ここにいたのか、マイ・エンジェル!   作:ジベた

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第3話 昼食の相席。気になるあの子と――

 ――更識簪。

 メガネをかけて俯いていることが多く、さらに無口であるため暗い印象のある生徒。

 小学校、中学校共に私立の女子校に通っていたという典型的なIS学園女子生徒の経歴を持つ。学費から家が金持ちであることも推測される。ただし、日本代表候補生という謎の肩書きがあり、その点で他の生徒とは違う。

 家族構成は不明だが、IS学園の2年生に更識楯無という名前の生徒が在籍している。更識という名字は珍しい。姉妹、もしくは親族である可能性が高い。

 IS学園における交友関係の中心は隣の席の布仏本音(以後、のほほんさんとする)である。のほほんさんには底抜けの明るさがあり、簪本人が何もしなくとものほほんさんを中心とした数人のグループが形成されている。なお、簪はのほほんさんと入学以前からの付き合いであるという確定情報も入っている。

 気になるスリーサイズは本人の名誉のために伏せておく。

 

「――というのが午前中の授業そっちのけで調べた俺の天使の情報だ」

「何をしとるんだ、お前はっ!」

 

 昼前の最後の授業が終わった直後、箒は一夏の話を聞くなりハリセンで思いっきりひっぱたいた。既に当たり前の光景と認識されているために誰も気に留めない。

 

「え? だって俺の天使だよ?」

「だからどうしたっ! ただのストーカーではないかっ!」

 

 2発目も頭にすさまじい速度でハリセンが叩きつけられる。

 しかし、さすがの束製。一夏は痛くも痒くもない。凄まじいのは音だけだ。

 

「大体、そのような情報をどこから仕入れてきたというのだ?」

「右後ろの席の谷本さんと休み時間に廊下で会った黛先輩の2人から聞いた情報がメインで、残りはググった」

「その行動力を他に活かせといつも言っているだろう……」

 

 箒は呆れてツッコミを入れる気にすらならなくなった。

 

「というわけで、箒」

「なんだ?」

「飯に行こうぜ!」

「わかった」

 

 今の一夏が何をしでかすのかが不安になりつつあった箒だったが、普通の提案でホッとした。

 

 

  ***

 

 

 食堂。混雑する中でなんとか食事を確保した一夏と箒の2人は空いている席がないか探した。早速箒が空いている席を見つける。

 

「一夏。あそこが空いて――」

「ダメだ。俺が行くべき場所は違う」

 

 どこで食べようと同じはずであるのに一夏は拒んだ。この時点で箒は一夏の思惑に察しがついた。

 

「織斑くーん! こっちー!」

「あ、谷本さん! ありがとう!」

 

 手を振って一夏を呼んでいるのはクラスメイトの谷本癒子。簪の交友関係を漁る際に知り合い、協力まで取り付けていたのだった。この段取りの良さに箒は呆れを隠せない。

 既に食事の最中であるグループの中に一夏と箒が入っていく。一夏は谷本さん以外の女子全員に一声をかける。

 

「相席いいか?」

「いいよー」

「むしろ大歓迎!」

 

 概ね好意的に受け入れられていた。肝心の一夏のターゲットである簪も同席しているが、彼女の反応は寂しいもの。

 

「……別に」

 

 明らかに鬱陶しがられている。調べた印象の通りの対応だ。

 だがこれも一瞬でひっくり返せると一夏は信じていた。

 

「ありがとう、皆。この相席をきっかけにして愛接近(あいせっきん)! なんてな」

 

 その瞬間に簪は口を押さえて横を向き、体を震わせていた。

 

「更識さんだよね? 大丈夫?」

 

 一夏はわかっていて敢えてそう問いかける。すると返事は彼女ではなく隣ののほほんさんから来た。

 

「あ、うん。かんちゃんは大丈夫だよ、おりむー」

「おりむーって俺のことなのか、のほほんさん」

「そうだよ~」

 

 のほほんさんは肯定するだけだった。初対面でいきなりのほほんさんと呼ばれることに何も抵抗はないらしい。

 とりあえず輪に加わることが出来た。一夏は早速ミックスフライ定食を食べ始める。なお、箒は既に食事を始めており、さっきはツッコミを入れなかった。

 一夏は1口目の感想を言う。

 

「このアジフライの(アジ)いいな」

 

 今度はちゃんと簪が口に何も含んでいないときを狙った。だが彼女は俯いて体を震わせるだけ。一夏からは笑いを堪えているようにしか映らない。

 

「織斑くん、それはちょっと寒いよー」

「あ、ごめんね。お詫びと言っちゃなんだが、このイカリングフライを食ってみないか(イカ)?」

 

