機動戦士ガンダムSEED Destiny 聖なる解放者   作:もう何も辛くない

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何を書こうとしているのだろう…
作者も迷いの中で奔走しています…


PHASE47 迷いの中で

アークエンジェル医務室の中でも、画面の中で語るラクス・クラインの姿クルーたちは目にしていた。

もう一つの画面の中で、ミーアが顔を青くして目を見開いている。

 

 

『私と同じ顔、同じ声、同じ名を持つ方がデュランダル議長の下にいらっしゃることは知っています』

 

 

『あ…!』

 

 

ただでさえ青ざめていたミーアの顔が、さらにその色を失っていく。

一方の、同じ顔を持つ少女は毅然として言葉を続ける。

 

 

『ですが…、私、シーゲル・クラインの娘であり、先の大戦ではアークエンジェルと共に戦った私は、今も科の艦とオーブのアスハ代表と共にいます』

 

 

我に返ったミーアが手元の原稿に目を落とす。

 

 

「ミーア…!」

 

 

その様子を見ていたシエルが痛々しいものを見るかのように目を細める。

ミーアの手にある原稿が、モニターに映し出されてしまっているのだ。

 

まずその原稿にこの状況を乗り切るためのセリフなど書かれているはずもない上に、ミーアは墓穴を掘ってしまっている。

 

 

『彼女と私は違う者であり、その思いも違うということを今、はっきりと申し上げたいと思います』

 

 

『わ、私は!』

 

 

焦って声を張り上げるミーア。だが、構わずラクスは続ける。

 

 

『私は…、デュランダル議長の言葉と意志を、支持しておりません』

 

 

『え…、えぇっ!?何で…』

 

 

ミーアがさらに混乱し、二人の態度の違いが際立ってしまう。

そこで、ミーアが映し出されていた画面が切れた。

 

 

「あっ…」

 

 

ミリアリアが驚きに声を上げた。

 

 

「議長が、切ったのでしょうね」

 

 

マリューがぼそりとつぶやく。クルーたち全員が、マリューと同じ考えだった。

 

ラクスが出てきたことで混乱したミーアが、もうここでは使い物にならないと判断したのだ。

このまま放送を続けていたら、逆効果になっていただろう。

 

だからこそ、デュランダルは放送を切った。

 

 

「ここから向こうがどう出るか…」

 

 

これで、世界は大混乱に陥るだろう。

ラクス・クラインだと信じていた人と同じ顔と声を持つ人がもう一人現れた。

 

そして、もう一人のラクス・クラインはデュランダルの意志には同意しないとはっきりと告げた。

 

ラクス・クラインの影響力は、異常と言っていいほど大きい。

ならば、そこから世界がどう動いていくか。そして、デュランダル議長もまた、どう動くのか…。

 

 

 

 

 

『戦う者は悪くない。そうでない者も悪くない』

 

 

突然、画面に現れたもう一人がラクスが語る様子を、シンは呆然と眺めていた。

 

 

『悪いのは、戦わせようとするもの、死の商人ロゴス。その言葉は、本当に真実なのでしょうか?』

 

 

悪いのは全てロゴス。デュランダルはそう言っていた。

そして、シンもまたそう思っていた。戦争が起きたのはロゴスのせいだと、そう思っていた。

 

ロゴスがなければ、こんな戦争など起きなかったし、自分たちの両親も死んでなどいなかった。

そう思っていた。

 

だが、その考えを目の前の少女はあっさりと否定する。

 

 

『ナチュラルでもない。コーディネーターでもない。悪いのはあなたではないという甘い言葉にどうか、陥らないでください』

 

 

「お兄ちゃん、この人…」

 

 

シンの傍らで動揺し、瞳を揺らせているマユがぽつりとつぶやいた。

 

 

「この人…、本物…」

 

 

「…」

 

 

マユはラクス・クラインの大ファンで、ラクス・クラインの歌が収録されているCDもたくさん持っている。

そんなマユだからこそわかったのだろう。

 

目の前のラクス・クラインこそが、本物のラクス・クラインだと。

 

