ここにいたのか、マイ・エンジェル!   作:ジベた

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第4話 俺の強化訓練はいつから?

 セシリアとの決闘が決まった日の放課後――

 

「助けて、箒ちゃーん!」

 

 一夏は箒に泣きついていた。

 

「ええい、引っ付くな! セクハラに対してはハリセンでなく竹刀か木刀が出てくるぞ!」

「さて、箒。早速相談したいことがある」

 

 竹刀か木刀と聞いた一夏はだらしない姿を瞬時に立て直す。顔を精一杯キリッとさせて今後について話し合おうとする。しかし、

 

「言っておくが私はISに関しては素人だ。何も助言はできんぞ」

「……マジ?」

 

 一夏の決め顔はあっさりと崩れた。

 

「なんでだよ!? 束さんの妹だろ?」

「では一夏は千冬さんの弟だ。ISの操縦技能が達者なのだろうから私が教えることなどないな」

「ごもっとも」

 

 反論できず受け入れる。こうして一夏の唯一のアテは無くなった。

 決闘することにしたのは一夏自身だ。それは単純にセシリアが勝つであろう方法を取りたかったという理由がある。一夏の目的はセシリアの目を自分に向けることができた時点で達成していた。むしろ決闘など負けた方がメリットがあるくらいだ。

 だから本番まで何もせずに過ごし、形だけ試合をして必然的に負ければ良かった。

 

「でも俺には瞬殺されるわけにはいかない理由があるんだ!」

「やはりあの決闘は負けることが前提だったか。それで? どんな問題が発生した?」

「実はあの後、千冬姉に呼び出されてさ。柄にもなくこんなことを言ってきたんだ……」

 

『最初から勝利という結果など求めなくていい。まずは自らの全力を出し、自らが越えるべき今の限界を知ることが大切だ。お前はまだひよっこなのだから負け自体は悪いことではない。全力を出した先で得るものこそ価値がある。私は期待している。一夏が何もできずに終わることはないはずだと。勝つにしろ負けるにしろ、どう成長するか私に見せてくれ』

 

「ここまで言われて『いやー、実はわざと負ける気なんだ。テヘ』なんて言えるかボケェ!」

「あの千冬さんがストレートに応援してくれるとは珍しいこともあるのだな。まあ、期待に応えられるよう頑張れ」

「でも何からすればいいのか見当がつかない」

「よし、私と剣道でもするか!」

「いいかもしれない。早速検討してみよ……って誰がするかっ!」

 

 スパーンっとハリセンの音が響きわたる。ノリツッコミをしていたはずの一夏がツッコミを入れられるという傍目にはよくわからない事態となっていた。

 

「なぜ俺がハリセンで叩かれてるんだ?」

「細かいことは気にするな」

「喜々としてハリセンで叩いてくる幼馴染みの存在は細かいことなのか?」

「ああ、もちろんだ」

「即答された!? まあ、別にいいけど」

「では私は剣道部へ行く」

「いってら――待って! まだ置いてかないで!」

 

 だが無情にも箒は立ち去ってしまった。一夏はがっくしと膝をついて独り言を垂れ流す。

 

「どうすんだよ、俺。この一週間、何をすればいいのか本当に見当がつかないぞ。どうすれば千冬姉の望むような健闘(見当)ができるんだ?」

 

 無理はあるが独り言ですらも平常運転な一夏だった。

 ツッコミを入れる者はいない。しかし、

 

「ぷふっ! 健闘する方法の見当が付かない……面白い」

 

 笑ってくれる人がいた。

 

「更識さん!? 帰ったんじゃ?」

「織斑くんが……困ってると思って……」

 

 突然の天使の登場に一夏は癒される。箒がいないことやセシリアとの試合のことなどどうでも良くなっていた。

 そのまま天に召されそうなくらいに恍惚としている一夏の肩を簪がチョンチョンと突っつく。

 

「訓練……手伝おうか?」

「え? いいの?」

 

 一夏が問い返すと簪はコクンと頷いた。

 予想外の展開だと一夏は思っている。なぜならば彼は簪のことを天使と思うと同時に、彼女に迷惑をかけているという自覚があった。むしろ嫌われている可能性まで考えていた。

 

「でもどうして?」

「私が笑ったのが原因だから……」

 

 簪は一夏の思惑を悟っていた。決闘は全てセシリアの目を簪に向けないために仕組んだものだと。

 

「違う」

 

 だが一夏は簪の言葉を否定した。

 

「違う……?」

「そう。更識さんが笑ったのは絶対に悪いことなんかじゃない。だから更識さんは何も悪くない。責任なんてないんだって」

 

 内心では残念だと感じながらも一夏は簪を突き放す。ここで受け入れてしまえば、一夏はダジャレを笑った簪が悪いと認めることになってしまうからだ。それは一夏自身の存在意義を奪うことにつながってしまう。

