機動戦士ガンダムSEED Destiny 聖なる解放者   作:もう何も辛くない

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ディオキアに入ります
そして、ここに来て、ようやく彼女がシエルと交流します


PHASE19 ディオキアにて

陸に足をつけると、気持ちの良いさわやかな風が頬を撫でた

タリアは揺れる髪をそっと抑える

 

 

「ディオキアかぁ…。きれいな町ですねぇ…」

 

 

隣にいるアーサーが感嘆した声を漏らす

その言葉に、タリアは賛成だった

 

ミネルバはガルナハンを突破した後、このディオキアへと来ていた

 

 

「久しぶりですよね…、こういう町は…」

 

 

「そうね…。今までは海だの基地だの山だのばかりだったものね。少しゆっくりできればいいのだけれど…」

 

 

最後に本音を漏らすタリア

 

実際、タリアもアーサーも含め、クルーの皆には疲労が溜まってきていた

ディオキアの町並みは間違いなくクルーの心に安らぎをもたらすだろう

 

そう考えながら足を基地司令部へと進めるタリアは、異様な光景を目にする

 

 

「あれ…?何でしょうね?人があんなに…」

 

 

アーサーもその光景が異様なのに気づく

タリアに何なのかを問いかけるが、当然タリアがわかるはずもない

 

施設の一角にたくさんの兵士がひしめき合っている

さらにフェンスの向こう側にも、かなりの量の人が集まってきている

 

そして、その表情は、何かを期待しているようなものだった

 

と、二人は上空から音を聞き取る

これは…音楽だろうか?

 

明るい曲調の音楽が流れてくる

 

二人が上空を見上げると、そこにはピンクにカラーリングされたザクがゆっくりと降下してきていた

 

まわりにはディンともう一機、新型のモビルスーツだろうか

が、ザクを守るように浮遊していたのだが、ザクばかりに目をとられてしまう

 

まぁ、色を見てしまえばそれも仕方ないのだが

 

 

「みなさぁーん!ラクス・クラインでーす!」

 

 

タリアが、ザクの両掌に小さな人影を見つけたそのすぐ後、かわいらしい声がスピーカーを通して響き渡る

 

ラクス・クライン

 

その声に答えるように、ひしめき合っていた兵たち、フェンスの外に集まっていた民間人たちが歓喜の声を轟かせる

 

そしてさらに、その声に答えるように、掌にのっていたラクス・クラインが手を振る

 

ピンクのザクら三機は、ステージにその足をつける

ラクス・クラインはその後、ひらひらと踊りながら歌い始めた

 

タリアはラクス・クラインのステージを見ずに、ザクの隣にあるモビルスーツを見ていた

 

ディンではない

もう一機の方をだ

 

インパルスと同じように、白を基調としている機体

所々には赤いカラーリングが施されている

 

そして、インパルスやセイバー、ヴァルキリーと同じツインアイ

 

タリアがじっと見ていると、その新型機からパイロットが降りてき

ザフトの赤服を身に纏っている

 

茶色の髪を背中、中ほどまで伸ばした女性

あの女性が新型の機体を操縦したとみて間違いない

 

パイロットの女性は新型機から降りた後、そのままどこかへ歩き始めた

 

その方向へと目を先回りさせてみると、ヘリコプターが泊まっていた

扉が開き、そこから降りてきた人が、タリアの存在に気づき、ふっと微笑む

 

 

「…」

 

 

タリアは軽く舌を打ちそうになる

ヘリコプターから降りてきた人、ギルバート・デュランダル

 

彼から与えられた任務は、ひたすら勝ち続けろ

それと同義なのだ

重圧はとても激しいものがある

 

 

「いやぁ、これは運がいい!」

 

 

それなのに、隣にいる副長は気楽にコンサートを楽しんでいる

 

 

「…まったく!」

 

 

「え…」

 

 

タリアが吐くように出した言葉に驚き、アーサーの動きが止まる

 

それを無視して、もう一度タリアはデュランダルの方へと目を向けた

正確には、デュランダルの傍にいる女性パイロットへ

 

新型機のパイロットに抜擢されるほどの人物だ

かなり腕が立ち、そして有名なはずだ

 

それなのに、タリアはその人物を見たことがなかった

 

一体、何者なのだろうか

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シエルは、ぽかんと口を開けていた

 

ミネルバのレクルームで、ピンクのザクに載って現れたそれを見て、硬直してしまった

 

 

(ラクスが、どうして…!?)

