ここにいたのか、マイ・エンジェル!   作:ジベた

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第1話 IS学園には女がいっぱい――

 この春に高校生となる織斑一夏には好きなものがある。

 好きだと公言したことはないが、言わなくても周囲の誰もが認識していた。

 だがそれは同時に白い目で見られていたとも言い換えられることであった。

 織斑一夏がどういう人物か認識はされるが、同時に理解できないとも言われる。

 ついには理解者のひとりも得られぬまま彼は15年の月日を生きてきていた。

 

 春とは出会いの季節である。ましてや高校の入学である。人間関係が一新されるこの季節を一夏は長く待ち望んでいた。

 高校デビューするというわけではない。一夏は今までのようにありのままの自分を出していくだけ。求めているのは理解してくれる人との出会いのみである。

 

「色々と厄介なことに巻き込まれたけど、結果オーライって奴だな。なにせここには俺の知り合いはほぼいないと言ってもいい」

 

 入学式を終えて廊下を1人で歩く。廊下にはまだ人がそれなりにいたが、モーゼの如く一夏の道を開けてくれている。ただし、一定の距離を置いて一夏はすっかり囲まれてしまっていた。周りにいる初対面の生徒たちの注目を集めている。その理由を一夏は当然のように理解している。

 一夏が入学したここはIS学園。一夏の認識で言うと『女性にしか使えないというなんかすごいパワードスーツを扱う技術を教える世界でただ一つの教育機関』である。だから一夏の周りにいる生徒というのは全てが女子だった。

 学校で唯一の男子生徒となれば注目されて当然。それもIS学園に入学するような生徒の多くは小中の9年間を女子校に通っているため、男子との交流は薄い。動物園のパンダ並の注目度合いとなっていて、一般的な男子ならば精神がすり減りそうな状況だ。しかし一夏はこれをチャンスと考えていた。

 

「いや、ダメだ。ここだと反応されにくい」

 

 ここで一夏は行動を起こそうと思った。だが、周囲との距離が開きすぎている。これではお近づきになれない。

 さらには人が多すぎるのも問題だ。お喋りに興じている生徒もいるため、下手すると聞き逃されてしまうかもしれない。今はまだそのときではないと一夏は思い直す。

 

 とうとう教室の前にまでやってきた。1年1組。今日から1年間過ごすことになる教室だ。

 扉の向こうにはクラスメイトがいる。一夏は右手を胸に当てて深呼吸をする。第一印象が肝心。ただでさえ注目を集めているのだから噛むことだけは許されない。

 今までのことを思い返す。人並みに友人はいた。女友達もそれなりにいた。その誰もが一夏のある一点だけを残念がる。それが一夏にはたまらなく悔しい。過去に『一夏の望む反応・その2』をやってくれていた人はいたが今はどこで何をしているかも良くわかっていない。

 昔のことはもういい。今からが大切だと言い聞かせると落ち着いた。

 扉を開ける。中には机の数の半数ほどの生徒が先に来ている。全員が雑談をやめて教室に入ってきた一夏に注目していた。

 一夏はわざとらしくゆっくりと全員の顔を見回した後で言った。

 

「さすがはIS学園。女がいっぱい居んな(おんな)ー」

 

 一夏が言い終えると教室は静寂に包まれる。廊下の喧騒がハッキリと聞こえる気がするくらいだった。

 2秒が経過。一夏は『言ってやったぜ!』と言わんばかりのドヤ顔をしている。周囲の生徒は『噂の男の子がなにか言った気がするけど、私は何も聞かなかった』と判断して苦笑いを浮かべるだけ。

 微妙な空気の中、救世主が現れる。それは一夏にとってではなく、教室にいた生徒たちにとってだ。

 

「バカかっ! 皆、どう反応すればいいのか困惑してるだろっ!」

 

 巨大ハリセンが一閃される。見事な上段(しかし一夏の冗談はしょうもない)から振り下ろされたハリセンは一夏の頭にクリーンヒットし、スパーンっと良い音を響かせる。

 代弁した人がいたからか、生徒たちはそれぞれの時間に戻った。皆が『噂の男子生徒のことはまだ様子見した方がいい』という見解で一致している。彼の相手はハリセンの子に任せようということもクラスメイトたちの総意となっていた。