 今度ばかりは耐えかねたのか、イカリングフライを谷本に差しだそうとする一夏の脳天をハリセンが襲う。

 

「箒さん? 食事中は大人しくできませんかね?」

「たしかに不作法だった。すまん」

「謝るだけ? 俺に何かお詫びの品とか無いの?」

「仕方あるまい。このナスをやろう」

「俺にナスを(ナス)り付けるな!」

「そうか。そこまで頑なに拒まれてしまってはやるわけにはいかんな」

「しまった! つい言っちまった!」

 

 今回は反射的に言っただけ。しかし、同席している皆が笑っていた。

 周りに釣られてか、あの簪も躊躇なく笑ってくれている。

 一夏は思ったことを口にする。

 

「やっぱりいい顔してるね」

「え……?」

 

 唐突にトーンを下げた真面目な声で一夏は簪に声をかけた。

 簪は慌てて顔を伏せる。

 だが一夏の言葉はまだ続きがあった。

 

「更識さんってもっと自信を持って前を向いてていいと思うんだ」

「それは私も思うよー、おりむー」

 

 のほほんさんが同意する。谷本さんらも頷く。入学して2日目とは思えない一体感がこの場に生まれつつあった。

 一夏が締めの言葉を紡ぐ。

 

「せっかく可愛いのに勿体ない。それに更識さん自身が不便だろ。今みたいに俯いてると前髪で前が見(前髪)えないからさ」

「勿体ないのは一夏の方だっ!」

 

 箒のハリセンが炸裂する。そんな様式美で昼食の場は締められる。

 いや、いつもとは少しだけ違う。

 

「アッハッハッハ」

 

 更識簪が笑っていた。

 

 

  ***

 

 

「授業を始める前に決めておくべきことがあったな」

 

 午後の授業の初っ端。織斑先生は臨時のHRを開始する。

 

「そろそろ同じクラスの者の人となりが少しは見えてきた頃だろう。今から1組のクラス代表を決めたいと思う。クラス代表の役割は主に生徒会の会議の出席などの雑務だが、1ヶ月後に開かれるクラス対抗戦の代表者にもなる。自薦他薦は問わん。候補者の名前を挙げていけ」

 

 一夏の感想は『面倒くさそう』のただ1点である。既にIS学園における第一目標『天使を発見する』は終わっているので、これからどう楽しく過ごすかこそが課題だった。雑務などやっている暇はない。

 

「織斑くんがいいと思います!」

 

 そんな第一声が聞こえてきたのは一夏の右斜め後ろの席からだった。お昼にはナイスアシストをしていた谷本が一夏に容赦ないフレンドリーファイアをぶち込んでくる。

 

「ちょ!? 何言って――」

「私も織斑くんがいいと思いまーす!」

「あたしもー!」

 

 一夏の抗議は多勢に無勢。次々と出てくる賛同の声に押しつぶされてしまう。

 教室中が騒がしくなってきたところで織斑先生が教卓を軽くバンと叩くと全員が一斉に静まる。

 

「今のところ推薦は織斑1人か。他に誰もいなければこれで決定にするぞ」

 

 即断即決。このままでは本当にクラス代表にされてしまう。織斑千冬のことをよく理解している一夏は対抗策を考える。そう、他に誰かいればいい。

 知ってる名前は少ない。篠ノ之箒、のほほんさん、谷本癒子、そして更識簪。押しつけられそうなのは箒しかいなかったが反撃が恐い相手でもあった。

 そんな一夏に救世主が現れる。

 

「待ってください!」

 

 両手で机をつき、勢いよく起立したのはイギリス代表候補生、セシリア・オルコット。一夏は彼女のことをよく知らず、ただ期待の目だけを向けていた。

 

「男がクラス代表になるだなどとわたくしには認められませんわ。わたくし、セシリア・オルコットがクラス代表に立候補させていただきます」

 

 一夏の内心は彼女を応援する心でいっぱいだった。

 

「皆さん、落ち着いて考え直してくださいませ。唯一の男性操縦者が珍しいことは理解できます。ですが、この男が1組のクラス代表として出た試合の成績は、1組全体の評価につながることにもなるのです。来月の対抗戦というものは外部からの視察も入る重要な試合であることを念頭に置いてください」

 

 セシリアは熱弁を始める。織斑先生が止める様子はなく、全員が耳を傾けていた。

 一夏はただうんうんと頷くだけ。

 

「あなた方は何のためにこのIS学園に来たのか。それは自身の将来のためであり、決して織斑一夏個人を祭り上げるために入学したわけではないはずです。突然IS学園に来ることになってしまっただけの織斑一夏とイギリス代表候補生であるわたくし。どちらをクラス代表に選ぶことが自分の将来の益となるのか、もう一度考え直すことを勧めておきますわ」