ラクス・クラインを良く知らないシンとて、再び表舞台に現れたあのラクスにはわずかに違和感を抱いていたのだ。

今のラクスと昔のラクスは、どこか違うと。

それは、シンのまわりの人もそうだった。ラクス・クラインは変わったと言っていたのだ

 

ヨウランは色っぽくなったと喜んでいたのだが…。

 

テレビから流れる透明な声は、これまで自分たちが信じてきたラクス・クラインの声とは比べ物にならないほど自分たちの心に響いてくる。

シンの心に染み入り、その根幹を否応なく揺さぶる。

 

その時、今まで忘れていたデュランダル議長への疑念が再びシンの中でよみがえった。

 

 

『むろん、私はジブリール氏を支持するものではありません。彼は人として許されざることをしてきた。ですが、デュランダル議長を信じる者でもありません』

 

 

そんな…、そんな、全てを見透かしているような目をしてほしくない。

今まで信じてきた自分の正義が、全て壊れていくようなそんな感覚がシンを襲う。

 

 

『我々はもっと知らねばなりません。デュランダル議長の、本当の目的を』

 

 

デュランダルは、戦争のない世界を目指していた。シンもそれに賛同して戦ってきた。

だが、ラクス・クラインの言葉を聞き今まで消えていた疑念が再び蘇ってきた。

 

あの冷たい瞳。まるで、自分たちを駒のように扱うその言葉。そして、何かを企んでいるような…

 

 

「っ!?」

 

 

『我々はもっと知らねばなりません。デュランダル議長の、本当の目的を』

 

 

息を呑むシンの目の前で、ラクス・クラインが言い放つ。

 

デュランダルの目的。それを、この少女は…、オーブは知っているというのか。

デュランダルは、一体何を目指しているのか。何を目的としているのか。

 

 

「シン…」

 

 

シンの傍らにいたもう一人、ルナマリアが不安気に揺らめく瞳をシンに向けてくる。

…正直、そんな瞳を向けてほしくない。自分だってどうすればいいのかわからないのだから。

 

シンは、未だ流れる映像に背を向ける。これ以上聞いていても、混乱するだけだと思った。

レクルームから出ようとするシンに、マユとルナマリアがついてくる。

 

それに少し遅れて部屋から出ようとするシンに気づいたハイネが同じようにシンについてきた。

 

シンだけではない。ミネルバ全クルーだけでもない。

 

全世界の人々に、この放送は衝撃をもたらした。

それと同時に、ラクスの言葉は影を投げかけた。

 

皆が近いうちに来ると考えてやまなかった、デュランダルが作り出す輝かしいはずの未来に。

 

 

 

 

 

 

どうして…、どうしてこうなってしまったのだろう。

 

放送が終わり、することがなくなって、戻るように指示されて。

宿舎に戻る間、ミーアの心と頭の中ではその言葉がずっと繰り返されていた。

 

ミーアが演説をしている途中に、急に割り込んできた者。

それは紛れもない、自分のようなまがい物とは違う、本物のラクス・クラインだった。

そして、ラクス・クラインははっきりと言い放った。

 

━━━私は…、デュランダル議長の言葉と意志を、支持しておりません

 

何故…、何故彼女はそんなことをするのだろう。

ジブリールを庇うという選択をした、悪のオーブに与したのだろう。

 

ミーアは、両手を握りしめた。

 

何故、平和のために頑張ってきた自分が偽物で、何故悪に与した彼女が本物なのだろう…?

 

憤りを感じるが、それでも現実は変わらない。自分は飽くまで偽物なのだから。

その現実が、世界中の人々に知れ渡ることになってしまったのだから。

 

背中に感じる、冷たい汗で濡れた感触。

 

 

「さ、ラクス様」

 

 

付き人のさらに促され、ミーアは宿舎の中に入る。部屋の中で、デュランダルがどこか苛立たしく聞こえる声で何か秘書官に話していた。

 

 

「そうだ。シャトルをもう一機用意するのだ。今すぐに」

 

 

先程感じた憤りなどどこかへ飛んで行ってしまった。

今ミーアの心にあるのは、失敗してしまったという不安と、この後デュランダルに何を言われるのだろうという不安。

 

デュランダルの命を受けた秘書官が、宿舎を出て行く。

ミーアとすれ違った時、ちらりと自分を見たのは気のせいではないだろう。

 

