帰宅部活動記録1945   作:長命寺桜

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空襲の五 ゆずらないよ2

――帰宅部室――

 

花梨「ここのエクレア、すっごく美味しいですー」

 

牡丹「戦時中は甘い物には中々ありつけないからな。脳内の至る所からハッピーな汁があふれ出ているぞ!」

 

桜「それにしてもクレアちゃんの差し入れはほんと助かるよ。クレアちゃんがいなかったら、私達今頃餓死してたかもね!」

 

クレア「うふふ……みなさんに喜んでいただけて嬉しいわ。夏希さんも遠慮しないでどんどん食べて!」

 

夏希「はいっ! もぐもぐもぐもぐ! くー染みるー!」

 

桜「うぐ……桜餅がのどに詰まった……助けて……!」

 

牡丹「おい桜、自殺するつもりか! よし、介錯は任せてくれッ!」

 

桜「馬鹿やろうッ! ごほごほ……」

 

クレア「そんなにガッツクからよ、桜さん」サスサス

 

桜「いやーお恥ずかしい……」

 

夏希「しっかし、食料は配給制だっていうのに、クレア先輩はこんな大量のスイーツどこから手に入れてくるんですか?」

 

 

クレア「うふふ……闇のブラック・マーケットよ」

 

 

桜「闇の……」

 

牡丹「ブラック……」

 

花梨「マーケット!?」

 

 

夏希「意味被ってるし……って、闇市ぃー!? 噂には聞いてますけど、ほんとにあるんだー!」

 

桜「戦車から戦闘機まで何でも売っているっていう、あのブラックマーケット!?」

 

夏希「いや、そっちの方じゃなくて……」

 

クレア「それも売ってるわよ?」

 

夏希「売ってるんだーッ!」

 

クレア「闇市というか、九重財閥が運営してる会員制の地下デパートがあるの。表向きは軍の補給基地ってことになってるから、会員以外は近づいただけで射殺されちゃうわ」

 

夏希「聞いてはいけない類の話を聞いてしまった……」

 

花梨「わー私もデパ地下行きたいですー」

 

夏希「その地下は物理的な意味の地下じゃないからッ!」

 

 

クレア「それなら次の休みにみんなで行きましょうか!」

 

桜「えっ……私達も行っていいの!?」

 

クレア「もちろんよ。本来は年間1万円の会費を払わなきゃならないんだけど、まあそこは私が何とかするわ」

 

花梨「わぁー! 戦前以来のショッピング、本当に楽しみですー! うれしいなー」

 

牡丹「そうだな! しかし、1万円って意外と安いんだな。1日バイトしたら払える金額じゃないか。この際私も会員になろうかな」

 

夏希「どんな超絶高時給のバイトだよッ! 1万円と言えば総理大臣の年収に匹敵する超大金ですよッ!」

 

桜「そうなの? 私、正月にお年玉でお婆ちゃんから3万円貰ったけど?」

 

夏希「あんたもガチのお嬢様かよーッ! ってか物価考えてください……今は昭和20年なんですからー!」 

 

クレア「物価って何かしら? 私、正直お金の価値ってよく分からないのよね……」

 

夏希「あんたの場合、何時代でも一緒だよッ!!」

 

花梨「えっ……えー! どうしよー! 私、お小遣い5000円しか残ってません……」

 

夏希「5000円も半端じゃない大金だよッ! 何これ!? いつの間に帰宅部は社交クラブになってたの!? もしやこの中で庶民は私だけーッ!?」

 

クレア(レイプ目)「夏希さん、困ったらいつでも私を頼ってくれていいのよ。妹にしてあげるから」

 

夏希「ひっ……! せ、せっかくのお誘いですが、丁重にお断りりさせていただきますッ!!」

 

クレア(レイプ目)「あら残念」

 

桜「ともかく! 週末はみんなでブラック・マーケットにお買い物に行くことに決定しました! 異論は認めません!」

 

夏希「いや……異論はないですけど……わ、私も買い物は嫌いじゃないですし……」

 

クレア「夏希さんのために、新しいぬいぐるみを仕入れさせておくわ」

 

夏希「ぬぅううううう!? マジですかクレア先輩!」

 

桜「お? 素直になったな夏希ちゃん! うりうりー」

 

夏希「ちっ……違がっ……!」

 

クレア【可愛い】・牡丹【可愛い】

 

