幻想郷異変~怒りの日~   作:厨坊

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連続投稿です。と言っても書き溜めていた分ですが・・・


ChapterⅠ-ⅰ 躍動する者達

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐぉおおおおおおおお!?ッ、一体何が起きやがった」

 

 

ズドンと、重く地面をへこませるような衝撃と共に、そこに1人の男が降り立った。男は忌々しそうな表情と困惑を混ぜ込んだ表情をしつつも、直ぐに何が起きたのか推測をたてることにした。

 

 

が、深く悩む必要性は特になかった。何故なら、このような状況に陥るのも起こす者の存在にも、これ以上ないくらい心当たりがあったからだ。

 

 

それに至ったのと同時に、男の心中はこれ以上ないくらいの負の感情に満たされた。自らの心中に溜まった鬱憤を晴らすかのように、ペッと唾を吐き捨てて異常な程尖った犬歯をむき出しにする。

 

 

そんな男の表情は、荒事に慣れたプロでも一線を引かざるを得ないであろうというほど、恐ろしく畏怖を抱かせるものだった。

 

 

身体はそれほど大男というような体躯ではない。しかし、まるでバレーダンサーのように均整がとれているものの、無駄という無駄が見られない筋肉質の体躯は、見る者が見ればその道のプロと一目で気付くだろう。

 

 

何より、男が身に纏っている服装がそれを象徴していた。複雑な星形のような図柄の記された腕章に、SSという文字の部隊証。

 

 

それは嘗て、第一次大戦言うところのWW1で恐れられることとなったヒトラー率いるナチス軍の証。しかも、SS部隊といえばどこの所属化は明白だ。だが、それ以上に男を畏怖するものはその顔にあった。

 

 

色素が完全に抜け落ちている真っ白な髪に血のように紅い瞳。特にその瞳は、飢えた獣がする目と比べても遜色ない。

 

 

「チッ!!クソがっ!!メルクリウスの野郎、今度は一体なぁに考えてやがる!!いきなり説明もなしに、意味不明なことやらかしやがって。マレウスやクリストフの野郎の気配も近くに感じねぇ。完全に孤立したってことか?」

 

 

口で悪態をつきながら、男は状況を考察する。理由はわからないもの、事の黒幕は把握している。状況は理解できず、同じ組織のメンバーも近くにいない。普通に考えれば、彼の置かれた状況は最悪の一言につき、また状況の打破も見込めるような状態ではない。だが、それは普通の人間であればの話であった。

 

 

その男、ヴィルヘルム・エーレンブルグという存在は、人間という範疇に収まることがない怪物、バケモノである。自身を吸血鬼と自称し、自分以外のものを略取し搾取する。その様は、まさに吸血鬼といっても過言ではない。

 

 

なにより、彼自身生来の体質上日の光を好まず夜の世界を好んで行動する節がある。そんな彼の常軌を逸した性質と徹底したその生き方は、まさに人外と称するに相応しいものであった。

 

 

「ま、とにかくだ。命令がないってことは、それまでは好き勝手にやっていいって解釈をしていいってことだよな?なんだかよくわからねぇが、うっすらとではあるがあの人の気配みたいなもんは感じる。だったらやることは一つしかねぇよな。カッハッハ、ククッ、フハッ、カッハッハッハッハッハ」

 

 

突如、狂ったように腹を抱え哄笑する吸血鬼。その哄笑に恐れ慄くように、静かだった森から慌ただしく羽音を立てて飛び去る夜鳥達。

 

 

それを見ることもなく、ただただ狂った笑声を上げ続けたケモノは、ただ一人、夜の闇にまぎれて行動を開始する。何故なら今は夜。彼の行動時間なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アイタタタ、まったくもう。一体全体何なのかしら?」

 

 

白貌の鬼が降り立ったのとほぼ同時刻、場所は異なるが彼と同じ組織に所属する者たちは、例外なく同じ世界に降り立っていた。しかし、彼らが降り立った場所はそれぞれが異なっていたのだ。いや、勿論全員が全員違う場所に降り立ったというわけではないのかもしれない。