その目が、苛立たしげに見えたのは、気のせいであってほしいのだが…。

 

 

「あ、あの…」

 

 

「ん?」

 

 

何か、デュランダルに謝らなければ。自分が失敗しなければ、きっとこの人は何事もなく、平和な世界を目指して戦いを続けていたはずなのに。

 

自分の、自分のせいで

 

 

「ご、ごめんなさいっ!私…、あのっ…」

 

 

謝らなければ。その一心で口を開いたミーアだったのだが、結局何を言えばいいのかわからなくなってしまい、言葉は切れてしまう。

 

デュランダルが振り返る。と同時に、ミーアはびくりと震えた。

デュランダルの瞳が、冷たい光を宿しているように見えたのだ。

 

だが、気のせいだったのか。気づけばそんな光は消え、いつもの優しげな瞳に戻っていた。

デュランダルは笑みを浮かべて口を開く。

 

 

「いや、とんだアクシデントだったね。私も驚いたよ」

 

 

微笑みから苦笑へ。表情を変えたデュランダルは言葉を続ける。

 

 

「すまなかったね、気まずい思いをさせて」

 

 

その言葉にはミーアを思いやる気持ちにあふれていた。

そのことに、ミーアは安堵の表情を見せる。

 

良かった。やはり、あの時の冷たい光は気のせいだったのだ。

というより、少し考えればわかるじゃないか。議長が、そんなまるで、使えない道具を見るような、そんな冷たい目をするなど、あり得ないではないか。

 

 

「でも…、私…」

 

 

そんな安堵の感情もすぐになりを潜める。

 

自分のせいで、今、世界中の人たちは混乱しているだろう。

あの時、しっかり自分が反論していればこんな事態にはならなかったはずだ。

彼女が何と言おうと、本物は自分だと言い切っていれば、こんなことにはならなかったのだ。

 

だが、デュランダルは優しげな笑みを変えずミーアに声をかける。

 

 

「何、心配はいらないさ。だが…、君はしばらくの間、身を隠していた方が良いな」

 

 

「え…、でもっ」

 

 

驚き、顔を上げてミーアはデュランダルを見上げる。

 

 

「君の働きには感謝している。だが、ここで君をまた人々の前に出してもそれは逆効果になってしまうだろう」

 

 

責めるどころか感謝の言葉をミーアにかけるデュランダル。

優しい言葉はさらに続く。

 

 

「君のおかげで世界は救われたんだ。それは誰も忘れはしないさ」

 

 

ミーアの顔に、笑みが浮かぶ。

 

そうだ…。自分が救ったのだ、世界を。

あのラクスではない。このラクスが救ったのだ。

 

本当のラクス・クラインはあっちでも、本当の歌姫はこちらだ。

平和の歌姫は、この自分なのだ。

 

 

「ほんの少しの間だよ」

 

 

デュランダルの言葉が心に染みてくる。

まるで麻薬で快楽を得ているような…、そんな感覚がする。

 

やはり、デュランダルが正しいのだ。彼がしようとしていることが正しいのだ。

失敗した自分のような奴に、ここまで優しくしてくれる人が何故あそこまで疑われなければならないのだろう。

 

そうだ。デュランダルは正しいのだ。

そして、彼に賛同し協力している自分だって正しいのだ。

 

本物は、自分だ。

 

 

「…」

 

 

ミーアの目が狂気に染まっていくのを見て、デュランダルは笑みを浮かべる。

そして、ミーアの付き人のサラと目を合わせて口を開く。

 

 

「では、頼む」

 

 

「はい。すぐに用意致します」

 

 

サラについて歩くミーアの後姿を見つめ、デュランダルは再び笑みを浮かべる。

先程浮かべたものよりも、深い笑みを。

 

 

 

 

 

 

混乱した頭を落ち着けようと自室に向かって歩くシン。

そのシンに、マユとルナマリアが、その後ろにハイネがついて歩く。

 

 

「あの…、シン」

 

 

ルナマリアが躊躇い気味にシンに声をかける。シンは立ち止まって振り返る。

 

 

「どうした、ルナ」

 

 

「あ…、その…」

 

 

