Fate / SAO   作:YASUT

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キリト視点から開始。


2.始まりの街

 始まりの街に、恐ろしく強い女剣士がいた。

 

 俺がこのことを知ったのはあの日―――――《始まりの街》を出た日から三週間後。

 第一層フロアボス攻略会議が始まる、数時間前のことだった。

 

「にひひ、まいど~。」

 

 にんまりと笑う、俺より頭一つほど背の低い女性。武器は左腰に小型のクロー、右腰に投げ針。頬には動物のヒゲのような三本の線。

 ―――――“鼠”。それがアルゴという情報屋のもう一つの名前だ。

 

 情報量として、俺は五百コルをアルゴに渡した。ちゃりん、と金銭独特の効果音が鳴り、所持金が減少する。

 購入した情報の内容は、『強力な女性プレイヤーについて』という、なんというか、考え方によっては下心丸出しな内容だ。

 けど、別に下心があったわけじゃない。理由は他にある。

 先程出会ったアスナという細剣使い。超高速の細剣スキル『リニアー』を得意とする、アインクラッドでは珍しい女性プレイヤーである。

 彼女の放つ『リニアー』は、俺ですら戦慄せずにはいられない程の完成度で、初めて見たときには目を奪われたものだ。

 ただ、そこで一つ疑問が生まれてしまった。

 

 アインクラッドに女性プレイヤーはどれくらいいるのか、である。

 

 そこで俺は情報屋であるアルゴに、「強い女性プレイヤーはいるのか」と聞いてみたのだ。

 答えはイエス。かつて恐ろしく強い女剣士―――――おそらく、アスナとは別のプレイヤー―――――が、始まりの街にいたらしい。

 

「………ん?」

 

 そこで俺は、言葉の違和感に気づいた。

 

「なあ、“いた”ってどういうことだ? もしかして………」

「うんにゃ、まだ死んでなイ。それどころか、ピンピンしてると思うヨ。

 というかキー坊、ホントに知らないのカ? 二人組の剣士のコト。」

「え……二人組?」

「さっきキー坊と一緒にいたレイピア使いの他にもいるんだヨ。超強力な女性プレイヤーが、ネ。

 しかもこれが生粋の外国人で、金髪で碧眼の美人なんだヨ。で、いつも褐色の肌をした白髪の男を連れてるんダ。

 遠目にチラッと見た奴は、まるでお姫様とボディーガードだ、なんて言ってたナ。」

「ふぅーん。」

 

 外国人か。確かに、世界初のVRMMOなんだから、そういう人がいてもおかしくはないだろう。確か、自動翻訳機能もあったはずだ。会話で困る、なんてことはまず無いはず。

 だけど。

 

「お姫様……ってことは、実はそこまで強くないんじゃないか? 案外、強いのはボディーガードさんの方だったりして。」

「キー坊、発想力が貧困だナ。世の中には文武両道なお姫様もいるゾ?」

「う………そう、か。そりゃ、そうだよな。」

 

 はぁ、とアルゴが溜息をついた。

 ……しまった。これくらいよく考えたら……いや、よく考えなくてもわかることだった。

 

「まあでも、気持ちは分かるゾ。いくらそのお姫様が強いといっても、まさかボディーガードの男より強いはずがなイ。

 だとしたら、どうして外国人の方だけが有名なんだろう。それ以上に強いはずのその男は、どうしてそれほど話題にならないんだろうってナ。キー坊はそういうコトが言いたいんだロ?」

「あ、ああ、そうそれ! 実はそれが言いたかった。」

 

 嘘つけ、と言わんばかりの視線を向けられるが、全力でスルーする。

 

「………で、実際はどんなモンかナと思って、前に一度始まりの街に戻ったんダ。

 見つけた場所はアイツ……“茅場晶彦”が現れた広場。」

「へぇ。で、感想は?」

「それが、目を疑わずにはいられなかったナ。

 お姫様?とんでもなイ。あれはそんなヤワな印象じゃなイ。ホンモノの剣士、いや騎士ってところかナ。」

「ふーん。でも、意外だな。恐ろしく強いのに、始まりの街で見たのか?」

「見たのはかなり前。今はどうだか知らないケド、あれ程の腕なら今頃最前線で―――――ン?」

 

 言葉が途中で途切れる。次の瞬間、彼女の注意は俺から逸れていた。

 アルゴの視線は、俺ではない誰か………いや、どこかを見ている。

 そしてそれは、俺も同様だ。

 

 音。

 

