幻想郷異変~怒りの日~   作:厨坊

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今回長いです


ChapterⅠ-ⅵ 血の宴

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ズォオオオっと、ヴィルヘルムの形成位階による単純に暴力的な威力の剛腕が周りの空気を抉りながら、標的の顔面目がけて振るわれる。

 

 

対峙している美鈴との距離は20メートルと以外にもあるものの、そんなものは今の彼には全く意味をなさない距離だった。加えて、彼女の方は身体の方が本能的な恐怖によって竦み、進退窮まった状況。

 

 

決して躱せない状況に、目視することも困難な、否、不可能な速度。今のヴィルヘルムの身体能力は先ほどの比ではなく、紅美鈴という少女には何を持っても対処することができないものだった。例え体が竦まずに動ける状況であったとしても、その結果は変わらないだろう。

 

 

スペルカードを発動したとしても、今の彼には掠りもせず風圧のみで切り裂かれ、吹き飛ばされ、無効化される。

 

 

常人であれば数秒は掛かるその距離を、文字通りコンマ数秒で詰めよってくる彼の攻撃を前に、そんな風に長い時間考えていられるのは、あくまで命の危機によって脳内がそれをスローにさせているだけであって現実の時間は変わっていない。

 

 

「逝けやヴァルハラァアアアアアアアアアア!!」

 

 

先ほど吐かれたヴィルヘルムの言葉が、数瞬遅れてくるその事実から、音速を僅かに超えていると判断したその直後。周りの地面どころか、重厚な門柱まで風圧で吹き飛ばして破壊した。

 

 

そのあまりの威力に、先程とは比べ物にならない量の砂埃が舞い上がり、辺りの視界を完全に零に覆い尽くす。それはヴィルヘルムの視界も例外ではなく、今は砂埃で何も視えていない。しかし、普通に考えれば結果は決まりきっていた。

 

 

如何に頑丈な身体を持っていたとしても、頑丈な門まで吹き飛ばし、地面を何メートルという範囲でかち割ったその攻撃を受ければ、どうなるかは一目瞭然だ。

 

 

勝者はヴィルヘルム・エーレンブルグ、敗者は紅美鈴。この勝負はこうして勝者と敗者の構図を、分かりやすく今の光景が示していた。しかし、それは普通である場合の状況だ。

 

 

「・・・・・・」

 

 

砂煙が晴れかけた頃、ヴィルヘルムのその凶悪な顔が晒されていくが、その表情に浮かんでいるのは完全なる無表情。それは断じて、勝負に勝ったものがする表情でもなければ、今の勝負を勝負とすら思っていなかった為に勝って当然だという表情でもない。

 

 

彼はそのまま数秒ほど、何も喋らず無表情の顔のまま固まっていたが、やがて今潰した獲物の感触を確かめるかのように掌を何度か開閉して、そしてその表情に漸く感情を載せた。そう、やっぱこうなったかという、諦めの感情を。

 

 

「まぁ・・・薄々こうなるとは思っちゃいたけどよ。ハッ、どこにいてもかましてくれる野郎だ」

 

 

忌々しそうに歯をギリギリと、音が鳴る程に噛み締め、頭の中に浮かんだ男の顔を想像の中で磨り潰す。折角見つけた好敵手も、彼はいつもこうした形で奪われ続けてきたのだ。

 

 

彼がバケモノになって数十年。その中でも、一度として自身が認めた獲物と最後まで満足に殺し合いをできたやり遂げたことはない。

 

 

それは言うなれば呪いであり、その原因は自分にもある事を頭の中では理解しているが、それでも全ての元凶はあの男だとその怒りを捨てきることなどできはしない。普段ならば、このまま辺りを文字通り地図上から消しかねない彼の気性であるが、今日は、今日だけは特別だと自分を言い聞かせて無理やり自分を納得させた。

 

 

引き攣りそうになる頬を必死に抑え、にやけた笑みを口元に浮かべる。何はともあれ、これで邪魔者は減ったのだ。あとは思う存分、この後の戦を愉しむだけ。ヴィルヘルムは得意の哄笑を僅かな間だけ響かせ、やがて砂煙が完全に晴れるといつの間にか現れて美鈴を抱えている存在に視線を向けた。

