ここにいたのか、マイ・エンジェル!   作:ジベた

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第5話 散らかった部屋から靴下を――

 1週間の訓練を終了した。毎日というわけにはいかなかったが、簪からの指導を受けて一夏にはIS操縦の基本が少しは身についている。試合前最後の訓練も確かな手応えを感じていた。

 着替えを終えて寮への道を戻り始める。食堂に行く前にシャワーを浴びたいと考えていた。辺りに目もくれず、さっさと歩く一夏。そこへ、

 

「織斑くん、ちょっと時間ある?」

 

 声をかけてくる生徒がいた。一夏は初めて会う人だが、彼女の顔はどこか簪と似ているところがある。心当たりがあった。

 

「更識楯無先輩ですか?」

「そうよ。簪ちゃんから聞いたの?」

 

 楯無は一夏が知っていたことを意外そうに話す。ちなみに一夏は簪から楯無のことは一切聞いていない。

 

「いいえ、黛先輩からです」

「薫子か……変なこと言ってなきゃいいけど」

 

 変なことの心当たりもあった一夏だがここは黙っておく。

 頭を抱えてしまった先輩に自分から話を振ることにした。

 

「俺に用があったんじゃないですか? 何もないんでしたら早いところシャワーを浴びたいので」

「用というほどでもないんだけど……あの子と仲が良いそうね?」

「簪ですか? まあ、自主訓練でお世話になってます。何か問題でも?」

 

 わざわざ姉が出張ってきたということで一夏は緊張していた。もしかすると妹を溺愛している人で『簪ちゃんに悪い虫がついた!』とやってきたのかもしれない可能性まで脳裏に描いている。

 しかし逆だった。

 

「問題なんてあるわけない。むしろ礼を言いたいくらいよ。私はあの子に何もしてあげられないから……」

 

 一夏は何も言わない。事情は良くわかっていないが、簡単に口だしできることではないとだけはわかった。

 

「辛気くさいこと言ってごめんね。あの子のことになるとどうも普通ではいられないの」

「それだけ簪が特別なんでしょう」

「それはもちろんそうよ。だからこそ心配事があるの」

 

 ここに来て楯無は本題に入る。

 

「私はしばらくの間、IS学園を離れてロシアに行かなくちゃいけない。その間、織斑くんには簪ちゃんを守っていてほしい」

「いろいろと聞きたいことはありますけど……しばらくってどのくらいですか?」

「1ヶ月はかかるわ」

 

 1ヶ月。クラス対抗戦の時期まで楯無はIS学園を留守にしていることになる。

 

「なんでロシア?」

「私がロシアの国家代表操縦者だからよ。専用機の関係で外せない用事なの」

「守るって何から? 簪を狙うような輩がいるってことですか?」

「あくまで可能性があるというだけ。あの子も更識だから。具体的にはあの子から更識について聞いてみればいいわ」

 

 突然現れた簪の姉は、あまりにも唐突にきな臭い話を持ち込んできた。

 明日、ISで競技をしようとしている段階の一夏には早すぎる話である。といっても一夏に戸惑いはほとんどない。返事が決まっているからだ。

 

「ここで守らないなんて答える奴は男じゃない。俺が先輩の代わりに簪を危険から守る。それでいいですか?」

「ええ。じゃあ、お願いするわ」

 

 楯無は言うだけ言って去っていく。一夏にはダジャレを混ぜる余裕もなかった。

 

 

  ***

 

 

 セシリアとの決闘の当日となった。放課後の第3アリーナには1組以外の生徒も観戦に来ている。それだけ唯一の男性操縦者が実際にISを動かすところを見たいということなのだろう。

 一夏側のピットには簪とのほほんさん、ついでに箒がいる。他には織斑先生と山田先生までいるが、片側に2人とも来てしまっていて依怙贔屓にはならないのだろうか。

 現在、一夏は当日に届いた専用機“白式”に乗っている。打鉄に乗ったときにはなかった感覚が一夏を包んでいた。

 白式のスペックデータに目を通していた簪が忠告する。

 