「さっきの放送のことなら、止めてくれないか…。俺も、混乱してるんだ」

 

 

ルナマリアの口が閉じる。やはり、先程の放送のことを話そうとしていたのだ。

シンはわずかに息をつき、そのまま歩き出そうとする。

 

そんなシンを、呼び止める声がする。

 

 

「待ってくれ、シン」

 

 

「…ハイネ?」

 

 

シンを呼び止めたのはハイネだった。シンはもう一度振り返ってハイネを見る。

ハイネの表情は至って真剣だった。

 

どうせ、先程の放送のことだろう、とシンは考えていた。

何と言われようと、自分だって混乱しているのだから。答えられるわけがない。

 

そう思っていたのだが、ハイネが口にした言葉はそれと違っていた。

 

 

「少し話したいことがある。来い。ルナマリア、お前もだ。なに、さっきの放送のことじゃあないさ」

 

 

「「え…」」

 

 

シンだけでなくルナマリアも呼ばれる。それに、先程の放送のことではないというのはどういうことだろう。

 

今度はハイネが先頭に立って歩き出す。

すると、不意にハイネは振り返ってマユを見た。

 

 

「…兄のことが気になるんだろう?これから話すことを誰にも言わないという約束をするなら、一緒に来てもいいが」

 

 

「え…でも」

 

 

ハイネが来てもいいと言ってくれるが、マユはパイロットではない。

そんな自分が、この三人の話し合いに入ってもいいのだろうか。

 

躊躇いがマユの動きを止める。

 

だが、ハイネはマユに微笑みかけて言う。

 

 

「別に、大したことじゃないんだ。いや…、聞いた奴は驚くだろうから、誰にも言うなよ?」

 

 

「は、はい」

 

 

共にいてもいいのなら、行こう。マユはハイネについて、シンとルナマリアと共に歩き出した。

 

兄のことだけではない。ルナマリアとも、友人として、先輩としていい関係を築いていたのだ。

二人のことを気になるのは当然だ。

 

二人は、ハイネがこれから話そうとしていることに心当たりはなさそうだ。

不思議そうな表情でハイネを見て歩いている。

 

ハイネはパイロットアラートの中に入っていく。

シンとルナマリアも続いてパイロットアラートの中に入っていく。

 

 

「…?マユ、どうした?」

 

 

だが、マユだけは入ってこない。シンがそれに気づき、振り返ってマユに問いかける。

 

マユは手を口元に当て、不安そうな顔をして、アラートの前で立ち止まっていた。

 

 

「私…、本当にいいんですか?」

 

 

マユはハイネを見て、改めて問う。本当に、自分がこの話し合いに参加していいのかを。

 

パイロットしか基本入ることを許されない部屋の中に、技術員である自分が入っていいのかを。

 

 

「いいって。お前は、あいつと親しかったみたいだしな…」

 

 

「?」

 

 

ハイネに許可をもらってアラートの中に、恐る恐るといった感じで入っていくマユ。

しかし、最後にハイネは何かぼそりとつぶやいた気がした。

 

首を傾げつつも、マユはシンの隣に腰を下ろす。

 

 

「…さてと。呼び出してすまないな。お前らもあれ見て混乱してただろうに」

 

 

「いえ、そんな…」

 

 

申し訳なさそうに言うハイネに、両手を横に振りながら否定の意を示すルナマリア。

それに続いてシンも頷く。

 

ここで話すことがその放送のことならば、シンは断ってでも部屋に戻っていただろうが、ハイネが言うにはそのことではない。

そして、ハイネの纏っていた空気がいつものおちゃらけたものとはかなり違っていたものだった。

 

ハイネは、何を話そうというのか。それも、マユまでここに連れてきて。

 

 

「ハイネ。一体どうしたんだ?」

 

 

「…シン、大丈夫だって。だから、そんな睨まないでくれ」

 

 

睨む?何のことだ。

自分はただハイネを見ながら話しているだけじゃないか。

 

自覚していないシン。

 

 

「お兄ちゃん…。そんな睨んでたら、ハイネさんも話しづらいよ?」

 

 

どこか呆れているようにマユがシンを宥める。

その直後、鋭く、冷たく光っていたシンの目が少しずつ元の明るい目に戻っていく。

 

