《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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ノルマ達成!

 第2世代獣人という生命体は分裂体のコアをベースに製造されている。そのため人型の分裂体そのものであり単純な破壊力では劣るものの再生力と素早さにおいては追随するものはない。

 

 はずだ。

 

「ちっ!」

「それは3回目だ、Ver3.00を含めるとな」

 

 ラックは加速をさらに強める。既にその速度は亜音速、衝撃波により自らの体を傷つける限界まで上昇していた。単純計算でそこらを走っている車の数十倍の速度、電光石火と呼ぶに相応しい勢いでナイフが『アンファングロート』に襲い掛かる。

 

 しかし赤い機体の解答は簡単だ。速さで勝てないならば早さで勝つ。加速するその前から動き出していた『アンファングロート』はMNBにより軽くなったままの機体を斜めにずらし垂直に刃が突き刺さるのを避ける。さらに左足を意図的に崩しながら押しつぶすような蹴りが放たれるのをラックは余裕を持って回避せざるを得なかった。

 

 回転するような軌道で槌が間髪入れずに落ちてきたからだ。全ての動作が同時。仲本豪は完全にラックの動きを読み切っていた。瞬間の交錯が終わり、巻き上げられる瓦礫と更に滅茶苦茶になる地面が遅れてその破壊力を示す。砂埃が消えた後に見えるその姿は至る所に傷が付き無事な所は一つたりとも存在しないが、それでも機体は立ち続けていた。

 

(面倒だなぁ、あの装甲を抜いて致命傷を与えるにはある程度威力がいる。だけどあのまま突っ切ろうとすれば流されて装甲を破壊しただけに留まる。さらにそれを餌に私がダメージを受ける可能性まで。どうなっているのかなぁこの人、人間の癖に強すぎる)

 

 この状況でラックに負けはない。どこまでいってもスペック差は残酷でありもうしばらくもすれば仲本豪のMNBが尽きこの均衡も終わりを迎えるだろう。だが問題は白犬レイナだった。仮にこの機体を倒せたところでダメージを受けてしまえばその隙を突いてレイナに掴まれてしまう。ラックはレイナの位置を探るべく耳を立て、その意図が探られないよう軽口を叩く。

 

「どうやって先読みしてるの? 能力?」

「まあ能力と言えばそうだ。経験と言った方が正しいか。前回のお前のデータを体に叩き込んでおいたから」

「表現が意味深だね~、向こうの私はどうだった?」

「やめろ俺は彼女一筋だ。そして向こうのお前だが……可哀そうだったな」

「?」

「散々被害を出した挙句白犬に撲殺されていた」

「流石お姉ちゃん。じゃあ今回はそうならないよう努力しないとね!」

『こちら『蜻蛉』ですわ、白犬レイナがいないのはどういうことですか!』

 

 その会話を遮ったのはラックの胸元から流れる通信機の声、『SOD』の構成員の声だ。空を見上げるとその名に相応しく170cmほどの背丈の和風の服を着た女が空を飛んでいる。その背中には金属の羽が見えた。

 

『蜻蛉』。今回のラックの依頼主。どうやってかラックを見つけ出し第2世代獣人と戦えるのは同じ第2世代獣人だけだと交渉してきた相手。彼女はその飛行能力を活かし空から情報提供を行っているようだった。

 

 だがその彼女すら白犬レイナを見つけられない。一体どこに行ったのか。一番あり得るとすれば地下か、しかしそれにしては妙だ。未だ通信で『SOD』が交戦したという報告はない。となれば彼女が急ぐ必要はない。一体何をしているのか。

 

『アンファングロート』がすっと背後に飛ぶ。MNBによる見た目に見合わぬ着地と共に崩れたホールのうち1つに降り立った。そこには幾つかのApollyonが置かれているがどれも仲本豪の物とは異なる通常の機体だ。その中の一つに仲本豪はわざわざスピーカーで声をかけた。その機体に彼が乗っていることを事前に情報として仲本は知っていた。

 

「大丈夫か、ヒニル」

「ナ、ナカモト選手? 助けてくれ、どうなっているんだよこれ!」

 

 中に隠れていたヒニルが声を聞いてスピーカーで喚く。だが機体に燃料が入っていないらしく予備電源だけの状態だ。幸いにも『雷鳴』は来なかったらしく悲鳴を上げながら引き籠っていたのだ。その戦闘を放棄した仲本の姿を見てラックは笑う。

