ここにいたのか、マイ・エンジェル!   作:ジベた

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第6話 中国に行っ――

 クラス代表が一夏に決まってからさらに一週間が経過した。この頃になると一夏を珍しがって観察していた生徒はほぼいなくなり、一夏の身辺は落ち着きを見せている。一夏の周りには嬉々としてハリセンを振り回す箒と大笑いする簪がいるのが常であった。

 しかし偶に箒にも簪にも関係ないクラスメイトがいることもある。

 

「一夏さん。他のクラスの代表についてはどれほど知っていらっしゃるの?」

「いや、全く」

 

 セシリアだ。彼女は一夏のダジャレに気づかないという性質を持っているため一夏が最も苦手としているクラスメイトである。だからこそ、彼女から見れば一夏の寒いダジャレばかり好むというマイナス要素はないとも言えてしまう。

 妙な気に入られ方をした一夏はちょっかいをかけられることがちょくちょくあった。

 

「それは自信ですか? 対抗戦まで1ヶ月を切っています。一夏さんには1組の代表として勝利に貪欲になっていただきませんと」

「セシリアは心配性だな~」

「そうそう。織斑くんは専用機持ちだから相手にセシリアクラスの代表候補生でもいないと負けないって」

 

 のほほんさんと谷本が割って入ってくる。

 一夏は知らないことだったがこの時点で対抗戦に出るクラス代表のうち専用機を所持しているのは一夏のみ。汎用性のない実験機ではあるが突出した能力で押していけば勝ちは得やすいと見られている。

 

「そうなのか。セシリアより強いのがいなくてホッとしたよ」

「安心するのはわたくしに勝ってからにしてくださいませ」

「それはそうなんだが……相手に専用機持ちがいないってのは朗報だろ?」

 

 自分に言い聞かせているときのことだった。

 

「その情報、古いよ」

 

 教室の入り口から一夏の言葉を否定する声が聞こえてきた。

 両腕を組んで偉そうに胸を張るツインテールの少女に一夏は見覚えがある。IS学園に入学してからの話ではない。もっと前。彼女は小学校高学年から中学2年まで一夏と過ごしていた2人目の幼馴染みである凰鈴音だった。

 

「鈴なのか!?」

「久しぶりね、一夏。昨日、ここに転入してきたから挨拶に来たわ」

「ちょっとセシリア。鈴と同じポーズを取ってみてくれ」

「はい? 構いませんが」

 

 一夏に言われるがままセシリアは腕を組む。すると自然とセシリアの腕は胸を下から押し上げる形となる。

 

「なるほど。やはり鈴はまるで成長していない」

 

 瞬間的に近づいてきた鈴の回し蹴りが一夏にクリーンヒットする。

 箒のハリセンくらいしか喰らっていなかった一夏にとって懐かしい痛みだった。

 

「蹴り飛ばすわよっ!」

「蹴ってから言うなよ」

 

 一夏は何事もなかったかのようにむくりと起きあがる。鈴には中学時代に箒の代わりに何度もこうしたツッコミを受けてきていたから慣れたものだった。

 

「一夏……最低……」

「ぐはっ!」

 

 ただし、簪の冷え切った目だけは相当に堪えた。

 勝手にダメージを受けて倒れ込む。鈴は一夏が起きあがるのを待っていたが、先に織斑先生が来てしまった。

 

「他の組の生徒は早く自分の組に戻れ」

 

 鈴は渋々といった様子で2組へと帰っていく。

 

「鈴のやつ、何しに来たんだ?」

「……挨拶って言ってた」

 

 

  ***

 

 

 昼休み。一夏たちが食堂にやってくると先にトレーを持ってカウンターに向かっている鈴を発見した。

 

「ほう。あの娘が皆の言っていた鈴という2組のクラス代表か」

「鈴はラーメンか……俺はどうしようかな?」

「ラーメンと言ってもこの食堂にはいくつか種類があるぞ」

「鈴は味噌を頼みそ(味噌)うだ」

 

 食堂でもハリセンは容赦なく叩きつけられる。簪はというとメニューを考えていて聞いていなかった。

 一夏は日替わり定食を選ぶ。他の皆が選ぶ前にさっさと自分だけ席に着くと、小皿に盛りつけられたサラダだけをさっさと平らげた。他のメニューはそのままに席を立ち、簪たちと合流する。

 

「よし、あっちに鈴がいるから行こうぜ、皆!」

 

 誰も見ていなかったらしく、一夏の行動については誰もツッコミを入れない。

 一夏たちは鈴が一人で醤油ラーメンをすすっているところへとやってきた。

 