 一夏は後頭部を撫でながら後ろを振り向く。叩かれた部位を手で触ったのは痛かったからではなく、懐かしかったからである。視線の先には右手に持った巨大ハリセンを肩に置き、わざとらしいため息をつくポニーテールの女子。一夏は彼女のことを知っている。すぐに名前を呼んだ。

 

「箒じゃないか! 6年ぶりだな!」

「私のことがわかるのか?」

「束さんお手製のハリセンなんて持ってるのは世界でお前だけだって」

「これが世に現れたのは6年ぶりなのだがな」

「俺専用ってこと?」

「用途が限られるから必然的にそうなる」

 

 ポニテ女子の名前は篠ノ之箒。彼女は知り合いの中でも特別で、『一夏の望む反応・その2』である“ツッコミ”を入れてくれる一夏にとって大切な幼馴染みである。忘れるわけがなかった。

 彼女の持ってるハリセンは彼女の姉である篠ノ之束博士の特別製である。何が特別かというとこのハリセンは持ち歩くことを必要としない。所有者である箒が物理的にツッコミを入れたい衝動に駆られると瞬時に現れるのだ。このハリセンにISの技術が使われている可能性が指摘されているが、調べる前に消えてしまうため誰も真実を知らない。

 

「箒が居てくれるなら心強い。じゃあ、早速――」

「やめんか! もうすぐ先生が来るようだから、今は素直に席に着け」

「おう」

 

 頼もしい相方を得た一夏は意気揚々と自分に与えられた席に着く。中央の一番前という一般の高校生ならば嫌がりがちな席である。そして何よりも一夏は特別。クラス中の視線を一身に浴びるであろうことは予測できた。にもかかわらず、一夏は全く苦にしていない。

 そんな彼の様子を見守る箒は自分の席で小さく呟く。

 

「思っていたよりも大丈夫そうだ。ハリセンの振るい甲斐がある」

 

 一夏の見ていないところでハリセンを振るイメージトレーニングをする箒であった。

 

 

  ***

 

 

 クラスメイトよりも子供っぽい副担任、山田真耶先生の話が一段落する。服が制服ならば生徒に混ざっていても違和感はない副担任は若干落ち着きが足りていないが今のところは問題なく進行ができていた。

 

「それでは皆さんの自己紹介をお願いしますねー」

 

 新学期によく見られる光景の一つ、自己紹介。ノリノリでやる人もいれば、面倒くさく感じる人もいることであろう。1年1組の生徒たちもどちらかの傾向に偏っていることなどはない。そして、

 

「……ついに来たか」

 

 1年1組の特異点、織斑一夏は口をニヤリと歪ませた。この瞬間を待っていたと言わんばかりである。

 出席番号順に自己紹介が進んでいく。一夏の順番はすぐにやってきた。

 

「次は織む――」

「はい!」

「や、やる気満々ですね」

 

 一夏は挙手をしながら起立。後ろを向いてクラスメイト全員の顔を見回した。

 箒を含めたほぼ全員が一夏に興味の目を向けている。これ以上のシチュエーションは滅多にやってこないだろう。約1名、机に顔を伏せて全く顔を確認できない生徒はいるが今は捨て置くしかない。

 一夏は自己紹介を始める。これこそが俺だと熱く主張するときが来たのだ。

 

「俺の名前は織斑一夏。なんか男なのにISを動かせるとかでこんなところに来ちまったけど、大した特技もないごく普通の男子だ」

 

 今はまだ普通。ただし、先ほどの一夏の発言を聞いている生徒たちはそろそろ何か来ると身構えていた。

 

「ただ皆にこれだけは言っておきたい。IS学園生になったからといって、俺は行きつけの八百屋でネギを値切(ネギ)ることだけは絶対にやめない」

「ぷっ……」

「何を紹介しとるんだ! あと、普通の男子高校生に行きつけの八百屋なんてない!」

 

 遠く離れた席から箒がハリセンでツッコミを入れる。距離に応じて長さが変わるハイテクなハリセンだった。なお、巻き込まれたクラスメイトはいないという徹底ぶり。さすがは篠ノ之束製。

 

「篠ノ之さんの順番はまだですから静かにしててくださいねー」

「す、すみません」

 

 山田先生に注意され、箒は謝りつつ着席した。その後で本当に自分が悪かったのか自問したが答えは出ない。

 一夏の自己紹介は続く。

 

