《完結》『Hereafter Apollyon Online』~超高クオリティクソゲーの生産職で巨大ロボット造って遊ぼうとしてるのですが何故か勘違いされます~   作:西沢東

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ゴキブリレーションby田中のおっさん

「徒歩かよ……」

「私という獣人がいる時点で既にグレーラインなのですから我慢してください、お義父様」

「そうだそうだ、このまえ改造人間2人だけで狙われていたからな。狙いは少ない方が良い」

 

 薄緑色に輝く結晶樹の間を俺とカナとテオが歩く。Apollyon禁止という悲しい事件から1日、5/20。朝っぱらから俺は『HAO』にログインし灰色の大地を歩いていた。いや、以前は灰色であった。Ver1.08と異なり大地には薄緑色の結晶樹の葉片が散乱し2つの太陽の光を反射し虹色に輝いている。

 

 抵抗したんだ、とテオは言った。大地を踏みしめる靴は眼鏡先輩から渡されたものだ。ごつごつとした外見をしていて底を付け替えられるようになっているその靴は結晶樹の成分を導入している。

 

 覚えているだろうか、初めて手に入れた破損したApollyonの姿を。融解したような装甲。それはVer1.06で『UYK』が手に入れた表皮からの栄養素吸収機構によるものである。1日程度では大きな影響はでないものの1か月も置いておくと大地という名の『UYK』体表からでる酸性の粒子により少しづつ溶かされてゆくのだ。溶けた物質の中で栄養になるものは体内に取り込まれ残りは溶けたまま大地に放置される、という仕組みである。

 

「抵抗、っていうのはそういうことだ。結晶樹も成長したらしい、『UYK』に取り込まれないような耐酸性を得ている」

「何か学習する、みたいな話あったよな分裂体と『UYK』。こいつらを分解するような酵素とか持ってもおかしくないと思うけど」

「機械獣と結晶樹がどうやって生まれたかご存知ですか、お義父様?」

「自動的に生まれてきたんじゃないのか?」

「それは確かに1つの方法です。しかしもっと簡単な方法をご存じのはずです、箱舟の上から降って来る機械獣の群れを覚えていますか?」

 

 あーなるほど、とようやく理解する。つまりこの結晶樹たちはカジキマグロから降ってきた奴らと同じく分裂体由来なのだ。だから『UYK』が進化するのと同じ速度で体を進化させ続けている、というわけか。

 

 分裂体が道具を取り込む能力があるのは知っていたが植物? と聞くと植物工場を取り込んだ分裂体がいるらしい。なるほど、と思いながら結晶樹の葉を見上げる。確かにそこには平面な葉ではなくしわくちゃの少しカーブした葉が生えている。かつてレタスと呼ばれた品種なのだろう、これは。それが分裂体の手を離れ繁殖したのか。なら食べれてもいいはずだと聞くと草食の機械獣であれば食べられるらしい。

 

 結晶樹はあっても結晶草はない。接地面積を減らすためだ、などと語るテオの話を6割くらいの理解で聞きながら結晶樹の林を進む。完全に徒歩、装備も最低限である。なんなら金属製の部品は可能な限り回収されて代わりに布とプラスチック製の製品に置き換えられている。金属製の手袋は布に置き換わり、辛うじて拳銃とマスクだけが金属の光沢を示していた。

 

「ほぼ丸腰は不味くないか?」

「何回聞くんだよ、機械獣だってタダ働きはしたくないんだ。飯にならないオレたちをわざわざ襲うことは無い、いや金属部品を隠し持ってるなら知らないけどな」

「もしかしてお義父様は『旅団』を警戒されているのではないですか?」

「『旅団』?」

「あー、いろいろあって『革新派』と鋼光社から距離を置いている奴らの事だ。とはいっても俺たちから水とかを買うために機械獣の部品を持ち込んでくる人間がその元締めであるオレを襲うとか笑い話さ。それにいざとなればカナがいる。30人くらいならなんとかなるだろ」

「それくらいなら何とでもなります」

 

 怖い話をしている、と身震いする。曰く『旅団』は故障した酸素プラントと浄化装置を修復し独自の拠点を持っているらしい。だからある程度までは自給自足できるが足りない分を補うために機械獣の部品やらを売りつけに来るらしい。

 

 Ver1.06の頃とかと比べると組織も出来て大地をある程度好き勝手歩けるようになっていて、いやはや人類とは凄まじい生き物である。そんなどうでもいい感想を遮るかのようにカナが「姿勢を低く!」と俺の肩を掴んで地面に伏せさせた。いきなりなんだ、と思いそっと視線をカナの視線の先に向けると見覚えのあるようでないものが現れる。小さく細い金属の触手だ。