「よう、鈴。一緒に食おうぜ!」

「ちょうど良かったわ。今朝は中途半端になっちゃったしね」

 

 ぞろぞろと一夏一行は席に着く。一夏は鈴の隣、箒は逆側の隣に座った。

 

「聞いたぜ、鈴。2組のクラス代表になったんだってな」

「そうよ。付け加えておくとあたしは中国の代表候補生になってるし、専用機も与えられてる」

「1年前はISと何も関わりのない一般人だったのにな」

「才能ってやつね」

 

 自慢げに胸を張る鈴。すかさず一夏の一言が入る。

 

「天は二物を与えずとはこのことか」

「どこ見て言ってる!」

 

 鈴の拳が脇腹に入る。ただし口にものを含んでいないときを狙う配慮だけは万全だった。

 一夏と鈴の様子を見て箒は察する。

 

「なるほど。あまりにもダジャレで相手をされなかったから他のことでちょっかいをかけているのか」

「悲しいことだが、箒のいなかった時期は俺にとって暗黒時代だった。鈴は箒ほど構ってくれないし」

「箒? この子が一夏の言ってた相棒なのね」

 

 懐かしい一夏との再会よりも噂の人物との遭遇の方に興味が移った鈴は早速試してみることにした。

 

「話を変えるけど、一夏って勉強苦手だったでしょ? あたしが教えてあげよっか?」

「地理はバッチリ(地理)なのに他がなぁ」

 

 ハリセンが一瞬で姿を現し、一夏の頭を直撃する。鈴の優れた動体視力を以てしてもどこから取り出したのか全く確認できなかった。鈴は箒に賞賛の拍手を送る。

 ついでにひとりだけ笑っている簪の姿も目に付いた。この時点ではたまたま受けただけだと鈴はスルーを決め込む。

 

「相変わらずなのね……そのダジャレを言うためだけに地理の勉強だけは欠かしていなかっただけのことはあるわ」

「いやー、それほどでも」

「褒めてない。ところでさっきからずっと気になってるんだけど、最初っから空っぽの皿は一体何なの?」

 

 鈴は一夏がトレーを置いた瞬間から気になっていた空の皿が何かを問う。それは一夏が用意したネタであると知らずに。

 

「これか? これはサラダが入っていた皿だ(サラダ)

 

 全てはこのためにさらっと平らげていたのだ。今回はタイミングが悪かったため、簪が少し食べていたものを吹き出してしまう。のほほんさんがフォローに入るところを見た鈴はようやく異変に気がついた。

 

「嘘……? マジで?」

 

 明らかに目を丸くしている鈴だが一夏と箒はどちらも話題に出さない。一夏は物欲しそうな目で鈴のラーメンを覗きこんでいた。

 鈴は一夏のペースに乗せられたままについ言ってしまう。

 

「あたしのラーメンちょこっと食べる?」

「マジで? じゃ、いただく!」

 

 一夏は遠慮なく箸を突っ込む。ただし箸で摘んだのは麺でなく上に乗っていたナルトだった。

 

「ちょ!? 麺じゃなくてナルト?」

 

 いただいたナルトを飲み込んでから一夏はニヤリとする。

 

「そっか。鈴はナルトがなくなると(ナルト)は思わなかったんだな。あ、そのチャーシューもくれ」

 

 ハリセンが一発飛ぶ。簪は食事を中断している。

 

「それは譲れないわ! って、箸突っ込んでんじゃない!」

 

 だが一夏は力を入れすぎてチャーシューを切るだけに終わる。

 

「むむむ。柔らかすぎて切れちまった。なんて掴みにく()い肉なんだ」

「……アンタの根性に敬服するわ」

 

 わざわざそれを言うためにチャーシューを欲していた。だが鈴は気づいていない。一夏の視線の先が鈴の胸元にあることを……

 指摘したのは箒だった。

 

「一夏。どこを見ながら言ってるんだ?」

「ふざけんなよ、ちくしょー!」

 

 鈴のパンチが一夏の右頬を捉える。

 同時に箒のハリセンも逆方向から命中。

 さすがの一夏もダウンしてしまい、しばらくの間、黙ることとなった。

 

 一夏が喋らない間、女子たちだけの会話が進んでいく。(簪は落ち着いて食事にありつける)

 主な話題は鈴の話す一夏の過去のエピソードだった。

 

「あたしが小学5年生のときだったわ。そこでは中国人が珍しかったから女子には避けられて男子にはパンダとか言われてからかわれてた。そんなある日、一夏が現れて男子たちに言ったの」

「何を言ったのだ?」

 