 鉄と鉄をぶつけ合ったような音が、少し遠くから聞こえた。

 鍛冶屋プレイヤー、もしくはNPCが武器や防具を鍛える音かと一瞬思ったが、きっと違う。

 まず鍛冶プレイヤーという可能性だが、これは殆どゼロに近い。第一層の攻略を目指すなら、他の戦闘用スキルを上げるべきだからだ。もう少し攻略が進んでからならともかく、他にスキルを育てる余裕のない序盤、しかも最前線プレイヤーが鍛冶スキルを上げるのは賢いとは言えない。

 次にNPCだが、これも違う。NPCは武器や防具を強化する時、常に一定のリズムでハンマーを振るう。だから、聞こえてくる音はもっと規則的なものになるはずだ。こんな不規則で、しかも鍛えてる武具を破壊しかねないような音を出すはずがない。

 

「………何の音だ、これ。」

「噂をすればなんとやら、ってやつだナ。」

「え?」

「丁度いい、説明する手間が省けタ。ほら、行くゾキー坊。イイものを見せてやるヨ。」

 

 ニヤリという笑みをこちらに見せたあと、アルゴは鉄の音が鳴る方向へ足を進める。

 そして彼女の背中は、理由も分からず呆然としている俺に「ついてこい」と言っていた。

 

 断る理由が見つからないので、俺はアルゴの後ろをついて行く。

 通る場所が人気のないところばかりなのは、情報屋という職業ゆえか。

 しかし歩を進めるに連れ、次第に周囲の人は多くなっていった。

 ここまで来て一つ確信を持った。鉄同士が衝突するようなこの音は、剣の音だ。剣と剣がぶつかりあい、火花を散らす音。

 つまりこの先ではプレイヤー同士の戦い―――――“デュエル”が行われている、ということか。

 デュエルには幾つか種類があり、その中には“初撃決着モード”というものもある。これは、先に強攻撃をヒットさせるか、相手の体力ゲージを半減させた方が勝利するというシステムで、普通に行えばゲームオーバーにはならない。つまり、本来なら死者が出ない仕様のデュエルである。

 だがそれにしたって、デュエルというのはやはり危険だ。この世界では体力がなくなった瞬間に死ぬ。体力ゲージを常に最大をキープしたいと思うのは、人間としての本能だろう。

 それに、互いが全力で殺し合っている可能性もゼロではない。

 もしそうだったとしたら……

 

「肩の力抜けヨ、キー坊。心配しなくても、キー坊が思っているようなことにはなってないサ。」

「えっ……い、いや……けどさ。」

「大丈夫だって言ってるダロ。………お、見えてきたナ。ほら、あそこダ。」

 

 しばらくすると、一際大きな広場に出た。

 平らな地面が広がっており、周囲にはNPCもおらず、障害物になりそうなオブジェクトも殆どない。多人数で行動するプレイヤー達ならともかく、基本的にソロプレイな俺にとっては日向ぼっこくらいにしか来そうにないところだ。

 そんな喉かな広場の中央で。

 俺は、想像を遥かに超えた凄まじい光景を目にした。

 

 

「っ、ハッ!!」

 

「ぎっ―――――!」

 

 

 両者の剣が衝突した。

 ガキン、という鈍い音の後、広場全体に巨大な衝撃波が発生する。

 剣の音に引き寄せられやってきた野次馬達(俺を含む)は、そんな二人の剣舞から目が離せなかった。

 

 片方は、ドレスを纏った金髪碧眼の女性。目測に過ぎないが、年齢はアスナと同じくらい、だろうか。

 そんな女性が額に汗を滲ませながら、対峙している相手を懸命に攻めている。

 その剣速は、アスナに勝るとも劣らない。

 もう一方は、褐色の肌に白髪の青年。黒のズボンに灰色の上着。首元には赤銅色のマフラーを巻いている。年齢はおそらく二十を超えているだろう。

 女性が猛攻を繰り広げているのに対し、こちらは高速の斬撃を必死に防いでいた。

 

 どちらも手にしている武器は『スモールソード』。片手剣士の初期装備であり、始まりの街で買うこともできる最弱の剣だ。

 そう、最弱の剣のはずだ。

 だというのに、そんな安物の剣同士の戦いだというのに、得物が衝突するたびに火花が散り、空気が震える。

 剣舞。俺は二人の戦いをそう称したが、早くも訂正せざるを得ない。

 これは剣舞ではなく死闘。初撃決着モードなんて生温い。HPを削るのではなく、ただ単純に、そして純粋に、二人は相手の首だけを狙い続けている。

 

 しかし、だからこそ手を出すことは出来ず、止めることもできず、ただ呆然と見ているしかなかった。

 実力が拮抗した二人の死闘。一瞬でも相手を上回った瞬間、勝敗が決着する。

 そんなギリギリの戦いは、男なら誰でも一度は夢見るはずだ。

 止めなければならない、という思いとは裏腹に、最後まで見届けたい、という思いが生まれた。

 少なくとも、ここで彼らの戦いを見ている奴らは皆そう思っているはずだ。だからこそ二人を止めることなく、こうして傍観している。

 