「打鉄と比べてスラスターの燃費が悪い……注意して」

「移動コストが限界を超すと(コスト)動けなくなるってことだな、簪!」

 

 小気味よいハリセンの音と簪の笑い声がピット内に響く。

 織斑先生の一言が入る。

 

「したり顔は試合に勝つまでとっておけ」

 

 本人だけのときは負けてもいいと言っていたが、皆の目がある場合は勝てとしか言わない。そんな姉だった。

 皆に見送られて一夏はゲートをくぐる。白式は打鉄よりも動きが軽かった。

 

「さあ、織斑選手が入場しました! 先ほどまで待ちくたびれて肩が凝りそうだと言っていたオルコット選手も気を引き締めなおします」

 

 一夏とセシリアが向かい合う。まだ試合の開始前。互いに言葉をぶつけ合う。しかし客席には2人の声が届かず、実況しか聞こえない。

 

「それにしても入学2日目にして生まれたこの因縁。今思えば、原因は私にあると思われます。しかしノったセシリアにも責任があると私は声を大にして伝えたい! 織斑くん! やっちゃってください!」

「実況、ウザい!」

「今、ウザいという野次が客席から飛んできました。そう! 実況する私は皆のウザキャラ、リコリン! 応援ありがとう! と、私の紹介も済んだところで試合開始です!」

 

 特に実況を合図にはしていないが試合が始まった。先制攻撃はセシリア。不意打ち気味にスターライトmkⅢを発射する。攻撃は一夏の肩を掠めていった。

 

「初心者に対して開幕直後の不意打ち! さすがはセシリア・オルコット。イギリス代表候補生の狡猾さが全世界に伝わることでしょう!」

「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすものですわ」

「正当化しようとしていますが、彼女がやっていることは初心者狩りでしかありません。全然かっこよくないことだけは確実です。直撃できてない辺りが大変恥ずかしいことこの上ない」

「お黙りなさい!」

 

 セシリアはいちいち実況に反応している。それは一夏を相手にするのに全力を出す必要などないと暗に言っていた。

 事実、一夏はセシリアのブルー・ティアーズ・ビットの包囲攻撃を抜けることができず、格闘戦に持ち込めずにいる。

 

「織斑選手、苦戦を強いられています。どうやら射撃武器を持っていない。初心者にブレードオンリーな専用機を用意した人は頭がイカレていると断言します」

 

 そうとは知らずに岸原リコリンは篠ノ之束すらディスっていく。

 このまま一夏が逃げ続けるだけの展開となると誰もが思っていたそのときだった。

 一夏の左手に量子変換されてくる物体があった。

 

「おっと、ここで織斑選手。ブレード以外の武器を取り出すようです。面積の大きさから見てシールドの類でしょうか……いや、これは!?」

 

 初めて実況が観客の代弁をしていた。

 一夏が拡張領域から取り出したのは150cm×210cmほどの長方形で奥行きの薄い平面的なもの。しかしとても柔らかい材質でできており、具現化された時点でその形を保てない。一夏の掴んだ箇所を中心として残りは重力に任せて垂れ下がるのみである。

 要するに布団である。

 一夏は布団を抱えてセシリアに突撃する。

 当然セシリアはビットの集中砲火を浴びせた。

 一夏は布団を手放し、一時撤退する。

 残された布団は計4本のビームを浴びることとなる。

 結果――

 

「布団が吹っ飛んだー!」

 

 布団は無惨に散った。実況のリコリンは言ってからハッと気づく。

 

「どうやら私にこれを言わせるためだけに持ち込んだようです! さすがは織斑選手、試合とは関係ないところでやってくれます!」

 

 リコリンには一夏のドヤ顔が眩しかった。

 その頃、一夏側のピットではお腹を抱えている簪と、

 

「あれ、私の布団じゃないか?」

 

 犠牲になった布団を見て目が点になっている箒の姿があった。

 

 

  ***

 

 