夏希「やめてー!」

 

 

――

あざらし「週末だー」

――

 

――都内某所――

 

クレア「ここが闇市よ」

 

桜・夏希・牡丹「ぉおおおおおおお!!」

 

牡丹「こ……これが黒の市場! 予想以上だ……この私に膝をつかせるとは……!」

 

夏希「って……ここ、どうみても三○アウトレット・パークなんですけどー!」

 

クレア「何を言ってらっしゃるの夏希さん。ここは九重プレミアム・アウトレット荻窪よ」

 

夏希「荻窪にこんな土地あるかー!」

 

桜「天皇陛下ッ! 夏希ちゃん、白いお米が山ほど売ってるよッ……!」

 

夏希「そんな『ジーザス・クライスト!』みたいなノリで天皇を呼ばないでください。日本人には9割方伝わりませんから!」

 

桜「じゃー、オー・マイ・エンペラー!」

 

夏希「同じだよッ! てゆーか敵性言語使わないでください!」

 

 

花梨「わぁぁーまるでマルティール通りみたいですー」

 

夏希「えっ……何それ……?」

 

クレア「別名『スイーツ通り』とも呼ばれるパリの美食通りね」

 

夏希「パリは去年から敵国だよッ!」

 

花梨「たとえ敵だとしても、女の子にとってパリは永遠の憧れなんだよっ!」

 

夏希「あんた何時代の日本人だよ! 古いのか新しいのか分からないよ!」

 

 

桜「さぁー、お買い物の時間だー! なんか8月くらいに戦争が終わってそこからもっと食料不足になりそうな気がするから、来年の秋まで生きられるお米を買い込むぞー」

 

夏希「まるで未来を知ってるような展望ですね……」

 

牡丹「私は真空管をストックしておくよ。9月以降にラジオの修理で大儲けできそうな気がするんだ」

 

夏希「だから何でそんな具体的なんだよー!」

 

花梨「万が一ってこともありますから、私は安定ヨウ素剤を購入します!」

 

夏希「それ用途1つしかないよねー! あんたら強くてニューゲームかよッ!! 絶対何が起きるか知ってるだろー!」

 

桜「そういう夏希ちゃんだって、一体何年分の缶詰買うつもり? 無人島でサバイバルでもするの?」

 

夏希「ぎくっ……わ、私も8月にいろいろあるかなーって気がしてきたんですよね。あはは……」

 

桜「あれ? 夏希ちゃん庶民だーとか言ってたけど、なんだかんだ言って分厚いお財布持ってるじゃん!」

 

夏希「いやぁ……なんか口座残高みたら意外と入ってたんですよね……10万円くらい……」

 

桜「現代っ子め!」

 

夏希「これが現代っ子なの!?」

 

 

――

あざらし「あざらしもショッピング中」

――

 

 

クレア「ショッピングの後はカフェで一服するのがパリジェンヌよねー」

 

夏希「パリジェンヌって……」

 

花梨「うわー! この店のエクレアだったんですねー。美味しいー」

 

桜「こ……コーヒーなんて初めて飲んだっ……! なにこれうまっ! ガチで美味いんだけど!」

 

夏希「今さら庶民かッ!」

 

桜「夏希ちゃん! コーヒー豆の輸入は1938年から制限が始まって、1941年には全面禁輸されてるんだよ!」

 

夏希「それは知りませんでした……」

 

 

クレア「これ、実はジャワから駆逐艦を使って密輸したコピ・ルアクなのよ」

 

夏希「何やってるんですか帝国海軍ッ!」

 

牡丹「おお! これが世界で最も高価と言われているあのコピ・ルアクか! 確か猫のう○こから作られるんだよなー」

 

 

桜「ブゥゥゥーッ!」

 

 

花梨「えっ……コーヒーって猫ちゃんのう○ちなんですか! どうしよ……わ、私もう全部飲んじゃいましたよッ!!」

 

 

夏希「牡丹先輩、プロセス省きすぎですからッ!! ルアック・コーヒーってのは、ジャコウネコが食べた未消化のコーヒー豆を、きちんと洗ってから乾燥させて焙煎したものですッ! う○こじゃありませんから!」

 

桜「そ……そうなんだ……」

 

花梨「で……でもう○こを使ってるの!? あわわわわわ……」

 

夏希「いや、使ってないから!」

 

