《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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オーバーキル

 ラックの元に向かって一歩ずつ白犬レイナが歩み寄る。高速道路を投げつけるという荒業を行ったせいで疲労が見える。戦闘能力は先ほどまでの半分くらいか、とラックは見積もる。そのパワーは健在であろうが速度が追い付かない。

 

 そして落下してくる四肢をもがれたApollyon、それをキャッチしていた仲本豪も同様だ。その装甲は傷がない所の方が少ないレベルであり、また機体の温度が高すぎるせいで空気の揺らぎが見える。つまりMNBを発動できない、仮に動けても一瞬であろうとラックは推測する。

 

 そもそもの話だがApollyonが何故3月のオレンジ文書から短期間で製造できたか、それはApollyon自体が既存の部品や入手、加工しやすい部品のみで造れるように設計されているからだ。2050年の破滅が目前に近づいてきて、そこから慌てて製造に着手したとしても間に合うようにしてある。

 

 しかしMNBや『アンファングロート』は違う。これらは特注品であり、バトルロワイヤルで使用していた機体とは異なり戦闘に使用するために独自のカスタマイズを施してある。故に残された時間の中で再現に成功した唯一の機体こそがこれだった。

 

 つまり仲本豪の機体に替えはなく、MNB使用不可の状態では勝ち目がない。にもかかわらず仲本豪の声は何時にも増して気楽であった。

 

「白犬、やるぞ」

「私はそちらに合わせられないけれど大丈夫かな?」

「問題ない。好きに動け」

 

 奇妙な会話である。本来合わせるのは実力の拮抗もしくは上回っている側がやることだ。しかしMNBも使えず遥かに性能の劣る仲本豪が合わせると言っている。ラックも気づく。その言葉は冗談ではないと。

 

 レイナの足元が爆発したかのような音と共にクレーターに変化し、白い影が一直線にラックに迫る。パワーとは速さだ、単純に力強く地面を蹴れば直線速度は最速になる。だがいくら直線速度が速くとも自由自在にそれと同等の速さを操るラックに追い付けるはずもなく、対照的に白い影が静かに仲本豪に近づく。

 

 11本目のナイフを抜きながらラックが考えることは数を減らさなければ、ということであった。一対一であればどちら相手でも勝てる。だからこそ落としやすい方に向かいトドメの一撃を放とうとする。

 

 しかしそれより早く仲本豪の槌が最短で大地に落ちた。砲撃の如き一撃で大地が砕け破片が宙を舞い、耳を砕くような音が拡散する。その槌からごとりとカートリッジが地面に零れ落ちる。MNB用の冷却カートリッジ。それを使って槌のみにMNBを起動していた。Ver3.00から出現した、鋼光社社員田中が徹夜を繰り返し造り上げた品。

 

 それは流石に情報に無かった、と舌打ちしながらラックは最速の突きを止めない。姿勢を下げ破壊されつくした大地を踏みしめる。そしてふと思う。

 

(どうして地面? 振動によって私を転倒させたかった? でもそれが明らかに無意味なのは分かるはず。何を見て……!?)

 

 その瞬間彼女が見たのはするりと己の生命線である槌を手放す『アンファングロート』の姿。失敗した投擲のような形で手放した槌は、しかし残った反動を抑える者がおらずそれ自身が前後左右に不規則に暴れまわる。

 

「それが狙いか!」

 

 MNBの威力が残った槌の、不規則な攻撃。当たってしまえばそこをレイナに掴まれて終わる。見事な技である。放り出した槌の軌道が的確にラックの周辺を暴れまわるように合わせてある。こんな動きを戦闘で戦略的に行えるとは、と再びの舌打ちと共に回避行動に入る。

 

「らぁっ!」

 

 そこに電光の如く一直線にレイナが突撃する。手刀の形に揃えた手を前に突き出し彼女自身が一本の槍となって突撃するが、それすらもラックは避けていた。槌の不規則な動きもレイナの一撃も彼女は見てから対応ができる。

