幻想郷異変~怒りの日~   作:厨坊

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今回もちょっと長いかもです。


ChapterⅠ-ⅶ 堕天

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「退きますよ、中尉」

 

 

突如現れた神父服に身を包んだ男、クリストフ・ローエングリーンによって阻まれたヴィルヘルムの一撃。普通なら肉片すら残さない様な一撃をその身に受けた彼は、しかしそのような事態に陥ることもなく、彼の目の前に立っていた。

 

 

尤も、ヴィルヘルム事態はその事に驚きはしない。何故なら、彼はその理由を十分すぎる程に理解しているからだ。寧ろ湧いてきたのは、困惑や驚愕などではなく、邪魔をされた事に対する憤怒の念。

 

 

しかしそれはクリストフに向けられたものではなく、自身が属する黒円卓の副首領に向けてのものであり、自身の呪いに対するものである。とはいえ、何の反論もせずに納得するような彼ではない。

 

 

無意識に展開させかけた創造を霧散させ、形成の状態までを解いたものの、その結果湧き上がってくる感情は先程よりも強く深いものだった。その場で舌打ちをし、そのまま一歩下がったところで目の前の神父を睨み付ける。

 

 

「おいこらクリストフ、一体これは何の真似だよ?俺の愉しみを邪魔してまで止めたってことは、俺を納得させるだけの理由を用意してあるってことだよな?」

 

 

「ええ、それはもう。ですが、そんなことは言うまでもなく察して欲しいのですがね?言わなければわかりませんか?」

 

 

「ハッ、そらそうさなぁ。何てったって、俺は学がないんもんでな。テメェの口から説明があるまで、素直にはいそうですかなんて頷けるわけねぇだろうが」

 

 

「ふむ、そうですか。そこまで言うのであれば、直接言った方が良いのでしょうね。あまり長居するのも、得策とは思えませんし」

 

 

そう言って、横目で突然の来訪者に警戒心を剥き出しにするレミリア、咲夜、美鈴を見て呟いた。若干頼りなさげに見える優男。それが、普通に見たクリストフ・ローエングリーンという男だった。だが、ここ事に至っては、そんな見た目だけの印象に騙される猛者はいなかった。

 

 

いつの間にか正気に戻っていたフランでさえ、背中越しにしか見えていない彼を本能的に恐れている。それを気配だけで感じたクリストフは苦笑を浮かべ、小さくため息をついた。

 

 

いつもならば人を安心させるような笑みを浮かべる彼も、この状況ではそんなことをしても意味は為さないと理解している。

 

 

ここですべきは、手早くヴィルヘルムへの説得を終えてこの場を立ち去ること以外ない。神父は考えをまとめると、服に付いたほこりを払うようにパンパンと服を叩き、それから手を擦りあわせるようにして重ねると説明を始めた。

 

 

「まず第一に、我々が戦う以上、それは宣戦布告をしなければならないということですよ」

 

 

「・・・・・・」

 

 

「どのような状況であろうと、我々が一同揃って牙を向けるならば、それは戦争を行うという事です。如何なる理由があろうとも、戦争の前には相手側に対して明確にその意図を伝える必要があります。

 

まぁ、中にはそのようなことをせずいきなり奇襲をかけるといった輩もいるでしょうが、そんなものは小者がやるべき行為。我々がそんな無様を晒すようでは、ハイドリヒ卿の顔に泥を塗りかねない。

 

 

何せ、我々は誰一人として例外なくあの御方の誇り高き爪牙であり、獣の鬣のその1本。そんな我々が、自ら主の意向に背いて下種な行いを先んじてするなど、これ以上ない不忠。とりわけ、あなたならばそれを意味する事が良く分かっているのではありませんか?」

 

 

「・・・・・・確かに、な。それについては認めてやるよ。あの人の顔に泥を塗るなんざ、死んだってできねぇ」

 

 

ハッと、自嘲するヴィルヘルム。彼にとってはそれだけでも十分すぎる理由であったが、クリストフはそこで終えるつもりはない。続けて、更に彼の考えを述べ始める。

 

 

「二つ目に、我々が今置かれている世界の状況がよくわからないという事です。副首領閣下が意味もなくこのようなことを為さるとは思えない。我々の此度の任務は、八つのスワスチカを完成させ、この世にハイドリヒ卿を呼び戻す事であった筈。