 

 触手が弾丸の如く、大地という名の鱗の隙間から飛び出してくる。それらの触手は高さ100mは超えているであろう所まで突きあがり、そして静かに地面の中に戻っていく。金属を引き裂くような騒音が収まるが、元の静かな世界には戻らずあちらこちらから黒板を引っ掻くかのような鳴き声が俺たちを取り囲む。

 

 機械獣の悲鳴だ。

 

「これが『UYK』の狩りだ。機械獣の体に触手を突き刺し、毒で弱らせて酸性の粒子で体を溶かすことで栄養を得る。だから触手なんだよ、多分参考にしたのはクラゲあたりだ。タコとかなら触腕と呼ぶことになったはずだ」

「因みにあの毒は機械獣の金属生体回路に対するものなのですが単純に有害な金属が含まれているため私たちも死にます。お気をつけを」

「いやあの触手くらったらそもそも死ぬじゃんか……ってさっきは触手が飛び出す前に気づいていたよな、なんかあるのか?」

「振動です。足元から微弱な揺れを感じたら直ぐに姿勢を低くします。触手が出てくる鱗の隙間から離れていて、動かず金属などの資源保有量が少なければ対象にはまずなりません」

 

 触手が収まったのを見て恐る恐る悲鳴の方向を向く。いつぞや見たスパイラルカナブン、の進化系だろうか。背中に砲らしきものを背負った甲虫らしい甲殻と機械獣としての触手を備えたそいつは体を貫かれひっくり返っている。時たまピクリピクリと体が動き本来あり得てはならない方向に関節がねじ切れていく。

「えっぐ……」

「さて、後2回狩りを観測したら夜に備えて休みましょうか」

「一日に複数回あるのかこれ!?」

 

 クソステージすぎるだろ、即死ギミックの削除はよ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 何度も機械獣の横をすり抜け触手の噴射を回避しながら実に8時間。ログインしたのは朝であったにも関わらず時刻は18時を越えようとしている。このリアルタイムでゲームが進行されるシステム上、ログアウト中に攻撃されると即死……なのだが幸いにもカナが背負って走ってくれるため休憩をがっつり取りながら進むことができた。というか俺がいない時の方が若干進行ペースが速い気がするんだよな、まあお陰でガッツリ休憩取れたからいいんだけどさ。

 

 普通のMMOでステルスしながら移動で8時間近くかかるのはクソゲーとしか言いようが無い。無いはずなのだが一方で興奮している俺がいた。

 

 それは風景の美しさである。破滅した世界をここまで美麗に描いたゲームなど他にないであろう。大地に吸収され頭だけを残すビル群とそれに突き刺さる戦闘機。直立する電波塔の残骸に絡みつく線虫のような形状をした機械獣の群れ。点滅しながら夜空を飛ぶ10m近い大きさの蛍型機械獣。

 

「焚き木にはこの種類の結晶樹を使えばいいんだぜ。ただ灰には注意だ、有毒な金属が含まれている。つってもマスク装着したままだからオレ達は関係ないけどな」

 

 まだ18時であるはずなのに周囲は真っ暗だ。これが本来の世界の姿である。人類無き世界だからこそ人工の光は絶え夜空に星が浮かび、焚き火の火だけが俺達を温める。

 

 改めて見ても奇妙な光景だった。人類は軒並み滅亡して、それでも世界は回っている。有機生命体が機械生命体に変わった、ただそれだけだと言わんばかりの世界。神がいるとするならば間違いなく『UYK』なのだろう、これだけの変化を起こせる生命はそうとしか呼びようがない。

 

 大地に半分埋もれた電車の車内で俺たちは一息つく。ガラスは全て割れていたが風に吹かれたのかあたりにはもはや存在しない。だからもはや半分枠組みだけで、しかし風よけにはそれで充分である。地面に緑色の光沢がある布を敷き焚き火を囲んで俺たち三人は向かい合う。テオが背中に背負っていた貯水槽の蛇口をひねり俺にコップを差し出す。

 

「ほい、飲み水。お前のカバンに入ってるレーションをくれよ」

「ありがとう、何味がいい? 今あるのはコンソメ味とチーズ味とチョコ味と……ゴキブリ味?」

「ゴキブリか……ありだな」 

「マジで言ってる!?」

「お義父様、テオさんの言っているゴキブリとは日本で出るチャバネゴキブリではなく食用に品種改良された、本来は森林に住むタイプのものです。ですので唐揚げにしてよく食するんですよ」

「因みにカサカサするやつじゃねえぞ、もっともっさり動くやつだ」

「なるほどなぁ、でもわざわざゴキブリ味じゃなくて唐揚げ味とかの方がいいんと思うけど」

「出資者の趣味だな。田中さんなんだが」

「何やってんのあのおっさん!?」

 

