機動戦士ガンダムSEED Destiny 聖なる解放者 作:もう何も辛くない
「はぁああああああああああ!!」
セラは、リベルタスのスラスターを全開にし、ウルティオに向かって突っ込んでいった。
ウルティオは隠し腕を展開して迎え撃つ態勢を整える。
だが、展開した隠し腕は一本。片方は斬りおとされてしまった。
ロイは隠し腕を展開したまま、ライフルをリベルタスに向けて連射する。
セラはこちらに直進してくるビームをかわし、かわしきれないものはサーベルで切り裂きながらなおもウルティオに向かって突っ込んでいく。
「ちっ!」
ロイは苦虫を潰したような表情になる。
先程も言ったが、ウルティオも隠し腕の一本は斬りおとされている。
その上で、装備しているサーベルも叩き斬られ、接近戦の手段は最早ないといえる。
ロイは機体を後退させて距離を取ろうとする。そして、背面のユニットをリベルタスに向け、ビームを照射させる。
リベルタスを後退させようとする攻撃だった、のだが、リベルタスは構わず突っ込んでいく。
「何だとっ!?」
目を見開くロイ。襲い掛かるビームの雨を、リベルタスはビームの間を縫うように舞ってかわし、そしてサーベルを抜く。
セラは、まったく光の差さない瞳でウルティオを見据える。
全く感情にない瞳で、ウルティオを見据える。
心にあるのは、目の前の敵を排除するという意志のみ。
サーベルを振り切る。ウルティオの、コックピット目掛けて。
そして、その行動に驚いたのは敵であるロイだった。
「っ!?」
かろうじてロイはリベルタスの斬撃をかわすが、内心では驚愕していた。
セラは、今まで不殺を貫いてきたパイロットだ。全大戦中盤では彼と戦ったパイロットの死者はいないに等しかった。
だが今、セラは自分を殺す気で剣を振ってきた。
どんなに苦しい場面でも、不殺を貫いてきたあのセラがだ。
前回の戦闘。機体性能の差が激しい状況でも、不殺を貫いてきたあのセラがだ。
ロイは、にやりと唇の形を歪める。
やっと、自分を殺す戦いをしてくれる。そうじゃなくては、意味がない。
「くく…」
枷をかけられた貴様を殺しても、何の意味もない。
全ての力を開放した貴様を殺すことに意味がある。
ロイは、歓喜の笑みを浮かべながらリベルタスを見据えた。
「セラ・ヤマトぉおおおおおお!!死ねぇえええええええええええええっ!!!」
雄叫びを上げながら、突っ込んでくるリベルタスに対して身構える。
再び交錯しようかと、その時だった。ミネルバから信号弾が打ち上げられる。
「何っ!?」
振り返るロイ。まわりのモビルスーツたちは、次々に母艦へと帰投していく。
ふざけるな。こんな所でのこのこと帰ってたまるか。
こうしている間にも、リベルタスはこちらに向かってきている。
ロイはライフルを構えてリベルタスを迎え撃とうとする。
その時、リベルタスはビームシールドを展開し明後日の方向に向けた。
奇妙なその行動に、ロイは目元を歪めた。だが、すぐにその理由を悟る。
リベルタスの展開したビームシールドに、一条のビームが降り注いだ。
ビームが降ってきた方向から、ブレイヴァーがリベルタスに向かって突っ込んでいく。
ブレイヴァーはハルバートを振り下ろし、リベルタスはサーベルを振り上げる。
剣をぶつけ合った二機はすぐに後退する。
ブレイヴァーはウルティオの傍らまで後退してくる。
そして、通信が繋がりアレックスがロイに語り掛ける。
『何をしている、ロイ。早く撤退するぞ』
撤退。やはり、アレックスは邪魔しに来たか。
正直、アレックスが自分の邪魔しに来ることはわかっていた。
命令に忠実な男なのだから、こいつは。だが、自分には関係ない。
「黙れ。俺はこいつと決着をつける」
『サーベルを失い、隠し腕も一本失った状態でか?』
「っ!」