 

 

それでも、その森には美少女と呼称してもよい外見をもつ彼女しかいなかった。

 

 

「まぁ?深く考えなくても、こんなことする奴って言ったらメルクリウスの奴くらいしか思いつかないけど、それにしたって毎度毎度説明も何もなしって。どうしてこっちの都合を考えてくれないのかしらね」

 

 

外見に違わず可愛らしく悪態をつきながら、いじけた様に頬を膨らませ地面を小突く少女。しかし、その外見とは真逆に内面の方は白貌の鬼と比べても勝るとも劣らず、濁り汚れ暗いものを宿していた。

 

 

それも当然である。彼女もヴィルヘルムと同じ組織に属する、1人を除けば最も長く生き続けている魔女なのだから。

 

 

その魔女、ルサルカ・シュベーゲリンという少女の本質は、まさに魔女と呼ぶに相応しいものだ。なにせ、拷問を趣味としていたいけな少年少女から、年齢に関係なく甚振ることに喜びを覚えるサディスト。人間など、自分の欲を満たすための餌としか考えていないような悪女。

 

 

ヴィルヘルムからも称賛されるその趣味は、それはバケモノの趣味としてという前置きが付き、普通の人間からすればただの度し難いバケモノとしかならない。

 

 

幾ら戦争経験者とはいえ、平和な世の中でもその力を発揮させる彼女は、一般人からすれば脅威の塊である。勿論、彼女だけが脅威というわけではないのだが、弱者をこれ以上なく辱めて殺すということを考えれば、他のメンバーよりも残虐性は高いのだろう。

 

 

他のメンバーは、ヴィルヘルムにせよ誰にせよ、基本的に弱者をいたぶるような性格をしているのは極少数で、それ以外はアッサリと命を刈り取るものがほとんどなのだから。

 

 

「さてと。とりあえずどうしよっかな。ベイやクリストフ、バビロンにレオンの気配は近くには感じないし。もしかして、全員が全員別の場所に飛ばされたとかなのかしら??まぁ、心配なんてするような連中でもないしね。とりあえずは、クリストフと合流するべきなのかしら」

 

 

考えを口に出しながら、唄うように言葉を紡ぐ魔女。その言葉には、妖しげな魅力のようなものが付加されているかのように、甘く優しげで誘うような音色を放っていた。そして、その魔女の言葉に吸い寄せられるようにして、人ならざる気配が数体ほど音を立てて近寄ってきた。

 

 

それを最初から感知していた魔女は口の端を釣り上げると、猫のような愛嬌を持った表情を浮かべて気配の方に体ごと振り向いた。

 

 

「さてさて、どうやらお客様が来ちゃったみたいだし、これは私からもおもてなしをしなきゃだめかなぁ?まぁ、でも構わないかしらね。何か人間の気配じゃないし、動物ってわけでもなさそうだし。一体どんな生物が見れるのかしら」

 

 

魔女は言外に、気配の正体は自分たちと同じような人外だと語っていた。そしてそれは正しい。何故なら、次の瞬間現れたのは、何とも形容しがたく醜い生物。東洋であれば妖怪、西洋であればモンスターやクリーチャーなどと呼称されるような存在だったからだ。

 

 

常人であれば、そんなものは見た瞬間に腰を抜かし、逃亡もできずに喰われて終わっていたことだろう。ただし、それは常人に限る。魔術の粋を極め、200年を超える年月を生きてきた魔女に対して常人という言葉など当て嵌まるわけもない。

 

 

魔女がしたことといえば、妖怪の姿を見た瞬間にわざとらしく可愛らしい悲鳴を上げ、それから腹を抱えて笑う。ただそれだけの事だった。そんな彼女を前にして、常時であれば人間を圧倒する妖怪たちが感じたのはただ一つ。

 

 

今目の前にいる存在は、規格外のバケモノであるという紛れもない恐怖の念だった。ここは魔法の森と呼ばれる森だ。強力な妖怪が住処とし、夜は朝や昼とは比べ物にならないほど脅威を増す魔の森。

