《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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絶望を駆け抜けろ!

 つまるところ俺たちは詰んでいた。周囲には無数の融合型Apollyon、対する俺たちは3人。足元のひび割れた触手の隙間には恐らく消化しきれなかったのだろうプラスチックや繊維の破片が散らばっている。その中には俺たちが身に纏っている服の破片だとかコクピットのレバーなども残されている。皆ここで死んだのだ。テオが歩いている最中に説明してくれた内容を思い出す。

 

「これが説明していた『同期』とやらの結果……?」

「いや、オレの引継ぎデータにはない。恐らくこいつはこのVerが初めてだろう。その証拠に腰の大型MNB装置が稼働してやがる。……確かにそうだよな、融合型は機械獣と分裂体の寄せ集めならば最も上手く製造できるのは人類じゃなくて『UYK』だぜ」

 

 じりじりと融合型Apollyonの群れが距離を詰め始める。それと同時に灰色の大地にぽつぽつと並ぶ結晶樹の生えた丘がぼこり、と持ち上がり積層する金属片を引きちぎりる音と共に新たな融合型Apollyonが現れる。そして逃げようと遠くを見ても、そこにもまたいくつもの丘がある。

 

 だが地獄が顕現してなおテオの声は明るく、そして『海月』の声は妙に平坦になっていく。そうだ、『HAO』が現実なら彼らはこれから死ぬはずなのだ。俺とは違い、物言わぬ躯となって誰からも忘れ去られる。

 

 俺の感情が言いようもない黒い靄で覆われる。今までは知らなかったから良かった。知ってしまっても終わったことだから、と自分を誤魔化せていた。だが俺は今から起こる目の前の出来事の意味を知っている。

 

 融合型Apollyonの一機が勢いよく走り出す。地面が砕け助走の衝撃だけで倒れそうになるのを堪え、彼らに死が迫るのを目を塞がず見届けようとする。腰の膨らんだ金属パーツが青く光り敵の融合型が巨体に見合わぬ弾丸の如き速度で加速し、テオの機体に拳を叩き込んだ。

 

「さあ次は強度検査だぜ。なるほど、通常出力の攻撃によるカウンターとはいえここまでダメージが出るのか。装甲をケチったか、あるいは自分で自分を貪ったかのどちらなんだろうな?」

 

 だが同様に、しかし『UYK』の融合型Apollyonより遥かに洗練された動きで放たれたテオの機体の拳が胸部を勢いよく破壊する。本来搭乗者がいるはずのその場所に無数の機械獣の脳らしき金属海綿体が蠢いており、テオが拳を元に戻すと共に勢いよく地面に落下した。俺の脚元まで青い金属液体が流れてくる。テオの機体は格闘戦特化型らしく余分な装備はついていない。その代わりに他のApollyonと比べて少し細身で腕部が肥大化していた。

 

 その横では『海月』が背中から伸ばした触手を多方面に伸ばして「……右20度活性化3体、左15度活性化1体。左真横4kmで遠距離武装照準開始1体」と通信でテオに探知結果を報告する。俺は思わず、今まで出したことの無いような掠れた声をマイクに零した。

 

「どうして……?」

「おいおい今更かよ。同じだ、今までの奴らと。死にゆくものがやるべきことは今を生きる者の道を造る事、それだけだ。それに勘次は分かっていないようだがこれはとんでもないブレイクスルーなんだぜ」

 

 再び融合型が3機、速度をつけて駆けてくる。このサイズでMNBが使えるのならば剣や槌よりも機体そのものが何よりもの武器だ。殴りつける為に過剰な装甲で覆われた拳がテオの機体の前に再び襲い掛かる。だが大地を歪めるその一撃をテオは鼻で笑いながら受け流す。一機目の拳は腕を払いのけ逸らし、そのまま肘を胸元に勢いよく叩きつける。一撃でコクピットを貫き機能停止まで追い込んだその機体をテオは容赦なく盾として2機目の前に蹴飛ばし、受け止めたところを2機纏めて膝に踏みつけを叩き込んだ。えげつねぇ、一発で足が砕けて歩行できなくしやがった。

 