呆れたかのように言うアレックス。まるで馬鹿にされたかのような言い方に、カッとなるロイ。
「何だと!」
『事実だ。このまま戦い続けても、お前に勝ち目はない。死ぬぞ』
言葉に詰まるロイ。確かに、アレックスの言う通りだからだ。
武装が失った状態で、まだまだ元気なリベルタスと戦っても…、勝ち目は薄い。
だが、これからだというところで水を差され、納得することが出来ないロイ。
『どうせまた、こいつとは戦える。今は、引くぞ』
「…ちっ」
ロイは無理やり納得することにする。機体を振り返らせ、そのままミネルバの方向に向かおうとした。
「『!?』」
瞬間、ロイとアレックスは目を見開いた。
撤退しようとしていた二人に、なおもリベルタスが襲い掛かってきたのだ。
アレックスが前に出て、ロイは後方からライフルで援護する。
リベルタスとブレイヴァーが一度剣をぶつけ合うと、リベルタスはウルティオが撃ったビームをかわすために後退する。
だがすぐに反転して二機に向き直り、肩の収束砲を跳ね上げ、二機に向かって容赦なく放った。
ロイとアレックスは、砲撃をそれぞれ違う方向にかわす。
「向こうはまだ、やる気らしいぜ!」
『…』
笑みを浮かべるロイと、黙り込むアレックス。
そして
『何をしてるんだ!このっ!』
加勢するハイネ。カンヘルの背面のユニットをリベルタスに向け、ビームを照射する。
完全に死角からの攻撃だったのだが、まるで背中にでも目がついていて、背後が見えるかのようにリベルタスは照射されたビームをギリギリのところで、最小限の動きで回避する。
ハイネもまた、二人の元に機体を寄せて戸惑いの声を上げる。
『なんだよ…、あれ…』
そんなハイネに、ロイは言い返す。
「前から奴はあんなだ。まるで背中に目があるみたいに、死角からの攻撃も容易くかわす」
初めて戦った時からそうだった、セラ・ヤマトは。
しかし、その時からは想像もできないほど、今の奴は執念深く自分たちを…いや、自分を追ってきている。
何だ?一体、奴に何が起こっている…?
『セラ!』
その時、あの声がした。自分が愛した、愛しい声が。
だが、その声は自分に向けられたものではなく、奴に向けられたもの。
なおも襲い掛かろうとするリベルタスを抑え込むヴァルキリー。
続いて、リベルタスの目の前で停止するフリーダム。
「…あれ、撃ってもいいか?」
隙だらけに見えるフリーダム。今撃てば、落とせるとも思える。
『やめておけ。戻るぞ』
「…ちっ」
まぁ、それでも警戒はしているであろうことはロイにだってわかっている。
アレックスに続いて退いていく。
そして、後ろで行われているやり取りを傍目でちらりと見た。
まだこちらを追おうとするリベルタスに、それを抑えるヴァルキリーとフリーダム。
それを見て、再びロイは唇の形を歪めた。
「次が…、楽しみだ」
待て。逃げる気か?お前はここで殺してやる。
お前も俺を殺そうとしているのだろう?それならば、来い。
来い
来い
「…ら…」
何だ?これ以上、前に進めない。
「せ……」
さっきも、俺の邪魔をしてきた奴がいた。見れば、あいつのまわりにもその邪魔してきた奴がいる。
…俺を抑えているこいつも、目の前にいるこいつも、俺の邪魔をしようとしているのか?
光のない眼で、ヴァルキリーとフリーダムを見据えるセラ。
そして、腰に差してあるサーベルに手を添えて…。
『セラ!』
「っ!?」
動きを止めた。
今の声は…、誰だ?何でこんなに心が安らかになるんだ?
何で…。
『どうしたのセラ!?しっかりして!』
この声は…、いつも聞いていた声だ。
離ればなれになって…、また一緒になれて…。今度はもう、離さないと決意した…。
「しえ…る…?」
『っ!セラ!』
光のなかった瞳に、光が蘇る。だが、その光は揺れていた。
揺れて…、セラは、大きく目を剥いた。
俺は…、何をしようとしていた?