 

 

空気でさえとてつもない魔素を含み、通常の人間であれば気にあてられる。そんな場所では、特別な人間でもない限り、満足に呼吸もすることさえ敵わず、ましてや戦闘などもってのほか。

 

 

いつもなら、出会った瞬間に喰い殺して終わりのパターン。しかしそのパターンは、今をもって全く逆の構図へと変わってしまっていた。つまり、魔女が捕食者で、妖怪が獲物。

 

 

「ふ~ん、なんか面白い姿をしてるわね。こういうのなんて言うんだっけ?クリーチャーだったか、モンスターだったか。ま、どっちにしてもいいかなぁ。どうせ何であろうと、ヤル事は変わらないんだし」

 

 

またしても可愛らしい笑声を上げる魔女。しかし、事ここに至ってもその笑声を額面通りに受け取る存在などいなかった。笑声に含まれた発狂しそうなほどに、心を恐怖で揺さぶる甘い声。その声に囚われた瞬間に、妖怪達の命運は既に決まっていたのだ。

 

 

 

そして彼女もいつも通りに、手順を間違えず事に取り掛かる。違うことといえば、脳内を駆け巡る残虐な構想そのもの。人間であれば耐えられないような苦痛も、化け物ならば耐えられるだろうと期待する。

 

 

常であればそんなことを考えるわけでもないのに、そんなことを考える理由はただ一つ。魔女なりに怒りを覚えていたからだ。

 

 

妖怪達は運がなかった。その後、魔女の狂った笑声が不気味なほどに静かに森に響き渡り、同時に形容しがたい悲鳴が木霊した。そしてそれは、魔女が満足するまで止むことはなく、妖怪達はその命が尽きるまで苦痛の念に苛まれることとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ・・・はぁ・・・こ、こは、一体?」

 

 

苦しげな重い息を吐き、痛む頭を右手で抑えつつ重い瞼をゆっくりと上げて黒髪の少女は立ち上がった。ゆっくりと辺りを見回してみると、そこは薄暗い森の中だった。見覚えのない風景に、困惑の表情を浮かべて一歩踏み出したその時だった。

 

 

「漸く起きたようですね、レオンハルト」

 

「ッ!?」

 

 

突如、背後から発せられた声に驚愕して振り返る少女。少女の視界に入ってきたのは、カソックに身を包み首に十字架を架けた金髪の青年。

 

 

服装からわかるように、神父である。だが、彼女にとってその存在は、神父という役割など関係なく首を垂れる存在であった。黒髪の少女、櫻井螢とルサルカとヴィルヘルム、そしてその他10名が属する組織聖槍十三騎士団黒円卓の首領代行。

 

 

聖餐杯と称される青年、クリストフ・ローエングリンは首領がいない今は現団員で事実上のトップと言っても差支えのない存在だ。加えて、幼少のころから神父にあらゆることを教わった彼女にとっては、他の団員よりも強い意味を持っている。そんなこともあるからだろうか。少女は困惑の色を載せた瞳で神父を見て問う。

 

 

「猊下、これは一体」

 

「さて、私にも何がどうなっているやらといったところですよ。あなたが気絶していたのは数分ですし、そんな僅かな時間で解決するような問題でもありませんしね。まぁ、誰の仕業かと言うのならばわからないでもないですが」

 

「・・・副首領閣下、ですか?」

 

「ええ、一体どんな御業を使われたのか、私には想像もできませんがね。ですが、気が付いた時には別の場所にいたなどと、そんな途方もないことができるのはあの方を除いて存在しないでしょう。尤も、その目的についてまでは私にもわかりかねますがね」

 

 

神父はそう言って、苦笑いを浮かべる。櫻井はその物言いから、よほど奇人だと思われているのだと副首領について認識を改めた。彼女自身は、黒円卓に属したのがここ最近だったために、副首領と呼ばれる人物に会ったことがなかった。

 

 