 

 

プラントでラクス・クラインが活動を開始したのは、ユニウスセブン落下後から

シエルは基本テレビを見ない

 

そのうえ、たとえテレビをつけたとしてもその前までは連合のいざこざの情報ばかり流れていたのだ

そんなもの、艦にいるだけで耳に入ってくる

 

だが、どうしてだろう、ラクス・クラインの話だけは入ってこなかった

 

…いや、なぜだ

 

レクルームからクルーたちが飛び出していき、シエルもふらふらとした足取りで外に出た

そこには、紛うことなくラクス・クラインのコンサートが行われていた

 

だが、あのラクスが歌う曲調と違うような感じを受けるのは気のせいだろうか

 

 

「シエル、知らなかったの?ラクス様がここにおいでになること」

 

 

「え?あ…、その…」

 

 

動揺しているシエルに、ルナマリアが無邪気に問いかける

 

 

「ま、ちゃんと連絡を取り合う時間もなかっただろうしね~。仕方ないか」

 

 

「…うん」

 

 

しかし、ラクスは間違いなく、セラやキラたちと共にアークエンジェルにいるはずだ

飛び去ったアークエンジェル

キラがラクスを置いていくはずがない

 

しかし、ルナマリアたちが、どうして自分とラクスが知り合いということを知っているのだろう

 

と考えた所で、当然だと思いなおす

 

ラクスは、前大戦でエターナルに乗り、アークエンジェル、クサナギと共に大戦を収束させた

その陣営に、シエルがいたということも周知の事実になっている

 

ならば、ラクスとシエルは互いを知り合っていることも簡単に考え付くだろう

 

いや、今そのことはいい

 

傾きそうになった思考を戻す

 

どうしてキラと共にいるはずのラクスがここにいるのだろうか

 

 

「一日でも早く、戦争が終わるようわたくしも、切に願ってやみませーん!」

 

 

シエルが混乱している中、あのラクス・クラインは歌い終えて演説をしている

観客たちのボルテージはまだまだうなぎ上りだ

 

 

「その日のために、みんなでこれからも頑張っていきましょぉー!」

 

 

「なんか…、変わられましたよね?ラクス様」

 

 

「え…」

 

 

いつの間にシエルの隣にいたのだろう、メイリンがシエルの顔を覗き込みながら口を開いた

シエルはメイリンの言った言葉に、一瞬硬直してしまう

 

 

「えっと…、そうだね…」

 

 

まずい

早くこの会場から抜け出さなければ

 

シエルはぽかんとしているルナマリアとメイリンを放って、そそくさとその場から離れる

 

会場から抜け出すことに成功した時、シエルの背中はびっしょりと嫌な汗をかき、心臓はばくばくと鳴っていたことは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コンサート会場、フェンスの向こう

次の曲へと移ろうとしていたその時、車は走り去っていく

 

 

「…楽しそうだよねぇ、ザフト」

 

 

アウルがつまらなさげにつぶやく

 

アウル、つまり彼らファントムペイン

ネオを除く彼らは、自分たちが追っているミネルバが、ここディオキアに入ったという情報を手に入れた

そして、それを確かめるためにあのラクス・クラインのコンサート会場へと来ていたのだが

 

ミネルバがディオキアに入ったことは間違いないようだ

だが、呆れてしまう

 

自分たちはつまらない情報収集にまで手を入れているというのに、奴らは楽しくコンサートときた

 

 

「で?俺ら、まだあの艦追うの?」

 

 

「そうだろうな。少なくとも大佐はそのつもりでいるだろう」

 

 

アウルのそっけない問いに、スウェンがこれまた無感情な声で答える

 

 

「ふーん」

 

 

アウルは再びそっけない声で返し、隣に座っているステラを見る

 

ステラは、無邪気に目の前に広がる海を眺めていた

ステラは海が大好きなのだ

 

あのただの水のたくさん溜まっているものの何を気に入っているのか、アウルにはまったくわからないが

 

 