ロイを殺そうとして…、それを遮ってきたザフトの機体を落とそうとして…。
そして、撤退するロイたちになおも襲い掛かろうとする俺を止めようとした兄さん…、シエルも殺そうとした。
「っ!?」
わなわなと震える両手。半開きとなった唇も、両手と同じように震える。
それどころか、セラの全身が震えていた。
「あ…あぁ…」
『セラ?』
震える口から声を零すセラ。
急に様子が変わったセラを不思議に思い、シエルがセラに声をかける。
セラは、傍らでリベルタスを支えるように寄り添うヴァルキリーを見る。
俺は、これを落とそうとしていた。
シエルを…、愛する人を殺そうとした。
「シエル…、俺は…」
『え?』
モニターの中で、不思議そうに首を傾げるシエル。
そんなシエルを、セラは直視できない。
「俺は…お前を…」
幼いセラの心は、そこで限界だった。
「あぁ…、あ…あぁあああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
狂ったように叫び声を上げるセラ。
操縦桿から手を放し、頭を抱える。
主のコントロールを失ったリベルタスが、重力に従って落下していく。
それを見ていたシエルが、慌てて落下していくリベルタスを追いかける。
「セラ!?」
ヴァルキリーを向かわせ、リベルタスを抱えるシエル。
だが、そのままゆったりと落下していく。リベルタスの重量を抱えたまま、遠く離れた陸地にたどり着くことは不可能だろう。
どうしようかと考えたその時、二機の真下から飛び出してきた白亜の巨艦。
「アークエンジェル!」
浮上してきたアークエンジェルの甲板に降り立つヴァルキリーとリベルタス。
何とか海面に叩きつけられることを回避した安心感に息をつく間もなく、シエルは先程から何の反応も示さないセラに呼びかける。
「セラ!どうしたの、セラ!?」
大声で呼びかけるが、セラは何の反応も示さない。セラは、シエルの呼びかけに何も答えない。
「セラ!しっかりして!」
『シエル!』
シエルが必死に呼びかけている中、フリーダムがヴァルキリーの近くに降り立ち、リベルタスに駆け寄った。
「キラ!セラが…、セラが何も答えないの!」
『落ち着いてシエル!セラを降ろして医務室に運ぶんだ!』
「う、うん!」
キラの言葉で、何とかシエルは平静を取り戻す。
二人はそれぞれコックピットから降り、リベルタスからセラを降ろした。
「セラ!」
「セラ、どうしたの!」
コックピットの中で、セラは意識を失っていた。
苦しげに顔を歪め、息を荒げている。
セラが被っているヘルメットを外し、二人がセラに呼びかけている中、異変を感じていたアークエンジェルクルーたちがやってきた。
「ストレッチャーを!医療班を早く!」
危機感に染められた表情のままキラは背後にいるクルーたちに告げる。
クルーたちはセラをゆっくりとストレッチャーに乗せ、医務室に運んでいく。
シエルは心配そうな表情を浮かべて運ばれていくセラについていく。
セラに一体何が起こったのか。
この時のクルーたちは、まったくわかっていなかった。
それは、セラ自身にも。
『では、そのシャトルにジブリールが?』
「はい。私はそう考えております」
鋭い目を向けてくるデュランダルに対し、タリアは怯まずにそう答えた。
今、タリアとアーサーはミネルバの艦長室にいる。今回の戦闘の報告をデュランダルにするために。
初めは穏やかな笑顔を浮かべていたデュランダルだったが、タリアが報告を進めていくにつれてデュランダルの目が鋭くなっていった。
『いずれにしても、君たちはジブリールを取り逃がし、オーブに敗退した。…そういうことか?』
隣に立っていたアーサーがびくりと震えた。タリアも、何とか表情には出さなかったものの一瞬怯んでしまった。
だが、この男の言う通りだ。そして、自分はその選択を間違っているとは思っていない。
「はい。そういうことになります」
アーサーが戸惑いの視線を向けていることも気にせず、真っ向からデュランダルを睨み返して答えるタリア。
「アークエンジェル、リベルタスにフリーダム。そして、ヴァルキリー…といって差し支えないでしょう。それらの介入によってわが軍は一気に劣勢に押し込まれました。これ以上戦闘を続けても、犠牲が増えるだけだと私は判断したまでです」
アークエンジェルに関しては、生存はほぼ確実だという報告を受けていたためそこまで驚きはしなかった。
だが、リベルタスとフリーダムに関しては撃墜確認までされていたはずなのだ。
それでも、あの二機は現れた。
さらにヴァルキリーまでも戦場に出現した。我々の敵として。
あのヴァルキリーには、誰が乗っていたのだろう?
