「グルァァ―――!」
明らかに人間ではない生き物………“亜人”が手斧を振るう。
軌道は読めている。この程度、今まで戦ってきた者たちに比べれば、止まっているも同然だ。
武器を振るうことなく、俺は手斧を躱す。
そして。
「―――――同調、開始。」
すれ違いざまに、一瞬で斧の構造を読み取る。
構成材質―――――解明。
刃に使われている素材は何のことはない、ただの鉄。
材料と作る工程さえ解れば、誰にでも作成できるだろう。
憑依経験―――――不明。
否、“零”。
経験を読み取れないことから、作られて間もない武器だということが解る。
基本骨子―――――いや、必要ない。ここまでの情報で十分だ。
即座に、次の動作に移行する。
「はっ―――――!」
左手に握られた“ロングソード”を横凪に振り切る。
武器を振るった直後の、不意をついた反撃。
タイミング、角度、あらゆる面において完璧な一撃。
しかし、そこには一つだけ誤算があった。
それは何のことはない、純粋な障害。
“剣速”。すなわち、己の身体能力。
渾身の力を込めて剣を振るう。
しかし剣は、込められた力に全く見合わない、予想以上に“遅い”速度で振るわれた。
本来ならば、この一刀で目の前の亜人は地に沈む筈だった。
だが亜人は、剣が直撃する寸前に手斧を構え、こちらの攻撃を間一髪防いだ。
剣速が遅かったせいで、防御を許してしまったのだ。
武器と武器がぶつかり合い、火花を散らす。
「っ………!」
瞬時に次の手を模索する。
自分の動きが鈍い。普段の………いや、この世界に来る前とは雲泥の差。
まるで、未熟だったあの頃に戻ってしまったかのようだ。
だがそれは、あくまでも己の身体能力のみらしい。
思考は冴えている。
初めて見るはずの亜人が相手でも、はっきりとその動きが読める。
「グガァァァ―――!!」
手斧による攻撃が難なく躱され、さらに反撃を受けたことで怒りが頂点に達したのか、亜人は怒りながら斧を叩きつけようとする。
左手の剣は振り抜かれ、奴には俺が隙だらけのように見えているんだろう。
そう見えるのも無理はない。
何故なら、そう見えるように立ち回っていたのだから。
「はっ……!」
隠し持っていた短剣を空いている右手で取り出し、亜人の斧を真下から鋭く斬り上げた。
「ッッッ―――――!!?」
再び火花が散り、同時に斧が上空へ高く弾かれる。
突然武器を失ったことで、亜人は怯み、目を見開いた。
左手に握られた剣にもう一度意識を集中させる。
目の前の亜人は今、どこからどう見ても隙だらけだ。
更に武器は弾かれ、残された左手には盾のような装備もない。
つまり、今のコイツに防ぐ手段はない。
必殺の意思を持って、もう一度剣を振りぬく。
剣は使い手である俺の意思に従い、一寸の狂いなく亜人を斬り裂いた。
「グゴッッ……! グルゥゥ―――――……!!」
「…………っ、くそ。」
………やはり、というべきか。
剣速が落ちているのだからもしかして、とは思ったが………やはり、威力もかなり落ちている。
全ての行動に制限が設けられている感覚。
“敵が強い”というのならば、まだ遣り様があるだろう。
だが、“自分が弱くなっている”というのは、どうにも戦いづらい。
胴体に致命傷を受けた亜人は、大きく後方へ下がり、俺と距離をとった。
しばらくすれば奴は体勢を立て直し、また襲いかかってくるだろう。
「―――――。」
右手の短剣を持ち替える。
左手にはひと振りの長剣を。
右手には鋭い短剣を。
今度は正真正銘、初めから二刀流のスタイルで追撃する。
これで終わりだ―――――
そう確信を持って攻撃に入ろうとしたところで、背後で待機していた“彼女”が動いた。
水色のドレスを纏った少女。
以前とは違い、金の髪は全て下ろされている。
両手に握られているのは、可憐な格好に似つかわしくない無骨な剣。
青のドレスも、銀の甲冑も、黄金の聖剣も、既に彼女は持ち合わせていない。
けれど。
その美しさは衰えることなく、確かにそこに在った。
「はっ―――――!」
俺の背後から彼女は飛び出し、恐るべき速度で亜人を一閃する。
その剣筋は、俺なんかとは比べるまでもない。
“セイバー”。
剣の英霊を名乗るに相応しい一撃で、亜人は今度こそ霧散した。
◆
「………すごいな。今のが“ソードスキル”ってやつなのか?」
武器を収めながら、セイバーに称賛を贈る。
先程の彼女の一撃は、今までの俺の剣に比べると凄まじい威力だった。
もしあれを俺自身に撃たれたら、おそらくこの剣では防ぎきれないだろう。
「………はい、どうやらそのようです。」
自分の剣をじっと見つめながら、セイバーは答える。
しかし、表情は明るくない。
「特定の構えをとった後、意識を集中することが発動の条件のようです。
ですが、やはり、私には扱い辛い。」
「? なんでさ。俺なんかが言うのは差し出がましいけどさ。さっきの一撃、結構凄かったぞ。」
「はい。しかし、放つには特定の構えを取る必要があります。相手がただのモンスターだから良かったものの、人間が相手では限界があるでしょう。
これは確かに強力な武器です。ですが、ソードスキルという“誰かに作られた武器”に頼りきるのは危険だ。」
「あー………それは、確かに。」
ソードスキルに頼りきる、か。
きっとそれは、俺風に言うなら“投影に頼りきる”ということだろう。
投影魔術で持ち主の技術はある程度再現できるが、あくまでも“ある程度”どまりだ。
それだけでは勝てない。
だからこそ、“干将・莫耶”による“エミヤシロウ”の剣を磨いてきたのだ。
「ですから、明日からまた剣の鍛錬を行いましょう。
場所は………そうですね、“あの男”が現れた広場で。
今一度、貴方の剣を見せて頂きたい。」
手を腰にあて、いつか見た不敵な笑みを浮かべながらセイバーは言う。
長らく忘れていた彼女の笑みに、思わず頬が緩む。
そういえばこうだった、という思いと、これほど素晴らしいものだったか、という疑問が渦巻く。
いや。
そんなことはもはやどうでもいい。
何故ならば。
これからは、彼女の笑みを何度でも見ることができるのだから―――――
「―――――そうだな。よし、覚悟しとけよセイバー。あの時とは違うってことを、嫌というほど思い知らせてやる。」
「ええ。ですが、私とて負けるつもりはありません。これでも“セイバー”ですから。」