 

 ふっと不敵にラックは笑おうとする。その顔に黒い影が刺すまでは。槌がラックの周りから少し離れた瞬間の出来事である。『アンファングロート』が跳躍し宙に舞っていた。既にレイナは勢いのまま影の範囲外に飛び出ており内部にいるのはラックだけだ。大地に水平なその機体の態勢が示すのは質量による押しつぶし。機体のサイズを活かした範囲攻撃。だがその攻撃速度は重力に縛られている。

 

「それすらも遅いんだって……?」

「あと2手」

 

 故にその俊足を持ち影から抜けてしまったのが全ての終わりであった。いやより正確に敗因を探るのであれば仲本豪に仲間がいる状態で挑んでしまった、その一点に尽きるであろう。ラックに伸し掛かるように見えた機体から透明のワイヤーが伸びている。それが巻き戻される音と共に『アンファングロート』の手に槌が戻る。機体は宙を一回転しながらラックの逃げ道を塞ぐかのように槌を振るった。

 

 背後が閉ざされた状態で真正面から白犬レイナが突っ込んでくる。そこで回避しようとしてようやくラックは自身の敗北を理解した。大地は陥没し足場が崩れている。そこは避難用の通路と『土竜』が掘った穴があった場所であった。最初の大地への一撃はこの脆い場所を探し出すためのもの、そして押しつぶしで誘導し最後のレイナの一撃を当てるように誘導した。初めから全て計算された、最速でラックを倒すための戦略。

 

 そしていくら速くとも行動範囲が制限され速度を出すための足場がぐちゃぐちゃになったラックと最速を叩き出す白犬レイナでは話にならず、ラックの腕がついにレイナに掴まれる。迷わず自身の腕を叩き切り逃れようとするラックの腰を押さえつけレイナは馬乗りになった。そのパワーは圧倒的でありラックの力では引きはがすことは出来ず、地面に押し倒される。諦めと称賛を変わらぬ笑みでラックはレイナに贈った。

 

「流石お姉ちゃん、悪い私をた」

 

『アンファングロート』の槌の一撃も、ロケットランチャーすら超える音が響く。レイナの振り下ろした拳はラックの顔面に直撃しその周囲に青い血を垂れ流す。少し間をおいて更にもう一発叩き落される。全ての対話を白犬レイナはキャンセルしていた。

 

「それが迷惑なのさ。自分をバッドエンドを迎える哀れなキャラクターだと思い込むんじゃない。楽しかったかい、絶望に酔いしれて、研究者に虐げられたことを言い訳に妹を殺めてしまうのは。今の君はただハッピーエンドを迎えようとする皆の脚を引っ張る悪役だ」

 

 淡々と打撃がラックの顔に叩き込まれて行く。仲本豪は止めない。このレベルの打撃を喰らっても第2世代獣人は死ぬことはなく、むしろここまでしておかなければ『UYK』討伐前に起き上がり被害を出しかねないという事を彼は理解している。

 

「だから私が姉として、ニーナを殺した罪について問いかけるのは全てが終わった後さ。君がただの嫌がらせするだけのつまらない人間で、自身のやったことを直視しなければならない時にその話をしよう。いまはただタスクとして君を行動不能にする。君の性格も背景も何もかも今は本来語るべき時ではないんだ」

 

 後は白犬レイナに任せようと仲本豪はその場を去る。とりあえずはヒニルを安全な所に逃がし、それと共にテロリストを殲滅しなければならない。

 

「ふんっ、タスクだから大丈夫、らぁっ! 、タスクだから大丈夫、おらっ、タスクだから大丈夫」

 

 ……背後から聞こえてくる言い訳と明らかにオーバーな打撃の数にやはり引き返す彼であった。




MVP カートリッジシステムを死ぬ気で実装した田中のオッサン(最近社内で『不死身』というあだ名がついた)(特にそういった能力はない) 

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