 

 

にも関わらず、第二のスワスチカの解放後、このような例のない状況に陥った。普通に考えれば、その時点でスワスチカの条件など破綻していても可笑しくない。

 

 

ですが、あの方の行いがそれをただ無にするという事もあり得ない。だとすれば、この我々の知らない未知の状況下でも、我々の任務が完遂できるのかという疑問に当たりますが・・・・・・」

 

 

「・・・まぁ、あのヤロウが第一の前提を覆してまでこんな規模の異常を引き起こすとは思えねぇわな」

 

 

「然り。ならば、ここでも同様にスワスチカを開放することが絶対の条件と成りえる筈です。その解放が同じ条件であれば良し、無ければここでの戦闘も全くの無意味になるという事です」

 

 

「そこまで言うからには、そこら辺はキッチリ分かってるってことだろうな??その辺ハッキリさせてもらおうじゃねぇか」

 

 

凶悪な笑みを浮かべて、からかう様に言うヴィルヘルム。その意味はただ一つ。もしも虚言や、未だ理解不能等という言葉を吐けばただでは済まさないと言外に言っている。

 

 

そしてそれは、彼と真っ向から対峙しているクリストフもしっかりと理解していた。いつものように意地の悪い笑みを貼りつかせ、言葉はなくしかし目で語る。

 

 

それだけでヴィルヘルムには十分だった。凶悪な笑みから心底愉しそうな笑みに表情を一転し、カハッと笑声さえ漏らす。それを見て満足そうに頷く神父は、改めて口を開く。

 

 

「ここまで人外と思われる化生の類を、道中レオンハルトと狩ってきましたが、それで分かったことが一つ。ここに生息する生物というのが、総じて魂の質が高いという事。そこから導き出される結論というのは・・・」

 

 

「シャンバラでつまんねぇ雑魚を虐殺するより、こっちでそれなりに狩った方が楽に済むってか?」

 

 

「然り。加えて、我々と劣らぬ質の存在もいるようですしね」

 

 

クリストフはそう言って、レミリア達3人とその後ろのフランに視線を向ける。話を端から聞く限り、その言葉の意味の程は全くわからないと言っていいものであったが、雰囲気だけでそれがろくでもないことが伺えた。

 

 

「だがよォ、スワスチカを開くとして起点はどうする?こっちじゃあのヤロウが仕掛けをする時間があったとも思えねぇ上に、現状あっちからの接触もねぇ」

 

 

「確かにそれは問題だ。ですが、それもあまり心配はいらないと思いますよ?」

 

 

「あァ?そりゃ一体・・・」

 

 

どういう意味だと、続けようとしたヴィルヘルムの口が止まる。愉しそうな表情を浮かべていたその顔も一転。能面のような無表情になりつつも、その身体は僅かにピクピクと震えていた。それが意味するのは何か。答えは一つである。

 

 

「まさか・・・」

 

 

「ええ、そのまさかだと思いますよ。最初こそ私も、ここら一体に広がっている異様な気配に気付きませんでしたが、それを多少減らしたからなのか、それともあの御方の仕業によるものか。詳しい事は分かりませんが、今ではハッキリと感じている」

 

 

「・・・・・・」

 

 

クリストフのその言葉に、ヴィルヘルムは自身もその答えに思い立ったようだ。身体の震えはますます大きくなり、しかしその震えが意味するものは恐怖ではなく。震えが意味するのは、これ以上ないくらいの歓喜。

 

 

この何十年、幾度となく狂おしく求め続けた黄金の気配。歓喜のあまり口を閉じ、表情を固まらせたヴィルヘルムを他所に置き、クリストフは胡散臭い笑みを浮かべて、いつの間にか横に立っていた少女、レオンハルトこと櫻井蛍と、それ以外の4人に向けて言葉を投げる。

 

 

「そういうことですので、レオンハルト、そして名前も見知らぬ4人の方々。せいぜい気をしっかり持ってください。でなければ、命の保証はしかねますので」

 

 

物騒な言葉をいきなり言うクリストフ。一瞬ポカンと固まってしまう、櫻井とレミリア経ち4人。しかし直ぐに正気に戻ると、代表してレミリアがキッと両目を細く尖らせて、クリストフを睨み付けた。

 

 

「おい、それはどういう意味だ?いきなりやってきて、何を意味不明なことを言っている」

 

