とある科学の双翼飛翔~未元物質の奮闘~   作:有部理生

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チャッティング/コーリング

 「しかし最近どォなんだァ? そっちのプランってやつはよォ」

 

 一陣の風が巻き起こる。戦闘を終えて、歩きながら一方通行は垣根帝督に問う。

 

 「順調だよ。解析海図<チャート・パーサ>もあと少しで稼働できる」

 

 垣根帝督は広場の脇の木陰に置いてあった鞄から、スポーツドリンクのペットボトルを二本取って、片方を一方通行にほおりつつ、一方通行の質問に答える。ボトルを受け取ると、一方通行はフタを捻って一気に中身をあおった。

 

 「オマエ随分張り切ってたもンなァ。最初聞ィたときは正気かと思ったもンだが」

 

 スポーツドリンクをちびちび飲んでいた垣根の注意が、再び一方通行に向く。

 

 「おかげさまで、一番頼りになりそうなひとが手伝ってくれることになったからね。これが終われば禁書目録<インデックス>の方もかなり保険をかけられるし。何とか間に合いそうでなにより、なにより。」

 

 心底ほっとしたように彼が告げると、

 

 「上条当麻<カミジョウトウマ>だったっけかァ? レベル0の」

 

 そんな三下ばかり気にしてどうする、とでも言いたげに一方通行が垣根帝督を見やる。声はのんびりと、だがややきつくなった眼差しにもひるまず、

 

 「前も言ったと思うけど、彼は例え君の反射だろうと平気で無効化するからね。今までコンタクトが取れてないのが残念だな。まあ忙しかったし、万が一この先も接触できなくても、彼女がこっちに来たら必ず会いに行くから。しかしやっぱり一度体験してみるべきかな。白翼、まだ出ないんだろ?」

 

 黒いツンツン頭を想像しながら垣根が言う。本当に今まで会えないのが不思議でもあり残念だ。もう彼はとっくにこの学園都市にいるのだが。画像は見た、だが会えそうになると何か用事が入ったり。彼の不幸が移ったのだろうか?

 

 まぁなに、まだ時間はある。黄泉川先生を通じて、高校でなら確実に接触はできるだろう。

 

 最悪直前まで会えなくともそこまで問題は無い。彼の性格なら、腹を割って話せばすぐに友人になれるだろうし。

 

 会えなかった場合は、自身の情報網に小さなシスターが引っかかったら全力で追っかけて、その先で多少強引でも上条当麻にコンタクトをとると決めている。

 

 ちなみに垣根の情報網は、例の未元物質製の白い蝶を学園都市のあちこちにヒラヒラと舞わせ、任意で音声や画像を取得するもの。通常はタクシーの車載カメラと同じで、騒ぎが起こらなければ情報取得はしない。アクティブなのは彼の意志もて探し人に使う時と、魔術の気配を感知した時程度だ。プライバシーに配慮しつつも、滞空回線〈アンダーライン〉にも負けぬと自負している。

 

 

 「アア、黒いのは完全に制御できるようになったンだが、そっちの方は正直さっぱりわかンねェ」

 

 今日の試合を見てもそれは明らかだ。

 

 高速で回転する頭脳の片隅で、やはり打ち止め<ラストオーダー>が必要かな、と垣根は考える。明らかにアレイスターがコントロールしていると思われる樹形図の設計者<ツリー・ダイアグラム>はほうっておくとしてもだ。

 

 たぶん全力で計画を阻止しようと思えばできなくもない?

 

 しかし……

 

 垣根帝督は考える。考える。前から気になっていたことを。

 

 演算能力の強化、いや何より護るべきものがいることが彼を強くするはずだから。僕では彼の護るべき者にはなれない。僕では強すぎる。だから彼女は必要だ。

 

 わずかな自己嫌悪。他者を利用することへの? ああ。でも今更迷うものか。それにカントなんて嫌いだ。もっといいかげんに、要は利用しあっても、互いに笑えればいいのだから。彼と彼女は運命の、縁<えにし>ある相手だ。例えそれが恋愛的な意味でなくとも。逢えないのはきっと不幸だ。そして万が一この世界でそれが、彼と彼女の選択が違ったとしても、彼女たちを悲しませるようなことはすまい。

