幻想郷異変~怒りの日~   作:厨坊

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今回でChapterⅠ終わりです。


ChapterⅠ epilogue

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ザッザッザっと、深夜の森の中を比較的静かに歩く足音が二つ。その内の一つは紅魔館で激戦を繰り広げた男、ヴィルヘルム・エーレンブルグのもので、もう一つは年若い少女の櫻井螢のものである。

 

 

そんな二人の間の空気は普段であれば険悪のものであるが、今だけはその例には当てはまらなかった。理由は言わずもがな、先程の彼らの首領との出会いにあった。ヴィルヘルムは機嫌がよく、櫻井は未だ畏怖の念が薄れていないのか表情が険しい。

 

 

しかしそれを必死に誤魔化す様に、キュッと形のいい唇を引き締め余計な言葉が出ないようにしていた。下手に饒舌になれば、その内心が漏れてヴィルヘルムに茶化されると思っていたからである。

 

 

しかしそんな彼女の予想とは外れ、彼は気付いているにもかかわらず何も言ってこなかった。元から仲が良くない為に、基本的には会話の少ない二人であるが、それでもこの状況はあまり例にないものである。

 

 

普段であれば、ヴィルヘルムが櫻井を一方的に罵る様な言葉を口汚く吐くのだが、今はその兆候すら見られない。どころか、寧ろ、嬉しそうな顔をして夜の闇を闊歩する彼の姿は、櫻井からすれば気味の悪い事この上なかった。

 

 

すると、そんな彼女の内心に気付いたからか、それとも敬愛する主に褒められて上機嫌かは不明だが、急にヴィルヘルムが足は止めずに櫻井に言葉を投げかけた。

 

 

「どうしたよ、レオン。お前にしちゃ、随分しおらしいじゃねぇか?いつもみたいに、お得意の文句でも垂れてみたらどうなんだ?」

 

 

「・・・そういうお前こそ、私と二人でいるというのに随分お上品なようだが?」

 

 

「ハッ、お上品ねぇ?まぁ、そういわれても可笑しくないかもな。何せ、何十年ぶりにあの人に会えたんだ、そりゃ気分が良くもなるってもんだぜ。今ならメルクリウスの野郎の呪いも、笑って受け流せそうだ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

ヴィルヘルムの心底嬉しそうな声に、櫻井はやはり気持ち悪さを感じてしまう。彼女は彼の言うメルクリウスについて、新参であるために深く知る立場にない。ただ、日頃の彼の言いようからそれこそ自分以上に気に入らない存在なのだという認識は持っていた。

 

 

それこそ、口に出るたび口汚く罵り、呪い殺せるなら呪い殺さんばかりの勢いだ。その彼が、幾ら褒められたからと言ってここまで機嫌が良くなる様子は、普段の事を知っているが故に違和感を感じえない。

 

 

今なら、櫻井が幾ら皮肉やそれに準ずる何かを言おうとも笑って流すだろうと、そんなことを彼女が考えていると、後ろの物影から音を立てて残ったクリストフが姿を現した。それを見て、ヴィルヘルムと櫻井は足を止めると、そちらに体ごと振り向く。

 

 

「よぉ、随分早かったじゃねぇか?まぁ、心配なんざ一部たりともしてなかったがよ」

 

 

「あなたの口から、心配などという言葉が出るなんて、私も思いませんでしたよ」

 

 

「ハッ、確かにな。自分で言ってて、違和感が拭えねぇぐらいだし、お前がそう感じるのも無理はねぇよ。とはいえ、その服だけでもボロボロの格好はどうかとも思うがな」

 

 

そう言って、視線でクリストフの神父服を指す。確かに彼の言う通り、クリストフの神父服はボロボロだった。それこそ、殆どボロキレと化しているような見た目で、服として機能するか怪しい状態だ。彼もそれは理解しているのか、困ったような笑みを浮かべて笑声を漏らす。

 

 

「まぁ、一応私も煽るだけ煽ってしまいましたしね。ですが、少々驚いた事もあったので、服の件はそれを考えれば良しとしますよ」

 

 

「ほぉ?テメェがそこまで言うなんて、一体どれほどのことが有ったんだか」

 

 

「戦闘の内容については話しませんよ。そんなことはあなたも望んでいないでしょうし」

 

 