シンは無意識のうちにハイネを鋭く睨んでいたのだ。

 

どんな話なのだろうか。マユに悪影響を及ぼすようなことだったら承知しないぞ。

シンはシスコンパワーを発揮させてハイネを怯ませていたのだ。

 

シンの目が戻ったことにハイネは息をつき、改めて口を開いた。

 

 

「さてと…。まぁ、特にルナマリアは聞きたくないだろうが…。前回のオーブ沖での戦闘のことだ」

 

 

「っ」

 

 

ルナマリアは目を見開き、息を呑む。シンも、どこか苦い表情になる。

 

ジブリールを取り逃がし、それどころかオーブに敗退してしまったあの戦闘。

 

 

「ハイネ…。まさか、ジブリールを逃がしたのはルナマリアのせいだって言うんじゃないだろうな!」

 

 

もしそうだとしたら、すぐにもでルナマリアとマユを連れてこの場から立ち去る。

そして、もう二度とこの男とは協力して戦うつもりはない。

 

そんな意志を込めてハイネを睨む。

だが、ハイネは表情を変えずにシンを見つめ返す。

 

ハイネは、首を横に振った。

 

 

「違うさ。あれはルナマリアのせいなんかじゃない。むしろ、あれを相手に仕留めきれなかった俺とシン。お前のせいだ。違うか?」

 

 

「…」

 

 

シンは黙り込んで頷く。

 

ハイネの言う通りなのだ。ジブリールを逃がしたのはルナマリアのせいなんかじゃない。

リベルタス、フリーダムを相手に勝つことが出来なかった自分たちのせいなのだ。

 

しかし、あの二機と戦っている途中に割り込んできたあの二機。

あれらのパイロットは、どこかの艦に収容されてからまたどこに行ったのかはわからない。

 

そして、その二機が乱入してきて直後に現れたあの白い機体。

思い返せば思い返すほどあれはヴァルキリーだと否定できなくなる。

 

 

「まぁいい。俺が話したいのはリベルタスとフリーダム。そして、ヴァルキリーのことだ」

 

 

「っ!?」

 

 

びくりと震えるシン。今まで考えていたことをハイネは話そうとしていたのだ。

 

 

「ヴァルキリー…?」

 

 

マユが、目を見開きながらハイネに問い返す。

その声は震えていた。

 

マユはパイロットではないものの、ミネルバのクルーなのだ。

それも、技術員。当然、ヴァルキリーの整備を担当したことだってある。

 

そして、そのヴァルキリーのパイロットは…

 

 

「ヴァルキリーに乗っていたのは…、シエル・ルティウスで間違いないだろう」

 

 

「「「っ!」」」

 

 

シンたち三人は驚愕する。

 

シンもルナマリアも、ヴァルキリーが現れたということは知っていただろう。

だが、そのパイロットが誰なのかというのははっきりとわかっていなかったはずだ。

 

シンが補給に後退した直後、ロイ・セルヴェリオスと話すシエルの声を、ハイネははっきりと聞いたのだ。

 

間違いなく、それはシエルの声だった。

 

 

「そんな…シエルさんって…。どういうことですか!?ハイネさん!」

 

 

マユが声を荒げてハイネを問い詰める。ハイネは表情を変えずにマユの目を見る。

 

 

「そのままの意味さ。ヴァルキリーは落とされ、アークエンジェルに収容された。そのまま、シエルは裏切っちまったっつうことだろ」

 

 

表情を変えずに、というのは違った。

確かに変わっていないようにも見えるが、ハイネの表情は苦々しい。

 

付き合いは短かったが、ハイネもシエルと仲が悪いという訳ではなかった。

むしろ、同じ隊長という立場に立つ者同士、良い関係を築いているようにも見えたのだ。

 

そんな仲間が裏切ったという事実。何も感じないというのはあり得ないだろう。

 

 

「…ともかく、そういうことだ。リベルタスにフリーダム。そしてヴァルキリー。向こうには手強い相手が勢揃いだ。本当に、間が悪くてすまないが…。そのことを頭に留めておいてくれ」

 

 