もし、あれにシエルが乗っていたとしたら…、撃たなければならないのか、あれを。
「…ジブリールが未だに国内にいるという確証も得られませんでしたので」
タリアは思考を一旦切って告げた。
『…そうか』
タリアとアーサーの目の前で、デュランダルは息を吐き、そしてわざとらしい笑みを浮かべる。
『いや、ありがとう。グラディス艦長。判断は適切だったと思う』
「いえ」
デュランダルは、タリアの判断を苦々しく思っている。
そのことが、今のタリアには手に取るように分かった。
やはり彼は、ジブリールの捕縛を望んではいなかったのだ。
…いや、ジブリールを討つというのは彼の目的でもあるはずだ。
だが、今回の戦闘に関しては違うというだけなのだ。
今回の戦闘で、我々に求めたのはジブリールの捕縛ではなく、オーブを討つということ。
それを求めていただけなのだ。
それでも、彼には何も言えない。彼は自分たちにジブリールの捕縛を命令したのだから。
オーブを討てなくても、何の非を彼を吐くことは出来ない。
『シャトルのことに関してはこちらで調べておく。オーブとは…、何か別の交渉手段を考えておくべきだな』
「私はそう考えます」
にこやかに言うデュランダル。だが、タリアはその言葉をどうも信じられない。
本当に、彼はオーブを諦めるのだろうか?
通信が切れ、何も見えなくなったモニターをしばらくの間タリアは見つめていた。
アークエンジェル医務室の中。ベッドの上で寝ているセラを、シエルやキラ。マリューらクルーたちが見つめていた。
先程までと違い、セラの寝息は安らかなものになり、表情も同じ。
だが、彼らには気になっていたものがあった。それはもちろん、セラのあの行動である。
自らの兄だけでなく、愛する人をも手にかけようとしたあの時のセラ。
誰から見ても、様子がおかしかったのは言うまでもない。
その時、医務室の扉が開く音が聞こえ、クルーたちが振り返る。
医務室に入ってきたのは、セラの両親と…
「ウズミ様…」
「うむ」
ウズミ・ナラ・アスハ。
セラがどういう存在かを、セラ自身はこの男から知った。
ならば、もしかすれば、この男なら何か知っているのではないかとキラたちは考えたのだ。
少し考えれば、そんなことはないだろうと悟ることが出来る。
だが、それでも藁をもつかむ思いでこの男を呼んだのだ。
「セラ…」
カリダとハルマがセラの元に歩み寄る。
カリダはそっとセラの髪に触れ、そのまま頬に手を持っていく。
「…キラ、無事でよかった」
ハルマは振り返ってキラを見て、そして安心し切った表情で言う。
父に言葉を掛けられ、一瞬表情が緩んだキラだったが、すぐにそれは厳しいものへと変わる。
「でも…、セラは…」
「…あぁ」
二人はカリダに優しくなでられるセラを見つめる。
未だ、セラが目を覚ます気配がない。
正直、セラに何が起こったのかがわからないため、いつ目を覚ますかなどまったくわからないのだ。
「あの、ウズミ様…」
「あぁ、用件は聞いているよ」
戦闘が終わり、セラを医務室に運んだあと、医者はこう言った。
『特に身体に異常はありません。…ないはずなのですが、こうして意識を失っている。我々には、彼に何が起こったのか、まったくわかりません』
とても申し訳なさそうに、医者は言った。それについて、誰も責める気はない。
しかし、セラに何が起こったのかわからないと、これからまた同じことが起きた時にまた何もできないという状況だけは避けたい。
だからこそ、ウズミにこのことを報せたのだ。
通信を通して状況を聞いたウズミは、すぐにそちらへ行くと告げて通信を切った。
少し経った今、ウズミはこの場にやってきたのだ。
ウズミは目を閉じて眠るセラを見つめて…、口を開いた。
「…私にもわからぬ。私とて、キラ君のことを知ったのはキラ君とカガリをどうするのか二人と話し合った時だったのだ。セラ君についても…、彼らと話した時に初めて知った」
「それでは…」
落胆した様子を見せるマリュー。マリューだけでなく、この場にいる全員が同じ表情を見せる。
だが、ウズミの言葉はここで終わりではなかった。
「しかし…、セラ君はキラ君をも超えるコーディネーターとして作り出された」
