「霊夢、あなたなら気付いているとは思うけど、今日の深夜に紅魔館に襲撃があったわ」
「例のとんでもない気配の現れた頃かしら?」
「いいえ、襲撃を受けたのはそれよりもう少し前。尤も、重要なのはあなたの言うとんでもない気配が言っていた事なんだけど」
「聞かせてもらうわ」
霊夢が珍しく真面目な表情をして言うと、レミリアもキリッと表情を引き締める。それから、直に感じたとてつもない気配を思い出して震えそうになる身体を、自身の両腕で抑えつけると同じく震えそうな唇を引き締めて事情を説明する。
「今回の事態、恐らくは異変と言うには過ぎた事件だと思うわ。連中、何を目的にしているのかはわからないけど、間違いなく私たちを殺しに来てたから」
「そりゃまた、随分おっかないわね?成程、外来人なだけにスペルカードルールなんてお構いなしって訳ね?」
「ええ、まぁ。あなたもあの場にいればわかっただろうけど、今回ばかりは洒落や冗談が通じる連中とも思えない。初めから本気で掛からなければ、一方的に殺されるだけよ?そこの貴方、蓮って言ったわよね?あなたなら何か知ってるんでしょ?」
いきなり矛先を向けられた蓮は、しかし驚くことはなくああと、短く頷いて肯定を示す。続いてそれを説明しろとレミリアが言うと、それにも頷いて彼は黒円卓の連中について語りだす。
「あいつらは俺と同じ世界からやってきた連中で、人間じゃない。俺も連中をそれほど詳しく知ってるってわけじゃないけど、それでも常識やモラルなんてのが通じない連中ってのは言える。
レミリアがその中の誰と会って、戦ったのかは知らないが生きてるってだけでも凄い事だぞ?俺なんか、初めて会ったときは訳も分からず殺されかけたしな。一体誰と殺り合ったんだよ?」
「私が直接殺し合ったのは、白髪の吸血鬼だよ。名前は確か・・・」
「ヴィルヘルム。あいつと戦ったのか」
「その表情から察するに、お前と因縁のある相手っぽいな?」
「ああ、俺が戦った・・・ってか、一方的にボコボコにされたのがそいつだよ。人間?の時だったからって言い訳したか無いけど、それが事実だからな」
苦い思い出、というには近すぎる実体験に蓮は嫌そうな表情をする。実際、半分死にかけてやっとこさ傷が治ったばかりの時に出くわし、再び半殺しにされかけた相手だ。
あの時はヴィルヘルムの仲間のルサルカに、妙な魔術で治療して貰ったからいいものの、そうでなければ未だに病院のベッドの上であったことは想像に難くない。
「で、いたのはヴィルヘルムだけなのか?あいつも大概だと思うが、俺が感じた威圧感はあいつの比じゃなかったと思うんだが」
「そこはお前の察している通りだよ。後から出てきたのは正直格が違った。それこそ、私達全員で掛かっても絶対に敵わないと悟ってしまうぐらいにな。何せまともに対峙するどころか、存在のプレッシャーだけで地面に這いつくばったまま喋ることさえままならなかった。正直な話、生きた心地がしなかったよ。アレは私達とは、根本から違った存在だとしかいいようがないな。
名前は・・・なんていったっけ?咲夜は覚えてる?」
「はい。というか、私も元の世界で名前くらいは知っている過去の有名人でしたし。ラインハルト・トリスタン・オイゲン・ハイドリヒ、外の世界での世界大戦と言われている戦争の中でも、かなり高い地位にあり首切り人として名高い人間・・・というのが、私の知る彼の認識でしたが」
「冗談は言わないで欲しいね、アレが人間なんて低俗な存在であるものか」
レミリアが咲夜の話に舌打ちをして不機嫌を露わにする。存在の圧力だけで天を割り、視線を向けただけで魂を灰にし兼ねない存在を人間という枠に収めていいわけがない。レミリアの直感でなくても、ラインハルト・ハイドリヒという男と対峙した者であればそれくらいは分かるものだ。
そしてレミリアと咲夜の話を聞いた蓮はと言うと、その人物と直接の認識があるわけではないものの、その男の存在については自分が殺した男の口から簡単に聞いていたのを思い出す。シュピーネという、まるで蜘蛛を体現したような男が恐れ、慄き、二度と会いたくないとまで言っていた人物。
元々、シュピーネと蓮が殺し合いに発展したのも、シュピーネの提案を蹴ったことから始まったのだ。印象に残らないはずもない。そして自身を吸血鬼言い、蓮が一方的に殺されかけたヴィルヘルムとも対等に戦ったというレミリアがそこまで言うのだから、蓮は今更ながらシュピーネの話は正しかったのかもしれないと思い直していた。
だからと言って、もし過去に戻れたとしてもシュピーネの提案に乗る選択肢はないし、今の選択肢を選ぶ以外もあるわけがない。
「何はともあれ、レミリアが会ったラインハルトがヴィルヘルムやその仲間の連中の総大将で、そいつを倒さなきゃいけないってのは変わらないしな」
