幻想郷異変~怒りの日~   作:厨坊

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書き溜めです。次からは当校予定日未定です。


ChapterⅠ-ⅱ 暴虐のケモノ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

漆黒よりも黒く、月明かりのみが光源となって辺りを照らす幻想的な自然の景色の中。頭上に浮かぶ月は、あと数日ほどで満月となり、それを肴に酒を飲めばそれだけで楽しめるだろう、自然の至高の景色。

 

 

月の光には魔力が宿ると昔から言い伝えられているが、それを見る限りそれも迷信ではないと思ってしまうような光景。月の光に照らされた木々は、それぞれが天に届かせようと背比べをするように高々とそびえ立っている。

 

 

その大きさを見る限り、そのどれもが樹齢数百年にも渡るだろうと素人目に見てもわかるだろう偉大さだ。人間と違い、自然に何の病に侵されることなく育てば、人の数倍から数十倍は生きるであろう樹木は、それに恥じぬ壮大さを誇っていた。

 

 

だが今宵、ここに至っては、その見るからに壮大で偉大な樹木が、まるで紙細工でできた張りぼてか、砂糖菓子でできた脆い飴細工であるかのように、1匹のケモノが蹂躙していた。

 

 

「オラァアアアアア!!しつけぇんだよ、カスがぁあああああああ!!」

 

 

男の雄叫びと共に振るわれる剛腕。それはただ真っ直ぐと突き出した腕であったが、その腕が直撃した肉体は冗談のように、薄汚い液体と臓物をまき散らして四散した。男はそれを気にした風もなく次の獲物に目を向け、そして同じようにただ愚直に突進して柔らかい肉体を潰しにかかる。

 

 

それが既に両手の指で数えることができなくなった頃、辺りは血臭と死臭の腐敗した空気に満たされていた。それを最後に生物の息吹すら感じられなくなると、男は不愉快そうに大きく舌打ちをして、足元に散らばった残骸を思い切り踏みつけた。

 

 

それと同時に、踏みつけられた残骸が白い煙を上げ数秒と経たずに灰となり風に流れて散っていく。

 

 

「チッ、見慣れないモンが飛び回ってたかと思えば、立派なのは見た目だけってか?ふざけんなよ、畜生。こっちはこんなくだらない場所に連れてこられて、これ以上ないくらい鬱憤が溜まってんだ。化け物なら化け物らしく、もっと抵抗して見せろや」

 

 

言葉に含まれている感情は、これ以上はないというくらいの憤怒。自分が狩ったもはや塵すら残っていない化け物に対して、これ以上なく悪態をつく白貌の鬼、ヴィルヘルム。

 

 

彼がこれほどまでに怒るその理由は至極単純で明快なものだった。自分をその気にさせたのだから、その代金分くらいは楽しませて見せろ。

 

 

そんな、酷く自己中心的なふざけた理由。殺された側からしてみればたまったものでもないだろうが、先に襲い掛かったのは妖怪の方なだけに、一方的というのだけは少し違うであろうが、それにしてもヴィルヘルムの怒りは理解されるものではないだろう。

 

 

何せ、普通ならば殺されかけた事に怒りを覚えるというのに、自分を楽しませられなかったなどということに怒りを覚えられても共感を得られることは皆無に等しく、冗談のような感情。

 

 

では、ふざけて言っているのだろうかと言われれば、それは断固として否と答えるであろう。何故なら、ヴィルヘルム・エーレンブルグという男は、存在からして闘争本能の塊であるからだ。

 

 

相手が誰であろうと牙を剥き、相手の喉笛目がけて喰らいつく。唯一の例外は彼が認めた至高天である黄金の獣のみ。

 

 

それ以外の者が自分の上に立つなど断じて認めぬ、ふざけるな、身の程をわきまえろ劣等と、口汚く相手を罵りながらその身を啜り抉り殺し尽くす。生まれからして他者とは一線を引いている彼が、普通に育つなど有りえぬからして、そんな自分と認めた黄金以外を蔑ろにするのは当然といえよう。

 

 

生まれてこの方、下種以外の生き方などしてこなかったが故に、これまでぶれずに最悪と暴虐の名を欲しいがままにしてきたのだ。

 

 