「負けを認めたかなぁ~、流石に無理ゲーだって。じゃあ民間人殺してくるねぇ」

「ああ、お前の勝負は後回しだ。あいつも言っていただろう、この戦闘は本質的にどうでもいいんだ。俺たちが優先すべきは予言の成就だ」

「?」

 

 ラックに嫌な感覚が走る。昔の、研究室の時と同じ感覚だ。自身とは全く関係の無い所で出来事が発生し、置いてきぼりのまま全てが進んでいくような。そしてその感覚が募るより早く空を黒が覆い尽くした。その反射神経でラックだけが初動を観測することが出来ていた。

 

 万博記念公園には2060年、高速道路が至近距離にある。それが割れていた。音も無く静かにその道路と地面に接する柱は切断されている。その周囲を舞う長い白銀の糸は単原子拡張刃と呼ばれるものであった。

 

『蜻蛉』が白犬レイナを見逃した理由は簡単、この状況で地下を通って戦場を離脱していたからである。普通に考えれば意味の無い行為。最大戦力の稼働時間を減らす駄策。そして彼らにとってはそれでも構わなかった。

 

「よいしょっ……!」

 

 目測でも一辺数十メートルはあるであろう高速道路。それが持ち上げられていた。その足元には白犬レイナがいる。その左腕からは単原子拡張刃が伸びており、そして右腕はあり得ないほどの大きさにまで肥大している。

 

 右腕には幾つもの分裂体の触手が張り付いていた。そして腰から10本の金属製の触手が長く伸びて高速道路の端を支えている。

 

 それが『蜻蛉』目掛けて投擲された。

 

「はぁ!? 何よそれ!」

 

 何トン、何十トンになるかもわからない構造物が宙を舞い崩壊しながら蜻蛉に襲い掛かる。それはさながらショットガンのように飛び空を影で埋め尽くす。

 

 とはいっても『蜻蛉』は飛行能力が優れており、白犬レイナが持ち上げるには高速道路は余りにも重すぎて大した速度は出ていない。混乱の中彼女は機敏に黒の塊を回避していく。

 

「うぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

 そして下から天を衝くかの如き勢いで構造物が飛んでくる。そこからはMAXでヒニルの悲鳴が流れていた。MNBで突き飛ばした後キャッチ態勢を整える『アンファングロート』、正確に命中し衝撃と共に意識を失う『蜻蛉』。機体の四肢をもぎ取られ飛ばしやすい形に加工された後空高くまで投げ飛ばされるという恐怖を味わうヒニル。疲れた様子で触手を仕舞うレイナ。ホールを通り過ぎ人のいない公園に落下する高速道路の破片たち。

 

「……何してるの、お姉ちゃんたち?」

 

『蜻蛉』を倒すためにしては過剰で、しかもヒニルを飛ばす意味がない。自分を無視してまで行うこととは決して思えず、しかし彼らは何よりもそれを優先するかの如く動いている。ここは戦場だ。彼らの勝利条件とは『SOD』を、襲撃者たちを撃退する事であるはずなのだ。

 

 だが彼らにとってはこれは作業なのだ。ここは正念場でも熱い戦場でもなく、数多のノルマを片付けなければならないから仕方なく座っているだけのデスクでしかない。撃退は当然できるもの、白犬レイナはラックに100%勝利することができるということを前提にしている。白犬レイナのリソースはラックにだけに割かれているわけではない。ラックを倒すという事すらもノルマの一つでしかない。

 

「お姉ちゃん、それってニーナや私より大事なの?」

 

 ラックの素朴な疑問。自身が最強であり、自身が最も戦力として重要視されることを前提とした質問。しかし返ってくるのは混沌だけであり、だからこそラックの意思は凄まじい勢いで固まるのであった。

 

「高速道路が空を飛んでフライングヒニル君するのはこれで達成、っと。うん、これが今回の中で一番大変かもしれない。こんなのにどうやって意味を持たせればいいのさ……」

「ふ、今の一連の行動に全て意味があるに決まっているだろう。……と言えるように調整を頑張るぞ、白犬」

「ひぎぃぃぃぃ、なんでぼくをとばしたのなかもとせんしゅ……」

「……殺す!」


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