 

 

「ま、そういうことだ。一体何をどうやったのかは知らねぇし、興味もあんまわかねぇ。だから、お前ら2人はもうそこで大人しくしとけや」

 

「・・・・・・」

 

「さく、や、さん?」

 

「全く、あっさりやられちゃって。日頃仕事をさぼって居眠りばかりしてるから、判断を見誤るのよ。3か月は給料減給するから覚悟して為さい」

 

 

フンっと、鼻を鳴らして怒りを示す少女、十六夜咲夜。その恰好はこんな物騒な場には相応しくない女性用の使用人服。所謂、メイド服というやつだ。しかし、彼女が文字通りの使用人ではないことは、彼女の露出されている太腿に巻き付けられたホルスターに収まる、幾つものナイフによって示されていた。

 

 

「あり、がとうございます。助かりました、咲夜さん」

 

「まともに喋れるようになったのなら、もう心配なさそうね。あなたはもう下ってなさい、アレの相手はあなたじゃ相性が悪すぎるわ」

 

「そんなっ!!咲夜さんだけに戦わせるわけにはっ!!」

 

「い・い・か・ら、言う事を聞きなさいこの駄門番!!」

 

「ひ、酷い!!」

 

 

緊張しなければならない状況でありながら、普段のノリで会話をする咲夜と美鈴。そんなことができるのも、目の前の彼が今現在は彼女らを攻撃する意思が見られないからだった。しかし、そんな彼も手は出さずとも口まで出さないわけではなかった。2人の会話を興味深げに聞いていたヴィルヘルムは、にやけた面で2人に呼び掛けた。

 

 

「よぉ、話し合いは終わったのかい?だったら速いとこ案内してくれると、無駄が省けんだがな」

 

「あら?そんなに待たせてしまったかしら、ごめんあそばせ。ですが、当館は何のアポもなしにこんな夜遅い時間に来る非常識な輩は遠慮願っておりますの。ですから、そちらこそさっさとお帰りになってはいかがですか?」

 

「カハッ、言うねぇ。さっきの女と言い、お前と言い、中々どうして悪かねぇ。少なくとも、今の俺の姿を見てもまともでいられるのは、本当に大したもんなんだぜ?戦が終わってからはそんな気丈な奴は、男だろうと女だろうといなかったからな」

 

「それは結構。で、答えの程は?」

 

 

白々しく訊いてくる咲夜に、ヴィルヘルムは狂喜の笑みで答えて見せた。言葉は何も言っていないものの、その意味を理解できないほど彼女は愚鈍ではない。ホルスターからナイフを数本抜き、それを両手の指で4本ずつ構えて見せる。

 

 

彼女とて、先程の美鈴の戦闘を実は館内で観察していた。その為、まともな手段で対抗できるとは思っていない。だがそれでも、紅魔館の侍従長である彼女は、招かれざる客に対して相応の持て成しをしないわけにはいかない。ナイフを構え、直ぐにでも能力を発動させる準備はする。

 

 

 

そんな彼女の態度に、ヴィルヘルムはへぇと短く言葉を漏らし、殺人的な視線を咲夜にのみ注いだ。

途端に、今まで感じていた何倍もの威力の圧力が彼女の筋肉を軋ませ、息を詰まらせる。それを歯を噛み砕きかねない力をもって噛み締め、冷や汗をブワッと掻きながらも態度だけは気丈に見えるよう立ちはだかる。正直なところ、想像以上の圧力に咲夜も自分の認識を改めなければならないことを自覚した。

 

 

水晶越しに見たそれと、現実に対峙するそれでは圧倒的なまでに違い過ぎた。そして、今現在咲夜が感じる圧力は過去に一度ならず何度も経験した感覚に似ていた。

 

 

そう、過去には彼女が何度も対峙し、そして今は主と認めているその存在。その中でも、現在の主と遜色ないといってもいい圧力。

 

 

一瞬どころか、刹那でも気を抜けば終わってしまうその感覚は、咲夜に冷徹で冷静な判断を促した。今すぐ能力を全力開放して、葬ってしまえと。咲夜もその自分の判断を、何の疑いもなく実行しようと魔術を発動させようとしたその時だった。

 

 

「下がりなさい、咲夜」

 