「チッ、どいつもこいつも雑魚ばっかじゃねぇか。冗談じゃねぇぞ、ふざけんなよメルクリウスのクソ野郎が。シュピーネの野郎が殺られて、漸く戦争っぽく盛り上がりかけてたってのをあの野郎。こんな見てくれだけのクソ詰まらねぇ劣等ばっかの世界に放り込みやがって。いい加減怒りで脳ミソ沸騰しそうだぜ」

 

 

ゴキゴキと、両の拳を威嚇するように鳴らし、怒りと敵意をそこら中に撒き散らしながら歩みを止めないヴィルヘルム。サングラス越しにもわかってしまう紅い光を放つ凶悪な両目は、素人ならば見ただけで息を詰まらせて死にかねない殺気を放っていた。

 

 

そのせいか、妖怪の気配は相変わらず遠くからするものの、彼が近づくたびに遠くに気配が遠ざかっていく。元々雑魚は歯牙にもかけない性格な為に、それをわざわざ追ってまでして狩り尽くそうとは思わない。

 

 

だがそれでも、今のヴィルヘルムはそんな雑魚でも憂さ晴らしに虐殺してしまおうかと、そんな風に思ってしまうほど苛ついていたのだ。元いた世界では、退屈な60年がようやく終わり、これから楽しい花火を打ち上げるという時にこの仕打ちだ。

 

 

元来沸点が低い為に怒り狂い、その怒りを撒き散らす相手ぐらいは用意しろと、今もどこかで見ているであろう水銀に向けて、所構わず殺気を投げつける。

 

 

届かぬとはわかってはいても、何もせずにはいられない。いつまでも好き勝手操っているつもりでいるな、俺が従うのは黄金の獣のみだお前じゃないと、彼以外の者にとっては理不尽な怒りをどれほど巻き続けただろうか。

 

 

生物の気配がほとんどなくなり、虫の羽音さえ聞こえなくなりヴィルヘルムの鳴らす軍靴の足音のみとなり10分が経過した頃だろうか。

 

 

急に視界が開けて、目の前に現れた毒々しい程に赤い、というより紅い洋館が姿を見せた。常人なら趣味の悪く目に痛い色彩と嘆くものを、ヴィルヘルムは口角を上げてカハッと笑みをこぼした。

 

 

「何だよ、今時分随分いい趣味した建物じゃねぇか。鮮血でもぶちまけた様な紅い屋敷たぁ、俺と随分趣味が合いそうな持ち主だ。一目会って、世辞の一つでもいいたくなりそうだぜ」

 

 

一人呟いて、先ほどまでの機嫌の悪さが嘘のように笑みを浮かべるヴィルヘルム。彼の言う世辞と言うのが、文字通り言葉通りのものであるかどうかは言うまでもないだろう。

 

 

しかし、彼がこんなに狂喜の念を浮かべているのは、自分と趣味が合うような存在を見つけたからではない。強いて言うのであれば、それは獣の嗅覚というべきか。

 

 

自身を人間ではなく、吸血鬼と名乗る獣の嗅覚が、この館にいる存在の強さを嗅ぎ分けるとと同時に、予感めいた勘が彼の脳裏に閃いていた。このような色を好んだ存在は、彼が思う限り一つしかいない。

 

 

同族の自分が思うのだから間違いないと、彼にしては丁寧に正門まで回り込むことにした。そんな風にさせられるほど、今のヴィルヘルム・エーレンブルグは機嫌がよくなっていた。

 

 

それこそ、ドイツ軍の軍歌でも歌いだしても構わないと思うほど高揚し、興奮していた。それを証明するように、彼が歩くたびに夜の闇に静かに響き渡る軍靴の足音も楽しそうに、踊っているように聞こえてくる。

 

 

やがて、彼の足がピタッと止まりその鬼火のように燃えたぎっていた瞳が、スッと正門を見据えた。門との距離はあと10メートルもなく、人外の運動能力を持つヴィルヘルムなら一瞬で詰められる位置にいた。

 

 

しかし彼はその足を止めた。否、止められた。普段であれば嫌そうな顔をする所だが、今回ばかりはそのような表情を表に出さなかった。代わりに浮かべているのは、子供のように無邪気で純粋な笑顔でありながら、想像するだけで背中を走る悍ましさ。

 

 

その瞳に見詰められれば、サングラス越しにも拘わらず戦闘のプロでさえ発狂しかねないであろう恐ろしさ。しかし、彼の悍ましい視線を受けてなお微動だにせず、きっちりと背を正して門の前に立ちふさがっている人影は人間なのか?