「…ここ最近は負け続きだからな。俺としてもそろそろあれを落としたい」

 

 

「っ、負けてないぜ!」

 

 

スティングがぼやくように発した言葉に、アウルはむっとして言い返す

だが、そのアウルの返しにスティングはすぐさま冷静に返す

 

 

「負けなんだよ。勝てなきゃな」

 

 

自分たちは、最強の部隊ファントムペイン

勝てないなどあり得ない

 

スウェンは、まったくそのことに興味なさそうだが

 

彼はそういう人間だ

たとえ自分が負けようとも、任務さえ遂行できればそれでいいのだ

 

それが、勝利へとつながっていくのだが

 

 

「…俺たちファントムペインに、負けは許されねえ」

 

 

スティングが静かに、その上で凄味を含ませた声を漏らす

 

そう、負けは許されない

 

だが、どこかアウルはそのことに興味を持てなかった

 

正直、勝とうが負けようがどうでもよかった

 

楽しく戦えさえすれば

敵を、落とし続けることができさえすれば、アウルにとっては良かったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

タリアとレイは、テラスに来ていた

そのテラスには、すでに先客がいた

 

まず、タリアが注目を向けていたあの新型機のパイロット

そしてもう一人は

 

 

「まったく、呆れたものですね。こんなところにおいでとは…」

 

 

「はは。驚いたかね」

 

 

タリアの皮肉を含んだ言葉に、答えたようなそぶりを見せず返す長髪の男

ギルバート・デュランダルである

 

彼の顔には、どこか悪戯に成功した子供のような笑みが浮かんでいた

そんな顔を見せられると、もう皮肉を言ってやろうという気持ちなどどこかに行ってしまう

 

 

「ええ、驚きましたとも。…まぁ、今に始まったことじゃありませんけど」

 

 

タリアのその言葉を聞くと、デュランダルは肩をすくめる

そして、視線をタリアの横にいるレイに向ける

 

先程まで浮かべていた子供のような笑顔は、もうない

子供を見守る親のような、温かみのある笑みを、デュランダルは浮かべていた

 

 

「活躍は聞いているよ。元気そうだね、レイ」

 

 

「ギル…」

 

 

レイは、今まで見たこともないような、幼げな笑みを浮かべる

そして、レイはデュランダルの首に飛びついた

 

タリアは、二人にどういう事情があるか知らない

気になるという気持ちはあるのだが、聞いてみようという気持ちもない

 

これが、今のタリアとデュランダルの距離なのだ

これでいいと、決めたのだから

 

少しして、レイがデュランダルから離れると、置かれているテーブルに着く

 

 

「大西洋連邦に、動きでもあったのでしょうか?」

 

 

タリアがデュランダルに問う

 

ただ、彼がここに悪戯をしにきたわけでもあるまい

それは、ここに呼んだのが自分たちだけではないということから読み取れる

 

だが、本当にそれだけなのだろうか

それだけで、彼がここに来るだろうか

 

…来そうだ

そう思いたくはないのだが

来そうで嫌だ

 

 

「…やはり、そう思うか?」

 

 

デュランダルは少し目を丸くしてタリアを見る

 

結局、どうなのだろうか

相変わらず食えない男だ

 

これ見よがしにため息をつくタリア

 

 

「失礼します」

 

 

タリアがため息をついた直後、テラスの入り口の方から声が聞こえてきた

振り返ると、あの新型機のパイロットの女性が入ってきていた

 

…いつここから出ていたのだろうか

まったく気配がつかめなかった

 

 

「お呼びになった、ミネルバのパイロットたちです」

 

 

彼女の後ろには、シンとルナマリアが縮こまっていた

おずおずと二人はテラスへと入っていく

 

そして、その後ろにはシエルとハイネの二人

 

シエルとハイネが保護者のように見えてしまうその光景に、タリアは表情を和らげた

 

デュランダルは立ち上がり、入ってきた四人を出迎える

 

 

「やぁ、久しぶりだね。シエル、ハイネ」

 

 

「はい、議長」

 

 

デュランダルの言葉に、ハイネは敬礼しながら言葉を返し、シエルはただ黙って敬礼をする

 

デュランダルはハイネへ手を伸ばす

ハイネがその手を握り返した後、デュランダルはシエルへとその手を伸ばした

 