 最後の一機が打撃では敵わないと判断したのだろう、勢いよく腰を掴もうとタックルしてきた瞬間にテオの40mに及ぶ機体はひらりと宙を舞い的確に融合型のコクピットを頭部ごと凹ませる。ぶちぶちと嫌な音を鳴らしながらテオは死体から金属の臓器を引っ張り出し「モツ輪投げできそうな勢いだぜ!」なんて言って遊び始めていた。その光景が楽しいからやっているわけではなく、強さと可能性を誇示するためにやっているというのは間違いない事実だった。彼は配信を通して伝えようとしているのだ。絶望などないと。相手は絶対の化け物ではないと。

 

「今まで2055年の作戦はほとんどデータがなかった。だって無限地平線に行ってデータ遺して、それをどうやって回収するんだって話だからな。唯一白犬が単騎で破損したデータを回収することはできたらしいが、まああれは例外すぎるのでスルーしておく。で、今回無限地平線周辺に基地が残って情報を回収できる可能性があった。にもかかわらずオレ達が持っている情報は霧の手前までだった。本当に、この1周を無駄にしてしまったんじゃねえかと焦ってしまったんだ。オレなんて霧の手前で分裂体3体と相打ちになって撤退したわけだからな。命も捨てず、情報も得られず。どんな顔をしてお前に会えばいいか悩んでいた」

「別にいいだろ、俺相手なら。しかも成功率7%くらいまで上げてたじゃねえか」

「んなわけあるか。お前、未来改変の主軸組織が2つ集まって協力した結果それだぞ。7%しか、だ。でもこの一連の動作でさらに方針が広がった」

「?」

「今まで未知だった無限地平線において次にどうやったら情報が遺せるか。敵はどんな種類の奴なのか。どの程度の距離から出てくるのか。これ配信しているなら録画を分析すれば様々な情報が出せる。『UYK』の進化を追い越せる可能性がまた出てくる。ああ、通信の解析データがAnalysisコマンドから出力できるはずだからそれも映しておいてくれよ。あとオレの雄姿もな」

 

 コクピットの右端にウィンドウが展開される。その姿を見て俺は思わず息を飲んだ。それはテオであるはずのモノだった。しかし顔の半分は灰色の金属に侵食され皮膚と金属の間が割れて青い血を流している。操縦桿を握る手は既に人のモノではなく青い結晶の鋭い爪と灰色の金属鱗が服を引きちぎっていた。つまり機械獣の、分裂体のあの姿。『海月』の歯軋りする音がスピーカー越しにも聞こえて来ていた。

 

「融合型Apollyonって結局機械獣だからよ、それを操縦できるのは機械獣と人間のハーフみたいなオレ達しかいないのさ」

「……だから私は許せなかったんだ。未来を変える為にテオを生贄にする醜い人間を」

「実はテロの裏には秘められた恋心が!?」

「からかうな! ……それに今ならわかる、貴様は理解した上でなお私ではなく未来を選んだんだろう?」

「なんのことだか忘れちまった、なんせ20年以上昔の話だぜ」

 

 通信記録とやらを表示しながら俺もUK-14を展開、手近な敵に射撃を放ち続ける。一撃ごとに少しずつ体勢が崩れ続け、マガジンを吐き切ると共にようやく一体倒す事ができる。だがそれに感慨も喜びも覚えることはできない。今倒した融合型の後ろには数百の融合体が活性化しこちらに拳を振り上げようとしていた。

 

 弾も残り30発。そしてテオは強いとはいえあの状態だ、長くは持たない。表情を暗くする俺にテオは明るく声を上げる。

 

「ログアウトしたら『同期現象』抑える薬きちんと飲んで寝るんだぜ。それと気を落とすな、これは負けイベだ。どう作戦を練っても俺たちが生き残る余地は無かった。何より前回のアプデの原因はお前じゃない、『逆潜引用情報化計画』を組んだ『革新派』のせいだ。この状況を造ったのも回避しなかったのも勘次じゃない」

「……なら、今までは」

「今までも大差ないさ。勘次がやったことは周囲が話を大きくしているだけで根本的には各企業が引継ぎでいずれ得る情報を先に撒いただけだ。こんな状況になったのはどちらかというと鋼光と白犬に責任がある」