「本当に言いたかったのはこっち。知っての通り、俺はIS学園唯一の男子生徒だ。珍しいのはわかる。でも俺だって少し前までただの一般人だったんだ。人前に出ることに慣れてるってわけはないし、見られて喜びを覚える類の趣味を持ち合わせてもない」

 

 唯一の男子という過酷な環境に対する思いを吐露する。ただ珍しかっただけのクラスメイトたちの一夏を見る目が変わってもおかしくはない。彼は苦しんでいるのだと思わせられた。

 一夏は自分の思いをぶちまける。

 

「俺は生粋の恥ずかしがり屋なんだ。だから、教室中の(みんな)でこっち見んな(みんな)!」

「くくっ……」

「本当の恥ずかしがり屋はそんなこと言わない!」

 

 今度は顔面へのハリセン。一夏の視界は白いハリセン一色に染まる。相変わらずの素早い一撃のために一夏はクラスメイトの顔を見られずにいた。

 普段は気にならない。しかし、今だけは違う。自己紹介を始めてから、一夏がダジャレを言う度に笑いを堪えている声がしている気がしていたのだ。

 

「篠ノ之さん!」

「私が悪いのか……?」

 

 箒の行動を山田先生が諫める。箒は良かれと思ってツッコミを入れているのだが山田先生の理解は得られていなかった。

 一夏はというと普段なら箒のツッコミをありがたがるところだが、今だけは邪魔になっていた。山田先生を止めることなく、自己紹介を続ける。

 ……続けたい。しかし、特に思いつかない。

 

「どうしよう。もう話す内容が無いよう(内容)……」

「ぷくく……」

「ネタ切れでもダジャレは言うのか!」

 

 またもや箒の盛大なツッコミが炸裂する。もはや本能で動いているため、すぐにはツッコミ衝動を抑えられない。

 山田先生は無言で箒を見つめる。その圧力に箒は屈した。

 

「……すみません」

 

 今度こそ箒はツッコミを止められそうである。先ほども微かに聞こえた笑い声。しかし箒のツッコミに晒される中では誰のものかを確認できなかった。一夏はその主を何としてでも見つけたかった。

 

「じゃあ、最後に入学前のエピソードをひとつ紹介したい。あれは入試で俺がISを操縦できると発覚してから数日後のことだった。俺の家に黒服の男たちがやってきたんだ」

 

 もう一夏とて全員がダジャレに対して身構えていることは自覚している。この状況になってしまうと、『面白いことを言え』と話を振られたときのようなものだ。だから皆が興味のありそうな話題を選ぶ。男性IS操縦者だと発覚してからのエピソードなら問題ないと踏んでのことだった。

 

「黒服たちは俺に入学しろと迫ってくる。形だけの願書にサインと判子を要求する。俺は抗いたかった。反抗したかった。頭では無理とわかっていても俺には意地があったんだ」

 

 一夏は力強く当時の思いを伝える。息を吸い込んでもう一度繰り返した。

 

「どうしても判子を押すことには反抗(判子う)したかったんだ!」

 

 今度は教室が静まりかえっていた。微かに聞こえてきていた笑い声どころか箒のツッコミもない。一夏が最も恐れている事態であった。耐えきれなくなった一夏は頭を下げる。

 

「あの……誰か、ツッコミ入れてください。寂しいです」

「ツッコミとはこれでいいのか?」

 

 一夏の頭をとてつもない衝撃が襲う。箒のハリセンはなんだかんだで人に優しいものであるが、今度のものは1つ間違えば凶器になるかもしれなかった。

 その正体は出席簿。一夏を叩いた人は一夏の良く知る人物であった。

 

「なんで千冬姉がここに!?」

「織斑先生と呼べ」

「あいたっ!」

 

 担任の織斑千冬が遅れて教室にやってきた。担任が千冬であることを知らなかった一夏のために山田先生からの説明が入る。そのいざこざのせいで一夏の自己紹介タイムはいつの間にか終わってしまっていた。

 

 結局、笑いを堪えていたのは誰だったのだろうか。

 一夏が出会いを求めていたのは『一夏の望む反応・その1』をしてくれる人である。このIS学園1年1組に天使がいる。その可能性が浮かび上がっていた。

 チャンスはまだある。一夏は授業が始まっても先生方の話を華麗にスルーして、これからどうやって探すか考えを巡らせる。


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