シエルもまた、その手を握り返す

 

聞きたいことはたくさんある

だが、今ここで聞くわけにもいかない

違和感を感じさせないように振る舞う

 

シエルの手を離すと、デュランダルは固まっているシンとルナマリアに視線を向ける

 

 

「それから…?」

 

 

「ルナマリア・ホークであります!」

 

 

どこかいつもよりも声に緊張を含ませながらも、はきはきとした口調で名乗るルナマリア

 

隣にいたシンは、慌てて自分の名を名乗る

 

 

「し、シン・アスカです!」

 

 

「そうか。君が…。君のことは、よく覚えているよ」

 

 

「え?」

 

 

思いがけない言葉をかけられ、シンはさらに固まってしまう

議長が、自分のことを知っている?

 

 

「ここのところは大活躍だそうじゃないか。叙勲の申請も来ていた。早晩、結果が手元に届くだろう」

 

 

デュランダル議長という偉大な人に称賛された

そのことに、シンは胸を躍らせる

 

ルナマリアも、まるで自分のことのように喜んでいる

 

デュランダルは、シンへと手を差し伸べた

その手を、シンは両手で握る

 

 

「ありがとうございます!」

 

 

その後、四人は勧められて席に着く

 

そこからも、デュランダルはシンに声をかけた

 

 

「ローエングリンゲートでも素晴らしい活躍だったそうだね。君は、アーモリーワンでの発進が初陣だったのだろう?大したものだ」

 

 

さらにデュランダルに褒めの言葉をもらうシン

だが、少し訂正したかった

 

 

「いえ…、あれは、しえ…、ルティウス隊長とヴェステンフルス隊長の作戦がすごかったんです。それに、二人が俺ならやれるって信じてくれたから…。そうえなかったら…」

 

 

あの時、不安に駆られていた自分を二人は信じてくれた

…ついでに副長も

 

だからこそ、あのローエングリンゲートを落とすことが出来たのだ

 

 

「そうか…。だが、この町が解放されたのも、君たちのおかげなのだ。いや、本当によくやってくれた」

 

 

デュランダルが再び、今度はシンだけでなく、ミネルバのパイロット全員に称賛の言葉をかける

 

その後は、最近の戦況の話へと話題は移っていった

 

 

「宙の方は今、どうなってますの?月の地球軍は?」

 

 

「あいかわらずだよ」

 

 

タリアの問いに、デュランダルは小さくため息をつきながら答える

 

 

「小規模な戦闘が時折起こる…、それだけだ」

 

 

どうやら、大規模な戦闘

プラントを脅かすという状況にはなっていないようだ

 

本国に家族がいるルナマリアは、ほっと息をつく

 

 

「地上は地上で、どうなっているのかさっぱりわからん。このあたりの都市のように、連合に抵抗して我々に助けを求めてくる地域もあるし…」

 

 

デュランダルは肩を竦めた後、続ける

 

 

「我々は、一体何をしているのだろうな…」

 

 

その言葉を聞いて、シンもその通りだと心の中でつぶやいた

 

あれほどの戦闘をして、苦しい思いをして

地球軍は、一体何を馬鹿なことをしているのだろうか

 

心の奥で、怒りが灯る

 

 

「停戦、終戦への動きはないんですの?」

 

 

「残念ながら…。連合側は何一つ譲歩しようとしない。戦争などしたくないのだが…、これではどうしようもない」

 

 

タリアの問いに、苦笑しながらデュランダルは答えた後、首をゆっくりと横に振る

 

その言葉を聞き、シンの怒りはさらに燃え上がる

 

 

「…いや、軍人である君たちに話すべきことではないね。…戦いを終わらせる。それは、戦うと決めることよりはるかに難しいものさ」

 

 

「でも…!」

 

 

その言葉を聞いて、シンは思わず口を開いてしまった

 

まわりの視線が、全てシンに注がれる

勢いが、収まっていく

 

今、自分は誰に言葉を向けようとしているのかを思い出した

 

 

「…すいません」

 

 

シンは謝った

いくら議長にたくさんの称賛の言葉をもらったとはいえ、さすがに出しゃばりすぎだ

 

シンは引き下がろうとする

 