マリューたちが顔を上げてウズミを見つめる。
ウズミは全員の視線を受けながらなおも続ける。
「そして、セラ君の父親であるユーレン・ヒビキは、愛する妻を殺したブルーコスモスへの復讐の手段としてセラ君を生み出した」
ユーレン・ヒビキは、人類の希望となることを願って生み出したキラと違い、セラを兵器として生んだ。
「あの時のセラ君はまさに、戦う兵器の様に見えた…」
「あっ…」
シエルが声を漏らして、眠るセラを見下ろす。
まだ幼さが完全に抜けていないあどけない寝顔。
こんな少年が、想像もつかないほど残酷な戦い方を見せた。
「ロイ…」
そうだ。セラはあの時、ロイを相手にしていた。
そして、シエルのつぶやきを耳にしたキラがシエルに聞き返す。
「ロイって…、ロイ・セルヴェリオスのこと?」
「…うん。セラが戦っていたあの機体には、ロイが乗ってるってセラが」
「えぇっ!?」
キラだけでない。この場にいる全員が目を見開いた。
ロイ・セルヴェリオスは、ヤキン・ドゥーエでシエルが殺したはずだ。
死んでいたはずの人間が、現れたということになるのだから。
その時、他の人と違う空気を醸し出した人物がいた。
キラだ。他の人たちがなおも驚きの様子を見せていた中、キラだけは沈んで俯いていたのだ。
それに気づく父であるハルマがキラに声をかける。
「どうした?キラ」
「…」
俯いたままのキラ。だが、両手の拳を握りしめるとキラは顔を上げて口を開いた。
「実は、ロイの機体の他にいた紅い機体…。あれには…」
キラは、躊躇いながらもそのパイロットの名を口にした。
「アスランなんだ…」
「っ!?」
カガリの足下でパリィーン、と涼やかな音が響き渡った。
「カガリ様、大丈夫ですか!?」
「あ、あぁ…。大丈夫だ」
一人の兵が慌てた様子でカガリに駆け寄り、足下に散らばったガラスの破片を集め始めた。
カガリは、手を滑らせて水の入ったコップを落としてしまったのだ。
(…何だ?)
急にびくりと震えた手をじっと見つめるカガリ。
このようなことは初めてでもないし、コップを落としてしまうなど誰だってしてしまうだろう。
だが、この事がどうにもカガリは気になってしまった。
びくりと震えた手。いや、手だけではない。体全体が、震えた。
まるで、自分が知らない所で何かが起こっているような…、そんな予感がした。
「カガリ様…、そろそろ…」
「…あぁ。そうだな」
女性の秘書官が話しかけてきたところでカガリは思考を切った。
これから自分は自分の意志を全世界に伝える。まずは、示すのだ。
だが、それを邪魔しようとするものだっている。だから、カガリは呼んだ。
そして彼女も決断した。表舞台に再び現れることを。
「行こうか」
秘書官は歩き出したカガリの背中を目にした。
その背中はまさに、獅子と呼べる、父と同じような頼もしさを感じる背中だった。
『オーブ連合首長国代表、カガリ・ユラ・アスハです』
その放送は、アークエンジェル医務室でクルーたちは目にしていた。
そして、カガリの父であるウズミも。
だが、その表情はほとんどの誰もが浮かないものだった。
キラの話を聞いた直後のことだったのだから、そう言う表情になるのも仕方ないだろう。
彼女はまだ、何も知らないのだから。
彼が死んだと思い込んでしまっているのだから。
「…キラ、私も」
「そうだね」
放送が始まってすぐのこと、ラクスがキラに声をかけ、そしてキラはラクスの言葉に頷いた。
二人は体を寄せ合いながら医務室を出て行く。その様子を、クルーたちは黙って見つめていた。
きょうだいであるカガリの声明を見ないでどこに行くのだろう?と大抵の人は思うだろうが、クルーたちは知っていた。
これから、彼女たちが何をしようとしているのかを。
『今日、私は全世界のメディアを通じて先日、ロード・ジブリールの身柄引き渡し要求と共に、我が国にシンクしたプラント最高評議会議長、ギルバート・デュランダル氏にメッセージをお送りしたいと思います』
モニターで、凛とした様子で話すカガリをウズミはじっと見つめていた。
その表情からは特に何も読み取れないが、目を見ればどこか喜んでいるようなそんな様子が見て取れた。