「っ!!」

 

 

突如、上空からかけられた命令に、咲夜は能力の発動を見送った。美鈴もその声を聞いて、声のした上空を見上げた。2人が見上げた上空には、彼女たちの主がその羽を羽ばたかせて静かに君臨していた。赤黒い翼を背に生やし、鋭くとがった牙を挑発するように見せながら小さな両腕を胸の前で強く組む、彼女らよりも遥かに幼い少女。

 

 

しかしその外見とは裏腹に、放つプレッシャーと眼下を睨む眼光は、相当な実力者であることが一目で伺えた。

 

 

「美鈴、咲夜、ご苦労だったわね。そこの客は私が持て成すから、あなたたちは離れて見ていなさい」

 

「しかしっ!!」

 

「咲夜、何度も言わせないで?それともあなた、この私が私が負けるとでも思っているのかしら?永遠に紅い幼い月である、このレミリア・スカーレットが」

 

 

殺気さえ混じった静かな声で告げるレミリア。その視線と言葉を受けた咲夜はそれ以上は何も言わず、否、言えずに美鈴と揃って頭を下げて後ろに下がる。それを目で確認してレミリアは満足そうに頷くと、今度こそ彼女はこの夜中にやってきた敵に向かって視線を投げつけ、そして狂喜と狂気の混じった視線を同時に受け取った。

 

 

「クハッ、クククッ、ハハハッ、ハハハハハハハハハハハハッ!!ククッ、いやぁ、待ってた、待ってたぜェ?一目館を見た時から薄々感じちゃいたが、クヒッ、そうだよ、そうだよなぁ!!やっぱ、こういう展開じゃなきゃなぁ!!」

 

 

腹を抱えて哄笑するヴィルヘルム。その衝撃と言えば、一度笑い声が上がるたびに空気を爆発させ、館に罅を入れ、レミリアの身体をビリビリと威圧する程だ。しかし、一方でそんな歓迎を受けた彼女の方はというと、咲夜や美鈴の様に絶大な圧力に身を竦ませるようなことはなく、寧ろ愉しそうに凶悪な笑みを浮かべていた。

 

 

今でこそ自制して抑えているレミリアだったが、気を抜けばヴィルヘルムと同じく哄笑してしまうに違いない。何せ、今目の前にいるバケモノはどう形容しようとたった一つの言葉しか思いつかない。同族であるが故に、一目その姿を見ただけでその正体を看破し、実力までも推し量る。推し量った上で、心底愉しそうに笑みを漏らした。

 

 

それが出来る時点で、彼女は紛れもない絶対的強者。ヴィルヘルム・エーレンブルグという男を視て、心の底から一片の恐れもなく笑えるだけでその証明になっている。見下ろされる側の彼も、同じくレミリア・スカーレットの実力を視ただけで完全に把握していた。

 

だからこそ、お互いに相手の正体を探り合うなどといった無粋な真似はしない。そんなものは、お互いその目で視た瞬間に悟ってしまったのだから。だから、これから始めるのは単純にして明快なもの。

 

 

ヴィルヘルム・エーレンブルグは自分以外の吸血鬼等必要ないと殺意を覚え、レミリア・スカーレットは真祖でもない吸血鬼が威張るなと。お互い理由は異なれど、その意味の本質はたった一つ。

 

 

「「引き裂いてやる!!」」

 

 

全く同時のタイミングで、全く同じ言葉をこれ以上はないという程、壮絶な笑みと共に吐かれた殺意。

 

 

「バラバラにした後、見せしめにオブジェにでもしてエントランスに飾ってくれるわ!!」

 

「テメェ!!教会の十字架にでも突き刺してやらァ!!」

 

 

今、人外同士にしてバケモノ同士の、吸血鬼の宴が始まった!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヴィルヘルム・エーレンブルグと、レミリア・スカーレット。その2人がお互い殺気と共にその場を駆け、戦闘を開始してから既に5分程が経過していた。しかし、その5分はその場にいる美鈴と咲夜の認識をぶち壊すには十分な時間となっていた。

 

 

既に2人とも、今殺し合いを続けている吸血鬼同士の動きを認識できないレベルに至っていた。それも当然であろう。何せ、今の2人の速度と言えば音速等とっくに超えていて、人間の認識レベルを超えているのだから。