 箒はハリセンをいつでも振れる用意をしながら相槌を打った。

 

「『パンダだったらもっとあちこちぱんぱんだ(パンダ)』って。失礼だと思わない?」

「私がいない間も一夏は平常運転だったんだな」

 

 箒はダウン中の一夏に死体殴りの一発を入れる。なお、痛みはない。

 

「ムカつくことに男子連中は『それもそうだ』とか妙な納得してからかわなくなったのよ! まだ小学生だったのにぃ!」

「……男連中はすでに悟っていたんだ。鈴は希少価値だって」

「むっかー! ダジャレを混ぜてないところがマジでムカつく!」

 

 一夏はぼそっと一言だけ呟いたがまだ完全に回復したわけではない。

 他の話はないのかと聞かれた鈴は日本を発ったときの話をする。一夏のひどさで共感を得られるとっておきの話だ。

 

「あたしが中国に発つときのことなんだけど、一夏がひどいのよ」

「何があったの……?」

 

 今度、相槌を打ったのは簪。彼女は無事昼食を食べ終わった。

 鈴は拳を作り力強く思いを伝える。

 

「一夏のやつ、目に涙を溜めながら『鈴なんて、中国に言っちゃいな(チャイナ)』とか言うのよ? だからこの15年の人生で一番の右ストレートをお見舞いしてや――」

「アッハッハッハ!」

 

 まさかの簪の大笑い。なんとなく簪のことを察していた鈴だったがこのエピソードでも笑われるとは思っていなかった。

 

「え? これって笑うところだった? あたしがおかしいの?」

「大丈夫。私はお前の味方だ、鈴」

 

 箒が鈴に理解を示す。ただし鈴が箒を理解できるかは置いておこう。

 こうして鈴を交えた昼食の時間は過ぎていった。

 

 

  ***

 

 

 放課後。一夏はアリーナの地下にまでやってきていた。普段は立ち入りを禁止されている場所だが、一部のみ簪のために解放されているのだと一夏は聞いている。

 一夏が訪ねると簪、のほほんさん、その他先輩が数名いるピットのような施設だった。彼女たちは1機のISを囲んで作業に没頭している。

 

「やっと見つけた。最近、放課後になるといないから何してるかと思えば、専用機の調整してるんだって?」

 

 一夏が声をかけると彼女たちの作業は止まる。一夏の顔を見た簪の第一声は、

 

「一夏に教えたの……誰?」

 

 作業メンバーを疑うものだった。明らかに不機嫌である。

 

「ごっめーん、私だ。ダメだった?」

「別に……」

 

 一夏の情報源は整備科2年の黛薫子先輩だった。一夏の中ではIS学園のことはこの人に聞けばわかるという認識で固まっている。情報料は自分の情報であるという意味を理解しないまま一夏は幾度となく利用していた。

 簪が薫子に詰め寄っている隙にのほほんさんがそっと一夏に耳打ちする。

 

「かんちゃん、弐式の開発が思うようにいかなくて荒れてるの。卑しいおりむーが癒してあげて」

「よし、なんとかしてみせる」

 

 それぐらいどうとでもなると軽く承諾する。

 

「でもダジャレは厳禁だよ~」

 

 急激に難易度が跳ね上がった。

 ダジャレ厳禁。のほほんさんは「T・P・O!」と言いながら作業グループの中に戻っていった。

 

「かんちゃん、休憩にしよ~」

「うん……」

 

 のほほんさんの提案で弐式の作業は中断される。先輩たちは気分転換に外へと出て行くところだ。簪はまだ弐式の傍を離れず、のほほんさんが一夏に寄っていく。

 

「私も外に行くから後はよろしく~」

「え、ちょっと――」

 

 彼女は一夏の肩をポンと押すと先輩たちの後を追った。

 広い空間にポツンと2人だけ取り残される。

 簪は一夏がいることにも構わず黙々と弐式のデータに目を通してるところだ。

 

「簪は休憩しないの?」

「まだ大丈夫」

 

 一夏の方を振り向きもしない。一夏は自分のわかる範囲で話を広げようとする。最初の訓練のときの電話の内容にも察しがついていた。

 

「弐式は簪の専用機のことだったよな。俺の白式のせいで開発が遅れて――」

「違う! 私が望んだの!」

 

 簪が叫ぶ。強い否定だった。

 

「全部を選びたかった……私が望んだの……」

 

 一夏には簪の真意は掴めない。ただ「そっか」と場を濁すことしかできなかった。

 この日以降、クラス対抗戦当日まで一夏が地下に行くことはなかった。


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