 

「それは仰る通りだと、自分で言っておいて私もその通りだと思いますが、問答は後に為さった方が良いかと」

 

 

「だから、いきなり何を・・・・・・!!」

 

 

と、最後までレミリアが言葉を続けようとしたその時だった。最初に感じたのは違和感。時刻は深夜を回っていて、光源は月明かりのみで真っ暗だった筈の夜空。その夜空が、フッと明るくなったような違和感。

 

 

次いで訪れたのは、感じたことのない悪寒。ヴィルヘルムの最後の一撃も相当なものであった筈だが、それと比べることもできない、否。比べる事すらバカらしくなる程のプレッシャー。

 

 

それはまるで、死を宣告すような死神のような視線でありながら、どこまでも慈しむような愛を感じさせる視線でもある。しかし、その愛というのが言葉通り文字通りの愛ではない事は直ぐに理解できる、否。理解させられる。

 

 

それを感じた瞬間、その場にいた全員の頭上。そこから文字通り、黄金の空が落ちてきた。

 

 

「グッ・・・・・・!!」

 

「キャッ・・・・・・!?」

 

「ガァッ・・・・・・!?」

 

「ッッ・・・・・・!?」

 

「ァァ・・・・・・!?」

 

「うッ・・・・・・!?」

 

 

クリストフとヴィルヘルムを除く、他5人が膝を折らされる。瞬間的に跳ね上がった圧力は、もはや形容する事すらできない。クリストフが忠告をしなければ、人外であるレミリア、フラン、美鈴は兎も角として、如何に優れた者であろうとも純粋な人間である咲夜は、その瞬間蒸発していても可笑しくなかった。

 

 

しかもその圧力は今も刻一刻と増していて、最早苦鳴すら漏らせない。そんな中、一人平然と立ち尽くしているクリストフは確かに以上の塊であったが、その場にいる全員の視線は彼を視ていなかった。

 

 

視ているのは、頭上にまるで夢現のようでありながら、これ以上はないという存在の密度を占めている金髪の美丈夫、否。正しく例えるならば、黄金の獣。

 

 

5人は揃いも揃って、その存在の前に無条件でひれ伏していた。そして影響のあるのは生物だけではない。命を持たぬ筈の紅魔館や、辺りの地面、庭に生えている木々や草花。それら全てが、砕け、割れ、枯れ、壊れていく。

 

 

そんな周囲を6人は肌で感じ、絶望という文字を体現させているであろう力の持ち主を、1人は歓喜の余りに、1人は余りの恐ろしさに、4人は非常識にもほどがある存在への畏怖をもって見上げた。

 

 

そんな彼らを見て狂った笑い声を上げるクリストフ。彼はひとしきり笑った後、自然に上の存在に向けて言葉を投げる。

 

 

「お久しぶりですね、ハイドリヒ卿。突然の事態に我々は戸惑っていたというのに、御身はそのような兆しもないようで何よりです」

 

 

「成程、卿にはそのように私が見えるのか聖餐杯。これでも、多少は驚きを示したのだがな」

 

 

「その割には、いつもと変わらぬ御様子ですが」

 

 

「何、我が友のやる事のいちいちに驚いていては、あれの盟友など務まらんというだけだ。そう言う卿の行動こそ、驚いているようには見えないほど迅速的であっただろうに」

 

 

黄金の双眸を僅かに閉じ、笑みを浮かべる黄金の獣。その表情はこれ以上はいないと思うくらいの美しさでありながら、見惚れてしまえば文字通り魂を吸われてしまうであろう凶悪性が備わっていた。そんな彼は一通りクリストフとの会話を愉しむと、その視線を眼下に平伏している者達に向けた。

 

 

「さて、先ずは労いの言葉でも与えてやらねばな。動機は兎も角、宣戦布告の一番槍の役、よくぞ飾って見せたベイ」

 

 

「お、あ・・・・・・!!」

 

 

「卿の働き、真に見事。このような理解不能な状況に混乱されず、よくぞ我が軍の代表を務めて見せた。その魂、英雄と称して何の偽りもない。今後の活躍を期待しているぞ、我が誇り高き爪牙よ」

 

 

そんな獣の言葉に、ヴィルヘルムは感激の余り言葉を失くした。そして、これ以上の栄誉は他にないと、文字通り血涙を流して咆哮する。彼の人生で、これほどまでの名誉は無いが為に、その歓喜の程は何を持っても表現できない。