 

「いや、構わんよ。実際、私も前線で戦う者たちの声を聴きたくて、君たちに来てもらったのだから」

 

 

デュランダルは、シンに、言いかけた言葉を言ってほしいと言葉をかける

シンは、タリアに視線を向ける

 

タリアは、ゆっくりと頷いた

 

それを見て少し心を落ち着けてから、シンは口を開いた

 

 

「確かに、戦わないようにすることも大切だと思います。ですが、敵の脅威があるときは…、戦わないといけないと思います!」

 

 

だんだん口調が荒くなってきていることに気づくシン

荒ぶってきた心を沈める

 

これは、シンの本心だ

 

戦うべき時に戦う

シンは、それができなかった

 

だから、あの時両親は死んだ

マユは生き残ったが、あれは運が良かっただけだ

 

だからこそ、戦うべき時には戦う

それが、シンの気持ち

 

 

「…ですが」

 

 

そこに、声が入り込んできた

その声の主はシエルだった

 

シエルは、その視線に誰も入れず、揺れるカップの中のコーヒーの面に視線を落としながら続けた

 

 

「私は、そう思い続けながら戦って、苦しんできた人を知っています」

 

 

シンたちは、目を見開く

ただ一人、デュランダルだけが、柔らかい笑みを浮かべてシエルを見ていた

 

 

「戦い続けて…、そうすれば、いつか戦争が終わると信じて…。けど、結局戦争は終わりませんでした。ただ、戦い続けるだけでは、戦争は終わりません。それは、前大戦を通して知ったはずです」

 

 

シエルは沈んだ表情のまま続ける

 

 

「…ですが、戦争を終わらせるためにどうすればいいのか。私には、その答えが出せません…」

 

 

シエルは、その答えを探しにザフトに戻ったのだ

デュランダルの元ならば、その答えが見つけられると思ったから

 

だが、シエルは再び戦いにその身を投じている

 

もう、何をどうすればいいのか、シエルにはだんだんわからなくなってきていた

 

 

「…そう。問題はそこなんだ」

 

 

デュランダルは席を立つ

手すりまでゆったりと歩を進めて、寄りかかる

 

 

「なぜ我々はこうも戦い続けるのか…、なぜ戦争はなくならないのか。君はなぜだと思う?シン」

 

 

「え」

 

 

急に名を呼ばれ、戸惑うシン

 

 

「え…、と…。それは、ブルーコスモスや大西洋連邦みたいに、身勝手な連中がいるから…」

 

 

言葉を進めていって、だんだんと不安になってきてしまう

 

 

「違うでしょうか…?」

 

 

「あぁ…、まぁ、それもある」

 

 

それも、ということはまだ何か理由があるのだろうか

シンはデュランダルが続けるであろう言葉に耳を傾ける

 

 

「あれが欲しい、自分たちとは違う。憎い、怖い。そんな理由で戦ってきていることも確かだが、戦争の中には、もっと救いようのない一面もあるのだよ」

 

 

シンとルナマリアは顔を見合わせた

デュランダルは、手すりの向こうに鎮座しているモビルスーツに目を向ける

 

 

「たとえばあの機体…、ZGMF-X49Sエキシスター。あの機体はザフトの技術力を結集させて作り上げた機体だが…。今こうしている間にも、地球軍側でも新型の機体が作り上げられているかもしれない」

 

 

デュランダルの言いたいことが上手く読み取れない

要するに、何が言いたいのか

 

 

「戦争の中では、様々なものが破壊されていく。モビルスーツしかりモビルアーマーしかり。あれだって、次の戦いで破壊されないとは言い切れない。故に、次々に新しいものを作り上げていく。産業としては、これほど儲かることはないだろう…」

 

 

「あ…」

 

 

シンはそこで合点がいく

機体を作り上げる産業としては、確かにそれは大量に儲かることが出来るだろう

 

つまり

 

 

「戦争が終わってほしくない。そう思う者も出てくるのだ」

 

 

思わず息をのむ

 

戦争が終わってしまえば、もう新しい機体を作る必要はなくなる

そして、それは同時に儲けるということが出来なくなってしまう

 

 

「『あれは敵だ』『撃たれた、許せない』『だから皆、戦おう』そうして敵を作り上げてきた者たちがいる。…今回の戦争の影にも、彼らロゴスがいるだろう」

 

 

ロゴス…

それが、今、そして過去の戦争を引き起こした黒幕

 

たくさんの人たちを、犠牲にしてきた奴ら…!