「あったりまえだろーが。んなもん聞いてもクソ面白くもねぇ」

 

 

ハッと、笑い飛ばすヴィルヘルム。クリストフも彼がそう言うことは分かっていたので、それについては何も言わない。しかし、彼が驚いたそのことについては話しておく事にしたのか、スッと目を細めて表情を引き締めた。

 

 

それを見て顔を顰めたのは櫻井。いつも知っているクリストフの顔とは決定的に何かが違うためか、何か感じ入るものがあったのだろう。それを気配で見て取ると、クリストフは直撃を受けたとりわけ損傷の酷い剥き出しになった腹部を抑えて口を開いた。

 

 

「我々の身体の装甲は知っての通り、常識のそれを超えています。それは例え異能の力であっても、少なくとも我々の持つ聖遺物に対抗できるものでなければ、かすり傷をつける事すらできません。

 

 

しかも、私の装甲はあなた方のそれを遥かに凌ぐものといってもいい。それはこちらの世界に来ても同じ、そう思っていました」

 

 

「・・・その言い方だと、違うって言いてぇのか?つっても、俺はいつもと変わらない様に感じられたがな。レオン、テメェは?」

 

 

「お前の言葉に同意するのは癪だが、私の感覚も違っていない。ですが、猊下はそれが違うと?」

 

 

櫻井が眉を顰めて言うと、クリストフは少しばかり困ったような表情をしてため息をつく。それは予想外の言葉に困惑しているというよりも、自分の予想が合っていて困惑しているといった感じであった。

 

 

 

「何だよその顔は?もしかして、俺らの感覚が狂ってるとかそう言う話をしてぇのか?」

 

 

「いえ、あなた達の感覚は間違っていないと思いますし、私の考えもおそらくは間違っていないと思いますよ」

 

 

「だったらその考えってのをさっさと言えよ。あんまりもったいぶられても、いい気分じゃねぇしな」

 

 

「・・・そうですね、分かりました」

 

 

ヴィルヘルムの言葉にほんの少しばかり躊躇した後、クリストフは頷いて見せた。彼としてもそれは隠しておくべき情報ではない。ただそれを言って混乱させるかもしれないというのと、その答えにヴィルヘルムが過剰に反応するのを避けたいという思いがあったのは事実だった。

 

 

「単刀直入に言いますと、どうやら私の防御力が落ちているということです」

 

 

「・・・はぁ?そりゃ一体どういう・・・」

 

 

「私も正解と言える答えを持っているのかはわかりません。ただ、一つ言えるのがそれなのですよ。今回、私は彼女の攻撃を受けたわけですが傷と言える傷は受けることはありませんでした。しかし、傷はなくともダメージはあったと・・・何というかですね、少々の違和感とでも申しますか、そういったものが私の中に残っているのですよ」

 

「・・・・・・」

 

 

最初は冗談かと思ったヴィルヘルム。だが、そんな突拍子もない事を告げた本人の顔には、冗談の類を言っている情報は見受けられない。そもそも、クリストフ・ローエングリーンという男は、彼の知る限りそんな冗談を言うような奴ではない。

 

 

その男が真面目な顔をして言っているからには、それは紛れもない真実なのだという事だ。だとしても、ヴィルヘルムは腑に落ちなかった。自分や櫻井の身体の様子はいつもと変わりがない。尤も、他人である彼女の事はどうだかは詳しく理解できないが、彼の身体は異常がないと言える。

 

 

レミリアと戦う前も、美鈴の攻撃にびくともしなかった事からそれは裏付けされている。それはつまり、人外の装甲が死んでいないという事に他ならない。

 

 

それはクリストフも同様であろうし、レミリアが如何に突出した技を使ったかは窺い知れないが、それでもヴィルヘルムは彼女にクリストフが傷つけられるとは微塵も思っていなかった。

 

 

にも関わらず、特段装甲が並外れて硬いクリストフの身体には違和感があるという。それが示すのは何か。思い当たる答えは一つしかない。そしてそれは、クリストフも同じだった。

 

 

「メルクリウスの仕業だってか?」

 

 

「それが偶然によるものか、それとも意図的なものかは判りかねますがね。おそらく、その考えは外れていない様に思います」

 

 

「あのヤロウに限って、偶然はねぇとは思うがな。意図的ってのも、なんとなく噛み合わねぇ」

 