 

 

お互い、相手の攻撃が当たるか当たらないかなど関係ない。奇声にも似た声を上げながら、2人はその戦いの中で笑い、嗤い、嘲笑っていた。そして再び、何十度目かの交差。ヴィルヘルムの腕がレミリアの脇腹を抉り、レミリアの爪がヴィルヘルムの肩を抉る。

 

 

ここで驚くのは、美鈴や咲夜の攻撃では傷一つ与えられなかったヴィルヘルムに、レミリアの攻撃が通るという事だった。武器の形成に伴い、単純な思考しかできなくなっているヴィルヘルムは兎も角として、その光景に従者の2人はホッと胸を撫で下ろし、そして希望を覚えていた。

 

 

ここで敢えて説明するならば、レミリアの攻撃がヴィルヘルムに通った理由は簡単なロジックである。聖遺物とは、人々から膨大な想念を浴びて意志と力を得た器物を指す。

 

 

それは言うなれば、年数を重ねれば重ねる程強力になっていくものであり、逆に浅ければ浅い程歴史を持っていない為に思念の大きさや信仰心は小さく狭くそれなりの力しか発揮できないものだ。

 

 

他にも、聖遺物との相性、至った位階のレベル、吸収した魂の数や質等により、聖遺物を持つモノの強さは人それぞれ変化していく。ヴィルヘルム・エーレンブルグを例に挙げるならば、彼の聖遺物はヴラド・ツェペシュの血液が風化した物であった。

 

 

串刺し公として悪名高い彼は、現代から遡れば500年以上昔の人物であり、その血液も同じ年代のものであるということだ。それは人の思念が宿る年月としては、十分すぎる時間である。加えて、彼は吸血鬼の逸話を当時から持っていた為に、その思念たるや想像もできないものである。

 

 

おまけに、彼はその聖遺物との相性が格段に良いために、その力は何倍にも増幅されているといっても過言ではない。何せ、聖遺物の生みの親である水銀にして、彼の聖遺物である闇の賜物はカズィクル・ベイを愛していると言われたほどだ。現存団員の中でも1,2位を争うというのは伊達ではない。

 

 

対して、レミリア・スカーレットという吸血鬼も、それとほぼ同等の時間を生きている存在である。おまけに、彼女は正真正銘の生まれた頃からの吸血鬼。これまで、幻想郷に来るまでは只管に自身を害する外敵を葬り続けてきた。

 

 

それは人間であり、妖怪であり、人外であり様々だった。加えて、吸血鬼という存在は他者の血を吸うことを有名とする怪物である。その他者の血を吸うという行為は、なにもそれだけを意味しない。

 

 

吸血鬼の吸血は、それを吸うことで足りなくなったものを補うと言ったり、本能的に求めると言ったりする。その血液を吸うという本質は、他者の力を搾取すると言い換えても、別解釈してもよい。

 

 

つまりそれは、吸血鬼にとっての吸血は食事という面だけではなく、血を吸えば吸うほど、血肉を喰らえば喰らうほど存在が強化されていくことに他ならない。吸血鬼が体を吹き飛ばされても超速再生できるのは、今まで搾取してきた生命力を使っているから。

 

 

その面で考えれば、レミリア・スカーレットという存在は、十分にヴィルヘルム・エーレンブルグに匹敵しても可笑しくない。それが、彼女がヴィルヘルムに傷を負わせることができる理由だった。

 

 

だがしかし、それは同時に何という皮肉なのだろうか。

 

 

「グッ、オラァアアアアアアア!!」

 

「ッッ!!ハァアアアアアアアア!!」

 

 

ヴラド・ツェペシュの聖遺物を得ることで、吸血鬼に進化したヴィルヘルムと、ツェペシュの末裔と謳われながらその実全く関係がない、生来からの吸血鬼。

 

 

吸血鬼としては偽物でも、彼の血を融合させたために本物のツェペシュの末裔ともいえるヴィルヘルム・エーレンブルグ。

 

 

吸血鬼としては本物でも、ツェペシュの末裔というのは嘘で、偽物のレミリア・スカーレット。

 

 