 

 

それを愛おしそうに見た獣は視線をずらし、次にレミリア、フラン、咲夜、美鈴の4人を視た。

 

 

「そして、よくぞ我が爪牙の猛攻を耐えて見せた。特にそこの赤髪の少女よ、勝てぬとわかっていながらよくぞ最後まで奮起し誇りを護ろうとした。卿のような従者を持てた事は、この館の主にとってもこの上ない幸せであろう。その魂、誇り、気概、真に見事。卿は紛れもなき従者だ」

 

「ッ・・・ァ・・・」

 

 

褒められてはいるものの、当の美鈴は身動きができなかった。声にならない苦悶の音を漏らし、それを返事とする。

 

 

「そして、ベイと真っ向から立ち上がり、激突し、私に甘美なる舞いを見せてくれた幼き少女よ。卿もまた、例外なく称賛しよう。そこの2人も、今後の活躍に期待しようではないか」

 

 

言って、心の底から笑みを浮かべる。そして最後に、その視線を櫻井に向けた黄金の獣であったが、それに対しては何も言わなかった。ただし、言外に自分の爪牙であるなら証を示せと殺人的なまでの視線が告げていた。

 

 

それに対する櫻井の返事は、小さく、本当に小さく首肯する。それを見て一通りの挨拶を終えたと判断したのか、黄金の獣はスッと立ち上がり居住まいを正した。

 

 

「では、最後に自己紹介といこうか。私はラインハルト・ハイドリヒ。聖槍十三騎士団黒円卓第一位、ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ。我が盟友曰く、悪魔のような男らしいよ」

 

 

「アガッ・・・ッ・・・!!」

 

 

「ふむ、今は限界かね?ならば良し、卿ら以降は励むといい。カールの代替の姿は見えないようだが、もしも会えたのならが代わりに挨拶を頼むぞ聖餐杯」

 

 

「となると、彼もやはりこちらに来ていると?」

 

 

「無論だ。そして、卿の知りたがっていた起点だが、丁寧にもカールが享受してくれた。2つは元の世界で解放されているから良いらしいがね」

 

 

その言葉に、クリストフは少しでも減った苦労に小さく胸を撫で下ろす。それから、この地での起点の場所を聞き出そうとするが、それを予想していたラインハルトが地名を淡々と言い始める。

 

 

「白玉楼、地底、魔法の森、博麗神社、迷いの竹林、そして紅魔館。ここが此度の起点らしい。ちなみに、卿の言う代替は博麗神社にいるとも、盟友は言っていたぞ?会いに行くというなら、そこへ向かうといい」

 

 

「ええ。どちらにせよ、行かねばならないでしょうから」

 

 

「ではこれで最後だ。卿等の奮戦に期待しよう。あまり心配はしていないがね」

 

 

それはどちらに向けた言葉だったのか。それを明確に示さないまま、黄金の獣はスッとその存在感を消していった。それと同時に消える圧力。漸く空気が戻ったことから、その場にいた全員(クリストフも含め)がホッと大きなため息をついた。

 

 

クリストフとヴィルヘルムを除く全員が、それと同時に溜まりに溜まった冷や汗を滝のように流しだす。そんな様子を見て、クリストフは困ったように笑みを浮かべると、優しげに聞こえる声で話し始める。

 

 

「やれやれ、相変わらず肝が冷えます。立てますか?レオンハルト」

 

 

「あっ・・・ぐっ・・・」

 

 

「ああ、無理はしなくてよろしい。手を貸しますよ」

 

 

「ハッ、情けねぇ面してんじゃねぇよ・・・と言いたいが、命があるだけマシってとこか?」

 

 

「ッ・・・ありがとうございました、猊下」

 

 

ヴィルヘルムの言葉にむきになったのか、自力で何とか立ち上がる櫻井。そんな彼女を見て苦笑を漏らしたクリストフは、今度は未だ座り込んでいる4人に向けて言葉を投げる。

 

 

「では、我々はこれで失礼するとしますよ。些か急であり、一方的ではありますが宣戦布告は済みました。近い内にまた会いましょうか。尤も、その時は問答無用で殺し合いになりますがね」

 

 

「ッ・・・随分、一方的、じゃないか」

 

 