 

 決意。量産型能力者〈レディオノイズ〉計画自体は積極的に妨害しない。その代り生まれる妹達には命の保証と最大限のサポートを。

 

 そして改めて一方通行を護りたいと願うのだ。

 

 しかしそんな思いをおくびにも出さずに垣根は言う。

 

 「まぁ焦ることはないさ。一方通行は今でも十分以上に強いんだから」

 

 なだめるように、彼に無理をさせては、心を壊してはいけないから。

 

 フン、と一方通行はそっぽを向く。あっ、すねた、と垣根帝督は思う。

 

 「だがまだ足りねェ。やつのプランをブッ壊すには、この程度じゃァ」

 

 すぐに機嫌を直して、力強い言葉。

 

 それだけでは無い。あの日誓った時間操作〈クロノス〉にはまだまだ届かない。ましてや全知なんてもっと遠い。この世の物質全て、光子や素粒子に至るまで自在に操れるようになったが、未だに時間のベクトルを操作できるには至らない。何が足りないのだろう。彼が示唆した自身の能力の究極には。

 

 もっとミクロに解析すべきだろうか、波を感じてここをこう演算してうんぬんうんぬん、などと悩みだす一方通行。

 

 そんな彼の思いを知ってか知らずか、力の抜けた調子で垣根帝督が言う。

 

 「正直言ってホシがどういうことをしたいのかさっぱりわからんからな……解ればいくらでも対処のしようがあるんだが。そもそもやってることはともかく、その計画自体は壊すべきかもわからんし」

 

 ホシ=アレイスター=クロウリーだ。長くて言いにくい上、一応対策しているとはいえ、滞空回線やなにかで聞かれると不味いのでこういう言い方をする。隠語を親友と使い合いたいだけかもしれないが。

 

 あのとき垣根帝督が受け取った高次元知識にも、アレイスターの目的ははっきりとは記されていなかった。ただいくつかの推論があったので、それらを参考にしつつ対策を練っているのだ。

 

 でもアレイスターのプランとかなんかムカつくし、なにより自分の生存と一方通行の安全の為に目一杯邪魔する所存だが、と垣根はひとりごちる。一応フォローはするつもりだし。一人では無理でも、彼となら。

 

 「オマエがわからねェンじゃ他の誰も分からンだろゥよ」

 

 「まあな」

 

 心底からの言葉を嬉しく思いながら、垣根は笑って短く返した。

 

 一方通行の首にチョーカーが巻かれている。黒いベルベットの地に、赤いカットストーンが一粒。金色がかった午後の陽光が当たって、キラリと輝いた。

 

 本来チョーカーを彼が身につけるのはこれより後のこと、失われた脳機能をミサカネットワークで補助するためであるはずだ。

 

 だが現在彼の首にある、デザインも機能も異なるソレは、某魔砲少女アニメのデバイスをヒントに、垣根帝督が未元物質で創造したシロモノ。未元物質特有の、周囲の通常物質を浸食してその性質を変える能力を、なんとか応用できないかと作ってみたものだ。

 

 一方通行の意志に従って、待機形態がチョーカーなデバイス(擬き)「アストレア」が起動すると、未元物質が活性化してあたりの分子を集めて固体化。GNハ○マーもといモーニングスターを彼の手に顕現させる。

 

 ちなみにアストレアを待機形態に戻すと、モーニングスターを構成していた物質が元のそれに戻って霧散する安心仕様だ。

 

 正直思いつきとネタ(声)で垣根は武器の形状を選択したのだが、一方通行のベクトル操作能力と、鎖のついた巨大な鉄球(材質は異なる)が凶悪なまでの相乗効果<シナジー>を発揮していて、これを一方通行に渡してからいつも吹き飛ばされる身としては、この形態にしたのを少し後悔していた。

 

 ただし、ネタを想像以上に生かせた点については、全く悔やんでいない。待機形態は高次元知識中にある、原作一方通行のチョーカーが非常に印象的だったのと、アストレアの方の元ネタも首になんかつけてた、ということで決めた。デザインはシックにまとめようと大分凝ったが。また拡張機能としてミサカネットワークへの接続も考慮している。

