魔法と錬金術の合同授業   作:志真 文

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1時間目 扉の向こう側

「ぐえっ!?」

 

 短い浮遊感の後、地面に背中から叩きつけられ、エドワードは苦痛の声を上げた。

 

 背中を打った痛みよりも、全身の傷に衝撃が響いて、少年は顔を歪めて苦しげに息を吐く。

 特に骨折した左腕と肋の痛みが酷い。

 全身の痛みが僅かに引くのを待って、エドワードは必死に首を動かして辺りを探る。

 そして目当ての人物を見つけると、とりあえず安堵の息と共に名前を呼んだ。

 

「リン。…無事か」

 

 名を呼ばれ、傍で蹲っている少年は、エドワードの声に顔を上げた。

 痛みに顔を顰めているのは、エドワードと同じ理由だろう。彼も肋骨を折っている。

 

「あア…。なんとかナ」

 

 傷に響かないように、そろりと起き上がるリンを横目に、エドワードも上体を起こす。

 改めて周囲を見回し――エドワードは、やっと自分達が見知らぬ場所にいることに気付いた。

 

「…ここ、どこだ?」

 

 ぽつり、と呟いたエドワードの視線は、傍にあった木に釘付けになった。

 

 そこにあったのは、途方もなく巨大な、一本の大樹だった。

 

 どんなことがあってもびくともしなさそうな、太く逞しい幹と、それに支えられて空を覆わんばかりに広がる枝と葉。

 その木陰の向こうに広がるのは、満天の星空。

 

「でけえ…。アメストリスに、こんな場所あったか?」

 

 こんな、樹齢何千年にもなりそうな巨大な木なら、有名な観光スポットになっていてもおかしくないはずなのに、三年以上国内を旅してきたエドワードでも、こんな場所は聞いたことすらない。

 改めて辺りを見回してみると、白い壁の建物がいくつも並んでいるのが分かった。

 街だろうか? 今は何時だか分からないが、灯りは一つも見つからない。

 エドワード達のいる場所は、恐らくは街の中心――この巨木のために作られたかのような広場の中だった。

 

「なあリン、まさかここ、シンとかじゃねえよな?」

 

 思わず砂漠を挟んだ隣国から来た少年を見遣ると、彼は難しそうな顔をして、首を横に振った。

 

「いヤ。そもそも建物の様式からしテ、俺の国じゃなイ」

 

「じゃあ…どこなんだよ、ここ」

 

 仮にアメストリス国内だとしても、どの位置にいるのかすら分からない。

 頭を抱えるエドワードに、

 

「おイ、それより大変なことになってるゾ」

 

 と、リンが眉間に皺を寄せて声をかけた。

 

「――エンヴィーがいなイ」

 

「あっ!?」

 

 慌ててあの怪物の姿、もしくは通常時の人間の姿を探すが、ここにいるのはエドワードとリンの二人だけ。

 それに気付き、エドワードの顔から血の気が引いていく。

 エンヴィー――つい先程まで死闘を繰り広げた相手であり、何かとんでもない事をやらかそうとしているらしい、『お父様』と呼ばれる謎の人物の元で暗躍する人造人間。

 そんな危険人物を、見失ってしまった。

 

「あの空間に取り残されたのカ?」

 

「いや、あの時確実に、あいつは俺達と一緒に来た。…くそっ、リン、あいつの気配はあるか!?」

 

「あいつらの気は特徴的ですぐ分かるガ…、少なくともこの辺りにはいなイ。どこか遠くにいるようダ」

 

 焦燥に駆られてリンに問うも、彼もまた焦りを滲ませた表情で、首を振る。

 

 見失ったエンヴィー。

 見たことも聞いたこともない場所。

 無人の街。

 

 思わずエドワードは、声の限りに叫んだ。

 

 

「だ――ッ! どうなってんだああああ!」

 

「おイ、もう少し静かにしろヨ。近所迷惑だロ」

 

 

「まったくだ、少しは今の時間を考えろ」

 

 

「「……ッ!?」」

 

 

 何気なく、自然に混ざった、第三者の声。

 反射的に、二人は声のした方を振り向く。

 ――そして視界に入ってきたものに、二人は固まった。

 

「やれやれ、随分と騒がしい侵入者がいたものだな?」

 

 そこにいたのは、一人の少女だった。

 歳は、大体十かそこらか。

 月の光を紡いだような、癖一つない長い金の髪。

 大きな吊り目に収まる瞳は、深海を思わせる深い青色。

 そしてあどけない容貌は気高く、世界中の芸術家たちがこぞって題材にしたがるような、神秘的な美しさに溢れていた。

 身に纏うノースリーブのミニワンピースから伸びるしなやかな白い四肢も、少女の美しさを一層引き立てていた。

 

 そんな美しい少女が、

 

 

 空中に浮いていたのだ。

 

 

「「…へ?」」

 

 間抜けな声を漏らしてしまったエドワードとリンを、誰が責められようか。

 彼らの知る空を飛ぶ手段といえば、気球くらいのものだ。

 なのに目の前の少女は、その身一つで夜空を背景に、遙かな高みからこちらを見下ろしているのだ。

 もちろん、ロープのような現実的な物なんてない。

 

 呆然と見上げるばかりの少年二人の前で、少女はまるで劇の開幕を告げる壇上の演者のように、優雅に両手を広げ、笑う。

 

 

「さあ、侵入者どもよ。捕まるついでに私の暇つぶしに付き合うがいい」

 

 その笑顔は、可憐な容姿に似つかわしくない、獰猛で好戦的なものだった。

 


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