「正気か?貴様程度の存在で、アレにどうこう出来るとは思えないが。私が思うに、あの男は幻想郷の面子全員で挑んでも勝てるかわからない様な怪物だったぞ?」
「だからと言って放置してたら、どっちにしろこの幻想郷も無くなっちまうだろうよ?諦めちまったら可能性は0%になるが、諦めない限りどんなに低くても0%にはならないんだ。だったらやるしかないだろ?それでいいよな、霊夢」
「何もしないでやられるのは癪だしね、紫だって黙ってないだろうし。やってみなくちゃわからないでしょ?」
楽観的に聞こえるような事をいう蓮と霊夢だが、彼らは決して事を楽観的に考えているわけではない。二人とて、昨日のとんでもない威圧感を感じて危機感を抱いてもいたのだ。
正直、現状の戦力でどうこうできるか分かったものではないが、やらなければ始まらないことは確かであるし、何もせず殺されるのは彼らの本意ではない。
レミリアはそんな二人を見てため息をつきつつも、やっぱりこうなってしまったかと呆れ半分期待半分といった表情をつくる。
「まぁ、それでこそ私に勝った人間よね。いいわ、私も協力する」
「何言ってんのよ?初めから拒否しても協力させるつもりだったし、あなただってそのつもりだったでしょ?」
「ふふ、どうやらバレバレだったようですよ。レミリアお嬢様」
「うっ・・・こ、こういうのは形から入るものなのよ。というか、そこの外来人は何を笑っている!!」
「お前が面白い反応をするからだろ?吸血鬼って割には、ヴィルヘルムと違って話が通じるようだしな。少し拍子抜けしただけだよ」
蓮にまでそんなことを言われ、赤面するレミリア。そこ顔に最初に会ったような凛々しい表情はなく、正に年相応の反応である。普段彼女の口癖を知っているものであれば、間違いなくカリスマブレイクした吸血鬼と、バカにされそうな雰囲気である。そんな不当の評価を受けるレミリアであるが、せめて何か反撃をしなければと考えるが何も思いつかない。
こういう時は頼りになる従者にと、チラッと咲夜に視線を送る彼女であったが期待虚しく従者にまで微笑まれる始末。
「うーーーーー!!」
つい唸ってしまうレミリアだが、今の暗い雰囲気を飛ばしてくれた事をその場にいた一同は感謝していた。尤も、言えば調子に乗るとわかっていたのか、誰一人としてそれを言葉に出す者はいなかったが。やがて、時間も少し流れるとレミリアは落ち着きを取り戻し、小さく咳払いをして姿勢を正して座り直す。
そんな彼女の態度の変化を期に、再び空気が引き締まる。一時は緩んでしまったが、ここで完全に緩めるわけにはいかない。まだ話は終わっていないのだ。
特に、レミリアは敵の総大将の張本人から聞いた言葉をすべて伝えているわけではない。それを話し終えるまでは、少なくとも落ち着いている場合ではないのだ。
「で、レミリア。あんたはそのラインハルトとやらと会って、その目的とやらは聞いたわけ?」
「聞いたというよりは、あの男が勝手に仲間の神父に言っているだけだったがな」
「待て、神父だって?」
蓮がレミリアの言葉に驚きを示す。彼女はそんな蓮の反応に驚くが、何か心当たりがあると思ったのか、自分が会って一方的に攻撃を仕掛けた男、クリストフ・ローエングリーンとの間に起こった一部始終を蓮に伝えた。それを聞いた本人は驚きの余り固まってしまう。それも当然だろう。
何せ、蓮は元いた世界で彼と面識があるのだから。しかも、その時は彼がヴィルヘルムやルサルカの仲間なんて言うことは一切思っていなかった。おまけに、教会に住んでいるクリストフが黒円卓の連中の仲間だという事は、そこに住むシスターと学校の先輩も無関係とは考えられない。
「クソッ、そんなのってアリなのかよ」
「何よ蓮?今の話でそんなに気になることでもあったの?」
「俺にとっては・・・って、何でお前は俺の名前を普通に呼んでんだよ?」
「あんただって、さっき私の事名前で呼んだんだからいいじゃない。っていうか、今はそんなの気にしている場合じゃないでしょうが。空気読みなさいよ」
「くっ・・・何だろうな、お前に言われると物凄く腹が立つんだが」
拳をプルプロと震わせ、額に青筋を浮かばせながら言う蓮だが、確かに今はそんな事を気にしている場合ではない。こうしている今も、黒円卓の連中は何か良からぬことを企み、実行に移すかもしれないのだ。
基本的に黒円卓の連中が行動するのは夜だが、この幻想郷でも同じように動くかというと断言できるものでもない。
今は良くも悪くも、個人的感情に左右されている場合ではないのだから、多少の不満は抑えるべきだと蓮は必死に自分を説得した。基本的に、そこまで他人のいう事を気にしない蓮がこうまで気になるのも、やはり司狼に似ている面が強いのかもしれない。