 でも気になったので恐る恐るゴキブリ味のレーションを食べてみる。口に入った瞬間、水分が吸われる感覚ともさりとした食感が俺を襲う。そして次に来たのは……なんだろこれ、海老の唐揚げのようでそうでないような変な風味だ。美味しくも無ければ不味くもない。カナは懐かしそうな表情でそれを見ながらしれっとチーズ味のレーションを手に取った。口直しにそれ食おうと思ってたのに。

 

「お義父様が余り好まれなかったので食卓に並ばなかった記憶があります。なのでお母様に酷い事をした日だけ弁当箱にゴキブリレーションを詰め込みました」

「鬼かよ」

「お母様渾身の告白をスルーした朴念仁には当然の結末です。ポケットに指輪まで用意してあったんですよ」

「前言撤回、それは許されない」

 

 もう少し話を聞いて見ると紅葉vsレイナの女のレースがあったらしい。結局ゴールする前に2055年が迫ってきて有耶無耶になったとか。

 

 カナ曰くレイナは普段の雰囲気と真逆で無限にモジモジし続けて、一方で紅葉は未来への絶望で動くか動くまいかウジウジし続けていたらしい。で、2055年を目前にして急加速したが間に合わなかったと。

 

 現実でもそうだったらいいなぁとボーっとしながら話を聞き続ける。まあ実際にそう上手くは行かないのだろうが、まあそこは俺の頑張り次第なのだろう。……「友達としてはいいけど恋人はちょっと」みたいな話だけはやめてくれよ、本当に。

 

 そんな話をしているとテオがニヤニヤした様子で俺に話しかける。

 

「勘次としてはどっちが好みなんだ? 傍から見てて凄く焦れったくて、結末まで見られなかったのが残念すぎるんだ。ラブコメがカップル成立しないままエンディング迎えた感じだったからよ」

「お二人が一番警戒していたのは貴方だったかもしれないのに何を傍観者みたいにされているのですか。その見た目なのに男同士の距離感で近付くからそちら側に目覚めないかと紅葉様は心配されていましたのに」

「まあ一時的にではあるけど上に言われてたからな」

「そういう所ですよ」

 

 カナが大仰にため息をつく。どっちか、と言われると悩むが強いて言えば……

 

「わからん」

「お前考えて出した答えがそれかよ」

「どっちも美人だろ。で、どちらかだけと聞かれた時に俺はそこまで他人について考えたことがあるかなって思ってさ」

「自分の好みの話だろ。自分の欲望に忠実になれよ」

「だって二人とも本質的な所を俺は何も知らない。何故いつも帽子を被っているのか、白犬家に父親は何故いないのか。どうして急にカナを引き取ったのか。何故常に手袋をしているのか、鋼光社は現実ではどんな会社なのか、どうして再会した時にあんなに距離が近かったのか」

 

 カナはすっっっっっごく何かを言いたそうな、微妙な表情をする。俺はこの辺りについてそろそろ目を向けるべきかもしれない。『HAO』に感じる違和感、彼女たちの妙な発言。俺の中の思考が「それはありえない」と叫び続ける一方で思考がぶれ続けるのだ。仮に違うとしても、彼女たちがどんな人間なのか。ただの中二病なのかそれとも何かのために動いているのか。いくら鈍い、趣味に全振りな俺でも考える必要があると思うのだ。マジの中二病だとちょっと感情変わってくるし。

 

 それはカナもそうだ。いや彼女が一番の違和感の根源なのだが。自分の身の回りで何かが起きているだろうに近視野のまま全てを無視し続けたツケが回って来る気がするのだ。長文を見るのが面倒、というだけで無視していたネットニュースの内容。むやみに大ごとにしようとするコメント欄。真面目にうんうんと頷いている横でテオは何故か百面相をしていた。首を曲げたかと思いきやはっとした表情で俺を指さし、そして困惑と……驚嘆? の混ざった表情で静かに持ち上げた手を下ろす。

 

 カナはテオに向かって目配せをする。「わかった、報告しねえよ。…………マジだったのかよアレ」とテオは表情をフリーズさせたまま俺の方を見ていた。なんか凄く空気が微妙な雰囲気になったのを察してかカナが咳ばらいをして少し声高く宣言した。

 

「明日の昼頃に目的地に到着します。融合型Apollyonの部品が間近で見れますよ」

「よし!」

 

 ごちゃごちゃ考えてた小難しい話が頭から消滅! 目指せ融合型Apollyon! 何かテオはさらに表情を青くしてるけど! 

 


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