モニターの中のカガリは、口調は明晰だが、気負いのない落ち着いた声で話していた。
あのカガリが…。どこまでも突進だけでお転婆だったあのカガリが…。
『過日、様々な情報と共に我々に送られてきた、ロゴスに関するデュランダル議長のメッセージは、確かに衝撃的ものでした。ロゴスを討ち、そして戦争のない世界にする…。今のこの混迷の世界で政治に携わる者として、また、一個人としても、その言葉には魅力を感じざるを得ません』
カガリの言う通り、デュランダル議長の言葉には魅力を感じた。それは間違いもない事実。
『ですがそれは…』
クルーたちの目の前で、モニターにノイズが奔った。
カガリの前に割り込むようにもう一つの画面が現れた。
そこに映し出された少女に、クルーたちは息を呑んだ。
桃色の髪をはためかせ現れた少女は、ゆっくりと口を開いた。
『私は、ラクス・クラインです』
「ミーア…」
シエルがその姿を見てつぶやいた。
ミーア・キャンベル。デュランダルの操るラクスが今ここに現れたのだった。
『過日、行われたオーブでの戦闘をもう、皆さんはご存知のことでしょう』
涼やかな声で演説を行っているミーアを、デュランダルはモニター越しで満足げに見つめていた。
『プラントと最も親しかったかの国が、何故ジブリール氏を匿うなどという選択をしたのか、今もって私たちは理解できません』
そう。これでいいのだ。
どれだけオーブがあがいても、こちらにこのカードがある時点でその行為は無駄なのだから。
ミーアはこれまでと同じように切々と語り掛ける。
『ブルーコスモスの盟主…、プラントに核を放つことも、巨大破壊兵器で町を焼き払うことも、子供たちをただ戦いの道具にすることも厭わない人間を、何故オーブは戦ってまで守るのでしょうか?』
少しずつ声の音量が大きくなっていくミーアの声。
本人自身も、ジブリールに対して憤りを覚えているのだろう。
だが、その方がデュランダルにとっては得というの事実。
その方が、この放送を見ている民衆も感情移入しやすいだろう。
『オーブに守られた彼を、私たちはまた、捕らえることは出来ませんでした…』
オーブが戦ってしまったせいで、守ってしまったせいでジブリールを捕らえることが出来なかったということを民衆に知らしめる。
それが、こちらの狙い。
『私たちの世界には、数多くの誘惑があります。より良きものを望むことは悪いことではありません』
語り続けるミーアは、目を鋭くしてこちらを睨みつける。
『ですが、ロゴスは別です!あれはあってはならないもの。この人の世に不要なもので、邪悪なものです』
これで、民衆は完全にこちら側になるだろう。
オーブは孤立し、そして何をしても無駄になる。
思わず、唇の形を歪めるデュランダル。これで、完全勝利となる。
彼ら…、ヤマト兄弟がどれだけあがいても、こちらには届かない。
そのことを、証明できる。
デュランダルが、そう思ったその時だった。
『私たちは、それを…』
「…ん?」
ミーアの言葉が途切れたことを不思議に思ったデュランダルが、傍目でモニターを見た。
先程、こちらがオーブの放送に割り込んだ時の様にノイズが奔っていた。
…何が起こっている?
目を細くして次に起こることを目に留めようとするデュランダル。
彼は、次の瞬間、映された少女の姿に目を見開いた。
『その方の姿に、惑わされないでください』
ミーアを映していたものとは別の映像。だが、その声は彼女と同じ涼やかなもの。
そして、その姿も…。
「…やはり」
一瞬呆然としたデュランダルだったが、すぐに目を鋭くしてモニターに映る彼女を睨みつけた。
「やはり…、彼女もオーブに…」
フリーダム…、キラ・ヤマトがヴァルキリーと共に現れたという報告を受けた時、どこかで懸念していた。
戦闘に出ていたのは間違いなくシエル・ルティウス。
だが、宙からやってきた時、そこに乗っていたのは…。
「そういうことか…」
どこかあきらめの念を含んだ声でつぶやいたデュランダル。モニターから目を背けた。
モニターに映し出された少女は、桃色の髪を揺らし、笑顔を浮かべながらその名を告げた。
「私は、ラクス・クラインです」
セラの異変に関してですが、まだ何もわかってない状態です