「それにしても、ヴィルヘルムに神父さん、それにラインハルト。序盤から偉くとんでもない連中が出てきたな。まぁ、ラインハルトに関して言えば、シュピーネも言ってたスワスチカを全部開かなきゃいいんだろうが」
「ああ、そうそう。そう言えば蓮、そのスワスチカっての何なのよ?レミリアの話にも出てきてたけど」
「俺もそれについては詳しく知ってるわけじゃないから何とも言えないが、それを全部開くとラインハルトがこの世に蘇るって代物らしい。元々、ヴィルヘルム達の目的が俺がいた元の世界でそれを全部開くのを目的にしてたらしいし」
「じゃあなに?さっきのレミリアの説明に出てた家も含めて6ヵ所にあいつ等が来るってことね?」
「多分・・・な」
その解釈で間違ってないだろうと、蓮は念を押す霊夢に言っておく。レミリアと咲夜も神父の話をもう一度思い出し、蓮の言葉に同意する。
「ってことは何か?結局私達が黙ってても、向こうから神社と紅魔館には絶対に来るってことじゃない。ったく、もしも神社が倒壊でもしようもんなら、蓮が殺らなくても私が殺ってやるわ」
「いや、少しは落ち着けよ。あんまり暴れると、連中が来る前にお前の手で壊れるぞ」
「失礼ね!!自分の家でそこまで暴れる気はないわよ!!」
「だったらいいが、埃が立つから暴れるのはやめとけ」
蓮が淡々と言うと、今にも暴れだしそうだった霊夢が渋々と冷静になって座り直した。会ってまだ一日も経っていないというのに、ここまで他人と霊夢が馴れ合うのは珍しいと、そんなやり取りを傍目で見ていたレミリアと咲夜は感心する。尤も、蓮からすれば似たような悪友がいるため、扱いが慣れているからというのもあるだろうが。
「で、とりあえず現状で把握している連中は、ラインハルトを除けばヴィルヘルムと神父さんだけってことか」
「・・・あ、そういえばもう一人いたわ。黒い髪をした長髪の女。そいつは見たところ、あの白髪よりは弱そうだったけど」
「黒で長髪っていうと、櫻井か。あいつも当然来てるよな」
「何だ、一応面識あるのね」
「面識だけな。戦ったことはないから、あいつがどんな能力使うかはわからないが」
ただ蓮なりに、櫻井には香純と同じように剣士の気配とでもいうのか、兎も角同じ類の気配を感じていた。そしてそれは、実際間違っていない。しかし、現段階では蓮は櫻井と交戦したことがないため、ハッキリしたことが言えないのも確か。
故に、不確かな情報を与えるのも混乱させるだけだと判断し、蓮はその情報はハッキリするまで胸の内にしまっておくことにする。
それよりも、レミリアから齎された6ヵ所の場所をどうするかが問題だった。内2ヵ所は全く問題ない。紅魔館と博麗神社は、彼らの家同然であり疎かにすることなど有り得ない。特に、蓮が襲ってくるとしたら夜だろうと警告はしてあるし、レミリアは今日こそ朝にやってきたが、本来であれば夜に行動する吸血鬼だ。寧ろ夜の方が都合がいい。
しかし残りの4ヵ所、これが問題だった。
「情報だけ伝えて警戒させるってだけじゃ不十分かしらね?」
「連中の力がどの程度かわからない以上、危険かもしれないな。がい・・・蓮だったか?お前はどう思う?」
「・・・まぁ、俺もあんた達の力がどの程度かわからないからなんとも言えない。だから、もしダメだったら逃げ切れる力がある程度の奴じゃなかったら、そのままお陀仏だぞ?」
「・・・それもそうね。まぁ、この件に関しては私からも紫に伝えておくわ。本当はこの場に呼びたいんだけど、朝起きたら置手紙があってね。少なくとも今日中は白玉楼にいるらしいから」
「確か、そこもあいつ等がいう起点だったな」
蓮がポツリと呟いた。内心、行ってみるべきかと彼は思ったが、何故か嫌な予感を感じて口に出すのは止めた。今日に何か起きる気がすると、蓮の人外の勘が告げているような気がしたからだ。そんな彼を見て霊夢は察したのか、敢えて自分もそれ以上は何も言わなかった。
それからも暫く会議が続き、気が付けば壁についている時計が既に13時を指していた。結構朝早くから会議をしていたというのに、あっという間に過ぎた時間に驚く一同。一先ず今日はこれで解散とし、昼をその場にいる全員で食べ終えるとレミリア達も紅魔館に引き上げて行った。
万全を期すのと、本来なら活動しない時間に起きていた為に帰って寝るためだ。それを見て蓮と霊夢も、昨夜は何だかんだで遅くまで起きていたのを思い出し、休めるときに休むことにする。布団の中に潜り、目を閉じるとやがてゆったりと睡魔が蓮を襲う。そんな中で、意識が切れる直前蓮は思う。
「(来るなら来やがれってんだ)」
やっと説明回が終了です。
雷の影響と、リアルの忙しさのせいで遅れてしまいました。
次からは戦闘が混じると思います。