 試合はセシリアの勝利で終わった。一部ふざけたところもあったが一夏はビットを3つ落とすところまでセシリアを追い込んでいたので織斑先生の期待には応えたといえる。

 ちなみに使用した布団はわざわざ箒の使用しているものと見た目が同じものを用意しただけである。しかしながら、ピットに戻った一夏をハリセンの洗礼が待っていたのは言うまでもないことだろう。

 大方一夏の思惑通りにいったと言える最良の結果だ。

 だが一夏はセシリアの思惑だけ読み切れていなかった。

 試合の後、彼女はこう言ったのである。

 

『無理矢理入学させられただけの者にクラス代表は任せられませんでした。しかしながら一夏さんはこの短期間でわたくしのブルー・ティアーズの攻撃を避けるだけの操縦技術を会得しています。賞賛に値する努力です。男性だからと否定したわたくしの目が曇っていました。あなたならばクラス代表を務めるだけの資質があるでしょう。わたくしは立候補を取り下げて、織斑一夏を推薦いたします』

 

 クラス代表になりたくない一夏は焦った。勝負に勝っておいて辞退はおかしいと反論した。しかし、織斑先生はこう言いのけた。

 

『私はこの試合でクラス代表を決めるとは言ったが、勝った方をクラス代表にするとは言っていない』

 

 一夏が敗北した瞬間であった。一夏がセシリアを推薦したところで悪足掻きでしかない。多数決を取ろうものなら間違いなく一夏がクラス代表となる。

 

 試合に負けて勝負には勝った……つもりでいたら勝負にも負けていた。

 傷心の一夏は自分の部屋に戻ることなく、とある部屋をノックする。左手には手土産も持って。

 

「は~い」

「のほほんさん? 一夏だけど」

「かんちゃんに用事ー?」

「そんなところ。入ってもいい?」

「うん。開けるねー」

「本音、待っ――」

 

 部屋がオープンされる。ドアを開けて出迎えるのほほんさんは着ぐるみパジャマ姿。奥では部屋着の簪が転んでいた。

 

「大丈夫か、簪?」

 

 一夏が部屋の中へと入っていく。シャワールームの入り口を通り過ぎたところで部屋全体を見た一夏は唖然とせざるを得ない。

 部屋の中はひどく散らかっていた。ものが少なくスッキリしている一夏と箒の部屋とは正反対である。まだ入学してから10日ほどであるのに……

 

「部屋、散らかってるなー」

「待ってって……言ったのに……」

 

 部屋を見られて涙目の簪をスルーして、一夏は衣服の散らかってる箇所からあるものを引っ張り出した。

 

「見ろよ、簪。脱いで放りっぱなしの靴下を発掘した(靴下)――ぐげっ!」

「デリカシー……0」

 

 簪は一夏の顔面に枕を押しつける。さすがにダジャレでは誤魔化しきれない失礼さだった。

 目元だけを押さえられ、口元が自由だった一夏は言わざるを得ない。

 

「目の前が真っ暗()だ」

「ぷふっ!」

 

 簪が吹き出したところで一夏の顔から枕が離れる。自由になった一夏は部屋の惨状――主に衣類から目を逸らして告げる。

 

「片づけをしようか?」

 

 

  ***

 

 

 一夏は一度廊下に出て、部屋が片づくのを待った。持ってきた手土産のうち、飲み物は先に冷凍庫に閉まっておいた。

 待っていたら室内から漏れ聞こえてくる物音が収まり、扉が開けられて簪がおずおずと顔を出した。一夏は先に話しかける。

 

「片づけ終わった?」

「うん……」

「散らかってたものは全部棚かどっかにしまったな()?」

「ぷっ」

 

 簪を軽く吹かせたところで一夏は室内に案内される。

 ものは多いがちゃんと整頓されていた。やればできるのである。

 

「おりむー、いらっしゃーい!」

「今日は……残念だったね」

 

 簪の第一声は慰めであった。試合に負けて残念だったと言いたいのだが、もちろん一夏の受け取り方は違う。

 