 ふと、思い至った。

 これは生と死のやり取りで、紛れもなく死闘だ。

 だが同時に、極限まで拮抗した戦いだからこそ、こう呼ぶこともできるのではないか。

 

 ―――――『剣舞』と。

 

 二人の戦いは危険だと思ったが、同時にどこか美しくもあった。

 

 極限状態での剣の戦い。

 巨大な魔物を剣で倒すことだけではなく、こういったデュエルもまた『ソードアートオンライン』の醍醐味なのだろうと、俺は二人を見てそう思った。

 

「おー、相変わらずあの二人は恐ろしいナ。どこからどう見てもマジの殺し合いだヨ。」

「ああ…………って、ちょっと待て。止めなくていいのか、アレ。」

 

 血気迫る表情でバトってる二人を恐る恐る指差し、アルゴに訪ねた。

 するとアルゴは、途端に表情を苦くした。

 

「………どうなっても知らないゾ。ちなみに、止めようとしたヤツは前にもいたナ。」

「へぇ………どうなったんだ?」

「腕が吹っ飛んダ。」

「ふーん…………………え?」

 

 腕が…………吹っ飛んだ?

 それはあれか?

 剣が吹っ飛ばされたとかの比喩じゃなくて?

 

「そいつは二人を力ずくで止めようとしたんダ。で、斬り合いの中に乱入した結果、握ってた剣は一瞬で弾き飛ばされ、直後に腕もスパーン。

 ま、いい教訓にはなったサ。デュエル中のプレイヤーの間には絶対入るなって。

 それに、ソイツのおかげで腕がなくなっても元に戻るって分かったんだから、情報屋としても感謝してル。」

 

 

 ◆

 

 

「っ、ハッ!!」

 

「ぎっ―――――!」

 

 セイバーの渾身の一撃を、手にした片手剣でかろうじて防ぐ。

 鈍い音が響き、同時に強烈な痛みが腕を襲う。

 だが、この程度で終わるほどセイバーは甘くない……!

 

「っ―――――………!!」

 

 間髪いれず繰り出される高速の斬撃。

 その剣筋を十手先読みし、防ぎ、躱し続ける。

 正面から戦っても、俺はセイバーには決して勝てない。そこには、努力では決して埋められない才能の壁がある。剣だけではダメなのだ。

 故に俺は、セイバーの全てを読み取りながら戦う。剣筋だけではない。足さばきや微妙な表情の変化、ありとあらゆる全てを、だ。

 そして、敢えて隙を見せ続ける。攻撃を受ければ間違いなく即死。そんな致命的な隙を。

 セイバーは一瞬でそこを突いてくる。しかし、だからこそ防ぎ続けることができる。

 敢えて隙を作ることで攻撃の的を絞っているのだ。攻撃を受ければ即死。受けなければ無傷。

 そこまでのリスクを背負うことでようやく、俺は彼女と互角に戦える。

 

「っづ、オオォオ―――――!!!!」

 

 裂帛の気合と共に、渾身の斬撃を放つ。

 僅かな、しかし確かな隙をついた完璧な一撃。

 それを、セイバーは―――――

 

「ッ………!」

 

 当然のように防いだ。

 しかしそれは、あくまでも防いだだけ。

 こちらの攻撃を完全に殺しきれなかったのか、セイバーの軽い身体は地を滑り、そのまま後方へバックした。

 こと剣に関してはあらゆる面でセイバーが上だ。

 だが、ここは電脳世界。普通の世界とは少々違う。

 この世界での基本的な強さは全て、各々のレベルが決めると言っても過言ではない。そして、俺とセイバーのレベルは同じ。

 つまり、筋力や敏捷、スタミナなど、あらゆる身体能力が同レベルにまで引き下げられている。

 

「………っ、はっ……ぁ」

 

 息が上がってきた。スタミナは限界が近い。

 そしてそれはセイバーも同様のはず。攻撃を防ぎきれなかったことからも明らかだ。

 ここで、思い切って勝負に出る……!