 2人は互いに何も言えなくなって固まってしまう。

 どっか行けだなどと言えるわけがない一夏。

 言い訳を否定されてどうすればいいのかわからなくなった簪。

 この膠着状態は1組一番の脳天気によって破壊されることとなる。

 

「おりむー、かんちゃーん! 今日のアリーナはもういっぱいだったよ~」

 

 トテトテと走ってきたのほほんさんがアリーナの状況を2人に伝える。

 彼女は何も会話せずに立ち尽くしている2人を見て何かを察し、提案をする。

 

「まずは名前で呼び合おう」

「え!? どうしてそうなるの?」

 

 一夏がのほほんさんに問う。しかし、簪は違った。

 

「い、一夏。私は……責任感だけで手伝うって……言ったわけじゃない……ちょっとだけ……前を向きたくなったから」

 

 名前で呼ぶ。それだけで簪は言いたいことを言えた。少しずつ、少しずつ、絞り出すような言葉は一夏の胸に沁みていく。

 

「ありがとう、簪。心強いよ」

 

 一夏は簪を受け入れる。こうして一夏の訓練の相棒が誕生した。

 

「訓練はいつからやる?」

「今日は無理……明日から」

「わかった。じゃあ、また明日な、簪」

 

 今日のところは別れる。一夏のIS学園2日目が終わった。

 

 

  ***

 

 

 翌日の放課後となる。この日、ここまでの間、箒のハリセンは一度も現れてはいない。

 

「一夏、ボケろ」

「突然どうした、箒!? 目が逝っちまってるぞ!?」

「どうしたはこちらの台詞だ。なぜ一夏がいるのに私はハリセンを振るえぬのだ?」

「いや、いくら俺でも年がら年中ダジャレしか言わないわけじゃないって」

 

 言い返せない箒は竹刀すら持たないまま剣道の素振りのような動きを繰り返し始めていた。箒には中学時代に全国大会で優勝したという経歴があるが、一夏がいない代わりに竹刀を遠慮なく振れる場所を求めた結果であるのだと一夏は考えている。

 一夏と箒がじゃれ合ってるのはいつものこと。しかし、今日は遠くから2人を見つめる簪の姿があった。ようやく一夏は簪に気づく。

 

「あ、簪! 俺の強化訓練はいつからだっけ?」

今日か(強化)ら……ぷっ」

「何だと!?」

 

 箒が目を丸くする。すかさず一夏は補足する。

 

「昨日箒に見捨てられた後、簪が協力を申し出てきてくれたんだよ」

「今のでは私のハリセンの行き場がないではないか!」

「そっち? あ、うん。残念だったね」

 

 箒は自分よりもダメな子なんじゃないかと一夏は思い始めた。

 仕方がないので一夏はまだ笑っている簪の手を引く。

 

「一夏……?」

「のほほんさんがアリーナと訓練用の機体を取っといてくれてるんだろ? 早く行こうぜ」

「え、でも篠ノ之さんは――」

「放っとけばいい」

 

 一夏と簪はアリーナへと走る。箒は昨日見捨てた手前、追ってくるような真似はしなかった。

 

 放課後の第三アリーナ。当日の試合と同じ会場を確保できた一夏たちは打鉄の周りに集まっている。

 ここまで来て一夏は今更な質問をすることにした。

 

「そういえば皆はどれくらいISを動かしたことあるの? 実は俺と大差ないみたいなことあったりしない?」

「大半はそうだよ。でも簪はオルコットさんと同じ代表候補生だから入学前にも結構な時間、ISを動かしてるはず」

 

 谷本が答えてくれる。簪は特別らしい。

 

「そうなのか、簪?」

「う、うん……」

 

 一夏も簪が代表候補生だということは知っていた。ただし言葉だけ。

 

「ところで代表候補生って具体的にどんな感じの立場なんだ?」

 

 その場にいた全員がずっこけた。あののほほんさんですらである。

 

「知らないのに昨日、オルコットさんにあんなこと言ってたの?」

「あんなこと?」

「初心者にムキになるのは代表候補生として滑稽だって言ってたじゃん」

「谷本さん。挑発は意味を知らなくてもできる」

 

 自信満々に告げる一夏。そんな一夏の後頭部をコツンとソフトタッチな拳骨が襲う。

 

「誰だ――って簪!?」

「……偉そうに言うことじゃない」

「はい。すんません」

 

 素直に謝った。なお、簪が右手を痛そうにさすっているのだが一夏は触れないでおいてあげた。

 この日の訓練は代表候補生とはなんぞやという説明から始まり、打鉄で歩行するまでを練習した。

 

 

  ***

 

 

