「これでも喰らいやがれ!」
光と共に現れた巨大な大砲。
そこからこちら目がけて射出された砲丸を、少女――エヴァンジェリン・A・k・マクダウェルは、余裕で躱す。
自分にとって大した脅威ではないそれを尻目に、エヴァンジェリンは眼下の少年たちを観察する。
まずは現在、無謀にもこちらに攻撃を仕掛けている、金髪の長い髪を後ろで一つに括った、小柄な少年。
髪と同じ金色の吊り目を、ぎらぎらと怒りに輝かせて、こちらを睨んでいる。
西洋系の顔立ちはなかなかに整っているが、今は鬼の形相で、全てが台無しだ。
もう一人の少年と同じく、頭の天辺から爪先まで血に塗れており、怪我もしているらしく時折痛みに顔を顰めている。
まあ、手加減してやる気など、さらさらないのだが。
バカの一つ覚えのように、次々と飛ばされてくる砲丸を避け続けながら、エヴァンジェリンは薄く笑った。
どうやら奴は、熱くなると冷静な判断が出来なくなる、単純バカらしい。
砲丸はどれも狙いが甘く、移動するだけで避けられてしまう。
頭を狙ったらしい一撃を難なく躱し、更にバカにしてやろうと思った、その時。
「ごめんネ」
ふいに背後から、もう一人の少年の声がした。
一目で自分を、「人ではない」と見破った、東洋系の顔立ちをした長身の少年。
項で縛った黒い長髪と、細い切れ長の目をしていた。
そういえば、先程から姿が見えなかったが…。
咄嗟に振り向くと、趣味の悪い刀を振りかぶる彼の姿があった。
刃の向きから、峰打ちを狙っているようだ。
何故、こんな上空に。
(浮遊術か? いや…)
砲丸を避け続けたせいで最初の位置から、随分移動していることに気付く。
傍には世界樹。そして、先程頭に飛んできた攻撃を、下に避けたせいで高度が下がり――
(まさか、誘導されていた…!?)
恐らく、黒髪の少年は木の幹を駆け上って、ここまで来たのだろう。
これは見たわけではないので推論だが、この位置でなくては攻撃することが出来ない理由があったのだろう。
そして、あの金髪チビはここまで自分を連れてきた。
甘い狙いの砲丸を放ち、進行方向を限定し、そして忍び寄る黒髪の少年を、気取らせぬように。
(――面白い!)
バカだ単純だとばかり思っていたが、なかなか頭が切れる。
打ち合わせ無しでここまで出来る二人の連携も、悪くない。
だが。
「惜しい、な」
ぽつりと、エヴァンジェリンの形の良い唇が、小さく呟きを漏らす。
次の瞬間。
「――がっ!?」
横から飛んできた“彼女”が、リンを蹴り飛ばした。
「リン!」
叩き落とされた少年の落下地点に、石で出来た巨大な手が現れる。
言うまでもなく、金髪チビの術だろう。
その手に受け止められた少年は、痛そうに蹴られたらしい横腹を押さえながら身を起こす。
「あー、あとちょっとだったのニ…」
軽口を叩いているが、すぐには立ち上がれない様子だった。
浮かべた笑みも、どこか苦しげである。
「畜生…。また飛んでるのが増えた」
苦々しく呟く金髪チビの視線の先には、先程の攻撃を防いだ張本人がいた。
――エヴァンジェリンの隣に浮いて。
彼女は、細身の少女であった。
自然界にはありえない、緑色の長い髪。
耳のあるべき場所には、飛行機の羽のような形状の、細長い機械。
身に纏ったメイド服の下の間接部分には、機械のような繋ぎ目があることを、エヴァンジェリンは知っている。
汚れ一つ無いローファーの靴底からは火が噴き出し、少女の身体を中空へと持ち上げている。
そして、良くできた人形のように整った顔に並ぶ、髪と同じ色の瞳には、感情の一片すらも浮かんでいない。
全体的に作り物のような少女を、エヴァンジェリンは誇らしげに紹介する。
「彼女の名は絡繰茶々丸。私の“
エヴァンジェリンの紹介に合わせ、茶々丸という名の少女は、一礼する。
その動きも、まるで機械のような、完璧すぎるものであった。
「ミニ…、なんだそりゃ」
そんな疑問の声が、耳を掠めたような気がしたが、一々答えてやる義理はない。
「茶々丸。お前はあっちの糸目の相手をしてやれ。無粋な真似はさせるなよ?」
「はい、マスター」
忠実なパートナーの平坦な声が、主人の命令に答えた。
そして次の瞬間、茶々丸は実行に移す。
「――くッ!?」
急降下して一気に間合いを詰め、遠慮無く振るわれた茶々丸の拳を、黒髪の少年は盾代わりにした剣で防いだ。
ギィン、と人体と物質の衝突ではまず起こらない音が、その場に響き渡る。
黒髪の少年は数メートル吹っ飛んだが、大したダメージもなく体勢を整えた所を見ると、後方に飛んで、落下による加速で上乗せされた強力な打撃を、上手く和らげたようだ。
「おいリン、大丈――」
咄嗟にそちらを振り向く金髪の少年に、
「貴様の相手は私だ、チビ!」
エヴァンジェリンの、容赦ない暴言が飛ぶ。
言うまでもなく、彼の意識はエヴァンジェリンへと向けられた。
般若の如き形相と共に。
「んだと、またチビって言いやがったな、このクソガキ!」
その怒りの言葉に呼応し、エヴァンジェリンの眉も釣り上がる。
「貴様こそ、ガキとはなんだ! 私はこう見えて600歳越えてるぞ! チビの上にガキの貴様に言われる筋合いはない!」
「明かな嘘吐いた上に何度も何度もチビって言いやがって…! もうマジで遠慮しねぇぞ、このクソガキ!」
二人の間に、熱く激しい火花が散る。
端から見れば子供のケンカにしか見えないのだが、当人たちにそんな自覚は毛頭無い。
数秒の睨み合いの後、――二人は、同時に叫んだ。
「「絶対泣かす!!」」
言うが早いか、両者は再び動き出す。
少女は二つのフラスコを取り出し。
少年は両手を重ね合わせて。
二人は、闘志を燃やして名乗り合った。
「私はエヴァンジェリン・A・k・マクダウェル。この名をよく心に刻み、地に這いつくばって私を侮辱した己の愚かさを呪え!」
「オレはエドワード・エルリック。オレの錬金術を身をもって味わいな、ド三流!」
それはゴングのように、静かで穏やかな夜の空気に、荒々しく響き渡った。
片や、最年少で国家錬金術師となった天才錬金術師。
片や、封印されし最強の吸血鬼。
互いを知らぬまま、二人の戦いは激しさを増していく。