「まぁ、そうですね。ですが、一方的でないにせよ、どちらにしても我々のやることは変わりません。ですから、あなた方はただ先ほど言った地で、どうか万全な準備をして待っているとよろしいでしょう。

 

 

わざわざ我々が来る場所を指定しているのですから、あなた方にとってはこれ以上ないくらいにいい条件だと思いますが」

 

 

「ハッ・・・よく言えたものだな、バケモノめ」

 

 

レミリアが口汚く罵ると、クリストフは否定も肯定もせずにただ笑みを浮かべているだけ。しかしその表情は、あなた方も同じ穴の狢でしょうと言外に言っている。

 

 

その点だけは全く持ってその通りなどで何も言い返すことはない。しかし、レミリア・スカーレットという吸血鬼は、無様を晒したままでいることなど認められるはずもない。

 

 

正体不明の輩によって地に叩き伏せられ、その上言葉の反撃さえできなかった自分自身の怒りと、自身の拠点と従者を傷つけられた貸しを、このまま何も返せずにい居られる筈もない。

 

 

仮に、屈辱を受けたままでいられるのなら、彼女とて何百年も生きながらえてはいないのだ。彼女の本質も、その実残虐にして非道な鬼なのだから。

 

 

尤も、そんなことはクリストフもとっくに承知している。彼女の身体の内から膨れ上がる瘴気が、それを物語っているからだ。それを見てやれやれと神父は肩を落とすと、少し考えた後に一つの提案をする。

 

 

「では、こういうのはどうでしょうか?」

 

 

「何?」

 

 

「私は何の防御も、構えもとりません。決して躱さないし、避けもしない。ですから、あなたは私に向かってただ全力の一撃を当てればいい。それで私が死ねばそこまで、私はその程度だったという事です。

 

 

ですが、死ななかった場合、今宵は見逃すといった形をとっていただけると幸いです。何分急な事でしたのでね、その位の侮辱は受けましょう」

 

「・・・・・・」

 

 

クリストフの提案に、レミリアは暫し考える。彼の言っている提案、それは確かに魅力的なものだった。何の抵抗もしないから、殺せるものなら殺してみろという提案。しかし、それは一方で酷く侮辱的な事にも聞こえる。真祖の吸血鬼である己が、相手の言うがままに従って攻撃するなど愚の骨頂。

 

 

とはいえ、何もせずに相手を返すのもまた同じ。レミリアとしては得体のしれない存在をここで仕留めるチャンスを得られるわけだ。相手の実力はどうあれ、未だ未知数。

 

 

殺せればそれで良し、殺せなくとも情報の1つや2つは手に入る。それを考えると、ここはもう選択肢は一つだ。レミリアは他の3人に視線を投げ、言葉もなく小さく頷いた。

 

 

その意味を察した2人と、未だポカンとしているフランはとりあえず頷いておき返事とする。

 

 

「いいだろう、その提案乗らせてもらう」

 

 

「わかりました。では、レオンハルトとベイ中尉は先に行ってください。あなた方がいると、他の3人も警戒せざるを得ないでしょうから」

 

 

「わかりました猊下」

 

 

「ハッ、正直いけすかねぇがここは大人しく引いてやる。さっさと済ませて帰ってこいや。まかり間違っても殺すんじゃねぇぞ?」

 

 

「ええ、前提条件を覆す気はありませんし、直ぐに追いかけるつもりです」

 

言外に、そいつらは俺の獲物だと主張するヴィルヘルムに、苦笑して告げるクリストフ。そんな2人の会話は、初めから神父が死ぬことは絶対にないと言っているかのようで、その余裕にレミリアは舌打ちをする。

 

 

正直、他の2人がいなくなるのは有難い。何故なら、仮に仕留めそこなっても情報が漏れるようなことはないからだ。

 

 

仮に神父が生き残っても、その情報を伝えるとは露程も思わない。気性やその下劣さはどうあれ、ヴィルヘルム・エーレンブルグという男が、そのような助言を得ることなどないとレミリアはわかっているからだ。

 

 

他人の助力を得て戦う考えなど、あの男にはありはしない。そしてそれは紛れもない事実。そんな助言をもらわなくては勝てないようなら、獣の爪牙等とは呼称したりはできない。

 

 

