようと明るく振る舞って言う。

 

 

「なによ、その顔は!あんた、忘れてない?私だって赤なの!シンになんかに心配されるほど、よわk…!」

 

 

ルナマリアの目が見開かれた。

言葉が、浮いた。シンが、強くルナマリアを抱きすくめたのだ。

 

 

「俺は…」

 

 

何かをつぶやくシン。そのつぶやきを聞き取れなかったルナマリアは聞き返す。

 

 

「シン…?」

 

 

「俺は…、絶対守るから」

 

 

背中に回されるシンの腕にさらに力が籠められる。

 

 

「ルナを…、ミネルバを守るから。だから、ルナは俺たちを守ってくれ」

 

 

「え…?」

 

 

シンに、守ってくれと頼まれた。自分なんかよりもずっと強い、シンが。

もしかしたら、追いつけないかもしれないとまで思っていたシンが、守ってくれと。

 

やっと…、今度こそ、シンの隣に追いつけたのだろうか。

これからは、シンの隣で…、戦えるのだろうか。

 

 

「シン…!」

 

 

「ルナ?」

 

 

ルナマリアの目じりから滴が零れる。

それに気づいたシンが、不思議そうな顔でルナマリアをのぞき込む。

 

 

「シン…、私、あなたの隣で戦えるのかな…?」

 

 

「え?」

 

 

シンは、目を丸くする。

何を、言っているのだろうか?隣で、戦えるって?

 

 

「何言ってんだよ、ルナ。ルナはずっと俺の隣で戦ってるじゃないか」

 

 

シンの肩に顔をうずめながら、ルナマリアはピクリと震える。

シンは…、ずっとそう思っていたのだろうか。

 

こんな弱い自分が、シンの隣で戦っているのだと?

 

 

「ルナがいてくれたから、俺は生きてるんだぞ?それは皆だって一緒だ」

 

 

「あ…」

 

 

言いながら、シンはルナマリアの体を放す。

 

何故か…、名残惜しいと感じるルナマリアはどこか残念そうに声を漏らす。

だが、幸いにシンはそれに気づかない。

 

 

「ほら、そろそろ行こう。ハイネにどやされる」

 

 

悪戯っぽい笑みを浮かべながら、ルナマリアの手を引きシン。

そんなシンを見て、ルナマリアはつい吹き出してしまう。

 

もう、何となく感じていた体の重さは何処かへ行ってしまった。

シンのおかげだ。シンが、自分を慰めてくれて…、抱き締めてくれて…。

 

 

「っ」

 

 

「?ルナ?早く行くぞ」

 

 

「あ…、うんっ」

 

 

顔が、熱い。体全体が熱く感じる。

 

これは…、何だろう?

 

初めて陥る感覚に戸惑うルナマリアだったが、シンに手を引かれながらエレベーターに乗り込む。

何とかエレベーターの中で、シンと話をしながら冷静さを取り戻そうと模索する。

 

そして、扉が開くとそこは格納庫。

 

シンとルナマリアはそれぞれの機体に乗り込んでいく。

 

これから起きる戦いは、今まで臨んできたどの戦いよりも過酷なものになるだろう。

だが、大丈夫だ。ルナマリアには、何の不安もなかった。

 

だって、シンが守ってくれるのだ。自分を。

だから、自分はシンを、仲間を守るために頑張らなければならない。

 

ルナマリアは、インパルスのコックピットに乗り込みシステムを起動する。

少し時間が経つと、通信を通してメイリンの声が耳に届いた。

 

 

『機体をカタパルトに運びます。準備は、よろしいですね?』

 

 

モニターに映るメイリンに、ルナマリア、シン、ハイネは同時に大きく頷いた。

機体がカタパルトに運ばれ、発進許可が下りる。

 

 

『シン・アスカ!デスティニー、行きます!』

 

 

『ハイネ・ヴェステンフルス!カンヘル、行くぞ!』

 

 

まず、デスティニーとカンヘルが発進していく。

そして、その後、ルナマリアの発進の番が来た。

 

 

「ルナマリア・ホーク!コアスプレンダー、出るわよ!」

 

 

戦闘機を発進させ、合体シークエンスをこなすとルナマリアはデスティニーとカンヘルの傍に機体を寄らせる。

すると、ハイネがシンとルナマリアに通信をつなげて言葉を伝える。

 

 

『じゃ、作戦通りにな。ルナマリア、頼むぞ』

 

 

「はい!」

 

 

先程感じていた不安はまったくない。

力強く答えるルナマリアを、見開いた目で見るハイネ。

 

だが、すぐに笑みを浮かべてハイネもまた頷き返す。

 

 

『よし、行くぞ!落ちるなよ!』

 

 

「『はいっ!』」

 

 

三人は、機体をダイダロス基地に向けてさらに加速させるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




上手く書けているか心配な回です…
楽しんでいただけたらとても嬉しいですね

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