「じゃあもし俺が致命的な未来の変化を起こしてしまったら……?」

「そりゃあ担ぎ上げた2人の責任だぜ、間違いない。何も知らない一般人を事情があったとはいえ騒動の中心に置いてしまったわけだからな、ケアはあいつらの義務だ」

 

 その言葉と共にテオの機体の脚部がはじけ飛ぶ。遠距離武装を持った融合型Apollyonの弾丸は幾重に重なった装甲を容易に破壊し膝から下を損失させた。耳を叩き潰すような轟音に思わず耳を塞ぐ。だがその状況になってもテオは強がりを辞めず笑顔のまま次の融合型に突撃する。この状況下でもテオは融合型Apollyonの戦術上の優位と操縦者による戦力向上を誇示するために動き続けていた。

 

「……もう一度聞く。どうしてまだ次の事を考えられるんだ?」

「別の方向から答えるか。お前のせいだよ」

「俺の?」

「ああ。予言者なんて大層な呼ばれ方をしている人間だ。知ってるか、未来のお前は先頭に立ち続けた。「強大な予知能力を『固定』された未来で使えばこの世界は滅びる」なんて言ってよ、能力も使えない癖に先頭に立ち続けていた。だからそれを見て思ったのさ。だから予知能力の使えるオレンジはあんなに未来を変えられたし、先を見ているからこそ命を懸けられると」

「大ウソだったわけだがな、貴様にそう言われた時の衝撃はもう」

「そう、思ってもいなかったんだよ。何も理解していない18歳が適当やった結果未来が変わって、しかも虚勢を死ぬまで張り続けてたなんて。ああ馬鹿らしい」

 

 融合型Apollyonの2射目が命中する。コクピットは守ったものの今度は左腕部が完全に破損し、ボロボロの置物となり下がる。それでもなお、テオは笑顔だった。晴れ晴れとした笑顔だった。

 

「──未来を変えるなんて簡単なことだったのにな」

 

 バランスを失い倒れたテオの機体は蹴りで追撃してこようとするもう1体の融合型Apollyonの脚を逆に全身で捕まえて、腰と右腕の力だけで無理やりねじ切る。そしてめきり、と嫌な音と共に奪い取った腕を自身の脚に接続した。液体金属が機体から奪い取った脚に走り出し簡易的な接続が形成された。それと同時にテオの顔の7割まで金属が侵食を始める。もうテオのどちらの目も機能していないだろう。だがそれでも、機体から脳に送られる視覚データを頼りに左腕を奪い取り自身に接続する。

 

「未来を変えるなんて簡単な事で、それを成すには2060年までを戦い抜かないといけない。……ああ、尊敬しているんだ。自分が消える事を前提に命を使えたお前に。だからそうか、これは模倣なんだな。2055年のお前の真似をしたくて仕方がないんだ。あの背中に真実を知ったからこそ迫りたいんだ。同じことをしたと誇りたいんだ。なあクーちゃん、お前も同じだからこそ妨害をやめて協力しているんじゃないか?」

「……うるさい」

「全く素直じゃないな。懐かしい、確かえぐいエロ本を2段目の引き出しにしまっていてそれが見つかった時もそんな反応だったよな」

「あれは貴様が勝手に漁るからだな!」

「はっはっは、すまんすまん。……こんな会話ももう最後か」

 

 声すら、変質が始まっていた。生の肉を通した声ではなく冷たい滲んだノイズが混じり始める中でも彼は拳を振るい続ける。俺の知らない俺の話をするテオはなんだか楽しそうだった。俺は本当にそんなことが出来るのだろうか。破滅を知ってなお挑戦し続けることが出来るのだろうか。何も知らなかったアホが本物になることが出来るのだろうか。

 

 わからない。だが今やるべきことは絶望に沈むことではない、ということだけは理解した。遂に撃ち尽くしたUK-14を捨て融合体からすれば爪楊枝でしかないブレードを持って構える。彼らが少しでも満足した死を迎えられるように、俺は勢いよく飛び出した。

 

 2040年における5月27日19時。人類側の融合型Apollyonは完全に沈黙し、それと同時に全部隊は撤退を開始した。

無限地平線攻略作戦──成功。


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