 

 

「できることなら、何とかしたいのだがね…。とても難しいのだよ、それが…」

 

 

シンは拳を握りしめる

 

両親は、そいつらに殺されてしまったのだ

たかが、金儲けという目的のために

 

それだけのために

 

奴らは、必ず自分の手で討つ

シンは心の中で、決心するのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え、本当によろしいんですか?」

 

 

「せっかくの休暇なんだし、議長のご厚意なんだもの。ゆっくりさせていただきなさい」

 

 

ルナマリアの弾んだ声に、タリアが答える

 

デュランダルが、ミネルバのパイロットたちに、この施設に一晩泊まることを勧めてくれたのだ

ザフト所有とはいえ、最高級のホテルと引けを取らない施設で泊まることを勧められたのだ

 

シンもルナマリアも、表情を明るくさせて顔を見合わせる

 

二人は優秀なパイロットだが、先程のデュランダルとの談話の時もそうだが、たまに年相応の所を見せる時がある

 

シエルはその光景を見て微笑ましい思いを抱く

 

 

「そうさせてもらおう?艦には私が戻るから…」

 

 

「いや、君はそうはいかないようだよ。ほら」

 

 

シエルが艦に戻る意思を伝えようとするが、なぜかデュランダルがそれを許さない

なぜ?とシエルはデュランダルを見ると、彼は視線を前に向けている

 

シエルも、その視線を追うと…

 

揺れていた

 

 

 

 

 

 

 

桃色の髪が

 

画面の向こうの読者たち

変なことを考えただろう?

正直に手を上げなさい

 

シエルが直々にお仕置きをするから

 

 

 

 

 

 

 

「シエル~!」

 

 

桃色の髪の主は、シエルの名を呼びながら勢いよく走ってくる

その姿を見て、シエル硬直した

 

ディオキアに着いた直後、コンサートをしていたラクス・クライン

彼女がこちらに走ってきていた

 

硬直していたシエルの傍にいたデュランダルの前に、まずラクス・クラインは立ち止まる

 

 

「これはラクス・クライン。コンサート、お疲れ様でした」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

デュランダルと言葉をかけあう

 

デュランダルはラクス・クラインに頭を下げ、ラクス・クラインはデュランダルに微笑みかける

 

そして、ラクス・クラインはくるりとシエルに向き合う

 

 

「お久しぶりですわね、シエル。会えてうれしいですわ」

 

 

「え…、えぇ。そうですね…」

 

 

挨拶代わりの言葉をかける

シエルはしどろもどろながら、何とか言葉を返すことに成功するが

 

内心結構ギリギリの状態である

 

 

「ホテルにおいでと聞いて、急いで戻ってまいりましたのよ?今日のコンサートはいかがでしたか?」

 

 

声を弾ませて問いかけてくる目の前のラクス

 

 

「えぇ…、素晴らしい歌声でした」

 

 

「本当に!?まぁ、うれしい!」

 

 

…ラクスは、確かに嬉しがると思うが、そこまでテンション高くない

 

内心でつぶやくシエル

 

しかし、こちらに視線をぶつけてくるシン、ルナマリア、ハイネが気になってしょうがない

自然にふるまえていないのだろうか

 

最初は確かにつっかかってしまったが、次はなめらかに言えたつもりなのだが

 

 

「彼らにも、今日はここに泊まっていくことを勧めました。どうぞ久しぶりに、ゆっくりとご友人同士でお食事でもなさってください」

 

 

ぎょっ、と目を見開くシエル

 

目を輝かせるラクス

 

 

「まぁっ、本当ですの!?それはうれしいですわ!」

 

 

「いや…、私は艦に…」

 

 

ラクスと食事はできない

そう言おうとしたが

 

 

「艦には、俺が戻ります」

 

 

レイの冷静な、それでいていつもよりも温かみのこもった声がそれを遮った

 

 