そんな2人が、世界を超えて幻想郷という地でお互いこそが本物だと潰しあっている。それはこれ以上ないくらいに滑稽でありながら、嘲笑えない矛盾を孕んだ者同士の衝突だった。

 

 

そんな一時の膠着状態から更に3分。お互い、そろそろ小手調べも終わりいよいよもって大技の連発を繰り返す。

 

 

「オラァ!!さっさと串刺しになって、俺に吸われて干からびやがれ!!」

 

 

ヴィルヘルムの腕や身体から、普通では不可視の赤黒い杭が無数に射出される。その数はもはや数百を超えていて、その威力もバルカン砲もかくやという威力だった。咲夜や美鈴なら回避不可。時を止めることができる咲夜でも、認識する前に殺されては意味がない。

 

 

しかし、レミリアも簡単にそれを喰らうほど弱くはない。常人なら目に見えない速度で射出された杭も、同じ吸血鬼であるレミリアは視認できるし、一瞬で位置を把握して回避にかかる。

 

 

普段から、弾幕ごっこというヴィルヘルムの杭とほぼ同数の弾幕を避けることを日常としているレミリアは、その程度回避できないわけがない。弾幕避けは一瞬の判断で、膨大な弾の量の情報を裁かなければならないのだ。

 

 

この程度、できて当然。しかし、全てを完全に避けきるというのは弾幕とは異なり、スピード的に不可能だった。ではどうするか?答えは簡単である。

 

 

 

『紅符 スカーレットマイスター』

 

 

避けられないなら、自分に向かってくるモノを全て迎え撃てばいい。声に出す暇はなくカードを掲げる暇もないものの、レミリアはスペルを発動させる。その威力たるや、ヴィルヘルムのバルカン砲並みの杭に勝るとも劣らず。杭と同じかそれ以上の弾幕が向かってくる杭を相殺し、回避に成功する。

 

 

そこで一旦止まる両者。お互い、全身を己の血と返り血で染めながらも、決して凄絶な笑みを絶やさない。痛みなど精神力で克服してみせろ、戦闘中にそんな愚かで無様な隙を生むなら容赦なく打ち抜くと、お互い眼で語っていた。

 

 

「カハッ、いいねぇ、そそるぜェ、たまんねェ!!そうだよ、これだよなァ!?こういう殺し合いを俺ァ、ずーっと待ってたんだよ」

 

 

「あらあら、外の世界の吸血鬼って言うのは随分饒舌なのね。愉しいのは分かるけど、もうちょっと落ち着きを持ったらどうかしら?品がないわよ?」

 

 

「ハッ、笑わせんなよボケがっ!!こちとらんなもんは、生まれてこの方一片たりとも持ち合わせたつもりはねぇよ」

 

 

「成程、生まれながらの畜生ってわけね」

 

 

お互い、黒い笑みを漏らす2人。それで軽口は終わり。お互い、再び戦闘に戻るべくヴィルヘルムは地面を、レミリアは空を駆けようとしたその時だった。

 

 

「「ッッ!?」」

 

 

突如、館の外壁が派手な音を立てて内側から破壊され、奇しくも揃ってそちらに意識を向けて固まるヴィルヘルムとレミリア。前者はともかく、後者の方はその理由に思い立ったのかハッとした表情になり、危機感迫った視線をそちらに固めていた。

 

 

「まさかっ!!」

 

「お嬢様!!」

 

「このタイミングでっ!?」

 

 

それだけではなく、従者の2人も驚愕した表情でそちらに視線を向ける。3人とも、その理由に思い至っているのか揃いも揃って危機感迫った顔をしている。対してヴィルヘルムはそんな3人の様子に怪訝そうな顔をして、同じく砕かれた外壁の方に視線をやった。

 

 

最初こそ、外壁が砕かれたことによって舞った埃と砂粒で視界を覆っていたが、時間が経過するにつれて残骸が風に浚われていき、やがて完全に視界が晴れるとそこにはレミリアと同じくらいの年の少女が立っていた。

 

 

しかし、どうもその少女の様子がおかしい。単純な思考しかできなくなっているが故に、僅かな異変にも敏感なヴィルヘルムはそれを他の3人よりも早く悟っていた。しかし、その顔に浮かぶ表情は事情を知っているであろう3人とは異なり、にやけた表情を顔に張り付けていた。