話題についても殆ど上がらず、ただ全員が全員一貫しているのが副首領、カール・クラフトを疎ましく思っているということだった。何故そんな風に疎まれているのかというと、理由は単純だった。櫻井を除く騎士団の全員は、彼に出会い聖遺物を授かった時に呪いをかけられたのだ。

 

 

それは人それぞれ違うものであるが、どれも一貫して言えるのが本人にとって最も最悪なものだということ。絶対的な力の生みの親でありながら、それと引き換えと言わんばかりに絶対的な呪いを一方的に言い当てられた。

 

 

それからというもの、呪いをかけられた者たちはその牢獄(ゲットー)の脱却を試みたのだが、誰一人として未だそれをなしえた者はいなかった。その理由も当然といえば当然なのだが、それについては未だ誰一人として知らない事実だ。

 

 

「それにしても・・・ここは一体何処なのでしょうか?猊下は私が気絶している間に何か手がかりを得たのですか?」

 

「いやいや、流石にそれは無理ですよ。時間はわからないものの、空を見れば深夜ということぐらいはわかりましたがね。わかったことといえば、何やら不穏な気配を感じるということと、あくまで勘ですが、我々全員が副首領閣下の用意した舞台に招待されたということですかね」

 

「ベイやマレウスの気配を感知したのですか?」

 

「それは無理でしたが、なんとなくですよ。それに、そのようなことは数日もたてば判明するでしょう。マレウスはともかくとして、ベイ中尉はこのような状況に陥った場合大人しくしているとも思えない。直ぐに何らかのアクションを起こすでしょう。となれば、その場所に赴けば済むことです」

 

「なるほど。確かに、奴が大人しくしているとは考えにくいですね」

 

 

櫻井はチラリと脳裏をかすめた白貌の男の顔に、眉を潜めて頷いた。神父はそんな櫻井を見て大きく頷くと、これからの行動方針を頭の中で考察する。元来、彼は黒円卓では戦闘系ではなく参謀系として皆を束ねる立場にある。であれば、これからの事を考えるのは彼にとっては当然といえることであった。

 

 

予測外の事態と言わざるを得ないが、この程度で狼狽える様であれば魔物の巣窟である黒円卓を仕切ることなどできていない。戦闘が得意でなくとも、これまで一癖も二癖もある連中を束ねてきたその実績と技量は、新参の櫻井から見ても疑いようがなかった。

 

 

やがて考えがまとまったのか、今までは細く閉じられたいた瞼がスッと見開かれ、冷酷な光を宿した翠眼が闇を切り裂いた。

 

 

「ではまず、私たちは情報収集をしつつ、他の団員との集結を目指しましょうか。リザは頭がキレる。私が何も言わなくとも、すぐに今なすべき事を考えて行動を起こすでしょう。となれば、操縦者が必要なトバルカインはおそらく彼女と一緒にいる筈。

 

 

もしかすると、ゾーネンキントも一緒にいるかもしれません。ベイ中尉については、先ほども話した通り。後はマレウスですが、彼女も頭がキレる。リザと同じように、いずれ向こうから接触を図ってくるでしょう。

 

レオンハルト、あなたは私と一緒に来てもらいます。必要があれば指示を出しますが、何分我々も現在土地勘には疎い。想定外の事態がないとも言い切れない以上、我々が別れて行動してしまっては不都合が出た場合どうしようもできなくなる」

 

 

「わかりました。では、一先ずはどうしますか?」

 

 

「とりあえずは、この森を抜けましょうか。何れ舗装された道に出るかもしれません。そうなれば、人の住む町なども目に入ってくるでしょう」

 

 

神父はそう言って、見開いていた眼をスッと閉じた。次の瞬間には、胡散臭い笑顔が顔に張り付いていて、それを見るだけでは彼の本質など中々見抜けるものではないだろう。櫻井は内心で感心しつつ、目の前をそれ以上何も言うことなく歩き出した神父の後姿を追って、自身も足を動かした。




第1話です。次はちょっとした戦闘のやりとりを入れる予定です。沸点の低い好戦的な彼です・・・

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