そう言い残して、ハイネは立ち上がり、アラートから出て行く。

 

だが、シンもルナマリアもマユも。その場から動くことが出来なかった。

親しかった仲間が、友達が、自分たちを裏切った。

 

そして、これからその仲間と銃を撃ち合うということもあるだろう。

 

そのことが頭に過ると、どうにもやりきれない気持ちになってしまう。

どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 

 

「…行こう。ここにいたって、どうにもならないだろ」

 

 

静かな声でシンは言った。

ルナマリアとマユが、まるで縋るようにシンを見る。

 

だが、シンは二人を見なかった。見ているのは、前だけ。

 

 

「守らなきゃいけないんだ…」

 

 

立ち上がったシンは、アラートを立ち去っていく。

そんなシンを、ルナマリアとマユは見つめることしかできない。

 

二人の視線を受けながら、シンはアラートを出て、自室へと戻っていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セラは、暗闇の中にいた。

どこまで見渡してもそこは闇。何も見えず、何も感じることが出来ない空間。

 

 

「…ここは」

 

 

つぶやきセラには、ここにどこか既視感を覚えていた。

 

 

「…ここは、そうだ」

 

 

一度、ロイに落とされた時。自分は意識不明で医務室に運び込まれたという。

その時も、こんな感じの空間で一人、そして変な声を聴いたのだった。

 

セラは、何故こんな所にいるのかを思い返す。

 

 

「…っ」

 

 

そして、思い出す。

 

オーブを守るために、新たな剣を手に戦った。

あの男、ロイ・セルヴェリオスが現れ、戦い。シエルを物のように言うその言い草に怒り、殺そうとした。

 

そこからも、よく覚えている。

心にあったのは、目の前の敵を殺すというその一つの意志だけ。

ザフトが信号弾を上げ、撤退を開始してもそれは変わらず、自分はロイを殺そうと追った。

 

それを止めようとしたシエルとキラ。

そんな二人を、自分はロイを殺す邪魔をする者だと判断し、殺そうと…した。

 

 

「あっ…あぁ…っ」

 

 

混じる。乱れる。焦り、苦しみ。

 

何て事を、自分はしようとしていたのだろう。

肉親どころか、愛する人をも手にかけようとしたのだ。

 

絶対に守ると決めた女性を、血に染めようとしたのだ。

 

 

『それが、お前の役目だ』

 

 

「っ!?」

 

 

ここで、耳に届く声。

そう、この声だ。あの時聞いた声と同じ声が、セラの耳に届いた。

 

 

『全て、殺す。それが、お前の役目なのだ』

 

 

「ふざけるな!俺は…、俺はそんなこと!」

 

 

言葉を否定するセラ。

 

全てを殺すことが自分の役目など、そんなことがあるはずがない。

一人の人間である自分の力は、自分の意志で振う。

 

それが、これまで貫いてきたセラの信念。

 

 

『だが、お前は殺そうとしただろう?愛する人を、その手で』

 

 

「っ!」

 

 

目を見開くセラ。何か反論の言葉を探す。

だが、何も言えない。事実なのだ。

 

自分は、シエルを殺そうとしたのだから。

 

 

『何も憂うことはない。それが、お前に与えられた使命なのだから』

 

 

声は、セラに語り掛ける。

 

苦しまなくてもいいのだと。殺さなくてもいいのだと。

 

 

『お前の力は、そのためにある』

 

 

自分の力は、殺すためにある?

なら、今までは何だった?

 

大切な人を守るために使ってきたこの力。

それは、間違った使い方だったのか?

 

誰もいないはずなのに、誰かの手が優しく頬に触れる。

 

 

『手を伸ばせ。お前を苦しみから解放してやろう』

 

 

「…」

 

 

セラの右手がピクリと小さく動く。

 

セラの中で渦巻く迷い。

手を伸ばしたい。この苦しみから解放されたい。

 

ダメだ。ふざけるな。この手で、愛する人を殺すなどするわけにはいかない。

 

二つの思いがセラの中で渦巻く。

 

だが、少しずつセラの右手が上がっていく。

 

 

(ダメだ…。ダメだ…)

 

 

心ではそれを止めようという言葉が繰り返される。

だがそれに反して右手は上がっていく。

 