 

 一方通行の手を借りつつも、全ての機能が完成した時、垣根は自分でも正直驚いた。

 

 首筋に軽く手をやって、無意識に宝石を触る一方通行を見ながら、垣根帝督はほうっと、軽く息をはいた。気に入ってくれて何よりだ。あのときの蝶みたいに。

 

 大丈夫、負けはしないさ。首洗って待ってやがれ、銀髪偽ク○ーゼめ。仮面は無いけど。

 

 そして眼を閉じる。こんな話をしたからか、忘れようも無いはじまりの日、掛け替えの無い出会いを思い出す――

 

 

 「能力が暴走?!」

 

 「嘘だろ?! まだ開発を始めたばかりなのに!!」

 

 悲鳴を上げる気力も無くなった。

 

 カラダもアタマもよじれるようにイタイ。

 

 かあさん、と呼んでも誰も彼に近寄ろうとしない。返事さえも無く、ただ慌ただしい足音? ナニか騒音が聞こえるだけ。

 

 白いナニカがカラダの奥から尽きること無く溢れてくる。あふぅ。イタさをとおりこして、なんだかキモチヨクなってきた……もうイタイのはイヤだ……ネムい……

 

 「白」の拡大は止まらず、とうとう逃げ遅れた研究員の一人を呑み込もうとする。そんな間抜けな人間のことなど、周りの人々は構いもしない。

 

 逃げ出すものもあったが、多くは安全な場所を確保してこの素晴らしい現象のデータを取ろうと必死だった。人一人いなくなろうが、研究員たちはむしろ良いデータが取れる、と諸手を上げて喜んだだろう。

 

 「白」の洪水が哀れな研究員の身体に触れるかと思われた瞬間、止まった。

 

 えっ、とそこにいたほぼ全ての人間の目がその研究員を一瞬向き、すぐに「白」の中心に位置する少年の元に集まる。

 

 拡大が止まるだけに留まらず、「白」が少しずつ縮小し始めたのだ。

 

 なにかに打たれたかのように、人間たちの動きも止まり、皆の視線が部屋の中央に釘付けになる。

 

 「……?」

 

 誰かが歌っているのだろうか。こんな時に。微かに聞こえる。歌だとすればかなりの小声のようだが、気のせいかもしれない。

 

 やがて「白」は少年を包み込み、繭のような形に変化した後、暫くの後すぅっと大気に溶け込むように消えてしまった。

 

 「なんだったんだ今のは……」

 

 百戦錬磨の研究者たちの口から、思わずそんな言葉が漏れた。

 

 はっと我にかえると、彼ら彼女らは狂喜して、早速データの確認、整理や吟味にかかる。今の事実に関する議論さえもが始まった。

 

 「凄いな、レベル5相当か」

 

 「ベクトル操作の子も素晴らしいが、これはまたなんというか……」

 

 「能力名はどうしましょう」

 

 口々に感嘆の声が上がる。

 

 うつぶせに倒れる少年には、誰も近づかないまま。

 

 だがしかし、この場においては、かえってそれこそが彼にとっての幸運となった。

 

 なぜなら彼は、その時恐るべき変化の真っ直中にあったからだ。

 

 

 だれ……?

 

 だめって。

 

 あぶないことしちゃだめって。

 

 あぶないこと……

 

 うん、だいじょうぶ。いいの。

 

 ……ごちそうさま。ありがとう。おやすみなさい。

 

 

 暴走した彼の能力は、常理の外、未知なる天界の物質を操るもの。

 

 それが本来在るはずのない、魂とも呼べるなにかと接触した。この世界では手に入れることが絶対に不可能な知識を持った。

 

 本能的に垣根帝督はそれを取り込もうとした。どういうわけかできることはわかっている。なぜそうしようと思ったのか、それが邪魔に思えたからかもしれない。

 

 今までチカラを広げることに注力していた分まで、こちらにまわす。主観的にはわずかな抵抗を感じたが、生者の方が強い。まさに垣根帝督がそれを飲み込もうとした瞬間、声をかけられた。

 

 常理の外のことゆえ、厳密には声ではないのかもしれないが、そんな印象の感覚を受けたのだ。思いもかけないことに、垣根帝督は戸惑う。彼がためらいをみせると、軽く触れられるような感触がした。撫でられているのだろうか。どこからか穏やかな歌声も聞こえ、ふっと力が抜ける。

 

 心配されている?