 

「はっ………!」

 

 足に力を集中させ、全力で地面を蹴る。

 風を切り、大地を駆け、高速でセイバーに迫る。

 

「くっ………、っ!」

 

 セイバーもまた俺を見て覚悟を決めたのか、体勢を即座に立て直した後、こちらに剣を構えて疾走を開始した。

 

 両者は加速し、剣を構えて突進する。

 後戻りは出来ない。

 勝利か敗北か。

 それは、この刹那の瞬間に決まる。

 

「せっ―――――!」

 

「ハッ―――――………!!」

 

 一閃。

 爆撃めいた一撃が炸裂した。

 剣と剣が交差し、二つの刀身は一瞬だけ光を帯びたあと、辺りに衝撃波を撒き散らす。

 轟、と風が唸り、数々のオブジェクトが鳴動した。

 

「―――――。」

 

 余りにも長く続いた剣舞はあっけないもので、この一瞬で勝敗は決した。

 目の前にはセイバーの姿。右手に握られた剣は大きく振るわれ、振り抜いた格好のまま硬直している。

 そしてそれは俺とて同じ。まるで時間が止まってしまったように、両者の動きは停止している。

 ただ一つ違う点は、その手に握られた剣。

 セイバーの握る『スモールブレード』は至って健在。先程まで派手に使われていたのだから所々ガタが来ているが、それでもまだ“在る”。

 対し、俺が握っている『スモールブレード』は、刀身が腹の辺りから真っ二つに折れてしまっていた。

 

「………参った。降参だ。やっぱり、セイバーは強い。」

 

「降参」の音声に反応し、目の前に『LOSE』……敗北の文字が現れる。

 同時に折れた剣を手から落とし、両手を上げて降参のポーズをとった。

 

「いえ、シロウの方こそ流石です。仮初めの体ではありますが、剣士としての実力は十分に理解できました。

 今の貴方ならば、他のサーヴァントが相手でもいい勝負ができるでしょう。」 

 

 剣を下ろし、柔らかい笑みを浮かべながら言うセイバー。

 

「はは。勝てる、とは言わないあたり、セイバーらしいな。」

「当然です。シロウは確かに強くなりましたが、それでもまだまだです。

 それに、過ぎた慢心は自身の敗北を招きます。加えて今の私達は、本来よりも著しく弱体化している。

 間違っても以前のように、一人で戦う、などと吐かれてもらっては困りますから。」

「心外だな。流石にもうそんなこと言わないぞ。」

「信用できませんね。あの時は未熟だったからこそよかったものの、力をつけた今の貴方なら、問題ないから一人で戦うと言い出しかねない。」

 

 …………むぅ、流石はセイバー。

 確かに今の俺なら、万が一の時そう言い出しかねない。

 

「ぐ………反論できない。」

「ですから、今後も常に私と共に行動して頂きます。ここは我々の知らない世界。どこに危険があるか分かりませんから。」

「分かってる。俺だって、初めからそのつもりだ。」

 

 俺たちは剣と鞘だ。二つ揃うことで初めて真価を発揮する。

 ………いや、そんな難しい話じゃない。

 セイバーに傷ついて欲しくない。ただそれだけのこと。

 それだけは今も昔も、そしてきっと未来永劫変わらないだろう。

 

 

「あのう、すいませーん!」

 

 

「………ん?」

 

 鍛錬が一段落したところで、少し離れた場所から男の声が聞こえた。

 男は人の良さそうな笑みを浮かべながら、こちらに歩いてくる。

 金属の鎧を纏った青年。左右にウェーブしながら流れる長髪は青く染められており、人目を引く美男子、という印象だ。

 剣に加え、銀の盾、銀の鎧という装備は、どこか騎士を連想させる。

 

「えっと、まずは自己紹介から。オレはディアベル。レベルや装備を見たらわかると思うけど、最前線でパーティー組んで戦ってます。」

 

 青年……ディアベルは初対面であるにも関わらず、ハキハキと自分のことを話した。

 外見中身、共に申し分ない。世間一般的には、こういう男がイケメンと称されるんだろうな。

 

「俺はえみ……いや、シロウだ。見ての通り、片手剣使いだけど。」

「同じく、セイバーと申します。」

「うん。シロウさんに、セイバーさんか。もしかして、君達が噂になってる二人組の剣士なのかな?」

「あー……………まあ、そうなる、かな。」

 

 つい最近気づいたことだが、俺達はアインクラッドではかなりの有名人なのだ。

 いや正確には、『セイバーが有名人』なのだ。

 剣の腕はもちろんだが、それ以上に女性であることが注目される原因だろう。

 ここはゲームの世界だ。ゲームと言うだけあって、基本的に女性プレイヤーは少ない。

 おまけに生粋の英国人ときた。これで注目するなという方が無理だろう。

 

「さっきまでのデュエル、本当に凄かった。そんな二人の実力を見込んで、頼みがある。」

 

 ディアベルの陽気な雰囲気が消え、代わりに真剣味を帯びた表情が現れた。

 それに釣られ、こちらの表情も引き締まる。

 

「もうしばらくしたら、この街の噴水広場で会議を開く。第一層のフロアボス攻略会議だ。それに二人も参加してほしい。」

 

 


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