 次の日の放課後。今度はのほほんさんも谷本もいなく、簪と2人だけで訓練をすることとなった。

 昨日の復習ということでガシャンガシャンとゆっくり歩く。今日は借りた打鉄が2機あるため簪も隣を歩いている。

 

「一夏、上手くなった」

「まだ歩くことしかできないけどな。実際は空を飛ぶんだろ?」

「実を言うと……空を飛ぶ方が簡単」

「マジか! じゃあなんで必死に歩こうとしてるんだ?」

「……千里の道も一歩から」

「文字通りの一歩じゃなくてもいいんじゃないですかねぇ!」

「真面目に答えると……機体コントロールの練習になるから」

「ああ、そういうことか。飛ぶだけなら簡単だけど、思ったように飛ぶかは別ってわけだ」

 

 簪はコクンと頷く。簪が言うならば大切なことだと思えた一夏はなおさらまともに歩くことに集中した。

 

「ごめん……連絡が入ったから、少し抜けるね」

「わかった。しばらく1人で歩いてるよ」

 

 並んで歩いていた簪がアリーナの端へと飛んでいく。軽く話をする程度であるからピットに戻るまでもないと判断してのことだ。ISに乗ったままでも携帯で話すことくらいはできる。

 一夏はひたすら歩いている。集中こそしていたが、打鉄のハイパーセンサーは簪の声を拾っていた。つい耳を傾けてしまう。

 

「私なら大丈夫。弐式の開発が滞ってもいいので白式に集中してほしいです」

 

 何か真面目な話をしていることは一夏にもわかるが、何の話題かは掴めない。

 

「弐式は未完成でも送ってください。あとは私がやります。でも白式は確実に仕上げてください」

 

 通話が切れたようだ。簪は携帯をしまって一夏の元に戻ってくる。

 一夏では理解できない内容だった。とりあえず単語の意味だけ聞いてみる。

 

「簪。ちらっと聞こえちまったんだけど“弐式”って――」

「一夏には関係ない」

 

 初めて簪にきつい口調で言い返されて一夏は押し黙る。

 簪は簪で口を押さえて黙り込んだ。

 気まずい空気が流れる。

 都合の悪いことを聞いてしまった一夏。

 つい一夏にイライラをぶつけてしまった簪。

 どちらとも何と言えばいいのかわからない。

 そんな空気をぶった斬る者が現れるまでは。

 

「ほう。ちゃんとやっているようだな」

 

 一昨日は一夏を見捨て、昨日もついてこなかった箒が今日はアリーナに顔を出した。

 一夏はこれを好機と捉える。偉そうにしている箒に言ってやる。

 

「当たり前だ。もうとっくに簪先生による厳しい猛特訓(もうとっく ん)は始まってる」

「厳しい先生は笑い上戸なのだな」

 

 箒の目がギラギラと光っていた。

 居合いの構えから繰り出されるは篠ノ之流抜刀術の奥義、“五六八(いろは)散らし”。

 真剣の代わりに出現したハリセンによる高速連撃は篠ノ之束の技術力も合わさることで剣術の域を超えている。

 一夏は全身がハリセンで叩かれる感覚に陥った。

 

 簪は笑っている。

 やたらと嬉しそうにハリセンでバシバシ叩いてくる幼馴染みもいる。

 空気が変わった。

 

「簪。次は何をすればいい?」

「アッハッハッハ――ゴホッ! 次は……足跡を残さずに歩く訓練」

 

 次の訓練内容を聞いて一夏は後ろを振り返る。今まで歩いてきた場所には打鉄の足跡がくっきりと残されていた。ただし、1人分だけである。簪の残したと思われる足跡は一切ない。

 

「えーと、どうやればいいのかわかんないんだけど……」

「山田先生の授業……聞いてる?」

 

 ジト目で見られた一夏は気まずげに頬を掻いた。授業を聞いたところでほとんど理解できていない。

 

「さっぱり」

 

 正直に答える一夏に簪はふふふと微笑んだ。ダジャレを言ったときの大笑いとは違う笑顔に一夏の胸が高鳴る。

 

「まだ授業で教えてないよ」

「くっ――この俺がまんまと罠にかかったのか」

「ごめん……今から教える」

「お願いします」

 

 簪から丁寧な指導が入る。足跡を残さずに歩く方法の実体は低空飛行のことである。ISの重量を地面に一切かけることなく足の裏を地面と接触させるという精密操作を行い、あたかも歩いているように見せるという訓練だった。

 一夏は1歩目からISの重量を地面に伝えてしまい、見事な足跡を残す。先は長そうである。

 そんな一夏と簪の訓練風景を見守っていた箒は踵を返してアリーナを去った。

 

「手間のかかる奴だ」

 

 文句を言いながらも彼女は満たされている。

 ……やはり1日1ハリセンは必要だ。


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