 

 

「おいおい、荒手か?いいじゃねぇか、久しぶりの激戦だ。多少なイレギュラーがあっても悪く・・・」

 

 

驚愕してどうするべきか固まる3人を無視して、ただ一人悠然とした態度でそちらに足を向けるヴィルヘルム。だが、その少女まであと15メートルというところで、彼のにやけた笑みは消えてなくなり、無表情に変わる。そんな彼を見て、3人が3人とも怪訝そうな顔をして首をかしげる。

 

 

「おい、どうしt・・・」

 

「匂うぜ」

 

「は?」

 

 

突然の意味不明な一言に、戦闘中にもかかわらずらしくない声を上げるレミリア。次から次へと一体何でこう面倒なことが、と内心でレミリアが舌打ちをした瞬間だった。

 

 

「「「ッ!?」」」

 

 

ドカンと、何かが爆発するような音と共に弾ける空気。レミリア、咲夜、美鈴の3人は反射的に揃いも揃って大きく後方に下がる。3人がいきなりそんな行動に出た理由は、今その場に立ち尽くして固まっているヴィルヘルムから放たれた今まで以上に禍々しく、荒々しい鬼気が発せられたせいだった。

 

 

一方で、それを感じさせたヴィルヘルムはというと、最早その3人の事など頭の中からすっぽり消え去っていた。その代わりに頭の中を占めるのは、圧倒的なまでの憎悪。

 

 

そして憎悪が込められたその視線は、真っ直ぐと突如外壁を打ち砕いて現れたレミリアの妹、フランドール・スカーレットに向けられていた。

 

 

やがて、そんな視線を向けられていることに気付いたのか、フランもヴィルヘルムに視線を投げた。ただし、その瞳は狂ったように焦点がぶれ続け、白目の部分が真っ赤に充血していて、見るからに興奮状態であることが分かる。

 

 

「ァアア、ズルイ、ズルイヨオネエサマ。オネエサマバッカリオソトデアソンデ・・・ゥウウウウ」

 

 

言葉と共に吐かれる息は、それすらも狂気を宿しているのだとわかる程だった。そんな彼女の今の状態は、姉であるレミリアでさえ嫌なものを感じえない状態だ。

 

 

だが、彼女はそれでも動かなかった。否、動くことを躊躇していた。何故なら、そのフラン以上に狂気の念を宿している吸血鬼が、彼女のほんの15メートル程手前に鬼気と共に立っているからだ。

 

 

とはいえ、いつまでもそうして立ち止まっているわけにもいかない。レミリアは今の妹の状態を放っておけるほど、薄情ではなかった。ハッと気を持ち直すと、そのまま真っ直ぐ妹の方に向かおうとして、ふとその違和感に気付いた。

 

 

「(何だ?さっきまでと比べて夜が深くなっている?)」

 

 

頭上を見上げ、夜の闇を目にし、ふと目を擦るレミリア。錯覚なのかとも思ったが、しかし時間の経過とともに気付く。それは断じて錯覚などではないと。何故なら、見上げた際に入ってきた月が、いつの間にか先ほどよりも円に近くなっている。

 

 

それに加え、月の色も金色から赤みを含んだ金へと今もその色と形を徐々に変えていっているのだ。これは一体と、口に出して確認しようとしたその時だ。

 

 

「やっぱ気のせいなんかじゃねぇ、匂うぜガキ。テメェの身体中からするその胸糞悪い匂い、あのクソと同じだ」

 

「な・・・にを・・・」

 

「おまけになんだよ、テメェのその目、表情、気!!どれもこれも、あの犬畜生と同じようなナリィイイしやがってテメェエエエエエ!!!」

 

 

ズドンと、ヴィルヘルムの憤怒の叫びが響き渡った途端、レミリアにしても異常だと思われる重圧と、そして発生する脱力感がその場を襲う。それは咲夜も美鈴も、そして狂化しているフランでさえ息苦しさを覚える感覚。ただし、レミリアとフランが感じたのはそれだけではなかった。

 

 

重圧や脱力感は確かにある。だがそれ以上に、自分自身の身体が強化されていくような、体調がよくなっていくような感覚を覚えていた。

 