 

 内心の問いに、声にならない声が応えた。この場に留まれば恐らくわたしは消滅します。正直に言います、あなたに喰われるの自体がいやなわけではありません。あなたに喰われれば、あなたの中でわたしは生きられるでしょう。ですが、あなたがわたしを喰らうと、あなたの自我が消滅してしまう危険性が高いのです。あなたはまだ幼いようだから。あなたを消したくない。賢い子、どうかわたしを放して、戻って。

 

 ウソをついているようには思えない。

 

 だがこれを聞いて、垣根帝督はますます「わたし」を放す気が無くなった。なぜなら「わたし」は、ここに来て初めて、能力ではない、垣根帝督のことを心から心配してくれたヒトなのだから。その人が消えてしまう?!

 

 彼の能力は特異かつ、早くに発現したので、他の子どもに比べれば物質的な窮乏の度合いは少ない。表面的には可愛がってくれる人さえいる。

 

 しかし価値があるのは彼の能力であって、彼自身は決して顧みられるわけでは無い。能力が発現しなかった子はさらなる人体実験の贄となるか、ただ単純に処分されるのみ。

 

 そしていくら高能力者は待遇がいいといっても、本当に欲しいものは絶対に手に入らない。

 

 まだ幼い垣根提督も、薄らとだがそのことを知っていた。

 

 親元から離され、辛いという言葉も生温い能力開発、人体実験と、実験動物を見る目を向けられる経験の連続。しくじれば殺される、という異様なプレッシャー。それらは確実に彼の心をすり減らしていた。

 

 もう少し成長して語彙があれば、ここ、 特例能力者多重調整技術研究所、通称特力研のことを、煉獄や地獄といった表現で表したかもしれない。

 

 そんな場所、そんな時に現れた「声」は正しく甘露だった。

 

 自分によりそってくれる人を失いたくない。ある意味利己的な、しかし限りなく純粋な願いと、子供っぽい自己犠牲精神〈ヒロイズム〉。辛い場所から逃げてしまいたいという思い。さまざまな想いが現れては混ざり合う。

 

 あなたは……。そう、あなたがそうなんですね。……本当にいいんですか?

 

 肯定。自分のことは気にしなくてもいい、大丈夫だと伝える。

 

 しかし……ううん、迷っている時間は無い! 願わくばわたしがあなたの助けになりますように……!

 

 無理して強く言っているような調子。抵抗はやみ、むしろ促すような感じを受ける。

 

 一息に喰らう/飲み込まれる。謝意を。

 

 ありがとう、と最後に声が聞こえる。残響。

 

 とたんに体内で荒れ狂う嵐に、静かに耐えながら、垣根帝督はその意識を落とした。

 

 次に目を覚ました時、今までの彼は消え、だが「わたし」でもありえない、「垣根帝督」が誕生する。細胞内共生で真核生物が生まれたように、あるいはウィルスが核DNAに永遠に取り込まれるように。

 

 

 能力が暴走したからといって別段怒られることも無い。ただデータが取れたと彼ら彼女らは大喜びするだけだ。知っている。

 

 「君の能力名が決まったよ。未元物質<ダークマター>さ」

 

 「そうですか」

 

 知っている。

 

 反応の薄さに少しがっくりとする研究員を後目に、

 

 「いっぽう、つうこう。あくせられーた」

 

 まだ見ぬ/よく知っている「彼」の名を口の中だけで呟いて、実験室を後にする。

 

 一方通行の部屋に、純白の蝶が来襲するまで、あと30分。




短い第一話にも関わらず、お気に入り登録をしてくださってどうもありがとうございました。
よろしければ感想もお気軽にどうぞ。

加筆、追記、一方通行の口調その他修正しました。
プロット変更のためセリフの一部を変更しました。
(6/16)

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