爪牙であるなら、真っ向から戦い勝利をもぎ取るだけ。無粋な情報で決闘の場を汚すなど、そんな主を辱めるような行動など絶対にとれないのが、ヴィルヘルムという男だった。そしてそれはクリストフも同じ考えだ。

 

 

そんな情報を得なければ勝てないほど弱いなら、自らの命をもってしてスワスチカを開け。絶対的強者であるが故に、その誇りと証を示さなければならないと、そこだけはクリストフも思っていることだ。でなければ、シュピーネという男を自らの手で殺めたりはしない。

 

 

状況も整ったところで、クリストフはいよいよレミリアの真正面にただ立ち尽くす。その立ち姿は、確かに何の構えも防御もとっていなかった。それは彼にとって当然の立ち振る舞い。

 

 

レミリア達は知らないが、彼のその身体は絶対無敵の防御なのだから。ただ立ち尽くす彼の振る舞いは、その実圧倒的自身と事実に基づいたものだった。

 

 

しかしそれを知らないレミリアたちは、それをただの侮辱と受け取った。特に攻撃するレミリアは、今日一番の極大な殺気を纏わせて人ならざる膂力をもってその腕を後ろに構える。

 

 

「貴様のその思い上がり、正してくれる!!」

 

 

レミリアの言葉が終わると同時、発露される力の放流。赤く光り輝くそれは、段々と鋭い形を形成していきやがて槍のような外見を持つにいたる。

 

 

『神槍 スピア・ザ・グングニル』

 

 

それを見て初めて、クリストフの目が驚きに見開かれた。

 

 

 

「ほう、まさかあなたの全力が"槍"だとは。全く、何の因果でしょうねぇ。これを理解して、副首領閣下はこのような世界に我々を呼び寄せたのでしょうか?」

 

 

言葉に吐きだしたものの、しかしそれは流石にないと判断するクリストフ。驚きはしたものの、未だ脅威には感じない。彼が驚いた理由は単純で、奥の手が自身と同じくとてつもない"槍"だという事実に対して。

 

 

柄にもなくそんな表情を浮かべてしまった神父は、それを誤魔化す様にして胡散臭い笑みを浮かべ直した。

 

 

それを合図に、レミリアが槍を大きく振りかぶる。

 

 

「くたばれ、このエセ神父が!!」

 

「ええ、できるものならやってごらんなさい。ですが・・・・・・」

 

 

クリストフの言葉の途中で、レミリアの槍が直撃し彼の言葉を遮った。その威力たるや、その名に恥じぬ絶大なものだった。爆発の中心である彼の姿は完全に見えなくなり、辺りの者も悉く破壊して塵とかす。憤怒の感情を込めた一撃は、過去最高の威力と速度で打ち出されたものだった。

 

 

段々と砂煙が晴れていくが、その場にいる者は全員が全員、クリストフの死を疑っていなかった。しかし、

 

 

「それでも聖餐杯は壊れない」

 

「なんだとっ!?」

 

 

煙が晴れたとき、言葉と共に表されたその姿には、服こそ千切れ焼け焦げているものの、見える肌には一切の傷がなし。それは名実ともに、レミリア・スカーレットではクリストフ・ローエングリーンには勝てないという結果が導き出された瞬間だった。

 

 

そしてその事実は、彼女ら4人に絶望の文字を当てるには十分なものだった。だが、対するクリストフはというと何か浮かない表情をしてブツブツと呟いている。

 

 

「とは言え・・・ふむ、しかしこれは・・・・・・まさか、あの御方の」

 

「??」

 

「ああ、失礼。少し考え事をしていまして。ですが、これで此度の宣戦布告は終了とさせていただきますよ。約束ですからね?それと、安心させるかはわかりませんがあなた達に伝える事実が一つ。

 

 

ここに次に来るのは私ではなく、あなた達が先ほど戦っていたベイ中尉ですので。とはいえ、あまり気落ちしていると彼に殺られるのは間違いないでしょうがね」

 

 

それだけ言うと、神父は今度こそ迷いのない足取りで紅魔館を後にする。あとに残されたのは、呆然としている4人と崩壊の酷い紅魔館だけであり、その館の様はこれからの幻想郷を示しているかのようであった。

 

 

 




あのお方降臨!!
しかし大事な場面に両主人公が不在とか・・・


遂に出せましたあのセリフ、聖餐杯は壊れない(笑)

神父さんすいません。謝るので創造だけは勘弁を・・・

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