 

「これは・・・一体・・・」

 

 

意味の分からない感覚に、盛大にその端正な顔の眉をしかめるレミリア。しかし、その答えは幾ら考えても湧いてこなかった。それも当然だ。なにせそれは、ヴィルヘルム自身の真の力による世界の上書きのルール『創造』位階が発現しようとしている予兆なのだから。

 

 

聖遺物を知らない彼女達がそれに気付けないのも無理はない。怒りのあまり無意識に漏れ出す彼の狂気が、詠唱を必要とせずに内なる世界を顕現させようとしているのだ。

 

 

彼の創造は、吸血鬼である彼の能力を時間と相手の強さと共に、徐々に徐々に強化していく能力だ。つまり、吸血鬼であればそれは誰であっても適応される。

 

 

とはいえ、ヴィルヘルム以外は強化はされるものの同時にその生命力を徐々に吸われていくのだ。レミリアとフランを襲う虚脱感は、それが原因であるといえる。

 

 

「そうだ、その目、その目だよォ。そこのテメェのその目が、気持ち悪いくらいあのクソヤロウの、あの時の目に似てやがって・・・・・・俺はそれを、その目を抉ってやりたくてなァアアアアアアアアアアア!!!」

 

 

 

爆散する地面と空気と狂気。あまりにも速すぎるヴィルヘルムの速度は、初見で不意打ちに近いものがあったこともあるだろうが、瞬間的にレミリアの超人的なまでの動体視力でさえも、刹那見失うほどの速さだった。

 

 

狂って凶暴化しているが故に、脳のリミッターが外れて本来よりも爆発的なまでの膂力を有しているフランでさえも、それは例外ではなかったろう。

 

 

しかしヴィルヘルムにはそんなものは関係ない。頭の中にあるのは、目の前の存在の排除という思考のみ。半場創造位階に入りかけた彼の能力は、音速を2桁は追い越そうかという速度。

 

 

狂った頭では動き出しが遅れ、フランはそれを回避するのは不可能だと誰もが思った。だがそこで再び、誰もが予想だにしない出来事が起こる。

 

 

「やれやれ」

 

 

直後、とてつもない轟音。その衝撃に、館の外壁にビキビキと罅が無数に入り、門の外壁をあっという間に破壊し尽くす。だがそれでも、ヴィルヘルムのその恐ろしいまでに速い一撃は、獲物を仕留めるには至っていなかった。なぜなら、

 

 

「いきなり全力を出すなどと、あなたにしては随分思慮にかけるのではありませんか?カズィクル・ベイ中尉」

 

 

普段は極限までに細めた両目を見開き、冷徹すぎる翠眼を鋭く尖らせてヴィルヘルムを見る神父、クリストフ・ローエングリーンが立ちはだかっていたのだから。

 

 

しかし真正面から攻撃を受けた彼の身体には、傷どころか汚れすら見て取れなかった。そんなフランを護るかのようにして立っている彼は、真っ直ぐベイを見て一言。

 

 

「今宵はここまでです、退きますよ。ベイ」

 

 

命令する彼の言葉には、ヴィルヘルムですら従わざるを得ない様な意味が込められているようにも感じられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




戦闘回終了です。おそらくChapter1はこれで戦闘は出ないと思われます。
さて、今回ベイ中尉無双な展開になってしまいましたが、安心してください。このままあっさり終わる様なことはありません。

なにせ、まだおぜう様は本気だしてませんし。あと、これもネタバレになっちゃうかもしれないですが、次にベイ中尉と戦う際は二対一という形になると思います。まぁ、誰と誰が組むとかはいいませんが・・・ふりじゃないですよ?

そして次回は、いよいよあの神父の名言が聞けます。Diesファンならこれだけで分かる筈。何せ、最後の演出でちょっとふりましたし。

あと今回の戦闘まで、Diesキャラが強すぎるように見えると指摘が上がる確率がありそうですが、これには理由があります。

理由については敢えてここでは言いませんが、いずれ本編で明かすつもりですので、納得がいかない方はそれを見て意見・指摘の程をお願いします。

なにせ作者、豆腐メンタルなもんで・・・


長くなりましたが今回はこれで。ではノシ

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