苦しみの解放へと、向かっていく。

 

闇の中で、誰かが笑った気がした。

けど、どうでもいい。そんなのは、どうでもいい。

 

ここで、解放されよう。殺したって、いいじゃないか。

誰かのために自分がここまで苦しむ必要など、ないじゃないか。

 

それに、殺すことが自分の力の使い方だと言っているではないか。

 

セラの右手が、上がり切ろうとする。闇の手に、セラの右手が届こうとする。

 

 

『貴様の生き様、見届けさせてもらうぞ』

 

 

「…」

 

 

セラの目が大きく見開いた。

耳に届いた声。今まで自分に語り掛けてきた声とは違う。

 

 

「…そうだな」

 

 

セラは目を伏せ、小さく笑った。

 

セラの右手は、もう上がることはなく、ゆっくりと下がっていく。

 

 

『なんだと…?』

 

 

「悪いが、あんたの言いなりにはならない。危うく見失うところだったが…」

 

 

あの時、自分は何を思って戦っていたのかをはっきりと思い出した。

 

人の強さを見せようと。守る価値があることを。見せようとしていた。

あの男に、大切な人たちを殺させないと。

 

 

「俺は戦う。殺すためじゃない、守るために」

 

 

セラは、目の前にいる闇に背を向けて歩き出す。

闇が向けてくる視線を受けつつも、セラはその足を止めない。

 

 

『…まぁ、いい。だが、逃れられると思うなよ』

 

 

その言葉が聞こえた瞬間、闇の気配が消えた。

セラは立ち止まり、振り返った。だが、そこには何もない。あるのは、暗い闇だけ。

 

 

「…」

 

 

逃れられない。そうかもしれない。自分の力からは逃げることなどできない。

 

ならば、自分の力とも戦えばいいだけだ。そして、打ち勝てばいい。

そうすれば、自分の力を全て操ることが出来るだろう。

 

セラは再び前を向いて歩き出す。

目の前には、先程まではなかった光が差し込んできていた。

 

セラは光に向かって歩き続ける。

 

 

「…」

 

 

セラの体が光に包まれた途端、セラの意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…うぅ」

 

 

口から洩れる声。目を開ければ、明るい光が差し込んでくる。

まぶしく感じ、思わず目を閉じて…、もう一度ゆっくりと瞼を開けた。

 

ここは、アークエンジェルの医務室のようだ。

ロイに落とされた時の様にまた、医務室に運び込まれたようだ。

 

苦笑を浮かべるセラ。

先程のこと、すべて覚えている。

 

キラとシエルを殺そうとして、苦しんで。

闇に打ち勝ち、決意を強くした。

 

そして、闇に負けそうになったときに聞こえてきた声を思い出す。

 

 

「クルーゼ…」

 

 

自分が殺した男。最後に、自分の背を押す言葉を残してくれた男。

 

まさか、あそこで助けてくれるとは思っていなかった。

苦い笑みからにやけた笑みに変わる。

 

宿敵だった男が救ってくれた。それがどうも面白く感じてしまう。

 

セラは両腕を立て、ゆっくりと上半身を起き上がらせる。

特にけがはないせいか、体が重いなどという感覚は全くない。

 

これなら、医務室を出てクルーたちに挨拶に行ってもいいかもしれない。

そんなことを考えながらセラは足をベッドから出し、ベッドの足下にあったスリッパに手をかける。

 

 

「…?」

 

 

そこで、医務室の扉が開く音がした。

セラは扉の方に目を向けて…、微笑む。

 

逆に、医務室に入ってきた人物は立ち止まり、呆然としていた。

 

セラは、立ち止まったその人に声をかける。

 

 

「おはよう、シエル」

 

 

セラの汗でも拭こうとしていたのだろう。手に持っていたタオルを投げ捨て、シエルは駆けだした。

そして、セラの胸に飛び込む。

 

セラは両腕をシエルの背中に回し、そっと抱きしめた。

 

何度も感じた。そしてずっと感じていたい温もり。

それを伝えてくれる人が、そっとつぶやいた。

 

 

「おはよう、セラ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とりあえず、テストの鬼門は乗り越えたので投稿再開です

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