「本当だよ。俺はクラス代表なんてやりたくなかったのに」

「おりむーは試合に負けたかったんだよね~」

「勝ちたく……なかったの?」

 

 本当に驚いている簪に見つめられて一夏は本音を漏らす。

 

「最初はね。だけど、簪に教えてもらってるうちに自信がついたってのもあってさ、最後の方は必死に食らいつくことしか考えてなかった」

「そう……」

 

 興味なさそうな簪の相槌。しかし、誇らしげに笑みを向けていた。

 一夏は初めて入った簪たちの部屋を見回す。まず出てくる感想は部屋の中で最も多いものについて。

 

「中々ファンシーな部屋だな。ぬいぐるみとか着ぐるみとかいっぱいで」

「全部、本音の……」

「うん、私の手作りだよ~」

「これ全部?」

 

 中学時代までの家事の都合上、一夏は裁縫にも手を着けている。その一夏の目にはぬいぐるみ群がどこぞの製品としか映っていなかったのだ。のほほんさんの仕事の出来映えに感心せざるを得なかった。

 一夏の中のちっさいプライドがこれ以上詮索するのは危険だと判断した。他の気になるものに話題をすり替える。

 

「ぬいぐるみだらけの部屋なのに、テレビ脇のラックには古いDVDが並んでるな。しかも全部男の子向けのヒーローものじゃん」

「それ、私の……悪い?」

 

 一夏の物言いに簪はムスっと気を悪くする。一夏はそんな簪の様子にも気づかずに話を続ける。

 

「悪いわけない。俺はこの歳でもまだ好きだぞ?」

「良かった」

 

 結果的に簪が勝手に胸を撫でおろすこととなった。

 

「でも、簪がこういうの好きってのは少し意外ではあるな」

「そうかな……?」

「だってヒーローへの憧れって男子特有だと思ってたから……」

「一夏はヒーローの戦う意味って何だと思う?」

 

 唐突に簪が饒舌になる。趣味の話だからだと思った一夏だったが、それにしてはテンションが低いとも感じていた。

 

「人それぞれだろ?」

「そう。そして、必ずしも見返りがあるとは限らない。それでも戦えるのはどうして?」

「そういう状況にならないとわかんないだろうな」

「私はそれを知りたいの。そうであって欲しい答えはあるけど、自信は持てない」

 

 話はこれで終わりだった。子供っぽい趣味という印象はどこかへと消え失せ、一夏は簪という女の子について考えを改め始める。

 

「そういえば……一夏はどうして私の部屋に……?」

「大したことじゃないよ。最初だけとはいえ負けるつもりだった卑しい俺を癒し(卑し)てもらいに来ただけ」

 

 簪が落ち着くまでお待ちください。

 

「篠ノ之さんは……?」

 

 簪は気になっている名前を挙げる。慰めが欲しいのならば簪のところに来る必要などないと暗に言っている。そのような言い回しが一夏に通じるわけがなかったが。

 

「なんで箒が出てくるんだ?」

「いつもおりむーと一緒にいるからね~」

「どういう関係なの?」

「まあ、箒とは共依存みたいな関係だな。ダジャレに何かしらの反応が欲しい俺と、とりあえずツッコミを入れたい箒だから」

「そう……」

 

 またしても興味のなさそうな相槌。今度は口を尖らせて下を向く。

 一夏はそんな簪の細かい変化には気づかない。

 

「そういえば喉が乾かないか? 何か飲みながら話をしよう」

「私、持ってくるね~」

 

 のほほんさんが冷蔵庫に取りにいく。冷やしてあったジュースを適当に取り出してコップに注いだ後、冷凍庫から氷を取り出そうとした。

 しかし冷凍庫には普段見慣れないものが入っている。開栓して中身が減らしてあったコーラが3本。飲みかけにしては妙だった。

 

「かんちゃん、冷凍庫にコーラが入ってるよー?」

「悪い。勝手にコーラを凍ら(コーラ)せようとしたのは俺だ」

 

 トラップ発動。

 簪の笑い声とともに時間は過ぎていった。


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