 

 

答えは否。そのような視線を受けて尚、顔色一つ変えない存在を人間などと認めていいはずがない。姿形は確かに人間。見目麗しいと表現しても遜色ない美顔に、性別を象徴するかのようにスラリと細い体型ながら抜群のプロポーション。

 

 

しかし、その肉体は見るものが見れば、具大的な年月はわからないものの、長い時間を鍛錬に費やしたであろう雰囲気を纏っていた。そしてその少女の敵意の宿った眼光は、まっすぐと白貌の男に向けられていた。

 

 

「カハッ」

 

 

それを感じて最早耐え切れぬとばかりに、笑い声を漏らすヴィルヘルム。心の内で石炭が暑すぎる炎によって加熱され、爆発し、エネルギーへと変えていく。彼は今すぐにでも腹を抱えて爆笑したい気持ちを必死で抑え、あまりの興奮に呂律が回らなくなりそうな舌を必死に制御して言葉を吐いた。

 

 

「よぉ、いい夜だなガキ」

 

 

吐き出されたのは、そんな短い一言。ヴィルヘルムは目の前の少女を見た目通りの年齢で捉えていない。もしかすると自分以上に、長く生きているかもしれないと思って、いや、確信している。

 

 

しかし、それでも彼は目の前の少女をガキと呼んだ。それは何故か?答えは一つである。たとえ長い年月を生きていたとしても、自分の欲求のために奪い殺し吸い尽くしてきた自分の方が、戦場に身に置いた年月が長く、経験も上だと判断したのだ。

 

 

何より、たかだか長い年月を生きた程度でヴィルヘルム・エーレンブルグという男が、自分より上だと認める筈がない。何故なら、彼が唯一負けを認め膝を屈したのは過去現在未来を通してただ1人と決めている。

 

 

それ以外の至高天など彼は認めることはないし認めていいはずもない。何故なら彼は、黄金の獣の誇り高き爪牙であり鬣の1本なのだから。故に、ヴィルヘルムがこれからとる行動がただ一つに決まっていた。

 

 

「悪ィがちょいとそこを退いてくれねぇか?俺はそこに用があるんでよォ」

 

「そう言われて素直に退くと思いますか?私はこの館、紅魔館の門番です。見ず知らずの者に退けと言われて退く門番など、いるとは思いませんが」

 

「カハッ、まぁそうだな。確かに門番が素直に退いちゃぁマズイわな」

 

「ご理解いただけたようで何よりです」

 

 

ニコッと笑って美少女が言葉を切る。ヴィルヘルムも釣られるように凶悪な笑みを浮かべ、体を弛緩させた。それを見て、少女の眼がキッと細まり、スッと音もなく両腕を構えた。

 

 

その反応と判断に、ヴィルヘルムは口角を上げて牙を見せる。言われずともわかる少女の反応が好ましい。下手な口上で無粋な真似をされることもなく、スムーズに事が進行するのが喜ばしかった。

 

 

「名乗れやガキ。これから俺が何するか、もうわかってんだろうが。それとも、戦の作法も知らねぇか?」

 

「そういうあなたこそ、名乗ったらどうです?訪ねてきたのに名前も言わずに用件だけ申し付けるなんて、不作法だとは思いませんか?」

 

「ククッ、アハハッ、クッハッハッハッハッハ。いや、参ったね。そりゃすまなかったよ。先に言っておいて、俺の方が作法がなってなくて悪かった」

 

「全くですね」

 

 

少女もヴィルヘルムの軽口に、口角を上げて笑みを見せた。少しばかり張りつめた空気の中に、緩んだ空気が漂った。しかしそんな状況が長く続くはずもなく、その均衡はすぐに破れることとなる。

 

 

「聖槍十三騎士団黒円卓第4位ヴィルヘルム・エーレンブルグ=カズィクル・ベイだ」

 

「紅魔館門番紅美鈴」

 

 

開戦の合図は名乗り終えた直後となった。全く同時のタイミングで両者はその場を駆け、そして激突した。




どうでしたでしょうか?口調に違和感があれば指摘してもらえると幸いです。
次は別の視点に移ります。我らが主人公の〇炭ですww

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