 

「・・・私は二人が言う副首領閣下の事は分かりかねますが、こんな大それたことをやるだけでも非常識です。多少の不都合があっても可笑しくないのでは?」

 

 

櫻井が自分なりの考えを述べると、クリストフもヴィルヘルムも悩まざるを得なかった。彼女は知らないが、二人にとっては認めたくないものの、メルクリウスという男の為す術法というのは完璧なものだ。それこそ完璧でなければ文句や罵倒の飛び交うものだが、無いからこそそこは認めざるを得ない。

 

 

それは、特にヴィルヘルムにとっては受け入れがたい屈辱なのだが、事実は事実。故に、如何に突発的な行動だろうと、そのような不具合を発生させたまま黙ってみているとは思えない。

 

 

「あのヤロウの術に隙は無い、失敗するとは思えねぇ。とは言え、それに気付かず放置するとも思えねぇな」

 

 

「ええ。となれば、答えは一つですかね。あくまでこちらの世界に来た時には違和感に気付かなかったものの、後にそれに気付いたがあえてその不具合を解決していない。そういう事でしょうか?」

 

 

「まぁ実際、その位のハンデはあってもなくても変わらねぇだろうし、テメェにだけ感じられたってことは、ある程度ランク付けがあるのかもしれねぇな。そこら辺は明確には分からねぇけどよ」

 

 

「三騎士の方々でもいれば、それはそれで分かりやすいのでしょうが、それは現状無理でしょうしね」

 

 

言って小さく笑みを浮かべるクリストフ。対してヴィルヘルムはというと、三騎士という単語を聞いた途端顔を目に見えて顰めた。それを見て、櫻井はその理由に思いつかなかったが、クリストフは心当たりがあり過ぎて笑みを深めてしまう。

 

 

三騎士、その中の一人と人外になる以前からの因縁持ちなだけに、それは仕方がないのだろうと神父らしく内心に留めておく。

 

 

「とは言え、そこまで気にするほどのものではありませんよ。実際、怪我をしたという程のものでもありません。そんなことより、我々は次にどう動くべきかを決めたいと思うのですが・・・」

 

 

「話を吹っかけて来たテメェが言うのは間抜けすぎやしねぇか?」

 

 

「そこは言わないで貰いたい。で、本題ですが2,3日は情報収集に努めたいと思います」

 

 

「・・・・・・具体的には、俺らの他の連中の居場所ってとこか?」

 

 

「ええ、スワスチカがあるとなれば、好き勝手にそれを開けてもらっては困ります。そんなことをすればゾーネンキントが持たないでしょうし、もし戦闘で負けるにせよ、その時は然るべき場所で死んでもらわねば困ります」

 

 

そんな神父の言い様に、初めはポカンとしたヴィルヘルムだったが、やがていつもの笑声を漏らすと腹を抱えて神父の意地の悪さに感服する。とは言え、クリストフの考えには彼とて同意だった。もし自分が死ぬ立場にあったとしても、クリストフの言う通り然るべき場所で死ぬだろう。

 

 

それが彼の誇りであり、邪魔さえされなければ仮に自分が敗北した場合、自分の敗北だけは素直に認めるだろう。

 

 

そんな彼とは逆に、先程から口数が少ない櫻井は緊張を身体全体に走らせ唇をキュッと引き締める。彼女の願いを叶えるためには、どうしても死ぬわけにはいかないと覚悟を決める。

 

 

そんな二人を見てクリストフは満足げに頷くと、二人から視線をそらし遠くを見るように視線を山の向こうに投げかけた。

 

 

「さぁ、いよいよ始めましょうか。ここからが本番です。藤井さん、あなたがこの世界でも戦うと決めたのでしたら、どうか存分に腕を振るって我々に挑んでください。我々は逃げも隠れもしないのですから」

 

 

 

そんな神父の言葉を、風が遠くへ遠くへと運んでいく。それはまるで、その言葉を聞かせたい本人に届かせようと必死な風にも見えてしまい、クリストフは本当に小さく笑みを漏らしたのだった。




やっとChapterⅠが終わりました。
エピローグがちょっとやっつけ感が自分でもあった気がします。
もしかしたら今後修正するかもしれません。


次回は黒幕お二人の笑えない談笑回となります。
ではノシ

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