クレア「花梨さん、ごめんなさい! 良かれと思って出したんだけど花梨さんを悲しませてしまったわ! こ……こうなってしまった以上、お腹を切ってお詫びするしか!」

 

夏希「切腹ぅー!? こんな下らないことでー!」

 

花梨「ち、違います! 勘違いした私が悪いんです! 私こそ、腹を掻っ捌いてお詫びするしかありません」

 

夏希「あんたらパリジェンヌじゃなかったのかよ! 冗談はよし子さーん!!」

 

 

クレア「…………」

 

花梨「…………」

 

牡丹「…………」

 

 

夏希「な……何この凍り付いた空気ぃ!? 何か言ってー!」

 

桜「夏希ちゃん……、ボケだとここまで……」

 

夏希「…………も、もう腹を切るしかありませんッ!!」

 

 

牡丹「おい夏希まで死にたがり始めたぞ! 桜、お前部長なんだから何とかしろ!」

 

 

桜「ええっー私が!? じ、自殺はダメだよ! 自殺したら地獄に落ちちゃうってー、偉い人も言ってたよ?」

 

クレア「牡丹さん、介錯をお願い!」

 

花梨「私もお願いします、牡丹先輩!」

 

夏希「後生です……牡丹先輩お慈悲を!」

 

 

牡丹「おいー! 誰の心にも響いてないぞー!」

 

桜「い……生きていれば良いこともあるんじゃないかな!」

 

クレア「アーメン、アーメン! 私は天国で花梨さんと永遠の生命を生きるわ……」

 

花梨「クレア先輩……! 素敵です!」

 

夏希「桜先輩、牡丹先輩……涅槃で待ってますよッ!」

 

 

牡丹「あちゃー……むしろ余計死に魅入られてるぞ。大体戦時中なのに良いことなんかあるわけないだろ!」

 

桜「あるよ!」

 

牡丹「はぁ?」

 

桜「私にとっての『良いこと』。それは5人一緒に、誰1人欠けることなくこの戦争を生き残ること!」

 

夏希「桜先輩……?」

 

桜「正直言ってこの大戦、我が大日本帝国は負ける可能性が高い。というより、ほとんど敗戦寸前だよ。でもね、そんなことどうでもいいんだよ! 私が信じているのは国でも軍部でも天皇陛下でもない。分かるよね、クレアちゃん!」

 

クレア「え……私?」

 

桜「花梨ちゃん!」

 

花梨「はい……?」

 

桜「牡丹ちゃん!」

 

牡丹「おう!」

 

桜「そして、夏希ちゃん!」

 

夏希「ぐすん……」

 

 

桜「私は、4人のことを信じてる! かげがえの無い大切な仲間のことを全力で守る! ゆずらないよ、1人だって!」

 

夏希「はっ……!?」

 

桜「そして――」

 

 

桜・牡丹・夏希・クレア・牡丹「守る心と信じる心が重なれば誰にも負けたりしない!」

 

 

桜「その通りっ! 私達にとっての勝利。それは、みんな生き残って、5人一緒に帰宅すること! 5人が無事に帰宅するまでが、私達の第二次世界大戦なんだよっ! だからこんな所で死ぬことは部長の私が許さない! 8月15日まで生き抜いて、勝利の栄光を掴みとろうよッ!」

 

クレア「桜さん……ええ、あなたに一生ついて行くわ!」

 

花梨「はい! なんで8月15日なのか分かりませんけど、私絶対に死にません!」

 

夏希「桜先輩っ……! かなりやばめな非国民発言があった気がしますけど……ともかく! 私もその勝利、一緒に目指しますよっ!」

 

牡丹「やれやれ……これが帰宅部部長、道明寺桜なんだよな」

 

 

桜「じゃあ、いつもみたいに、そろそろ帰ろっか!」

 

夏希「駄菓子屋寄って!」

 

クレア「お菓子を買って?」

 

牡丹「公園に行こう!」

 

花梨「やったー!」

 

 

――

 

夏希「……って、いい話風にまとめてるけど、これう○こネタだからーッ!」

 

桜「はうっ!? すみませんっ!」

 

 

――次回予告――

 

夏希「東南アジアに生息するジャコウネコ科。一部の種の会陰腺から分泌される液は、媚薬として用いられることがあるんだって。ぐへへ! 次回は空襲の六、『帰宅部中国へ行く!』他1本でお送りします」

 


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