「褒賞を受け取るべきミネルバのエースは、シンとルティウス隊長です。ヴェステンフルス隊長も、ルティウス隊長と共に見事な作戦を立てられました。ルナマリアも女性ですし、ここは俺が」

 

 

「いや…、それは…」

 

 

いつもは中々しゃべらないのに、どうしてここで見事に的を得た言葉を発するのだ

シエルはつい、レイを恨みそうになってしまう

 

 

「ではシエル、さっそく…」

 

 

あぁ、もう逃げられない

何を話せばいいと言うのだ

 

絶望へと落ちそうになったその時

 

 

「あぁ…、その前に、シエル」

 

 

「はい?」

 

 

デュランダルから、お呼びがかかる

 

 

 

 

 

すっかり日は落ち、暗くなった庭園に二人は立っていた

あのラクスは、話しの邪魔にならないように近くの噴水のベンチでじっとしている

 

 

「実は、アークエンジェルのことなんだがね…。君も、聞いてはいるのだろう?」

 

 

「はい」

 

 

デュランダルの口から、今、自分が一番知りたい対象の言葉が出てきた

 

 

「あの艦がオーブを出て、どこへ行ってしまったのか。君なら知っていると思ってね」

 

 

…議長も知らないのか

シエルは落胆を覚える

 

もしかしたら、議長は何か知っているのでは、と期待していたシエルだったのだが

それは裏切られることとなった

 

 

「私も、ずっと気にかかっていたのですが…、そこは何も。私の方こそ、そのことを議長にお聞きしてみたかったところでした」

 

 

デュランダルは、その言葉を聞いて少し落胆、したような表情を見せてからシエルから視線をそらす

 

…一瞬、自分を探るような視線でこちらを見たのは気のせいだろうか

 

 

「…君には、まだ私に聞きたいことがあるのだろう?」

 

 

デュランダルは、シエルの心を読んだように、口を開く

確かに、その通りだ

 

アークエンジェルのことを知りたいのもやまやまだが、こちらのことも聞きたい

 

 

「…あのラクスは、一体何なのでしょう?」

 

 

直球で聞く

ここで回りくどい言い方をしても仕方ない

 

どうせ、答えは一つなのだ

 

 

「…彼女の名は、ミーア・キャンベル。ラクス・クラインの代わり…というべきか」

 

 

「代わり…?」

 

 

代わり…

その言葉が、シエルに突き刺さる

 

そして、思い出す

あの、ラウ・ル・クルーゼという男のことを

 

セラと激闘を繰り広げ、そして、最後はセラに撃たれることを望んだ男

 

アル・ダ・フラガという男のクローンで、そのことにずっと苦しみ続けてきた男

 

…セラがいたら、議長を殴り倒してしまうのではないか

シエルはそう思ってしまう

 

偽物

そのことで、ずっと苦しんできた男と、ずっとセラは対峙してきたのだから

 

 

「笑ってくれて構わないよ。…だが、彼女の影響は大きいのだ。私のより、ずっとね」

 

 

「…」

 

 

シエルは、ラクス、ミーアという女性を見つめるデュランダルを眺める

 

 

「世界は、彼女を必要としているのだ。わかってくれとは言わない。だが…、できれば、何も言わないでほしい」

 

 

勝手なことを言う

 

 

「…時間を取らせて悪かったね。もし、あの艦から君に連絡が取ってくるようなことがあれば、私に報せてくれないか」

 

 

デュランダルは、アークエンジェル

いや、ラクスの行方をどうしても知りたいらしい

 

 

「はい、わかりました。…議長の方も、もし行方がわかりましたら、私にも連絡を」

 

 

「あぁ、わかった」

 

 

そう言ってから、デュランダルは立ち去っていく

 

その途端、飛び出すようにあのミーアという女性がこちらに駆けてくる

それを見ながら、シエルは思う

 

自分が、ザフトに戻ってきたことは、正しかったのだろうか

議長が、世界を良くしようとしていることは間違いない

 

と、思いたい

 

だが、何だろう

 

どうして、自分の中で、まるで警告を発しているかのように、心臓が高鳴っているのだろう

 

何も答えがわからぬまま、シエルはミーアに手を引かれ、食事へと向かうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




エキシスターについては、いつもの通り(?)戦闘直前の回で紹介したいと思います

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