 

 クラス中の生徒は最後まで黙ってセシリアの発言を聞いていた。

 一夏はというと、内心で拍手をしていた。この流れで自分がセシリアを推薦すればクラス代表を押しつけることができる。皆が満足するwin-winで解決するのだ。

 だが、たった1つの野次が流れを変えてしまう。

 

「それで、セシリアの本音はー?」

 

 言った本人はどういうつもりだったのか。一夏の真後ろの席の岸原の野次を質問と受け取り、セシリアはフッと不敵な笑みを浮かべて言い切る。

 

「所詮はISが使えるだけの極東の猿。クラス代表として無様な姿を衆目に晒してしまうのはほぼ間違いありません。となれば、同じ1組であるわたくしの立場まで危うくなります。それは困りますわ」

 

 そこは伏せておくべきだった。セシリアは自分に傾きかけた流れを自分で帳消しにしてしまう。

 一夏は慌てて対処することにした。もう自分の意志を言うほかない。

 

「わかったわかった。猿は黙って去る()ことにしますよ」

 

 ダジャレのおまけ付きで。自分自身を猿と貶されたところでダジャレの材料になるならば少しもムカつかなかったようだ。

 セシリアが立候補。一夏が辞退。これで決着になっても良かった。

 

「ぷっ――」

 

 だがここで吹き出してしまった者がいる。それが誰なのか、今の一夏は確信している。さすがは俺の天使と喜ぶところだった。

 しかし――

 

「わたくしが真面目に話しているというのに、笑ったのはどなたかしら?」

 

 自分が笑われたのだと勘違いしているイギリス代表候補生がいては素直に喜べなかった。

 セシリアは不機嫌そうに周囲を威嚇する。セシリアの右斜め後ろという近い距離の“一夏の天使”は顔を伏せて怯えていた。売ってない喧嘩を買われてしまった状況だ。

 ――俺のせいだ。

 彼女を笑わせたいとは思っているが、怖がらせたいとは微塵も思っていない。

 ならばここは彼女の代わりに自分が標的となるべき。そう判断した一夏は啖呵を切る。

 

「笑ったのはお前以外の全員だ、オルコット」

「何ですって?」

 

 セシリアの目は一夏にだけ向けられる。この時点で一夏の思惑通りである。

 

「俺はISに関して完全に素人だ。それは皆もわかってる。だからこそ、俺なんかにムキになってる代表候補生の姿が滑稽で仕方ないんだ」

 

 なお、一夏は代表候補生がどれだけスゴい立場なのか全く理解していない。

 

「その発言、わたくしを侮辱していると受け取ってよろしいですわね?」

「いいぜ。俺も少しばかり頭があったま()ってきてるしな」

 

 スパーンとハリセンによる無言のツッコミが入る。

 しかし何事もなかったかのように話は進む。

 

「わたくしと勝負なさい、織斑一夏!」

「言われずとも。じゃあ、クラス代表の決め方は俺が指定してい(指定)いか?」

 

 スパーンっ。もう一発、箒による無言のツッコミが入れられる。そのシュールな光景に今度ばかりはあちこちで笑いが漏れていた。

 

「そうですわね。ISで試合となればわたくしが勝って当然です。そちらが勝てる勝負を提案なさい。もっとも、IS学園のクラス代表を決めるだけの説得力に欠ける勝負はお受けできませんが」

「問題ない。俺が提案するのはISによる1対1の決闘だからな。文句は言わせない」

 

 初めて、ダジャレ以外の発言で空気が止まった。

 静寂はやがて笑いに変わる。一夏は何事か理解できず「今、俺、ダジャレ言ったっけ?」と的外れなことを口走っていた。

 クラスメイトたちの反応をセシリアが代弁する。

 

「身の程知らずとはこのことでしょう。まともにISを動かしたことのない者が代表候補生、それも専用機持ちを相手に決闘だなどと間の抜けた冗談ですわね」

「茶化すな。受けるのか、受けないのか。どっちだ?」

「受けますわ。あなたには教育が必要でしょうし」

 

 一夏とセシリア。本人同士の話がまとまったところで織斑先生が動く。

 

「他に立候補者はいないな? では、1組のクラス代表は織斑とオルコットの試合で決めることとする。試合は今日から1週間後の放課後、第3アリーナで行う。以上だ。授業を始める」

 

 2日目の午後の授業が始まる。

 決闘が決まった一夏の内心は『面倒くさい』で埋め尽くされていた。


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